佐乃助の鬼腕  第一章 ①

佐乃助の鬼腕  第一章 ①

佐乃助の鬼腕

第一章

 ヤマタイの姿は日本とほぼ同じで、その歴史は古来より「国王」を筆頭とする王族が支配し、ヤマタイという国の基礎を作り上げてきた。
 やがて王族により都が作られ国土のほとんどを掌握するようになると、海外の文化、宗教を取り入れ独自に発展し、ヤマタイは一大文化国を作り上げ。近隣諸国にもその名を知られるようになる。
 だが、やがて王族支配も衰退の時代を迎え、武士が国王家を操り、権力を動かす時代になる。
 何代かその支配を続けた一族もいたが、主導権争いは長い時代にわたり続き。
 その支配は「豊田一族」という武家が納める時代となる。豊田家支配は五代約百六十年にわたり続いたが、それも同族の争いにより あっけなく幕を閉じてしまう。
 そして今。
 「国主」と呼ばれる者が大小の領土を奪い争う戦乱の時代が訪れていた。

 左乃助の鬼腕・・第一章信長編1
    「信長」

 中規模な土地オワリの国主は織田信長。
 彼は先年父を亡くしこの国を任されたが、若い国主は子供の頃から「うつけ者」と呼ばれ家臣の信頼は良いものとは言えない状態であった。

 しかし、運良くか悪くか。信長の持つ領土を狙う者は多く。
 小規模な戦が頻繁に起こり、信長はその采配で徐々に家臣の信頼を得はじめていた。

「怯むな!敵は少人数じゃ」
 馬上から指示を出す信長の姿は自信に満ちている。
 今日も領土を荒らす豪族をけちらす為、自 らが出兵し、吼えるように自軍を鼓舞する信長の姿がそこにあった。
 それにしても我が領土の頼りなさよ。
 オワリ一国の国主と言えどもスルガ、ミカワ二国を納める今川義元は、オワリ周辺の小国を操り、毎日のように信長の領土に侵攻してくる。

 オワリの背中にはミノウ国があるが、ミノウは国内をまとめるのに手がかかり、他の国に攻撃を仕掛けるほどの余裕はない。
 それと隣接する形であるのが、同盟国のオオガキ。しかしその領土はあまりにも小さく、その国主高転寺家も国主に異変があったらしく、静かに身を潜め、静観し信長の派兵に応じようとはしない。

 今日も我が領土であるはずのトヨダに出向き小国の兵と戦っている。 敵はほぼ三百、信長方は五百弱。双方とも現状で出せる最大限の人員での争いであるが、両軍ともに思っていることは、自軍の兵を削りたく無い。それだけであった。
 自然、戦いは半日足らずで決着をつける「小競り合い」の体を見せる。
相手方の「大友氏」は後ろに控える大国「今川氏」の手前戦いに打って出ているだけの事で戦略など何も無くただ突っ込んで離れればいいと思っていた。
 大友は今川の後ろ盾があるからこそ国主面ができるのであって、形だけの戦闘を見せればそれで良かった。

 信長は前々からそれを肌で感じていた。
 だからこそ、今日でこんな小競り合いに終止符を打とうとしていた。
「カドダヌキ!」
 信長がそ う呼ぶと三十代後半の小柄な男が信長の前に片膝を付いてうずくまった。
 エラの張った四角い顔には顎髭があり、四角い顔をより角張った縁取りにさせている。
 眼孔は鋭く、目も真一文字に閉じた口も全てが「四角」で構成されているような顔の男であって、体つきも筋肉質でどこか四角い。
 男の名は藤兵衛(とうべぇい)。信長お抱えの鉄砲隊の棟梁である。
  だか信長はこの男の事を藤兵衛とは呼ばず「角狸(カドダヌキ)」と呼ぶ。確かにその動き容姿はどこと無く狸的でもある。
「あのこちらに来る阿呆どもを撃ちはらえるか」
 藤兵衛は一瞬だけこちらに向かってただ走って来る大友軍に目をやった。
 今の距離では射程距離に 達していないが、射撃準備を終えるまでにはその距離は十分殺傷能力のある間合いに達しているだろう。

 藤兵衛はニヤリと四角い顔に笑みを表す事で「やって見せます」との意を向けた。

これより十数年前にヤマタイに持ち込まれた新兵器の「鉄砲」はまだまだ発展途上な兵器で、射程距離も短い。
この新兵器の持つ力に気づいた先見の明のある国主はまだ少なく、職人を集め改良まで加えていたのは信長だけだったかもしれない。

「鉄砲隊用意!」
 藤兵衛のかけ声で鉄砲隊の男どもが整った所作で火薬を込め弾を込めた。

 信長はその整った所作を見るのが好きだった。顎をゆっくりなでつけ、微笑みながら、火薬を込め、弾を込める 動きを見て「ふん」と一つ強い息を吐き出すのだった。
「構え」 
 藤兵衛の掛け声と同時に二十人の鉄砲隊の半数が一歩前へ進み、銃を構え照準を合わせる。
「放て」
その掛け声と同時に雷鳴にも似た轟音と共に弾丸が放たれた。
ただ闇雲に前進する大友の槍隊は次々と倒れ、草むらにその姿を消した。
「次!構え」
すると今鉄砲を放った者は素早く後ろへ引き、控えていた後半数の者たちが前に進み出て銃を構えた。
「放て」
その後の光景は全く同じであった。
十人の鉄砲隊が弾を放てばほぼ十人の大友の先発隊が倒れる。
 それを見た大友の大将はさすがに危機感を感じ、兵に停止を命じた。
「織田のうつけめ・・・禁じ手を打って きおったか」
 大友軍の大将をつとめている大友道勝は大友氏の次男。
 汎用で臆病な男であるが、危機を察する嗅覚は持ち合わせていた。
 だからこそ信長の焦りも感じ取ることが出来た。織田も連日の戦闘に終止符を打ちたいが為にあのような得体の知れぬ「新兵器」を導入して来たのだろう。
 今までは「小競り合い」で済んでいたものが、多量の死者が出る「殺戮」となれば小国はいくら今川の重圧があろうとも、国が滅ぶ危険がある戦闘には出向かないだろう。

 事実、大友軍はその場を退却し、二度と織田信長の前に現れる事はなかった。

「鉄砲隊をもっと強化すれば今川どころかヤマタイは我が手に転がり込んで来るのではないか・・・ 」
 信長は胸の中で夢想し帰路の山々を眺めていた。
 春の終わりにさしかかった山は桜の時期を終え、新緑が芽吹き始めていた。
 これからは農民を兵士として雇うのにも困難な時期になる。
 暫くは戦闘は無いだろう。
 そう思うと心が穏やかになるのを感じた。
 信長は戦闘による緊迫感がたまらなく嫌だった。しかしそれを押さえ込み、悟られないように戦好きを演じているうちに、戦によって妙な興奮を得る我が精神に気づき始めていた。
 始めは身の毛もよだつ気持ちになったが。
 最近は「それこそが国主の心持ちなのだ」と納得させていた。
 だが、戦闘から解放される安堵の気持ちがまだ自分の芯に残っていることも感じ取って いた。
(まだワシにも人の心が残っておったか)
 遠くを望みながら街道を進むと、土手の上に立ち枯れしかけた楠がある。
 そのい楠は長年の風雪に耐え、横へ横へと枝を伸ばし、人が両掌を開いたような格好で朽ちている。
「ん?」
 信長は行きにもこの妙な楠を見て記憶していた。が、そこには行きに見た枝振りと明らかに違う物がある。
 一つの枝の根本から黒い物体が張り付きコブのようになっている。
そのコブは黒く堅い羽毛のような物に覆われ、楠と一体化しているようにも見える。

「皆!止まれ!」
 信長は隊列を停止させ、藤兵衛を呼びつけた。
「角!」
 信長はせっかちな男である。それが度を増すと「カドダヌキ」と 呼ぶより「角」か、ただ単に「タヌキ」と一言で呼ぶようになる。
 呼ばれた「カドダヌキ」藤兵衛は、馬上の信長の前に素早くひざまづき、「はっ参りまして御座ります」と短く声を発した。
「角。あの木のコブが見えるか」
「はぁ、みえまする」
「あれを鉄砲で撃ち落とした物には褒美をやる。鉄砲自慢の者を一人連れて参れ!タヌキとその者の勝負じゃ、勝者には金百粒をつかわす」
 信長は早口で言うと甲高く笑った。

 鉄砲隊で一番の腕の持ち主と言われる、仁九朗という者が呼ばれ、藤兵衛と横並びに銃を構え、あの謎のコブを打ち落とす事となった。
 楠までの距離は大人の歩幅で三百歩ほどだろうか。
 鉄砲自慢にとって当てるには たやすい距離であるが、的を枝から落とすには技術がいる。
 信長の従者が二本の枝を二人の前に付き出し、「短い方を引いた者が先方でござる」といった。
 藤兵衛と仁九朗は同時に枝を引き、仁九朗が短い枝を引き先方になった。

 仁九朗は細身で長身。視力も滅法いい。
 銃を構え照準を定める姿も絵になる男である。
「参る」
 仁九朗は気を発するがごとくそういうと、引き金を引いた。

 スパッ。っと低い音をたて弾丸は黒いコブに命中した。
だが、コブは依然と枝に張り付いたまま微動だともしない。

 藤兵衛の番になり、構え照準を定め始めた。
 藤兵衛のその姿勢は四角い箱から長い銃が突き出たような見た目で、お世辞 にも美しい所作とは言えないが、ほかの者とは違う安定感と、そこはかとない気迫がこの男の構えにはみなぎっている。
「参る!!」
 吠えるように言うと藤兵衛の弾丸はコブと枝の間を打ち抜いた。

「ふっ・・・」
 モノを打ち落とすのにその的の付け根を狙うとは。信長は短く冷笑した。

 だが、その黒いコブはビクビクっとわずかに蠢(うごめ)くとドサリと鈍い音をたてて木の根本へ落下した。
 落下した黒い物体は数拍おくと、むくりと立ち上がり、信長等の方を睨み付けた。

「痛ぇじゃねぇか!俺の昼寝の邪魔をしたのは貴様等か!」
 落下した物体は少年であった、
 褐色の肌。黒々と盛り上がった右腕を持った少年が獣のよ うな眼で信長隊を威嚇した。
 それは誰あろうあの左吉であった。

    

佐乃助の鬼腕  第一章 ①

佐乃助の鬼腕  第一章 ①

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-03

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