人魚の涙

 
「はぁ…まったく、あのじいさんは勝手だな……」

荷物がトラックに積まれるのをぼーっと見つめながら
葉峰陽礼〈ようれい〉は愚痴をこぼしていた。

まさか1人暮らし1年目で祖父がこの世を去るとは思わなかった。  
もしかして死期を悟っていたから1年前俺を急に1人暮らしさせたのだろか?そんな考えが頭に浮かぶ…。

 6月の終わり、梅雨は明けたがこのじめじめした空気は梅雨のようには去ってはくれない。これからどんどん過ごしづらい気候になるだろう。
なんせここら一帯は盆地であり海から運ばれる潮風が窪んでいるこの土地を華麗にスルーするからだ。

 先日祖父が亡くなったと聞かされた。病気などではなく天寿を全うしたそうだ。

 生前祖父は寺の住職をしながら憑き物落としのようなこともしていた。祖父には普通の人には見えないものを見る力があった。だからかもしれないが俺にも「死」や「死後」に対して身近に感じるようになってきて天寿を全うできたならそれでいいか、と思いあまり悲しいとは思わなかった。

 そんな祖父の遺言には遺産は全て孫の陽礼に譲るとあり、その遺産というものがいつからこんなにため込んでいたんだというくらいの莫大な金であった。
 それに加え1人世話係を雇ったというのだ。
だったらなぜ俺を1人暮らしさせた!とツッコミを入れたかったが
もう遅い…。いったいなんのための一人暮らしだったのだろうか。これに関しては全くの余計なお節介だと溜め息をつく。

遺言状には、まだ他にもつらつらと書かれており、まるで本当に死に際を悟っていたかのようだ…
例としてはこんなのものだ、世話係の方は女性なのでまさかとは思うが変な気は起こさないように〈余計なお世話だ!誰がおばちゃんなんかに!!〉とか
金の無駄遣いはするな〈あれを使い切るのはムリ……〉とか
寺の蔵の掃除は定期的にしろ、とか〈祖父は寺の住職であり、蔵には貴重な物が入ってるらしい〉
他にも学校の事とか進路は焦らずに自分の決めた道を進め、とか
仕舞いには辞世の句なんてものも書かれていた〈なんか見覚えもあったような……〉等々、これは戦国時代の分国法ですか!と言いたくなるような長さの代物であった……。

 そんなことを思い返してるうちに引っ越しの荷物が全部積み終わったようだ。
 
「では、確認のサインをお願いします」

 そう言った業者から用紙を受け取り名前を書く。
 
「夕方頃には全て移送完了するので終わったら連絡します。」

といわれ鍵を手渡される。一応「ご苦労様です。」と言って業者と別れた。
肝心の引っ越し先というのがじいさんの寺のうちのひとつである水無〈みずなし〉村という所である。
じいさんと一緒に住んでいた寺は別のところで、もう寺が保たないとのことなのであそこは解体してもらって荷物も全て水無村の寺ほうに移したらしい。なぜ、住職であるじいさんは寺を複数持っているのかとかは今更疑問には思わない。

 「それにしてもまだ荷物が届くまで結構時間があるな」

腕時計の針ははまだ正午前を指していた。まずは昼食をとろうと近くのコンビニまで行くことにした。

この見慣れた風景とも今日でおさらばである。最初にここに来てからの生活は慣れなくて大変だったが今となっては、ある程度の家事はこなせるようになった。
 
 結局、引っ越しの影響で変わったのは住む場所だけだった。
学校も転校するということはなく〈そもそも学校が全然無い…〉登校距離が長くなったくらいである。まぁこれについては少し文句を言いたいが。
昼食を買い終わり駅方面に歩みを進める。
どう時間を潰そうか考えたが、結局水無村に行き村を散策する事にした。
すべて歩き尽くす気でいれば夕方までは余裕で暇つぶしになるだろう。
電車で5つ先の駅だと聞き〈遠すぎだろ!〉
切符を買い電車に乗り込む、昼食も電車で済ませてあとは到着を待つだけである。それにしても電車の中に全然人がいない…
まぁ大きな店があるのはこっちとは逆方面なのでほとんど人が乗らないのも無理はない。かく言う俺も今回がこっち方面は初めてなのである。
 
 そして風景がだんだん変わっていき1時間してようやく水無村に到着した。駅から降り辺りを見渡すと
 
「えっ…ウソ、だろ…」

 そこに広がっていたのは予想外の光景であった…。

人魚の涙

人魚の涙

高校2年生の葉峰陽礼〈ようれい〉は亡き祖父の寺の 蔵からある古びた遺品を見つける それには村の伝承にまつわる記述が書かれており その村には昔から人魚が住んでいるという…。 初めは信じてなかった陽礼も次第に人魚の伝説を 通じて様々な出逢いを経て ついには伝承に書かれていた人魚と出逢う…。 陽礼は村の秘密に迫り伝説の謎を解こうとするが……。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted