追い付けない

　僕とＴは自転車を漕いでいた。
　橋の上を通り掛かった時、何やら下の方が騒がしいな、と思って目をやると、体操服の上にジャージの下という格好の坊主頭が二人、池の畔に居た。
　少し前を走っていたＴが、足を止める。
「あいつら、何してん？」
　どうやら、池の向こうの端に居るアヒルと白鳥に、物を投げているようだ。アヒルと白鳥は何かついばんでいたので、
「餌やってんの？」
　と僕は思ったのだが、Ｔは「ちゃう」と言った。
「あれ、餌じゃなくて石やぞ。あんな飛ぶはずないやろ」
　そう言われてみればそうだ。餌を食べに集まっているところへ、足元の小石を投げているのだった。そのうち一つがアヒルの頭に当たった。アヒルは一瞬首を縮め、羽をばたばたさせた。二人はげらげら笑う。
「しょうもないことしてんな」
　という僕の呟きをかき消す大声で、Ｔが叫ぶ。
「こらー！　お前ら、何やっとんねーん！」
　二人はすぐにこちらを向いたが、顔を見合わせて笑い、石投げを再開した。Ｔの声は、大きく出せば出すほどキーが上がるため、迫力に欠けるのだ。おまけに、高校生には見えない童顔……というのまで分かるかどうか定かではないが、なめられているのは確かだ。
　僕も叫ぶべきだろうか、バンドでボーカルをやっているから、大声は出るには出るが……と考えていて、ふと隣を見たら、Ｔが居ない。辺りを見回すと、近くの柘榴の木によじ登るＴの姿があった。赤く熟した実を一つもぎ取り、走って戻って来る。
「見とけよ」
　Ｔはそう言って、大きく振り被る。
――え？
　柘榴は物凄い勢いで飛んで行き、一人の肩に命中し、弾けた。
「ぎえっ！」
　当たった方の声が響く。もう一人は、その赤い色を見て飛び退き、
「えっ、何？」
　と素っ頓狂な声を上げた。Ｔは手を叩いて笑い、「阿呆や」と言ったかと思うと、自転車に飛び乗ってさっさと漕ぎ出してしまった。慌てて追おうと自転車に跨ると、下から
「痛いのう！　何すんねん、こらー！」
　という怒号と一緒に石が飛んで来た。それは欄干に当たって落ちたが、思わず「ひいっ」と声を漏らしてしまった。
「はよ来いよー！」
　Ｔの明るい声がする。いくら漕いでも、一生こいつには追い付けない、そんな気がした。