電気で動く、私です。

その1

風が吹き、木が揺れた。
葉擦れの音がざわざわと、秋の夜空に響く。
その音に誘われるように視線をあげると、木々の間から見事な北斗七星が見えた。


秋から冬にかけてのこの時期、この公園から眺める夜空は、毎年変わらずに美しい。
今はまだ枯れ葉が散っているけれど、もう少ししたらこの公園にも霜が降りはじめ
やがて雪が降るのだ。

そんな四季折々の風情な光景を眺めるのが
私の唯一の楽しみだった。



公園の入り口のすぐ近くに、私は立っている。
今まで

雨の日も風の日も雪の日も
たとえ嵐が来ようとも

私はそこに立ち続けた。
一年目、二年目のうちは辛いと感じることもあったが
この仕事には喜びも着いて回る



例えばひどい雨が降っていた冬の夜のことだ。
凍えそうな寒さのなか
一人の女性が私に近づいてきたことがあった。

声をかけたかったのだけれど
それは許されないことだ。
もしばれてしまったりしたら
私はきっと明日には公園を離れなければならないだろう。


彼女は傘を支えながら苦戦しながらも
震える手で小銭入れを取り出すと

百円玉を一枚と
十円玉を二枚を私の中に入れ
少し迷った後に、温かいコーヒーのボタンを押した。

私はそれを確認すると、自分の体の中から
温かいコーヒーをすとんと下に落とす。

彼女は傘を必死に支えながら、それを私の中から取り出す

それを手に取った時の彼女の顔。
思わず優しい声をかけたくなったが、ぐっと我慢した。

寒くて辛い、冬の雨の中
ようやくあたたかな温もりに触れることができて
安堵しきった彼女の顔は、四年ほど経った今でもはっきりと思い出すことが出来る。

そのときは心から
本当に心から、この仕事に感謝したものだ。

さて
前置きが長くなってしまった。

そろそろ本題に移ろうと思う。


私はこの六年間の人生の中で
一度だけ、ただの一度だけ、人と会話をしたことがある。
...否
人と会話『してしまった』ことがある。

その話をしよう。

その2

朝から降り続いた雨がようやく止んだ。
公園の入り口からは、終電で帰って疲れきった顔の会社員が
重い足取りで帰路についているのが見えていた。

当時の私は生まれて二年目。
まだこの仕事にも慣れていなかった。
失敗という失敗はしたことがなかったが
どうにも、ボタンを押されてから焦ってしまうことがある。
コーヒーはどこだったか
リンゴジュースはどこだったかと。
焦るようなことでもないのだけれど

『お客さんが待っている』と思うと

思うように頭が回らない。


木から落ちてくる雫が、私の固い頭の上で

トン

トン

と一定のリズムを刻んでいた。
雨の日、私はそれに耳を傾けるのが好きだ。

この時間ともなると
わざわざ公園に入って飲み物を買う人間なんていない。

たまに物好きな会社員が、私からあたたかいコーヒーを買って
公園のベンチに座ってぼぅっとしていることがあるが
今日はあいにくの雨だ。そんな人間はいないだろう。

雫のリズムの中でそんなことを考えていると
ふと公園の入り口に、こちらへ来る人影が見えた。
変わった人間がいたものだ。

私は身構える。お客さんが自分の前に来たら
電気をパッとつける。
仕事の基本だ。

ばしゃばしゃと、しめった土の上を歩く音が近づいてくる。
そこで、驚くべきことに気づいた。


それは、女の子だったのだ。
身長140弱ほどだろうか。小学四年前後に見える。


公園の時計を見る。
十二時を少し回ったところだろうか。
子どもの出歩きにしては、あまりに遅い時間だ。

しかも目を引いたのは、その子が傘を持っていない。という点だ。
雨は上がっているとはいえ、またいつ降るかもわからないのに。
というか、その子は傘どころか鞄一つもっていなかった。

その子は私の前に立つ。私は慌てて電気をつけた。
ブーンという音とともに、彼女の顔が明かりに照らされる。
幼い顔立ちに、真っすぐに切りそろえた前髪。
どこにでもいそうな女の子だ。

その子ははポケットをまさぐると、じゃらじゃらと小銭を取り出した。
そして私を見る。私をというか飲み物のサンプルを。

しばらく迷った後、小銭を入れ
上の方にあった温かいミルクティーのボタンを、とんと押す。
私はそれを確認すると、ミルクティーをがしゃんと下に落とした。
その子ははそれを取り出すと、キャップを回し、一口。

ぷはぁ

口から白い息が、湯気のように空に上る。
幸せそうな顔。寒空の下で温かい飲み物を飲んだ時の人間の顔は好きだ。
満たされたような、幸せそうな顔だ。

その子はキャップを締め、まるで宝物を持つかのようにそれを両手で持つ。
そしてどこへいくでもなく、私の前でぼぅっと
夜空を眺め始めた。
私も思わず空を眺める。


綺麗な冬の星空。
北斗七星が瞬いている。


んん。
この時期の、ここから見る星空は最高だ。
私の仲間の話をたまに聞くことがあるのだけれど
建物のなかの、人通りの少ない廊下などに配置されている者もいるらしい。
その話を聞いた時、私は自分のこの環境に感謝をした。
春は花。夏は虫。秋は枯葉で冬は星。
四季を感じることが出来るこの公園は、すくなくとも暗い廊下よりも幸せだろう。


....ん?


嗚咽が聴こえた。
見るとその子は、空を見ながら泣いていたのだ。
ミルクティーを両手で大事そうに持ちながら
大粒の涙を流している。

理由なんて知る由もないが
よっぽどの理由があるのだろう。
嗚咽はだんだんと大きくなり
最終的には大声で、わんわんと泣き始めた。
我慢していたものが全部湧き出てきているかのような
すべてを吐き出すような、そんな泣き声だった。

電気で動く、私です。

電気で動く、私です。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-14

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  1. その1
  2. その2