蒼写真
時計の針があの頃まで もう一度戻ったとしても
きっと同じ道を選んで 悩み歩いてきただろう
帰郷した俺
蒼写真
久しぶりに実家に帰った。
大阪のド田舎。市内とのギャップが半端ない。
俺は何入れたんか自分でもわからん位、パンパンになったキャリーバッグを引きずりながら、一人家を目指した。
延々と続く畦道。ツクツクボウシの鳴き声が、俺をセンチメンタルにする。
嫌でも、今回の帰郷の目的を思い出した。
「むっちゃんが危ないねんて」
電話口のオカンの声。
「村上くんが?なんで?」
素直に不思議やった。村上くんなんて、まだまだ若いのに。事故?それとも。
オカンが答えるまでの刹那、俺は頭をフル回転させた。オカンの言葉と俺の中の結論は、被った。
「癌やってさ」
癌に「やってさ」とか、あまりにミスマッチすぎるやろ。
後々こう思ったりしたけど、そん時は
「ふぅん」
としか言えんかった。
薄情やな、とは自分でも思ったけど、実際に村上くんに会うたんは、ざっと八年前。
いまいち実感が湧かんかったから。
俺の中の村上くんは、バーベキューの時に焼き肉のタレを一本分丸々溢した、あの日の村上くんで止まっとったから。
オカンは息ひとつ吐いて、
「あんた、すぐ帰ってき」
言うた。
そんな、近畿に住んでる訳でもないのに。
でも、
「わかった」
って、知らん間に返事しとった。
それは、素直な自分の気持ちやったんやと思う。
俺は会社を休み、新幹線を手配して、二週間後には、懐かしい畦道を歩いとった。
五分ほどすると、せっまい道の向こうから一台の軽トラが走ってきた。
「お、リョウ!!久しぶりやな~!!」
運転席から乗り出した人が、俺の名前を呼んだ。
その人の顔を見ると、一挙に過去の記憶が蘇った。
三人でかくれんぼしとって、みんな見つけられんくて泣きながら帰った日。
三人でウシガエル捕まえて、飼おうとしたらオカンにやたら怒られた日。
今まで思い出されず、ずっと仕舞いこまれとった、懐かしいもんばっかやった。
「横山くん」
そう言うのすら、懐かしかった。
横山くんは運転席から降りると、黙って俺のキャリーバッグを荷台に乗せようとしたけど。
「重たっ!!持ち上がらへんやん!!何入れてきてんな!!」
「なんか色々」
「おまっ、よー持ってこれたな!!」
なんとか二人がかりで荷物を乗せた。
俺を助手席に座らせ、横山くんは暗い面持ちで話し始めた。
「亮、ヒナのことやけど」
ガタガタと、舗装されてない道を行く軽トラ。
揺られながら返事をする。
「おん」
「あいつ、長くて一ヶ月や」
覚悟はしてきた。つもりやった。
やけど、思わず横山くんの方を見た。
最初の笑顔は消えとった。
無理に無表情を装ってるのがバレバレやった。目がものっそ赤い。
窓から田んぼを眺める。
「そっか」
それっきり、無言になった。
発するべき言葉が見つからんかった。
しばらくすると、家が密集している地域に入った。
俺の家は八年前となんら変わらんかった。
「到着な」
横山くんが言う。
「ありがとう」
荷台からバッグを下ろし、改めて我が家を見る。
褪せてて、汚くて、ボロい。AKBなマイホーム。
オカンが出てきた。なんも変わってない。
「亮、久しぶり~」
横山くんとおんなじこと言うてるし。
「なんなんこの大荷物は~!?」
これも横山くんとおんなじやし。
「ヨコちゃん、今日うちで食べてき!」
「およばれします~」
俺が荷物を家に入れてる間に、横山くんはとっとと上がっていった。
ふと玄関の下駄箱を見ると、
りょうくんたんじょう日おめでとう
と、汚い字でちっさく書かれとった。
なんやったっけ、これ。
誰が書いたんやろ。
気付くと辺りは暗くなり始めとった。
玄関の外灯を付ける。
「オカン、今日の晩飯何?」
台所でお湯沸かしてるオカンに聞くと、
「唐揚げ」
って返ってきた。
俺はちっさくガッツポーズした。
痩せた俺
なんか俺より横山くんの方が、俺の家に馴染んでるんちゃうか。
狭い居間に並んで座る、俺と横山くん。
「お前、痩せたな」
横山くんがしみじみと言う。
「そう?」
「それと、顔が疲れとる」
確かに東京に行ってから、三キロぐらい体重が減った。
仕事が忙しすぎて、毎日フラフラ。
今回だって、無理やり入れた休暇やから、帰ったら何言われるかわからへんのが事実。
充実してるんかしてないんか、よぉわからん。
「まぁ、仕事忙しいから」
笑って言うたら、
「さすがエリートやな」
って言われた。
しばらくするとオカンが晩飯を運んできた。
俺の大好物の唐揚げや。
「ヨコちゃん、おかわりしてな」
「あんがと~」
口いっぱいにご飯食べてる横山くんを見てたら、村上くんのこと思い出した。
村上くんの食べ方も豪快やったな。
俺、村上くんの飯の食べ方、めっちゃ好きやった。
バーベキューん時も。
サッカー部の打ち上げん時も。
「亮、こっちには何日間おるん?」
オカンの問いかけで我に返る。
「一週間ぐらいかなぁ」
言うたら、
「ふぅん」
て、ごっつ素っ気ない返事が返ってきた。
唐揚げをたらふく食べて、横山くんは軽トラに乗り込んで帰路についた。
帰り際、「明日は病院まで送ってったるから」って言われた。
ついに、村上くんに会うんや。
八年振り。その歳月は長いようで、短かった。
会うのが、怖い。
癌やから?顔見せてへんかったから?
あるいは、その両方?
空白の八年間に、俺は多分なんも変わってない。
やけど村上くんは、びっくりするぐらい残酷なもんを貰った。
村上くんがおらんくなるとか、想像できへん。
できんくて、逆に絵空事のように思えてくる。
村上くん。
俺に、怒るかな。
「なんで帰ってこんかってん!!」
言うて怒るかな。
久し振りやから、ちょっと怒ってほしいな。
昔の村上くんみたいに、怒ってほしいな。
笑う俺
朝、軽トラに揺られながら、町外れの病院に行く。
もちろん、村上くんに会いに。
道中、二人とも押し黙っとった。
ラジオのバカみたいなテンションのDJに、やたら苛ついた。
横山くんがラジオを消した。
したら、軽トラが石を踏みながら進むガガガって振動音、タイヤがキュッキュ鳴るゴム製品特有の音、横山くんの呼吸音だけが聞こえてくる。
そしてついに病院が見えた時には、俺自身の鼓動も聞こえてきた。
軽トラから降り、横山くんに付いていく。
玄関の自動ドアが開くと、そこに広がっていたのは、虚無感だった。
白く、そこそこ綺麗で、なのにとてつもない重圧が掛かっているようで、でも何もないような空間。
待ち合い室の椅子に座る、点滴をしているおじさん。マスクをして咳き込む子供。その背中を擦る母親。車椅子に乗っている少女。
その人たちを見てると、なんか小さい塊が出来たみたいに胸がつかえてくる。
何でやろう。俺はわからんかった。
エレベーターに乗り、三階まで上がる。
横山くんは迷いのない足取りで歩いていく。
多分、かなりの頻度で来てるんやと思う。
横山くんのことやから毎日かもしらん。
ナースステーションを右に曲がった左手側に、その病室はあった。
村上信五様。
病室のそれとは不釣り合いすぎるこの名前。
学校の靴箱に張ってあったネームプレートを思い出した。
「亮!!亮!!」
振り返ると、村上くんが走ってきた。
「村上くん、走って大丈夫なん!?」
俺がびっくりして聞くと、
「まぁ、許容範囲や」
言うて豪快に笑った。
「おい、ヒナ!!お前、お医者さんに‘一週間は走ったりするのは厳禁’言われとったやろ!!」
突如後ろから飛んできた鋭い声。言うまでもなく横山くん。
昔から仲良しの、ヨコヒナコンビ。
そんな二人の立場が初めて逆転したところを見た。
学ランのズボンをめくりあげ、俺らにふくらはぎを見せる村上くん。
そこは少しだけ腫れていた。
昨日、野球部の打ったボールがダイレクトに当たったところだった。
まだあどけない笑顔。八重歯は昔から変わらない。
大丈夫やって!いやいや、アカンて!
まるで夫婦漫才。
俺は笑った。
したら、村上くんも横山くんも笑った。
意味わからんけどオモロかった。
そんな情景がふと蘇った。
「亮」
あの頃より少し低くなった声で、横山くんに呼ばれた。
手招きされる。
軽く息を吸い、部屋に一歩踏み出した。
電子音が周期的に響く。
バカみたいに真っ白なシーツ。
そこにくるまっているのは、
「ヒナ、亮やで」
やっぱり、村上くんやった。
「亮!!パス!!パス!!」
グラウンドに響く、日焼けした村上くんの声。
「ヨコ、チャック開いてるで!!」
教室に響く、(悪気はない)村上くんの声。
「あああ!!!!溢してもうたぁっ!!」
辺り一面に響いた、焼き肉のタレをぶち撒いた村上くんの声。
それらが蘇って、頭の中で反芻した。
そして、消えた。
目の前には、痩せ細って、呼吸器で命を繋いでいる、弱々しい村上くんがいた。
目は微かに開いている。
でも、俺のことは見てくれへん。
「ヒナ、亮やで」
そう繰り返して、村上くんの手を握る横山くん。
その目は、優しかった。
「亮が来てくれたで」
その言葉は、優しかった。
村上くんは、少し頭を捻って横山くんを見た。
口を僅かに動かす。
「亮」
ひどく乾いた声だった。
「そ、亮。そこにおるよ」
横山くんがもっかい手招きした。
俺は村上くんのベッドの近くに歩み寄った。
村上くんの顔を覗き込む。
違う。
村上くんじゃない。
そう言いたくなった。信じたくなかった。
こんな、こんなちっちゃなってさ…。
目が合う。
窪んだ瞳に、俺の顔が映る。
確かに、俺も痩せとった。
村上くんが笑う。
あの豪快さは失われとったけど、確かに笑った。
口角を上げて、少しだけ八重歯が見えた。
「久しぶり」
言うて、笑った。
人間は不思議なもんで、人の無事や健康を、笑顔一つで測ってしまう癖がある。
それは、人間は精神的に豊かでないと笑顔は作れへんと昔から思われてきていたから。
だけど、実際は違うんちゃうかな。
人は、辛いときでも笑えるやん。
辛いときこそ笑うやん。
やなかったら、
今、俺も村上くんも笑ってないはずや。
変わってない俺
「あ、俺看護師さんに話聞いてくるわ」
言うて、横山くんが部屋を出ていった。
俺と村上くんは、二人きりになった。
「村上くん…」
絞り出すように声を出す。
気管が縮こまったような声が出た。
村上くん。
言うたはいいけど、続きに言う言葉が見つからへん。
久し振り。なんかよそよそしくない?
ごめん。何が?
元気?明らかちゃうやろ。
大丈夫?大丈夫ちゃうから入院してるんやろ。
全部言いたいけど、全部なんか違う。
一瞬の迷いの後、自然に出た言葉は
「昨日の晩ごはん、唐揚げやってん」
やった。
言うた瞬間、うわっ、アホや俺!なに言うとんねん!!それならまだ
「久し振り。ごめんな、会えへんくて」
言うた方が遥かにマシやろ!!
って、後悔と反省の念が迫ってきた。
したら、村上くんは
「ふはははは」言うて、爆笑した。
爆笑言うても、掠れた声やったけど。
そんでしばらく笑った後、少し苦し気に咳き込んだから、俺は慌てて
「あっ、村上くん、ごめん!!大丈夫!?」
言うたはいいけど、どうすればいいんかわからんくて、ちょっと狼狽えた。情けへんかった。
村上くんは「大丈夫大丈夫」言いながら、呼吸を整える仕草をした。
顔つきが心なしか元気になった気がする。
「亮、変わってへんな」
あ、怒られんかった。
「変わってへんかな、やっぱ」
「おん」
小さく頷かれた。
呼吸器が動くモーターの音が聞こえる。
これが、今の村上くんの鼓動や。漠然とそう思った。
昔の村上くんは、もっとがっしりしてた。
筋肉質で、色黒くて。
目の前の村上くんは、筋肉もちょっとは残っとったけど、ひょろっとして、色白になっとった。
「村上くん…」
さっきよりは上手く言えた。
「痩せたな…」
自然と口をついて出た言葉やった。
また村上くんは体を小さく揺らして笑う。
「お前が言うな」
言われた。
八年の間に、俺は痩せた。
ただ、痩せただけやった。
「お前はな、細すぎんねん」
中学ん時、横山くんに言われたんを思い出した。
中学に入り、二人が入っとったサッカー部に俺も当たり前のように入った。
ま、横山くんは村上くんに無理矢理入れられたらしいけど。
入部の日、横山くんは先輩の目で俺をなめ回すように見た。んで、細すぎ言うた。
「そうかなぁ?」
自覚はなかったんやけどなぁ。
したら、村上くんも言う。
「亮は筋肉つけなあかんな」
そんで、いきなり自分の体操服をばっ、って捲って、お腹を見してきた。
バッキバキやった。四パックやった。
「すご」
呟いたら、満足そうに笑って、
「亮ならこれぐらいになれるで」
って、なぜか横山くんが言う。
「お前ももっと筋トレせなあかんで!!」
村上くんに怒られた横山くんは、へらへら笑っとった。
あの頃の俺
唐揚げ、村上くんの腹筋、サッカーボール。
それらは遠い昔の記憶の結晶みたいに感じられた。
頭の片隅の奥の方に大切に仕舞われとって、触ろうにも触られへん。
そして知らん間に色褪せてく。
俺の中の思い出は、みんなみんな色褪せてく。
「俺な、あそこ行きたいねん」
呼吸器のせいでくぐもった声で、村上くんが言うてきた。
「あそこ?」
村上くんが首をゆっくり縦に振る。
「紫広場」
むらさきひろば…。俺は一つの結晶を手に取ってみた。
あれは二十年前ぐらいかなぁ。俺がまだチビやった頃、村上くんと横山くんに連れられて、俺は近所の祭りに行った。
祭りは家から歩いて十分ぐらいの神社で催されとった。
すっかり暗くなった畦道を、俺は村上くんと横山くんに挟まれ、手を繋ぎながら歩いてった。
興奮と不安が入り交じった感情。
村上くんの手はゴツくて、横山くんの手は少し湿っぽかった。
手に懐中電灯を握り、村上くんがなんか言うた。それに横山くんは爆笑して、俺になんか言う。俺も笑って、三人はまるで兄弟みたいに歩いていく。
言葉は思いだせへんけど、笑顔は思い出せた。
純度百パーセントの笑顔。
鼻腔に焼き付いている、花火の火薬と、いか焼きと、りんご飴と、田んぼの匂い。
やけに鮮明に思い出されて、自分でもちょっとびっくりした。
そう。まだこの結晶は、色褪せてへんかった。
紫広場ってのは、その神社に行く道中にある、露草がところ狭しと咲いている空き地のことやった。
紫色の花が咲き誇る季節は、よく三人で見に行ったんやっけ。
そこに、村上くんは行きたい言うた。
「でも、外出許可あるん?」
俺は尋ねた。
横山くんから昨日聞いた。
「ヒナ、もうずっと病院暮らしや」
なんで?唐揚げを口いっぱいに詰めながら首を捻ると、横山くんは箸を置いて言うた。
「外出禁止令出たから」
自分でもアホなこと聞いたなぁ、思った。
横山くんがない、言うとったやん。思た。
村上くんは包み隠さず、「ないよ」言うてちょっとだけ笑う。
で、そのおっきい目で俺の目を見上げて続ける。
「どうせ死ぬなら、最後ぐらいええやん」
「それ、どういう」
「最後ぐらい、やりたいことやらしてぇな」
俺は口を開いたはええけど、肝心の言葉が出てこんくて、ゆっくり噤んだ。
病院特有の消毒薬の匂いが、鼻を掠めた。
村上くんはしばらく俺を見てたけど、不意に目を逸らして、顔を横に傾けた。
まもなく横山くんが帰ってきた。
俺はベッドの柵に手を掛けたまま、ただ黙っとった。
最後ぐらい。
最後ぐらい。
さいご。最後。最期。
「ヒナ、スイカ食うか」
「いらん」
「そうか」
横山くんはちょっとだけ黙ってから、目の下を擦った。そして、ベッドの横にあるパイプ椅子の右の方に腰掛け、隣の席を俺に勧めた。
「ヒナ、なんか顔色良うなったな」
ちょっと嬉しそうに言う横山くん。
「亮のお陰かもな」
横山くんを横目で見ると、横山くんは優しげな顔で村上くんを見つめとった。
友達に見せる表情とは違う、なんて言うんか、慈愛に溢れたような顔。
昔の横山くんは、こんな顔しんかった。
窓からは、眩しい白が射し込んでる。
村上くんが口を小さく開いた。
「ヨコは、いつからそんなんになったんや」
「ん?」よく聞き取れなかった横山くんが、村上くんに顔を近付ける。
「お前、いつからそんなオカンみたいになったんや」
横山くんは体を起こし、少し笑った。
「まだ諦めてへんのか」
言うて、村上くんの手をもっかい握った。
「亮は」
いきなり名前を呼ばれて、不意討ち食らったような気がした。
「そんなケチちゃうで」
大きく息を吸ったと同時に、村上くんは続けた。
「ヨコ、行かしてぇな」
「…ヒナ」
「また、三人で行こうや」
紫広場に。
俺も、あの綺麗な紫をもっかい見たい。
三人で。
「行こ」
横山くんが俺を見る。
村上くんも俺を見る。
「見に行こ、露草」
少しの間の後、村上くんは笑顔を見せた。
あの頃となんら変わらん、眩しい笑顔。
「行こ」
村上くんと俺の声がハモる。
ため息が聞こえた。
「そんな顔で見んな」
やけど、当の本人の顔もちょっと笑っとった。
俺は、言い様もない位、懐かしく、嬉しい気持ちになった。
そん時は、癌も、あと一ヶ月も、忘れられた。
思い出す俺
「亮、ちょっと見て」
その日家に帰ると、オカンに居間に呼ばれた。
オカンはアルバムを広げてた。
「アルバム?」
「ほら見てみ、むっちゃんもヨコちゃんも面影あるわぁ〜」
小学校の運動会の時やったと思う。頭に赤い鉢巻を巻いた三人が肩を組んで写ってる写真。
「こっちは地区大会の予選勝った時やな」
ユニフォームに身を包んだ三人が、またも肩を組んで写ってる。
横山君は照れたようにはにかんで、村上君は豪快に笑って。
「なんでヨコちゃん!もっと笑って!!」
シャッターを切ったオカンが叫んだ。横山君はやっぱり恥ずかしそうに、
「いや、わかってんねんけどな」ってつぶやく。
「何照れとんねん、もっと笑えや!ほら!」
「ヒナ、痛い痛い!!ちょ、あか、亮もやめろや!!」
そして結果、村上君だけなぜかブレた写真が撮られ、隣に貼られてた。
ふとある疑問がよぎる。
俺、いつから村上君、横山君、って呼ぶようになったんやろ?
確か、小学校の頃は信ちゃん、侯くん、って呼んでたはず…
あ、そうか。中学で部活の先輩になったからや。
それからはもっぱら村上君、横山君になったんや。
たまに「侯くん」ってうっかり呼ぶと、横山君は顔真っ赤にして
「やっ、やめろやその呼び方!!」言うて叩いてきたんが可愛かった。
オカンは俺がじっくり見る間もなく、ページをどんどんめくっていく。
「ほら、これはキャンプん時」
「この時のお弁当豪華やったやろ?めっちゃ朝早かってんから」
「このむっちゃん、このむっちゃんはかっこいい」
「ヨコちゃん白すぎて写ってへんやん!」
隣で愛おそうにアルバムを見てるオカンを見てたら、なんかちょっと笑えた。
見てみると、最後の写真はバーベキューの時ので終わってた。
「また写真撮らなな」
俺は頷いた。
村上君がおる間に…
そんな言葉が頭を掠めた。
蒼写真