「硝子の天使」


3体の天使の置物が ローボードの上に並んでいる。
一揃いで買ったのだろうなと誰もが思うほど
天使は良く似た大きさと 、姿をしている。


1体は 前を向いてすっくと立ち、2体が その脇で何かを捧げるような
格好をしている。 天使は透明で、頭の輪の部分だけが金に塗られている。
ガラス製に違いないと、それを見た誰もが思う。
事実、天使はガラス製品だったが それは真ん中の1体だけで
脇の2体はプラスチックで出来ていた。

初めはガラスの天使が 一体あっただけだった。
それと良く似た プラスチック製の天使の置物を 行き付けの小物店で
たまたま見つけた時、ガラスの天使の持ち主である彼女の心に
少しだけ悪戯心が起きた。 これを一緒に飾っておけば、見た人は3体とも
同じ ガラス製品だと思うに違いない。

事実、持ち主である彼女が 気まぐれで経緯を口にするまで、天使を
見る人は それが2種類の全く異なった材質から出来ている事に 気が付かなかった。
そして不思議な事に、ほとんどの人がそれを「全てガラス製」だと思った。
ガラスだと思うに違いないと、持ち主の彼女自身も自信を持っていた。


子供が余り好きではない彼女の家に、親戚の子供が遊びに来たのは、
3体の天使が揃って しばらく経ってからの事だった。
ローボードの上に並ぶ天使の、更に奥にある ピエロの置物を取ろうとして
乱暴に伸ばした小さな手が、天使をなぎ払ってしまった。
天使は3体とも フロアに落下して、真ん中のガラスの天使が粉々に砕けた。
彼女は慌てて、子供が怪我をしないようにガラスの破片を片付ける。
泣いている子供の方に目をやった途端、ガラスの破片で薬指の先を
深く切ってしまった。
プラスチックの天使達は どこにも傷が付いていない様子だった。
飾り物に血が付かないように指の手当てが済んでから、彼女は
ローボードの上に天使を戻した。


2体の天使は、今度は背中合わせに並べられた。
2体ともプラスチック製であるが、一見すれば相変わらずガラスに見えた。
ガラスの天使があった時からそうしていたように、彼女はそれを毎日
丁寧に磨いた。 細かい溝に 埃が溜まる事など無いように注意して。


10年が経った。 彼女の生活はほとんど変わらず、住居も変わらず、
ローボードもそのままで、その上には2体の天使が乗っていた。
ある日 彼女は、プラスチックの天使に目をやった。
そして、それを改めて 手に取ってみた。

透明だとばかり思っていた天使は、見ると既に透明ではなかった。
あちらこちらに 目に見えないほどの小さな傷を抱え、うっすらと
表面が濁って見えた。 毎日熱心に磨く事で ガラスは光っていたのだが
同じやり方は 、プラスチックには合わなかったのかも知れない。
それに気が付くまでに 10年かかった。

10年前に 親戚の子供が触れようとした陶器のピエロは、今も美しい艶を
保っていた。 だが、プラスチックの天使は 最早、古く安っぽい玩具に
しか見えなかった。


粉々に砕け散った立ち姿のガラスの天使が、かつて居た事を彼女は思い出す。
触れたら指先が切れ、沢山の真っ赤な血が流れた。
美しいが ガラスは厄介だとその時は思った。
傷付かないプラスチックが 余程ましに思えた。

何かに呼ばれるように、彼女はドレッサーの方へ向かう。
鏡に自分自身を映してみる。濁った天使の人形と同じ姿をそこに見付ける。
捨てない限り壊れる事も無く、多分ずっとこれからも ローボードの上に
あり続ける人形。
小さな傷で砕ける事は無いかわりに、傷を蓄えたまま 治る事も無い。
砕け散る硝子だったら、いっその事 良かったと言うのだろうか? 本当に?


今となっては薄汚れたように見える天使達は その後も捨てられる事も無く
新しい傷を蓄えるために ローボードの上に乗っている。
誰かに 何かを捧げようとしている、立ち膝の姿のままで。



<了>

「硝子の天使」

「硝子の天使」

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-06

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