私が欲しいもの

私が欲しいもの

「彼女、有能よね。うちの部署に来てくれないかしら」
「今のところその気は無いみたいですよ。アプローチはしているんですけど。」

一人で、
狭い四畳半の

ソファベッドに

寝転がる。



近くに置いてあるテーブル代わりの棚の上に、
シェーカーと氷と、二つに切ったオレンジと絞り器、 グレナデンシロップ。 ペリエ。
最近手に入れたお気に入りの、猫と煙突のついた家の絵が描かれているグラス。
グラスの中にはガラスの棒が一本、入っている。
そして、それらはお盆に載せられて、出番を待っている。

久しぶりにシェーカーを振ってノンアルコールカクテルでも作ってやろうかと思って、
準備をしたのに
この様子。


自分の中に、

さっぱり力がないなぁと
思う。


氷はゆるゆると解けていくだろうし、
ソファベッドの上で私は、
起き上がる気持ちもなく、
かといって眠いわけでもない。

ただ、時間を過ごしている。



ここに、
あの人がいたらいいのに、と、
強く思いながら。


人に会うと酷く消耗する。
ここ数ヶ月で、
それはそれなりに酷くなっていた。

何か失敗をするごとに、
私が小さくなっていくのを感じる。

失敗、それ自体は本当に小さなものだ。
ペンを忘れた。
明日でも間に合う印刷を、今日し損ねた。
電話でつながりたかった相手は、留守番電話で無機質な声を響かせた。
それだけ、
って言うような
小さな出来事が、私に小さな穴を開ける。
知らないうちに、
私はずいぶん
小さくなっている。


周りはそれを知らずに、
私を褒め称える。

「貴女になら任せられるわ」
「貴女に頼めば安心ね。」
「貴女を頼りにしているのよ」

私の失敗には気づかない、
または
失敗を私が告げたとしても「たいしたことじゃない」と笑って許し、
新たな負担をかけてくるのだ。

何かを任された後、
それが完了するまで、

私は孤独に包まれる。


知らず、愚痴が多くなる。
自覚してから、言わないように心がけたけど、
外に漏らせなかった愚痴は、
じっとりと重さを持って
私の心に黒く積み重なった。



私は人に頼みごとをするのが得意ではない。

この仕事を始めてから、
それなりに頼まなくてはならないことも増えたが、
やんわりと断られているうちに、
さらに頼みごとをするのが、負担になっていった。
それは、
同時に自分の評価を下げる結果となった。
私が頼むから聞いてくれないんだ。
私がしていることには意味がないんだ。
人が助けようと思えるほど、私のしていることに価値がない。

私に、価値が、ない。



仕事を任されて、
放っておかれて、
頼んで断られて
何とか完遂して
また仕事を任されて
放っておかれて
頼んでやんわり断られて
自己評価を下げて下げて下げて、

その結果が
この人間嫌い。



仕方ない。
と、
あざ笑う。

氷がカランと音を立てた。



あぁ、人を好きになる資格がないな、と思う。

今の私は自分を好きじゃない。

私は私の好きな人に、私が好きじゃない私を、売りつけようと思っている。



それは、
イイコトではない。


けれど、
どん底まで自分を嫌いになってしまっても、
救ってくれる人は居ない。
私は今、彼以外の人は全部嫌いだと思う。



私は彼の仕事をしているようすが、
とても好きだから。

彼に傍にいて欲しいな、と思う。

彼が、私のことを、
好きでいてくれたら、
嬉しいな、と、
思う。


彼は私の様子を知ったら、
付き合いきれないといなくなってしまうかもしれないけど。

付き合いの薄い今の感じの彼なら、
助けてくれそうな気もする。



ぐるぐると、答えの出ない夜に。

カクテルを作る準備だけは完璧に。
動く気のない自分の身体をそのままに。


氷の解ける音がする。

私が欲しいもの

「こんにちは!」
「こんにちは。」
「お元気ですか?」
「はい」
にこにこ。
にこにこ。

彼女が来る日に彼が元気になるってことを、彼女は知らない。

私が欲しいもの

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更新日
登録日
2013-07-03

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