Clover 下
Ⅷ 反乱軍ある指揮官の失態
いきなりだが、俺は反乱軍第一戦闘部隊隊長のナギだ。
本日、約三時間後の午前11時より、反乱軍最大の戦闘となる首都制圧作戦を開始する。
拠点の一つである”ヒーラ” の物資を確認、同胞の反乱兵達に回復薬などを配布していく。
「ナギ隊長!全員の点呼確認、終わりました!」
「よし、ごくろう。すぐにブリーフィングだ。それぞれの隊で始める様、指示を送ってくれ」
「了解しました!」
隊員が駆けていくのを見送ってから、ふと西側の窓を見た。
ここからでもよく見える古校舎。あそこは、洗脳薬によって立派な反乱兵と化した
元・聖ヒナタ学園生徒が滞在している。彼らの存在は、もともと人数が少なめだった我らにとって、重要なものだ。今回の戦闘でも、全ての力を出し切ってもらいたい。
「…行くか」
決戦への覚悟を決めて、朝日の差し込む廊下を歩いた。
*
午前11時、30秒前。
『ナギ隊長。無線確認、OKです』
「分かった。突入はスリーカウントで行う。…覚悟しとけよ?」
『してありますよ、全員』
「…あぁ、そうだったな」
二丁銃の弾倉を確認し、ホルスターに装備する。出来れば女と戦闘にならないと
いい、と思う。数多の女を殺したりしてきた自分が言うのも何だが、どうもあの
甲高い悲鳴を聞くのは苦手だ。そんな甘いことを言ってられる戦場でもないが。
無線の送信先を調整して、全員送信にする。反乱軍リーダーのラウさんから、
戦闘開始宣言の許可は得ている。
「では、これが最後の反乱軍を戦闘となるように、全員勝利を奪い取れ。
スリーカウントで突入。ー… 3、2、」
1は各自に数えさせ、
「…作戦、開始っ」
首都を取り囲むように陣取っていた兵たちが、一斉に街中に侵入する。
すぐに銃声や剣戟の音が響いてきた。それを確認して、後ろに控えていた三人の
兵に笑いかける。
「我々も前線へ向かう。暴れ回れよ?」
「了解ですよ、ナギ隊長」
彼らと共に武器を構え、首都内へと入る。目指すは最終標的のいる
王宮だ。屹立するその城に向かって歩んでいく。と。
「…!」
「っ!!」
目測35メートル先の曲がり角から、数人の敵が現れた。すぐに指示を出す。
「横に広がって、一網打尽。順番に殺していけよ」
「了解」
敵のほうは、無線で何か連絡を取り合い、武器を抜きはなって駆けてきた。
目深に被ったフードからはあまり確認できないが、おそらく若い国王兵。年齢的に
十代の者だろうか。となると、彼らは聖ヒナタ学園の生徒。国王側になった子達だろう。
油断は禁物。
「…ぁああっ!」
「ちっ…」
思わず舌打ちをしてしまった。飛びかかってきた敵は、女子だったのだ。苦手…だが、
銃弾をその心臓へと送り込んでしまえば、悲鳴は長く続かない。そう思い、左の手に握る
銃の引き金を引く。乾いた銃声。それと共に、飛びかかってきた少女が地に倒れ伏す。
死亡しているのを素早く視認し、次の標的へと視線を走らせる。男子らしき兵から順に
撃っていき、弾倉が切れたところで、残った敵は1人だった。しかもまた…女子。
彼女は俺の三人の兵を双剣で凌ぎながら、涙を流していた。
「よくも…よくも、皆を!!!!」
内心ため息をつき、弾倉を交換する。様子を見ていたが、兵たちは三人がかりでも
少女を討ちとれないらしい。槍の穂先や剣先がぶつかりあう耳障りな高い音だけが響く。
…面倒だが、まぁ、仕方ない。
若干目を伏せて、しかし標準だけは正確に見て、おれは少女へ向かって引き金を引いた。途端に、鋭い悲鳴が上がる。
「ぃやぁあぁっ!!」
少女は双剣を取り落とし、地面にのたうち回る。見れば、彼女の右の太ももに銃創で
あった。正確に胸部に当てたと思ったのだが、目を伏せていたからか、狙いがずれたらしい。面倒な。
「いっ、いやぁ…殺さないで…」
怯えた目で、彼女は俺に命を乞うていた。それを何とか無視し、引き金を引こうと
した。が。
「…ん?」
今、少女の首もとで何かが輝いたような…。
気になり、銃口は少女に向けたまま彼女に近付いた。途端に少女が怯え出す。
身を引こうとしたので、少女の両手首を片手で押さえて、身動きを封じた。
「ひっ…」
少女はかすれた悲鳴を上げたが、気にせずに彼女のフードを取る。そして、首もとに
あるチョーカーに少し驚く。それは、
「…諜報部の証、だな。貴様、まさか…その若さで、諜報部に?」
「あ…」
問うてみたが、ただ口を動かして、声が出てこない返答ばかりが返ってきた。まぁ、
無理もなかろう。少女はおそらく、無理やりに諜報部にされたはずだ。聖ヒナタ学園の
生徒であるならば、まだ諜報部入りの資格を持っていない。
それなのに、洗脳薬で作り上げた国王軍の若き兵士に重い役目を背負わせているとは…。
国王軍の諜報部は、よほど人材がいないらしい。
ともあれ、諜報部となれば貴重な情報源だ。生かす理由には十分だろう。
「捕虜にする。連れていけ」
「え、あ、ハッ。了解です!」
部下に指示を出すと、少女から怯えが消えた。そっと、上目遣いで俺を見上げてくる。
「…た、助けてくれるのですか?」
「勘違いするなよ。貴様の持っている情報次第だ」
突き放す口調を心掛けて、言葉を発する。少女はフードを整え、その茶色の瞳を
不安に満たしながら立ち上がった。彼女の装備である双剣は、俺が肩に背負う。
「そういや、貴様の名は?」
何の気なしに、ふと、なんとなく。そんなノリで少女の名を問うた。
すると、彼女は茶髪のショートカットを風になびかせながら、こう答えた。
「…ナナ、です。」
*
一旦、現地司令部に戻り、ナナと名乗った少女を尋問室へと連れて行く。
肩に背負っていた少女の双剣を下ろし、部屋の隅に置く。
少女は不安げに震えているが…仮にも諜報部だ、どこまでが本心なのかが掴めない。
「俺はとりあえずラウさんとレットさんの所に報告に行くが…。おい、ナナ」
「は、はい…」
「貴様、国王軍の進行ルート位は知っているはずだな?…教えろ。」
「っ…それは、…」
彼女は、そこから先の言葉を続かせない。うつむいて、俺の視線を避けるように
顔を床へと向けている。…やはり、言わない気か。
「チッ…。おい、お前たち」
「ハッ」
後ろに控えていた三人の兵士たちに指示を送る。
「コイツに情報を吐かせろ。手段は問わん。但し、殺すなよ?」
「了解しましたよ、ナギ隊長」
彼らは荒んだ笑顔で敬礼をし、活き込んだように返事をした。それに対して軽く頷き、
尋問室をでる。少しの間、ナナと三人の兵士のやり取りを部屋の外で聞き、
「…ぃやぁあぁ!!!!」
破壊音と彼女の鋭い悲鳴が聞こえてきた。確認して、現地司令部内を歩く。
絹を裂くような悲鳴を背中で聞きながら。
*
リーダー室前に着き、ドアをノックする。すぐに中から「入りなさい」と、
返事が返ってきた。どうやらレットさんしかいないらしい。
室内へ入ると、案の定槍を携えたレットさんが座っていた。その全てを凍てつかせる瞳は、無線機から絶えず入ってくる情報をまとめた資料を見ている。きっと戦況が厳しいところへと駆けていくつもりなのだろう。何はともあれ、まずは報告だ。
「レットさん、国王軍の少女を1人、捕虜にしました。只今、尋問中です」
「ん、…ん?またあなた女の子捕虜にしたの?勘弁しなさいよ、まぁた使えない情報源連れて来たんじゃぁないでしょうね?」
「いえ、今回、彼女は…諜報部の少女です」
「…へぇ?なかなかじゃない。よく生かして連れてこれたモンだわ。大抵、諜報部の連中は強者が多いからね…。で、その子の名前とかは?」
「あ、ナナ、という者だそうです」
そう告げた途端、レットさんの纏う覇気が色を変えた。冷たいだけの殺意から、楽しむような殺意に。
「…へーぇ?ナナ。確かにそう名乗ったのね?」
「え、はい」
「…フフッいいわ」
クスクスとほくそ笑みながら、彼女は椅子から立ち上がる。レットさんが普通の女性だったならば、相当な美人だから、その笑顔はきっと絵になるくらいの極上品であっただろう。しかし、彼女は反乱軍戦闘総隊長であり、その笑顔は冷たい殺意に満ちていた。その視線に睨まれた者は、何の抵抗も無しに敗北と死を受け入れる。それくらいに凍てついて、嗜虐に満ちた笑みだった。
「ねぇ、私もすぐにそっちに行くわ。ナギ、あなた先に尋問室に戻ってて」
「ハッ、了解致しました」
妙に上機嫌になったレットさんに見送られ、俺は尋問室へと帰る廊下を進む。
…レットさん、ナナ、という名を聞いた瞬間に雰囲気が変わっていた。何かしらの由縁がある相手なのだろうか。だとしても、決して仲良しだった訳ではないだろう。あの大きさの殺意を向ける相手だ。どう考えても仲良しこよし☆ではないだろうな。
そんなことを考えつつも、尋問室の近くになった。…あれ、なんかナナの悲鳴が聞こえないな。吐かせることに成功したのであろうか。
「…っ!?違う!?」
尋問室のドアが開いており、廊下に鈍い臭いが漂っていた。血の臭いを感じながらも、
急いで尋問室へと駆け込む。そこには、無惨に切り刻まれた三人の兵士たち。
その内のひとりに駆け寄り、血だまりの中に横たわるその体を揺さぶった。
「おい、返事をしろっ!ナナは、どこに行った?彼女にやられたのか!?」
「ー…御名答ですよ。ナギ、さん?」
ひどく甘い、しかし死の宣告を告げる死神の声で、答えをよこしてきた少女は後ろに立っていた。フードはとり、茶髪をなびかせて、双剣を血に濡らしながら。
「貴様…!」
クイックドロウで二丁銃を抜き放ち、銃口をナナに向ける。が、驚くくらいの速さと正確さで、彼女は双剣を振るい銃口を斬った。どんな力業だ。
「くっ…」
猛威を振るう双剣をかわし、彼女に向かって蹴りを放とうとする、が、
「甘いわよ、ナギ さん?」
ゾッとするほど冷えたモノが背筋をさかのぼる。何かと思えば、有り得ないくらいの速さで俺の背後に回ったナナの双剣であった。
斬りつけられる。
「ぐぁ…っ!!」
斬られた二丁銃を取り落とし、ナナがそれをすかさず蹴り飛ばす。膝をつき、目の前で仁王立ちの少女を見上げる。
「これは…全て、お前達の作戦か!!」
「そうだよ、私が捕まるところから全て、国王軍の作戦ってわけ。反乱軍の皆さんが情報を欲しがってたのは知ってたから、わざとオトリになったの。まさかこんな簡単に上手くいくとは思ってなかったけど…。運が良かったのかな」
バカな、と思いつつ、バカだな、と自分を嘲笑する。
何もかも、自分のせいだ。あの戦闘のとき、躊躇いもなくこの少女を撃っていれば…。
この結末は、なかった筈だ。
「じゃあね、ナギさん。生かしてくれて…作戦を成功させてくれてありがと」
双剣が振り下ろされる。俺の首もと目掛けて。
走馬灯がよぎり、反乱軍になることを反対してくれたかつての恋人を思い出して…、
それが、俺の最後の記憶となった。
Ⅸ 終戦
ナギを撃破し、一息つく。双剣を肩におさめて、無線機に指をかける。
送信スイッチを押そうとしたとき、ドアがけたたましい音と共に開いた。
やってきた人物を見て、反射的に指を双剣の柄にひっかける。
「…レット」
「やっぱりねぇ。カエちゃんだった訳だ。ナナって名前まで使ってここまで
来たのは、なぜかしら?」
「…別に」
槍を構え、黒く殺気だって笑みを浮かべているレットが、ドアを後ろ手に閉めた。
退路が断たれてしまい、心の内で舌打ちをする。レットは変わらず笑ったまま、
「さて、と。三人の兵士と重要な幹部であるナギをこんなざまにしておいて、
…まさか無事で帰還できる、なーんて思っちゃいないわよね?」
「…そこまで自惚れられる実力もない。」
油断無く彼女を睨みつけ、片手で手探りで無線機の送信スイッチを押す。
すぐに現地司令部の司令官に繋がった。
「こちら、幹部撃破作戦担当のカエ。…どうしましょう。レットと相対しています。
撃破しろとか言わないで…って、ちょ、待っ、撃破!?勘弁してくださいよ、え?
あぁ、ナギは撃破完了しましたよ、えぇ、…いやだから、あの、撃破ダメ!殺す気ですか!?」
「なぁーに呑気に通信してんのよ」
視認するのがやっとの速さで、レットが突っ込んできた。右の肩の双剣を引き抜き、
すんでのところで槍の穂先を受け止める。
「ほーら、言わんこっちゃない。逃げますよ、逃げますからね!?はい承認!」
一方的に通信を切り、もう片方の双剣を抜き放つ。穂先が引っ込み、五メートルの
距離をとられた。睨み合いが続く。
…このまま、レットと戦闘を続けても、私の負けだと分かっている。だから逃げたい。
のに退路のドアが塞がれた。どうすれば…。…。‥。・。あ。
「…」
深呼吸をして、余計な力を体から抜く。緊急というか、命の危険に晒されてるし、ま、いっか。
「“我は望む。我は汝の力を望む。”」
「…まさかっ!?」
「“故に、大地の女神よ、我にその力を貸したまえ”…」
むちゃくちゃだ、とでも言いたげにレットが口を歪める。けれど、これが
私の選択。
「“大地の女神、デメテル、召喚”…!」
緑の光が床に放たれ、魔法陣を形成する。レットがすぐに向かってくるが、
私の方が早い。
淡い緑の光が部屋の中に満ちて、レットの目をくらます。そして、その光が
収まる頃には、
「…デメテル」
ライムグリーンの長い髪をなびかせている、草色のドレスを着た女神が私の
傍らに佇んでいた。微笑んでいる彼女を見て、レットが動きを止める。
「…カエちゃん?まさか本気?」
「召喚したんだし、本気、だよ。それしかないもんね」
双剣を肩におさめ、レットから視線をはずさないように後退していく。その少し先に、
観音開きの窓がある。後ろ手に窓の取っ手を掴み、勢いよく開けた。硝煙の匂いが
鼻を刺激する。
「それじゃぁ、さよなら、レット。もう二度と会わないと嬉しいけど」
「なっ、待ちなさい!ちょ…」
爽やかに笑って、私は窓から外へと身を投げ出した。デメテルも微笑みを絶やさずに
ついてくる。どんどん近付いてくる地面に向かって指を突きつけ、
「“デメテルよ、汝の緑で茂みを作れ”!」
大地の女神は右手を軽く振り、その動きだけで真下の地面に草のクッションを
作り上げた。クッションの上に狂いなく着地する。デメテルも軽やかに地面に足を
下ろし、聖女の笑みを浮かべた。それに何となく見とれ、半ば惚けたように
言葉を発する。
「あ、ありがとう…デメテル」
それに対して無言のまま、彼女は微笑みの会釈をよこし、不意にきびすを返すと、
花の香りを残して還って行った。ハッと息をついて、双剣を抜く、と。
ー…ドクンッ
「…ッ!!く、ぁ…」
覚悟していた召喚の代償の痛みが私の体を襲った。体をくの字に折り、
痛みに耐える。全身を侵す、炎に焼かれるような痛み。とりあえず、足を
引きずりながらも移動して、物陰へと避難する。…ええと、多分あと一時間は
このまま痛いだろうから、無線入れて、誰かに回収して、もらわな、きゃ、ね…
けれど、無線機のスイッチを押すことすら億劫になり、ただ荒い息だけを
切らして座り込んでいた。
どれくらいの時間、そうしていたのだろう。
ふと気づけば、後方から誰かがやってくる気配がした。敵か味方かは分からない。
敵だったらどうしよう、面倒だな…、とろくに動けもしないのにそう思い、
弱々しく剣の柄を握る。そうして、相手がやってくるのを待っていると、
「…おい、カエ。何やってんだよ」
「…見りゃわかるでしょ、動けないのよ。緊急召喚しちゃったから」
相変わらず余裕ありげな笑みで、クロアが立っていた。彼は手際よく私の肩を支え、
立ち上がらせた。まだ足がふらつくけれど、クロアが支えてくれているので、
何とか歩ける。
「とりあえず現地司令部まで歩くぞ。途中敵にあったら、多分お前を放すから
把握しとけ。」
「何それ。ひど」
「お前放して戦うんだよ、意志をくみ取れ」
そう言われ、何となく体温が上がるのを感じる。頷いて、そこから現地司令部まで
の間、お互い無言だった。運がいいことに、敵にも会わなかった。
ただ私は、クロアの肩を貸してもらいながら、心臓の高鳴りを
押さえるのに必死だった。今、敵にあったら絶頂ハシャいで
撃破できる気がする。
*
現地司令部に着くと、クロアはさっさと自分の持ち場へと戻っていった。
どうやら即席で私を回収する係になったらしい。ちょっと感謝。
「…で、カエ?ナギ撃破した後にすぐレットがきて、無線ぶっちぎって
召喚までしたあげく逃げてきたのね?」
「う…はい、その通りです、レスカ隊長」
私はイスに座らされて、レスカ隊長に報告していた。何か、隊長、
怖いんだけど…。
「や、やっぱり、レット撃破しなくちゃダメでしたか…?」
「誰がそんなことを責めている、って言ったの?」
首を傾げると、レスカ隊長はしかめっ面から気さくな笑顔へと表情を変えて、
私の肩に手をおいた。
「よくやった。まぁ、レットは作戦外だし、カエ1人で何とか出来るような
敵じゃない。なら、自分が出来る最大限のことをやってから逃げる。
これが一番最善だと、私は思うわよ」
「レスカ隊長…」
「ま、すぐに私と一緒に出撃してもらうけど。まだまだ作戦は終わらないんだから。
…と、その前に」
隊長は、戦闘服のポケットから小さな紙袋を取り出すと、私の前に突きつけた。
「はい、飲みなさい」
「…え?て、あ、薬が入ってるんですね…。これ何の薬ですか?」
そう訊ねると、隊長は弓の支度をしつつ、答えてくれた。
「試作品の段階なんだけど、召喚による代償の痛みを緩和・無痛にする薬ですって。効力は一粒二時間。ただし飲めるのは2日にいっぺんだけ。それと、副作用は効力切れの後にくるのだけど、その時は通常の代償の痛みが2倍補正かかって再発するとか何とか。」
「い、イヤな副作用ですね…」
袋からコロンッとかわいらしく転がり出てきたのは、普通の風邪薬にしか見えない
錠剤の薬。水なし噛まずに一錠を飲み込む。レスカ隊長が少し心配そうに私の顔を
のぞき込んでくる。
「…どう?カエ。効果はすぐ現れるって、医療班の奴らが息巻いていたんだけど…」
「は…はい、何か、楽に、なってきました」
体中の鈍痛が消えていき、息も整ってきた。ものの数秒で、召喚の代償が
無くなったのだ。安心させるために、明るく笑って隊長と目を合わせる。
「もう、大丈夫です。いけます」
「ん、分かった。これから私とペアになって戦場を駆け回ってもらうよ。準備に
三分あげる。急ぎなさい」
「はいっ」
歯切れよく返事をし、回復薬や双剣の装備を確認する。
ふと、クローバーのブレスレットが目に入り、
「…」
そっと、祈りを込める様に触れた。…ナナ。
「隊長、準備できました」
「よし、じゃぁ行くよ」
「はい!」
レスカ隊長の後ろを、双剣を構えて歩く。
右の手首には、二つの祈りのブレスレットを携えて。
その瞳には、燃え上がる闘志をたたえて。
*
反乱軍拠点の塔。
「…レット、いるかい?」
「あ、ラウ。そろそろ行くのかしら?」
問いかけた先、大剣を背に装備したラウがいる。彼は軽く頷くと、少し表情を
歪ませて、残念そうに言った。
「…ナギは、もう無理だね。応急処置をしても、しばらくは目覚めないそうだ。
…少し、ここから先の作戦が面倒になるな」
「まぁ、そうよね。今、軍師たちにソッコーでナギ抜きの作戦立ててもらってる
けど…」
「今回の作戦では、もう間に合わないだろうな。仕方がない。彼の担当はなしにして、
出来る限りで作戦を展開しよう」
「…そうね」
槍を装備し直し、髪をハーフアップに結う。ところで、とラウが呟き、
「レットがお気に入りの…ほら、カエとか言う子。その子がさっき、ナギを撃破したんだよね?」
「えぇ、そうよ。お気に入りかどうかはともかく、この借りは返させてもらうつもりよ」
そう答えると、ラウが少し微笑んで、
「カエって子は、俺たちの前に立ち塞がってくると思うかい?」
「立ち塞がる、ねぇ…。どうかしら。会わないで事がすむかもしれないし」
ただ、
「彼女と、縁があるとは思うけどね」
「縁、か。願わくば、俺達にとって福音となる縁だといいね」
そうね、と軽く頷き、戦場へと向かう意識を集中させる。ラウもいつも通りの笑みに、
残忍な色をまとって歩き出す。
「行こう、レット。俺達の勝利の道を」
「えぇ、ついて行くわよ。あなたの後ろから、ね」
*
「ねぇ、カエ?」
「はい?」
何人を斬り伏せたのか分からない位の血を吸って、双剣は鈍く光り輝く。
レスカ隊長が弓を構え直して話しかけてきた。
「とりあえず、この後は戦闘隊の3、4小隊と合流して作戦を展開していくから、中央広場…そうね、ちょうど王宮の真ん前に集合するわ。OK?」
「了解ですっ」
頷いた私に対して、隊長もうなずき返し、二人で周囲を警戒しながら中央広場へと向かう。途中で何人かの反乱兵と遭遇し、そのたびに撃破していく。
もうすでに、同じ人間を斬り伏せて、場合によっては殺すということは、違和感なく私の身体に染み付いた。多分、もう二度と忘れることが出来ない動作。悲しいことだけど、そうしなきゃ自分が殺される。
レスカ隊長が目を細めて、目的地を見る。
「…見えてきたわね、あ、もう皆集合済みで…」
中央広場へと至る直線の大通り。そこに私達はいて、視線の先の目的地には、たくさんの仲間達がいた。
それなのに。
ードォォォォォォンッッッー
「…!?」
「なっ…」
いきなりの爆発。爆破地は…中央広場。
さっきまで、ホントにさっきの瞬間までいた仲間達は、赤く燃え上がる業火に飲み込まれた。
重低音の爆破音と共に、熱風が吹き荒れてきて、私達の位置にまで熱い突風が薙いだ。砂埃に思わず目をつぶる。
「ちょっ…レスカ隊長!」
「落ち着きなさいっ。物陰に隠れて…早く!」
焦り気味のレスカ隊長にならって、あわてて手近な木箱の後ろに身を潜める。双剣は握りしめたまま、しかし後ろの爆破地を覗いて状況確認をするだけの余裕は、私の中から消え失せていた。隣の隊長だけは弓を一旦地面に置き、無線機をひっつかんで送信スイッチを押した。
「こちら戦闘隊レスカ。第3小隊、4小隊、応答せよっ。…応答して!!」
『…はーぁい、こちら反乱軍戦闘隊総隊長のレットよ。何かご用?』
「…っ!?」
レスカ隊長の無線機から、忌々しい女の声が漏れ聞こえてくる。さらに、
『初めてまして、かな?俺は反乱軍リーダーのラウ。無線機越しだが、以後よろしく』
「なっ…」
「…!」
無線機から聞く、最終標的の男の声。低すぎず、高すぎない声質の持ち主だ。
その声は、落ち着いた響きのまま、いきなり衝撃的な事を口にしてきた。それは、
『名乗って早々に悪いが、俺達は今、爆破したばかりの中央広場にいる。もちろん、そちらの3、4小隊の焼死体と共に、な。これから王宮内に侵入を果たして、反乱軍としての目的を成そうと思うけど…』
「んなこと、させるわけないだろっ…!?」
珍しく言葉が荒くなったレスカ隊長は、無線機を握りつぶさんばかりに手に力を込めている。確かに、この状況は危険で、レスカ隊長が焦るほどのものだった。
姿は知らない反乱軍リーダーが、急に冷めた声色の言葉を無線に乗せてくる。
『止めるなら止めてみれば良いだろう?そこの女の子…カエちゃんでも連れて』
「…へぇ、私を知っているの?」
隊長の無線機を横から奪い取り、通信に出る。相手はさほど感情の変化を声には
出さなかった。代わりに、無線機から微かにレットの冷酷な笑い声が聞こえた。
『君がカエちゃんか。レットが妙に君のことを気に入っていてね。多分、君を壊したいって考えてるとは思うのだけど…ん?いや違う?余計なこと言うな?まぁいいだろ』
案外テキトーな性格らしい。ともあれ、何やら私も戦闘に巻き込まれそうだ、と理解して嘆息する。何でこんな強敵と…。
『90秒、待とう。止めるならその間にこっちに来い。来るのはカエちゃんのみだ。レスカさん、あなたは軍と連絡でも取っていればいい』
「はぁ?ちょ、待ちなさ」
通信を切られた。当たり前か。…いやいや。
「レスカ隊長…どうします?」
「カエは待機。あたしが行くわ。レットを止めてみせる」
だよな。
…でも。
「スイマセン、レスカ隊長。私に行かせて下さい」
「…なぜ?」
そう問いかけてきた隊長に微笑む。隊長には、さぞかし空っぽな笑顔に見えているだろう。
「…レットは、私の親友を、ナナを殺しました。ラウは、彼が学園の寮で反乱軍と国王軍に分けると言わなければナナ達とは敵同士にならなかった。…せめて、いや、私のこの手で、奴らを捕らえたいんです。無謀でも」
ナナの柔らかに撫でてくる温かい手。晴れやかに笑う顔。楽しそうな明るい声。
全ては、この馬鹿げた戦争で壊された。
ならば、その馬鹿げた戦争を、己の手で壊したい。
「お願いします、レスカ隊長。出撃許可を…」
「…」
レスカ隊長は、答えに詰まって、数秒固まった。その間にも、ラウの決めた90秒の時間は静かに過ぎていく。
やがて、レスカ隊長は、迷った末の答えを口にした。
「…軍からすぐに応援を呼ぶわ。それまでの時間稼ぎ、出来るわよね?」
「じゃぁ、隊長…」
「ぐずぐずしないで、早く行きなさい。あなたが戦闘を保つだけで、戦争は終わるのよ?」
そう言われ、背中を押された。その手に気を引き締められる。その言葉に心を落ち着かされる。…うん、大丈夫だ。
私は、戦える。己のためにも、皆のためにも。
「行きなさい、カエ。…あなたの全てを引きずり出して」
「…はい!」
双剣を握り直し、勢いよく物陰をでる。
燃え盛る中央広場へと歩みを進め、私は最後の戦闘へと向かった。
*
「…来るわね。というか、ラウ?」
「何だい、レット?」
「…本気でやるの?」
燃え上がっている中央広場の真ん中。人の身体が焼け焦げていく臭いが立ちこめる中、槍を構えてやってくる敵に備える。とは言っても、カエひとりだ。二人がかりなら、さほど苦労することはないだろう。けれど。
「まさか、本当に喚ぶ気なの?」
「ハハッ、レットは心配性か?この決断で俺達の目的が果たせるのに?」
爽やかに、しかし殺気を滲ませた笑い声は、確固たる覚悟を秘めていた。…そうよね。
「今更、アタシが聞くことじゃなかったわね。愚問だったわ。ごめんなさい」
「謝ることじゃないだろ、レット。準備は万全だ。あとは楽しむだけ」
彼はそう言うと、己の武器へと手を伸ばした。 180㎝もある大剣を片手で掴み、鋭い睨みを前方の敵へと向ける。そして、距離25mの位置に立った少女に対し、ラウは大剣の切っ先を突きつけた。延長線上の彼女に、彼は親しみを込めて声をかけた。
「…やぁ、はじめまして、カエちゃん。早速だが、覚悟はいいかい?」
*
炎が私達の立ち位置を囲んだ中央広場で、私は大剣の切っ先を向けられていた。
その大剣の持ち主の隣に、槍を構えてこちらを針の様な視線で睨んでいるレットがいる。灰色の髪色をした、大剣を構えてる男の方が、ラウか。
この殺気の塊と化している二人を相手にするのは、やっぱり無謀過ぎたよね…。
無謀どころか、少しでも物を考えられる頭脳がある生物なら、確実に敗北すると理解して逃げていただろう。その場合の敗北は、己の死である、ということも。
けれど、
「私の覚悟は、何に対してだと思う?」
「己の死であることを祈るよ」
「残念だね。正解は“己の勝利”だよ」
訝しげにこちらを窺ってくる二人に、威圧するかのように双剣を構え直す。はっきりと、高らかに言い放つ。
「あんた達二人に、私は戦闘したいだけの理由がある。果たしたい目的が、私にもある」
「それは…俺達の信念と、同じ比重のものか?」
「まさか。国を変えるほどの覚悟ではないよ。ただ私と、私の友人達にとって救いとなるための覚悟。…だから、負けない」
呆れた、とでも言うかのようにレットがため息をつく。ややあってから、彼女は苦々しげに口を開く。
「あのさぁ…こんなの言うのもアレだけど…カエちゃん、あなた、愚かよ?」
分かってるよ。たったひとりの少女が挑むには攻略不可能な戦闘だってことは。
「カエちゃん、あなたは…本気なのよね?」
当たり前でしょ?なぜなら、私は、
「“我は望む。我は汝の力を望む。”」
「っ…!?二度目!?」
驚きに目を見開くレットに構わず、呪文を紡ぐ。
「“故に、風の大竜よ、我にその力を貸したまえ”…」
突き出した指先から銀色の光が放たれ、地面に魔法陣を繋いでいく。
光が周囲を照らしていく中、視線の先のラウが何かを呟いていた。構わず召喚の言葉を紡いでいく。
「“風の召喚獣、ヘスペリデス、召喚”ーーーっ!!」
突風が吹き荒れ、さっきから燃え上がっていた業火を力任せに消していく。そして、静かに堂々と、巨大な銀のドラゴンが私の横に現れた。低いうなり声を敵に向けている。
「さて、と。」
ヘスペリデスへの指示を出そうとしたとき、かすれ声の男の言葉が聞こえてきた。
ラウだ。
「…“故に、灼熱の鳥よ、我にその力を貸したまえ”…」
「…まさかっ!?」
背筋が冷えて、視界が揺れる。双剣を構え直し、ヘスペリデスに指示を出した。しかし、
「“炎の召喚獣、フェニックス、召喚”…っ!」
紅い光が放たれて、熱風が吹き荒れた。思わず目を細める。再び前を見ると、
「…チッ」
ラウの傍らに、炎の鳥が羽ばたいていた。奇襲作戦で私と共に戦ってくれたが、今は敵側だ。それに、今は絶賛☆戦闘中な訳で、命が危険に晒されている。だから…。
「”ヘスぺリデス、吹き荒らしなさい”っ…!!!」
ギャォォゥッと地響きを誘うような轟音に近い鳴き声をあげて、ヘスぺリデスは白銀の光を散らしながら口を開けた。その口元に、少しずつ、光をまとった風が集められていく。急いでくださいませこの野郎っ!
対して、ラウ達のほうは不動だ。レットは睨んできているが、ラウなんか微笑んで立っているだけ…いや訂正。その微笑みが恐ろしい。絶対になんかある。フェニックスをあちら側は召喚しているのに、何でなにもしな…、
何もしていない?
「っ!違うっ!!!」
即座に思考を否定して、勢い任せに地面を蹴りつける。双剣を構えて、ラウ達へと向かった。
その間にもヘスぺリデスは光を集めて、風をまとめ続ける。
3歩を踏み込んだ時に、ようやくレットが動きを見せた。ゆるり、と槍の穂先をまわし、
「…邪魔するんじゃないわよ、弱者」
「う、る、さい!!」
5歩を踏んだ時に、レットと私の刃がぶつかり合った。火花が散り、金属音が至近距離で爆発する。
レットの方が先に刃を引き、私の左横に滑り込んできた。辛うじて後ろへと飛びずさり、彼女の突きをかわす。
「アハハ、ほらほら、ナナを殺したのは、アタシよ?討ち取ってみなさいな」
「…………っ!!」
奥歯を噛みしめて、なんとか感情任せに攻撃したい衝動をこらえた。素早く思考を張り巡らせて、ラウ達がやりたいことを考える。
…私が向かった時に、レットが応戦してきた。きっと本気になれば、すぐにでも私の命は奪えるはずなのに、何でそうしない?
「んー?なぁーんか動き鈍くなってんじゃないの?」
「んな、こと、ない…!」
双剣を駆使して、幾重にも来るレットからの攻撃を受け止める。かすり傷がいくつも付くその間にも、思考は続ける。
…相変わらず、ラウの方は微笑んでいるだけだ。何か策があるんだろうけど…、何が、ある?
召喚獣を、フェニックスを喚び出しておいて、どうして…、
「…、まさ、か」
「?何よ、もう気づいた訳?」
事も無げに彼女はため息をつく。…いや、でも、本気で…?
一旦、距離がおかれ、レットは静止しているラウに対して言葉を放つ。
「ほら、時間稼ぎはしたわよ。もっとも、あの子の召喚した風のドラゴンの方も、攻撃準備が整ったみたいだけどね」
レットの言葉にハッとして、自分で喚び出した召喚獣を見る。ヘスぺリデスは、光と風を集め終えようとしていた。光の塊が、
直径5メートルほどの大きさとなって輝いている。きっともの凄い破壊力をもつのだろうけど…、今、ちょっと、それはマズイ。
私が気づくのが遅かった。急いで、攻撃開始寸前のヘスぺリデスに指示を飛ばす。
「”ヘスぺリデス、こっちに来なさい”!!」
全速力で、ラウ達の後ろへと走る。ヘスぺリデスは光の塊をそのままに、指示通り私に付いてきてくれた。が、
「ハハッ、アタシが行かせるとでも思ってんの!?」
殺気を振りまきながら、レットが槍を突き込んできた。かろうじて双剣で受け止めて、よろめきながら私はヘスぺリデスに再び指示を投げた。
「”ヘスぺリデス、城門の前に行きなさい"!」
間に合え。
祈りに応えられる、その前に、
「”フェニックス、全ての力を以て、城を焼き払え”」
ラウによって、最悪な指示が炎の鳥に下された。
一瞬の後、城門前広場が灼熱の炎に包まれる。
*
思ったよりも炎の規模が小さいわね、と思考したとき、背後にいるラウから舌打ちが聞こえてきた。そして、彼は低く吐き捨てる。
「…防がれた」
「え?」
防がれた、と彼はもう一度言い、大剣を構えた。見据える先は、炎に包まれている城門。陽炎で周囲の風景が歪み、その場所に少女の姿は見られないが、ラウは絶対零度の殺意をまといながら睨んでいた。
…うわお、本気で怒ってるわね。
まぁアタシも充分にキレてるけど、と思い、彼と同じように槍を城門に対して構えた。しばらく何の動きも見られなかったが、
やがて、空気が揺らめく視線の先に、茶色のショートカットの少女が見えた。カエだ。
…あら?
「ヘスぺリデスも、いるわね…」
少女の隣に、銀竜がいた。しかし、ヘスぺリデスの美しい銀の皮膚には、痛ましい傷が幾つもついていた。
…まぁ、そりゃそうだわ。本来なら、あの城門ごと城をふっ飛ばす程の攻撃だったんだもの。それを、ヘスぺリデスの通常攻撃で防いだ。
傷つかない筈がないし、第一、相殺しきれてはいない。現に、城門と、城の正面玄関くらいは炎に包まれているはず。
完全にアタシ達の攻撃が通じなかったわけじゃないのなら。
「さて…」
軽く息を吐き、カエを見る。
ヘスぺリデス同様に傷ついている少女は、荒い息をしながら、獰猛にアタシ達を睨んでいた。それに対して、アタシは言葉を贈る。
「覚悟はいいのよね?…小さな小さな、か弱い復讐者さん?」
*
…や、やった…。とりあえず、最悪の事態は回避できた。
ありがと、と声に出して、ヘスぺリデスをなでてあげたいけど、さっきのフェニックスによる大規模な攻撃が重い。結局、
ヘスぺリデスの光と力の塊をぶつけても、完全に相殺しきれなかった。城門は焼かれ、もしかしたら城もちょっとだけ燃えてるかもしれない。
けど、それでも、ラウ達の思惑は壊してやった。城ごと壊す、という思惑を。それが出来たから、一応、成功。
それに、
「…!、ぐっ………」
「っ!ラウ…」
視線の先。大剣を構えているラウの姿勢が傾いだ。何か痛みに耐えているかのように。
当たり前だ。”フェニックスの自爆による大規模攻撃”…、召喚獣による対城攻撃は、強制的に召喚を終えられること。つまり、
「フェニックス召喚の、代償が、来てるんだよね…?」
かすれ声で言ったので、相手には届かなかっただろう。それでもいい。
ラウが大剣を地面に突き立て、それに体重を預けたのを見てから、私はそっとヘスぺリデスに触れた。
ヘスぺリデスは、傷による体力の消費と魔力量の減少により、召喚を終えようとしていた、けど。
…もう少しだけ、頑張って。
意識を集中させる。ヘスぺリデスに触れている右手に魔力をためて、私は静かに唱えた。
「…”銀の風を従えし竜よ、その姿を変えよ”」
ハッとしたように、レットが私を見る。ラウに気を取られて、敵である私への注意を切らしていたらしい。彼女は槍を構えて、高速で突っ込んでくる。
だけど、私のほうが早い。
「”風の召喚獣、ヘスぺリデス…形態変化”ッ!!!」
唱えた直後、銀色の旋風が私を中心に吹き上がった。ヘスペリデスが銀の光のカケラ達へと変わり、私の右手の中に集まる。
光のカケラは、段々とその形を大剣の形へと変えていき、銀の光を散らしてその姿を現した。
…ヘスペリデスの形態変化、”風の大剣”。
片手で持てる程軽い、刀身150cmの大剣の平には、ヘスペリデスをかたどった紋章が刻まれている。
その剣を一度素振りし、私はレット達を見た。彼らは、静かな決意を秘めた瞳で、私を見据えていた。
ラウが、荒れた息を整えて、姿勢よく立ち上がった。召喚による代償の痛みに耐えながら、彼は言う。
「…君がそのつもりなら、俺達はそれに応えよう。その大剣でもって、俺達を倒してみろよ。俺達は、俺達の目的を果たすために、君のことを倒そう」
「はははっ、言われなくたって、私はそうするよ。…私と、私の親友のために」
数秒、時は静かに流れ。
城門が燃え上がって崩れる音と共に。
「…っ!!」
「…はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
私達は、全てに終わりを告げるために動いた。
*
最初に動いたのは、私だった。
召喚獣の化身である大剣を大きく振りかぶり、地面に向けて叩きつけて、
「…”風の、斬撃”ッッッ!!!」
叩きつけた衝撃によって、大剣から風の刃が生み出された。刃はまっすぐに進み、大きさを増しながらラウ達に接近していく。
銀の光を散らしながら来る風の刃に対して、レットが動いた。
「砕くわよ」
そう断りを入れるかのように彼女は呟き、槍を横なぎに払った。風の刃と衝突し、轟音と共に刃が砕かれる。砕かれた風を巻いて、彼女はワンステップで私との距離を5m詰めて、槍の穂先を突き込んできた。顔面狙いの刺突を、のけ反ってかわす。
「くっ…!」
体勢が崩れかけたのを体をひねって堪え、大剣を思い切り左後ろに振るった。先程までレットがいた位置を、剣の切っ先が空しく斬り、
「こっちよ?」
「ッ!!」
嘲笑うレットの声が耳元近くで聞こえ、反射的に右へと飛び退く。左頬に熱い線が走って、薄い傷から血がにじんでくるのが分かる。けど。
…ほんっと、構ってられないよね、こんなの。
片手で軽々と持てる大剣を構え直す。レットが高速で石突きや刺突を繰り出してくるのを、必死で受け止め、呼吸のタイミングを合わせていく。…今、だッ。
「”銀風、よ…!吹き、荒れ、ろッ”!!!」
「…!ッく」
大剣が、穂先を受け止めた位置から、物凄い密度と強さの銀風が爆発した。風の圧力に押され、レットが軽く数mを飛ばされる。
背中から地面に叩きつけられ、受身は取ったらしいが、彼女は少しよろめきながら立ち上がった。殺意が爛々と輝く瞳が、私へと向けられる。
まだまだ、レットを倒すには程遠いダメージのようだ。その上、
「…アタシ、あんまり魔法は好きじゃないんだけどねぇ…。“衝撃よ足場となれ”」
「ッ!」
瞬間、視認するのがやっとな程の速さでレットが攻撃を仕掛けてきた。反射的に姿勢を低くしたその左肩後ろを、槍の穂先が撫ぜていく。鋭く冷たい痛み。
「くぅ、あ…!!」
回復魔法を詠唱する暇を稼ぐために、風の大剣の平を背中側に向けた。その直後に穂先が当たった衝撃がくる。急いで左肩の傷を閉じさせて、私は再びレットと向き合う。
彼女は殺意の灯る瞳を私に向けたまま、肩で息をしていた。…、あれ?
…肩で、息してる?疲れてる…の?
なんで、と思った。私が疲れてるのは当たり前だ、戦う相手のレベルが違いすぎる。けど、いくら本気でツブシに来ているとしても、私相手にそこまで消耗する…?
そこまで考え、気づいた。
レットが、背中を庇いながら立っていることに。
さっき、風の大剣の攻撃で吹っ飛ばした時に、レットを叩きつけたのだ、と。
つまり、
「…!!“風よ…”ッ」
「またそれに頼る気!?自分でアタシを倒してみせなさいよ!」
うるさい。
私は、もう、
「“…刃となれ”!!!!」
私の大切な人を、死なせたくないんだ。
風の圧力をぶつけてくると予測したレットが、槍の穂先を突き込む様に構えて突撃してくる。私の大剣の動き一つ一つを注意深く観察し、彼女は私の首もと目掛けて駆けてくる、が、
私は大剣を精一杯目の前の地面に叩きつけて、風の圧力を刃に集め、
「っな…!?」
「行、けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
銀の光をまとった巨大な風の刃を、レットに向けて放った。回避不能の、会心の一撃。
風の刃はレットの体を宙に投げ出し、その身を切り刻み、数m先の地面に叩きつけた。呻き声が微かに聞こえ、レットが動かなくなる。
「……………ッはぁ、はぁ…!」
疲れが一気に押し寄せてきて、そのまま地面にへたり込みたくなる、が、
…まだ、ダメだ。
あと、1人。
そう思い、視線をラウの方へ向けた、途端。
「…”大地の女神、デメテル召喚”ッ!!」
「はぁっ!?」
眩い光とともに、ライムグリーンの髪を有した女神がラウの傍らに佇んだ。
彼もまた、二度目の召喚を行ったのだ。
デメテルのその柔らかな微笑みは、味方ならば安心できるけど…。
今は不気味なモノにしか見えなかった。
「…だから、言っただろ?」
絶句していた私に、ラウは凄絶な笑みを向けて、
「“君がそのつもりなら、それに応えよう”って。…応えてみたまでさ」
「なっ…」
無茶苦茶過ぎる。私は鎮痛剤を使ったから、召喚の代償に耐えられたのに、それなしでって…!?
けれど、私に考えてる暇も迷ってる暇も無かった。
ラウが召喚したことだけじゃない。
ーーーー…ズキンッ
「…ッ!」
頭の奥に針を刺されたような痛みが来た。段々と響いて強くなっていく。
…召喚の、代償。鎮痛剤が、切れた?
なんでよりによってこのタイミングで…!!
「”デメテル、汝の緑で敵を絡みとれ”」
ラウがデメテルに指示を出し、大地の女神が軽やかに指を鳴らす。
それと同時に、私の周囲3mの地面から、淡い緑の光を散らしたツタが伸びだした。私の動きを拘束しようと絡みついてくる。
「…っ、”炎よ、焼き払え”!」
足や腕に絡んできたツタを慌てて焼き、周囲のツタにも火を放ったけど、召喚獣の魔力とそこそこデキる位の一般人の魔力。どうみたって私のほうが不利に決まってる。
こうなったら、もう、短期決戦で…。でも限界かな。
ツタを焼き払いながら、視線の先にいるラウを睨んでいるけど、なんだか視界がぐらついてきた。何となく足元もおぼつかない。代償の痛みが身体中に広がってる。
「…く、ぅっ」
ふらつき、うつむいて、ふと、自分の手元を見る。擦り傷だらけで、砂埃で汚れてて、
それでも、ナナとのブレスレットだけは、傷一つつかず汚れもせずに、私の手首で揺れていた。
…ナナ。
お願いだから、見てて。
絶対こいつを倒すから、…諦めないから。
だから、少しだけ、頼むから、
「手伝ってよ、ナナ…!!」
-…カエ。
彼女の声が聞こえた。
刹那、展開していた炎の魔法に莫大な量の魔力が流れ込む。
一瞬で全てのツタが焼き払われた。
「は…?」
視線の先、自分の攻撃が喰われたことで動けなくなっているデメテルと、茫然としたように立つラウがいた。
それを見て、私は握りしめている風の大剣を更に強く握った。震えている足に力を入れ、地を蹴って走る。
「…う、ぁ、あああああああああっ!!」
叫び、ありったけの魔力を大剣に注ぎ込んで、私はラウに接近する。
彼はハッとしたように自分の大剣を構えた、けど、私のが速い。
ラウとの距離が3mになった。
銀の風をまとわせた大剣を振り上げる。
一瞬クリアになった視界の端に、黒のポニーテールをなびかせた彼女が立っているような気がした。
…ナナ。
全力で一歩を踏み込み、
「………行、けぇぇぇぇぇええええええええええ!!!」
銀の光を散らしながら大剣を振り下ろした。
全ての結果が現れる。
*
力が抜けて、大剣を振り下ろした勢いのまま地面に膝をついた。
目の前でラウが倒れていく。
彼の傍らに立っていたデメテルは、悲しそうに微笑みながら還って行った。
「はぁっ、はぁっ…、…はぁ」
ヘスペリデスを形態変化させていた風の大剣が、銀の光のカケラとなって消えていく。
風に散らされながら流れていくその光のカケラに頬をなでられて、私はもう一度大きく息を吐いた。
…勝っ、た?もう大丈夫?私は…生きてる、よね?
「…ナナ」
右手首で揺れている2本のブレスレットにそっと触れて、立ち上がろうとした、瞬間。
ー……ドクンッッッ
「っくあ、ぁぁ!!??」
意識が飛びかけるほどの痛みが襲ってきた。腰を上げかけていたが、すぐに座り込む。
座り込んでも痛みが弱まるわけもなく、悲鳴を噛み殺しながら地面に横たわった。必死に意識を手放さまいとして、痛みが来た理由を思考する。
…外傷、じゃない。ラウが反撃のトラップを仕込んだわけでもない。タイミングとしては…、召喚の代償鎮痛剤の、効果切れ。
「うぐ、ぁ、ぁぁあ…!!」
「…、ちょっと心配しちゃうくらいなもがき方だけど、まぁ俺が言う義理もないよね」
戦慄した。思考がフリーズして体が凍りつく。顔を上げて見て確認して、目を見開く。
ラウが、立ち上がっていた。
「倒したと思ったのに、って顔だね。確かに、正直こうして立ってるのも面倒なぐらいだけど、俺達の目的は、まだ、果たしてないからね」
「なっ…ぐぅ、ぁぁっ…!!」
体を引きずりながらも歩き去ろうとする彼の足を、無理やり伸ばした右手で掴む。大した力も込められないけど、精一杯握ると、ため息とも吐息ともつかない呼吸が上から聞こえた。ラウが自分の大剣を取る。
「まったく。諦めが悪いな。…恨まないでくれよ?」
案外あっさりと振り下ろされてくるその刃を、ぐらつく視界で認めた時、ラウの背後から見慣れた男が走ってきた。
…アイツは。
「---…ッカエーーーーーーー!!!!」
「なっ!?」
驚愕して振り向くラウに、高速で突っ込んできたクロアが激突した。打撃音がいくつか響き、その間に大勢の国王軍の皆がやってくる。私に駆け寄ってくる何人かの中に、安心した表情のレスカ隊長がいた。ハルも泣きそうな笑顔で私のところに来る。
…あぁ、そっか。終わったん…だね。
「よかっ…」
「カエッ!無事か?!怪我は!」
ハルがそう言いながら抱き起こしてくれる。私たちの前にレスカ隊長が膝をつき、力強い頷きと声で、
「カエ、よくやったわ。貴女が、この戦争を終わりに導いたのよ」
言われ、私は首を振る。
「…レスカ、隊長。まだ完全には終わってないん…です。でも、あの、それより…」
「?」
「…く、クロア、は…」
視線を逸らしながら言うと、ハルが軽く笑って、私の横を指差した。見れば、彼が立っている。
「…クロア」
「なんだよ、カエ。いやまぁ、なんだ。お前が無事で…、よ、良かったよ」
そこまで言うと、彼は深くうつむき、ややあってから私を勢いよく背負い上げてきた。視線が一気に高くなる。
「な、何?!」
「…救護室。お前、召喚の代償鎮痛剤、切れてるんだろ。行くぞ」
えぇ!?この状態で行くの!?と思っていると、ニヤニヤしているハルと見守るような暖かい眼差しのレスカ隊長に見送られた。私たちの周囲では、レットやラウの確保作業、撤収作業をする皆がいた。
「…ねぇ、クロア」
「ん?どうした」
「…さっき、助けてくれて、ありがとね」
それだけ言うと、私は目を閉じて、彼の体温を感じながら、眠気の中に意識を手放した。
シャランッと手首で2本のブレスレットが鳴る。
最終作戦、終了。
反乱軍リーダー、及び、副リーダー、その他約5000人の反乱兵の身柄確保。
全ての戦闘が終わり、そして、少女の決意が動き出す。
Ⅹ 式典にて
…風の音がした。
柔らかくて爽やかな風に頬を撫でられながら、私は草のなびく丘の上に立っていた。これが夢だと確信しているのは、目の前で対峙しているのが、黒髪のポニーテールを揺らしているナナだからで。
「ナナ…」
「カエ、久しぶりだね。…いや、そうでもないかな。さっき会ったもんね」
「さっき…?あ」
「気付いてくれてた?」
もちろん、と頷き、私は手首の2本のブレスレットに触れる。
あの時の、ラウとの戦闘中。ナナに祈った時に、視界の端で見たポニーテールは、やっぱり彼女だったんだ。
笑って、ナナを見ると、彼女は真っ直ぐな眼差しで微笑んでいつも通りに私の頭を撫でてくれた。その優しい力加減の感触はあるけれど、もう温かな体温は感じられなかった。
もう二度と、その温もりは感じることが出来ない。
「ナナ、あのね」
「何?」
「ナナの分のブレスレット、返す。後で、絶対に」
言うと、彼女は寂しげに目を細めて、
「そばに居させては、くれないの?」
「コレは、ナナが持って、もう1個を私が持ってないと意味がないでしょ。それに、ナナはブレスレットが無くたって、いつも私のそばにいるよ」
精一杯の笑顔で、私は彼女の手を取る。温度を感じられないその手を、握って、溢れてくる涙を必死に堪えて、真っ直ぐな彼女の眼差しを正面から見つめ返した。
「ナナ」
「…カエ」
「ありがとう。あの時、私を庇ってくれて、助けてくれて、ありが、と、ぉ…っ!」
「カエ…」
決壊してしまった涙が頬を伝い、私とナナの手に落ちる。嗚咽を噛み殺せなかった私の体を、ナナはそっと抱きしめてくれた。
温もりを失ったハズの彼女の体は、なんだか微かに暖かくて。
「カエ。…また、会う日まで、元気でね。生きてね。ちゃんと、クロアへの気持ちに正直になりなよ」
「う、…バレてた?」
「私の大事な親友だもの、分かるよ」
体を離された時、彼女は少し俯いていた。そのまま彼女は私に手を振る。
「それじゃね。そろそろ起きる時間だよ、カエ」
丘の風景が崩れ始めた中、ナナは顔を上げて、
「…ありがとう、カエ」
涙が止まるほど綺麗な笑顔で、私を見送ってくれた。
*
目が覚めると、見慣れない天井と、眠っている見慣れた少女が視界に入ってきた。
「…」
とりあえず、自分がベッドで寝かされている事、ハルが見舞いに来てくれて結果寝ていて、多分ここは軍事病院の…個室であるという事が、視界内を見て約5秒で分かった事だった。
何となく目元が濡れている気がして、拭おうと右手を動かした、瞬間、
「ッギャァァァァァ!?何コレ!?痛ッァァァァァ!!??ぬぐぁああああ!!」
「ぬぁぁぁぁぁ!!何だって、カエ!?起きたのか!」
体にヒビが入ったような痛みに悶絶していると、寝ていたハルが飛び起きた。ハルは心底安堵した様に表情を緩めて、のたうち回っている私の体を優しく押さえた。一瞬で大量に溢れた汗をタオルで拭ってくれる。
「いやぁ、カエ…本当良かった…。ウチはてっきりあと3日は起きないと思ってたから」
「ぐぬぁぁぁ…、み、3日って…。私どの位寝てたの?」
「えーと、今日で5日かな。途中危ない時もあったから、ヒヤヒヤしてたぜ」
「5日も…」
そんなに寝てたのか、とため息をついた。汗を拭ってくれたハルは、自分の手を私の額に当てて熱を測る。
「んー、ちょい熱いな。体、かなりきついだろ」
「動かすだけで命がけ…。痛い。なんなのさコレ…」
「召喚の代償に決まってるだろ。もっとも、鎮痛剤の副作用であり得ないくらいに代償が響いてるみたいだな。こりゃまだ実用化は無理そうか」
「ひっ、他人を実験台にしないでって医療班の皆さんに怒鳴りつけたいんけど!!」
まぁ私も調子乗って無茶してたけどさ、と心の中で呟く。まだちょっと体を侵す痛みに眉をしかめながら、私はハルに聞いた。
「あ、あのさ。戦後処理っていうか、ラウとかは…?あと、結局なんか変わったこととか、それと」
「あー、まぁ聞きたいことはたくさんあるだろうけど、順番にな?
まず、戦後処理…は、滞りなく進んでる。戦闘区域から避難していた住人も皆無事に戻ってきてるし、町の修復も、まぁ、うん、そこそこ…」
「な、なんでそんなに言いづらそうなのさ」
「だって修復予算が国から降りるっても、結局のところ国王が食いつぶしてたから、大臣たちが必死で予算掻き集めて使ってて、うぅ…。そこの進みだけは遅いな。とてつもなく。滞りないって言ったのは訂正しとく」
それで、と彼女はロングの髪を軽く揺らし、
「次に、ラウとレットは今極秘扱いで、地下に幽閉されてる。その他大勢の反乱兵は、首都軍事刑務所内。かなり定員オーバーしてるみたいで、一部は地方の軍事刑務所に送られたとか。それで、変わったことは…」
「ハル」
「なんだ?」
「ラウとレット、その他の反乱兵達への、処分は決定してるの?」
問うと、ハルは若干表情を歪めた。少しの間、沈黙が流れて、低く小さな声で答えが返ってきた。
「処分自体は、昨日決定した。一般兵は、半分は強制労働3年間、残り半分は禁固2年の後、奉仕活動とやらを1年だと。で、反乱軍幹部…4人ほどいるらしいが、こいつらは地下牢で終身刑、文字通り日の光を一生見れなくするんだってさ」
「そう…。それで、ラウ達は…」
「レム王子が反対してたんだがな…。公開処刑、首はね、だそうだ」
しけい、と口だけ動かして私はため息をつく。ハルが言いづらそうだったのは、多分レスカ隊長が…。
「ハル、レスカ隊長は?」
「ん?おぉ、そうだな、カエが起きたって報告を…、ってそうじゃねぇか、カエが言いたいことは」
「うん」
ハルはさっきの私よりも何倍も重いため息をついて、チラッと後ろの壁…、隣の部屋の方を見やり、
「昨日の処分決定を聞く前でもかなり具合が悪そうでな。何とか仕事はこなしていたんだけど、決定を聞いて倒れちまった。どうも肉親がレットしかいないみたいで。心労は深いだろうって軍医が言ってた」
「そんな…」
「一応さっき様子見に行ったら起きてて、割としっかりしてるんだが、やっぱりまだ動けなさそうだ。2、3日は入院、安静、だな」
そう、と小さく返し、私もハルのように隣の部屋の方をそっと見る。
…たった1人の肉親が、反乱兵になり、死刑になるのだから、そりゃ心労で倒れてしまうだろう、でも。
でも、まだ。
「ねぇ、ハル?その処刑、いつあるの?」
「ん~、確か、明後日。あぁ、そうそう、その日に式典やるから、その後だったな」
「式典?何だってまた」
「国王の権力はまだ衰えませんよ、これ以上反乱しても無駄ですよ。…王室がアピールしたいのはこんなことなんじゃないか。事実、近隣諸国と貿易相手国のお偉いさんが来るらしいから、他国からの投資を死守したいだろうな。ごくろうなこって」
「…馬鹿らしい」
式典、それも他国からのお客さんを招くとなると、またかなりの支出があるんだろう。そんな余分の予算があるとは考えづらく、大臣たちが死に物狂いでお金を捻出するんだろう。
本当に、馬鹿らしい事ばかり。
「あ、そうだ。ついうっかり忘れてたんだけどな?」
「ん?何?」
「カエ、明日には動けるようになりそうだろ?」
「はぁ?まぁ、うん、多分…?」
「そしたら、その馬鹿らしい式典に出席しろって、国王が」
「ふぅん…。‥。・。はぁぁぁ!!!?」
思わず飛び起きようとして代償の痛みが走って悲鳴を上げながら悶絶してベッドに倒れ込んだ私に、ハルが冷静に言う。
「落ち着け」
「いやいやいやいや?!落ち着くも何もないでしょってああああ痛い痛い痛いもう当分召喚なんかするもんか…!!」
涙目になりつつも、私はハルの方に何とか向き直った。彼女はまっすぐに私を見つめて口を開く。
「いいか、カエ。馬鹿らしいと思ったりするのは良いんだ。むしろウチもそう思う。でもな、お前は確かに反乱軍のリーダーと副リーダーの確保に大きく貢献したんだ。国王軍の英雄的存在に、今、お前はなってる。例え、それを望んでいなくとも」
「…」
「式典では、お前の表彰式があるんだ。国王直々に褒美を与えるシナリオらしい」
「褒美…?」
「動けないなら仕方がないけど、ウチは行った方がいいと思う。どうせ、まだ何か企んでるんだろ。ナギ撃破の時みたいに」
ハッとしてハルを見ると、彼女はニヤリと意地の悪そうな笑顔を浮かべ、
「式典なんかにゃ行きたくないってのは分かるから言うけどな?これ以上ないチャンスなんじゃないのか、コレ」
「ハル…悪人面してるよ…。私が言えた口じゃないけどさ」
軽く息をついて、私は自分の手首に視線を向ける。
2本のクローバーのブレスレットが、変わらずそこに存在していた。
「ハル、式典を終えたら、きっと物凄い騒ぎになる。何とか抜け出したいんだけど…」
「おぅ、その辺の手はずくらいは整えておくよ。クロアにも言っとくか」
「あ、クロア。アイツ、今は?」
「戦後処理に色々と駆り出されてる。昨日とかは休憩の合間を見てお前の様子を見に来てたぞ」
「そ、そう」
…アイツにも言わなきゃいけないことあるしな~。ま、終わってからでいいかな、うん。
さて、と前おいて、ハルが立ち上がる。彼女は楽しそうに笑い、
「そろそろレスカ隊長の所とか、仕事片付けてくる。今ちょうど昼過ぎなんだが、なんか食うか?」
「とりあえず、いいかな。多分夕飯は欲しくなると思うけど」
「分かった。じゃ夕飯はウチここに来るよ。他になんかあるか?」
「あ、じゃ…。調べてほしい場所があるんだけど」
「ん?」
それを告げると、彼女は頷き、了承してくれた。
「そんなに遅くはならないと思う。記録とかはあるだろうから」
「うん、お願い。…気をつけてね~」
おぅ、と手を上げて去ったハルを見送り、そっと息をつく。…さてと。
「式典ねぇ…」
馬鹿らしい式典なりの、馬鹿みたいな騒ぎで終えてやろう。
私は、私たちは、それだけの事を、知ってるから。
*
式典、当日。
綺麗に澄み渡る青空に、何羽かの鳥が飛んでいる。
つい最近まで戦闘があったとは思えないほど、窓から見える景色は平和そうだった。
「カエー、着替え終わったか?」
「ん、大丈夫だよ」
病室のドアが開いて、聖ヒナタ学園の制服を着たハルが入ってきた。久しぶりのその姿に、懐かしさが来る。ハルは一度くるりとターンして、
「あーやっぱコレが一番しっくりくるな。国王軍の軍服よりも」
「うん、そうだね。やっぱり…、コレが、いいよね」
私も制服だ。何ヶ月かぶりに着る制服は、私たちがまだ反乱に巻き込まれなかった頃に戻す様に馴染んでいるけど、少し寂しかった。
これを再び着る事が無い生徒が、どれだけ居るのだろう。着れなくなった友人は、どれだけ居るのだろう。
一度俯いて、顔を上げる。ハルが心配そうに見てきたので、大丈夫だと伝える為に微笑んだ。そして、共に病室を出る。
「体の方、大丈夫か?あんまり助けてやれないんだけど」
「大分楽になったよ。走ったりするのは何とか出来るけど、戦闘は無理かな。まだ少し痛いから」
「そっか。じゃその辺は無理させないように努力しよう。で、頼まれてた場所だけどな、割と式典会場から近かった。出口付近にクロア待機してっから、付いてけよ」
「ん、分かった。ハル?」
「なんだ?」
「…ありがとうね」
気にすんな、と軽く言われ、私も小さく笑う。
軍事病院を出て、式典会場までは馬車で行く。馬の蹄のリズムの良さを何となく聞いて
、私は覚悟を決める。とうに決めていた覚悟を、再び強く胸に起こす。
…さぁ、コレが、最後の戦争だ。
全てに、終着を。決着を。
*
式典会場となっているコロシアム近くの国民達と、近隣諸国のお偉いさん、王室と軍の幹部と一部の兵が参加している式典は、予想していた通り、今回の反乱が何だったのかと問いたいくらいに派手なモノだった。来る途中、会場が近くなると、なんだか大量の花火が上がっていて、有名なオーケストラがファンファーレを鳴らしていて、そして今はきらびやかな衣装に身を包んだ踊り子50人による舞が披露されていた。
いや、確かに素晴らしいよ。素敵な舞だよ、でもね。コレ、ガチで幾ら掛かってるんだ。あぁ、何か王室側にいる大臣達が何となくやつれて見える。気のせいかな気のせいじゃないよね気のせいじゃないな、うん。
ため息をこぼすと、落とした肩にハルの手が乗った。
彼女は、ニッと笑い、腕時計を指差した。
そろそろだぞ、と言っている。
それに応えるように、私は頷いて顔を上げた。ちょうど、舞が終わって踊り子達が特設ステージから降りていく所だった。
アナウンスが入り、次のプログラムを放送する。
『続きまして、授賞式です。国王様、そして、受賞者カエ様、どうぞステージへ』
「来たな」
「うん」
一度、ブレスレットを握り締めてから、私はステージへと上がった。
既に、白髪白髭の国王が、偉大感溢れる赤いマントを風になびかせながら立っていた。
…コイツが。
咳払いをして、国王が話し出す。
「…受賞、国民栄誉特別賞。貴女は国民の平和を考え、素晴らしい働きを見せてくれた。よってこれを賞す」
ワアァァッ、と会場が湧き、私の首に月桂樹の彫られた金のメダルが掛けられる。
その重みに、泣き出したくなる気持ちをねじ伏せて、目を真っ直ぐ国王に向け、静かに敬礼をした。歓声が更に湧き、耳に響く。
少し待つと、段々と歓声も小さくなっていき、完全に静かになった所で、再び国王が話し出した。少しだけ、高慢そうに。
「…褒美として、何か一つ。何でも願いを言ってみるがいい。遠慮はいらんぞ」
「それなら、恐れながらお願いしたいことがあります。この場で、すぐに許可して欲しいことです」
「この場で、すぐに?何かね?」
高鳴る心臓を右手で抑えつけ、叫びたくなる程の緊張を抑えつけて、私はせいぜい毅然として見える様に笑い、
「はい、少し、この場をお借りして、話したいことがあるのです。少々、私に時間を頂けるでしょうか?」
「ふむ、つまり…、この場で話をする事が、望みであると?」
「その通りでございます」
…あぁもう、早く決めて。良かろうとでも許すとでもなんでも良いから許可して。お願い。早く。待ちきれないの。
コレを言う為に、私は、ラウとレットの前に立って、自分の命を賭けて闘ったのだから。
どれくらいの間があったんだろう。
ほんの数瞬だったんだろうけど、私には何時間にも感じられた沈黙が、ようやく切られた。国王は何となく釈然としない感じで自分の髭を撫でながら、言った。
「まぁ、うん、良かろう。話してみるがいい」
「…ありがとうございます。では」
国王からマイクを受け取り、息を深く吸ったり吐いたりする。
目の前、視線を上げれば、逆円錐の客席に座ったたくさんの人の目があった。
その目に、その期待の目線に、その全てに。
私は告げよう。
「…長い、長い反乱だったと、思います。
実際はたった半年にも満たない、短い反乱でしたが、私にはとても長く、何年も続いているかのように感じました。
同じ様な思いをされた方もいると思います。
絶対に、この会場内に、私と同じ思いを、それ以上に辛い思いをされた方がいると思います。…心中、お察しします。
きっと、ううん、これも絶対に、この会場内にいます。私と同い年位のお子さんを、亡くされた方、いますね。
今から言うことは全て事実であり真実であり嘘であって欲しいことです。
…聖ヒナタ学園。国民の皆さんなら知ってるでしょう。国王軍の、精鋭部隊を早期育成するための軍事学校。中等部高等部の計6年制。数多の英雄と栄光をこの国に与えた学園。全寮制、2つの寮に別れている。体術の得意なルビー寮、魔法の、得意なサファイア寮。そして、
今回の、反乱に、無理矢理巻き込まれた悲劇の学園です。
…レム王子が、聖ヒナタ学園卒業生で、ルビー寮出身ということは、大体の人がご存知でしょう。それと同時に、今回の反乱軍リーダーのラウが、サファイア寮出身だと言うことを知っている方もいるかもしれませんね。この事が、今回の悲劇でした。
国王軍と反乱軍は、あろうことか、何の罪もない聖ヒナタ学園の生徒達を、洗脳し、無理矢理にルビー寮とサファイア寮に別れさせて戦わせたのです。互いが互いに、かつての友だとは忘れて、聖ヒナタ学園生徒同士で殺し合ったのです。
私は間一髪、洗脳を逃れた一部の生徒でしたが、大半は、まんまと騙されてしまい…」
*
「はーっ、よくもまぁ、ここまで…」
アイツ大丈夫かなぁ、とぼやきながらクロアは裏口で待機する。
会場はざわめき、揺らぎ、しかしカエの言葉は聞き逃さない様にと耳を澄ませていた。
*
「…私は、この反乱による戦闘で、親友を失いました。本人が知らないだけで、兄弟や恋人を亡くした友達もいます。何も知らないまま、戦死してしまった友人がたくさんいます。この、笑えるくらい馬鹿らしい、非道い決定のせいで。
しかも、聖ヒナタ学園にそういう命令を下したのは、間違いようもなく国王です。
国民の事を考え、慈悲深く守り、導く筈の、国王が。
こんな、恐ろしい、決断、を…!!!」
息を吸い込む。マイクのスイッチは切り、床に投げ捨て、顔を真っ赤にしている国王に向かって、私は鋭い視線と感情をぶつけた。
「あんたが!こんな、馬鹿げた事を認めなければ!ナナは、死なずに済んだかもしれないのに…っ、私の友達が、辛い思いを、しなくて済んだかもしれないのにっ、それを、あんだは…」
「きっ、貴様、何を…!反逆者になっても良いと言うのかね!?」
「私は別に、ラウ達を、反乱軍を正しいとは言ってない!言いたくもない!誰が言おうと、彼等はやり方が間違ってたし、そんな事を認めて良い訳がない!けれど…っ。国王、あんたも正しくない。洗脳して、無理矢理に兵士に仕立てて、戦場に立たせたのは違う。あんたは、この悲劇を、止めるべきだったのよ!」
言葉を終えると共に、熱い涙が落ちた。
決して国王のモノなんかじゃ、ない。
私と、会場内の多くの人の、だ。
「…っ、どいて。帰る。もうこんな所なんか居たくない。メダルも返すわ」
国王にメダルを押し付け、ステージを降りようとすると、護衛兵が数人私を取り囲んだ。剣先と銃口が向けられる。
「…何。さっきの話は国王に許可してもらった話だわ。何の問題も無いわよね」
「国王に対する暴言が過ぎる。付いてきてもらおうか」
護衛兵の顔を一人一人見ると、国王軍の中では見慣れない顔ばかりだった。きっと、反乱の間、コイツ等は戦闘に参加してない。筋肉なんか衰えているだろう。でも、
…戦闘したくないんだよね、痛むから。
どうしようか、と思っていると、私の耳元で高い風切り音がして、目の前に立つ護衛兵の剣の柄に矢が刺さった。
「…まさか」
後ろを振り返り、客席を見渡すと、弓矢を構えたレスカ隊長がいた。
隊長は、次の矢を用意しながら、唇を動かして伝えてくれた。
ーーー…行きなさい。
「…感謝します、隊長」
矢が飛んできたので隙だらけになった護衛兵の間を通り、ハルに言われたコロシアムの裏口へと向かう。
会場のざわめきを今更のように聞きながら走ると、光の射す裏口に、見慣れた彼がいた。手を振って誘導してくれている。
私は、笑みを浮かべ、涙を散らしながら、彼を呼んだ。あぁ、久しぶりだ。
「…クロア!!」
*
会場は最早式典どころではなくなり、会場のざわめきは暴動寸前の騒ぎに発展していた。
「余、余が悪かったとでも言うのか、あの小娘は…!」
その中心、特設ステージ上に立つ老国王の下に近付く青年が1人。
「…父上」
金髪を輝かせ、翡翠の瞳を真っ直ぐに父親へと向けた、レム王子その人であった。
*
クロアと共に式典会場を逃げ出して、歩いて20分位の、目的地。
「カエ、行きたい所って、もしかして…」
「うん、ここ。軍の、共同墓地」
そっと、右手首に揺れるブレスレットに触れ、柔らかく笑う。
「…ハルに、調べてもらったの。ナナの、お墓」
草原に作られた軍の共同墓地は、静かで、神聖で、どこか物悲しくて。
ハルに聞いたとおりの場所に、私の親友は眠っていた。
“Nana”
十字架型の白い石で作られた、小さなお墓には、そう書かれていた。
途中で買った花束を添え、右手首から一本のクローバーのブレスレットを取ると、
「ナナ、約束。…貴女の分、返すね」
十字架に掛けた。チャリンッと軽く金属の擦れる音がして、ブレスレットが太陽の光に照らされる。
手を合わせて祈り、私はお墓に笑いかける。
「ナナ?」
…何?
「私は、ちゃんと出来たかな」
…私のカエだもん。出来てたよ。かっこよかった。
「…そっか」
うん。
「ありがとう、ナナ…」
立ち上がり、クロアに向き直る。彼は、静かに微笑んで、
「…ナナ、何か言ってたか?」
「うん、前に。…ちゃんと言うんだよって」
「ん?何を?」
後でね、と返し、共同墓地を共に去る。
一本になったブレスレットは寂しげに揺れたけど、それでもクローバーのチャームが彼女との絆を示すかの様に輝いていた。
*
「で、クロア…。一旦病室に帰ってきたは良いけどさ…」
「あぁ。…お前、命狙われそうだよな」
だよねぇ、と返し、病室へと帰る廊下をゆったりと歩く。
あの後、会場はどうなったんだろう。
全てを打ち明けて、ぶちまけて、壊してきた。
無責任な事をしたと思うけど、どうしても伝えたかった。
「まぁアレだな、お前が謀反人になっても俺が守ってやるよ」
「え、私よりも体術の成績悪かったやつが?」
「なっ!い、今は分からねぇぞ!もしかしたら…」
はいはい、といなし、病室のドアを開けると、
「おっ、お帰りカエ、クロア。待ちくたびれたぞ」
「お帰りなさい、カエ。無事で良かったわ」
「…ハル、とレスカ隊長…!?」
ヒラヒラと軽く手を振るハルと、優しげに笑うレスカ隊長がいた。慌てて中に入り、彼女達の近くへ寄る。
「ど、どうして?もう式典終わったの?それとも…まさか…」
「あー、カエ、落ち着け。とりあえず2人とも座れよ。…よし、じゃ話すぞ。でもその前にレスカ隊長からな」
ハルがそう言うと、隊長が頷いて、私達に向き直った。いつもよりも柔らかい口調で、隊長は話しはじめる。
「カエ、あの後すぐにね、国王の所にレム王子ご本人が来たのよ」
「え、レム王子が!?」
「そうよ。そして、暴動寸前だった会場の人々を、一度静まらせた。で、まずは他国のお客様に非礼を詫びた。もちろん、貴女の起こした騒ぎについても。
場の空気をリセットしてから、彼は国王に問うたわ。“父上は、御自分の為したことの罪の重さを理解しているか”と」
「そ、それで…」
クロアが先を促すと、隊長は一度息を吐き、
「国王は、支離滅裂な事を喚いて、しまいには“余は悪くない、悪いのはあの小娘だ”なんて言い始めたのよ。で、レム王子が、こう…ドガーンッと、ガツーンッと…」
「…。グーで、殴った?」
「そうそれよ。会場中が拍手喝采に包まれたわね」
マジですか。え、何ソレ観たかった。
「それでその後どうなったんですか」
と聞くと、話をハルが受け継ぎ、呆れながら言った。
「レム王子がな、“父上がここまで阿呆だとは思いませんでした。さっさと王位を譲って下さい。僕がこの国を立て直します”って言ってな?」
「う、うん」
「めでたく王位はレム王子に譲られて、新国王が誕生しましたとさ」
「早っ!?」
あまりにも早すぎだろう、と驚いていると、隊長から追加で「でもそのおかげで私達の起こした騒ぎは不問になったのよ」と言われ、何か申し訳なくなってきた。
「反乱軍も処刑される予定だった人が許されたし、新しい政治に参加して欲しいって、解放されたのよ。もちろん、国民も、それに賛同して、ね」
「ラウもレットも、面目が立たないから3ヶ月くらい独房に入れられるんだけど、実質自由なのと変わらないんだと」
いやー、暴動にならなくてホント良かったな。とハルが結び、私も息をつく。
…ホントに、良かった。
気が抜けて、皆でぐだーっとイスの背もたれに寄りかかる。あ、そういや。
「ねぇねぇ、反乱、終わったじゃん?聖ヒナタ学園に戻れるかな、私達」
「あー、そうだな…いや、難しいだろ。洗脳薬がある。いくら今日、カエが真実爆弾を落として力ずくで洗脳を解こうとしても、負担が大きすぎる。長期間掛けて解いて、真実を受け止めさせなくちゃ、キツいだろ。皆」
「あうーっ、そっか…」
ハルからの言葉に更にぐでーんとすると、柔らかく私の頭を撫でる暖かい手があった。見ると、クロアで。
「な、何?」
「いや、落ち込むなよって。きっと戻れるから」
な、と言われ、無言で頷く。…あぁ、もう。こいつは。
「…さて、私はそろそろ戻るわね。また明日くるわね、カエ」
「あ、ウチも帰ります~。じゃな、カエ、クロア」
「「へ?」」
図ったかのようなタイミングで隊長とハルが立ち上がり、そそくさと病室を出て行った。…何であんな手際よく帰るの、あの二人。
二人きりになり、何となく気まずくなった。
…言おう。クロアに。ちゃんと、言おう。
「ねぇ」「なぁ」
言葉が被り、慌てて彼の方を見た。あぁ、コイツも顔が赤い。
「ク、クロアからでいいよっ」
「いや、お前が前だったから、お前からで良いぞ」
あうあうと情けなくしていると、クロアが優しく笑った。…もう、何だって今。
「クロア?」
「何だ?」
右手首のブレスレットを握り、意を決して、私は言った。
「…すっ、好きよっ。ずっと前から、クロアが…」
言い切らない内に、クロアが私を抱き寄せて。
紅潮している耳元で、彼は愛しそうに、返答してくれた。
「俺も、ずっとお前のことが好きだ」
そして、全てに、終着と決着がついて。
ending
ー…そして、五年の歳月が流れる。
「カエ、そろそろ時間になるぞ」
呼ばれ、振り向くと、淡いピンクのドレスを身にまとったハルがいた。
彼女は長い金髪を風になびかせ、私の姿を見ると、軽く口笛をふき、
「やっぱり、様になってるな。似合ってるぞ、そのウェディングドレス」
「ん、ありがとう。ハルも綺麗」
「今日の主役に言われてもなぁ。…そろそろ、いいか?」
うん、と頷き、私は静かに立ち上がる。
目の前、ナナの墓石に右手を乗せて、優しく撫でる。
…もう、あれから、5年なんだよね。
「…行こっか」
墓石を飾っていたクローバーのブレスレットを取り、右手首に通す。
二本のブレスレットが私の手首で揺れる。
「…カエ」
「ん」
ハルに手を引かれ、私はナナの墓がある丘を後にする。
午後の陽光が降り注ぎ、草原は柔らかにその葉を風に揺らしていた。
*
川のそばにある教会に着き、控え室をノックする。
中には、きっと彼がいる筈だ。
「クロアー、いるー?」
「おう、いるぞ。カエか」
ドアを開け、室内に入ると白い式服に着替えたクロアがいた。
彼は一度私に抱き着いて、それから少し距離をとって私のウェディング姿を見た。軽く頷く。
「…なんというか、その…カエ。俺、ボキャブラリー少ないんだけどな…」
「うん、知ってる。で?」
容赦ねぇな、と彼は小さく呟いて、それから、
「綺麗だ。今まで見た中で一番」
「…真正面から言われると、何だか気恥ずかしいかな…」
「い、言う方も割と照れるんだからな」
まったく、とクロアは息を吐き、時間を確認した。私も振り向いて時計を見る。…そろそろ、かな。
右手を、彼に引かれる。そして、クロアが気づいた。
ブレスレットが一本、増えていることに。
微笑んで彼の顔を見上げると、同じような表情で見つめ返された。
「…行こう」
「あぁ」
控え室のドアを開け、私たちは一緒に式場へと歩いた。
皆が待つ、光の満ちた式場へ。
2本のクローバーのブレスレットが、軽い音を立てながら揺れる。
陰ながら祝福しているよ、という彼女の言葉を紡ぐように。
fin.
Clover 下
clover上、中、下と読んでいただき、ありがとうございました。
駄文だったと思いますが、少しでも楽しんで頂けたのなら、
幸いです。
初めて投稿してみた作品でしたが、どうだったんでしょう。
この作品は、中学の時に一度ノートに書きあげた物を、もう一度修正したりなんたりして書きましたが…
割と初期の頃と展開が違ったりしました。まぁその辺はともかく、読んでくださった方の心の余分なところに
残る事が出来ればなぁ、とちょっと期待してみたり。
ではまた、いずれ。