水中薬中
水中の薬中
とある町のとある排水溝、ちょろちょろと水が流れている。これはそんな水たちの物語。
今日も今日とて、たまたま居合わせた水たちはおしゃべりに夢中だった。
彼らは、気体になり液体になり固体になり、世界中のさまざまな場所を冒険した。
だから、おしゃべりの話題には事欠かさなかった。
そんな中、排水溝に流れ込んだ水道水が少し自慢げに話をし始めた。
「今までに、きめたドラッグの中で一番気持ちよかったのは、何だと思う?
俺は、トリハロロメタンだ、なんたって発ガン性物質だからな。
お前らはどうよ兄弟?なんかきめたドラッグはあるかい?」
雨水は答えた。
「トリハロメタンも悪くないが、やはり酸性雨だな。雲から降り出すとき、
空気中から徐々に俺に染み渡っていく、あの快感はたまらないものがあるぜ。
窒素酸化物、こいつはいいドラッグだ。
木々を枯らしまくったあの衝動は今でも忘れられないぜ。」
地下水が答えた。
「そういうのも悪くないが、やはり一番きまったのはシアン化合物だな。
人間が撒き散らしたドラッグだが、あれはかなりいいぜ。
土壌に撒き散らされたこいつが、俺と一緒に地下に染み込んでいく、最高だ。
たっぷりとこのドラッグを溜め込んだ俺を見て、もう飲用には出来ないと残念がる人間どもの顔を思い出すと、いっそう快感が引き立つ、ハッ」
工場用水が答えた。
「まだ、人間が規制なんてものを設けずにいたあの時代が懐かしい。
あのころはな、メチル水銀、鉛…いろんな重金属が食い放題、きめ放題だった。
で、川に流れ込んでは、水中の生態系を破壊しつくしたっけか。ドラッグと暴力、これこそが快楽の原点だろ?違うか?アッ」
水たちは、互いに自分のきめたドラッグがどんなに素晴らしいかを自慢しあっていた、
どのくらい、快感を得られたか、その勢いで何を破壊したかを。
しかし、この自慢話は、良からぬ方向に進んでいった。
自分がきめたドラッグが一番最強だと、各々が主張し始めたのだ。
「トリハロロメタン?アッ?んなもんたかが、発ガン性がちょろっとあるだけだろ。
おまけに揮発性だから、過熱すれば空気中にすぐぶっ飛んじまう。しゃらくせい」
「アアン?舐めんな、土壌が汚れて飲用に適さないと残念がる人間がいる?おいおいおい、
どこの世界の話をしてんだ?今はなぁ水道ってのがあんだよ、蛇口をひねればテメエの代わりなんていくらでも出てくんだよ。」
「規制が無かった時代?いつの話をしてんだよ、この年寄りが。
今は、工場ごとに浄化設備が整ってんだよボケ、寝言は寝て言え。」
それぞれが、それぞれをののしり始めたが、心の中では自分のきめたことのあるドラッグが本当に一番素晴らしいものなのか、かすかに疑い始めていた。
「なあ、ダイオキシンって知っているかケミカル系ドラッグの最高峰らしいぜ」
誰かがふと言った。
「それなら聞いたことだけある。ケミカル系で最強の毒物だって話を」
「きめてみてぇなぁ」
「ああきめてみてぇ」
険悪な状態は一転した。
まだ見ぬドラッグへの憧憬(どうけい)の念に駆られる薬中の水達がいたのだ。
「海というところにそいつは有るらしいぜ。
でもそいつは唯の海じゃない、汚い海と呼ばれるものらしい。」
「汚い海だって?そいつはゾクゾクするなぁ」
「ああ、ぶっ飛んでるな」
「いってみてぇな」
「ああ、きめてみてぇ」
不意に、排水溝の中をゴオオオっという音がこだまし始めた。
上流から下流へと勢いよく水が流れ出す。
誰かが叫んだ。
「うははは、兄弟共、また新しい旅が始まるぜ。ひゃほーい」
薄汚れた薬中の水達が、流れに乗って下流へと下流へと流れていく。
どこまでも、どこまでも、どこまでも。
行き着いた先は、汚い海だった。
「ここは、なんてこった」
「ついに来たぜ」
「これが、ケミカル系最強のドラッグ、ダイオキシンか」
「うう、これはたまらねぇ」
「逝っちまいそうだ」
「おい、こいつは…」
「ナチュラル系ドラッグ、大腸菌じゃねーか」
「おい、ちょっと待て、O-157だろこれ、ナチュラル系最強のドラッグ、ウォイ」
「誰が汚したかシラネェが、ここは俺たちの楽園だな。最高にハイってやつだ」
「ちげーねー」
「無限に続く快楽が俺を包むぜ」
汚い海を太陽が燦燦(さんさん)と照らす。
その熱と光が、薬中の水たちを浄化して、気化させ、水蒸気となり雲となる。
汚い海に汚いものを残して。
水中薬中