宮下と日常。
宮下。
正直、今でもたまに夢か現実かわからなくなることがある。
どんなに難しいテストでもすぐに答えがわかってしまう僕の有能すぎる脳みそでさえ、こればかりはつくづく難問と言うほかなく、毎日毎日ふと思い出しては頭を捻るばかりだ。
それというのが今現在僕の周りに集まったいわゆる「友達」という存在であり、僕の悩みの種であった。
僕には生まれたときからの幼馴染が一人いるが、当時の僕は幼いながらに彼との関係を所詮親同士の押し付けだと一歩引いていた節があり、今のように軽口を叩けるようになったのはつい最近の出来事だった。
彼、西浦は大変能天気な性格で、恐らくそんな僕の中の長きに渡る葛藤を知る由もないのだろうと思うとなんだか切ない気分になる。
そもそも僕と西浦はまるで正反対の性格をしていた。
彼は昔から、持ち前の明るさと正義感の強さからもっぱらクラスの人気者であったが、対して僕は隅っこで読書をしているようなちっぽけな存在だった。
もちろん保育園から小学校にかけては全くと言っていいほど友達がいなかったし、ある年にはそれなりに嫌がらせを受けたりもした。
今の時代、その場の空気ですべてが決まる世の中だ。
僕は他にはきっと理解しがたい性格をしていて、それが原因になったのであろうことは随分前から理解していた。理解したうえで改善しようとは思わなかった。
周りと上手くやっていけないならそれでもいいと思っていたからかもしれない。今思うと完全に逃げの思考だが、当時の僕にはそれが最善策だったんだろう。
嫌がらせは日に日にエスカレートしていって、周りもだんだん僕に見向きもしなくなっていったけれど、西浦だけは、いつまでも僕がうわべだけだと軽視した関係を保ち続けた。
神様なんて信じてはいないけれど、もしいるのだとしたら世界は本当に平等にできているなと思った。
僕と西浦を同じ天秤にかけて、ぴったりつりあうように。僕が陰だとしたら西浦は陽なんだと思う。
もしかしたら、今やっと築き上げられた広い繋がりは、少し癪だけれど、西浦のおかげなのかもしれない。
あの時、西浦が周りの空気に圧されて僕の手をはらっていたら、僕の周りは昔となにも変わらなかっただろう。
僕と西浦が幼馴染として生を受けたことは、確実に意味があることで、これが恐らく俗に言う「運命」なのだ。
西浦を中心に始まった僕の日常は、きっと今までのようなつまらないものではない。そんな気がして。
宮下と生徒会。
世のため人のために何かをしようと考えたことはなかった。今までも「生徒会」に勧誘されたことは幾度となくあったが、学校のために自分の時間を犠牲にして嫌いな行事を盛り上げようなんて正直面倒くさいし馬鹿がすることだと思っていた。そうでなくても十中八九内申目当てだろう。
その考えは今もまったく変わっていないし、間違っても誘いにのろうなんて思わないけれど、なにをどう間違えてこんなことになってしまったのかもし説明できる人がいるのならぜひ僕の友達になってほしい。
事は約30分前までさかのぼる。
僕がいつものように優雅に下校をしようと教室を出たときだ。出入り口の横で出待ちをしていたのは生徒会の王子こと同学年の朝日さんだった。
大方同じ部活の西浦でも呼びに来たのだろうと彼の前を素通りしたのがいけなかった。
僕の女子よりちょっと丈夫レベルの細い腕は彼の鍛え上げられた腕に容易くつかまり、そのまま何の説明もなしに生徒会室へと引きずられることになってしまった。
そして今に至る。
「ちょっと朝日先輩! 宮下先輩ぽかんとしてますけどちゃんと説明とかしたんですか?」
「してねーよ。だって俺人に説明する能力ないもん。」
「それじゃあただの拉致じゃないですか!! すみません宮下先輩、用事とかなかったですか?」
目の前で頭を下げる彼女には見覚えがあった。確か生徒会の書記でたまに集会で壇上に立ったりしている人だ。
とりあえず、あやまりっぱなしにするのもこちらの気が引けるので大丈夫だと伝えると彼女はほっと息を吐いた。
「…あのですね、単刀直入で申し訳ないのですが、先輩に生徒会のお仕事を手伝っていただきたくて。」
「すみませんお断りします。」
今度は彼女がぽかんとする番だった。どうやらこんなにスピーディ且つストレートに断られるとは思っていなかったようで、困惑の表情が伺える。
朝日先輩はやっぱりな、とげらげら笑っているがしかし彼女はあきらめない。
「と、とりあえず事情だけでも聞いていただけますか。」
「まあ、いいですけど。」
「実は会計の子が少し病気がちで、度々欠席したり入院したりで席が空いてしまうことが多いんです。でもそうすると仕事が滞ってしまったり行事がうまく運営されなかったりしてしまうので、彼が欠席のときだけでもお手伝いいただける方を探していたんです。そしたら朝日先輩がいい物件があると教えてくださったのでぜひお願いしようと、そういう経緯です。…改めてですがお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい。…ん?」
「本当ですか? ありがとうございます!!」
どうやら僕は重大なミスを犯してしまったらしい。
あまりにも話が長かったため後半流して適当に相槌を打っていると余計なところにまで返事をしてしまった。
目の前で繰り広げられるパレードよろしくな現場からするに、きっと弁明はできない。
「ではさっそくで申し訳ないんですけど、この間の全校アンケートの集計結果報告を来週の集会で行いたいのでまとめおねがいします!」
「いや…あの、僕は、」
「お願いします!」
「…はい。」
視界の端にチラリと映った朝日さんの顔は、心なしか同情の色を浮かべていた。
こうして僕はあっという間に「生徒会会計補佐」という地位を手に入れたわけだけれど、
どうにも僕の本意に沿わない日々に慣れるのは、もう少し先になりそうである。
宮下と西浦。
「お前、生徒会に入ったんだって?」
彼は幼馴染の西浦である。
幼少からの性格のよさが反映してかいまではすっかりイケメンに成長し、バスケ部というイケメン部に所属したこともあり女生徒に絶大な人気を誇る僕の敵だ。
「生徒会もなんだってお前を指名したんだろうな。頭いいってだけで…。きっと本性知ったらクビになるぜ。」
「その方が嬉しいですけど。」
西浦は片手でボールを弄りながらケタケタと笑う。
「ま、これを機にせいぜい敬語紳士に生まれ変わるんだな。」
「余計なお世話ですよ。」
宮下と日常。