無垢

超短編

少女は今日も病室の傍らで、1人お人形遊びで一日を過ごした。
少女の名はマキ、マキはもともと病弱で生まれた時から喘息を患っていた。
その喘息の症状がつい先日から重くなり、医者にかかった結果入院という措置を取ることとなった。
しかし、マキは人見知りで学校でも仲のいい友人と呼べる存在は少ない。そんな少女が病室の中に馴染めるわけもなく、マキは一人ぼっちで人形遊びをして入院生活の暇を潰していた。

そんな寂しい入院生活のある日の夜。
その日、マキは消灯時間になってもなかなか寝付けず、病院のベッドで何度も寝返りを繰り返していた。
マキのベッドは病室の一番端に設置されていて、左を向くと窓につけられたカーテンに月明かりが染み出している。
マキがしばらく月に照らされたカーテンをぼうっと眺めていると、不意にそのカーテンに一つの影が浮かび上がった。
驚いて息を呑むマキ。その影はゆらゆらと揺れたあと窓のヘリをゆっくりと歩き出す、トン、トンとリズミカルに足音をたてながら。
その時ふと、マキはその影が自分の持っていた人形に似ていることに気がつく。
「うさぎさん?」
マキが恐る恐る人形の名前を口にすると、その影は返事の代わりに一回ピョンと飛び上がった。
それまで恐怖しか感じられなかったマキの表情が嬉しそうな笑みに変わる。

それから窓の端までうさぎの影が行き着くと、影はピタッと立ち止まる。
マキが不思議そうにその様子を眺めていると、突然うさぎの隣からもう一つの影が現れた。
「……くまさんだ!」
その影はマキの持っている人形、クマの人形にそっくりだった。
マキの声に、次はそのクマの影がピョンと飛び上がる。
マキは嬉しくなってその影を夢中になって目で追いかけた。

それから窓の端へ行き着くたび、一匹ずつ増えていく影
その影はどれもマキの持っている人形によく似ていた。

「なんだこれ! すげー!」
その時、影とマキしかいないはずの空間に第三者の声が響く。
驚いたマキが声のする方を見ると、ベッドを仕切るパーテーションから男の子が顔だけを出してこちらの様子を覗いていた。
どうやら、彼も寝付けなかったらしく何となく覗いたマキの窓辺で人形の影を見つけてしまったらしい。
その彼の声で起きた病室の子や同じく寝付けなかった子達も一斉にマキのもとへと集う。
人見知りのマキはたくさんの注目に晒されたことに困った顔で俯くとベッドのシーツをギュッと握った。

そんな中、突然窓の方から可愛らしい声が聞こえた。
「みんな、きょうはあつまってくれてありがとう」
驚いて窓の影を見やるマキ。
「ぼくたち、じつはマキちゃんのおにんぎょうなんだ。」
うさぎの影が両手を広げる。
「マキちゃん、さいきんおちこんでたから、げんきづけてあげようとしてたの」
クマの影が片手をあげる。
「じつはマキちゃんはね、ずっとみんなとおはなししたがっていたの」
ネコの影がピョンと跳ねる。
「でもマキちゃんね、なにをおはなししたらいいかわからないから、こわくてはなしかけられなかったの」
イヌの影が尻尾を揺らす。
「なあみんな、これからマキちゃんとおはなししてくれないか?
マキちゃん、とってもいいこなんだぜ」
きょうりゅうの影が足踏みをする。

「うん、良いよ」
「あなたマキちゃんって言うんだ。可愛い名前だね」
「おまえが絵を描いてるの見たことあるけど、上手だったぜ」
人形たちの言葉のおかげで、マキには数えきれないほどの友人ができた。
ナオちゃん、ダイキくん、ケンタくん、サキちゃん。もう両手の指の数では足りないくらいに。


それから数ヶ月後、マキは無事退院することができた。
マキに友だちをつくるきっかけを与えてくれた人形たちは病室のみんなにプレゼントすることにした。
車に乗り込んで、自分が入院していた一階の病室の窓からは友だちがこちらに手を振ってくれる。
マキは、内気なあの時のマキには考えられないくらい大きく手を振って、別れの挨拶をした。

(ありがとう……うさぎさん、みんな)



 ナースステーションに小児病棟から1人のナースがやってくる。

「マキちゃん、良かったですね。あんな大勢のお友だちに見送られて」
「先輩の作戦が上手くいきましたね」
「まあ、本当はマキちゃんを元気づけようってだけの話だったんだけどね……」
「まさか他の子に見つかるとはねぇ〜」
「でも結果オーライですよ」

 何も知らないマキは、車の中で退院祝いの花束を抱きしめている。

無垢

無垢

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-14

Copyrighted
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