金魚


 小学六年生の夏、クラスメイトの圭ちゃん家の、海辺にある別荘に連れて行って貰った時のこと。
 別荘の近くに住むよっちゃんという子と仲良くなって、圭ちゃんと二人で家を訪ねた。庭の真ん中に水槽があって、掃除道具が転がっていた。水替えの途中らしい。水槽には水が少ししか入っておらず、中の大きな金魚達が泳ぎ難そうにしていた。しかも、炎天下に放置されているけど大丈夫なのかな、と心配していたら、
「金魚好き?」
 と、よっちゃんの声がした。私ではなく、圭ちゃんがそれに答える。
「アリサちゃん家もさ、金魚飼ってんだよ。ね、これ、なんていうんだっけ?」
「……ランチュウ」
「こっちは?」
「オランダシシガシラ」
「へえ、分かるんだ、アリサちゃん!」
「アリサちゃん家、もっと変わったの居るんだよ! 何色か混ざっててさ……」
 盛り上がる二人をよそに、私は金魚の観察をしていた。すると、オランダシシガシラの体に白い斑点を見付けた。
「これ、なんか病気みたいなんだけど……」
「えっ、どれどれ!?」
 二人が一斉に覗き込む。
「えーっ、どうしたらいいんだっけ?」
「病気治す方法ってないの?」
「……なんか、塩水で治るって聞いたことあるけど……濃さとか分かんない……」
 自信がないので小声で答える。
「塩水なら海で汲んで来るよ!」
 圭ちゃんは、水替えの際に金魚を掬うために置いてあった大きなマグカップを持って走り出した。
「家のお塩でいいんじゃないのかな……」
 という私の言葉を遮って、
「今日学校に先生居る日だから、薬貰って来たらいいんだった!」
 そう叫んでよっちゃんも走り出した。待っている間に、私は、斑点のオランダシシガシラを手で小さなバケツに移した。
 先に戻ったのはよっちゃんだった。手にフラスコとスポイトを持っている。理科室から持って来たようだ。フラスコを慎重に傾け、スポイトでそれをバケツに一、二滴落とす。
「へっへーん、これでばっちりだね!」
 よっちゃんは得意げだった。
 しかし、すぐに金魚の様子がおかしくなってきた。体に透明な膜が張ったようになって、ぴくぴくし始め……たところへ、圭ちゃんが戻った。
「えっ、どうしたの? 何入れたの?」
「これ……」
 よっちゃんが、フラスコのラベルを見せる。――水酸化ナトリウム。
「そんなの入れちゃ駄目だよ! 毒だってば!」
「なんで? ナトリウムって塩だって先生言ってたよ?」
「それは違うナトリウムだよ! 色々あるんだって!」
「何が違うの? そんなの知らないよ!」
 潮風の吹く炎天下、二人が騒がしく言い争う中、何も出来なかった私に見守られて、オランダシシガシラはひっそりと死んだ。

金魚

金魚

設定:1994年

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-05

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