魔法使いの恋愛事情
「小説家になろう」さんにも投稿しました。
今回も章ごとの投稿になります。前回よりバトルが少なくなると思いますが一応、恋愛テーマなのですみません。
謎の少女と悩む少年
研究と言うのはどれだけ多くの人と行っていても何かを探し求めるのは、求道者であるという事は、基本的に孤独なものである。それを求めろとは言わないが、知るべきだとは思う。だからこそ、そうした研究で出会う事の出来る人と出会えたなら、それは一生の友となりえる。_せんせい
放課後のMSP、多くの生徒は部活に向かい。外のグラウンドに向かう者、校内で魔法の研究に勤しむ者、普通に遊びに行く者、そして、シモンやガロア、エミリーにボクも遊びに行こうと荷物の整理に自分のロッカーに向かっていた。
「しかし、また補習だなんて凄いね。ガロア」
ガロアは相変らずの補習に追われていた。ほとんど自業自得と言っていい理由で。
「うるせえ、戦闘の方が大事だろ。俺は軍人になるんだし」
「あんたねえ。軍人だって普通に色々知らなきゃダメでしょ」
エミリーがため息交じりにそう言った。
「ガロア馬鹿だからねえ」
ボクは無邪気な笑顔でガロアを馬鹿にした。
「お前なあ、お前みたいな奴がなんで頭いいんだよ。シモン並みじゃん」
ガロアがボクを見ながら言う。
「そうだねえ、シモンといつも一緒に勉強してるもんね」
ボクはシモンの方を向いて言う。
「すごいね、ガロア。なんであんな彼らはナチュラルにのろけてんの」
エミリーが良い顔でガロアに言った。
「俺に聞くな、俺に。相変わらずシモンは恥ずかしがって先に行っちまってるしな」
「でも、恥ずかしがるってことはシモンもまんざらじゃないんじゃない」
「えっ、なんで先行っちゃうのシモン、まってよ」
先にロッカーに着いたシモンが自分のロッカーを開けると中から一通の手紙が出てきた。
「何だこれ」
シモンはその手紙がなんなのか。まじまじと観察していた。
「なにそれ、シモン」
後を追っていたボクがシモンが握っている手紙を見つけた。
「ああ、ボクか。いや、何か入ってたんだよ」
ガロア達もシモンに追い付く。
「なんだそれ」
「分からない、なんだろう」
「ねえねえ、もしかしてそれってラブレターじゃない」
エミリーが楽しそうな声を上げる。
「・・・・・。いやいや、それはないって」
「だったら、貸してみろって」
そう言うとガロアはシモンからその手紙を奪い取った。
「ちょっと」
「まあまあ、いいじゃなないシモン」
「そうそういいじゃないシモン」
ボクがエミリーの真似をして言った。
「少し話したい事があるので、今日の放課後、第2体育館にくれませんか。待ってます。ロザリンド」
ガロアが手紙の内容を読んだ。
「これ、本物のラブレターね」
驚きと喜びをミックスした顔でエミリーが言った。
「ラブレター?」
なにそれとボクが説明を求めてガロアを見る
「愛を語る手紙のことだよ、ボク」
ガロアはそれに答えると手紙をまじまじと見つめていた。
「どうしよう」
シモンはいきなりのその出来事に驚きが大きく、その驚きをエミリーたちに吐露する。
「どうしようって、行くしかないでしょ」
「そうだよね」
「心配しなくても、俺たちが遠くから見守っていてやるよ」
ガロアはにやにやとした顔つきでシモンに手紙を返した。
「・・・。ありがとう」
呆れたような顔で手紙をシモンは受け取る。
「もう放課後だし、さっさと行かないと」
「そうだね。・・・楽しそうだね、ガロア、エミリー」
「当たり前だろ」「当たり前でしょ」
ガロアとエミリーはにこやかにそう言い放った。
第2体育館、第2体育館と言う割には最も学校の本館から遠い上に基本的に実習でしか使用されないために放課後はほとんど人がいない。
待ち合わせの第2体育館前で待っているシモンを遠くの別館の空き教室からガロア達が見守っていた。
「実際、どうなんだろうな、ロザリンドってどういう奴なんだ」
ガロアは隣のエミリーに自分の疑問を投げかける。
「私の知る限り無口な子って感じ、同じクラスだけど話したことないし、かわいいというより美人って感じかな」
「へえ、俺の聞いたところミステリアスな子って聞いたな」
「ミステリアスなんて、要は何考えてるか分かんない子ってことでしょ」
「そういうなよ。ミステリアスでいいじゃん」
ガロアとエミリーの恋愛談義の中、ボクはシモンのいる方をしっかりと見ていた。
「ボク的には心配か。シモンが取られちゃうのが」
「分からないけど、シモンは大丈夫だよ」
シモンはしばらく第2体育館の周りをぶらぶらしていた。すると。
「ごめんなさい。こちらが頼んでいるのに待たせてしまって、先生に仕事を頼まれてしまって」
シモンの前に、肩まで伸びた長髪、黒髪の美少女の姿があった。彼女はシモンを第2体育館の裏手にある森の中にシモンを誘導した。
(えっ、森の中って)
「そんな心配しないで、貴方の期待する様なことをするつもりはないから」
ロザリンドは笑顔でシモンに語りかける。
「なんか、ごめんなさい」
シモンは自分が抱いた邪な感情を罪悪感で上書きした。
「まあ、気にしないで。それより私の手紙を読んでくれたと思うんだけど」
ロザリンドはときおり自分の指を触りながらシモンに語りかける。
「うん。・・・それで話と言うのは」
「それについてはあなたの想像する通りと思ってくれて間違いないわ」
「それって」
シモンは驚いた顔の後、喜びが閉じ込めるように手に力を入れ拳を作った。
「そうよ。あなたの事が好きなの。私と付き合っていただきたいんだけど」
ロザリンドは真正面からシモンの顔を見つめてそう言い放った。
「・・・・・・」
思った以上の攻撃にシモンは止まっていた。感情の激流を受け取った経験のあるシモンではあったが、ダメージに対する耐性はあってもこんな方向からの攻撃には耐性なんてない。
「答えは急がなくてもいいわ」
ロザリンドは冷静にそう言うと、後ろを向いてすぐに立ち去ろうとした。
「理由を聞いてもいいかな」
シモンは冷静さを少し取り戻し、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「理由?そうね、非常に単純よ。あなたが魔導師ヴェルナ―を倒したと聞いてね」
立ち去ろうとしたロザリンドは再び振り向くとシモンの疑問に答える。
「なんで、知ってるの」
「エミリーって子がいろんなところで話してたからね」
「エミリーー・・・。それに勘違いしてるみたいだけど、ヴェルナ―さんを倒した時はボクが協力してくれたからだから」
「それも聞いてるわ。知ってるかもしれないけど、私のパパも魔導師なのよ。だからこそ、魔導師に立ち向かうって事の意味は知っているつもりよ。その勇気だけでも、一人の女が男に惚れるのは十分だと思うけど」
ロザリンドはシモンの誤解にただただ答えていく。
「いやいや、事実かどうかも分からないのに、こんなに嘘っぽい話なのに」
シモンは納得いかずに大げさな動作を取り、訴えかける。
「でも、どうやら本当の話みたいじゃない。それに恋愛なんて最初は憧れのようなものから来るものなんだから良い経験ってことで良いと思うのだけど」
「そんなこと。流石にちゃんと考えたいし」
「そう。思っていた以上に真面目な性格なのね。でも、新しい経験をするのも面白いと思うけれど」
対して、ロザリンドはシモンの感情を振り払うようにそれに答える。
「そんな君を利用する様な事」
シモンは理解しかねるといった様子でロザリンドを見ながら言った。
「利用ね。知るためには他人を犠牲にすることも必要だと思うわ。知ることは好きなんでしょう」
しかし、ロザリンドはそのシモンの表情にもたんたんと自分の主張を並べていく。
「なんでそれを」
「分かるわよ。あなたの顔が言っているもの」
「そんなこと・・・」
ガロア達はシモンが視界から消えてから、しばらく、ロザリンドの事を話していた。
「ロザリンドって、確か魔導師の娘って聞いたけど誰の娘なのかな」
ガロアとエミリーは空き教室の椅子に座って語っていた。ボクは見えなくなったシモンの影をまだ追っていた。
「そうなのか。でも、一般に知られずに魔導師になっている人もいるって聞いてるが」
最強の称号と同値の魔導師だが、その名前を知る者は多いが一般に知られているのはヴェルナ―とトマス、ソフィくらいのものである。
「でも、魔導師って9人しかいないって聞いたよ」
ボクはまだシモンの跡を目で追っていたが時折、知っている知識をガロア達に吐き出していた。
「そうだけど、魔導師の全体の数はネットとかを中心に情報が出てきてるらしいの」
当然だが、魔導師の実態や細かな情報はその多くが公開されておらず大抵はインターネットなどの憶測から判断するしかないのが普通である。
「ネットって、正しいのかその情報」
ガロアはエミリーに目で訴えかける。
「そう言われると、絶対とは言えないけどおおよそはそんなものって聞いてるわ」
エミリーは一瞬困った表情をのぞかせた後、それに答えた。
「そういや、お前のお母さん、魔導師だったな」
「まあね。でも、お母さんも正しいかは分からないみたいだけど」
そんな話をしていると、シモンが戻って来た。
「どうだった。やっぱ、付き合ってくださいとか言われたか」
にやにやとガロアはシモンに語りかける。
「・・・・、うん」
シモンはそれに何とも言えない表情でうなづいた。
「本当。返事は、返事は」
椅子から飛び上がって、エミリーがシモンに詳細を求める。
「テンション高いねえ、エミリー。まあ、保留って事にしてもらった」
「まあ、流石にすぐには答えられないよな」
ちょっとがっかりしながら、ガロアはシモンをフォローした。
「でも、なんか好きになった理由がねえ」
シモンはガロア達にロザリンドがシモンを好きになった理由を話した。
「凄い理由ね。・・・うん。変わった人とは思ってたけど、想像以上だったみたい」
驚いた表情でエミリーは素直にそう答える。
「確かにな。でも、分からなくはないな。実際、魔導師に戦い挑んで何があったにしろ勝ったってのは魅力的なんじゃね」
「分かんないなあ。そんなものかなあ」
エミリーはどうにも理解できないといった表情だった。
「お前は親が魔導師だから、そんなことが言えんだって」
「でも、どうしようか」
シモンはため息交じりに言葉を吐き出した。
「迷ってるんだな」
「まあ、告白されたのなんて初めてだし真剣に考えてみようかと、そう言う事で恋愛について教えて」
シモンは手を合わせてガロア達に頼み込んだ。
「じゃあ、ガロア。補習の勉強しますか」
エミリーはガロアにアイコンタクトをガロアに送る。
「そうだなあ。やるか。じゃあ、俺らはこれで。まあ、頑張れよ」
ほとんど棒読みでガロアはそう言った。
「じゃあね、シモン。頑張ってね」
ガロアとエミリーは急いで図書室に向かって行った。
(あれ。露骨に無視された)
「シモン。どうするの」
さっきまで黙っていたボクがシモンの方を向いて話し始めた。
「どうしようかとかはもうちょっと考えてみる。取りあえず、二人には聞けそうにないからね。ダメもとでトマスにでも聞いてみるかな」
トマス宅、ガロアと勉強した時に訪れたヴェルナ―宅と同様に大きい家だった。ヴェルナ―の家ほどではないにしろ大きな家、その中の客間にシモンとトマスの姿があった。
「お前が尋ねてくるなんて珍しいな。真剣な面持ちだから、喧嘩でもしたのか」
トマスは笑いかけながらシモンにそう言った。
「違う。・・・。告白されたんだよ」
シモンはロザリンドに告白されたことをトマスに話した。
「ふーん。それで俺に相談ってか。あのなあ、分かっていると思うが俺はこんな人間だぜ。お前たちのするような純粋な恋愛なんて経験ねえよ」
トマスは筋骨隆々な男だ。筋肉が体を発達させたような身長二メートルな肉食獣のような男だ。
「そうだよね。そんな気はしていたんだけど」
シモンもトマスの風貌を改めて確認して心底トマスの言っている事の正しさを実感した。
「そう言う事はヴェルナ―の奴に聞けよ」
「ヴェルナ―さんはそう言う経験が」
「あいつはもてるからな。少なくても、俺よりかは参考になるだろ」
「そうなんだ。じゃあ、聞いてみるよ。ありがとう」
「ああ、じゃあな」
シモンはトマス宅を出た。
「あいつがねえ。ボクの奴はどうするやら」
トマスは奥の部屋に戻っていった。
ヴェルナ―宅前、シモンはヴェルナ―宅前でうろうろしていた。
(よく考えたら、ヴェルナ―さん忙しいからな。いるかな)
「どうしました」
シモンにヴェルナ―のところのメイドが話しかけてきた。
「ああ、メイドさん。実はヴェルナ―さんに相談があって来たんですが」
「ヴェルナ―様でしたら、いらっしゃいますよ。なんでしたら、お時間があるか聞いてみましょうか」
「すいません。お願いします」
メイドさんはヴェルナ―宅に入っていった。
しばらくして、メイドさんが戻って来た。
「ヴェルナ―様がお会いになるようです」
「ありがとうございます」
相変わらず庭園に噴水、城のような敷地の中を通ってメイドさんは客間に通された。客間には白いローブを着たヴェルナ―の姿があった。
「シモン君、久しぶりです。私に相談と言う事ですがガロアかエミリーさんと喧嘩でもしましたか」
ヴェルナ―はシモンに客間のソファーに座るように促しながらそう言った。
「いや、喧嘩とかではなく。・・・・。実は告白されて」
シモンは軽くお辞儀してソファーに腰掛けた。
「ほう。ボクさんにですか」
「いや、彼女ではなくて違う子にです」
「なるほど、それでは恋愛の相談と言う事ですか。しかし、それでしたらガロアかエミリーさんに相談してみればいいのでは」
「いえ、なんか恋愛の相談をしようとするとなぜか避けられて」
「・・・。はは、そうですか。まだ、気恥ずかしいのでしょうね」
ヴェルナ―はなるほどと一人納得しでほほえんだ。
「なんか、あったんですか」
「いえ、こっちのことです。それでは、告白してきた子の事を教えていただけますか」
シモンはロザリンドの事を話した。
「なるほど、変わった理由ですね」
「そうですよね」
シモンは理解できないと言う表情でヴェルナ―に訴えかけた。
「でも、大抵、初めの恋愛はそんなものですよ」
ヴェルナ―はゆっくりと語りかける。
「そんなもんですか」
それでも、シモンは納得できないと目で訴える。
「そんなものです。好きなんてはっきりと言える相手に出会える人なんて少ないんですよ」
ヴェルナ―はそれでも変わらずゆっくりと意見を述べていく。
「・・・・。なんかショックです」
シモンはその言葉を受け取ると悲しそうな表情をのぞかせた。
「まあ、出会えることもありますけど、実際身近に出会えた人がいますよ」
「誰です」
シモンはふと湧いたヴェルナ―の言葉に反応したようにそれに答えた。
「ガロアとエミリーさんですよ」
「やっぱり、付き合ってたんですね、あの二人」
納得と少しの驚きをシモンは言葉にした。
「想像通りだと思いますが、あの二人は付き合ってますよ。しかし、シモン君の話を聞く限りではまだ、気恥ずかしいみたいですけど」
「へえ、それで避けられたんですね」
なるほどとシモンは納得した。
「そう言う事でしょう。まあ、参考にもなるでしょうし、こっそり二人の恋愛模様を話してさしあげましょう」
ヴェルナ―は無邪気な笑みを含ませてそう言った。
「本当ですか」
「ええ、二人には内緒ですよ」
火と水
これはガロアとエミリーの高校時代の話。
二人は同じ高校に通う高校生であった。二人の通う高校は偏差値的にも魔法の環境的にも普通の高校だった。
「ガロア、おはよう」
「ああ、おはよう。エミリー」
二人は幼いころからの幼馴染で、仕事の関係であまり家に居ないエミリーの母親とガロアの母親が親友であったのでよく遊びにいったりしているぐらいの仲であった。俗に言う家族公認の仲と言うやつだ。そのためか互いに家を出る時間が重なるとこうして一緒に登校していた。
「今日から、魔法の授業が始まるのよね」
「そうだよな。楽しみだ」
ガロアは魔法と言う未経験の体験に湧きあがる感情の暴走をなんとか体に押しとどめている状態だった。
「テンション高いわねえ。まあ、気持ちはわかるけど」
エミリーはそんなガロアの様子を嬉しそうに眺めながらそう言った。
「当たり前だよ。魔法だぜ。男でこの響きに感動しない奴なんていないって」
魔法の学習は高校からその学習が始まる。魔法は悪用が怖いのである程度の年齢になってからの学習と言う事で高校生からの学習となった。
「魔法ねえ。もっと専門的な人にだけ教えるべきだと思うけどね」
「何でだよ。すげえじゃん、魔法」
「いやいや、魔法って危険でもあるでしょ」
「そんなもんか。まあ、魔法は楽しまないと」
「はあ、まあそうね」
その日の魔法の授業。ガロアとエミリーにとっては最初の魔法とのふれあいとなるはずの時間だった。
学校のグラウンド、グラウンド中央に置かれた的に向かって学生たちが呪文を唱えて言った。
「火の玉(サリダ・デル・ソル)」
当時、魔法の授業は基本的な魔法を唱えることから始まった。基本的な呪文としては大体、何処の学校でも基本的な魔法として「火の玉(サリダ・デル・ソル)」が使用されていた。
「次、エミリーやりなさい」
黒いローブを着た教師がエミリーに指定の位置に移動するように促す。
「はい」
エミリーは立ちあがって、待っている生徒から十分に距離にある正面まで移動した。そして、エミリーは的に向かって右手を向けると唱える。
「火の玉(サリダ・デル・ソル)」
他の学生が放ったものよりも二回りは大きい炎の球が的を燃やし尽くした。
「すっっごい」
生徒たちの中から歓声が上がる。
「ほお、すごいなあ。大したもんだ」
教師もそれに驚きの声をあげた。
「へえ、やるじゃねえか。俺も負けていられねえな」
ガロアはそれを見て、驚きと嫉妬の声をこぼす。
「次、ガロア。やりなさい」
「やっと、来たか」
ガロアは立ちあがって、嬉しそうに指定の位置に移動して的に右手を向ける。
「火の玉(サリダ・デル・ソル)」
・・・・・。
「・・・。あれ」
何も起きない。
「うーん。もう一回唱えてみろ、ガロア」
教師は少し残念そうにガロアに確認を促した。
「ふう。緊張したのか。・・・・、よし。火の玉(サリダ・デル・ソル)」
・・・・。何も起きない。
「・・・。残念だがガロア」
教師は申し訳なさそうにガロアに移動を指示した。
「分かってます。下がります」
魔法はできるものとできないものがいる。最初の魔法の授業はできるかできないかを判断するものでもあった。ガロアとエミリーの通う高校ではこの時の測定によって、それ以降、魔法を習う者、習わない者に分けられる。
当然の事だが、ガロアとエミリーのクラスは分かれることになる。
数日後、あの授業以来クラスも変わったこともあり二人は会う頻度が減っていた。それでも、たまに時間が合うとこうして一緒に登校することもあった。
「おはよう、ガロア」
エミリーに以前のような元気な声はない。
「ああ、おはよう」
それはガロアも同様だった。
「・・・・」
「・・・・・」
二人は合う機会を減らしただけでなく以前のような自然な会話ができないでいた。それは今まで二人の間にはなかった現実的な大きな差異に二人が耐えきれなかったからだ。
「今、魔法ってどんなの習ってるんだ」
それでも、沈黙に耐えきれずガロアがエミリーに質問した。
「・・。ええと基本的な魔法をきちんとできるかをテストしている感じかな」
「そうか」
ガロアは悲しそうに下を向いてしまった。
「・・・。そんなに気になるなら、先生に頼んで魔法をもう一回唱えてみればいいじゃない」
エミリーは少しいらついたように大きな声を上げた。
「・・・。馬鹿、何回も頼んだよ。結果は変らなかったけどな」
ガロアはたんたんとそれに答えた。
「・・。ごめん」
「謝んな」
ガロアは強く拳を握りしめた。
それから数カ月後。
高校の廊下、通常授業を終えたガロアが廊下を友達と通っていた。ガロアはあれから落ち込みながらも中学からの友達のフォローもあってクラスで何人かの友達を作っていた。
「ガロア、お前終始寝てただろ」
ガロアの友達の一人がガロアの授業態度を茶化し始めた。
「うっせえ、何だよ。数学なんて新しい言語開発した奴」
「言語って」
「だってよお。何言ってるか、わかんねえもん」
「確かになあ。物理とかも謎理論だもんな」
「そう。そう」
廊下の反対側から、エミリー含め魔法実習を終えた生徒たちが向かってきた。エミリーも元々の明るさからかクラスに何人かの友達を作っていた。
「エミリー、最初は凄かったのに」
「そうかなあ。多分、まぐれだったんじゃない」
「でも、的にはしっかり当たってるし、やっぱり優秀よ」
「そう。そう」
廊下でエミリーとガロアがすれ違った。二人は何も互いに声を掛けない。いや、かけられなかったのだ。二人は互いに自分の目の前の現実から目を背けることで前に進んでいたから。
「ガロアももったいないなあ」
「何だよ。一体」
「エミリーさんだよ。あんなにかわいい幼馴染がいるとか」
「あいつとはそんなんじゃないって」
「綺麗だよなあ」
ガロアはその言葉を聞こえないように歩くペースを上げた。
狂った男と賢い女
そんな高校生活を過ごしていた二人だったが、高校生活の最後が近づいてきて二人に転機となるイベント、進路相談が始まる。
エミリーのクラスで進路希望調査のプリントが配られて、黒いローブの教師が進路について他の資料を幾つか配り始める。
「君たちは魔法が唱えれると言う大きな武器がある。それを利用すればそれなりの大学に入れるはずだ。少しくらい上の希望も通るはずだ。進路希望調査は今週末までに提出する事」
放課後、エミリーの周りに何人かの女生徒が集まってさっそく進路について話し始めた。
「エミリーは何処にするの」
「進学は確定なのね。まあ、・・・」
決まっていたかのようにエミリーは大学では中ぐらいのレベルの大学の名前を言った。
「ああ、あそこか私もそこにしようと思っていたの」
「私も私も」
エミリーが言った大学は魔法を唱えれるものでそれなりの成績があれば十分合格可能な大学だ。
エミリーは友達と遊んだ後、いつもよりゆっくりと家に向かっていた。
エミリーの家、エミリーは軍人の母との二人暮らしである。エミリーは孤児院出身で、養子なのだ。エミリーの母、ソフィは背の高くスタイルのいいアメリカ映画の戦うヒロインのような女性だ。
「ただいま」
「おかえり。進路希望調査見せなさい」
ソフィは手をエミリーの前に出した。
「えっ、なんで知ってるの」
エミリーは予想外のソフィの反応に驚きの声を上げる。
「知らないわよ。そろそろ、あるだろうと思ってカマかけたのよ」
さあさあとソフィはエミリーにプリント提出を促す。
「・・・・」
エミリーは走って自分の部屋に向かう。
「あのねえ。私相手に追いかけっこになると思ってる」
「・・・、どこでもいいでしょ」
エミリーの母はエミリーの服を後ろから掴んで、エミリーのカバンから進路希望調査のプリントを取り出してそれを眺めて言った。
「なるほどね。つまらない子ね」
「!つまらない。何がつまらないのよ」
エミリーはソフィの言葉に強く反発した。
「この大学なら今のあなたでも簡単に合格できる。でも、気づいてると思うけどあなたならもっと上の大学でも十分に合格できる」
ソフィは諭すようにエミリーに語りかける。
「・・・。そうかもしれないけど、私はここがいいの」
それでも、エミリーは態度を変えることなくそれに反発する。
「あなたは賢いわ」
「知ってる」
「あなたは魔法の才能がある」
「知ってる」
「それでも、あなたは恐れている」
さっきよりもより優しく、ゆっくりとソフィはエミリーに語りかける。
「なにをよ」
しかし、エミリーも態度を変えずそれに反発する。
「自分の居場所がなくなる事を」
ソフィはエミリーの目をしっかりと見つめ、それを声にする。
「・・・・・」
エミリーはピクリとその言葉に反応し、下を向いた。
「今のあなたがしなければならないのは自分の居場所を守る事じゃない。作る事よ」
「でも」
エミリーはソフィの顔の方を向いてそう呟いた。
「今の友達はあなたのことを必要としてくれると思うわ。でも、彼女たちはあなたの本質を知らない」
「本質?」
エミリーは何よりも優先し疑問の声を上げた、
「あなたが本気を出した姿を知らないということよ。私は職業がら本気を出している人を良く見てきたわ。本気を出すことはこれ以上ない自己表現の形なの」
「どういうこと」
「自分をさらけ出すと言う事よ。それは別に何であってもいい。勉強でも、スポーツでも、恋愛でも、仕事でも、趣味でも、なんでもいい。自分を表現する事そのものが本気を出すと言う事になる」
ソフィはゆっくりとエミリーに分かるように身振りや手ぶりを加えて語りかける
「・・・それを、それをしたから何になるの」
「最高の友ができるわ」
ソフィは手をエミリーの前に突き出すとその手で拳を作って見せた。
「最高の友」
「あなたの今までの友達を否定する気はないわ。でも、自分というものを表現する上で作られる友は何より最高の友になるの」
「・・・・でも、でも」
「・・感情が理解を阻むのね。それは当然よ。私は私の意見を言っているだけだもの。ただ、私はそれを正しいと思うし、だからこそあなたに知ってほしかった。」
「・・・・・」
エミリーはソフィによるかけられる言葉の数々を頭で並べ、それについて考え始めた。
「少なくとも、私にはあなたがこんな私の説得で変ってしまうような意志でその決断をしてしまったようにしか見えなかった。まだ、進路は決定ではないのでしょう?」
「・・・うん」
エミリーはそう言ってしっかりと頷いた。
「私を納得させなさい。それができたら、何も言わないわ」
「・・・・・わかった」
「良い子ね。さあ、夕食にしましょう」
「うん」
次の日の放課後。
ガロアの教室でガロアは何人かの友達と喋っていた。友達の一人が時計に目をやる。
「あ、もうこんな時間か。すまん。そろそろ部活にいくわ」
ガロアの友達の一人は申し訳なさそうにそういった。
「そうか。じゃあな」
「じゃあ」
ガロアの友達の一人は手を振って教室を出ていった。
「そろそろ俺たちも帰ろうぜ」
ガロアはそう言うとカバンに手を掛けた。
「ああ、すまん、ガロア。俺、委員会に行かないといけないんだよ」
「マジか」
「マジだ。すまん。」
「まあ、委員会じゃあな。じゃあ先に帰るわ」
申し訳なさそうにもう一人の友達も教室を出ていった。
「おう、じゃあな」
ガロアがゆっくりと家に向かって歩いていると、エミリーがガロアの背中をカバンをぶつけた。。
何が起きたのかとガロアが振り向くと、そこにはエミリーの姿があった。
「何だ。エミリーか。びっくりした」
怒るでもなくガロアはエミリーにそう言った。
「へへ、最近、随分話してなかったからさ。なんというか」
エミリーは気恥ずかしそうにガロアにそう言った。
「まあ、ジュース1本で手を打ってやるよ」
ガロアは少し笑顔になるとそう言った。
「はあ、しょうがないか」
エミリーも笑顔でそれに答えた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
「ねえ、進路って何処にした?」
意を決したようにエミリーはそう言葉にした。
「何だよ。突然」
ガロアはそれに驚いて答えた。
「いや、単純に気になって」
「就職だ」
ガロアは前を向いて、小さな声でそう言った。
「就職?」
驚いた顔でエミリーはそれに反応した。
「悪いか。こっちは魔法も唱えられないんだから、仕方ねえんだよ」
ガロアは声を大きくして、エミリーの言葉に強く反応した。
「ねえ、私と同じ所に行く気はない?」
エミリーはしっかりとガロアの目を見てそう言った。
「!・・・できれば行きたいけど無理だって俺の学力知ってるだろ。あそこはヨーロッパの優秀な奴が全員研究にくるんだぜ」
何を言ってるんだと言わんばかりにガロアはエミリーの言葉を一蹴した。
「あんたが馬鹿なのなんて知ってるわよ。今から勉強しても間に合わないことも」
「じゃあ、どうやって入るつもりなんだよ」
「MSPは魔法の学校なんだから、魔法の能力で入ればいいじゃない」
「・・・・あほだろ。俺が魔法を使えないことは知ってるよな。あそこの魔法試験は同世代の最高峰レベルの戦闘だって分かってるよな」
ここで今までの呆れも混じったガロアの声に確かな怒りの感情が混ざっていった、
「分かってる」
エミリーは深呼吸でもするかのように飲み込むようにその言葉を口にした。
「じゃあ、じゃあ、なんでこんなこと言うんだよ。できるわけないだろ」
「あんたが、・・・あんたが好きだからよ」
「えっ」
予想外の言葉にガロアは心からその言葉を口に出した。
「あんたが好きだからよ。ママが言ったの。本気で何かをやるってことは自分を誰かに知ってもらう事だって、私は、私はあんたにこそ私のことを知って欲しいのよ。そして、あんたの事も知りたいのよ」
エミリーはガロアに背を向けてそう言った。
「えっ」
「そのためにはあんたにも本気になってもらわないとあんたの全てを知れないじゃない」
「・・・・・ははは。あはははは。無茶苦茶だな。できなかったら俺の人生は終わるぜ」
ガロアは笑っていた。しかし、そこには怒りでも、呆れでも、失望でもない確かな希望に溢れた声のガロアがいた。
「そんなもの。あんたを私が養えば良いだけでしょ」
「あはははは。・・最高だ。最高だ」
「な、何よ」
「・・・・お前は最高の女だ。・・・お前に俺を見せてやるよ」
「ガロア」
それは奇妙な光景だった。一人の少女の我儘を、一人の少年は少女への最大の賛美と共に受け取った。それは二人がしがみ付こうとした二人の宗教で、二人の物語の始まりを告げるものだった。
次の日からガロアの戦いが始まった。
「さて、始めるか」
早朝、ガロアはグラウンドで念入りに体を動かした後片手を校舎の反対側に向け唱える。
「サリダ・デル・ソル」
何も起こらない。
「だめか。手の角度を変えてみるか」
遅れて、エミリーがそこに着いた。
「あんた。こんな早い時間から始めてるの」
「時間はあるに越した方がいいだろ」
ガロアはエミリーに反応しながらも意識は完全に魔法を唱えることに向けていた。
「そうだけど、それより成果は」
エミリーはガロアが手を向けている方向を見ながらそう言った。
「まだ、一回しか唱えてないけど失敗だった」
ガロアはたんたんとそう言った。
「そう。今度は私も見てていい」
エミリーはガロアから少し離れた所で座って、ガロアの様子を眺め始めた。
「ああ。できればアドバイスも頼む」
ガロアはエミリーの方を向くとそう頼み込んだ。
「了解。了解」
エミリーは立ち上がるとお尻について砂を払い、ガロアの方に向かった。
それから、他の生徒が来るまでの間、唱えるときの構えや発音、声量を変えてチャレンジしてみたが成果は得られなかった。
「まあ。初日だし」
「・・・・。俺、先生に色々聞いてみるわ」
ガロアは一旦、下を向くと思いついたようにそう言った。
「うん」
放課後、職員室にガロアの姿があった。ガロアは魔法の担当の先生に質問していた。
「先生、どうにか魔法を唱える方法は無いですか」
以前ガロアの魔法検査の時に立ち会った教師はガロアに冷たくあしらう様に言う。
「ガロア、検査の事を不服に思っているようだがあれは現実だ。お前がそれを自分できちんと向き合わなければならない問題だ」
教師はしっかりとガロアの目を見るとガロアに理解を促した。
「・・・先生。まだ俺は諦めていません」
しかし、ガロアは引き下がらない。
「そうか。はっきりと言わなければならないようだな。・・・お前に魔法は無理だ。魔法は今までの物事と違いすぎる。スポーツができない奴はいない。勉強ができない奴もいない。どんな奴でも、やることはできる。もちろん一番になる事さえ望まなければな。分かるな」
「はい」
教師の言葉をガロアはしっかりと受け取っていく。
「でも、魔法はそうじゃない。できない奴がいるんだよ。俺もこんな事を言いたかないが魔法はそう言うもんなんだ。そして、そしてお前は魔法ができないんだ、ガロア」
「・・・・・。失礼しました」
ガロアは職員室を出た。
その日、ガロアはいつもやっていた放課後の練習をせずに家に帰った。
「すいません」
ガロアの家にエミリーの姿があった。放課後練習すると息巻いていたガロアがいくら待っても現れないのでガロアが家に帰ったのではないかと探しに来たのだ。
「ガロア、エミリーちゃんが来たわよ」
ガロアの母がガロアを呼ぶが反応がない。
「すいません。お邪魔しちゃって良いですか」
「ええ、もちろん。どうしちゃったのかね。いつもは罵声が飛んでくるのに」
エミリーが二階のガロアの部屋に入るとガロアが椅子に座って机に向かっていた。
「ガロア、先生に色々言われたのは聞いたわ。ごめんなさい。あんな我儘言っちゃって。あなたが好きなことは変わらないけど、あの時の話は無かった事にして・・」
「は、何が」
ガロアはこちらを振り向いた。
「今のままじゃダメなのは分かった。なら、今日と違う明日にすればいい。それを何カ月も繰り返したら、俺が魔法を唱えられるようになれるかもしない」
「・・ガロア」
「それにな。今、ネットで調べてみたがまだ、魔法を唱えられない人間がいることは証明されてないそうなんだよ。なら、まだ可能性はあるだろ」
「凄い。それこそ、私の彼氏よ。実は良い情報があるの。今まで話した事無かったけど、私のママ、魔導師なの」
エミリーはこの時、改めてガロアと言う男を知った。そうと思った事のために僅かな可能性にも全力でしがみ付く。そんなガロアの異常性を半分の恐怖と半分の歓喜を持って。
「!マジかよ。すげえな」
「それで、ママに話してみたら知り合いの魔導師の人を紹介してくれるって」
「・・・・えっ」
次の日、ヴェルナ―邸。
「でっけええええ」
思わず、ガロアが声を張り上げる理由も分かるほどの大きさだ。城のような大邸宅なのだから。
ガロアはエミリーの紹介でヴェルナ―の元を訪れたのだ。
ガロアが恐る恐るチャイムを鳴らしてみると、そこにはメイドたちの姿があった。
「えっえっ」
ガロアがうろたえているとメイドがガロアに尋ねた。
「失礼ですが、エヴァンリスト・ガロア様で間違いないでしょうか」
「はい。そうですけど」
メイドはガロアを客間に案内して紅茶を注いだ後、ガロアに言った。
「今から、主を呼んで参りますので少々お待ちくださいませ」
「は、はい」
しばらくした後、扉が開いてそこからヴェルナ―が姿を現した。
「この人が魔導師」
ぽっかりとガロアは思った言葉をただ口にした。その反応は男に生まれ、大きな魔法への興味を持ったガロアにとって当然のものであった。
「ソフィから話は聞いてますよ。魔法を唱えようと頑張っているそうだと」
最強と言う求め得る最高に甘美な称号の男、ヴェルナ―はガロアにそう言った。
「ええ、そうです」
ガロアは十分な緊張とそれを上回る喜びでヴェルナ―の言葉に答える。
「すいません。失礼を承知で言います。私は昔から魔法を知っていました。魔法を唱えられない人は実在します」
しかし、ヴェルナ―の対応もまた何も変わることは無かった。
「で、でも、証明はされてないと聞きました」
さっきまでと違い、強い否定の意思を持ってガロアはヴェルナ―の反抗する。
「良く調べられたようですが、それだけの情熱を持って何かに立ち向かえるなら、魔法でなくてもあなたは成功すると思いますよ」
「どういう意味ですか」
ガロアは強くヴェルナ―を睨んだ。
「あなたに魔法は唱えられません。確かに証明はされていません。でも、あなたのように魔法が唱えられない人がいることも事実です」
しかし、ヴェルナ―は何の反応も無しにたんたんと言葉を並べていく。
「ま、まだ唱えられないだけかもしれない」
「確かにその可能性はありますが何十年も魔法をやっていた私の師匠も不可能と言っていました」
「でも、でも」
ガロアはそう呟くしかなかった。希望とされた魔導師すら、魔法は唱えられないという言葉をガロアにぶつけてくるのだから。
「話は聞いています。今日、君をここに呼んだのは君を科学者としてMPSに入れるためです」
さっきまで、事務処理のように言葉を並べたヴェルナ―が一転、しっかりとガロアに感情を込めてそう言った。
「それって」
予想外のヴェルナ―の言葉にガロアは驚きを口にした。
「勘違いしないでください。コネクションを使う気はありません。残りの時間の全てを使ってあなたに勉強を教えます」
「え、え、でもお忙しいんじゃ」
「ですから、合間です。これは私のアドレスです。分からないことがあったら何でも聞いてください」
ヴェルナ―はガロアの携帯にメールを送った。
「あと、この部屋に好きな時に来て勉強していっていいですよ。メイドたちに言っておきますから」
「・・・なんで、何でこんなにしてくれるんですか」
ガロアは涙を流しながら、ヴェルナ―にそう言った。
「理由はどうあれ、あれ程何かに本気になれるならあなたには才能があると思っただけです。そして、ある人の意思を私も継ぎたいと思っただけです」
ここで初めてヴェルナ―はガロアに満面の笑みを見せた。
「ありがとうございます!」
その後、早速ヴェルナ―はガロアに魔法の授業を行った。
「そろそろ、仕事をしなければならない時間ですね」
「じゃあ、俺はそろそろ」
「あまり、時間は取れないかもしれませんが最大限のサポートはします。頑張りなさい」
「はい、・・あと、さっき言っていたある人にもありがとうって言って置いてくれませんか」
「はい。分かりました。では時間が空いたらこちらから連絡しますね」
それから、数か月が経過した。
とあるバーにヴェルナ―、トマス、そしてエミリーの母、ソフィの姿があった。
「で、あれからどうなの、ヴェルナ―」
ソフィはグラスの中で酒を眺めながらそう言った。
「ああ、ガロア君の事ですね。苦手意識はあったみたいですけど頑張ってますよ。このままいってくれれば、もしかしたら」
ヴェルナ―はそう言うとグラスの酒を飲みほした。
「そっちじゃないわ。魔法の方よ」
ソフィはヴェルナ―にグラスを向けて、ヴェルナ―の誤解を指摘した。
「ソフィ。お前も分かってるだろ。無理なものは無理なんだよ」
トマスは声を荒げてそう言った。
「そう」
ソフィは残念そうにグラスの氷を眺める。
「そもそもよ。お前があんな言葉かけなきゃ、ガロアの奴はこんなことしなかったんじゃねえのか」
トマスはソフィに怒鳴り出した。
「言ってくれるわね」
ソフィもそれに応える。
「そりゃ言うさ。てめえの勝手な生き方に他人を、それも何も分からないガキを巻き込むなんてのは最低な野郎のすることだろ」
「まあまあ、ソフィもそれについては反省してますし」
ヴェルナ―が二人の間に入って二人を宥める。
「・・・・・。分かってるわよ。自分でも最低だったって、でもあの子の生き方見てたらさあ。なんか言いたくなってくんの」
ソフィは反省したようで下を向いて話し始めた。
「どういう事だよ」
対して、トマスはまだイライラしている。
「あの子ね、もっと良い高校いけたのよ」
「それぐらい。よくあることだと思いますが、やる気が出なかったり他にやりたいことがあったりすればそっちを優先したくなるのも分かります」
ヴェルナ―は不思議そうに言った。
「そう言う事じゃないの。あの子は頭のいい子なのよ」
「話が見えないぞ」
「ええと、そうね。あの子は頭が良すぎるの。例えば、今の状況で高校の勉強やりたいと思う、ヴェルナ―」
「いいえ、流石に高校の勉強は飽きますね」
ソフィからの質問に即答した。
「あの子にとって、勉強はいつもそんな感じなのよ」
「そんなもん、自分のレベルにあった勉強すればいいだけだろ」
トマスは不満そうに声を上げた。
「そう、その通りよ。トマス」
「お、おう」
トマスは予想外の素直なソフィの反応に驚いた顔を見せた。
「でも、あの子はそれができないの」
ソフィはため息を飲み込むように話しだした。
「どうしてですか」
「そうしてしまうと、あの子は友達と離れてしまうからよ」
「なんだ、そりゃ。自分の力を発揮できない所にいるなんてアホかよ」
「アホなのよ。あの子は怖がってるの。自分の力の底が見えないからこそ、自分が本気になった時に隣に居れる人がいるのかどうかが分からないことを」
ソフィは溜めこんでいた感情を整理しながら吐き出していく。
「だからこそ、そんな人がいるかどうかを探すために本気になる必要があると思うんですが」
ヴェルナ―は理解できないと声を出す。
「そうなんだけどね。でも、あの子はそれさえ嫌がってたの。だからじれったくなってあんな事言っちゃたのよお」
「そりゃ気持ち分かるわ。俺も言うと思う」
トマスはさっきまでの不満そうな様子が一転、納得したように大きな声を上げた。
「そうですね。そう言う事なら分かります」
「そうよね。間違ってないわよね」
ソフィは二人の反応に安心したように二人の表情を何度も確認する。
「そうだな。話変わるが、あの二人はまだ練習やってんのか」
「ええ、まだ早朝にエミリーさんと練習してるみたいですよ。この前、会った時に声をからしたりしてました」
呆れたようにヴェルナ―は言った。
「できれば、魔法を唱えれるようになって欲しいんだけど」
「まあ、気持ちは分かるがよ。どうしようもないものはどうしようもないだろ。俺だって何年も魔法をやって来たが唱えられない奴が唱えられるようになるなんて話聞いたことないぜ」
トマスは今度は冷静にソフィに言葉をかける。
「分かってるわよ。それが現実であるって事くらい。でも、あいつら見てると何とかならないかなあって思っちゃうのよ」
ソフィは再び寂しそうにグラスを眺めた。
「ここにいる全員、同じ気持ちでしょう。でも、仕方がありません」
「そうよねえ。仕方ないのよねえ」
「ああ」
現実に抗う事と現実を見ない事はとてもよく似ているんだ。とても、とてもね。しかし、そのとてもよく似たその二つを誰に言われるでもなく自分で見極めれるくらいの力が我々求道者には必要なんだ。―せんせい
それはある朝の事だった。ヴェルナ―はいつものように研究所の自分の部屋で自分に届いた仕事のメールの山の処理に取り掛かろうとしていた。何通かメモをとりながら、メールを見ているとふと懐かしい相手からのメールが目に入ってきた。
「彼か。何かあったんですかね」
ヴェルナ―はゆっくりとそのメールを見ていたが、半分ほど見て突然そのメールをくいいるように見始めた。
「ははは。神よ。あなたらしい」
ヴェルナ―はそのまま、ある男に電話をした。
一方、ガロア達は朝の練習を終えようとしていた。いつものようにグラウンドで色々な構えや声で試していた。
そして、いつものように呪文は発動しない。
「はあ、今日もダメか」
ガロアはため息交じりにそう言った。
「ねえ、なんで止めないの、練習」
エミリーは意を決したようにそう言った。エミリーにとっても、やはり今のガロアは異常に感じざるを得なかったからだ。
「何でって」
ガロアは困惑したような顔でそう答えた。
「分かってる。私の我儘を聞いてもらってた事は、でも、でも」
エミリーは泣きだしそうに声を絞り出した。
「・・・・」
「先生にも、魔導師にも、できないって言われてるのに何で」
「お前に言われてないからだよ」
「え」
エミリーは驚きをそのままの言葉にした。
「お前があの時、俺にできるようになって欲しいって言ってくれなかったら、俺は終わっていた。そう、終わっていたんだ」
ガロアは改めて自分がした心の奥にある覚悟を自分で見つめ直すようにそう言った。
「・ぁ・ぅ・・」
エミリーは泣いていた。泣くことしかできなかった。そして、この時エミリーは自分がそう言ってもらうためにあんな事を言ってしまった事を後悔した。そして、同時に自分にはこんな我儘な自分にはガロアが必要な事を理解した。
「だからこそ、だからこそ、お前がそれを言わないなら俺はやれる。それだけだ」
ガロアは照れくさそうに頭を掻くとエミリーに背を見せた。
「そう言う事言う。恥ずかしい」
エミリーは真っ赤な顔で涙を拭って、笑いながらそう言った。その笑顔は紛れもない最高のものだった。
「うっせ」
「でも、かっこいいとは思った」
「だろ。だろ」
ガロアは笑顔でエミリーの方を見た。
「はいはい」
瞬間、グラウンドを光が包み込んだ。天使が降り立ったのだ。神からの伝言を乗せて。
魔法の進歩
「ガロア君、朗報です。魔法を唱えられるようになるかもしれません」
グラウンドに降り立ったヴェルナ―はガロアにそう言い放った。
「え、ほ、本当ですか」
ガロアはそう言うことしかできなかった。飾り付ける暇さえない感情の波がガロアを襲っていたからだ。
「・・・・・良かった。良かったよお」
エミリーは泣きながら感情を言葉にする。さっきまでの満ち足りただけの感情の結果としてでなく。最高の、最上の感情を表す方法としてである。
「今日の放課後に私の家に来てください。詳細をお話します」
ヴェルナ―は二人に最高の笑顔を見せてそう言った。
「分かりました」
「ではまた」
「はい」
ヴェルナ―はまた天使となって空に消えていった。
「嘘じゃないよな」
ガロアは確認した、夢ではないのか。なんかの間違いなのではないか。それをエミリーに確認した。
「うん。うん。嘘じゃないよ」
エミリーはそれに涙を拭い、最高の笑顔で応えた。
「よっしゃああああああああああ」
ガロアの咆哮がグラウンドに木霊した。
放課後、ヴェルナ―宅にガロアとエミリーが訪れた。そのまま、二人は客室に通されるとヴェルナ―がにっこりとした笑顔と共に二人を迎えた。
「では早速ですが、なぜガロア君が今まで魔法を使えなかったかの原因と思われるものを説明します」
ヴェルナ―は客間の椅子に二人を座るように促すと、お茶とお菓子をメイドに準備させた。
「はい」
ガロアは真剣にヴェルナ―の目を見る。
「ガロア君。その前に幾つか質問に答えてください」
ヴェルナ―はガロアとエミリーの分の紅茶を注いで二人の所に置いた。
「はい」
「では、あなたは今まで大きな怪我をしたことがありますか」
「・・・。いや、あんまり記憶にないです」
ガロアは少し考えた後、そう答えた。
「・・。そうですか。では、病気は」
ヴェルナ―は紅茶を少し飲むとそう質問した。
「病気もないです」
「・・。そうですか。では少し試したい事があるので手を出してください」
「はい?」
ガロアはヴェルナ―の前に手を差し出した。
ヴェルナ―は突然ポケットの中からカッターを取り出すとガロアの手を切り付けた。
「な、何するんですか」
エミリーが立ち上がって、それに抗議する。
「想像通りだ。ガロア君。君は間違いなく精神性魔法制御障害だ」
ヴェルナ―は一人、納得したように声を上げる。
「ヴェルナ―さん。何を言ってるんですか。いきなり、ガロアに斬りかかるなんて」
「エミリーさん。ガロア君の手を見てください」
ヴェルナ―はガロアの手を自分の手で指し示した。
「え」
エミリーはガロアの手を見てみた。そこには切り傷などなかった。逆の手を見てみたがそちらにも切り傷がない。
「どういう事」
エミリーは困惑の声を上げた。
「通常、あるレベルの魔力以上を持つと魔力の作用で攻撃と言う攻撃を無効化するんですよ。魔術師でも上位のレベルでないと切り傷を無効にできないので普通は知らないんですが」
魔法は当時の科学でも証明されている事実として、魔法を強く持っているものに加わる多くの力を防ぐ特性があることが分かっていた。
「それって、ガロアが魔術師上位の魔力を持ってるって事ですか」
エミリーは驚きを言葉にした。
「いえ、恐らくはそれ以上でしょう」
「でも、そんな魔力があるなら普通魔法だって」
「それが私たちの勘違いでした。昨日、ある男から論文が届きましてその内容に『魔力をある一定以上持つ者が初めて魔法を唱えるとき魔法を極端に成功し辛くなる』ものがありまして」
この論文は当時として余りにも革命的なものであった。エミリーの言う通り、普通は魔法を使う素養こそが魔力であるというイメージが強く、それは魔法を何年もやってきたヴェルナ―にとっても同じことだったからだ。
「じゃあ、ガロアは魔力がありすぎて魔法を唱えられなかったって事ですか」
エミリーの驚きの声が部屋に響き渡る。
「そう言う事です。論文を書いた男も同じ理由で魔法を唱えられなかったらしいのですが色々試した結果唱えられるようになり、もしかしたら一般的に言えるのではないかと論文を書いたそうです」
ヴェルナ―はそう言い切った。それは同時にその論文は間違いないだろうと言う確信を強くヴェルナ―が持っていることも意味する。魔法の理論は現代科学でも最高峰の難度を誇る。そんな理論の最先端をいくらヴェルナ―と言えど一日、二日で理解はできない。その事実はヴェルナ―が二人に希望を見出してやりたいという意思と論文をよこした男への絶対の信頼がそろった事で初めてこの状況が成立したことを示していた。
「でも色々試してみましたが、俺、できませんでしたよ」
しかし、当然そんなことを言われても信じきれるわけがないとガロアは不満そうな顔をした。
「方法があるんです。それを今から教えます」
「はい!」
三人はヴェルナ―宅の大きな庭に出た。
「質問です。魔法ができるメカニズムは知ってますか」
「はい。魔法は魔力が言葉の影響を受けて形になるものですよね」
「ガロア君は」
ヴェルナ―はガロアにも意見を出すように促した。
「ええと、俺もそうだと思います」
「授業で習うので一般的にはそれで正しいのですが、先ほど言った論文によるとそうではないそうです」
ヴェルナ―は持っていた論文を指で指し示した。
「ええええ、そうなんですか」
「良いリアクション、ありがとうございます、ガロア君。魔法は魔力と情報によって形をなすようなのです。言葉は魔力に情報を伝える手段というだけなのだそうです」
魔法がどのように形になるかの議論は行われていたが、多くの学者は声が鍵であると言う考えを持っていた。それはヴェルナ―もである。しかし、その論文には声が鍵ではなく、本当に鍵となっていたのは情報だと言うのである。
「ええと、どういう事ですか」
エミリーの戸惑いも無理もないことだった。なぜなら、目の前で常識の書き変わる瞬間を感じ取ったのだから。
「言葉が足りませんでしたね。あなた達は魔法を唱えるときにその魔法によって生じる現象を想像しますね」
「はい、そうしないとどうなるか分からないですから」
これも誤解の原因となっていた。魔法を唱えるという行為の性質上、当たり前のように情報を必要とする。だから、誰も疑問に抱かなかったのだ。情報が魔法発生に不可欠なものだとは。
「それが、情報を魔力に伝える行為なのです。それに言葉を追加して魔法を発動させる」
「なるほど」
「では、なぜガロア君は魔法が唱えられなかったのか。それはガロア君の知識がガロア君の魔力をコントロールできるほど無かったからです」
魔法はそれを発動させるために多くの情報を必要とする。必要となる情報の量はその魔法の特性に多く依存し、必要となる情報量がないと魔力の量に関係なく術は発動しなくなる。
「ってことは」
「ええ、知識を十分に得れば魔法を唱えることは可能です。魔力は十分にあるようなので」
「よかったあ」
「・・。試験には間に合いますか」
「ええ、でも私のメニューに付き合ってもらいますよ」
「はい。はい。はい」
次の日からヴェルナ―とガロアの練習が始まった。
ヴェルナ―邸、早速次の早朝からヴェルナ―、ガロアが集まっていた。二人は庭で練習のために軽くストレッチをしていた。
「エミリーさんもくると思っていたんですが」
「エミリーなら、自分の練習を始めたみたいです。そろそろ、自分の練習しないとヤバいからって」
「そうですか。ではこちらも負けていられませんね」
「はい」
二人は十分に体をほぐし終えた。
「練習を始める前にガロア君に聞きたいことがありまして」
「聞きたいことですか」
ガロアは真剣な顔でそう言った。
「はい。心配しなくても、どう答えても練習を止める事は無いので緊張しなくてもいいですよ」
「少し緊張しちゃいました」
「ふふ、では質問しますね。ガロア君、君はあのまま成果が出なかったらどうしてました」
ヴェルナ―にとっても、ガロアの努力はエミリーへの強い依存によるものだという懸念が拭えていなかった。この質問はヴェルナ―がその懸念を拭うためだった。
「本音を言うと考えて無かったです」
「そうですか。怖くなかったんですか」
ヴェルナ―はガロアの異常性を見定めるように観察していた。
「怖かったです。すごく。でも、それで失敗しても何とかなる気がして」
「楽観的ですね」
「そうですね。その通りです。でも、色々やってみて気づいたんですが自分に合う努力の仕方って一つなんだと思います。だからこれが失敗しても、今度は違うものをできるように同じように努力する。それでいいと思えたので」
「ふふふ、あはははは」
ヴェルナ―の笑い声が辺りに響いていた。ヴェルナ―は自分の中に生まれた強い感情の塊をそうやって出すことしかできなかったのだ。
「なんかすいません。生意気言って」
ガロアはヴェルナ―の突然の笑い声に驚きながら、うろたえていた。
「正しいと思います。でも、そんなに簡単にはいかないでしょう。しかし、それに気付きそれを躊躇いなく実践できる。誰も出来る事じゃない。ガロア君、いやガロア。私は君と師として以上に友として接したくなりました。友達になりませんか、ガロア」
ヴェルナ―は理解した。ガロアが行っていた努力は本人が言うにはエミリーに近づくため、しかしその実は自分の能力を上げるためだと言う事。ガロアにとって、エミリーの一言はきっかけであり、理由で無かった。そのガロアの本能的な向上心にヴェルナ―は心打たれたのだ。
「ええと、良いんですか。俺なんかで」
「優れたものが自分の能力に気づけないこと以上に周りに害を与えることはありません。それと敬語もさんづけも無しです。友にそんなものはいらないでしょう」
ヴェルナ―はにっこりとガロアにほほ笑みかけた。
「分かった。改めて宜しくヴェルナ―」
「ええ、ガロア。こちらこそ。しかし、それとは別に練習では言う事を聞いてもらいますからね」
「はあい」
「早速ですが具体的な練習を先に説明します」
「はい」
「現状、魔法を覚えることを最優先にしますが何か覚えたい魔法ってありますか」
「・・・・うーん。やっぱりサリダ・デル・ソルですか、・・かな」
ガロアは言い終えた後、ヴェルナ―に目で訴えかけた。
「やっぱり、敬語禁止は違和感あります?」
「正直」
ガロアは言いずらそうにそう答えた。
「・・・ふふ。それなら敬語を言うたびに罰ゲームをしましょう」
その顔を見て、ヴェルナ―はほほ笑みながらそう言った。
「え、そこまでしなくても」
思いがけないヴェルナ―の提案に驚きを隠しきれないガロア。
「良いじゃないですか。何事も楽しまないと」
対して、ヴェルナ―はほほえんだままだ。
「・・・。やったろうじゃないか、ヴェルナ―」
ガロアは少し考えた後、意を決してそう言った。
「・・・・」
ヴェルナ―は驚いた顔で固まった。
「だめでした?」
ガロアは罰の悪そうな顔でヴェルナ―に問いかける。
「ふふ、はい罰ゲームです」
ヴェルナ―はそのガロアの顔を見た後、ほほ笑みながらそう答える。
「え、え」
またも予想外のヴェルナ―の反応にパニックのガロア。
「罰ゲームはそうですね。次に会うのは一週間後なので、このスケッチブックの全てのページに自分のイメージする大きな火の玉を描いて来て下さい」
ヴェルナ―は置いてあった袋の中から一冊のスケッチブックを取り出して、それをぺらぺらとガロアに見えるようにめくった。
「絵をか、けばいいんだな」
「ふふ、そう言う事です。絵を描くのは火の玉に対するイメージを固定するためです。できるだけ多く書いて、これだと思う火の玉が描けたらそれ以降はそれを真似て残りを埋めて下さい」
ヴェルナ―はスケッチブックに指で火の玉を描く真似をして見せた。
「は、わかった」
「ふふ、それ以外は火の玉を物理、化学、生物、地学的に理解してください。これは魔法の性質上必要な知識ですし、絵で得た抽象的なイメージを具体的な知識で形にしていく意味もあります」
ヴェルナ―は再び、袋を見て今度は物理、化学、生物、地学の教科書を何冊か取り出した。
「な、へえ。・・・、魔法に必要ってのは」
「それは魔法は確かに不思議な存在ですが、基本的に物理的な性質は当然持っているんです」
「え、そうは思いませ、・・ないけど」
「そう思うのも無理ないですが、魔法は物理法則に従っています。ただ、魔法は圧倒的なエネルギーによって物理法則を無視しているだけです」
「そうなんだ」
「ええ、しかしそれは同時に物理法則から離れるような魔法ほど魔力が必要になるんですよ。だからこそ、最初に習う魔法はエネルギーそのままの火の玉が多いんです」
「そうなんだ」
「そうなんです。だから、しばらくは座学ですね」
ヴェルナ―は自分の家を指さして、教科書の入った袋をガロアに渡した。
「マジか」
「マジです」
「え、それならストレッチする必要無かったんじゃ」
「ああ、それは気分です」
ヴェルナ―はそう言ってほほ笑んだ。
(やべえ、尊敬はしてるが殴りてえ)
そんなこんなを繰り返して、いよいよMSP魔法選別試験当日となった。
竜の咆哮
MSP魔法選別試験、世界中から多くの魔法使い達が集まる最大規模の試験である。その試験の方式は実技で行われ、何人かと戦い。その結果によって合格が決まるという形式で行われる。試験期間が十日間、選考対象者数千人という大規模で行われる。また、試験自体世界で生中継され、オリンピックと並ぶ世界規模の祭典として世界各国が自国の次世代魔法使いの力を見せつける舞台ともなっていた。
試験会場となっているMSP内部のドームでMSPの学長が会場に集まった候補生たちにスピーチをしていた。
「ここに集まった魔法使いの皆さんはこれからの魔法を作り上げていく人たちです。魔法は危険を伴うものであると言う側面以上に世界をもっとより良い方向に持っていく力でもあります。では、まずは世界を変える前に世界を手に入れましょう。私からは以上です」
多くの人々の感情渦巻く試験会場にガロアの姿が、そしてエミリーの姿も見てとれる。
「選手入場です」
各選手たちは試験会場であるドームの中心のグラウンドに集結した。
男に女、背の高いものに背の低いもの、数々の個性を持った者たちは魔法と言う共通点を持ってそこに集結した。戦いが始まるのだ。
「試験監督代表による試験の方法の説明を始めます」
ぼさぼさの髪、眼鏡のマッドサイエンティスト百%のヴィヴィアーニが壇上に上がって、マイクを取った。
「私、今回の試験監督代表を務めさせて頂くヴィヴィアーニと申しますです。今回の試験のルールは簡単なものです。・・・」
ヴィヴィアーニは丁寧にルールの説明をした。
「では説明をこのへんにして、今回の試験でいざという時に対応して頂く3人の魔導師を紹介しますです」
ヴィヴィアーニは壇上の裏手の全体を見ることのできるMSPの校舎の屋上を手で指し示した。そこには何人ものオーブを着た者たちの中心にヴェルナ―とトマス、ソフィの姿を確認できる。
それを確認すると選手や観客の大きな歓声がドームを包んだ。
「魔導師監視のもとで危険を感じた場合、魔導師による介入によって異常事態を防ぐ事となりますです。ですが、試験前に自分の魔法が十分危険であると認識した者は係の者に意見を仰ぐようにして下さいです。ただし試験のルールの性質上、そうすると試験の難易度が上がりますです。まあ、評価も高くなるので自信のある方にのみお勧めしますです。私からは以上です」
「ただ今から魔法試験を開始します」
「試験会場3で試験を行う人は速やかに移動してください」
試験のアナウンスの中、選手の待合室近くのベンチでガロアとエミリーが話していた。
「じゃあ、私は会場3だから」
「おう。勝とうな」
「当然」
試験会場1、2,3までの試験会場が設けられていた。これらを一人一つの魔導師が監視する。ヴェルナ―は1、トマスは2、ソフィは3である。そしてガロアは試験会場2、エミリーは3で試験を行う。
試験のルールは単純だ。二人で試合を行い、勝った方が評価が上がる。それ以外にさっきヴィヴィアーニが言ったような要素も評価を変える要因になる。
試合自体のルールも簡単だ。会場にいくつも用意されたステージで行い、そこから落ちたら負け。試合の前に審判がかける防御呪文が攻撃呪文で壊されても負けである。ヴィヴィアーニが言った評価を上げる要素は戦う前に審判に言って戦う相手にかける防御魔法を強くしてもらうと言うものだ。よほどの自信がなければ、そんなことをする者はいない。
そう、試験会場2ではガロアだけだ。
ガロアは試験官に戦う相手にかける防御呪文を強くするように言った。
「どれぐらいの強さがいい。本試験では低レベルのものにしていますが」
「じゃあ、最上位で」
「・・・。え、すいません。聞き間違いだと思うのですが最上位ですか」
「最上位です」
「最上位だと並みの魔術師の魔法を受けても無傷ですよ」
「大丈夫です」
「分かりました。そうします」
第一試合の対戦相手がこれを聞いていたらしく、ガロアに食ってかかる。
「君のこと知ってるぜ、ガロアだろ。ガロアって奴が魔法をまともに唱える事も出来ないのに魔導師とのコネで上がってきてるんだって噂だ」
対戦相手の男はわざと周りに聞こえるように大きな声でそう言った。
「コネか。まあ、そう思われても仕方ないな。実際、魔導師と繋がりあるからね」
しかし、ガロアはなぜか納得したようにそう言った。
「ははは、認めやがった。でも、残念だったな。こんな状況じゃ八百長でもしなけりゃ俺には勝てないがこの状況だとそれも出来ないぜ。まあ、できても今俺の知り合いが俺の試合を撮ってるからな。小細工はできないぜ」
対戦相手の男はより一層気に入らないといった顔で観客席でカメラを回す男を指さした。
「ああ、そうかい。なら、しっかりと撮って置いて貰え。滅多に見れないものが映るぜ」
「ははははは。そうかい。そうかい」
トマスから各試験官に合い図がいく。
「では、第一試合を開始します。生徒達は指定されたフィールドに移動をしてください」
各生徒達が試験管の指示に従って移動を完了した。
各試験官に移動が完了したことがトマスに伝えるために各試験官は青色の炎を手のひらの上に出して空に掲げた。
「準備完了だな。・・・・こほん。では各試験官、各生徒を十分に静止できる位置に移動を」
トマスのマイクの指示に従って各試験官が移動する。移動を終えた試験官は魔法によって青い炎に包まれた手を空に向けて上げる。
「ようし、準備完了か。・・・第一試験開始」
トマスの声がマイクを通して試験会場に響き渡る。
「ガロア、残念だったな。どうやら、俺にかけられている呪文は冗談じゃなく本当に最強レベルの防御呪文みたいだ。どうだ。降参とかしてみるか」
「心配するな。死ぬことはない」
「はははは。馬鹿だろ。本気で勝てる気でいやがる」
「サリダ・デル・ソル」
歓声が会場を覆い尽くす。無理もないことだった。円状のリングの中央に歴代でも見たことのない大きな火の玉が現れたのだから。
「おいおいおい。冗談だろ。・・なんか小細工をしてるんだろ。そうだろ」
「してない。そう言ってもお前は信じないだろうが炎の威力は保障する」
炎は勢いそのままに対戦相手を飲み込んだ。
「コネは大事だぜ。俺にコネが無かったら唯の人だった。でも、俺は魔術師になった」
すぐに試験官が消火器を使って炎を消すと見事に防御呪文は消えていた。
「第一試合リング三十四、勝者エヴァンリスト・ガロア」
試合は進んでいく。八日間続いた戦いはガロア、エミリー共に全勝。そして、九日目のスケジュールが始まる。九日目は八日間で各会場で最も勝利した者同士の戦いが行われる。第二、第三会場はエミリー、ガロアが選ばれたが第一会場はレオナルドと言う少年が選ばれた。
九日目はより試合が過激になるので魔導師たちは試合が行われる第一会場の特設リングの前に集まってリングの最終確認を行っていた。
「これで全体的に確認は終わったわね。・・ねえ、正直なところ誰が勝つと思う」
ソフィがヴェルナ―、トマスに尋ねる。
「そうですね。ガロアと言いたいところですが予想通りレオナルドと言う少年でしょうね」
ヴェルナ―は少し残念そうに答えた。
「そう言えば、ヴェルナ―はあのガキの戦いを見てんだったな」
「ええ、はっきり言って別格ですね。今のままで魔術師として実戦に出ても十分にやっていけるレベルです」
「マジかよ。ガロアの奴も十分に強かったがそれじゃ無理か」
「まあ、仕方ないわね。それにしても今年は強い子が多いわね」
「そうですね。例年の最優秀者もガロアに確実に負けるレベルですからね」
「それ考えると、今年は異常だな」
試験会場のリングに三人が招集される。
「俺はガロア、こいつはエミリーって言うんだ。宜しく」
「宜しくお願いします」
レオナルドは礼儀正しくそれに答えた。
「レオナルド君だっけ。負けないからね」
エミリーは力強くそう言った。
「ええ、心配しなくても戦う事は無いと思いますよ」
しかし、さらっとレオナルドはそう言った。
「どういうこ・・」
「これより、優秀者選別最終試験の内容をお伝えします」
エミリーの声をかき消すようにヴェルナ―の最終試験のルール説明が始まった。
「この最終試験は魔道特待生を選別する意味合いもあるので各選手はご注意ください。試験のルールは簡単です。3人による総当たり戦を行って最も勝利した物を優秀者とします。それ以外のルールは前日までの試験と変更ありません。以上です」
今度はトマスが壇上に上がった。
「最初の一戦はレオナルド・ダビ対エヴァンリスト・ガロア」
「ちょっと待ってください」
突然、試験官用のマイクを奪ったレオナルドがトマスの方を向いて言った。
トマスはそれに気づくとレオナルドの方を向いて言った。
「何かあったか」
「いえ、私は優秀者の座には興味がありません」
レオナルドはしっかりとトマスを眼前に捕えてそういった。
「それは棄権すると言う事か」
トマスは不思議そうにレオナルドの言葉に答える。
「違います。興味があるのは魔導師の座です。戦いませんか、魔導師トマス・ヤングさん」
「ははははははは。いいなあ。お前みたいな奴大好きだわ。ギラギラした目で何処までも上の世界を見たいと思っていやがる。いいぜ。飲んだ、その勝負。だが、お前が優秀者になるかは俺が判断する」
トマスはレオナルドのから感じる強い覚悟の表情を見て、その覚悟ごと飲み込んでしまうような笑い声を上げた。
「分かりました。でも、私が勝ったら魔導師にしてください」
しかし、レオナルドも動じない。
「はははは。良いだろう。俺の権限でしてやるよ」
「トマス!」
ヴェルナ―はレオナルドの無謀な主張を受け入れるトマスに注意した。
「いいだろ。面倒が無くなる。それにあの二人の戦いにこいつは無粋だ」
「私は構わないわ」
ソフィも楽しそうにトマスに同意する。
「しょうがありませんね。許可します。その代わり、彼には最大級の防御呪文をかける事。それで良いですか、レオナルド君」
「ありがとうございます」
リングの中央で十人の試験官が最強レベルの防御呪文をレオナルドに何重にもかけている。
マスコミは一斉にその写真を撮る。魔法試験、最終試験は国の一大イベントで当然多くのマスコミが来ている。八日までのマスコミたちは各有名選手の密着取材とダークフォースの試合を撮る事に夢中だったが九日からは実況を交えての生中継に変わる。
「さあ、とんでもない事になってきました。そこで、MSPの魔術師教員の一人ヴィヴィアーニさんに今回解説に来ていただきました。宜しくお願いします、ヴィヴィアーニさん」
「ええ、お願いします」
「いきなりの魔導師打倒発言、盛り上がってきましたね。ヴィヴィアーニさんはどちらが勝つと思いますか」
「質問になっていないと思いますよ」
「はは、そうですね、すいません」
リング上にトマスが姿を現す。会場が一気に静かになる。誰もが理解しているのだ。トマス・ヤングと言う存在を。
同様にレオナルドがリングに現れる。試験官は八日間の試合の時と異なり、ドームの観客席で待機しながら二人を見守っている。
「試合開始」
観客席からのマイクを使った試験官の声でトマス対レオナルドの試合は開始した。
会場は歓声に包まれる
「生憎だ。威勢を張った奴には失礼な話かもしれないが次の二人の試合を速く見たいんでな。終わらせてもらうぞ」
「見せてください。魔導師の強さを」
トマスは大きく目の前の空間を振り払った。火を、炎を、紅蓮を持って立ちはだかる一切の障害を消し去る。おおいなる生物の偉大なる頂点を己が力とするために。
「竜の降臨(エル・ナシオ・デル・レイ)」
会場を再び沈黙が包み込む。無理もない。誰もが理解してしまったのだ。その強さ、強靭さ、俊敏さ、何よりも破壊力を。竜と言う存在の持つ意味の全てを。観客は知ってしまったのだ。淀みなど無い最強を。
「流石ですね」
レオナルドはなんとか、その言葉を捻りだした。でも、レオナルドは諦めてはいなかった。いや、現実逃避をしたというのが正しいだろう。何とか手を打てば勝てる可能性があると彼は思っているのだから。
結末は当然のものだった。
会場の誰も何が起きたか分からなかったが何が起きたか理解した。竜は片手をかるく上げて振りおろした状態のままで静止していた。会場の誰もが竜がレオナルドを片手で弾き飛ばした事を理解したが誰もそれが本当に起きたかを証明できなかったからだ。しかし、レオナルドはドームの観客席とリングの間の壁に激突していた。
あれ程かけられていた防御魔法は全て壊され、レオナルドはそのまま救急車で運ばれていった。
竜はつまらないとでもいうかのように咆哮した。
新たなる関係
語り合う時間、笑いあった時間、愛を囁きあった時間、その時間の中心に愛は成立している。どんな形であれ、それを伴わない愛など存在しないだろう。しかし、ここに新たなる形で語り合い、笑いあい、愛を囁き合う二人が出会ってしまった。
ガロアはヴェルナ―とトマスがレオナルドを倒したところを控室で見ていた。
「そろそろですね。ガロア」
ヴェルナ―は静かにガロアにそう語りかけた。
「ああ、始まるんだな」
「ふふ」
ヴェルナ―はガロアがじっとしていれない様子を見るとほほ笑んだ。
「な、なんだよ」
ガロアはヴェルナ―が何を笑ったのか分かったように恥ずかしそうに答える。
「いえ、嬉しそうだなと思いまして」
「嬉しいか。嬉しいんだろうな。想像してきた、この日を。訪れる事なんかないと何回も思ったよ。それでも、それでも俺は此処にいて。その日は訪れた。今日から世界の全てと共に俺は笑える」
「そうですね。あなたなら、大丈夫でしょう。勝ちましょう、ガロア」
「おおおおおおおおおおおおおおおおし。やってやるぜ」
ガロアは吠えた。自分の中に溜まっていく。淀みなく、際限なく溜まっていく感情を吐き出すために。
対して、エミリーとソフィも別の控室でトマスの試合を見ていた。
「いよいよね、エミリー」
「ええ、ママ」
「エミリー、私がああ言ったからあなたはここにいるの」
「いいえ」
「今、あなたは最高に幸せと言い切れる、エミリー」
「いいえ」
「ふふふ、最高ね。最高だわ。あなたは私の子だわ」
ソフィはにっこりとエミリーにほほ笑みかけた。
「・・・・・」
「聞け、馬鹿野郎。お前は欲した。何も勝ち取ることも出来ない脆弱なそんな手で覚悟はしているか」
「はい」
「そんな覚悟があるか!お前などあのくそ野郎の炎に焼かれて死んで行く程度のゴミだ」
「はい!」
「ゴミはゴミらしく、華々しく散ろうと等と考えるな。涙を流し、糞尿に塗れてあのくそ野郎と地獄に堕ちろ」
「イエス、マム」
ガロアとは対照的にエミリーはソフィの言葉によって感情を閉じ込め、心の中で体を引き裂くような感情の爆発を維持し続けた。
二人はゆっくりと控室を出た。東西の入口からリングへと向かって行く。
二人の入場を待ちながら、解説席の二人は語り出した。
「いよ、いよ決勝戦。先ほどの魔導師の戦いも素晴らしいものでしたが今回も今回で楽しみですね、ヴィヴィアーニさん」
「そうですね」
「どうやら、二人は幼馴染と聞いています。つまりは互いを知る者同士の戦いとなるわけですね、ヴィヴィアーニさん」
アナウンサーの男は目の前の資料を見てそう言った。
「ですが、互いの戦いの戦術はほとんど知らないでしょう。二人は別々に訓練していたと聞いています。それに噂ではガロア君は最近まで魔法を使えなかったようです」
「本当ですか。それが本当なら、先ほどまでの戦いでお互い一つしか魔法を使用していない以上、ほとんど手の内が分かりませんね」
「ええ、でもですよ。ガロア君が魔法を唱えるようになったのが最近であるのなら」
「彼が使える魔法は少ないと言う事ですか」
「そうなりますよ。最悪、一つしか使えない可能性すらあります」
「おおっと、これはガロア選手不利かあ」
二人がリングに集まり、それを審判をすることになったトマスが二人に握手をするよう促す。二人が握手をすると一斉に歓声がドームを包み込んだ。
「負けねえぞ」
「私も」
二人はゆっくりと距離を取った。トマスがマイクを片手にもう片手を空に向ける。二人はこれから始まる戦いの意味を、そして張り裂けそうな感情の流れを自分のものとする事に集中していた。
二人は友人であり、幼馴染であり、ライバルであり、そして何よりも愛し合う関係にある。男女平等を多くの国家が叫びはする。だが本質的にそれは不可能だ。それは男女は違う特性を持っているからにほかならない。それは同時に男女では成立しえない関係性がある事を意味している。だが、二人はその男女と言う性の壁でさえ魔法という力と相手を思う気持ちを持って乗り越えようとしている。
「これより、優秀者決定戦最終試合を開始する」
トマスは手を振りおろしリングから降りた。
先に動いたのはガロアだった。ガロアは片手を前にもう片手でその手を支え、唱えた。
「サリダ・デル・ソル」
火の玉、リングの半分はあるだろう火の玉がガロアの目の前に現れエミリーに向かって行く。
これを前にエミリーはガロアに、炎に向かって行く。
「屈折( レフラクション)
エミリーの少し前で見えていた光景が歪む、その歪みに巻き込まれていくように火の玉は方向を変え、逸れていった。
「くっ」
「身体強化(オンフォンシ)」
エミリーの体を光が包みこんだ。その瞬間、エミリーは凄い速度でガロアの前に現れ、ジョブをガロアに打ちこんでいく。
もちろん、ダメージなどない。ガロアレベルでなければ、ダメージぐらいはあるだろう。しかし、ガロアの強い魔力はそれを防ぎきった。しかし、エミリーもそうなることは理解していた。
(声が出ない)
ガロアがそう思うのも当然だ。反撃するために呪文を唱えようとしても、顎を狙われているため呪文が唱えられない。ガロアレベルの魔力があっても、魔法で強化されたジョブの力はダメージといかないが伝わってくる。
ジョブの応酬は続き、ガロアは少しずつバランスを崩していった。エミリーはその崩れた様子を見逃さない。
「光の直槍(レンス・デル・ミレ)」
エミリーの手に光が集まっていくその光は集中して形を成していき、エミリーの片手で拳銃を撃つ動作と共に光の槍と化しガロアを貫いた。
「束縛の鎖(ステルスネス)」
ガロアの目の前に何本もの鎖が現れ、それがガロアの前で円状の盾を成していた。鎖の束は互いを軋ませ、エミリーの攻撃をあざ笑う。
「防ぎきったのね」
「あぶねえな、全く。サリダ・デル・ソル」
再び、ガロアの目の前に火の玉が現れた。今度はその火の玉は空中で静止して、エミリーへの目くらましにして、ガロアは距離を取った。
エミリーは再び、ガロアに向かって行く。
「束縛の鎖(ステルスネス)」
ガロアは静止した火の玉の後ろから、何本もの鎖をエミリーに向けて突撃させた。鎖はそれこそミサイルのようにエミリーに襲いかかる。
「屈折(レフラクション)
屈折によって何本かはエミリーのいる方向から逸れていったが、何本かはそのままエミリーを捕え絡みつく。
ガロアはエミリーに鎖が絡みついたのを見て、突撃し唱える。
「サリダ・デル・ソル」
火の玉は至近距離から怪物が餌を捕食するようにエミリーを襲う。
「屈折(レフラクション)
火の玉はその形を大きくゆがめて、エミリーをかすめていった。
「危ないわねえ」
エミリーはかすった部分を見ながらそう呟いた。
(あれでも当たらないのか)
ここでトマスがリングに上って言った。
「第一試合終了。各自休憩十五分後に第二試合を開始する」
優秀者選別試験のみ、エンターテイメント性を上げるため最大3試合に切って行う事になっている。
ガロア、エミリー共に控室に帰って行く。
屈折_使用者の半径一メートルに入ったものを屈折させる。屈折角は使用者の魔力の大きさに比例する。
身体強化_使用者の身体能力を一段階向上させる。使用者の魔力量に比例した時間、その効果が持続する。
光の直槍_光を発生させ、その光を一点集めて相手を攻撃する。主に光が集中することによる熱による攻撃。
ガロアは控室に着くとすぐに椅子にもたれた。
「流石にエミリーさんは手ごわいですね。しばらくは様子見がベストだと思います」
ヴェルナ―はさっきの試合をエミリーに優勢と見ていた。とは言ってもガロアもこれからという事も理解している。
「ああ、俺もそう思う。屈折が厄介だな。至近距離でも当たらなくなるし」
ガロアも冷静に状況を受け止めていた。
「あの術なら、問題じゃないでしょう。しかし、それ以外の術が気になります」
「やっぱ、そうだよな」
「ええ、彼女は七つ近い数の術を使えるでしょうね」
普通は四つぐらいが限界だと言われている。実際、この大会で今まで多くの術を使用したものでも五つが最高だった。
「はは、すげえな、あいつは」
七つの魔法を使う者は魔術師ならともかく魔法使いでは歴代でも極めて少ない。もちろん、そんなことは二人も承知である。
「良い顔で言いますね」
「当たり前だろ。最高じゃねえか。あいつが強い。そしてそれに俺が立ち向かえる」
「全く同感です」
対して、エミリーもすぐに控室に戻って椅子に座っていた。
「いやいや、やるわね、彼。でも、あなたはまだ見せて無い術が幾つかある」
ソフィもこの試合はエミリーの優勢であることは理解している。でも、魔法の単純な破壊力で負けるエミリーには油断を残すわけにはいかないという判断だ。
「まあね」
「きつい?」
「ううん。違う。気分はすこぶる良い。最高って言っても」
「そう。そろそろ仕掛けたら」
「うん。気分は何時でも最高の状態で終わらせないとね」
「良いもの見せてもらうわよ」
二人は休憩を終え、リングに再び集まり始める。それに伴って、トマスもゆっくりとリングに向かい始める。
二人は向かい合って互いに最高の笑顔で互いを称賛した。
トマスは気づいた。恐らく次で試合が終わる事。そして、それは最高のものとなる事を。
「これより第二試合を開始する。各自準備を、完了したら挙手を」
二人は体を動かしながら、自分の全てを高めていく。そして、ゆっくり手を上げた。
「ただ今を持って第二試合を開始する」
「身体強化(オンフォンシ)」
先に魔法を使用したのはエミリーだった。さっきの休憩中に切れてしまった身体強化呪文を掛け直し、ガロアに向かって行く。
「サリダ・デル・ソル」
突撃するエミリーに火の玉が襲いかかる。
「反射(リフレクション)」
エミリーの一メートルほど前の位置で火の玉は見えない壁に当たったかのように方向を変えて反射した。
「なっ」
(こんな呪文まであるのかよ)
ガロアは襲い来る火の玉とエミリーに戸惑いながら唱える。
「束縛の鎖(ステルス・ネス)」
鎖は一本、一本が集まり束となって火の玉を振り払い、そのままエミリーに向かって行った。エミリーはそれをかわすとその鎖の上を伝ってガロアに再び突撃する。
「束縛の鎖(ステルス・ネス)」
エミリーが伝わっている鎖を打ち消すと、ガロアは新たな鎖をエミリーに向かわせる。
エミリーは十分に接近できた事を確認した後、唱える。
「眩き光(ルミ―レ・エブルイソーツ)」
一瞬、ドームを強い光が包み込んだ。
(目隠しかよ)
ガロアは目を庇いながら光が弱まるまで鎖で自分の前を防ぎ、蹲っていた。
「光の直槍(レンス・デル・ミレ)
(やべえ、攻撃が来る。防ぎきれるか)
しかし、鎖に違和感は無い。
(攻撃が来ない?どういう事だ。くそっまだ見えない)
「光の散乱(ディフィジョン・デラ・ルミレ)
エミリーの前に現れた光はエミリーの前方を境に枝分かれしていく。
かろうじてガロアの目が正常に戻り、鎖で自分の前に来た光を防ぐ。
「やっぱり、これじゃ効かないわよね」
エミリーはその場にゆっくりと座り込んだ。
「何のつもりだ。なめてんのか、エミリー」
「いいえ、これが私の本気」
エミリーはゆっくりと深呼吸を始めた。
「サリダ・デル・ソル」
火の玉がエミリーに襲いかかる。
「反射(リフレクション)
エミリーは難なくこれを反射する。ガロアがこれに対応しようとするとエミリーが唱えた。
「光の直槍(レンス・デル・ミレ)
光がエミリーに集まっていく。エミリーはガロアに向けて拳銃を撃つ真似をする。
「束縛の鎖(ステルスネス)」
すぐにそれに対応して鎖で防ごうとするガロアにエミリーはほほ笑んだ。
「光の散乱(ディフィジョン・デラ・ルミレ)」
打ち出された光の槍は再び、エミリーの前方で枝分かれしていく。
(また、このパターンか)
しかし、今度は光が消えない。
「どういう事だよ」
ガロアは驚きの声を上げた。以前までの『光の直槍』は放った後はすぐに消えていたからだ。
「気づかない。この光は元々維持できるタイプの魔法よ」
エミリーは座ったまま、にやりとガロアの方を見る。
「ってことは」
ガロアはすぐにエミリーの作戦に気づく。
「そう言う事。反射(リフレクション)、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射」
エミリーの放った散乱した光の槍がガロアに向かう様に反射していく。ガロアはそれを鎖で防ごうとするが裁ききれない。当然であるスコールのような光の雨が全方向から襲ってくるのだ。
「とんでもない隠し玉を持ってやがったな。でも、防げないわけじゃねえよ」
ガロアは自分を覆い尽くすように鎖を配置した。それこそ黒い金属の塊が蠢くようにガロアを覆い尽くす。
「分かってるわよ。そうして来るだろうってね」
「光を剣に(エピー・ドンラ・ルミレ)」
エミリーが唱えた瞬間、さっきまで光だったそれは巨大な剣の集団となってガロアに襲いかかる。鎖の盾は膨大な剣の集団にあっという間に潰されていった。
ガロアは何本かの剣を喰らってしまうがぎりぎりダメージはかかってる防御魔法の限界まで行かなかった。
それでも、光の剣の進撃は止まらない。
ガロアは十分に距離を取り、これをかわそうとするが。
「反射(リフレクション)、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射、反射」
光の剣の進撃が後を追う。
「気づいてるんだぜ。術を使いすぎて、もうそう多くの呪文は使えないだろ」
「ふふ、そうよ。でも、それに気付いたってすぐにこの光の剣たちをさばききれないでしょ」
「ああ、確かにな。でも、もうその必要はない。最高だ。お前は最高の女だぜ、エミリー。だから、だからこそ最高の俺で、この俺でそのお前を上回らねえとな」
「連結の炎(コンストレイン・ソル)」
ガロアの前に大きな門が現れる。大量の鎖で縛りつけられた門は一本、一本その鎖を門が開こうとする動作によって千切れていく。全ての鎖が千切れ門が開くとその門の中から龍が口を大きく出して現れた。龍は体中に鎖が打ちこまれていた。それを体から振り払わるように龍は身震いする。
「あれはやばいな」
トマスが龍の正面に移動した。
「竜の降臨(エル・ナシオ・デル・レイ)」
トマスは竜をリングと客席の間に召喚した。
「あれを防ぎきれ、防ぐだけでいい」
そんな間に門からできる限りの体を出し切った龍は大きな口を開いた。
龍は吐き出した。膨大で莫大な質と量の炎の濁流を。
龍の正面に座っていた観客たちはすぐにその場から逃げだそうと移動を始める。炎の濁流はエミリーに向かって行く。エミリーは光の剣でそれに真っ向からぶつかった。
「うおおおおおおおおおお」
「おおおおおおおおおおお」
二人の咆哮を中心に光と炎はぶつかり合った。
「全く良い顔で気絶してやがる」
炎の濁流は光の剣を振り払い、エミリーを巻き込んで竜にぶつかって行った。竜は素早くエミリーを回収すると大きな翼で炎の濁流の勢いを止め、押し返した。
「勝者、エヴァンリスト・ガロア」
ガロアは確かに空に向かって手をつき上げて倒れた。
始まり
ヴェルナ―はシモンにガロアとエミリーが戦い合い、ガロアが勝利した事を話し終えた。
「・・といったことがあったんですよ」
「凄いですね」
シモンはそれしか言えなかった。
「何か感じたことはありましたか」
ヴェルナ―はそう言うとカップに注がれた紅茶を飲みほした。
「ええと、そこまで誰かに全てを出し切れるってなんか良いですね」
「つまんないですね」
ヴェルナ―は残念そうにシモンの言葉を切り捨てた。
「え」
「そんなありふれた感想を感じているような人ではないと思いましてね」
ヴェルナ―はシモンにほほ笑みかけた。
「・・・そうですね。正直言うと、羨ましいとは思いました。そして俺には無理だろうとも」
シモンは少し考えた後、言葉を選ぶように答えた。
「どうして」
「俺はまだ、誰かに全てを出し切れるような人間にはなれそうにないので」
シモンは少し寂しそうな顔で答えた。
「そうですか。シモン君は作る段階なんですね」
「作る段階ですか」
「ええ、シモン君は誰かを好きになる事を学ぶ段階なんだと思いますよ。今まで、色々なことがありすぎたんですから、まあ私のせいですけど」
そう言って、ヴェルナ―はシモンに笑いかけた。
「いや、あの事は」
「いえいえ、冗談です。でもシモン君がそう言う段階なのは本当だと思いますよ」
「じゃあ、どうすれば」
「個人的には付き合うのもいいと思います。何も知らないまま、人と愛し合い。幸せになることは難しいでしょう」
「でも」
「気持ちは分かります。好きでもない人と付き合うのは誠実ではないと思うのでしょう」
「はい」
「なら、言い方を変えましょうか。シモン君と彼女で人を好きになる事を学ぶのはどうでしょう」
「どういう事です」
「シモン君の話を聞く限り、彼女はシモン君の事を好きと言うより人を好きになることがまだ分かっていないのだと思います。それなら、彼女と共に学んでみるのはどうでしょう」
「『学ぶ』ですか」
「まあ、彼女の合意が得られるならですけど」
「そうですね」
「私から言えるのはそんなところですね」
「分かりました。ありがとうございました」
「いいえ。ああ、後でどうなったかは教えてください」
「結構興味あるんですね」
「ええ、ソフィと話すネタになるもので」
「なるほど。・・・そう言えば、聞いた話の二人と今の二人違いすぎません」
「ガロアとエミリーさんの事ですか」
「はい」
「それは恥ずかしくなったんですよ」
「ええと、それって」
「戦いが終わった後、自分たちのしたことを振り返って恥ずかしくなったんだと思いますよ」
「なるほど」
「私は今の二人の空気が一番だと思います」
「それは俺もそう思います」
「二人は本当に最高の相手と出会ったんですよ」
「なんか悔しくなりました」
「悔しくですか」
「俺も恋愛してみたくなりました」
「そうですか」
「じゃあ、俺はこれで色々ありがとうございました」
「ええ」
シモンはロザリンドを呼び出した。
「失礼だけど、ロザリンドさんは恋愛経験は」
「ええ、無いわ。いいわけみたいだけど、パパの影響が大きかったから」
ロザリンドは自分の指を少し力を入れて絡め始めた。
「そうなんだ。俺も恋愛ってしたことないんだ」
「そうなの」
「そう、だからロザリンドさんが言っていた提案に乗ろうと思って」
シモンはそう言ってロザリンドの顔をしっかりと見た。
「試しに私と付き合うって事?」
ロザリンドは絡めた指をほどいた。
「改めて言うと酷いこと言ってるね」
シモンはそう言って、照れくさそうに笑った。
「そんな顔されても困るわ。私の言った提案なんだから」
「でも」
「そうね。私はね。人を好きになったことがないのよ。今まで、人を好きになるほど人にかかわったことがないから」
ロザリンドは少しずつ声を小さくしながらそう言った。
「それは俺も同じだよ。俺もここに来る前は病院に居たんだ。そこで親代わりの人はいたけど人を好きになることは無かった」
対して、シモンは声を大きくしてこれに答える。
「案外似ているのね、私たち」
「そうかもね」
「じゃあ、改めて言うわ」
ロザリンドは覚悟を決めたように深呼吸した。
「えっ何を」
シモンは驚いたようにロザリンドを見る。
「私はあなたを心から好きになるわ。だからあなたも私を心から好きになって」
「俺は君を心から好きになる。そして、君にも俺を心から好きになってもらうよ」
「ふふふ。意地っ張りなのね」
「負けるのは嫌だから」
魔法使いの恋愛事情
今回は正しすぎる恋愛をテーマにしました。互いを真っ向から理解し合おうとする恋愛の物語を描いたつもりです。