クロの神者
見た目は美少女の男。虚神奏。一人の少女との出会いが彼を戦場へと駆り立てる。
あなたは命の重さをどう見る?
俺には分からない。
木・山・水・川・海・空。様々な自然にも命はあるのか?
例えばこの地球上の代表的な生き物。人の身体を抉れば命の塊を見つけられる?
もちろんそんな事できる訳がない。
でも重さはどうだろう?
微生物・虫・猫・犬・象・キリン・猿・人・色々と個体、知能の差は大きい。
じゃあそれによってそれぞれの命の重さは変化するのだろうか。
小さな羽虫は簡単に殺せる。殺せない人も可哀想という人も対して差はない。
それは自分より個体、知能の小さな生き物を本当の意味で【命】として見ていないからだ。
しかし大きな生き物に対して人はどう思ってる?
捕食用に育てたり、害があるからと殺したり。なるほど個体差は関係ないようだ。
結局人は己の種の事ばかりだ。色々な道具を発明し、力をつけ、弱きものをねじ伏せる。
かといって人同士も争う。それもとてつもなく醜く、残酷に。
じゃあこれはどう思う?
一人を助ける為に何人もの人が【命】をかける。その上でそいつを助けたとしてそれまでに何人もの【命】が失われる。面白いくらいの矛盾だ。俺はそう思った。
でもそれも人間。
それはその者の命の重さが招く結果なのか?死んだ同志は命の重さが足りなかったのか?
あと何グラム?あとどれくらい重ければ死なずに済んだのか?・・・・
大切な何かを失った時に空く心の隙間。
それは失われたものの命の重さ?それとも俺に預けてくれていたあなたの命?
俺には分からない。
大切な何かを失った時。それまで積み上げたその【何か】との時が消えてしまう。
そしてその分だけ俺の命は削れていくのだろうか?
なら・・・今の俺の命には重さがあるのだろうか?
・・・俺には分からない。
・・・本当に・・・くだらない・・・
AM10:38 とある商店街。
「うわっ・・・君可愛いね!! どこ行くの?」
「あの・・・モデルとか興味ないですか?」
――またか――
PM3:16 とある街道。
「はーい!ここから通行止めで~~~す♪ メルアド教えてくれたら通してあげるよ♪」
「ずっと!ずっとあなたを見ていました!受け取ってください!」
――あぁぁっもうっっ!うざい!――
透き通る湖のように輝く、青空のようなブルーの瞳。筋の通った鼻。長いまつ毛、細く、綺麗な漆黒の髪の毛。華奢で小柄なシルエットの体型。誰もが一目でわかる美しさと可愛らしさ。皆が声をかけるのも無理はない。
でも一つ、その者には問題がある。というより問題点以前の話だ。
神が作りしアダムとイブの存在。見た目からイブのほうだと誰もが錯覚してしまうだろう。
でもイブではないのだ。
そう・・・彼はアダム。男の子なのだ。
何より本当の問題点は声をかけられたそのあとだ。大抵は無視してやり過ごすが、あまりにしつこいと、彼は一人残さず一掃してしまう。相手が何人だろうとどんな大男だろうと、華奢で小柄な体でたちまち地にふれさしてしまう異常な強さをほこっていた。
「はぁ~、凝りないやつらだ。俺のどこが女に見えるんだよ!」
右手をポケットに入れ、左手で綺麗な黒髪をクシャクシャにしながら近くのベンチに座った。
「こんな顔に生まれたから悪いんだ・・・」
胸元の、銀の装飾をあしらったペンダントをギュッと握りしめ、少し寂しそうな顔で空を見上げた。
「なんてな・・・」
線の細い声でそう呟くと、彼は細い腰を上げ歩きだした。
ここは東京都神島西國(かしまさいごく)市。大都会の中心より気持ち離れた住みやすい場所。そこの○○駅から徒歩15分。とても豪華なお屋敷。庭には池があり、小さく趣のある橋がかかっている。
カコーンカコーンと、ししおどしの音がなんとも雅である。
そのくせキッチンは洋風なシステムキッチン。釜戸もあって、本格的なピッツァでも焼けそうなほどだ。そしてリビングには暖炉。と、ハイカラな仕様となっている。
彼はそこに一人で住んでいる。広い日本庭園も、ししおどしの鳴り響く音も、数多い部屋も・・・彼の寂しさを一層引き立てる要素でしかなった。だけど彼はここを出ようとはしない。
「ただいま・・・」
誰もいない家に彼は帰ってきた。玄関、ローカ、キッチン、リビングに明かりをつけて回り、リビングのいかにも高そうなフカフカソファーに腰を下ろし、テレビをつけた。
「・・・・・」
お笑い番組をつけながら、昼間に作りおきしておいたチキン南蛮と味噌汁、小松菜のマヨネーズ和えをたいらげた。豪華な家の割にはとても平凡な食事だ。
「旨いな」
食器を慣れた手付きで洗い終え、シャワーを浴びて歯を磨いた。
「おやすみ・・・」
今日は土曜日。時間は夜の9時頃。家中の電気とテレビをつけたまま、リビングのソファーで眠りについた。
「今日の占い・・・カウ・・・トダ・・・・・ーン」
テレビから朝の占いを読み上げるアナウンサーの声が聞こえてくる。
「ん・・・もう朝か」
寝起きでもサラサラの綺麗な黒髪をかき、起きあがった。
――今日は日曜か。公園にでも散歩に行くか――
そう思って彼は仕度をした。休日の散歩、町の散策は彼の日課になっている。一人家でいることがあまり好きではないからだ。昨日の作りおきのおかずで朝食をとり、テーブルに置いてあるペンダントを女々しい首にかけて家を後にした。
――げっ・・・若い男がいる――
と思いつつもベンチに座り、途中で買った缶コーヒーを開けた。
プシュッ
「うわっ、・・・最悪だ」
ベージュ色のズボンに少しこぼれたコーヒーを、フリルのついた可愛くも気品ただようハンカチでふいていた。
「あれ?何かお困りのようだね!」
彼の慌てている様子に二人の若い男が覗き込むように声をかけてきた。
「なんでもね〜よ」
彼は眉間にシワをよせイラッとした表情を見せた。
「わぁ怖い。君みたいな子がそんな言葉使いとかギャップあっていいねぇ〜
流行りのツンデレってタイプなのかな?いいよぉ~君」
2人の男は品定めするように彼を見まわす。
「・・・・・・・」
シカトを決め込む彼に男は執拗に食いつく。
「あれ?無視?いいじゃん、遊びに行こうぜ」
と言って強引に腕を引こうと手を伸ばして来た。
――こんな奴ばっかりだな・・・本当にうざい!――
脇腹に一発ずつだ・・・そう思い立ち上がろうとした時だった・・・
「ちょっと待って下さい!その人は私が先に目をつけてたんですよ!」
威勢のいい声で何者かが叫んできた。声の高さからして女か・・?
声が聞こえてきた方向を見て目を凝らすと、ずいぶん先の滑り台の上にそれがいる。
ええと、腰位までかかった長い黒髪。透明感のある黒く青みがかった目が印象的な女の子。
少し幼くも見えるが、まぁ一般的に見てかなりの美少女ってところなのか。
そいつは明らかに高性能な望遠鏡を持っていて滑り台を降りて走ってくる。
――・・・なんだあいつ・・・――
前までくると、いやかなりの美少女だ。きめ細かい肌にはなんの霞みもない。まさに美少女って感じなのだが。ここは当然・・・
「うわっ!可愛いね。君も一緒に遊びにいく?」
軟弱な若い男達がむらがる。その女の子は両手を机に叩きつけるようなジェスチャーも見せて反論する。
「そんな訳ないですよ!ベンチの子に用があるんですよ!」
えぇぇ〜俺かよ・・・と思いつつ続きを聞いた。
「ふふふ。あなたをこの状況から助けてあげます!
だからこれから私のパートナーになってもらいますよ!」
と、微妙な笑みを浮かべ、彼女は軽めにファイティングポーズをとりだした。
――はっ?・・・なんのこっちゃ・・・――
「大丈夫ですよ!私は強いんですから!あなたはそこでまったりしてて下さい!
この人たちにどこかに行ってもらったあとお話します!」
彼には彼女が言っている意味も、なぜ助けてくれるのかも分からない。そもそも助けの必要がない。一瞬、冷ややかな視線を彼女に向け少しだけ瞳を閉じた。
――はっ・・・くだらない――
その思考と同時に彼は地面を右足で強く弾いた。弾いた地面の砂が衝撃をうけ飛び散る。
シュバッ!勢いをそのままに、柄に似合わぬ重い蹴りで軟弱男1を吹き飛ばす。
そしてもう一人の軟弱男2の懐に瞬く間に入り込み、そこからわずか10センチの拳と男の体の間から右のストレートを繰り出した。
メキッ!
「うぐっっ!」
男は悲痛な叫びにも似た唸り声をあげ、数メートル先の植木へと吹き飛ばされた。
それは一瞬の出来事だった。彼女は驚いた。助けようと思っていたのに・・・・
恩を売ろうと思ってたのに・・・というかナンパだけでやりすぎでは・・・
ただ一つ。彼女が分かったこと。
今のパンチ・・・あのパンチは寸勁に類似した攻撃だということ。寸勁とは、中国拳法の秘伝とされる奥義で、わずか3センチの隙間があれば相手を吹き飛ばすほどのパンチが打てるという、ちょっと嘘のような技だ。それを、10センチと少し広めの隙間とはいえ、こんな小さな少年が繰り出した事実を驚いていた。そして確信を得た。
「つー訳で、パートナー?はっ!!笑わせんな!
俺は一人でも十分だ!というかパートナーってなんなんだよ」
彼はふてくされた表情で冷たくほくそ笑み、振り返った。が、彼女を見たつもりがどうやら視線は合っていない。
「やっぱ・・・じゃ・・・・・・かった・・・・」
うつむいたまま彼女は何かブツブツ言っている。
「な・・なんだ?喧嘩を生で見るのは初めてか?そんなんで間に割ってはい
「やっぱり間違いじゃなかったですよ!」
彼女は話に大声で割って入ってきたかと思うと、とびきりの笑顔を見せた。
彼は少しおののいた・・・
なんだこいつは?と思うやいなや彼女は地べたにチョコンと座り深々と頭を下げ、彼を見上げた。
「いや~。ん~~~♪これから宜しくお願いします!」
――・ん・・・・えぇ・・と・・・だからね・・・・――
望遠鏡で俺を見て何していたんだとか
パートナーってなんなんだよとか
ところでお前誰?
とか多数のツッコミを思っていたこの瞬間
この時
彼の未来は大きく変化した。
いや変わってしまったのはもう少し前
でもそれよりも良い方向に変わったのはこの出会いからだった。
・・・・・・・・・のかも知れない?
―――出会い―――
「私はコーヒーミルク、ミルク多めでお願いします」
フカフカソファーの上でテレビを見ながらだらしなく彼女は言っている。
おいおい、あのあと確かに巻いて帰ってきたよな・・・
彼は言われたとおりきびきびと準備をしながら少し前の思いにふけた。
――は?ふざけんな!じゃあな!ストーカーさん――
みたいな事を言ってダッシュで帰ってきたのに・・・
そんなことを思いつつ、オシャレなマグカップに挽いたブラジル産コーヒー豆をいれ、冷蔵庫のニュージーランド産高級ミルクに手をのばしていた。
――・・・これ飲ませて帰らせるか・・・しぶとけりゃ警察だな・・・――
とニヤリと目を光らせ、彼女にコーヒーミルクを渡した。
ずずずず・・・・
「うっっ!うまっ!なんですこれ!美味しいですよ!」
と彼女は声をあげて驚いた。そして味への衝撃で揺れる手から少し溢れている。
――はっ、当たり前だ――
この家の物は何もかも厳選した高級品。良い素材を手に入れる為世界中から物を仕入れているんだ。なんて思いつつ、久しぶりに他人に褒められたのが嬉しかったんだろう。
「そうか?そうだろ?」
自然と彼は小動物のようなはじける笑顔で答えた。彼としてもこの笑顔はある意味誤算だ。
「・・・っ・・・」
彼女はその笑顔に一瞬心奪われ、ほほを赤らめ目線をそらせた。
彼もそれに気づき少し戸惑いながらうつむいた。
「そ!それでですね!」
彼女は空気を変えようと切り込んできた。
「パートナー・・・の意味をお伝えしても良いですよね?」
彼は静かにうなづく。
「でわでわ」
彼女は人差し指を上げ、得意気に話だした。
「まずは自己紹介ですね。私の名前はプキ。と申します。
年齢は内緒、身長152センチ体重はっと!うふふ・・ヒ・ミ・ツです。」
と訳の分からぬコミカルな冗談を挟みつつプキは話をきりだした。それにしても・・・俺と身長が一緒くらいなのか?と、彼は地味にショックを受けた。
「で!好きな食べ物はコーヒミルクです。他にもいっぱいあるんですけど言えないくらいあるのでとりあえず一つだけ」
「・・・・」
「嫌いな食べ物は特にありません!!
炊事洗濯料理!なんでもできるオールラウンダーです!」
楽しそうに話を進めるプキとは反対に、彼は興味のない表情をし、ジト目で話を聞く・
炊事と料理が類義というツッコミもなしだ。
「あと好きな動物は・・・
「おい・・・」
あまりの意味のなさげな話題に彼は物静かに横やりをいれた。
「本題を言え」
そしてさげすむように冷たく言う。今言いかけた好きな動物なんて絶対に関係がない。
というよりそもそもこいつのプロフィールなんか興味はない。
「う・・ぉぉ・・・は・・はい!
本題を簡潔に説明させて頂きます!」
唐突なお叱りにビビリながらもはきはきと説明しだした。
「パートナーっていうのはですね、私たちの組織の決まりで
ツーマンセルっていうのがあるんです。あ!分かりますか?ツーマンセル?」
彼はイラっと頷いた。
「それで私のパートナーがまだ決まってなくてですね・・・・
色々と組織で調べた結果・・・あなた!ということです!」
ニコリ、とプキは笑った。
「本当に出会えるまで時間がかかりました・・・いろいろと忙しくなってしまいまして。
でもこれでようやくです!」
と続けて笑う。
――なるほど・・・つまるところコイツは馬鹿ってことなのか・・・――
プキのテンションはさておき、彼は少しムスっとした表情でプキに質問しだした。
「お前はプキって名前でどっかの組織の者・・・で?
組織で何をしてて何でツーマンセルが必要で何で俺が選ばれたんだよ」
と言い放つ。そして気休めに自分用に淹れていたミルクを一口飲んだ。
プキは少し困った顔をした。
「ここからは承諾をいただけなければお答えできません・・・」
頑なに拒否をするプキ。何がそんなにダメなんだ・・・?
「じゃあこの話は終わりだ。意味の分からない話に付き合うつもりはない。すぐに出ていけ」
彼は冷たく言い放った。まぁでも当然の反応だろう。見ず知らずの者に組織の勧誘をされ、詳しい内容は教えてくれない。怪しいとしか思えないのは仕方がないことだ。なのにプキは引かない。
「はいと言って下さいよ!オッケーしてくれればなんでも話せます。体重以外なら!」
頭を何度も下げながら懇願してくる。おまけに体重なんかに興味はない。むしろそういう冗談を会話に含ませてくるな。と心から思う。
――本当強引な奴だな・・・警察にでも引き渡すか・・・――
彼はスマートフォンを右のポケットから出して110番を押そうとした。
プキもその行動を察知した。これはマズイと一瞬のパニックの後、口を開く。
「は・・・入らないと本当に後悔しますよ!あなたの世界も変わるはずです!」
適当なプキの必死な一言。でもこれは本心だ。
その一言に彼はピクっと指の動きを止めた。こいつの話には興味がないし、よくある宗教の誘い文句にも聞こえる言葉だ。でも、今の彼の心には響いた。
世界を変える。嘘でもなんでもかまわない。変えられるものなら変えてくれ・・・
最後まで聞くだけ聞いてやろうという決断にいたった。
彼はスマートフォンを丁寧にポケットに戻し、プキを見た。
「・・・・・・・続きを聞かせろ・・・。」
その一言にプキは目を見開いた。そして流れる様に彼に歩み寄り両手を握った。
「えっ!じゃあパートナーになってくれるんですか!?」
――こいつ!・・・なんでそうなる!――
強引に歩みよられるのには彼は慣れていない。顔が美少女のせいで女よりもむしろ男に言い寄られていた。だから女性に近寄られるのは苦手だ。頭の回転が熱で回らない。何を思ったのか、ついつい弾みで承諾してしまった。
「あっ・・・あぁ!・・・なってやるから離せ!」
彼は顔を真っ赤にしてプキの手を突き放した。そんな態度をとられているクセにプキは溢れんばかりの満面の笑みになった。
「あぁホントによかったです。契約書とか複雑な物はないんですけど上官さんからの命令で、イエスを相手の口から言わせたらオッケーですよ~。って言われてたんです。」
「いい加減な上官だな・・・」
「ですね!ふふ。これですべて話せますね!」
プキはソファーに座り直し、半分くらい残っていたコーヒーミルクを一口飲んだ。
「奏さんは虹の七神者っていう神話を聞いたことありますか?」
コーヒーカップをテーブルにコトッと置きながら首をかしげた。その話題以前に、奏は話出だしに目を見開いて驚いた。
「おまっ・・・俺の名前知ってたのか?」
「えっ?調べて来たんですから当然ですよ♪虚神奏さんですよね!」
プキは無邪気に笑いながら答えた。
――えっと・・ここでようやく自己紹介。こいつが言うように、俺の名前は
【虚神 奏】うろかみ かなで。
世界に名を轟かせる虚神家財閥の一人息子。この家の大きさはそういう事だ――
「・・・・・・まぁいい。続けろ」
奏は少し納得しがたがったが話の続きが気になった。
「はい!で。虹の七神者は知らないって事でいいんですよね?」
プキはまたも首を傾げながら奏を見た。
奏は、当然しらないだろっ・・・と思いつつコクっと頷く。
「分かりました。簡単に説明するとですね。今までの世界、日本の歴史の中で、名を馳せた有名人がたくさんいますよね?その中でも力を持っていた人物の中にに神者はいました。
例えば~・・・織田信長さん!海外だとナポレオンさんとかアレキサンダーさんとかだったと思います!」
「まぁそいつらのことは習っているが、それが(しんじゃ)ってやつとどう関係があるんだ?」
奏はちんぷんかんぷんな表情で聞く。
「神者は簡単にいうと能力者です。神の力の一部を宿した人ってことなんです」
「はっ?神の力?」
「はい、七神者っていうだけあって、七つの力があるんです。
火炎、大地、月光、草木、天空、氷水、夢幻。って感じの七つです」
「ふぅん・・・で。その神の力がお前の組織とどう関係あるんだよ」
「実は神者の発生率の高さが問題らしいんです。それが関係してきます!
今までの歴史のデータでは、一時代に一人いるかいないかってぐらいらしいんです」
「この時代には多いってのか?」
「そうです!この時代にはもう3人の神者が見つかっているんですよ!
これは異常なことなんですよ!と聞きました!」
少し前のめり気味にプキが言う。この一連の会話に奏は少し沈黙した。
いやはや・・・世界が変わるとは聞いたが、こんなメルヘン宗教どうやって信じればいいんだ・・・少し付き合ってやろうと思ったが・・・酷すぎるぞ・・・こいつ。
「お前・・・宗教は選んだほうがいいぞ?
お前のとこは少し酷すぎる。もう少しそれらしい情報でもでっちあげろよ」
奏は目を細めてバカにした。
「えぇ!信じてくれてなかったんですか!?」
プキは頬をプクっと膨らませて怒った表情をした。でも少し可愛い。
「信じるには無理がある話だ」
「ひどいっ。何を隠そう私もその神者の一人なんですよ!?」
プキは涙目になりながら必死に訴える。
「はっ、それはすごいな。じゃあ何か能力でも見せてみろ」
という奏の意地悪な言葉にプキはニヤリと笑った。
「そうですね、そうすれば早く解決するんでした」
プキはそう言うと飲みかけのコーヒーミルクが入ったマグカップを持って、
「ちょっと見ててくださいね」
奏の前につきだした。
「なんのつもりだ?」
その瞬間!ピキキッ!
一瞬ヒヤリとした冷気が辺りを包んだかと思うと、コーヒーミルクが瞬く間に凍ってしまった。
「な・・・なんだこれ・・・・」
「信じてくれましたか?」
得意気な顔をしてプキは凍ったマグカップをテーブルに置いた。そこからはまだ冷気が踊るように立ち込めている。奏は固まった。プキに何かされたからではなく、驚いていた。
えっ?なんだ?今時の宗教ってここまできてるのか?っていう方の驚きだ。
「どうやったんだ?」
「だから言ってるじゃないですか~・・・神者の力ってやつですよ。
ちなみに私の能力は(氷水)です。だから液体を凍らす事が出来ました」
ん~・・・これは信じていいのか・・・・でもまぁ少しは面白みのある宗教だな・・・
それにしても万が一本当だとしてもこいつが織田信長とかナポレオンと並ぶ位置にいるのが少し腑に落ちないな。と頭に過ぎりつつも奏はもうちょっと聞くことにした。
「はっ、とりあえず信じてやる。話を続けろ」
プキはホッとした表情で続けた。
「良かったです。えーっと・・・神者の数の異常まででしたね。
そうです、それでですね、今現在の3人。私の氷水。あと大地と草木さんです。
最初が大地。次が私で草木さんです。」
プキはたんたんと話し続けた。
「三年前に大地さんが発見されて私が候補として上がった時点で組織の設立が決まりました。二人とも日本で発見されたので本部は日本にあります。あと世界各所に支所があって私たち神者のサポートをしてくれます」
「なんでそんな大掛かりな組織を作る必要があったんだ?」
奏は席を立ち、冷蔵庫からミルクを出しながら聞いた。
「一つ問題が起こったんです。神者が現れた時代は何か大きな変異の起こる時代ってのが今までの歴史ですから一人現れた時点で世界政府は警戒をしていたらしいんです。
二人目の私が出たときは天変地異の前触れかってくらいの大騒ぎらしくて・・・」
奏が再び入れてきたくれたコーヒーミルクを受け取りながら話を続けた。
「ありがとうございます♪それでですね、草木さんの発見前に問題が起こったんです」
ズズズ。プキはコーヒーミルクを一口飲んだ。やっぱり美味しい!みたいな表情を見せたがそのまま話を進めた。
「偽者(フェイカー)が現れました・・・七つとは当てはまらない能力者らしいんです。
最初は当然新しい可能性かと接触しようとしたみたいなんですが、接触者が殺害されたため危険視されたんです。もちろん、色々な対応策をしたらしいんですが、どれも効果はなかったみたいで。対抗を試みたらしいんですがあまりの強さに完敗だったらしいです」
――なんか話がシビアになってきやがったな・・・――
平然を装う奏だったが、話の綿密さに疑う余地の無さを感じ始めた。
「そこで、当初は神者の保護を目的としていた組織も方針を変更。
唯一対処できうる力を持っている神者に対抗させる事になりました」
――対抗?・・・――
「はっ?てことはお前がその偽者と戦うのか?」
「そうなります。なぜだかわかりませんが偽者は神者を狙う傾向もあります。なので力のある者をパートナーとし、ツーマンセル行動が必要となったわけです」
「理解はできた。が、俺が力のあるものってどういうことだ?」
奏はミルクをすすりながらプキを見つめた。
「ん~・・・ちょうど二年前くらいから全世界で健康診断の人間ドックをうたった活動が強制的に実行されてますよね?実際、あれは健康の調査は二の次で、身体能力の高さを段階的に分けて候補者の割り出しと監視、または保護を目的とした活動だったんです。そこで奏さんの能力値が異常に高かったため、今にいたるということです。」
「は?俺は神者ってやつなのか?」
自分自身が関係してるのか?奏は急にこの話題に吸い込まれるような感覚になった。
「いえ、まだ候補の段階です。この時代に神者が多いせいなのかはまだ分かりませんが、能力値異常者が明らかに多いんです。ちなみに能力値異常者とは奏さんみたいに世界診断時に数値の高かった人のことを指します。さっきの喧嘩を見て確信しましたが身体能力がずば抜けているのが奏さん自身実感していると思います。そういった力のある人が多いんです。
早めに接触を試みて仲間にするか、悪意の確認をしないと事件につながりますので・・・」
今のプキの話で奏にはおおよその事が検討できた。
「あまり気持ちのいい話じゃないな・・・能力値が高いかどうかは知らないが、疑われているってことなんだな?」
奏は少し眉間にシワを寄せてプキを睨んだ。
「うっ・・・」
プキは申し訳なさそうに下を向いた。
「すみません・・・でも奏さんが何かを起こすかもしれない危険性だけではないんです。
能力値異常者がフェイカーから狙われるかも知れない危険性もあるんですよ!」
力強く押し気味に話すプキに奏は条件付きの結論にいたった。
「分かった。意味はまだ理解しきれてないが、お前は俺のパートナー兼ガードマンってことなんだろ?」
「はい!簡単に言えばそうゆう感じにもなります!」
「・・・・なら一ヶ月だ」
奏はプキに向け人差指を上げて見せた。
「一ヶ月?ですか?」
「あぁ。一ヶ月だけ様子見でパートナーになってやる。その間何もなければ契約は破棄する!分かったか?」
奏はソファーから立ち上がり、見下ろしながら発した。
「うぅぅ・・・・一ヶ月は短い気もしますが、この際仕方ないです。」
プキは少しもじもじしながら承諾し、気持ちを込めた。
「この一ヶ月間!何か事件がおこるよう祈っておきます!!」
――・・・こいつ・・・事件は祈るなよ・・・――
「今日の昼飯はトマトの冷製パスタと簡単なサラダだ、時間がないからな」
奏はキッチンの前においてあるパスタケースを取りながら言った。
「はい!わざわざご馳走になってすみません。お手伝いさせて下さい!」
腕まくりをしながらプキが近寄ってくる。
「はっ、ついでだ。俺が昼飯の時間なんだよ。野菜洗って盛り付けろ」
さささっと段取りよくパスタの準備をしながら命令した。
「任せて下さい!」
プキは冷蔵庫から適当に野菜を取り出し用意を始めながら少し疑問を感じた。
「そういえば奏さんはおぼっちゃまなのに使用人とかは雇わないんですか?
広い屋敷なのに掃除とか色々大変じゃないですか?」
奏は少しの間黙り込みながらトマトをカットした。
「はっ・・・俺は一人がいいんだよ・・・・・」
――・・いや・・・本当はそうじゃない・・・――
「だいたいの事は一人でできるし邪魔なだけだ」
――・・・・ひとりは・・・・・――
奏はそう言うともくもくと料理を続けた。
「そうなんですか。まぁ候補者さんは有能な人が多いですからね~」
そう言いながらプキはレタスをむしっている。
「で、組織名とかは教えてくれないのか?」
話題を変える様に奏は言った。
「あれ、名前を言ってませんでしたか?すみません!
組織はローゼンクロイツと言います。日本語では確か薔薇十字団って言いますね」
プキがそう言うと奏は思い出すよう目線を上にした。
「ローゼンクロイツ?・・・ドイツで魔法研究してたとかいう訳の分からない組織か?
神話的な組織だろ?」
「ん~、名前はそういう感じでそこからもらったらしいですよ。神者の能力も魔術的ですからね。魔法を研究。隠蔽をしていた組織の名前の受け売り的な命名じゃないんですか?
あんまり分からないんです・・なんせ全て受け売りで・・・すみません・・」
と、真っ白い中くらいのお皿の上に、ちょっと不格好に野菜を盛り付けている。
「そうか。なんか聞いていくほど怪しい組織だな・・・で?パートナーの役目はなんだ?」
奏も四角の綺麗なお皿に、それまた綺麗にパスタを盛り付けている。
プキは野菜を盛り付け終え、シンクで手を洗いながら振り向いた。
「はい?とりあえずはこんな感じですけど?」
「・・・・・・はっ?」
奏は手を止めてプキを見た。と同時に嫌な予感が脳を巡る。
「だから、一緒に行動、一緒に生活♪離れずにいることがパートナーのお勤めです」
プキはにこッと笑った。
「はぁぁぁ!?お前一ヶ月間ずっとここにいる気か!?」
「え?もちろんです!」
プキは至極当然の様にきっぱりと言い切った。
――なんだそれ・・・それはない!流石に今日会ったばかりの訳分からんやつと
生活なんてできるか!しかも女――
「ダメだ!パートナーはいいとして、俺の生活に干渉してくるな」
「えぇぇ~!それは困ります!せっかくオッケーしてくれたんですから!」
と、プキはまぶたに涙の雫をうるうると貯めながら泣きついてくる。
「そして近寄るな!」
奏はキッチンの壁にじわじわと追い込まれた。
「お願いします!パートナーがいないと困るんですよ!」
プキは頬を赤らめて今にも泣きそうだ。それにしてもコイツは強引だ。
「・・・・・く・・・・・そ・・・・・・・!」
それよりも顔を真っ赤にした奏はまたまた押し負けた。
「わかったよ・・・・・!勝手に住み着いてろ!」
奏は顔を見られまいと天井付近を見ながら怒鳴った。半強制的に受諾させた事に対してプキは何も感じていないかの如く新鮮に喜んだ。
「やった!ありがとうございます!
私、プキは只今より一ヶ月。パートナーとして住まわせて頂きます!」
軍隊のような真似事の敬礼をしながら、にっこり笑った。
――意外な発見だ・・・・俺は女に弱かったんだな・・・――
奏は天井を見上げ小さく聞こえないようにため息を吐いた。あまりに絡みすぎないとここまで苦手になるものなのか・・・
お腹が減っていたのか、プキは奏の盛り付けたパスタを近くにあったフォークで一口食べた。
「あっ!すごくおいしいです!」
――・・・この女・・・――
――――――――――――――――――――――――――――
ザァッァァー
食べ終わった食器の片付けをしながら奏はプキに言う。
「おい、部屋は空いている部屋を使え」
奏はそう言いつつもこの状況?の不自然さに頭の整理はまだつききっていない。
「えっ?一緒の部屋じゃないんですか?」
――何を当然のように言ってんだ・・・――
「そんな訳ないだろ、俺はリビングで寝る」
「分かりました~。そうします・・・」
プキはちょっと悲しそうな顔をした。でもそんな顔をされてもこっちはこっちでこの状況の整理で余裕がない。しかし多少頭の隅に残っていた余裕が今後を冷静に考えた。
「あぁ・・・お前には関係ないが、俺は明日から学校でいないからな。おとなしくしとけよ」
「知ってますよ♪近衛学園ですよね」
「あ?あぁそうだ。はっ?お前」
奏は嫌な予感がした。それだけは勘弁してほしい・・・
「まさか・・・学校にくるとか言わないだろうな」
「まさかぁ~!流石にまだそれはないですよ♪」
プキは食器を仕舞い終え、手を拭きながら答えた。
――こいつ・・・読めない・・・――
「・・・・ならいぃが・・・」
奏は疑心暗鬼の表情で少し怪しむ。怪しげな宗教、それと妙に正確な情報網。こいつが真実か嘘かを掴みづらい。でも奏自身の情報は家柄もあるし誰でも探ればすぐ分かるのか・・・
などと考えているとプキは思いついたかの様に切り出す。ほのかに豆電球のシルエットが浮かんでいるかの様な錯覚に落ち入る程だ。
「あ!そぅだ!奏さん!上官さんと連絡とってもいいですか?
条件付きとは言え、一応パートナーに決まりましたので!すっかり忘れてました」
奏は興味があった。確かに嘘か真か分からない話だが、こいつよりも上官とやらに聞いたほうがいいだろうからな。そもそも上官とやらも怪しいものだが・・・
「あぁ、俺も興味がある。」
「はい♪では報告させてもらいますね」
というと、んっ?どっから持ってきたんだ?と思う位の16インチくらいのモニターを出してきた。そしてテーブルの上に周りの物を駆使して立てかけた。
――本当に・・・一体どこから・・・――
「これをこうして・・・・こうして?・・・・・こう?」
モニターはタッチパネルみたいだ。せっせと操作しているが・・・
――ハテナが多い・・・大丈夫か・・・――
「こぅ!」
プキはモニターの画面を触りまくって何かの機能を起動させた。
ピピピ。画面が一度暗転すると【Rosencroitz】の文字がスタイリッシュに現れた。
――・・・どこかに繋がったのか・・・?――
「あ!クリ!じゃなかった。上官!今回の任務の報告です!」
すると薄めのモザイクのかかった人の影が・・・そして変声機能のかかったエラく太い声で応答してきた。
「はい~。私ですよ~。本人がでちゃいました~」
太い声だが少しとぼけた女ってことが一瞬で分かる。
「どうでしたか?あらっ。どこかの家にいらっしゃるのですか~?」
続けて太い。
「ふふ・・・そぅなんです!オッケーいただきましたー!」
とプキは満面の笑みでガッツポーズをしながら画面に近づいた。モザイクの女も手をパンッと合わせて喜んでいる?のがモザイク越しに分からない事もない。
「わぁ!すごいじゃないですか!プキさんならやれるって思ってましたよ~!」
――しかし・・・声が太すぎて喋り方のギャップがひどい――
「それでですね・・・・・・」
「まぁ・・・・・・」
「そうなんですよ!・・・・・・」
――話が長い・・・――
なんてことを思いながら奏は考えた。このプキ。上官のキャラクター。絶対に世界政府とか何かを敵に戦うとか真剣な感じはないだろう・・・の割にモザイク、変声とか手が混んでるな・・・本当にラインが微妙過ぎて読めない・・・。
考えているうちに話がおわったのか、プキがいきなり腕を引っ張ってきた。
「なんだよ!」
引っ張られるがままモニターの前に連れて行かれた。
「まぁぁぁぁ!こんなに可愛い女の子だったんですかぁ~?」
モザイクごしに手を胸の前に合わせ上官とやらがいらぬことを言う。
「だから!男の子なんです。こんな綺麗で可愛いんですけどね。」
「初めまして~。私。ローゼンクロイツの最高責任者、クリスと申します。あっ、レヴィちゃん。映像と音声戻して下さい~」
「分かりました。加えますと男性という情報はちゃんと提示しています」
「えっ?そうでしたか~?」
無機質的な声の女の子と画面のむこうで会話しているのが分かる。
パッ。画面上のモザイクが取れて女の人が現れた。またか・・・
星空のように輝く銀色の髪の毛。胸くらいまでの長髪で緩やかなウェーブがかかっている。女女している体つきが組織の制服の上からでも見て取れる。吸い込まれそうな銀色の瞳は、延々と輝くダイヤモンドのようだ。
だが、最高責任者にしては見た目の年齢が比例してないように見える。イメージではお堅い岩の様な男か長老の様な威厳のあるおじいさんだったのだが・・・
「お前が最高責任者なのか?」
奏はストレートに疑って聞く。
「ちょっ!失礼ですよ!?」
「いいんですよ~。お願いしてるのはこっちだったんですし。そうですよ~。最高責任者にしては少し威厳が足りませんかね~。ふふ」
「・・・・・・」
奏はどう返すかすぐには考えつかず黙った。もし本当なら確かに失礼な気がする。
「あ、プキさんから色々聞かれたんですよね?もう状況は把握できたんですか~?」
クリスは微笑を浮かべて柔らかい声を出した。その笑顔に奏は目線を逸らしほっぺを人差指で少し撫でて言う。
「ローゼンクロイツの敵?・・・フェイカーとかいう存在が分からない。実際存在するのか?」
「はい~。ですが少し説明不足ですね~。フェイカーだけが敵になりうるという訳ではありません。虚神さんと同じ能力値異常者の中にもその可能性はあるんです~」
「敵になる可能性ってことか?」
「はい~。現在、虚神さんのいらっしゃる日本だけでも能力値異常者が6人確認されています。接触できたのは虚神さん含めて4人なんです。
あとの2人も早めに接触をしたいんですけど、今のところ所在が分からないんですよ~」
真剣な話のはずなのに首を傾げながら言うクリスはえらく可愛い。
「日本だけで6人?・・・世界規模ではどうなんだ?」
奏はすっかり話に食いついている。
「世界規模では13・・えっ?・・あっ。18人です。日本がかなり密度が高いですね~。
世界支部が捜索に力を入れているんですけど・・・18人以外にも確実にまだいると思いますが。今のところ9人と接触。そのうち2人が亡くなりました」
クリスはレヴィちゃんとやらに指摘されながら危なっかしく答える。
――ん?・・・待て?・・・――
「死んだ?・・・」
奏は驚いた。
「はい・・・接触時に反抗されたためです。能力値異常者は力がある分精神面にも異常が生じることが多い様なんです。残念なことだったんですけど・・・・」
「反抗?殺す必要はあったのか?お前らみたいな組織が来たら驚くだろ?」
奏ではモヤモヤした気持ちで体が疼いた。
「こちらの接触態度に問題がなかったとは思いません。何か悪い点があった可能性もあるかも知れません。ですがこちらのエージェントさんが何人も殺害されました・・・・
本当に・・・本当に仕方がなかった事なんです」
真面目な顔で少し寂しそうにクリスは言った。余程の事情なのか、それともこいつら組織の演技なのか・・・しかしクリスと短時間会話しただけだが嘘をつける人だとは思えない。
だけど奏は言う。
「これからもし、万が一。フェイカーや敵対する能力値異常者と遭遇することになれば、殺さなければいけない状況がくるってことなのか?」
追い込むように迫った。
「そうしなければまたこちら側の誰かが死ぬ。なんて状況に陥れば・・・できれば話し合いで解決したいのですが・・・」
またクリスは悲しそうにした。
「・・・分かった。十分だ。この一ヶ月間、何もないことを祈るよ」
落ち込むクリスを少し気遣うように奏は言った。
「はい・・・そうですね。一番は何も起こらないことなんですが・・・」
「あぁ・・・」
「・・・・・あ!忘れてました~!」
奏が低く頷いた後クリスは何かを思い出した。だって一瞬豆電球のシルエットが・・・こいつらの間で流行っているのか?
「プキさん~?」
「はい!?」
プキは奏の下側からひょこっと出てきた。
「近々そちらに大地、草木ペアさんがお見えになるそうですよ~」
「えぇー・・・・あの2人が来るんですか・・・?」
プキは露骨に嫌そうな顔をする。誰なんだその二人は。
「はい~。さっきレヴィちゃんに連絡してもらったんですけど、どんな奴か見てやる!って意気込んで返事がきたそうですよ~?」
――さっきってほんの数分まえだろ?返事早いな・・・そいつら――
「いつごろ来るんですか?自然ペアは?」
「来週末には行くでしょうね~。今はロンドン支部で任務の最中ですから」
「分かりました・・・また何かあったら連絡します!」
「はい~。奏さんもお元気でいて下さいね~」
クリスはにっこりと笑い手を振ってきた。奏は少し照れくさそうに頷いた。
プツッと画面が暗転。【Rosencroitz】の文字が出たあとホーム画面に戻った。
「って感じですね!報告もできましたしこれでばっちりです」
プキはびしっと振り返る。
「責任者の女、かなり若く見えたが本当にあいつが責任者なのか?」
「ちょっ!失礼ですって~。上官さんはあぁ見えて成人してますよ?」
「?・・そうなのか・・・」
奏は意外な驚きでちょっと硬直した。
「そうです。確か天才すぎて最年少なのに責任者になった神童さんとかだったと思いますよ!」
プキはこめかみに手を当てて悩ましそうに言う。
――こいつが言うと本当でもバカに聞こえる・・・――
「はっ・・・まだ信じきれてないが、少しはそれらしくなってきたか」
「はい!というか本当の話ですって!」
そう言いつつもプキは嬉しそうな顔をした。
この日は散々な目にあって終わった。掃除させりゃ物壊すし、ふてくされて寝やがるし。
あげくに風呂まで一緒に入ろうとしやがる。後半はしかりっぱなしだった気がする。
神者は有能とか言ってたくせに、あれじゃ普通の女の子だ・・・というかそれ以下か・・・
そんなこんなで騒がしい夜は更けた。
「それじゃ勝手に寝ろよ。俺は明日早い」
リビングのソファーに寝そべりながら奏は言った。
「分かりました~。あっ。電気消しましょうか?」
プキは家中に点きっぱなしの電気が少し気になるらしい。奏は瞼を閉じたままプキに聞こえる程度に小さく答えた。
「いや・・・・いい・・・」
「え~でももったいなくないですか?」
その通りだな。奏は心の中ではそう思ったものの何かが気に食わなかった。
「いいから寝ろ!」
ちょっとムカッとして大きめの声を出した。親切心からだろうに・・・我ながら最低だ・・・・
「は!はい~!ごめんなさい!おやすみなさい!」
プキはそう言うと一目散に寝室に逃げていった。
「・・・・・・・」
――よく分からない一日だった気がする・・・明日起きたら夢でした。ってことも考えられるな――
何てことを思いながら明るいリビングで奏は眠りについた。
―――――――――――――――――――――――――
ふ~~~ ふ~~~
――なんだ?――
奏は耳元に奇妙な現象を感じてうっすら意識が戻った。
――生暖かい・・・――
なんだこの一定間隔の送風機は?奏は目を覚まし、ゆっくりと視界が開けてきた。
「なっ!」
――なんだと!――
声にならない。いくら大きなソファーだからといって二人が横に並んで寝るスペースが確実に確保されている訳ではないのに。強引にもプキが自分のすぐ傍で寝ている。
――ふ~~~ふ~~~って寝息か!!――
奏はバッと、すぐさま起き上がった。
「お前!なんでこっちで寝てんだよ!」
顔を赤らめながら慌てて叫んだ。が・・・
「・・・・・・・・ふ~・・・・・・」
「・・・おい・・・・」
「・・・ふ~・・・・・・んにゃ・・・・・」
可愛い顔をしているくせに妙に馬鹿っぽい幸せ面して熟睡している。
――いや・・・目くらい覚ませよ・・・――
なんて思っていたが、今日は学校だ。急いで着替えて準備をし、手早く朝ごはんを作った。
いつもの3倍の量を作り、ラップにかけたものと、冷蔵庫にしまったもの。2食分を用意した。
――まぁこれだけありゃ飢え死にはしないだろ。こいつ・・目くらい覚ませよ・・・――
時刻は7時46分。学校はこの家から歩いて15分くらい。駅から反対方面にある。
――そろそろ出るか――
奏は学校へと向かった。学校と言っても、お金持ちにありがちな友達がいないとかそんなことは特にない。セレブなやつらが通ってる分お金関係でどうとかがないからだ。
あるとすれば、虚神財閥の名を恐れて怖がりながら接して来る生徒くらいだ。
通学路の途中の一本桜の通りの遅咲き桜が咲いている。
――俺はこういう風情は嫌いじゃない――
「おぉ!虚神ぃ~!」
後ろから走ってくる奴。名前は銀鏡(しろみ)蓮。黒髪茶眼のあまり特徴のない当たり障りのない男。しいて言うならややツリ目って所くらいか。身長は当然奏より高く、170を超えた高身長。家柄は物流関係の社長の息子らしい。
高校に入ってすぐに妙に懐いてしまった・・・まぁ友達・・・か。
「・・・おはよう」
「あれ?元気ないな!せっかくの美人が台無しじゃん」
「別になんもね~よ」
よく分からない成り行きとはいえ美少女と同居してるってコイツに知れたら鬱陶しいからな。ちなみにこいつは最初俺を女と思って近づいてきた。
「ふぅ~ん。まぁ楽しくいこうぜ!」
バンっと奏の肩を叩いて蓮はスキップしている。毎度毎度楽しそうなやつだ。
ここ近衛学園は生徒数217人。敷地面積東京ドーム二つ分の大きい学校だ。
生徒の割に敷地が広いのは、将来有望な金持ちのご子息、ご息女達がストレスなく学園生活を送れるようにという配慮かららしい。その配慮は嬉しいがおかげで歩く量が多い。
敷地外周部には特殊部隊のような護衛さん達がいるとかいないとか。
奏がここに通い始めて一年とちょっと。見かけで声をかけてくるようなバカは蓮以外いない。虚神家の者だと親から言われているのだろう。だいたいの者は近づきもしない。それはそれで居心地が良い。人と関わるのは得意ではないからな。
「か~~~なでちゃぁ~~~~ん♥!」
――・・あぁ・・・・・もう一人いたな・・・・・――
思い描くと同時に目をジトらせた奏への壮絶なるタックルのようなハグ行為。
ドカァァン!奏はその者に巻き込まれ吹き飛び、女は自然と仰向けの奏にまたがった状態だ。
「い・・・って・・・・」
「大丈夫!?奏ちゃん!」
馬乗りになった状態で巨乳な女は心配する。が、明らかにお前のせいだろと奏の脳内ツッコミ。
「で・・でも・・・・困惑しながら横たわる奏ちゃん・・・・それを押さえつけている私・・・・」
奏の胸に赤らめた顔をピトッとくっつけた。
「どうしよう・・・・こんな公衆の面前だけど・・・・・・食べちゃいたい・・・・・♥」
女は胸元から耳元に鼻を這わせ、ハァハァとものすごい息遣いだ。
「息が荒いっ!」
奏はドクドクしながらも巨乳女を押しのけた。
「あぁん・・・ほんと恥ずかしがり屋さんね♥」
まったく。女には慣れないがなんかこいつは畑違いだ。
この女は九十院(くじゅういん)麗奈。才色兼備、巨乳でお嬢様のくせに特殊な性癖を持っている。女しか愛せない百合女ということだ。だが、奏の容姿から、男なのに好かれてしまっている。本来はこれでつじつまがあっているのだが。
「おい!遅刻するぞ二人とも~!」
銀鏡が数メートル先で呼んでいる。
「あぁ」
「ホント!もうこんな時間!!行きましょ♪かなでちゃん♥」
まぁこれが俺の学園生活の基盤だ・・・
へんな奴らだが悪い奴らじゃない。むしろ居心地の良いやつらだ。
虚神家の名以外はまぁまぁ普通の高校生活だと思っている。
「ただいま」
学校を終え、家に戻ってきた。
バタバタバタ
「おかえりなさい!奏さん♪朝はすみません。ご飯もありがとうございました!
おいしくいただきましたよ!」
奏のエプロンで手を拭きながら笑顔でプキがはしってきた。
「作りすぎただけだ。勘違いするな・・・」
ひねくれながらも奏はおかえりの言葉がかえってきたことに懐かしさを感じた。
――にしても、それ俺のエプロンなんだけどな――
「名誉挽回ぃ!晩御飯はお任せ下さい♪」
バタバタバタ
そう言ってプキは意気揚々とキッチンに走っていった。
「騒がしいやつだな」
奏は制服を着替えた。何やら惹かれる香りが漂ってくる。キッチンに行くと、
ドン!あらら、テーブルの上になかなか豪華な夕飯が並んでいる。
「これお前が作ったのか?」
奏は素直に驚いた。
「モチのロンです!頑張って作ったので早く一緒に食べましょう!」
プキはお皿としゃもじを持ってニコニコしている。
――意外だな。本当に料理できるのか――
「はっ・・・まぁ使われた食材の為にもいただくか」
奏は憎まれ口を叩きながら席に座った。
「これも美味しいですよ~?」
「あっ!これもどうですか?」
「これはこうすると更に美味しいんですよ~」
「あっ!それ自信作です!」
プキは淡々と嬉しそうに料理を勧めてくる。奏が口に運ぶ料理を見ては言葉と視線をぶつけてくる。何かを期待している感がとても強い。
「静かに食えないのか・・・」
そんなにうるさかった訳じゃない。素直に答えられないのでキツイ言葉が自然に出てくる。
「あ・・・すみません・・・・」
プキは怒られた小動物のようにシュンとなった。それを見た奏は少し慌てた。
「・・・・まぁ・・でも・・・・・美味いよ・・・」
気を遣うように奏は小さな声で言った。
「ほんとですか!良かったです!」
「でですね・・・・・・」
「あっ!これなんかどうです?」
「それとこんなのもあります!」
――また喋り始めたな・・・コイツ・・・――
なんて思いながらも奏はちょっと居心地が良かった。明るいプキの性格。すさんだ奏の心に良く効いたのかも知れない。それに他人の手作りなんて久々だ。
「今日はちゃんと部屋で寝ろよ」
「えっ?はい!えぇぇと・・・・多分!」
なんて、テンパりながらプキは答えた。
こんな感じの日が三日過ぎた。今日は木曜日。プキのいる生活にもちょっと慣れてきた。
「ん~~まっ♥ん~~っま♥」
九十院さんがものすごい投げキッスをしてくるなか、下校途中別れた。蓮もだいたいそのくらいで分かれている。一本桜通りを過ぎ、よく行く散歩コースの公園に通りかかった。
そして何気なく公園内を見たその時。
――誰かいる――
まぁ、公園に誰かいるのは不思議なことではない。共用スペースだし当然だ。でもそこにいる者はどこか不自然だった。もう暖かくなってくる季節なのに黒いスーツに黒い厚手のコートを羽織っている。マジシャンのようなハットをかぶっているのが印象的で、何より、不気味な眼光でこっちを見ている。
――気持ち悪いな・・・――
奏は気にせず公園をあとにしようとした。と、その瞬間それが笑った。
「見つけたよぉぉおお♪」
そいつはニタァァと笑った。その歯は真っ黒に塗られている!
――今時お歯黒かよ!――
あまりに気持ちが悪い表情に、奏が少し表情を引きつった時。
ダダン!そいつが体制を前のめりにして地を蹴った。持っているステッキから細い剣を抜きながらすごい速さで走って来る。そして20メートルくらいある間合いを瞬時に詰める!
――な!仕込みステッキ!?――
お歯黒が細身の仕込み剣を振りかざす。
ブンっ!奏は斬りかかってきた縦振りの初太刀をどうにか右へのサイドステップで躱した。
「このっ!」
奏はお歯黒の脇腹にパンチを繰り出したが数メートル後ろに飛んで躱された。
――くそ・・・なんだこいつ・・・早い!――
「ふふ・・・流石に、ちょっとはお強いんですねぇ?」
バッと振り払った細剣から赤い血が地面に飛沫とぶ。
ピチャ!
――なにっ!――
奏の右肩が少し抉られていた。幸い傷はカスリ傷程度でたいした事はない。奏はお歯黒を睨むと声を張った。
「はっ、なんのつもりだ!」
奏は喧嘩なら腐る程した。だが今までは一方的な強さでねじ伏せた喧嘩だ。
対等、あるいはやや不利の喧嘩に緊張感を覚え、同時にそれに増す恐怖を感じた。
「あなた?これをただの喧嘩とか思ってないでしょうねぇ?」
相変わらず気持ち悪いお歯黒を見せつけながらニヤニヤ笑い、細剣にまだ少し付着している奏の血をぺろっと舐めた。
「じゃあなんだ!」
奏はイラッとし、戦闘体制を構え直した。しかし少し拳が震えているのが自分でも分かってしまう。
「こ・・ろ・・し・・あ・・い♥」
「はぁ?」
「あなたが狙われる理由なんて腐る程あるじゃない」
――まぁ・・・確かに・・・財閥の一人息子だしな・・・――
お歯黒は7メートルくらいの間合いの円を歩きながら
「そうね~。虚神家財閥の資産を狙うもの・・・虚神家に恨みのあるもの・・・・」
少し間を含み。一瞬の緊張がよぎった。
「神者候補であるこ♥・・・と♥・・・・・とか!!!?!」
――な!神者を知っている?こいつ!フェイカーってやつなのか!?――
ドン!土煙を巻き上げるほどの踏み込み!お歯黒はさっき以上のスピードで向かってきた。
右手に持った細剣を体の左側に構え、攻撃の間合いが迫ってきた。
――マズイ!――
奏が咄嗟にかわそうとしたその時、
ガキィイン!
「・・・・!・・・・」
美しい氷の刃が突然眼前に現れ、お歯黒の細剣を防いだ。
「なっ!」
お歯黒は数歩後ろにバックステップで距離をとった。そして視線を違う所に向けた。
「あらら?まさか本物の神者さんが登場かしら?」
お歯黒が嬉しそうににやけて言う。すると、公園の入り口からプキがひょこっと現れた。
――あいつ。プキなのか?――
体中から冷気が溢れ、目が青白く輝いている。
「あなた・・・私のパートナーさんに何してるんですか!・・・・」
少し怖々とした表情で怒りを簡単に読み取れる程のオーラを纏っている。
というか、あれ?・・・ちょっと怖い・・・
「うふふ。神者と神者候補。2人殺せば伊邪那岐様に褒めてもらえそうだわ♥」
お歯黒は相変わらず不気味にニヤつく。しかし今のプキに逆なでする言葉は御法度だった。
「そんなことさせません・・私!怒ってます!あなたなんか八つ裂きです!」
プキは顔を強ばらせ、指先に青い光の軌跡を描きながら手を上にかざした。
キィィィン!
すると、公園付近の水の出る至る所から冷気が発され、みるみるうちに美しい氷の剣が精製されていく。数十本くらい!?の氷剣が円を描き宙を舞う。それがお歯黒の周りを囲む。
「なによこれ!?」
お歯黒はとてつもなく動揺し、剣を地面に落とした。
「真っ黒さんは死刑です!」
プキがお歯黒に向かって手を振りかざした瞬間、氷剣の刃先が全てお歯黒に向いた。
ヒュンッ、っと音をたて無数の剣が四方からお歯黒にむかっていく。
ドドドドドォォン!公園の地面が割れるような轟音とともに土煙が舞う。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
お歯黒の断末魔。奏は状況がつかめない。いや・・・なんだこの状況は!
サーッっと土煙が晴れた時、お歯黒は見るも無残にボコボコになっていた。
――?――
てっきり切り刻まれているかと思った奏は少しホッとした。
「安心して下さい奏さん。ちゃんと剣の刃先は鈍器のように変えておきました」
鈍器ってどうなの?とか思いながらも危険を回避できた安心感か、力が抜けてどうでも良くなった。にしても・・・プキがこんなに強いなんて・・・
「さぁ、家に帰りましょう!」
奏はプキに手を引かれ、言われるがまま帰宅した。
「結局。あいつはなんだ?フェイカーなのか??」
奏はリビングのソファーで紅茶を飲みながら一息ついた。
「いえ違います。あれは多分フェイカーでも能力値異常者でもないと思います。
訓練された使い捨ての兵じゃないでしょうか?」
夕御飯の仕度をしながらプキは言った。初日のご馳走以来、なぜかプキが夕飯を作るように決まった。盛りつけのセンスがなく、見た目はアレだが味はイケる。
「使い捨て?なのにあれだけ強いのか・・・・・!?」
先の戦闘で、その使い捨てのお歯黒に負けそうだった奏は悔しがる。
「いえ、かなり弱かったと思いますけど・・・」
プキはフライパンを振り回しながらキョトンと答えた。
「え・・・そうなのか・・・」
奏は今までの相手を圧倒していた分、井の中の蛙の気分だった。あれで弱いのか・・・
剣閃も見えなくもなかったし、反応ができない訳でもなかったが、【弱い】という部類には到底思えない強さだった。
「だから私が来たんですから。あとちょっと遅かったら危なかったです!」
「・・・・・・・・」
――確かに危なかった。というか女の子に守られるってどうなんだ・・・――
やっぱり奏は悔しくなった。
「っつか、伊邪那岐様とか言ってたけど誰だ?そいつ?」
話を紛らわす意図もあるが、奏はさっきのお歯黒の言葉が気になった。
「伊邪那岐・・・ですか??多分イザナギ イリアって人のことです。現在確認されている第一のフェイカーですね」
「フェイカー?そいつの手下がもうこっちに来てるのか?」
奏はお歯黒以上に強い奴に狙われているかも知れないことに恐怖を感じた。
「ん~~。確証はまだないんですが、もしかしたらそうなのかも知れません。
でもそんなに怖がることはないですよ!」
恐怖を悟ったようにプキが気遣ってくれている。
「怖がってなんかない・・・」
――・・・いやでもちょっと怖いか・・・情けないけど・・・――
「ふふ」
プキは奏の捻くれを笑顔で流した後続けた。
「実はですね、奏さんは能力値異常者の中でも突出していて神者候補、という能力者の中でも特に特別扱いをされているんです。けど、今は潜在能力の10%もだせてないと思います!」
不器用に盛り付けながら言った。ほんと綺麗に盛れる感性があれば良かったのにな・・・・ん?
――なんだと?――
「俺が10%の力もだせていない?」
奏は妙な期待を感じて声を張った。
「はい。だって奏さんは検査結果では私より潜在能力値が高いんですよ?神者より高いとかすごいですよね」
「・・・!・・・」
――さっきのコイツの強さよりも俺に眠ってる力の方が上?――
「ってことは、力を磨けばお歯黒も倒せるってことか?」
少し希望の光が見えてきた気がした。別に戦いたい訳じゃないが、あんな気持ち悪い奴らに狙われているなら抵抗する力がいるからだ。正直あんな奴らがごろごろいることにビビっている。出来る事なら何事もなく過ごしたいが・・・
「モチのロンです♪でも能力値異常者やフェイカー相手なら分からないですけど・・・」
「そんなに強いのか?・・・」
「はい・・・だからこその最低2人行動。ツーマンセルという訳です」
なるほど・・・確かにお歯黒よりも強いのが大人数で来たら一人では問題がある。というより勝てる気がしないのが今の奏の正直な気持ちだ。
――でもそんな奴が来たら俺は役にたつのか?――
「できましたよ~奏さん♪」
夕飯を用意したプキが笑顔で呼ぶ。
「・・・悪いな」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ご飯を食べながらの会話。
「おい、あのお歯黒どうなったんだ?」
もぐもぐ。プキはおかずを口に含んでいた為、喋ろうと必死で噛んでいる。
「・・・・・・・・・」
ごくん。
「あの人は・・日本本部のエージェントに引き渡しました」
「そっか・・・・」
奏は口につけようとしていた汁椀をテーブルに戻した。
「・・・・・俺が強くなるにはどうしたらいい?」
「ん~今のうちは私が守りますけど・・・そんなに早く強くなりたいんですか?」
「女に守られようなんて思わない。命を狙われてる現状を理解できないほど馬鹿じゃないからな・・・」
もぐもぐ
「・・・・ぅぐ・・・」
ごくん
「そうですよね!奏さんは綺麗ですけど男の子ですもんね。
ん~強くなりたいですか・・・では近々本部に顔を出してみますか?」
口の周り最悪だなコイツ。
「本部・・・か・・・早い方がいい。土曜日に行ってみる」
と言いながらティシューを数枚手に取りプキに渡した。
「あ!ありがとう○△ざ×ぃ□○ます!うふふ。奏さんはツンケンしてるのに優しいですよね。
学校休んで明日行くか!とかもならないですし。真面目で優しくて。ほんと素敵な人ですね!」
ティシューで口周りを拭き終わった後、プキは満面の笑みで言う。
ぶわっああぁ
奏は顔が赤くなった。それも沸騰しそうなほどだ。体温の上昇が分かる。
――こいつ!真顔で何てこと言うんだ!――
動揺を隠しきれない。
「あっ。応急処置だけしかしていないので、食後ちゃんと処置しますよ?幸いほんのカスリ傷でしたので良かったですが・・・。」
「あ・・・・あぁ・・・わ・・分かった・・・」
まだ動揺してる。ホント直球に弱いな俺・・・というより女に弱いのか。こいつは平然としてるし意識している俺がバカみたいだ・・・なんて思いながらもまだ鼓動が鳴り止まない。
「あれ?そう言えば週末って自然ペアが来るとか言ってましたよね!?」
プキはキョトンとした顔で次々話題をふってくる。
「ん・・?そうだったな・・・まぁ俺に会いたいならいずれ何処かで出会うだろ?」
乱された心を落ち着かせながら奏は考えた。
――自然ペアか。大地と草木・・・プキクラスに強い奴らなのか・・・プキの氷の魔法を見たから流石に疑うのも無理がある・・・どんな強さなのか一度は見ておきたいな・・・――
「そうですね!出会うことをオススメできる2人じゃないですし」
プキはジト目でフッと苦笑った。
「ん?問題があるのか?」
「いや~・・・問題とかの問題じゃないっす」
と。まだジト目だ。
「・・・・・・・・・・・」
「どういう意味だよ」
「会えばわかりますよ~・・・」
あれ・・・・・・まだジト目ですよ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
二日間、平凡な日常を送り土曜日の朝!プキがいる以外は変わりない生活だった。
ほんと何もなかって良かった!・・・奏はホッとしていた。
「奏さぁぁん!いきますよ~~」
玄関で、俺の家の衣装部屋から服を選んで着てきたプキが呼ぶ。
やっぱり良い服来たら見違えるもんだな。ちょうど女物の服を残してて良かった。
「あぁ」
奏も私服に着替え、ペンダントを首からぶら下げて家を出た。
「あっ。ちなみにここからですと電車で1時間です!」
――そういや場所聞いてなかったな――
「1時間か・・・なんだ、意外に近いんだな」
「水雲(もずく)駅から歩いてちょっとです。」
「水雲駅!??あそこは山ばっかりのところだろ?」
「そうですね~。すっごい田舎ですよ。
都心だと戦闘が起こった時に民間人さんに被害がでる可能性がありますから・・・」
それは納得。あんな力を使うやつらがやりあったら街が壊れるだろう。
「じゃあ行きましょう!」
妙にはしゃぎながらプキが言った。
「あぁ・・・」
2人は水雲駅に向かった。
―南改札前―
ピッ ピッ
「あれ?お前のカード。見たことないな?」
ちなみに奏のカードは虚神財閥専用の万能高級カード。大抵何にでも使えるカードだ。買い物、電車、飛行機、とりあえずこれがあれば何もいらない使用になっている。
「これですか?神者専用のカードです!」
「神者専用カード?」
「はい!電車飛行機旅客船。なんでもタダで乗り放題のカオスなカードです!」
プキは誇らしげにカードを掲げた。
「しかも予約なしに最優先で乗れる悪魔な一面もあるんですよ~」
ヒヒヒっと笑わんばかりの顔をする。
「なんだ・・・俺のカードと変わらないな・・・」
!!!!!!!
「なんですって・・・・・・・」
プキは分かりやすく愕然と肩を落とした。
「ん・・・どうした?」
「い・・・いえ・・・なんでもないです・・・」
優位に立っている感を味わうつもりで温めてきたネタだった分、ショックがあったようだ。
「おい。遅れるぞ。早くしろ」
「はい・・・今行きます。」
プキはトボトボ電車に乗った。
ガタンゴトン ガタンゴトン
「田舎方面は鈍行しかないのが痛いな。特急ならすぐ着きそうなのに」
窓際に肘をかけ、外を見ながら奏は言った。
「そうですか~!?私はこういうのも好きですよ」
反対側の席で、車内販売で買ったポッキーを食べながら嬉しそうに足をプラプラさしている。この電車は鈍行でも車内販売がある珍しいタイプの車両だ。
車内販売といえば・・・・これは少し前の出来事・・・
「まぁ!こんな田舎行きには似合わない綺麗な姉妹さんねぇ?」
車内販売のおばちゃんが2人を綺麗な姉妹。つまり女と思って接してきた・・・
「そんなことないですよ!」
プキは笑顔で普通に答える。
「あら、謙遜しちゃって。変な男に寄り付かれないように気をつけなさいよ~。」
話をした義理で一応ポッキーを買った。そしてひと駅過ぎた時。その変な男がやってきた。
「おねえちゃん達実家にでも戻るの?俺もついて行っていいか?」
チャラい。とにかくチャラい男が2人組で奏達に話しかけてきた。
「はは!ケンくんぶっ飛びすぎだよ!そりゃ女の子も構えるってぇ~。順序ってもんがあんだからさぁ」
そう言いながら1人の男が奏の傍に座った。奏は無視の体制だ。肘をかけて窓の外を見続
けている。流石に公共の乗り物で喧嘩はしない。
その姿はまさにクールビューティ。無視しているだけなのだが、チャラ男達には高貴な大人
の魅力を放っているかのような錯覚をさせてしまったようだ。
「は・・・半端ない・・・」
ゴクリとつばを飲み込むチャラ男2人。奏の美しさに視線を釘付けにされている。
「むぅ~」
当然。プキは本物の女なのに全然興味を持ってもらえないので膨れている。
ジト目でぷっくりしているプキは可愛いのだが・・・
「あの・・・少しだけでもお話してもらえませんか?」
チャラ男も奏の空気に飲まれて敬語になっている。まぁ空気も何もただ無視しているだけ
なのだが。いい加減奏もイラついてきた。喧嘩はできないのだが目で訴える。
「失せろ」
目を細めチャラ男達に厳しく言い放った。
ズキュン!
なんという破壊力。この美貌このオーラから放たれるマニアには待ちに待った冷たい言葉。
「ぐっ!」
チャラ男二人のハートを無数に打ち抜いた。というより破壊した。
「わ!わかりました!ありがとうございました!」
声を揃えて去っていくチャラ男2人はどこか満足気だった。
「うぜぇな・・・」
ぼそっと奏は言い放つ。そして視線を感じた。
じーーーー
プキのジト目は健在だったみたいだ。
「な・・・なんだ?」
「なんでもないですよ」
そう言いながらも見続けるプキ。
――なんなんだよ・・・――
で。今にいたる。まぁ確かに。こういうのもいいかもな。チャラ男の登場は余計だったが。
なんて思いながらゆっくりと移り変わる景色を眺めていた。
すぐに通り過ぎて忘れていく景色を、一つ一つの思い出と重ね合わせていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おとうさま!おかあさま!お庭の石におとうさまとおかあさまを描きました!」
「おぉ!上手いな○○○は!」
「ほんとね。○○○はなんでもできるわね~♪」
「ほんとぉ?」
「あぁ!おとうさん達の自慢の息子だ!」
「大げさなぁ。○○○のプレッシャーになるようなことは言わないで下さいよ。
○○○にはのびのびと育ってほしいんですから」
「はっはっ!すまない。○○○?のびのびそだつんだよ?」
「うん!」
「だから変な言い回しはよしなさいって」
「はっはっはっ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
な・・・・・・・・ん・・・
か・・・・で・・・・さん!
「奏さん!」
はっ!
プキの必死な呼びかけにようやく気がついた。
「起きてください次の駅ですよ~?」
プキは無抵抗の奏のホッペを何故か嬉しそうにぷにぷにと指でつついている。
――なんだ・・・・寝ていたのか・・・・――
「悪い」
「ほら!あの山の麓にあります。」
と減速していく電車の窓の外を指差した。
――まだちょっと寝ぼけてるな。疲れてるのか・・・・
それとも気が抜けているのか・・・あんな夢を見るなんて・・・――
水雲駅~ 水雲駅~
プシュー
「着きました!」
プキは元気良く飛び出した。そのあとに続いて降りた奏は目の前の景色を見た。
「うわっ・・・ほんとに田舎だ」
辺りは一面山。山。山!おぉ!家もほとんどない。見えるのは1・2・3・・・・9件の家だけ、どれも古い建築方式の平屋建てばかりだ。
「実はあの家の住人はエージェントだったりもします」
耳元でプキが囁く。
ばっ!
――だからひっつくなって!――
・・・っていい加減少し慣れてはきたが、一歩引いた。
「・・・じゃあここの駅はほんとにローゼンクロイツのための駅なんだな」
「正確にはローゼンクロイツ用の駅にした。
が正解です。前の住人さんには多額の賠償金で移動してもらったそうです。」
「まっ・・・先住居者も得だろうしな」
「ですかね?さぁ行きますよ~!」
二人は農道をコテコテと歩いていく。途中見えてくる住人を注視してみたが、農作業をしている人たちは本物に見える。とてもエージェントには見えない。
「あそこの神社の境内から入ります」
10分ほど歩けばすぐ見えてきた。
その神社は周りをとても大きな杉の木でかためられていて神秘的だ。地を這う大きな木の根が妖美な雰囲気を作り出している。苔が至るところに生育していて年季を感じ取れた。
真紅の鳥居は鮮やかで神々しさを放っている。何より大きいというのも理由か。
鳥居、杉、大きさのあまり天を見上げてあちこちを見てしまう。
「なんか、作り物みたいな空間だな」
「作り物ですよ!敵襲来時の迎撃用設備が張り巡らせられているらしいです」
奏と一緒に天を見上げ、ケロッとした表情で答えるプキ。
――・・・すごいな・・・――
奏はしばらくうろうろと辺りを観察していた。
「ここですよ~」
プキは趣のある神社境内の扉を開け、中で手招きしている。そこに歩いていくと、
ぶわっ!境内に足を踏み入れた瞬間、部屋の四方に4人の男が現れた。というか最初からいたのか!?それらは全員神主のような服装をしている。そして部屋の中心部にはうっすらと描かれた魔法陣の様な絵を確認できた。プキは中心部に奏を引っ張り一人の神主っぽい人に言う。
「お願いします!」
――なにをだ?――
すると4人の男達が何やら呪文の様に思える言葉を唱え始めた。
キィィィィーーン
唱える呪文に同調し、二人の足元にある六芒星の魔法陣が紫の光を出しながら輝き始めた。
突如光に包まれるはめになった奏は動揺した。
「なんだよこれ!」
「大丈夫ですよ」
プキがそう言いながら手を握ってきた時、
パァァァン!
魔法陣の円の部分がひどく輝きを増し、柱のような神秘的な光に包まれた瞬間。心地よい音を立て、細かく綺麗な粒子になって弾けて消えた。奏は光で霞む視界を断つ為に、深く瞳を閉じた。
「・・・・ん・・・」
「目を開けて下さい!つきましたよ?」
プキの呼びかけに反応し、不覚にもビビって閉じた目を恐る恐る開いた。
フワァッァァ!
風が勢いよく自分を押し上げ、通り抜けていくような感覚になった。
――す・・・・すごい・・・――
今奏が立っている所はどこかの崖の上みたいだ。崖といっても岩で固められた冷たい所ではなく、緑が鬱蒼と茂る温かみのある場所だ。その高みから見下ろす風景。
何キロにも及ぶ広大なる草原、そして気持ちの良い青空。流れる雲は純白で色濃く、残りの9割を占める青は一点の汚れもないくらいに真っ青だ。その草原の中心にあたる場所には異質な建物が4つそびえている。屈託のない黒の建物だ。形、大きさはそれぞれ異なっているが、遠目から見てもその大きさは容易に感じ取れる。
奏には美しい自然と繊細に作りこまれた人工物の奇妙な兼ね合いがとても美しく感じられた。
「・・・ん?」
奏はその空間に疑問をもった。肌に触るあの感覚がない。
「か、風がない?吹いてないとかじゃなく、風がないのか?」
そう、ここには風が吹いていなかった。時が止まったかのように草原の草たちも少しも揺れてはいなかった。
「はい!ないですね。ここは地下施設ですから!」
プキが答える。
「地下施設!?空も草もあるのにか?」
奏は驚きながら辺りを見た。今いる空間が地下にあるなんて到底考えられないほどの作りだ。
「草は本物です。特殊な処理を行い植えてるらしいです。酸素を作りだす補助の一貫らしいですよ。ここ最近で草木の神者さんが手を加えてくれてます。あとあの空は偽物。映像みたいですよ♪」
プキはちょっと自慢げに話した。
「こんなところが地下にあるなんて・・・」
「さぁ歩きますよ~!」
プキは勇足で前を歩きだした。
「・・・けっこう建物まで距離があるんだな」
空間が大きいのもあるがかなり遠いような視覚の錯覚に陥る。歩く道は歩きやすいし問題はないのだが。プキはせっせと前を歩き余裕で答える。
「ん~、1キロもないと思います」
「1キロ?・・・本部に行くのはずいぶん面倒なんだな・・・」
はぁ~。っと奏はだらしない顔をしながらため息をこぼした。
――というかこの地下施設・・・どれだけ広いんだ――
「すみません。本部内転送もあるんですが、外観とかも興味ないかな?って思ったので・・・勝手に外に飛ばしてもらいました・・・」
プキはシュンとした。後ろ姿からも分かる位に落ち込んだのが分かる。
「はっ・・・まぁいい。面白い景色が見れた」
奏は焦ってさらりとフォローする。
「ほ!ほんとですか!?よかったです!ぶっ飛ばされるかと思いました」
と振り向きながらプキは一気に明るくなった。というか・・・
――ぶっ飛ばすってなんだよ・・・その俺のイメージ・・――
「あの4つの塔はそれぞれ役割が違うんですよ~!指令塔。訓練塔。宿泊塔。あと一つはなんだったかな・・・あっ、医療塔です。詳しい説明は忘れましたがそんな感じです!」
「俺たちが行くのは指令塔か?」
「はい!正面のちょっと大きい塔ですね!」
2人は1キロの道程を少し汗をかきながら向かった。
「はい!着きました~!」
奏のハンカチを借りて少しかいた汗を拭いながらプキの声。
「ふぅ~・・・無風の1キロはやけに疲れるな・・・蒸せる・・・」
奏は服の袖で顔を拭った。
「ようこそ虚神奏さん・・・とプキさん。今すぐ開けますので少しお待ちください」
扉から機械的な淡々とした声が聞こえてきた。
「今のはレヴィさんですね。久しぶりに皆に会えます♪」
と。プキはとてもうれしそうにしている。
ガチャン!重厚な扉が無機質な音と共にゆっくり開いた。中に入ると数歩先に何かの機械のような台がポツンと配置されていた。どうやらセキュリティ管理をされたカード差し込み用の機械みたいだ。プキはすかさず胸のポケットから電車の時のカードを出してきた。
「神者カードはここでも使えます。虚神カードでは無理でしょう?くくく」
――なんで得意気にドヤ顔なんだよ――
「はぁ・・・早く開けてくれ」
奏は呆れ顔でプキを急かす。
「ふふふ、では開けます。」
ピピッ
「カード認証」
シュバッ。カードをスライドさせた傍にあったパネルがグリーンに光り、透明のガラス扉が開く。やっと中に入れる。後で知った事だが、この指令塔は28階もある。地下施設に28階ってどんだけ深いんだこの地下施設は・・・
「このエレベーターを使います」
とプキが建物の中心部に位置するエレベーターへと案内する。エレベーターは全部で4台あるようだ。建物中心部に通った大きな円柱の柱の四方にある。まぁ秘密施設っぽい味気ない施設内だな。そう思いながら奏はエレベーターに乗った。
「では指令室に」
プキは27階のボタンを押した。エレベーターの登る速度はとても早く、27階までほんの一瞬のように感じられた。
シュバ。高速でドアが開く。エレベーターを囲むように大きなワンフロアが広がっていた。
そして、目の前の少し特別な椅子に見知った女性がいた。
「まぁ~いらっしゃい虚神さん。プキさん」
クリスだ。その近くには、何台もある機械の画面を見ながらせっせと仕事をする女の子と、反対側でこれまた機械を操る男の子。後方には他にも通信員らしい人が何人も仕事している。
一番の関心はクリスの傍に凛とした構えで立っている大男。2メートル以上はあるのか?
百戦錬磨なオーラがゴォゴォと漂っている。
「みなさんお久しぶりです!」
プキがウキウキであいさつ。そしてほらあなたも的な感じで肩を押してきた。
「・・・・・・・虚神・・・奏です・・・」
――あぁ・・・・こういうのはなんかダメなんだよな――
奏はうつむき加減に不貞腐れつつモジモジと答えた。
「はい~。いらっしゃい。虚神さん」
優しい声で答えるクリス、この人の声は回復魔法みたいに癒される声だ。
「お前が虚神か!?」
巨漢が口を開いた。
「・・・・あぁ・・・」
奏はまだふてくされているようにも見えるが、内心はただビビっているだけだ。とりあえず怖い見た目、声の大きさ、とりあえず無理・・・って直感が働いた。
「クリス。神者候補の一人と聞いたがまた女だったのか?」
――またこのやりとりか・・・――
「いえいえ~。可愛らしい妖精さんみたいですけど男の子さんですよ~」
奏はイラッとしそうだが、この声ならなぜか許せた・・・が・・・。
「世の中分からんな。こんな弱そうな男がいるとは!こんな奴が本当に神者候補なのか」
バカにするような巨漢の言葉にはいらついた。
「この!・・・」
冷静な一瞬の判断。いくらコイツが巨漢の百戦錬磨に見えようと、今までこれくらいの大男はねじ伏せれた。能力値異常者でもないコイツなら。
――少し驚かしてやる!――
強く足の指先で地面を蹴る感覚。
キュッ!フロアの床が摩擦の音をだす。
――みぞおちに一撃だけ!――
奏は拳を構えながら前のめりの体制で加速する。
「まぁ!」
「かっ!奏さん!」
2人の声など関係ない、一撃を当てる!・・・・・ハズだった・・・
バシッ・・・楽々と振り抜く拳を躱して手首を掴み持ち上げられた奏。プランプランと大男の眼前で揺れている。
「ほぅ。確かに男らしいとこはあるな!この俺に挑むとは。気に入った!」
鼓膜が震える大きな声に、またも奏はおののいた。
「羆(ひぐま)さんに勝てる訳ないですよ!奏さん・・・」
「羆さんも能力値異常者。ましては肉弾戦のプロフェッショナルですよ~」
と2人の声。
――なるほど・・・先に言ってくれ・・・――
「それで?お二人はどうしてここに来たのですか~?」
事態もひと段落し、優しいクリスの声。
「いや~。実は奏さんが ブフッ!
俺から言う!と言わんばかしにプキの左脇腹に軽いワンパンを入れた。
「実は・・・だな・・・」
いざ強くなりたいのできました!って言うのも恥ずかしいものだ。
「ま・・・・前に・・・お歯黒の奇妙な奴に殺されかけた・・・」
――とりあえず遠回りにいこう・・・――
「それなら聞きましたよ~。大変な目に合いましたね~。
護衛の二人も何をしてるんだか~。きつくお叱りしときましたよ~」
――護衛の2人?プキだけじゃないのか?――
と思ったが今それは関係ない。どうにか伝えるのに必死だった。
「あ・・・あぁ・・・それで少し思った・・・」
よしうまい流れだ。そう思った時、いらぬ奴が・・・
「そうかそうか!!それで悔しくて強くなりたいって訳だな!?ははっ!本当に中身はれっきとした男のようだな!虚神ぃぃぃ~!」
がぁ~~~皆まで言うな・・・・皆まで言うな~・・・奏は頬を赤め、下を向く。
「クリス!そういうことらしいから少しの間、俺が稽古をつけてくる!かまわないか!?」
羆の強引なノリには対処方法が見当たらない。おまけに強いからな・・・
「はい~、訓練塔の使用を許可しますね~」
優しい声よ・・・少し罪だ。
「よっしゃあ!奏さん!強くなりましょうね!」
プキが握り拳を掲げ、眼光に炎のようなものを燃やしている。
――思えばこいつも羆よりの人種だな・・・――
奏はズルズルと訓練塔に強制連行された。
訓練塔は階層21階。階層ごとに違うシュチュエーションのバトルフィールドが設置されていた。ちなみに2階は訓練用の模擬武器の階、3階が真剣などの実践武器の階だった。
「虚神、ひとつ言っておく」
1階の休憩施設手前で羆が急に真面目な声をだした。
「なんですか?」
ここは一応敬語で。奏は羆を見上げた。
「クリスの期待に答えてやってくれ」
本当真面目モードだ。
「期待って、どういうことだ?・・ですか・・・?」
「裏切らないでやってくれ、見限らないでやってくれ。これは単なる俺個人のお願いだ」
「・・・・・・・?」
奏は少し固まる。急にそんな事を言われても何がなんだか分からない。羆は続ける。
「多分お前は聞いてないだろうから教えておいてやる」
「えっ?羆さん!いいんですか?」
プキは戸惑い声をあげた。
「あぁ・・・虚神。能力値異常者の話は聞いたな?」
「10何人がどうとかって話ですか?」
「そうだ。あの人数は正直なところ、仲間になる可能性のある者の数だ」
「どういうことだ・・・・です?」
奏は慣れない敬語にちぐはぐしている。
「18人!検査で発見できた能力値異常者の数だ。接触は9人。そのうち2人が死亡。7人はローゼンクロイツに所属した。俺もその一人だ。それは聞いたな?」
奏はコクっと静かに頷いた。
「だがな、推定だが。あとその三倍はいる可能性がある」
「・・・三倍?18人を入れての三倍か?」
「いや、抜きの三倍だ。あと50人以上いるかもしれない」
「50人?」
「もちろん推定だ。しかし検査を受けてない奴は何人もいる。もっといてもおかしくはない」
「数が多かったら何かまずいのか?」
「あぁ、政府の行動に反発する者。世界規模の無償強制検査をパスするやつらだ。イレギュラーの可能性は視野にいれるべきだろう?」
確かにそうかも知れない・・・あの検査の行業しさはかなりのものだった。アレを何知らぬ顔でパスするのはなかなかの神経の持ち主だろう・・・そしてふと奏は思った。
「てことは、50人以上の敵が潜んでるってことなのか・・・?」
「察しがいい奴は嫌いじゃないな。そうだ。だから俺たちも神者、能力値異常者を集めている。仲間となりうる人材を」
――なるほど・・・ある意味では戦争って訳か・・・――
「それで?クリスの期待はなんだ?」
「・・・・・・世界平和だ。あいつはあの若さで戦争の責任と重圧を背負って生きている。
本来、ずっと優しく有り続けれるはずがないんだ。クリスのあの姿勢に共感している者も少なくない・・・虚神。お前はどうだ?」
巨漢に似合わぬ切ない表情を浮かべ、歯に力を入れて喋る羆の言葉はとてつもなく重く、クリスへの忠誠心が感じられた。
「さぁな・・・」
奏はなぜか照れくさくなり、愛想のない返事を返した。
「そうか」
それなのに羆は優しく笑いながら奏の頭をなでてきた。
「ようするに、ローゼンクロイツに所属して、世界平和の為に戦えばいいんだろ」
奏は羆の腕をはらいながら嫌味混じりに言った。
「違う!」
その言葉に対し羆は大きな声をだした。
「戦いたくなければかまわない。ただ、悪には染まるな!それさえしなければ俺たちが悪から守ってやる!」
力強い言葉だ。
「お・・・俺がもともと敵側だったらどうする気だ?本部に簡単に連れてきて、少し軽率じゃないのか?」
奏はまだ嫌味な言葉をぶつける。だが羆はまた優しい顔をした。
「プキが一緒に過ごし、お前をここに連れてきた。仲間を信じずに何を信じるんだ?」
・・・・・・・・・・・・・・・!
「・・・・・・・・・・・・・」
――なるほど・・・一緒だ・・・クリスもコイツも・・・――
人を信じる術を知っている。そして人を信じる事を恐れていない。奏は自分とは違うその
感覚を少し妬ましく感じた。そしてプキも・・・
――・・・くそ・・・――
「あぁそうだな!」
なおも憎まれ口を叩く奏。ほんとにひねくれ者だ・・・
「戦い・・・教えてくれるんだろ?」
羆はニカッと笑った。
「くそ生意気なガキだ!気に入った!訓練だ虚神!」
プキはキョトンとした顔で2人を見ていた。
訓練塔2階フロア 模擬武器の階
「どれも本物に見えるが違うのか?」
奏は置かれているサーベルを手に取り不思議そうに言った。ここには数え切れないほどの武器が置かれている。そのどれもにローゼンクロイツの紋章が刻まれている。
「あぁそうだ。特殊な加工を施してある。斬るというよりは殴る。鈍器みたいな攻撃ダメージを与えるものだ」
羆はそう言いながら一般サイズの西洋の剣を手にとっている。ショートソードに見えてしまうのは・・・羆の巨漢を物語る。
「お前は体格がないからな・・・・短剣を使うか?別に長剣でもいいが?」
一応親切心だろうから怒ったりはしない。
「この刃先が櫛みたいになってる剣はなんだ?」
奏はそれを手にとった。
「それはソードブレイカー。相手の剣を折ることもできる短剣だ」
羆は奏に近づきながら説明を始めた。
【ソードブレイカー】。剣を使い、敵の攻撃を受け止め、さらには受け流して反撃するといった戦術の剣だ。そして相手の剣を折るといったことができるように刃先がギザギザの形状になっている。ただ剣線を見極めなくてはならない為経験が必要だ。
「ソードブレイカーか・・・まぁこれでいい」
「それにするのか?あまり使いやすいほうじゃないんだがな」
「良い。俺は人を殺したい訳じゃない、自分を守る力がほしい」
羆は少しの沈黙のあとヒゲをジャリっと触った。
「そうか・・・よし。それにしてみろそういやおいプキ!?お前!朧桜はどうした!?」
羆が聞き慣れぬ名前を口走った。
「すみません~!3階に置きっぱなしです!」
プキは武器に隠れながら怖々と見ている。
「あれだけ帯刀して行けって言っただろうが!」
「すみません~~~~~!」
並べられた武器に体を全部うぼめ、すっかり姿を隠したプキが謝る。
――大体の察しはつくな――
ガミガミと怒られたあと、三人は4階のベーシックステージに登った。
エレベーターから羆が先に降りた。そして奏の方に振り返った。
「ここはベーシックステージだ!まぁ見ての通り何もない空間だ。とりあえずはここで訓練をする!」
とりあえず奏はフロアに出た。降りた先には何もない塔の形の丸い空間が広がっていた。
「・・・ん?」
奏は自分の視界の右上斜め奥に妙な細長い物が付いてまわることに気がついた。
「羆・・・さん。これはなんだ?」
「あぁこれか。訓練の制限を与えるステータスバーだ」
――ステータスバー?――
「まぁ簡単に言えば自分の体力を塔のコンピュータが視覚化して表示してくれている。やり過ぎて死ぬことはないってことだ」
――なるほど、親切設計だな――
ステータスバーが気になるかと思ったが、意識して右上斜め奥を見ないと見えてこないみたいだ。訓練はとりあえずプキと奏とのタイマン勝負から始まることになった。
「虚神ぃ!その長いバーが緑色のうちは大丈夫だがオレンジに変わったらとりあえず休め!分かったな!?」
羆は腕を組み、葉巻を加えている。
「それと最初は防御を意識して戦え!」
「・・・・なんで俺ばっかりに言う?」
奏は不満そうに羆に食ってかかる。
「がはははっ!いいから一度やってみろ!」
羆は笑いながら葉巻を吹かし込んだ。
――くそ、俺とプキはやはりそんなに差があるのか。でも確かにあんな氷魔法使われたら――
奏は短剣を構え、プキに鋭い視線を向けた。
「おい!お前、魔法は使うなよ!」
「分かってますよ~。訓練で魔法は使用禁止ですから!」
模擬バージョンのプキの愛刀、朧桜を純白の鞘から引き抜く。刃は波刃、幅はあまり太くなく少し長い。女性用に軽量、リーチ強化しているのであろう。柄に巻かれた茎は白に近い薄紅色をしている。
「安心して下さい!ちゃんと手加減しますよ!」
鞘を捨て、朧桜を両手で持ち、胸の前に構えた。刃先はやや斜め下にしている。
――くそっ――
奏の高ぶった気持ちを理解したのか、羆が声を上げた。
「始めろ!」
先手は奏。得意の踏み込み・・・キュッ!っと加速し間合いを詰める。
奏はさっき選んだソードブレイカーを前方に構えた。突きからのフェイントで左右になぎ払い斬りを加える作戦だ。間合いがあと少しに迫った時、プキが少し微笑んだ。
――なっ!――
プキの刀が奏の視界の右方向から迫ってくる。刀を振るった事にすら気づかなかった。
――馬鹿な!反応できない!?――
奏は自分の限界反応速度でソードブレイカーをがむしゃらにかざした。
ガキィィィン!
火花が溢れるほどの衝撃!どうにか重ねられたものの、これは・・・受けきれない!
華奢な体のプキのひと振りとは思えない重圧。
パァァン!圧力に耐え兼ねた奏の体は激しい反動で吹き飛んだ。
「ぐっ!」
奏は見っともなく地面に転がった。四つん這いになりプキに視線を向けた時にぼんやりと自分のステータスバーが見えた。そのゲージが3分の2まで減っていく。
「そ・・・そんな・・・」
あまりの力の差に奏は愕然とした。どうにかガードはできたのにこんなにダメージをうけている。自身の疲労感がそのゲージの正確さを物語った。
「言っただろ?やれば分かると!」
羆の笑いも今の気分にはしっくりくる。
――くそ・・・情けない・・・――
「驚きました!奏さん!まさか防がれるとは思わなかったです!」
朧桜を鞘に納めながらプキが言う。
「まぁこれが当然の結果だ!だが最悪ではなかったぞ?プキの言う通り初撃を防いだのは良かった!」
――なんとでも言え・・・一瞬も持たなかったのに良いも悪いもあるか。
くそっ・・・ほんとに弱いんだな・・・・俺は・・・――
悔しさがこみ上げた。今まで力を過信していた分ショックも大きい。
「じゃあ訓練の本題だ!今のは実力差を分からせるデモだ。すまなかったな」
そういうと羆は葉巻の火を握り消し、模擬のロングソードを掴んだ。
「プキ、どけとけ~」
適当な言葉を発しロングソードを肩に掲げ歩いてくる。
「虚神ぃ!今からお前を攻撃する。もちろん手加減してやるが・・・死ぬ気で防げ?分かったな」
後半、羆の声は少し真剣なトーンに変化した。
「はっ?」
奏が状況を飲み込む前に羆が加速する。
――やばいっ!――
即座に奏はソードブレイカーを前方に掲げ防御体制をとる。短調な剣線で上段から振り込んでくるのをどうにか視覚できた。
――これなら――
羆の剣線上に自分のソードブレイカーを置くイメージで構える。そしてロングソードが奏のソードブレイカーに触れた瞬間・・・
――無理だっ!――
奏は瞬時に理解した。どう考えても到底受けきれない!重なった瞬間に感じる程だったが、奏は冷静にロングソードを受け流すように自分の剣を斜めに傾けた。
ドォォン!なんとか受け流す事に成功したが、フロアにめり込んだロングソードが威力の凄まじさを物語る。
――くっ!どうにかかわせた――
だが羆の剣は止まらない、めり込んだままフロアを割いて左に避けた奏を追撃する。
すくい上げるように下段から砕けたフロアの破片とともに斬撃がくる。
――無理だって!――
最大の恐怖を感じながらも攻撃を防ごうとソードブレイカーを適当に前に出した。
キィーン!どうにかまぐれで生身じゃなく剣で防げたみたいだったが、奏は数メートル上にいた。衝撃で身体ごと浮いたのだ。
――く・・・なんて力だ――
ドサッ!地面に落ちた奏のステータスバーはすでにオレンジの枠に達していた。
「奏さん!大丈夫ですか~!」
プキが心配して近寄ってくる。奏は苦しさの異変を感じ息を吐いた。
「はぁっっ!はぁ、はぁ・・・」
あまりの戦闘に呼吸をする暇もなかったらしい。奏は犬の様に呼吸を繰り返した。
「虚神ぃ~」
そこに呆れたような羆の声。まぁそぅだろうな・・・たった2撃でこの様だ。
「さすがは神者候補だな!まさか2撃連続で防ぐとは!」
――あれ?いいのか・・・今ので?――
「奏さんすごいです!いきなり羆さんの剣線を見抜くなんて!私あんまり見えなかったです!」
ハシャギながらプキが喜んでいる。
「多分プキの初撃を防いだ時だな。お前の中の潜在能力が少し覚醒でもしたんだろ」
適当な事を羆は言うが、奏は納得できた。確かにいきなり羆の一撃を受けていれば見えなかっただろう。しかし、どうにか視認、対処できたのはプキとの戦闘があったからかも知れない。
「よし!今日はこの調子で訓練漬けだ!体力がなくなったら休憩すれば良い!
できるだけ実践訓練をやるぞ!」
奏の成長に俄然やる気の出た羆が吠える。
「やりましょう~!」
なぜかプキもノリノリだ。ほんと系統の似てる2人なんだな・・・
このあと、プキと羆の実戦稽古、奏の実戦稽古、剣の扱いなど・・・訓練は数時間続いた。
シュバッ。エレベーターの扉が開き、覇気のない顔で奏は指令室に戻った。
「まぁ~奏さん。少しの間にやつれましたね~?」
クリスの回復魔法的な声だ。だが本当に回復とまではいかないな。
「死にかけた・・・」
途切れそうなか細い声でどぅにか台詞をはいた。
「クリス!こいつはなかなか見込みがあるぞ!」
来たときと全く変わらない気力。本当に化物並のタフさだ・・・
「本当疲れました~・・・途中から奏さんの動きが見違えましたよ~・・・」
ヘトヘトのプキは適当なところに腰を下ろした。
「そうだな。後半のこいつはまるで別人だ。やはり潜在能力値を少しも発揮できていなかったんだな」
強くなったってことだろうが羆の声を聞く余裕もないくらいの疲労感を奏は感じていた。
まぁそうだよ。今まで剣なんか使ったこともないし、あんな強い奴らと組手なんかしたことない、ましてや剣の斬り合いだ。身体と神経が疲れない訳がない。
だが少しヘバりながらも奏は一つ疑問をいだいた。
「なぁ・・・羆さん?」
消えそうな声。ほんとに気力メーターが点滅状態だ。
「どうした虚神?」
大きい声がこれまた麻痺した体中によく響く。
「う・・・そういやなんで剣なんか使うんだ?」
「はははっ!確かにこの時代に剣を使うのには疑問をもつだろうな!」
あは・・・やめてくれ大きな声・・・
「理由は簡単だ。銃の利点が少なくなったからだ。」
――どういうことだ?――
声に出すのが辛いので、顔をこばめて疑問の表情をとった。
「能力値異常者。神者。フェイカーの身体能力は極めて規格外だ。
銃の利点。見えないほどの弾速も俺たちからすれば見えてしまうという事だ」
羆は続ける。
「さっきの訓練でお前は俺やプキの太刀筋、剣速を見切れただろう?あれがそれだ!
一般人にはまずほとんど見えない。だから剣などの近接武器を使うという訳だ。
能力値異常者、フェイカーと戦う時に一番有効な手段だ」
確かに、銃より早い奴が存在するなら銃の利点は低くなる・・・
――俺がその立ち位置にいるなんてな、ちょっと化物みたいだ・・・――
奏は自分自身の存在を気持ち悪く感じた。
「なんか・・・人じゃないみたいだな。」
そして思ったことを口にした。
「はははっ!確かに!でもな?虚神。そんな奴らがまだ何人も悪を掲げて世界中にいるとすればどうする?」
羆の意地悪な言い方だ。
でも、悪に負ければこの世界がどうなるか。この力で支配されてしまったらどうなるか。
虚ろな奏の脳内でもすぐに答えが出た、なるほど・・・
「俺たちがぶっ潰す・・・」
「生意気なガキめ!がっはっは!」
うるさい羆の声も関係なく、奏はゆっくり目を閉じる。かすれていく視界の中、プキが見えた。・・・あれ・・・プキはすでに寝ていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
目が覚めた。滲む視界から見えてくる天井は無機質な味気ないタイル調だ。
家のリビングのクロスとシャンデリアじゃない・・・う!
「いたっ!・・・」
奏は体中が筋肉痛というか骨が痛いというかよく分からない痛みを感じた。
――あぁそうか。ローゼンクロイツにいるんだっけ――
眠ってた脳が少し遅れて起きてきた。痛みに伴い体中の触覚も目を覚ます。
そして感じるこの気配・・・・ふ~・・・・ふ~・・・
暖かなそよ風が、一定感覚で左肩付近に放出されている。幾度か覚えのある感覚だ。こんなことをする物体は一人だけだ・・・身体が痛くて動かないので恐る恐る首を回して左を確認した。
――――いぃぃぃぃぃ!!!!!!!!――
「うっ!」
驚愕!そこにあるのは黒髪ではなかった。対称的な銀色の艶髪・・・
そういやどことなく優しい香りも漂っていて良い匂い・・・
――じゃなくてっ!――
奏は脳内一人ツッコミをした。ってそれこそそれどころじゃない。
「クリス!・・・さんっ!何してんだよ!?」
正体はクリスだった。いやしかし何故ここに!ピクッと反応をし、クリスが寝起きの顔を上げる。
「あぁ~~~、奏さん~。おはようございます~・・・・・」
目をだらしなくゴシゴシしながらベットの上にチョコンと座った。パジャマだろう、サイズが大きいせいか、右肩から少し崩れていて真っ白な肌が見えている。これはマズイ!
「おはようじゃなくて!なんでここにいるんだよ!」
まだ身体が痛いので即座に飛び起きれない。ついでに顔は真っ赤っかだ。
「いや~~。奏さんの様子を見に来たんですけどあまりにも寝顔が可愛らしくてですね~・・・。見ていたら眠たくなってきたんですけど。女の子みたいだからいいかな~ってそのままゴロンとさせていただきました~」
眠たそうにハニカミながらニコッと笑うクリスはとんでもなく可愛い。
こう思えるのは俺が男って事な訳で・・・・でも女みたいに思われてて・・・
なんて訳の分からない事をテンパりながら考えて、クリスを赤い顔で見ていた。すると、
ウィーン。部屋の自動ドアが開きだした。誰か来たのか!?この状況はまずい!と考える間に羆がズケズケと入り込んで来た。
「ここにいたのかクリス!!いつまで寝てる!早く指令室に来い!」
寝起きに羆のビッグボイスはとてつもなく効く。それでもクリスは寝ぼけたまま羆に引きづられていった。
――あれ・・・なにもなしか・・・――
動揺し言い訳を頭の中に連想しつくしていた奏は助かった気がした。流石に何か言われると思ったが・・・それにしても奏はすっかり目覚めてしまった。う~ん、と沈黙しているとプキが元気に入ってきた。
ウィーン
「おはようございます!奏さん!身体は大丈夫ですか~?」
「・・・あぁ。おはよぅ・・大丈夫だ」
一時前の恐ろしくも良い思い出を整理しながら適当に返事をした。
「・・・・・・」
「な、なにかあったんですか?」
首を傾げ怪しむプキ、こういう所は察しがいいんだなこいつは・・・
「なにもない」
奏は痺れる身体を叩き起し、指令室に向かった。
さっき寝ていたのは宿泊塔だったらしい。ここには中心部にエレベーターと非常用の魔法陣が配置されていた。就寝時に狙われた時用の緊急脱出転送装置らしい。実は他の塔にも何箇所かは魔法陣があったみたいだ。17階ありワンフロアに12部屋ある。最上階にクリスの部屋があったらしんだが、何で8階の俺がいてたとこで寝てたんだよ・・・っと悩む奏。
シュバッ。そして指令室だ。
「おはようございますプキさん。虚神さん~。朝はすみませんでした~」
優しい声ですこ~し申し訳なさそうに謝るクリス。
「朝ってなんですか?」
う・・・プキのいらぬ切り込み。奏は話を逸した。
「クリス・・・さん。俺は明日から学校だ。そろそろ帰るぞ・・・」
朝のパジャマ姿のクリスがちょっと脳裏によぎってしまい若干照れている。
「はい~。また来てくださいね~?プキさん~。引き続き虚神さんの護衛お願いしますね?危険と判断すればすぐに逃げてくださいよ」
子供を初めてのお使いに出す母の様な心配っぷりだ。このくだりで約5分は心配の言葉を2人に浴びせ続けた。
「虚神!お前は昨日の訓練で少しはマシになったがまだまだだ!能力値異常者やフェイカーには絶対適わない!覚えておけ!過信はするなよ」
「分かってる。また来る」
奏はそう言うとエレベーターに向かう。もちろん過信はしていない。しかし自信は少しついたみたいだ。地上転送魔法陣で帰る前、プキは羆に怒られながら朧桜を持たされた。奏も一応護身用にと模擬バージョンの短剣を渡された。普段は柄の中に入ってて拍子にシャキーンって感じに出てくるタイプのやつだ。コンバットナイフみたいな物なのか?
二人は地上に上がった。
「どうでしたか?」
程よい日差しを浴び、農道を歩きながらプキが言う。それにしてもやっぱり本当の日差しは違う。体の芯から温まる。温もりを含んでいく事に心地よさを感じながら奏は昨日を思い出した。
「すごかった・・・・かな」
「そうですか!また来ましょうね。・・・ところで、朝何があったんですか?」
プキが朝の事をしつこく聞いてくる。
「なにもない」
「・・・うそですな」
プキはジト目で奏を見る。
「知らん」
「奏さん?・・・」
「・・・・・・・」
「お~い・・・」
食いつくプキを無視しながらどうにか駅に着いた。
「また販売員さんきますかね?あと変なお兄さん達」
前と同じ配置で電車に乗る2人。
――何を期待しているんだ、お前・・・――
「はっ。こないことを祈るよ。チャラ男に絡まれるのもごめんだ」
「うぅ~・・・ポッキーほしかったです・・・それとリベンジを・・・」
リベンジ?っと思ったが多分しょうもない事だろう。奏は言及しなかった。にしても一時間は短くも長い。奏は途中の停車駅でポッキーを買ってあげた。それに変な奴が絡んでくることもなかった。
神島西國駅に着き、二人は近くの公園に差し掛かった。ふと奏は思い出す。
――三日前にここでお歯黒に襲われたんだよな――
その時の映像を思いだし、背筋に冷たい水が落ちたような感覚になった。
――次は自分の力でなんとかしないと・・・――
平然とした顔で通り過ぎながらも、ポケットに入れた拳は力強く握られていた。
ピタッ。前方を先先行ってたプキが家の門の前で脚を止めた。
「どうした?」
奏の呼びかけにプキは湿気た顔で振り向いた。
「奏さん・・・忘れてました・・・」
「刀は持ってるだろ?」
「いえ・・・あの人達です・・・」
奏は玄関のほうを指差すプキを見て多少急ぎ足で向かいそれを見た。小さい何かと大きい何かが玄関前にいる・・・しかも何やらご機嫌斜めなような素振りを見せている。影から見ているとチビっこいのが喋りだした。
「我を待たすとは何様だ?この私を誰だと思っておるのだ・・・くくく・・・きゃつめ!我の魔力の波動を感じ恐れたのではないか!?そうは思わんか?クラディールよ!?」
「いや零(れい)だよ!クラディールってどこの国の人?
ってかしょうがないんじゃないかぁ?いついつ何時とか言ってなかったし」
おかしな言葉を使うチビっこいのは童顔で、緑色の髪のポニーテールが目立っている。
あれは確か中二病とかいう症状だと聞いたことがある。顔の通り幼い年齢なんだろう。
気だるそうな黒茶色の髪の方の男は高身長、スタイルが良くモデルみたいな雰囲気があるが、やる気のない目と仕草、少しボサボサな髪がそれを台無しにしている。
「ここ人ん家だろ?勝手にここにいちゃお巡りさんに捕まえられちゃうんじゃない?」
覇気のない言葉を男が言う。
「え!?お巡りさん?どうしよ零!?」
ポニーテールが素の状態で少し戸惑っている。男の裾を掴んでやや半べそみたいだ。
「もう遅いかもしれないな・・・今この場を見つかったら・・・」
流し目でこっちを見ている。男のほうは奏達に気づいているらしい。
「あっ!お巡りさん!」
男は奏達の方を指差し、張った声で言った。その瞬間のポニーテールの行動は早かった。
奏達の前に瞬間移動し、手を這いつくばり頭を下げた。綺麗な土下座だ。
というか身体が小さいのでやけにコンパクトに変形した感じがした。
「すみませんでした!うちはまだ何もしていません!何かしようともしていません!むしろそれ事態も思っておりません!だからどうか痛いけなうちをお許し下さい!お巡りさん!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
奏は硬直した。あれ?さっきのキャラは?痛いけな少女過ぎて、いやそれよりもなぜかとてつもなく可哀想に思えた。
「あ。プキちゃん?久しぶり。あとそっちが虚神・・・ちゃんね?」
声を殺した声で笑いながら男が挨拶してきた。
――わざとか・・・――
「はい、お久しぶりです零さん。えっと・・・あと・・・茅乃(かやの)さん・・・・」
気遣うなプキ!余計可哀想だ!奏は心の中で叫んだ。
ハッ!とした顔で素早く見上げ茅乃は状況を飲み込んだ。
「くくく・・・我のあまりの変貌ぶりに恐れおののいただろう?今の変貌はその顔を拝見するための手段だとは言っておこう」
ゆっくり立ち上がりながら茅乃が言うが。顔が引きつっている。
「ふっ。貴様がセシリウスのパートナーか?くくく、なかなか美しい顔をしてるではないか?」
奏はメンドくさい事態、行動、状況は苦手な方だ。それに女扱いは特に嫌いだ。
しかし小さい幼女に対してキツく当たってしまったことをのちのち反省する。
「はっ。ガキが。調子に乗るな」
奏は自分より少し小さい茅乃を凍える目で見下ろした。
「ひっ!」
茅乃は目を見開き怯える・・・しかし粘る
「ふ・・・ふふふ・・・まさ
「なんだ?」
「・・・・・・・・・・・・く・・・・くくく・・なかなか骨の
「はっ?」
「・・・・・・・・・・・」
黙り込む茅乃。口をしわくちゃにして力を入れ何かを我慢している。
「あぁ~だめだよ~虚神ちゃん」
零がトボトボ小走りに茅乃に近寄り茅乃の頭に手を置く。
「茅乃、なかなか盛大に負かされたな~」
大きな目には大量の水たまり、綺麗な小鼻からは洪水状態だ。
「・・・ひぐっ・・ひぐっ・・・れぃ・・・怒られた・・・」
小さな子犬の様に泣く茅乃に流石に奏も反省した。
「す・・・すまなかった・・・な・・・」
「・・ひぐっ・・・・」
「お前の中二設定は30分しかもたなかったな~」
「・・・ぅん・・・」
――なんなんだ一体――
「それにしても虚神ちゃん厳しいんだね~。てっきり清楚で優しい女の子かと思ったよ」
零は茅乃をあやしながら微笑で言う。
「・・・ローゼンクロイツの情報網は雑だな。俺は男だ」
「えっ!虚神ちゃん男の子なの?・・・・へぇ~」
「ちゃんはよせ」
「えっ?いーじゃん虚神ちゃん♪」
「・・・・・・・・・」
この間にようやく茅乃が泣き止んだ。
「・・お、男だったのかお前。この偽女め!」
「はっ?」
「ひっ・・・・ごめんなさい・・・」
両手で頭を隠して怯える茅乃。怖いなら調子に乗るなよな・・・
というかプキ。少しくらい喋れよ!玄関で立ち話もなんなのでとりあえず中に入れた。
「2人は何飲む?」
キッチンで上品な装飾の施されたティーカップを用意しながらソファーでくつろぐ零と茅乃に聞く。
「俺ブラックコーヒーよろしくね」
「うちはミルクをくれ!」
茅乃は元?の性格に戻ったようだ。といっても生意気な感じは結局変わらないがホントにただの子供のような活発さが滲み出ている。
「ミルクを?」
「下さい!」
こいつはなんか扱いやすくて楽だ。こいつも女性の枠とは畑違いだしな。
「で?結局何のようなんだ?」
奏は四人分の飲み物を作りながら振り向きもせずいそいそと言う。
「そうですよ・・・自然ペアさんはなんのようですか?」
プキもソファーに三角座り、イジイジと縮こまりながら2人をジト目で見る。
「・・・あれ?歓迎されてないよ俺たち」
「言い方が悪いぞ偽女と氷女!!うちらはナイーブなんじゃ!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
その偽女と氷女の凍りつく、というか殺気にも似た邪気のある眼力。
ゴォォォオ・・・・地鳴りが聞こえてきそうな空気を即座に作り出した。
「・・・・・ちと零よ・・なにやら居心地が悪くなった気がする」
「あら?茅乃ちゃんにもわかっちゃう?俺も今感づいてるところ」
「ふむ・・・何か悪いことしたのか?れい?」
「えぇ~俺~?」
鋭い眼力のまま奏はコーヒーとミルクを運んで来た。コーヒーを零の前に置く。
「ありがと虚神ちゃん♪」
ミルクを置こうとするとプキが前に出る。
「私がやりますよ?」
にっこり笑うプキの顔には殺気!と書かれているかのよぅだ。そっとミルクのティーカップを取り茅乃の前に丁寧に置いた。
「どうぞ?」
まるで旅館の女将さんみたいな礼儀作法のある美しい対応だ。
「おぉすまんな!プキ姉!優しいのぉ・・・お!?おぉぉぉぉ!?」
奏は知っている。多分零も気づいている。そっとカップを持った時の指先は青白い輝く軌跡を漂わせていた。そういうことだ。
「キンキンに冷えたミルクだ!やるな奏よ!」
・・えっ・・・・・・・・・・
一同が固まった。プキの技とかって意味ではないのだが・・・
「ん~~~おいしいな奏!うち、こんな飲み方始めてだ!」
ペロペロと凍ったミルクを舐めている姿を見て2人は怒りを継続させる気が失せた。
こうしてようやく本題が始まった。
「え~っと、そろそろ俺たちの話始めていいか~?」
零は一瞬の転換点を見極め、話を切り出しコーヒーを口に含んだ。
「あ?・・・あぁ」
「はい」
硬直が溶けきっていない奏とプキは空返事をする。
「え~っと、じゃあまず虚神ちゃんに自己紹介かな?
俺は霧桐(きりぎり)零っていって一応大地属性の神者をやってる。俺は日本人だけどこのちびっこいのはフランス人とのハーフ。んで名前が
「うちの自己紹介はうちがする!零は引っ込んどけ!」
ペロペロしながら茅乃がイキリ込んできた。カッチカチなのにうまいのか?
「うちは茅乃(カヤノ)・エナ・シトラスじゃ!」
ソファーの上に飛び上がり、これでもかっとドヤ顔で言う。
「で。何の手違いかこいつは草木の神者をしてる。
ほんでもって今は俺のパートナーで手を焼いてるって状況・・・かな?」
零は淡々と追加情報を付け加えた。しかし茅乃は本当にバカだ。
「手違いちゃうわ!零の意地悪オヤジ!天然パーマ!」
子供の様に舌を出し、悪口を並べる茅乃に対し、零はごく紳士的な表情をした。
「・・・すびばでんでじだ・・・・」
やんわりソフトタッチ、に見えて少し強めなほっぺたツネり攻撃で茅乃を制した。
「で・・・ホントに本題なんだが?」
そしてちょっと真面目?みたいな顔をした。
「あぁ」
シラフに返りざいた奏が応対する。
「俺たちはロンドンで任務についていたんだけど・・・その時の問題が日本に来てしまったかもしれない」
「・・・日本に?」
「ん~、危険視された能力値異常者って奴の追跡が任務だった訳。でももう一人の協力者の登場で逃げられちゃったの」
「異常者の仲間が現れたのか?」
「そうなんだよ~。あとちょっとだったんだけどね~」
零は軽薄に振る舞いながらコーヒーをすすった。
「それで?俺ら二人に協力しろってことか?」
奏は眉を狭め、いきなり確信に迫った。
零は一瞬ピクっと動きを止めたがすぐに崩れた笑いを見せた。
「違う違う、危険だから気を張っててね♪ってこと。最初は挨拶だけの予定だったけど逃がした俺らのせいでにトバッチリくらったら悪いでしょ?その警告♪」
「・・・・・・・」
「なるほど、まぁ忠告は受け取っておくよ」
「おっけ、・・・・・・ん?」
話がまとまり零が女性陣2人に視線を向けると、2人の話についていけない訳ないはずの残り2人は眠っていた。茅乃はソファーで仰向けになり、だらしなく横たわっている。
プキは最初の三角座りのまま顔をうずめて静かに寝ていた。
「えっ?うそ?つまんなかったの?
つまるつまらないって話じゃないんだけど!?真面目だよ!?」
「・・・・・・・」
ひと時の沈黙。零の言葉は女性陣にまるで届いていないようだ。奏が2人の危機感のなさに呆れていると零は茅乃をつねりおこした。
「いだいいだい・・・れいいだい」
激烈な刺激に茅乃は目覚める。
「話も終わったし本部にもどるぞ?」
「ふぁい」
茅乃を起こすとシャキんと起立させ、お尻を叩き気合を入れさせた。
「んじゃまたね?虚神ちゃん。とプキちゃん。」
「またな奏!プキ姉!」
なんで初対面の俺に呼び捨てなんだよ・・・そう思いながら奏は出て行く二人につれない顔で会釈した。
――なんだったんだあいつらは・・・でも、一応警戒はしないと――
・・・・・・・・・
「零!二人に協力してもらえることになったのか!?」
小さな手を引かれながら茅乃が顔を見上げる。
「ん?ダメだった。まぁこっちでなんとかするしかないな~」
「そうなのか?あいつはフェイカーじゃろ?もうひとりもいるし・・・2人で大丈夫か零?」
茅乃は不安な表情をした。
「大丈夫だ。俺がなんとかするって」
零は不自然に良い笑顔で茅乃を安心させた。
「そうか♪零がおれば安心じゃな!」
「ははっ。そうだな。」
優しく返事をし、前を見つめる零の眼差しは何かを秘めていた。
・・・・・・・・・・
「あれ?自然ペアは帰りました?」
午後五時。ようやく目覚めたプキが奏に尋ねた。
「あぁ」
流れる手付きで晩御飯の下準備をしながら答える。
「あ!すみません私も手伝います!」
目をこすりながら駆け足でキッチンへと向かう。
「結局あの二人の用はなんだったんですか?」
「逃がした標的が日本に来たらしい。それの警告だそうだ」
「警告ですか?それくらいなら通信で十分なのに。やっぱり奏さんに会いたかったんですかね?」
「・・・・さぁな・・・」
――あいつ・・・本当にそれだけだったのか?――
「というかお前?なんであいつらが苦手なんだ?」
ジュワ!
フライパンに赤ワインを入れ、炎を上げている。今日はフランス料理らしい。
少しの沈黙を挟み、プキが口を開く。
「私は2番目なのになんで1番目と3番目がパートナーになったのかと・・・」
――え?――
なんかそれらしい理由があったのかと思っていた奏はしょうもなさに聞くのをやめた。
「やっぱり土と草って相性いいのでしょうか?」
「・・・・・・」
「水はどっちでも仲良くやれそうなんですけどね?」
「・・・・・・」
「あ!でも奏さんがパートナーになってくれたので嬉しいですよ!」
「・・・・・・」
「あ!じゃああんまり苦手がる必要はないんですね!」
「・・・・・・」
「やっぱり奏さ・おふっ!
あまりに軽快なやかましさに奏はショートジャブをみぞおちにお見舞いした。
「まぁまた来週クリス達に聞いてみるか」
夕飯を食べ、たくさんの事を経験した長い土日は幕をとじた。
あれから三日が過ぎた木曜日の放課後。
近衛学園 校門前。
「おい・・・あんまりひっつくな」
「え~つれないなぁかなでちゃん♥でもそんなところも・・・か♥わ♥い♥い♥」
麗奈は奏の腕に巨乳を擦り付けながら奏のシャツのネクタイを外そうとする。
「ややややめろ!」
必死で腕を振り払おうとするがぴっとりくっついて離れない。
「校門だぞここは!」
流石に奏も頬を赤らめる。
「校門?そんなの何も関係ないわ!私はかなでちゃんと交われるなら何万人の前でも恥じないわ♥!」
今この場に少なくとも下校する生徒が何十人かはいる。その場で恥じる事なく大声でこんな事を叫べる麗奈は心がダイヤモンドの密度と強度を持っているのだろう。
「お~い、うろかみ~麗奈~帰らないのか~」
校門を出た所で蓮が呼んでいる。あいつはなんか常に前にいるな・・・
「あぁ帰るよ」
奏がそそくさと蓮の所に逃げると麗奈はとぼとぼついてきた。
「・・・・」
しばらく歩き、桜の木の通り付近で前を歩く蓮が立ち止まった。
「どうかしたのか?」
振り返る蓮の目が一瞬だけ鋭く感じられた。まるで獣のような鋭い眼光だ。だが見えたのはほんの瞬きだけ。直ぐにいつもの調子に戻った。
「いやなんでも。まぁ俺こっちだからまた明日な」
――まぁいつもの調子か――
「あっ♥私もここね♥またね、かなでちゃん♥んまっ♥」
豪快な投げキッスで麗奈とも別れ、家へと帰った。
「ただいま・・・・・」
あれ?今日はいつもみたいにバタバタ来ないなあいつ。リビングに行くとプキが通信機器でクリスと会話していた。2人はいつになく真面目な顔をしている。
「・・・定時連絡か?」
「あ!?奏さんおかえりなさい!すみませんが少しお時間いいですか?」
奏はプキのせかせかとした雰囲気を察した。
「あぁ」
カバンを適当に下ろし、画面を覗くとクリスが嬉しそうに挨拶をしてくる。
「まぁ~奏さん~お久しぶりです~。お変わりないですか~?」
「あ・・・あぁ、何かあったのか?」
「そうなんです~。少し問題が発生しました。自然ペアさんと連絡がとれません。
日曜日にここに来てくれたんですけど・・・月曜日にここをでてから連絡が取れないんです~」
「あいつらに何かあったのか?」
「分かりません。ロンドン支部の任務の引き継ぎをしてるとしか言ってなくて。
あまり詳しく説明されなかったんです」
――能力値異常者とその協力者のことだよな
なんであいつは本部に言わなかったんだ・・・――
「ロンドン支部だっけ?そこに任務内容とか聞いたらどうなんだ?」
「それはもうレヴィちゃんに聞いてもらいました~。でも任務内容は異常者の拘束だったらしいです」
「あ!奏さんが言ってたやつですね?」
「あぁ、でもそれは能力値異常者とそれの協力者が日本に滞在しているってことだったはずだが・・・」
「なんだと!?」
モニターが軋む程の大声で羆が割り込んできた。
「クリス!あの馬鹿、また一人で行ったのかもしれんぞ!?」
「まぁ~、それは危ないことです。レヴィちゃんっ!」
クリスが珍しく張った声をだした。画面の見えないところに行ってしまい、あちらこちらにテキパキと指示を出している様だ。
「プキ!虚神!後でまた連絡をする。少し待機しておいてくれ!」
プツッ。緊迫した空気が2人を包み込んだ。だが奏には一体何のことだかさっぱりだ。
ローゼンクロイツはまだ設立2年の新設組織。確立されきっていない連携情報網のミスが今回の問題の重要ポイントになっていたのか。もしくは零の独断行動のせいだろう。
「零ってやつは問題児なのか?」
ソファーに腰を下ろし、少し困惑した目でプキを見た。
「どうなんでしょう。私は本部勤務であまりお話はしてないんですけど・・・
通信などで羆さんと討論してるのはよく見ましたね」
「あいつがねぇ・・・・」
頭の良い奏の脳裏にふと零との対話場面がよぎった。
・・・・・・・・・・・・・・・
――あいつ、あの時俺たちに協力してもらおうとして来たのか?・・・――
奏はソファーの上で小さく三角座りをして頭を悩ませた。
――だけどそれなら何故嘘をついて帰って、行方をくらませたんだ?・・・――
「奏さん?ご飯にしますか?」
シビアな雰囲気だったのにちゃっかりと夕飯を並べている。
切り替えの速さは並々ならぬやつだ・・・
「悪いな」
でもお腹が減っていた奏はすんなりと応じる。
「御飯食べて待ってましょうよ♪何があるのか分からないんですから体力はつけておかないと!」
まぁこいつなりに心配はしているみたいだ。二人は僅かな緊張感の中、御飯を食べた。
時刻はPM9:27
「連絡きませんね~?」
「そうだな」
神妙な顔つきでソファーで三角座りをする奏。
「あ!もしですが自然ペアの捜索任務がきたりしたら奏さんは待機しておいて下さいね!?」
「はっ?」
「だって奏さんはまだ対異常者の戦闘はできませんよね?怪我でもしたら大変です!」
プキの言葉は奏の意味のない男のプライドに触る。
「ふざけんな。俺だって戦える。それに顔見知りに何かあっても後味悪いしな」
奏自身も何を言ってるんだか分からない。なんかこれじゃ戦いたいみたいだ。ろくにお歯黒とも戦えなかったのに・・・
プライドで行動するなんて、見た目は美少女の癖に中身は青臭い男だと痛感する。
「そ、そうですか。分かりました!でもあまり無理はしないで下さいね!?」
「・・・・・あぁ・・・」
時刻PM10:21
モニターに緊急連絡の信号音が忙しく鳴りだした。
ビビビビビッ
「きました!」
すぐさまプキがモニターにかけよる。
「プキか!?」
大声と巨漢。羆だ。奏も画面を覗く。
「分かったんですか!?」
「あぁ!やはりあいつは逃がしたターゲットを捉える為に一人で向かったらしい!
しかも現在ターゲットと接触中みたいだ!」
「場所はどこです!?」
「お前らのいる所から南東37キロの月見埠頭だ!」
「良かった!でも少し遠いですね!分かりました。すぐに向かいます!」
「戦闘が起こっているみたいだ!武器はちゃんと持っていけ!それと時間短縮だ!転送魔道士をそこに送ってる!そいつらに飛ばしてもらえ!」
「分かりました!」
焦る2人の表情。ただ事ではない雰囲気がひしひしと奏に伝わる。
「奏!とりあえずお前は待機だ!」
「・・・・俺も行く」
「はぁ!?馬鹿が!今のお前じゃ足でまといだ!状況を考えろ!」
羆が怒鳴る。
「嫌だ。俺も戦う」
駄々をこねる子供のように奏は食い下がる。
「だぁっぁぁぁもぅ!時間がない!プキ!!こいつのお守りもお前の任務だ!」
「はい!」
プツッ
モニターが切れるやいなや、プキはリビングの片隅に立てかけてあった朧桜を手にとった。
「行きますよ!奏さん!」
「あぁ」
奏も急いで小さな短剣を身につけた。玄関を開けると前に神社の境内にいた様な男達が4人待機していた。4人とも慌てて来たのか呼吸が荒い。
「さぁ!お二人!早くこちらに!」
「はいっ!」
すかさず呪文を唱えだした。それと同時に地面に紫のエフェクトで六芒星が浮かび上がる。
キィーーーン。と六芒星が輝きを増幅させ光の柱が形成されていく。
「相互用の魔法陣が向こうにないので大まかな転送しかできません。戦地に直接。なんてこともありえますのでご覚悟を」
1人の神主が申し訳なさそうに言った。
「分かっています。お心遣いありがとうございます!」
プキは勇ましい顔でその魔道士を気遣った。そしてようやく光の柱が拡大した。
「ご武運を・・・」
「はい!」
プキはニコリと魔道士に笑ってみせた。
パァァァン
光の粒子と共に2人は拡散した。空へと消えゆく粒子はまるで蛍のように儚く消えていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
目を開けるとそこは広い駐車場みたいなところだった。
感覚的に月見埠頭から2キロ程のところだろう。海が近いように思える。
「良かった。まだ近いですね!」
「そうだな」
その時。
ドォォォン!豪快な音と共に埠頭付近から火柱が燃え上がった。
真っ暗な暗闇なのに2キロ先のここまで夕焼けのように照らされた。
「はっ?なんだ今のは?」
「まずいですね・・・今のは何かの爆発物が爆発したってことだけではないみたいです」
「どういうことだ?」
「確信はないのですが・・・とりあえず行きましょう!」
言われるがまま奏はプキについていく。異常者である二人は2キロの距離をぐんぐん縮めて行く。
「零!?」
奏は埠頭にいる零を確認した。大きな剣と拳銃を持って戦っている。相手は持っている細剣に常に炎のような光を纏っている。
「おいっ!零だ」
奏は走りながら言うがプキはピタッと脚を止め立ち止まった。奏も合わせて急ブレーキをかける。
「どうしたっ?」
少し額に汗をにじませながらプキに迫る。するとプキはゆっくりと愛刀、朧桜を鞘から引き抜いた。奏は驚いたがプキの目線を辿ると納得がいった。誰かいる・・・
闇の中、外灯の光に照らされうっすらとシルエットが浮かび上がる。
銀色の長い髪、くすんだ禍々しい赤目。不敵に笑う表情はどこかネジが外れた感じだ。
左目の下には何かのタトゥーが刻まれている。
そいつが明らかに殺気を含んでこっちを見ている。
「アグニっちは今遊んでんだよぉぉ?・・・」
男はどこかカスレた声を出した。そして見下ろすような姿勢を取り、凍った瞳を見せる。
「消えてくんねぇかなぁぁぁ?ははっ!」
そして突然、隠していた長い槍のようなものを振りかざす。
ガキィィン!上段からの単純な攻撃を、プキは朧桜で受け止めた。
しかし、男はその瞬間に前に踏み込み、がら空きのプキの腹部を目いっぱい蹴り込んだ。
「うっっ!」
プキは苦痛の声とともに数メートル後ろまで吹き飛ばされ、駐車してあった車に叩きつけられた。そしてプキが起きあがる前に男は更に追い討ちをかける。
槍の柄を後方に構え、突き出す姿勢で間合いを詰める。
「もういっちょぉぉ!」
ドォン!車がまるで脆い構造物のように激しく砕け飛んだ。明らかに異常な破壊力だ。
「お・・おい!?プキ!」
何も出来ず立ち尽くす奏は震えながらもプキを呼ぶ。
舞い上がった土煙から、微かに青白い光が垣間見えた。あの光はプキだ。
「あぁぁ?」
男が奏に反応しこっちを向いた時、プキの行動は早かった。男の懐に移動し力強く空へ蹴り上げた。同時に青く光る指先を振りかざす。
キィーン、と空に上がった男の周りに数十本の氷の剣を造形する。
――あれは、お歯黒の時の技か――
そう思い、奏はこの男に対するプキの勝利を思い描いた。
「なんだこれはぁ?」
空中で余裕な表情を見せ、氷の剣をあたかも見物しているかのように見ている。
「これで終わりです!」
プキは手を振りかざすモーションを見せた。その手を青の軌跡が辿る。
「つれないこと言うなよぉぉ」
男は不気味に表情を引きつらせ、槍を力強く握り直した。何かする気だろうがもう遅いはずだ。
ブゥウン!男が満月を描くように自分の周りに槍を振り回した、激しい音が闇の空を狩る。その瞬間。
パリィーン!数十本あったはずの氷の剣がすべて砕けた。
男の周りを囲むように砕けた氷が外灯などの光を浴びて妖美な輝きを醸し出す。
重力の力で地面に舞い降りる様は美しくも感じられる程だった。
「ははっ!まだ終わらねぇぇよなぁぁ!」
男が狂った形相でプキへと猛進する、もう奏の存在など眼中にない。
キィン!キィン!!激しい斬撃の嵐をプキはどうにかすべて受けきっている。
時折飛び散る火花の量が一撃一撃の重さを物語っているように思える。
――・・こ・・・怖い・・・――
訓練ではない本当の実践の凄まじさに奏は一つも動くことができなかった。持ち合わせた小型の短剣は刀身すら出せていない。こうしている間にも零もプキも命のやり取りをしているのに・・・奏は戦いに対する恐怖と非力な自分の意思を妬む感情との葛藤の中にいた。
ドオォォン!
爆音と共に男が車に叩きつけられた。
「がはっ」
少量の血を吐き、全身が車にめり込んでいる。
奏は立ち尽くし、男にヒタヒタと歩み寄るプキを凝視するしかできない。
「あなたは何者ですか?手合わせした感覚、異常者と思いますけど?」
朧桜の切っ先を男の喉元に構える。加えて氷の剣を数本男の周りに漂わせている。
男は剣先をないに等しい感覚で恐れず口を開く。
「強いなお前ぇ?クク。俺を殺したいかぁ?」
爬虫類の様な尖った舌を出しながら眼球を見開く。
――なんだあいつは。刀が怖くないのか?――
奏がそう思った時、プキは左手の人差し指を折り曲げた。一つの氷剣が素早く反応し、男の首付近に深く刺さった。
「時間がありません!早く答えてください!」
プキは形相を怖めて声を張る。
「・・・・・・・・」
男はその言葉にイラっときた様子を見せたが、すぐにシラケた顔をした。
「・・ちっ・・つまらないなぁ・・・」
すると男は首の傍に刺さっている氷剣に自ら首をこすり当てだした。
切れ味が良いのもあるが、あまりに躊躇なくこするため大量の血が吹き出してくる。
「な!・・何してるんですか!?」
動揺し切っ先を下に向けた一瞬の隙を男は見逃さない。
全身に力を込め、鈍い音を出しながら車にめり込んだ体を引きずり出した。
「あっ!」
プキの反応は一瞬遅れ、氷剣を近距離で突進させたが男は右に倒れるように刃を躱す。それと同時に反対側から男の足が円を描くようにプキを襲う。
「きゃっ!」
無防備な方向からの攻撃にプキは吹き飛ばされた。
「くそっ!」
奏は勇気を振り絞り行動に移ろうと、とうとう小型のナイフを装備した。しかし男は予想外の行動にでる。
「今日はつまらないなぁ・・・やめだぁ・・・」
首から流れ出す血液を左手の平で抑えながら埠頭と反対方向に歩き出す。
――なんだあいつは?どうするつもりだ――
「また遊ぼうぜぇ。氷の女ぁぁ?」
さっきとは違い落ち着いた目でプキに言うと、落ちていた槍を手にとり暗闇へと消えて
行った。去っていく男が見えなくなるまで奏は目を離せなかった。
・・・・・・はっ
男の姿が見えなくなり、奏は我に返る。
「おい!」
急いでプキに歩み寄るが、プキにはあまり大事がなかったみたいだ。
「大丈夫です!それより奏さんはお怪我ありませんか!?」
奏を気遣うプキには無数のカスリ傷がついている。
――な・・なんだよ・・・俺・・・無茶苦茶カッコ悪いじゃねぇか・・・
守られて。一つも動けなくて・・・・怪我してる女の子に気遣われて・・・・・――
奏は無性に腹が立った。そして苦しくなった。いきがって出てきたのに何の役にも立てていない自分が情けない。ほんの一間の呼吸のあと、歯に力を込めながらプキに言う、
「・・・・ごめん・・・」
驚いた顔でプキが揺らぐ、
「ど!どこかお怪我でもしましたか!??」
――あぁ~そうじゃない・・・そ~じゃない・・・――
と思ったがそんな暇もない。
「いや・・大丈夫だ。零を助けよう」
こんな時でもボケているプキの行動に微量のリラックス効果があったのか奏の肩の力はすこし楽になった。震えも収まってきたようだ。
「はい!急ぎましょう!」
2人は炎の上がっている方に向かった。
――い・・・今なら少しは役に立てるかもしれない・・・――
そんな事を思いながら最高速度で目的地に着いた時、その状況を見て奏の頭の中は空になった。
うねりをあげて燃え盛る埠頭。
大きなコンテナの上には足を組み、太ももに肘を付き、手のひらに顔を乗せて下を覗く男がいる。零ではない。そしてその下からは何か声がする。何かではない、本当は聞こえている。だが奏の聴覚がその声を嫌がっている。だが視覚からの情報は嫌という程入ってくる。
・・・・・・・・・・・
零だ。
しかし横たわっている。その横には茅乃が伏せって零に呼びかけている。
聴覚を遮断しているつもりだが、視覚だけで状況が読み取れる。
ドク・・・ドク・・ドク・・・
奏の鼓動が勢いを増して早くなっていった・・・・・
PM9:56
月見埠頭 船着場
「鬼ごっこは終わりにしようか?」
愛剣と愛銃を両手に零が言う。
・・・・・・・・・・・・
「もぅ終わりにするのかい?君と遊ぶのは楽しいのに」
髪の毛は赤髪オールバック。印象的なのは短い眉毛、純白のスーツを纏い、黒いシャツを中に着ている。その男が紳士的な物腰で答えた。
「俺は楽しくないからなぁ~。早く終わらせたい訳よ」
「そうかい。君を楽しめられてなかったとは、申し訳ない。僕の実力不足だった訳だね?」
「なんでもいいさ。とにかく・・・早く片付けたいんだよ」
零は武器を構え、踏み込む姿勢を取る。
零の戦闘スタイルは独特で、大剣を片手で軽々と振り回し大ダメージを与えるが、大振りの隙を狙われた際は拳銃で威嚇する。一応本人曰く隙がないスタイルみたいだ。
ジリ・・・零がつま先に力を込める。
「そういえば?ロンドンにいた時の緑髪の幼女はどうしたんだい?」
「今日はお留守番だ」
紳士は戦う素振りを見せない。会話を楽しんでいるようにも見える。
「前回はあの子のおかげで逃げられたようなものだからお礼を言いたかったのに、くく」
微笑を浮かべ、意地悪な表情で零を煽る。
「そりゃ残念。そういやあんたの仲間も見かけないじゃん」
心が揺れたのを悟られない様に平然とした顔で答える。
「彼は仲間というのかな?ただあの時利害が一致しただけだよ。今ここにはいないよ」
紳士は身体の後ろで手を組み、ゆっくりと零と平行線上に歩きながら言う顔は余裕なオーラが漂う。
「そっか、まぁあんまりあんたと会話を楽しむ気もないんだよね」
仲間の存在を聞いたのは確認だ。嘘か誠か知らないが、いないかも知れないでも十分だ。タイマンなら勝機がある。零は攻撃を仕掛ける。
「いくぞ」
ググ!地面がバネの様に弾み、零の踏み込みを補助し速度を増加させる。
零の大地の神者の能力の一つ、大地または物体の性質変化だ。
ドォン!反動とともに超加速。紳士に詰め寄りながらの大剣のひと振り。中段、左から右への水平切り。加速した速度と威力の高い大剣が融合した絶大な一撃。
キャァン!
紳士はその一撃を細身のレイピアで下からカチ上げた。ぐっ。と表情をすばめた零に隙ができるがそこは左手の拳銃がある。ダダダンと3発の銃弾を放ち、バックステップで距離をとった。
「相変わらずひと振りが重いね」
胸の前に直立で構えたレイピアには延々と炎がまとわされている。高熱の上、刀身にキズが残らない。折れそうなら柔らかく、キズが付いたら熱して処理をする器用な能力。
そう。彼は炎を扱う能力値異常者だ。つまりは火炎の神者かも知れないのだ。
ダダダダダダダン!今度は7発の銃弾を放つ。
しかし見えている。炎のレイピアを高速で振り捌き、ひとつ残らず弾き飛ばす。だがそれは常識だ。今の攻撃は僅かな隙を誘う付箋。零は高くへと飛び上がり上からの壮絶な振り下ろしを見舞う。紳士はレイピアを一瞬かざそうとするが、剣の重さを見切り身体を逸らす。
ドォォン!一撃で大地が割れる。性質変化で剣の重量も増加させていた。あまりの衝撃に飛び散る石の礫に紳士が怯んだ。零はそこに4発の銃弾を打ち込んだ。
「ぐっ」
3発は弾かれたが、石の死角からの1発が左脇腹にヒットした。嬉しい誤算だ。苦痛で屈んだ紳士に大剣で上下左右からの乱撃を浴びせる。紳士は口から一筋の血を流しながらもすべてを受けきっている。だが傷口が痛むのか、動きが時折鈍くなる時がある。
零はその僅かなタイミングに2発の銃弾を打ち込んだ。
「っ!」
多少冷静味を欠いた紳士は表情を曇らせる。
レイピアを持っていない左手を、瞬時に右上から左下と、斜めに走らせた。
掌から燃えたける炎を召喚し妖艶な炎の盾を創りだす。手の甲には魔法陣が浮かんでいる。
スッ・・・・と鉛玉が突き抜けた先に紳士の姿はない。盾というよりは囮の役割だ。零はすぐさま右方向を視覚する。
「動きが悪いんじゃない?」
鋭い眼光で見つめ、中距離の間合いをとっている紳士に言う。
「ははっ、申し訳ない。加減をしているつもりはないんですけどね?」
紳士はそう言うと脇腹の銃傷に左手で触れた。
ジュウウゥゥ。高温で傷口を焼き、流血を食い止めている。穏やかな表情に装ってはいるが、額には汗が滲み出ている。だが零に治療を待つ義理はない。
ダン ダダン ダダン ダン
拳銃で狙いを定め、銃弾を惜しみなく浴びせ続ける。紳士は精密な剣さばきで銃弾を叩き落しているが、多少の神経を使用するため傷の治療に意識を集中できていない。
零は銃弾を打ち続ける。零の弾倉に弾切れの文字はない。消費した銃弾の空きは、地上から物質を体内を通して汲み取り、マガジンの中に精製しているためである。
造作もなくしているが、マガジンの中に一つ一つ銃弾を細部に渡りイメージをしなくて
はならない為、能力値異常者もとい神者の並外れた能力が必要不可欠なスキルである。
時間にして16秒。
レイピアを振り続ける紳士が行動に出る。
傷口は五割程度しか治療できていないが攻めの姿勢にコンバートした。紳士は足元に何らかの力を込める。足元から広がるように、赤光に輝き、炎を連想させる魔法陣が浮かび上がる。直径にして約5メートル。大きな魔法陣だ。
「やっぱりか・・・」
零は引き金を引き続けながら、疑っていた事に確信を得た。
「ふっ」
紳士の口が、奇妙な笑みをみせた。その瞬間。
キュン!
紳士を中心に、全方位に高速で光の輪っかが広がった。その輪は埠頭の物体、零をも貫け
直径何十メートルのも所で消えたが、輪自体に攻撃判定はないらしい。しかし、一瞬遅れて紳士から炎が広がる。爆発の規模にも比例する速さで数十メートルまで火の手が拡大した。
ゴゴゴゴ。埠頭にある揮発性のあるものものに引火し、所々で爆発が起こる。
零は神者の反射神経で危険を感知、地面の形状を変化させ石の盾を精製していた。
パチ パチ パチ・・・・・・・
「本当に君は強いね?すばらしいよ。今の攻撃も防いでしまうとは」
レイピアを小脇に掲げ、気品ある拍手をして零をからかった。
その様子に動じることなく石の盾から顔を出すと、零は声を出す。
「やっぱあんたは偽者(フェイカー)だな。神者じゃない」
「・・・どういうことかな?」
「魔法陣だ。神者は能力も使う時、魔法陣を介すことはないんだよ」
紳士はレイピアを握り直し、身体の横下に向けて構えた。
「ふふ。そうなのかい?僕は君には興味はあるけど、君たちの事情には興味がないからね
神者、偽者。どちらでもかまわないよ」
「こっちの事情じゃどっちでもいいことはないんだ。まぁでも、ちょっと安心したよ。神者が悪に染まってしまったのかと思った」
「ふふ。君たち神者というのは聖者の集まりなのかい?力を手にしても自分の為に使役
しないとでも言うのかな?」
少しイラっと眉間に力が入ったのを見取れる。
「さぁ、よく分かんないな。俺は俺だし他人は他人、神者だろうが個性があるのは当然だし・・・でも・・・・・俺の仲間はあんたみたいな悪にはならない」
そう言うと零は戦闘体制を取り直した。
「善、悪・・・ね。君がそんなにつまらない人だったとは。私寄りの人種だと思ったんですが」
紳士は胸元に直立にレイピアを構え、戦闘姿勢を取る。
「殺す相手には名前くらいお教えするのが礼儀かな?
私はアグニ。死ぬまでの少しの間覚えておいてくれたまえ」
アグニはレイピアに炎の力を付加させた。
「俺は霧桐零」
呟くように答えると零は性質変化をして加速した踏み込みをした。
「零君か・・・」
目を見開き、紳士の表情はなくなった。叫びとともにレイピアを振りかざす。
「良い名だ!」
時間にして数分。二人の中では一瞬、または長い間戦っているかのような感覚。
二人の剣が重なる度、舞い上がる火の粉と火花。剣の衝撃による空気の共振。
そしてこの戦いの優位者は僅かに零の方だった。
豪快な大剣と隙を軽減する拳銃の二刀流。ジリジリとアグニを押していた。
「しつこいよ!」
燃え盛るフィールドでの戦闘の影響で汗が滲む。零は大剣を性質変化させ十数メートルの長剣へと変化させた。
ブォン!風が巻き上がる程の剣圧でアグニを左方向からなぎ払う。
「くっ!」
レイピアでガードはしたものの、火花というよりは爆炎の様なエフェクトを捲し上げ、二人の剣が十字に重なった。
瞬間のアグニへの剣の重さはフェイカーだろうと押し返せない程の凄まじい威力だった。
バァァン!甲高い金属音と音に見合う激しい衝撃で、アグニのレイピアは孤空を描き、空高く舞い上がる。零はすかさず切っ先をアグニの首筋に、そして銃口を向けた。
少し荒れた呼吸を調え、鋭い目つきでアグニを睨む。
「チェックだねアグニちゃん。・・・・捕まる?」
にこっと笑みをこぼすも瞬く間に表情を変え、少し淋しい顔をした。
「それともここで死ぬか?」
・・・・・・・・・・・・
けれどアグニは動じない。それどころかさっきの紳士的な態度に戻っていた。
「その目・・・ふふ・・・殺してみてはどうです?」
嬉しそうに微笑を浮かべ、零を挑発する顔をした。数秒間の沈黙ののち、零は判断を固めた。剣と銃はそのまま構えていたが、若干殺伐とした気を緩めた。
「・・・・いや・・・捕まえるよ・・・大人しくしてくれよ」
そう言うと零は、剣の長さを少しづつ縮めながらアグニに歩み寄る。
そして距離を半分くらいまで詰めた時。タイミングが悪かった。
「れい!うちを置いてどっか行きやがって!こんなとこにおったんか!」
炎の向こうから茅乃が威勢の良い声を発しながら現れた。
「なっ!」
零は想定外の事態に言葉を失う。
「おぉ!もう勝負はついとるではないか!流石はれいじゃ!」
どこか誇らしげにこっちへテクテクと歩いてくる。その手に武器はない。茅乃に目を奪われていた零はハッと我に返りアグニを見た。でも遅かった。アグニは零の剣の切っ先から10メートルほど下がったところにバックステップをし、両手を合わせた。合わせた両手から小さい魔法陣が現れると同時に手を開く、光り輝きながら一つの棒のような炎が。
キュン!という音とともに炎の棒は槍の形に変わる。
熱気で周りが霞むほど燃えたける炎の槍を召喚したのだ。
「なんじゃ!」
茅乃はようやく異変に気づく。
「緑髪の幼女!本当に君は幸運の女神だね!」
アグニは声と共に茅乃に向けて炎の槍を勢いよく投げつけた。
「茅乃っ!」
緊迫した状況の集中に、零の思考は止まっているかのように回転した。
大地の盾が間に合えば茅乃は助かる・・・だけど、間に合わないかもしれない。
剣で弾くこともできるかもしれない・・・だけど、出来るかもしれないというだけで、炎を切れなかったら意味がない。
刹那の間に幾通りの考えを導いたが、確実に助けられる方法を選んでいる時間がなかった。
ズバァッッ
鈍い音が目をつむった茅乃の耳に鳴り響いた。
ポタッ ポタッ
短いスカートから出ている色白な細い足に水滴が落ちてくる。
・・ありゃ、なんでうちは横になっておるのじゃ・・
疑問に思い、茅乃は恐る恐る瞼を開く。周りの炎と生きている外灯の光に照らされ零の顔が映った。
「れい!」
「・・・大丈夫か?・・・茅乃・・」
「おお大丈夫じゃ!零は」
と言おうとした声が止まる。
「そうか・・・・良かった・・・」
「れ・・・れい・・?」
声の震えが止まらない。唇が激しく揺れるのを我慢できなかった。そしてそれと同時に体が硬直した。茅乃の頭の中が冷静さを失っていく。
「・・れ・・・・・・・れぃぃ?」
―――怖い―――
「・・・・ん?・・・どう・・した?・・・怪我・・・・した・・のか?・・・」
か細い途切れそうな声で零は答える。あの音は零の身が裂かれた音・・・あの水滴は・・・・・
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!れいぃぃぃぃぃぃ!」
零の右脇腹に大きな穴が空き、大量の血が吹き出し、口から多量の血が滴り落ちる。
やめて! やめて! やめて! やめてぇ・・・
茅乃は座り込んだまま瞳孔を開き、思考が停止しかけている。零は茅乃にそっと寄りかかる様に倒れ込み、それと同時に大量の血が地面に飛び散った。
はっ!っと我に還った茅乃は横たわる零を恐る恐る視認する。
「・・っ・・・・れ・・・・れ・・・ぃ・・」
何かが外れた様に、ガタガタと震えながら多量の水滴が大きな瞳から流れ落ちる。
「・・・・れぃ・・・れぃ・・・」
小さな手で必死に流れる血を止めようと穴を塞ぐが血が止まらない。
「・・・どこにも行かんでくれよぉ・・・・・れいぃぃ・・れぃいいい・・・」
・・・・・・・・・・・・・・
奏達の到着はこの瞬間だった。
――あれ・・・零だよな・・・――
思考が遅くなった奏とはうらはらに、プキは迅速に駆け寄っていく。
「れ!零さんっ!大丈夫ですか!?」
プキは涙で顔がめちゃくちゃになった茅乃に聞く。
「れぃが死んじゃう・・・・れぃが死んじゃう・・・」
必死で血をとめようとする茅乃にプキは厳しく当たる。
「茅乃さん!あなたは医療系の神者なんですよ!そんなにとりみだしてどうするんですか!?」
「れぃぃぃ・・・・・・」
「ちゃんと治療してあげてください!茅乃さん!」
「・・死ぬなよぅぅ・・・・」
「茅乃っ!」
プキは大声で怒鳴り、茅乃の柔らかいホッペを両手でツネった。ムギュっとした顔をプキは自分に向けた。
「いいですか!?茅乃さんがちゃんと治療すれば必ず助かります!
零さんが大切なら泣かずに治療してあげて下さい」
小さい子、まぁ確かに小さい子だが。それを諭す様な厳しくも優しい笑顔で茅乃を説得した。
「・・・・わ・・分かったのじゃ・・・・ヒグッ」
半べそをかきながら茅乃は能力での治療?のような魔法を始めた。その姿を見てニッとした顔をすると、プキはコンテナの上を見た。
零が追っていて戦ったと思われる男。そいつは高くからプキ達を見下ろしている。
「あなたですか・・・」
プキは朧桜を再び鞘から抜く。
「零君のお仲間かな?少し遅かったね。最高のショーでしたよ?ふふ」
アグニはコンテナから飛び降りプキの方に歩み寄る。
「許しません・・」
プキは朧桜を胸元に構えた。刀身がキラリと鈍く薄紅色に輝く。
奏は怖かったが零の状態を見て、違う意味の怖さともう一つ。心の中から湧き上がる怒りを感じた。そして自然と小型短剣の刀身を出していた。
「ふむ・・・君しか戦えそうにない・・・かな?」
アグニはそう言うとレイピアを胸の前に直立で構え、炎を纏わせた。
「まぁいいか・・・女の子を殺す方がおもしろいからね。楽しみだよ?」
「その言い方、今まで何人も殺したように聞こえますけど!」
ヒヤリと怒りを漂わせながらプキが言う。
「ふふ。僕は別に数に美徳は感じない。気にしたことはなかったので何人かは分からないな。でも・・・・できればもう少し若い方が好みかな?」
「・・く・・・最低な人ですね」
プキは刀身に水の力を付与した。神秘的に青く輝きながら、刀身の周りを水が循環し続けている。
!!?
「はは・・・水・・・ですか。ふふ、あなたも神者とかいう聖者気取りでしたか。流石は零君の仲間だ。ですが水とは・・・少し相性が悪いですね・・・・でも・・・」
レイピアの炎が勢いを増し、細剣が見えないくらいに燃え盛った。
「それはそれで楽しめそうだよ!」
言葉と共に、アグニは空に飛び上がる。プキの頭めがけて上段から振り下ろした。
キィン!空からの全体重をかけた剣をプキは刃先に片手を添え、両手で受け止める。
炎と水。重なった二つの剣からは激しく水蒸気が噴射する。
「ほぅ」
アグニはニヤリと笑い得意の連続攻撃を繰り出す。常人の目には視認することさえできぬ速さで2人は剣を交える。交わる度に水蒸気が出て、二人の間は濃霧がでているような程の濃さになってくる。プキは刀を捌きながら左の瞳をブルーに輝かせた。
ピキキっ・・・と音を出し、空気中の水蒸気が氷の造剣へと瞬時に変わる。
「あぁそうでした。確か聖者さんは魔法陣いらずでした・・・ねっ!」
アグニが右足をタップした所に魔法陣が浮かび上がる。靴より少し大きい魔法陣だ。そしてすり足の様に、自分の周りに円を描いた。
カッ!と足を這わせた円上に魔法陣が6個浮かび上がる。
「六つ首、火天回廊(かてんかいろう)」
ぼそっと呟いた声を合図に炎が上がる。高温の火柱が6つアグニの周りに駆け上がった。
プキはすぐさま回避行動をとり、刀を構え直した。
火柱のせいで氷の剣は跡形もなく溶けてなくなってしまっている。
「氷はあなたと相性が良くないみたいですね!」
プキは再び刀に水を流し込みだす。
「水を使われては僕が不利だけどね。でも驚いたよ。女の子でもこんな戦いができるなん
て・・・今までの子たちももう少し足掻けば笑えたのにね・・・ふふふ」
ゆらゆらと火の粉のような光になり消えていく火柱の中、緩んだ口で加えて言う。
「逃げ惑い恐怖に歪む子も好きだけど・・・君もいい、いいと思いますよ?ふふ」
「最低ですね・・・気持ち悪い人に好かれても迷惑なだけです。零さんをあんなにしたあなたは絶対に許しません!」
「ふふ。許さなくてもいいよ。君が向かってきてくれれば僕は楽しいし・・・
それに、零君には失望しているよ。彼の憎しみのこもった目が好きだったけど、すぐに優しい目に戻る。多分、そこにいる幼女のせいなのかな?挙句最後はその子を庇って倒れるなんて・・・とても・・・・残念だ・・・」
ギラッと睨むアグニの目にプキは一瞬怖じたが言い返す。
「あなたはおかしいです!どうして簡単に命を奪うんですか!?」
「楽しいからだよ」
即答だ。にやけた顔でアグニは即答した。
「な・・・・楽しい?・・・ですか!?」
「そうですよ?力があれば誰でもそうなると思わないかい?考えてもみてくれ。
人は古来より動物を狩っている。それは力なき動物を捕食する行動・・・
そしてその人間の中でも僕は一つ飛び出てしまった。そうなれば。他の人間は僕より下等な種族に成り下がってしまう。なら簡単なことですよね?狩る側の立場のあなたなら分かる事です・・・・狩るんですよ・・・弱者を」
淡々とおかしな御託を並べ続けるアグニにプキはそれでも言い返す。
「力なき者を守ったりすることもできるはずです!
力があるからって全員があなたみたいにはなりません!」
「・・・・・・・君たち神者って生き物は皆そんなに聖者みたいなことばかり言うのかい?
・・・くだらない・・・・本当に残念な人達の集まりなんですね・・・」
アグニはそう言うと肩を落とし、右手に持っているレイピアの先を地面につけた。
その地面から魔法陣が浮かびだし、なにか技を出そうとした時だった。
ドン!
アグニとプキの対峙しているところから数メートル離れた場所で音がした。
――ゆる・・・さない・・・――
奏だ。自分の前方に短剣を構え、倒れそうなほどの前のめりでアグニに迫っていく。
――楽しいから人を殺すなんて、許さない!命をなんだと思っているっ!――
走り寄る奏の目は綺麗なブルーなのだが、理性をなくした獣のような一面も見える。
「ふ・・・君も戦えたの
キィン!
アグニの声に聞く耳も持たず斬りかかった。
「くっ!」
奏はがむしゃらに短剣を振るう。上、下、右、左。
規則性の全くない連続攻撃、プキよりは速度が劣るものの奇襲攻撃にアグニはひるむ。
「奏さん!?」
突然の事態にプキは慌てて奏に呼びかけるが全く反応しない。奏は完全に周りが見えていなかった。
「お前みたいなやつがいるから!」
一見押しているようには見えたがプキにはわかっていた。奏の身体の至る所に切り傷が見えてきている。アグニは剣をさばきながら奏に軽症程度の切り傷を与えている。遊んでいるかのように。
「奏さん!」
プキは朧桜を胸の前に横に構えた。そして左手の中指と人差し指を刀身の鍔から切っ先まで、這わす様に撫でた。それに遅れて鍔から切っ先までが青白く輝きを放つ。
そして刀を地面に力強く突き立てた。
「殺してやる」
奏は短剣で渾身の突きをアグニに放つ。
「浅はかな子供だね、やっぱり子供は0点・・・だよ」
最初は焦ったが、直ぐに奏の動きを見切っていたアグニは突きを軽くさばいた。
下段から手首のスナップを利かして短剣を上にかち上げる。上がったレイピアを下に振り戻すと同時に短剣を持っている手首付近の柄を正確に弾き落とした。
「あっ」
奏は一瞬で我に返った。
――くっ!殺されるっ!――
その瞬間。
ドバァァァ!
奏とアグニの間の地面から高圧の水流が吹き出した。アグニの方に傾いた状態で噴射する水は切れ味の攻撃判定を持っている。反応したアグニはすぐさまバックステップで距離をとった。
「プキ!」
正常に戻り、元の澄んだ瞳に戻った奏はプキを見た。プキは少し怒った顔で奏を睨む。
「奏さん!一体どうしたんですか!危ないことはしないで下さい!」
言い終わる前にプキはアグニに向かって走り出す。奏の側面を通り過ぎる際に奏に叫ぶ。
「下がっていてください!守れませんっ!」
フワッ
いたずらに通りすぎる風で奏の髪がなびく。
――くそ・・・俺はまた・・・・――
傷ついた自分自身の体を見て奏は驚いた。
――こんなになっていることに気づかないなんて・・・・俺は本当にどうしたんだ――
小さな切り傷の痛みよりも、奏は急に胸の辺りが痛くなった。
【守れません】
その言葉が脳内をめぐる。あぁ・・・本当に羆の言う通りだ。足でまといにしかなっていない・・・
胸付近の服を右手でひねり潰すようにグシャっと掴んだ。
「プキ・・・・負けるな・・・」
自分の無力を悟りその場に立ち尽くした。奏はただただプキの戦いを見ることしかできなかった。
「一首、炎閃」
アグニは炎の槍を迫ってくるプキに投げつける。さきほど零を貫いた槍だ。
高速で迫りながらの高速の投擲物。プキの槍が飛んでくる体感速度はありえない速度だったが、冷静な状態で見極めれば神者に見えない訳はない。躱すと後ろに被害が出るのも簡単に予測できるため、プキは刀を握っている右手に力を加え、刀身に水流を。そして左から右へと朧桜でなぎ払う。ジャストミートで炎の槍を捉え、粉砕した。
「ふっ、良いね」
アグニはレイピアを掲げ、地面を蹴る。数十秒の剣の捌き合いが始まる。
プキの刀のひと振りひと振りは軽く見えて重い。しかしアグニはレイピアで軌道を受け流すように精密に弾いていた。セオリー通りに行くなら受け流したあとはカウンターで決着が着くのだが、そこはプキの身体能力の高さで隙をなくしている。
途中、プキは右に弾き流された刀をそのまま体ごと一回転して威力を上げ、再び左方向から強力な一撃を繰り出す。回転の最中水流の効果も強めていた。
キィン!金属音が鳴り響く。レイピアを弾き飛ばすまではいかなかったが大きな隙ができた。
プキはもう一回転を加え、右足の回転蹴りでアグニの右脇腹を打ち抜いた。
「くっ」
苦痛を浮かべたアグニは数メートル先のフェンスに叩き付けられる。
先の戦いでの傷もあり、アグニは口から血を流す。
「ふふ、強いね・・・君も。だが甘い。やはり聖者のつもりかな。
追い討ち、汚い手は使わないんですね?今のも剣での攻撃なら今頃僕は真っ二つなのに」
口に手を当て流れ出た血を拭き取りながらプキを見る。
「すみませんが?あなたに手加減なんてしてませんよ」
氷の目。まさにそんな感じの目だ。プキはプキらしくない冷ややかな眼光でアグニを睨んだ。
!!!!??
アグニが気づいた。口からの血は蹴りだけではない。背中に三本の氷の剣が刺さっていた。
「いつの間に・・・」
驚きながらも不気味に笑いを見せ、プキを嬉しそうに見つめる。
「ふふ・・・素晴らしい・・」
ごほっと多量の血を吐きつつも炎を纏い、背中の剣を溶かした。
「しかしこの流血量は少しまずいですね、死んでしまってはこの先あなた達と遊べません」
そう言うとアグニはレイピアを胸の前に横向きに構え、瞳を閉じた。
「百首、嘆きの壁」
カッ!とアグニの前に横数十メートルに渡って魔法陣が無数に輝きだした。
「何をする気ですか!」
アグニはニコッとプキの言葉に答えた。
「大人は引き際が肝心ですからね・・・ではまた」
ドドドドドドォーン!!
全ての魔法陣から炎が噴き上げ、数十メートルの炎の壁が姿を現した。うっすらとアグニが歩いて去っていくのが確認できる。
「・・・くっ・・・」
だが去る者追わず。プキは零の安否が気になり零の下に駆け寄る。
「茅乃さん!零さんは!?」
茅乃はさっきの半べそな女の子ではなくなっていた。
「だ、大丈夫なのじゃ。細胞の修復もできたのじゃ」
ひょろひょろ~っとプキはその場に崩れ落ちた。張り詰めた緊張感から開放されたからだ。
「は~~~~。良かったです・・・・」
そこに奏も後ろめたそうにゆっくりと歩いてくる。多少ごもりながらも口を開く。
「プキ・・・・悪かった・・・・」
「いえ大丈夫です。奏さんも無事で何よりでした」
ニコッと笑顔で答えるプキの優しさが今日は痛い。でも敵が去った安心感で奏もその場に座り込んだ。
「零、生きているんだよな?」
「おう大丈夫じゃ。うちが一生懸命治療したのじゃ」
「そうか・・・」
今回のこの戦いは敗北に近い結果だった。
零は瀕死の重傷。奏とプキも怪我したし、何より敵を倒すことすらできていない。
2人に逃げられたのだ。でも奏にとって、心の収穫は大きなものだった。
もちろん。本部に戻ったあと奏は羆にこっぴどく怒られた。
埠頭での戦いから五日後。ローゼンクロイツ本部・医療塔12階。
あの夜から奏含め4人は本部で待機していた。もちろん零は治療中だ。
二日前には零は意識を回復し、すべての経緯を話した。医療室で、クリス、羆、奏、プキ、茅乃の立会の元、零の話を聞くことができたのだ。簡潔にまとめるとこうだ。
ロンドンでの任務中、零達はアグニに遭遇したらしい。戦闘になりその時は茅乃と2人で追い詰めていたらしいが、銀髪の男が突然乱入し逃げられた。もともと任務の対象はその銀髪だったらしいが、ロンドン市内の路地裏で幼い子供を殺していたアグニに標的を変えたみたいだ。これは零の独断行動。そして痕跡を諜報員に極秘で依頼し日本にいることを把握。
日本に来た。そしてついでに俺達に会いに来たって感じだったらしい。
やっぱり零は俺達に助けを求めようと来たらしいが、自分の失敗で他人を巻き込むことに酷い背徳感を感じ、助けを乞うのをやめたみたいだ。
そして茅乃には都内の宿泊施設でジュースに睡眠薬を飲ませ、一人で戦おうとした。
でも薬害を恐れて少量しか入れなかったせいで、途中目を覚ました茅乃が来てしまい、あの夜の悲劇に繋がった・・・・ということだ。
二日後の現在。リアルタイム。
――はっ・・・簡単な話。零が一人で背負い込んでたって訳か・・・――
宿泊塔8階の個室で奏はベッドの上で三角座りをしていた。
――零は零なりに・・・守る戦いをしてたのか・・・――
ベッドにそのまま仰向けに倒れこむと、天井を見上げた。
「何してんだよ・・・俺・・・」
綺麗な女の子の様なナリをしてても中身は臭いくらいの男。守られることはなにか歯がゆい感じがしていた。
――前に羆に偉そうなことばっかり言ってたけど・・・やっぱりガキか・・・俺は――
息苦しそうに寝返りをうった。それにしても零の行動はどこかおかしい。背負い込むとかどうとかじゃなくて自分を気遣わず、周りだけを守ろうとしている。
良いことって言えば良い事なんだけど、なんか度が過ぎてる印象がある。
羆が前に通信で「「あいつまた」」みたいな発言があったのは、前にも一人で危険な任務をした事が何回かあるかららしい。クリスも対策として発信機とかをこっそりつけてみたらしいけど・・・あいつの能力にはそういう類はすぐに破壊されるやらなんやら。
「それで問題児って訳か・・はっ・・・ただの良いやつじゃないか・・・」
奏は一人思いにふけっていた。ゴロゴロと何回も寝返りを打ち、考え込む。零の過去に何かあったのか。そんな発想にも辿り着く。過去の事なんてここの施設のデータを見れば直ぐに分かるんだろうけど・・・
――俺も安易に過去に首を突っ込まれたくないしな――
急に胸に重りが落ちた。思い出すとドッと胸が沈む。考えてはダメだ。
――ここのやつらは知っているんだろうな・・・だから聞かないのか――
今度はうつ伏せになってみた。胸の重さに身体が潰れそうだったので、下向けに・・・
なんてバカな発想だ。
その時 コン コン
扉からノックの音が聞こえた。
「はい・・・?」
奏はちょっと慌てて元の三角座りに戻す。
「零だ~、入っていいか?」
だらしの無い声だ。でももう歩けるくらい回復したんだな。と奏は少しホッとした。
「あぁ」
ウィーン 押しボタン式の自動ドアが開いた。
「おっす、もう怪我大丈夫か~?」
こっちの台詞だ!と奏は心の中で思ったがシレッと答えた。
「あぁ、茅乃が治療してくれたからスグ治った」
「そっか、良かった」
零は一人用ソファーに腰を下ろした。
「ほい、牛乳だよな?」
零はビン入りの牛乳を持ってきた。確か1階に売っていたっけ。本人はコーヒーだ。
「あぁ・・・わ・・悪いな」
全く素直じゃない。てのは分かってるけど・・・
ポン 蓋を開けて一口牛乳を飲んだ。ん~やっぱ家の方がうまいな。
「・・・・・・」
微妙な沈黙の間が流れた。奏は自分から口を開いた。
「・・・おい」
「ん~」
「お・・・・お前は・・大丈夫なのか・・?」
零の傷は凄かった。茅乃の治療は確かに優秀だったが心配はしてしまう。
「はは、虚神ちゃん心配してくれてたの?」
零はコーヒーを飲んで少しバカにする様に笑った。
「・・・もういい・・・」
「ははは、冗談だって。大丈夫だよ。あいつの治療魔法はすごいから」
「・・・・・・・・ならいい・・・」
元気に話す零の顔色の良さに奏はようやく安心した。それにしてもつかみどころがなくて変なやつだ。またも数秒の沈黙があったが零はちょっぴり真面目に話しだした。
「虚神ちゃん・・・ごめんな。プキに聞いたよ。俺を助けにきてくれて。
あんな奴らと戦うのは怖かっただろ?」
普段だらし無いやつの低いトーンの声は妙に胸にくる。でも図星か。怖かった。戦うと決めて行ったのに怖かった。覚悟がなさすぎたんだ。あんなのただのガキの思いつきみたいな軽率すぎる行動だったんだ。奏は三角座りに顔をうずめこんだ。
「・・・はっ・・・・大したことないよ・・・」
言葉よ。正直に出てこい!と思ったがちらっと見た零は本当に悲しい目をしていた。
「そうか・・・・じゃあいいんだけどね。良かった」
その言葉に似合う表情はしてなかったけど、奏は黙ってうずくまった。
「じゃあ戻るわ。ドクターに怒られる。またね~虚神ちゃん♫」
飲みかけの缶コーヒーを手にそそくさと零は部屋を出て行った。
なるほどな。奏は脳みそを回転させた。
――あいつにとって、俺は守る対象ってことなのか――
悔しい。なんてガキみたいな考えはやめだ。ただ守られるだけじゃなく守りたい。零、プキ、茅乃もそうだが。本当に大切な人を守りたいと思えた。
あの火を使うフェイカー。アグニの犯した犯罪を聞いたりしたらなおさらだ。殺人数およそ38人。全てが12歳までの子供だ。なぜ子供ばかり狙うかは分からないが、神隠しの様に子供をさらい、路地裏などで無残に殺す。そして最後は火葬だ。
笑えるくらいにクソだ!零にその話を聞いた時は怒りで身体が震えた。
別に正義の味方を気取りたい訳じゃない。ただ悪を見て見ぬ振りをするくらい無関心じゃないつもりだ。まして、俺の同類は作りたくない・・・・と奏は思っていた。
――強くなれるのか・・・――
あぁもちろん戦う為じゃない。結果、そうなるだろうが守る為だ。
今回の出来事は奏の心の何かを変化させるには十分すぎる事だった。
・・・でも・・・誰かを守りたいなんて・・・
・・・本当はとても恐ろしい感情だ・・・
奏は深く・・・・深く瞳を閉じた。
零が出て行ってから少したった。奏は相変わらずゴロゴロと天井を見上げていた。
「あ・・・学校・・・サボってる・・・」
当たり前のことにも今頃気づいた。それほどまで心の整理を付ける時間がかかったってことだ。
「・・・おじさんから連絡来てたらどうしよう・・・」
なんて独り言を呟いているとまたドアが鳴る。
コン コン
「あ・・は
「奏さぁーーーーんっ!」
プキが返事の前に大声上げて乗り込んできた。奏はジト目でプキを凝視する。
「・・・・・マナー・・・・」
プキは、はっ!と大げさに引き、ササッと廊下に戻っていく。
なんなんだあいつは・・・って。ん?
――今あいつゴーグルと浮き輪みたいな物持ってなかったか!?――
それは奏の見間違いではなかった。プキは本日二回目の入室をしてくる。
コン コン
なんとも腹立たしい間だ。いかにも上品なお嬢様を気取っているかのような絶妙な間。
力加減。しかしあいつがやってると思うと妙にイラッとくる。
奏は返事をせず、ゴロンとベッドに転がる。
コン コン
――うるさいな・・・――
コン コン
明らかに間が早くなっている。もうそろそろ我慢の限界か?奏はドアを凝視する。
コンコン
・・・・・・・・・・・
「もうぉぉぉぉぉぉ!」
ウイーン
「返事して下さいよ!!奏さん!!」
フグみたいに膨れたプキがプンスカ怒って入ってきた。
「悪いな」
奏は棒読みで謝るフリをした。というかやっぱりゴーグルと浮き輪だ・・・。
「むぅぅ~~~」
のめり出すかのような体制で怒りを表現している。でも瞬時に笑顔になる。
「奏さん!プールへ行きましょう!」
「はっ?」
「プールです!プール!」
「バカ。本部待機中だろ?それにまだちょっと寒いし」
奏のやる気のない返答に、プキは誇らしげな顔で腕を組み見下す感じで答えた。
「医療塔のB1にはリハビリ用プール施設があるのです!」
「・・・・で?」
「息抜きに行きましょう!」
「・・・・・嫌だ」
冷たく言い放ちベッドにうつ伏せになった。
「むぅ~~~。そうはいきません!」
プキは奏の腕を掴むと無理やり医療塔B1へと連行した。
「まじか・・・・というか本格的だな・・・」
結局来てしまった奏は唖然とした。地下の地下にこんな施設があるなんて。
しかしウォータースライダーとか流れるプールもあるなんて。本当にリハビリ用かよ。
上層部の悪意を感じる。特に司令官の・・・。
奏はリハビリ用海水パンツを借り、着替えて先にプールサイドに来ていた。
その姿はいよいよ女の子同然。胸のふくらみがない女の子と言われれば分からない程だ。
細い手足に日焼けをしていない真っ白な肌。男性の表現では伝わりづらい美だ。
実際の海辺、プールで堂々と歩くには何かの罪に問われそうである。
少し遅れてプキが入ってきた。水色のビキニには白い水玉と、少量のフリルの細工がほどこされていて可愛い。そして意外にも身体の出る所がちゃんと出ていた。
「キャーー奏さん!犯罪ですよ奏さん!犯罪ですよ!」
奏の身体を見たプキは綺麗さに驚き騒ぎ立てながら近寄ってくる。
「うっ!」
戦闘中とは訳が違う。女の子は苦手なんだ。それも水着姿などっ!
奏はカァァっと赤くなりそっぽを向く。これは無理だ。
「ふふふ、じゃあ遊びますか!」
プキは奏の手を握り、グイっと引っ張ってくる。しかし即座に放して欲しい。
「お!おいっ!」
奏は大きな声を上げて手を振り払った。
「ど・・・どうしたんですか?」
振り返り口元に手を当てて呟くプキはなぜか眩しい。なんかキラキラの加工がされている様に見えてしまう。これが水着マジックか。
「じゅ・・・準備体操だ!」
奏は訳も分からず体操をはじめる。やはりテンパれば弱い。
「忘れてました!了解です隊長!」
シュッと敬礼をし、プキも体操を始めた。どうしてかこの体操は20分近く続けられた。
「そろそろ泳ぎますか!?」
「そ・・・そうだな・・・・もう体操は十分だろうな・・・うん・・・」
2人はプールに飛び込んだ。室内が暖かいのでこんな時期でも気持ちよく泳げる。確かに息抜きには良かったかもしれない。サンサンと輝く太陽。ギラギラと照り返す砂浜。はないけど正直こっちのほうが楽で良い。特に何かを話すことなく2人は泳ぎ回った。5分くらい泳いで奏はプールサイドに座った。足だけつけてれば気持ちいい。
シャバババババ!プキが高速クロールで通り過ぎて行く。
――早いな・・・・あいつ・・・――
「キャーーーー」
バッシャーン!次にウォータースライダーを楽しそうに滑っている。氷の魔法で板のような物を精製し、サーフボードの様に乗って降りてくる。
――自由だな・・・・あいつ・・・――
するとそのまま波に乗って奏の近くまできた。魔法を解くと奏の近くにチョコンと座った。
「どうですか奏さん?息抜きになりますか?」
水に濡れた表情は何割増しかで可愛く見える。水も滴るなんとやらか・・・。
「・・・あぁ・・・まぁまぁな・・・」
顔は当然やや反対向きだ。今日はまず見ない方がいいと思う。
「そうですか!よかったです♪」
プキがニコニコしながら足で水をバシャバシャしていると聞きなれた声が聞こえる。
「あら~~~?誰かと思えば虚神さん。プキさんも来ていましたかぁ?」
ク・・・クリスだ・・・・プキはまだ一緒に居る時間が長くてこれでも抗体がついた方なのに・・・
なのにクリスか!前のベッドの件もあり、最悪だ・・・。
「あ!はい!ちょっと息抜きに奏さんも誘いました!」
「それは良いですね~。ゆっくり遊んで下さいね~。私が無理言って作ってもらったハイクォリティなプールですから♪」
やはりこの人的に遊具目的の方が群を抜いているみたいだ。リハビリは肩書きか。
「それにしても・・・・虚神さん~?」
「・・・な・・・なんですか?」
チラっと見たクリスは予想通りの破壊力。抜群のプロポーションに透き通るどころじゃなく、透き通り続けられそうなほどの真っ白な肌。水着は大胆に黒色だ。
なるほど。これは可愛いな・・・世の中の男がこれを見たら逆に誰も声をかけないだろう。
その抜群の容姿でクリスが近づいてきて発した。
「抱きしめてもいいですか~?」
!!は?!!!!!
ビクゥっと奏は分かりやすく驚いた。
「・・・い・・・いやです・・」
下を向いて水を蹴り、平常心を保つ。そしてとても敬語だ。
「もぅ~けちんぼさんですね~」
「す・・・すみません・・・」
世の中の男がこれを見たら奏は瞬獄殺だろう。もったいない!
「ふふ。それにしても本当に妖精さんみたいで可愛らしいですね~。虚神さんは。ここが女子専用でも全然気になりませんよ~」
・・・・・・はっ?・・・・・・・・・・・・・
奏は硬直した。え?女子専用?ギギギっと錆びたロボットのようにプキを見た。
「あれ?言ってませんでしたか?」
――当たり前だ!!女子専用に進んで入るか!!――
と思い言葉に発しようと思ったが、もうひとり女の人が入ってきた。
「あ~レヴィちゃん~。泳ぎますよ~」
クリスが嬉しそうに手招きしている。あいつは確か、通信担当でクリスとよく話している女の子か。鮮やかな赤髪。ボリュームのあるツインテール。少し小柄な幼児体型、機械的な冷たい瞳をしているが今まで見ている限りでは意外とフランクなイメージの女の子だ。年齢は若く見える。というか若いのか・・・?なんてまじまじ顔を見ていると体にそこまで意識がいっていなかったせいで気付かなかったのか・・・レヴィはクリス以上の凄まじい破壊力をもっていた。
「お・・・・お前!!」
パクパクと動揺し、顔を赤らめて指を差す。
なんと。レヴィは水着の上を装着していない。いわゆるノーブラ的な感じだ。
「上っ!」
レヴィはなんにも動じる事なく自分の胸を一度見た。そして胸を指差し、頭を傾げて、ん?ここのこと?みたいな表情をする。できるだけ見ないようにしつつも奏は素早く頭を上下にふる。レヴィは奏のジェスチャーを悟ると答えた。
「ブラは嫌いだ。ムレる」
「せめて隠せよ!」
奏は間髪入れず突っ込んだ。あとこれに加えてムレるほど胸ないだろ!プールで泳ぐからムレね~よ!ってか動揺しろ!なんてツッコミの類が脳裏によぎるがキャラじゃないので一つでとどめた。
「女同士。照れる必要はない。ましてやお前もブラをつけてない」
「俺は男だ!」
「ここは女子専用。男は入れない」
ここまで女に間違えられるとは・・・てゆうか絶対知ってるだろ!通信員だし!
「虚神さんは男の子ですよ~。も~ホントに可愛いんですけどね」
そこじゃないそこじゃない。水着の上を指摘してやってくれ。奏はプキを見てレヴィの方に指を刺した。ほれ。お前が言ってやれ。的なジェスチャーだ。
「え?上を着てない方がいいんですか?」
――いや違う違う!アホかプキ――
「なるほど~。ふふ。じゃあ私も取りましょうか!?なんて」
な!ん!で!そうなる。女に囲まれてテンパっていると、どんどん悪い方向に行っている気がする。奏は勇気を出し、自らの意思でテンパりを強制シャットアウトした。
「アホか!違う違うそうじゃない!俺がここにいるのも悪いんだけど!男の前でお・・・おおお・・・おっぱいなんか出すんじゃねぇよ!」
頑張った。奏は偉く頑張った。でもこいつらの前には奏の勇気も無残に散りゆく。
「か・・・奏さん。珍しく大きな声を出しましたね・・・なんかちょっと感動です。
いっつも、はっ。とかへっ。みたいな不貞腐れたことばっかり言ってたのに・・・」
え?声!?声のトーンの話じゃない!ていうかそんなイメージだったのか・・・
「ふん。お前が男だろうがなんだろうがクリス以外の命令は聞けない」
命令とかじゃない!モラルの問題だ!というか手ブラくらいしろ!
「まぁ~虚神さん・・・・。ウブで可愛らしいです~♪抱きしめてもいいですか?」
「いやだ!」
なんだこいつらは。全然会話が成立しない!
――俺がツッコミっぱなしだ・・・――
やいやい漫才のように会話を重ね、こいつらに対してのコツを知った。 レヴィはクリスの言うことなら間髪いれず即実行。クリスはなぜか奏の言うことを受け入れてくれやすい。
ならばクリスを通してレヴィに命令が可能という事が分かった。ブラも直ぐに装着してくれたので一安心だ。そのあとのクリスのやりましたよ~私。抱きしめてもいいですか的な哀願する目が可愛いのだけれどツライので避け通した・・・。プキに関しては元々扱いやすい方のやつなので元々そこまで害はない。ようやく落ち着いた4人はほのぼのと遊びだす。レヴィとプキが壮絶に遊んでいる横でクリスと奏はプールサイドに座っていた。
「クリス・・・さんは仕事大丈夫なのか?こんなところにいて」
「はい~。羆さんがやってくれています~。月に一度くらいこうした息抜きの時間を作ってくれるんですよ~。優しい方です」
と言いながらクリスはヘアバンドを手でいじくり回して遊んでいる。そういえば羆はクリスへの忠義がすごかった。こういう気遣いもできるんだなと奏は少し関心した。
「そうか・・・まぁたまには息抜きも大事だな」
「はい~・・・私たちローゼンクロイツの任務を忘れてはならないんですけど。少し頭を冷やして見つめ直す時間も大切です~」
はしゃぐ2人を保護者のような暖かい目で見守りながら、クリスは嬉しそうだ。
でもこんなに若くて綺麗なのに、一歩も二歩もずっと先に行った心を宿している様に思えるくらい、芯の図太さというか強さを感じることができる。羆が言っていた責任とか重圧のせいなのか。最近、奏自身心の未熟さを痛感したせいもあり、クリスがひどく大人の女性に思えた。だが逆に痛々しくも思えた。
「クリス・・・さん。俺に何かできることはあるか?」
「ふふ、いきなりどうしたんですか~?」
クリスは口に手を当てて上品に笑った。というか笑いのリズムで胸元の何かが揺れてる・・・
「いや・・・・いぃ・・・」
奏は反対方向を向き赤い顔を隠した。
「う~ん・・・そうですね~・・・長生きですね~。ちゃんと人生を長く生きてくださいね」
多分こっちを見ながら笑顔で言っているのだろう。本当に優しい声だ。
「あとは~・・・
チャポンと水の音がした。するとクリスは奏を後ろからそっと抱きしめた。
「抱きしめられて下さい」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
硬直。まさかクリスに瞬間冷却装置の機能があったとは。氷の魔法か?
奏は一瞬で固まり、顔が赤くなる処ではない。そして背中に柔らかいマショマロのような弾力の物が二つ当たっている。軽く精神が崩壊しそうだ。
「なんて冗談です~。あ、でも抱きしめちゃいました~」
ふふふと笑っているが奏はそれどこじゃない。クリスはゆっくりと身体を離れた。
「気分を悪くされましたか?」
クリスは奏の傍に腰掛け、少し困ったかのような表情で気遣う。奏の硬直ぶりに反省をしているのだろうか、別に嫌がって硬直ではないのだが、優しいクリスは悪い方に捉えてしまっている。というよりそもそも男としてこんな抜群の美女に後ろから抱きしめられて嫌な奴がいる訳がないであろう。むしろ大半の男が夢も描くことかもしれない。そして生涯を終えて逝く。
繰り返すが、奏は見た目は可愛い女の子だとしても中身は生粋の男だ。
加えて女の子と接するのが苦手。いやもう手がつけられない破壊力だ。
「・・・・い・・嫌って・・・訳じゃない・・・」
ちょっと誤認を招く言い回しだ。もっとしてくれとも聞いて取れる。
そしてこういうのは良い方に取りやがる。
「まぁ~本当ですか~?じゃあこれからもさせてくださいね~?」
きらめく笑顔で嬉しそうに奏を覗きこむ。ダメだ。断れない。
そう思い発する言葉に選定をかけていると、ある意味救世主が現れた。
「やいやいご両人!何してるんですか!?」
氷のボードに乗ってプキが近づいてきた。レヴィも一緒だ。
「何って・・・」
奏はなんとも言えず口詰まる。
「虚神さんを抱きしめさせてもらいました~。ふふふ」
いや立派。ホントにその通りだけどストレートだ。
「なっ」
プキはプールの水に浸かりながら分かりやすくおののいた。そして奏の顔を見て少しホッペを膨らまし、目を細めた。
「不潔です」
「はっ・・お・・俺が頼んだんじゃない!」
「そうなんですか」
「あ・・あぁ」
「ほんとに?」
「私から勝手にしちゃいました~。妖精さんみたいでほんと可愛くて~」
「・・・そうですか・・・」
「あ・・あぁ」
それにしてもこいつが食ってかかる話じゃないだろ。なんて思いながらもこの場はどうにか保てた。それからワイワイと一時間くらい遊んだのか・・・。クリスともなんか仲良くなれた気がしたし、レヴィも最後のほうは話せた気がする。プールに連れてこられた時は正直めんどうくさかったが、なかなか楽しかった。と正直な気持ちを奏は胸に秘めた。悩みこんでいた戦いへの不安もうまいことほぐれた。それに女ばかりとはいえこんなに遊びという遊びをしたのは久々だ。プキも本当は気遣いのできるやつなんだな、とプキを少し優しい目で見た。
――ありがとな・・・プキ――
四人は少し疲れながらにプール(リハビリ施設)を後にした。
「Cクラス任務?」
奏は尋ね返す。ちなみにここは指令室。プールの日から2日。羆が奏に提案を持ちかけた。
「そうだ!ローゼンクロイツ指揮下の特殊諜報部員達によると、例のフェイカー達の所在はつかめてないが、近日何か事を起こす可能性は極めて低いとの報告だ。
あの夜の戦いの埠頭で火のフェイカーの血痕らしきものが多量採取できたそうだ。
致死量に近い量だったそうだからな。また攻めてくるには時間がかかるだろう」
「やっぱり死んでなかったのか・・・」
「うむ。だがフェイカーばかりが驚異ではない。事件は世界中で起こっている。しかしお前達神者。能力値異常者の力があれば容易に解決できる凶悪事件もあるのだ。
簡単に言えばそういう事件の解決がCクラス任務だ。」
淡々と羆は語るが奏はちょっとキョトンとしている。本部待機命令から一転。今度はとうとう任務に就くらしい。零が重傷を負い、プキと奏が軽傷を負ってしまった為に出ていた待機命令だが、三人の傷もすっかり回復した。茅乃の回復魔法さまさまである。
話によると、ローゼンクロイツの神者、能力値異常者は基本ツーマンセルで任務に就く。
神者はローゼンクロイツの最重要の保護対象なのだが、それに重ねて敵となったフェイカー、能力値異常者に対する唯一の対抗手段でもある。これは前にプキが言っていたやつだ。
危険なのは百も承知だが前線に出るしか手段がないということだ。という訳で小手調べのCクラス任務の勧めだ。フェイカーなどの相手をする訳ではないが、人助け件実践経験の獲得と、一石二鳥である。とのこと・・・前に羆が言っていた話の通り、能力値異常者は悪に染まるケースが多い。力があるから人助けをしたい、なんて正義の味方を気取りたがる奴がこの現実世界に一体どれくらいいるのだろう。大半は悪に染まるのが世の中だろう。
その点奏含め他の奴らは少数派だ。任務で命をかけて人助けをすることに抵抗があまりない。確実に理解をしている訳ではないが、奏は現実的条件をつけて任務を引き受けた。
「・・・まぁ良いが・・・学校は行くぞ?」
「ははは!良い良い!こちらが一方的に引き込んだみたいなもんだ。ある程度は自由にしてくれてかまわない。それにペアは他にもいるからな。おいおい出会う事になるだろう!」
――他のペア?自然ペアだけじゃなかったんだな――
「それで?もう任務があるのか?」
「いや今はない。まぁこれからの連絡手段としてこれを渡しておく」
羆は奏にアンティークのお洒落な時計を渡した。見た目は高級感もありかっこいい。
でもサイドのボタンが普通のよりは少し多めだ。
「時計?これをどうするんだ?」
「使いかたはプキにでも聞け。一応それは高度な通信機器だ」
「え!?私ですか?」
なぜかプキはギョッと驚いて一歩下がる。
「お前だ」
容赦なく羆の追撃。奏は大体の察しはついている。
「はっ、分からないんだろ?お前これと同じの家に置いてたよな」
「うっ!」
プキの顔を見て羆の表情が怒りに変わった。
「ちゃんと付けて回れって言ってるだろ!旧型の携帯パソコン型は早く卒業しろ!!」
「うぅ~~すみません!」
プキは半べそをかいて両手で頭を隠している。
「羆さん。使いかたを教えてくれ」
―――――――――――――――――――――――――――
てっきり難しいのかと思ったが簡単だ。プキはやはり機械が苦手だった。
奏はすぐに使いこなすことができた。
「虚神さん達はそろそろ自宅に戻りますか~?」
話に節目を見てクリスが言う。奏はプール以来少し対応に困っている。
「そうですね。奏さん、待機命令解除が出たことですし家に帰りますか?」
――こいつ・・・・すっかり俺の家を自分の住処気取りだな・・・――
「そうだな・・・戻っていいなら戻る。学校も休みすぎた」
「あっ。その件なら大丈夫ですよ~?虚神さんのおじ様が対処してくれてます~。公欠扱いで通知表にも乗りませんよ~」
「えっ?そうなのか?」
――おじさんの権力は絶大だ。何か裏の手でも使ったのかな――
「・・・まぁ帰るよ」
奏はそう言うとエレベーターの近くで話している自然ペアを見た。
「零・・・・またな」
そう言うと零はにっこり笑った。傍の茅乃は妙にジト目で見てやがる。
「まぁ~。友情ですか~?可愛いです虚神さん♪」
ムギュ!クリスは見境なしに奏に抱きつく。これだ、あの日以来何かあれば抱きついてくる。2日間で14回目だ・・・・。慣れたとは言わないが抗体は徐々についてきている。
赤らめた顔で奏は冷静に振り払う。
「じゃあまた何かあったら連絡してくれ。羆さん」
「あぁ分かった!」
「虚神さん司令官は私ですよ~?私にお願いしてくれないんですか~?」
潤んだ瞳で哀願するクリス。かなりの可愛さだが相手にしていたらキリがないので奏はササっとエレベーターの方に歩いていく。それに合わせプキは一礼して後を追う。
「プキ!例の手続きがようやくできたそうだ!」
羆が少し慌ててプキに叫んだ。
「あっ!本当ですか!?ありがとうございます!」
「いつでも行けるからな!必要なものは送っておいた!」
「流石です羆さん!助かりました!!」
――なんの話だ?あんまり良い予感はしないが・・・――
奏は奇妙な不安がよぎった、エレベーターに乗る時零と茅乃が見送りがてらに口を開いた。
「またね。虚神ちゃん♪元気でね~」
「さらばじゃ!またの!」
ウィーンと閉まるドアの向こうでクリスが名前を呼んでいたが無視をした。別にクリスが嫌いとかじゃないけど近寄られたら苦手だ。エレベーター内でものすごい視線を感じるので恐る恐る見てみると、プキがガン見している。なんとなく理由は理解できたがそれも見て見ぬふりをした。ちなみに帰りだけは電車移動ではなくなった。エージェントが虚神邸に相互用の転送魔法陣を設置してくれているらしい。四人の魔導師に飛ばしてもらえば帰りは家の庭にひとっ飛びだ。今日は前の埠頭事件からちょうど一週間後の日曜日。明日からはちょっと久しぶりの学校だ。学校を休んだ事のない奏は妙な気分だったが、それよりも早急に家で休みたかった。
ローゼンクロイツ本部もなかなか居心地は良いのだがやはり家が落ち着く。
エレベーターを降り、一階で待機してくれていた転送魔導師さんにお願いする。
キュイン!光の柱の拡散と共に奏とプキは虚神邸へと転送してもらった。
――やっぱり転送は慣れない・・・――
奏は眩しく感じた瞼を開く。すごいな。一瞬で到着だ。そう思って庭を見渡した。
――あ・・・おじさんが来てくれたのか――
視界の先には精密に選定された芸術性の高い庭木。雑草一つない花壇。空気で分かる家内の清潔さ。おじさんが来れば必ずこういう状態になっている。
「1週間開けてたのに手入れがされていますね!」
プキはそう言いながらずかずか家に入っていった。
「・・・・・」
奏は家に入ると真っ先に大好きなフカフカソファーに腰を下ろした。
「はぁ~~~~~~~」
床の下まで抜けていきそうな深いため息を吐いた。やはり色々ありすぎた。
奏は腰を下ろしたままソファーの背もたれにだらしなく頭をもたれさした。
――なんか・・・・疲れた・・・・・――
家に帰ってきた安心感もあり、まだ昼前というのに瞳を閉じた。
・・・・・・ス~・・・・・・
プキがお手洗いを済ませリビングに戻ると、無防備な状態で寝ている奏を見つけた。
プキから言わせれば奏の寝顔はまた格別に可愛いのだ。
「お疲れ様です・・・奏さん」
そっと何かをかけようとしたが、何もなく。というのを理由にプキは奏の膝にゴロンと横になった。猫の様にくるりと身体を丸め、奏に引っ付いた。
「ではでは・・・奏さん・・・私もおやすみします~・・・・・・・・・・」
プキも疲れていたのだろう。奏のお腹にギュッと顔を寄せすぐに眠りに落ちた。
このあと目覚めた奏がプキに怒ったのは容易に想像できるだろう。
月曜日の朝。奏の想定外の事態が起こった。いや・・・想定内か・・・。
白を貴重とした上品なイメージ。まだ少し肌寒い今の季節はブラウスを羽織る。
多少細工の施されたシルクのカッターシャツ。袖元には小柄なフリルが縫われている。
蝶々結びのタイは黒色で、えんじゅ色のカシミアのブラウスには校章が施されている。
スカートは膝上10センチと短めで、校章の着いた黒のニーソックスがよく映える。
まぁこれが奏の通う近衛学園の女生徒の制服だ。で。その制服を何故かプキが着用している。くるりと1回転。スカートをなびかせながらドヤ顔で奏を見る。
「おい」
奏はドスの効いた深みのある声で尋ねた。
「それは俺の学校の制服だ。なんでお前がそれを着ている?」
「なんでって?今日から通うからじゃないですか!」
「・・・・はっ?」
「今日から私は近衛学園二年のA組ですっ!」
プキは胸元に手を当てて可愛く?ウインクをした。
――なんだよ・・・ウインクって・・・――
「はぁぁ~・・・・やっぱりそうか・・・予想通りか・・・」
奏は途切れそうな細い声でため息をつく。
――まぁでも今の状態ならこの選択肢がベストだろうな・・・――
だいたいこの事態は予測できたことだ。確かにこれがベスト。いくら街の中とはいえフェイカー、能力値異常者が攻撃を加えてこない保証はない。
「早く行きましょう!奏さん♪」
よほど嬉しいんだろう。溢れんばかりのウキウキ感がすぐ分かる。奏はプキにそぐわぬテンションで後に続いた。
晴れ、まさに快晴だ。一週間前散りかけだった通学路の一本桜はすべて散っていた。
「やっぱり散ったか・・・」
奏は大きく空に向かって伸びた桜の木の上を眺めながら、溢れる日差しを浴びていた。
「いや~奏さん!気持ちいいですね~!」
――人が少しセンチな気分になっているのにこいつは――
シカトというかこのくらいのプキの言葉にはもはやあまり反応をしめさなくなった。
奏もそれでプキが傷つくとか思ってないからだ。まぁ一重に少し友情が芽生えてきた?みたいな感じだろうか。
「はぁ~・・・奏さんと学校に通えるなんて嬉しいです」
相変わらず一人で喋り続ける奴だな。と思いつつ疑問が一つ浮き出た。
「おい?近衛学園は金持ちしか入れないんだぞ?どういう肩書きで入ったんだ?」
「奏さんのおじ様の子供として入らせてもらってるはずですよ」
「おじさんの!?まぁ確かにてっとり早そうだが・・・勝手に名前使ったのか?」
「いえいえ!奏さんのおじ様はローゼンクロイツの重要なスポンサーですよ?」
「はっ?」
なるほど合点がいってしまった。俺が長い間家を空けているのに連絡が来ないこと。それなのに家に手入れはきっちりしてくれていた。通知簿の改ざんもやっぱり本当におじさんの仕業か。
「知らなかったんですか?」
「まぁな・・・でもなるほどって感じだ」
歩きながらの会話。校門まではあと少しだ。しかしこのタイミングは大体こいつが来るんだ・・・。
「かなでちゃ~~ん♥」
九十院麗奈。毎日毎日飽きないのかこいつは!うぐっ!言葉にならない声をだしながら吹き飛ばされる奏。そして毎度のことながら麗奈はマウントポジションをとっている。他の通学生はいつもの光景+虚神家の子供。ということで素通りだ。
「か~な~で~ちゃん。朝はちゅーは?」
倒れた奏の上に四つん這いになりながら顔を近づける。自然と鼻息は荒い。
「アホか!そんなことしたことないだろ!どけっ」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
麗奈はマウントポジションのまま身体を起こし、口に手を当ててあからさまに驚いた。
口がカクカクなっているが、どれだけ驚いてるんだこいつは・・・・。
「ま・・・・まさか、かなでちゃんのお口は・・・・処女・・・・なの・・」
「はっ?」
「ふっふふ・・・・あはははは・・・・」
麗奈は何やら不気味な声で笑い出した。目に少しずつ「ほ、ん、き」という言葉が刻まれるかの様に力が込められていくのが・・・・分かる・・・。
「もらうわ!かなでちゃん♥私が!もらうわ!」
「やっ・・やめろ!」
奏の両手を押さえつけ麗奈が顔を近づけていく。ちなみにもう一度言っておく。ここは近衛学園校門前である。決して人ごみの少ない路地裏とかではない。
「麗奈さん!なにしてるんですか!?」
ジッと見ていたプキが麗奈に声を上げた。というかもっと早く言えと思ったが。ん?
――なんでこいつ麗奈の名前を知ってるんだ?――
その瞬間麗奈はプキに歩み寄った。なかなかの速度だ。
「こら・・・・それは秘密事項よ?」
奏に聞こえないトーンで麗奈はプキにぼそぼそと囁いている。
「関係ないです!麗奈さんのお仕事はか
プキが言葉を発する時。一つの事件が起こった。麗奈はプキの口を防ぐ手段として、いわゆるキス・・・と言われる行為を実行した。3秒くらい?とても長く思える時間に感じた。
――ええ!??――
奏はただただその3秒間を固まって見ている。
「んまっ!」
麗奈はチュパッという効果音とともに柔らかな唇を離す。どこか表情は満足気だ。
「んも~この娘ったら♥なんで私のこと知ってるの?あんまり可愛いから我慢できなかったわ♥」
「・・・・・・・」
麗奈の声も届かず、プキは氷魔法を使ったかの様に固まっている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お・・・・おい?」
流石に可哀想に思えた奏は心配の声をかけた。
それが硬化解除のスイッチになったのか、少しずつプキの目に光る液体が溜まっていく。
――あぁ・・・これはダメだな――
誰もが予想できる次の事態。大きな瞳からひと雫ひと雫、綺麗な流れ星が頬を伝い地面へ
と落ちていく。
「・・うぐ・・う・・・初めてだったのに・・・」
プキは重い口を開く。にしてもあんな戦いのできる屈強な戦士のようなやつなのに、胸の
奥底はやはり乙女だ。奏は焦ってフォローを入れる。
「えっと・・・・おい、大丈夫だ。麗奈は女だから多分ノーカウントだ」
ゆっくりとプキはこっちを見た。こんな時に不謹慎だが泣き顔も泣き顔で可愛いものだ。
プキはのそのそと奏の元に歩み寄る。
「・・・うぅ~・・・そうですか?・・・」
泣いてよたよたの足が悪かった。本当に悪かった。
「・・・うぅ・・・うわっ!」
!!!!
プキは奏に抱きついた。前に倒れかけた反動で奏の胸に飛び込んだ。といっても身長はほ
とんど同じだから胸ってわけでもない。そうだ。胸ではないのだ。偶然の重なり合い。
ほんのコンマ何秒の一瞬だ。プキと奏の唇が触れ合ってしまった。歯と歯もぶつかった為
痛みが先によぎった感想だが・・・
「・・・・・・!」
「・・・・・・!」
抱き合ったまま2人は硬直。奏にいたっては顔が腫れ上がるほど真っ赤だ。
もう一度。キスというのは2人の唇と唇が重なり合う行為だ。通常なら好意を抱きあった
男女。もしくはカップルというのだろうか?それらが行う愛の行為だ。
「か・・・かなでちゃんの・・・・くちびるが・・・」
麗奈は口に手を当てわなわなと驚愕している。そして流石に通学生達もその眼差しを2人
に向ける。なんというか最悪だ。公衆の面前で男女がキスをする。
そんな如何わしい事を考えたこともなかった奏とプキにはヘビー級の羞恥行為だ。
「・・・・・お・・・お・・・い・・・」
奏は恐る恐る抱き合った体を離す。少しうつむき加減のプキの表情は今まで見たことのないく
らいに乙女だった。
「は・・・はぃ・・・・・」
頬を火照らせ目はウルウルと光を帯びている。もじもじと構える唇がなんとも可愛らしく、
そして奏にはとても見ていられないくらいに恥ずかしい。
「が・・・学校が始まる・・・行こうか・・・」
カタコトの時代劇のような言い回しをし、2人は昔のポリゴンゲームの様にカクカクと歩きだす。
「か・・・かなでちゃんの・・・・くちびるが・・・・」
同じ事を繰り返し発している麗奈はキスのショックでバグが発生したらしい。
2人は遅刻ぎりぎりで学校に間に合ったがプキの転入初日としては最初からインパクトがあり
すぎた。校内では奏が転入生をいきなり襲った。虚神財閥の許嫁を連れてきた。
可愛い顔して美女2人をはべらせているなど・・・うざい噂が流れた。
特に。ホームルームの転入生紹介時。いつもの元気なプキのキャラクターならいくら美人でも
そこまでいかなかったはずなのだが、今朝のキスの衝撃でプキも本調子ではなく・・・
「この方は今日から急遽転入することになった虚神財閥のお嬢様です。皆さん。くれぐれも粗相のないように接してください。プキさん?何かご挨拶などはございますか?」
担任の教師が少し気遣いながらプキに言う。
「あ・・・・あの・・・・」
プキはうつむき加減で顔を赤らめ、もじもじと両手をこすり合わす。
「プ・・・プキと申します・・・・仲良く・・・して下さい・・・ね」
上目遣いで教室を見渡す。正直このギャップには奏自身もキュンとした。
・・・・・・・・・・・
教室は静まり返った。これは反応に困っている訳じゃない。クラス全員男女問わず心を奪われ放心状態なだけだ。
「は・・・・・・はい・・・・」
クラス全員が静かに声を合わせ答えた。
――なんだこの状況は・・・――
昼までの授業が終えるまで奏はプキと一切会話することができなかった。
気まずいのはあるがプキに人が群がっていた、ってのも理由だ。
――虚神家には喋りかけづらいんじゃないのか?・・・――
自分自身には同じ虚神家なのに入学時から話しかけられることは極めて少なかった。というかプキは虚神家ではないのだが。やはり最初の掴みか・・・あろうことか昼休みにはプキのファンクラブが設立されていた。半日でファンクラブができるとは驚きだ。
そして昼休み。奏は学食に行く。学食といっても普通の高校とは別物だ。まずお金はかからない。いわゆる食べ放題だ。フレンチのコース。和風会席。本格中華。世界中の料理が食べられる。教室のある本館とは離れた場所にあるが高級ホテルの一部屋のような空間を醸し出した、いかにもお金をかけた作りの建物だ。
「いらっしゃいませ虚神様。本日はどのお食事になさいますか?」
綺麗な中庭を超え、建物に入ると数十人いるウェイターが生徒のお世話をする。
「フレンチ」
席に着き奏が愛想なく返事をするとウェイターは指を鳴らした。
「フレンチコース!カモォォォン!」
・・・・・・・・・・・・・・
まぁこれがここの普通。とはいえこれが嫌で学食を利用しない生徒も多い。なんでこんな接客精神を植え付けているのか・・・・。すると聞きなれた声が聞こえてきた。
「奏さぁ~~ん!」
プキだ。なんだか知らないがようやく元に戻ったみたいだな。元気に手を振り近寄ってくる。
「一緒に食べてもいいですか?」
「・・・あぁ」
愛想なく返事を返す。もちろん内心は鼓動の太鼓を鳴らしている。
「いらっしゃいませ綺麗なお嬢様。お食事は何になさいますか?」
ウェイターがすかさず椅子を引きプキを誘導する。プキは慣れぬ事態にオドオドしている。
「あっ。はい!お食事ですか!?えっと・・・・」
右に左に視線を泳がすがここにはメニューはない。
「す・・・少し待ってください!」
――プキよ。流石にテーブルの下にはないだろ――
あわあわと表情を引きつらせている様をウェイターも微笑ましい顔で眺めている。
というか可愛いのは分かるっちゃ分かるが早く指摘してやれ・・・奏は見かねて注文をとった。
「こいつにも同じのを」
「オーケー!フレンチコース追加カモォォォン!」
物腰の柔らかい対応をしていたウェイターが急に叫ぶ。やはりプキはビクっとしていた。
テーブルに置かれたワイングラスを一口飲みプキが口を開く。
「か・・・奏さん。さっきは本当にすみませんでした・・・」
あらら。まさかこいつから切り出してくるとは、てっきり自然消滅を狙っているかと。
「・・・・まぁしょうがない。事故だし。俺も・・・・悪かった・・・」
事故とはいえうら若き少女のファーストキスを奪ったのだ。奏も冷静に謝った。
「いえ!私のほうが悪いです!か・・・かか・・・奏さんの・・・・
ファファ・・・・ファ・・ファースト・・キスを・・・頂いてしまい・・・」
テーブルに手を着き勢いよく前のめりにすごんだ、後半沈んだ口調になったが顔は火照り乙女モードだ。そこまで照れられたら流石にこっちも照れる。
「いや・・・お前もだろ。俺なんかで悪かった。お・・・女はそんなとこ気にするだろうからな・・・」
「とんでもないです!ファーストキスが奏さんで嬉しいです!!」
ん~なんとなくいつもの調子のプキに戻ってきたが、今のはどういう意味だ・・・・
ファーストキスが俺で嬉しいとは。知り合いだからまだマシだった?それとも俺が女みたいだ
からノーカウント。それで嬉しいなのか?奏は悩んだが納得のいく案が浮かばなかった。
「え~っと・・・そうか・・・なら良い」
「はい!」
とびきりの笑顔。やっといつものプキって感じか。にしても・・・
あたりをくるりと見回すと、他の生徒がこっちを見ていた。目を背ける生徒は良いのだが視線
を離さない生徒も数人いる。それらの生徒は共通して紙で作った即興のバッジの様な物を胸元
に装着している。目を凝らして見てみると。なるほど。プキのファンクラブ員だ。
そのあとはどうにか放課後まで何もなかったが・・・
時たま視線が刺さる感じが気持ち悪い。やっかいな奴らに目を付けられたものだ。
昼食のあとから、教室でもローカでもどこでもついてくるプキもプキで悪いのだが・・・
放課後。下校途中。今日一日朝を期に現れなかった麗奈の行方が銀鏡の話で分かった。
ちなみに銀鏡は昼から登校らしい。のんびりなやつだ。
麗奈はうなされながら医務室で寝ているとのこと。ショックだったのかは知らないが一日
寝込むなんて凄まじい。少し見に行ってやろうかとも思ったが、弾みでキスなんかされたら困
るのでとりあえず下校を選んだ。
「あいつも大変な奴だな」
呆れ笑いを浮かべながら奏が言う。
「だな~。まぁ麗奈らしいわ」
「まぁな。あぁ、そういやこいつ知らないよな?俺のおじさんの子供のプキだ。一応従兄弟だ」
――というか・・・なんで俺がこいつと従兄弟の設定なんだよ――
銀鏡は一瞬キョトンとした顔で奏を見た。
「あ・・・あぁ。プキさんね。変わった名前だな。よろしく」
「よろしくお願いします。銀鏡さん」
――だからなんでこいつは知ってるんだ・・・?――
五日が経過した。その間にプキのファンクラブには親衛隊というものもできた。
一応プキ様の身の回りの安全と近づく者の監視みたいな行動をとっているらしい。
プキの性格上それはあまり気になることではないらしく、まだ問題は何一つ起こっていない。奏に対する何か嫌がらせの類が懸念されたが、奏はなにを隠そう虚神財閥の一人息子。
手を出せる訳がなく、こちらもとりあえず安心。でも気になるのはエスカレートする刺さる視線だ。理由は初日のお昼以降のプキの奏べったりが勢いを増した為。
あぁもちろん麗奈も張り合ってくる。ほんと退屈しない・・・・というか・・・なぁ。
ローゼンクロイツからはまだCクラス任務のお誘いもなく、通信は腕時計での定時連絡と、2回くらいきた零からの「今、どこそこにいるよ」っていう連絡くらい。
こんなに平和な感じが続けば前の事件なんかは嘘のようにも錯覚してくる。実際、プキと生活を楽しんでいるみたいなイメージしかない。
【怖い】
奏にはなぜか、気持ちと相反する言葉が胸の内で少しずつ膨らんでくるのが分かった。
――なんなんだこの気持ちは・・・・――
そう感じ始めた金曜日の夜。
「あっ、奏さん。時計鳴ってますよ~」
ソファーに寝転び仰向けの状態でだらしなくプキが言う。
「ん?あぁ」
――しかしこいつ・・・最近更にくつろいでるな・・・――
と思いつつキッチン食台の上に置いてあった時計のサイドのボタンをおした。
ピッ。時計から小型のスクリーン映像が映し出される。そこにはクリスが写っている。
「あぁ~虚神さん~こんばんは~」
優しい声。でもこの人と話すと長いんだ・・・。
「こんばんは、そっちから連絡なんて何かあったのか?」
「なにかってほどの事件ではないんですけど・・・明日任務に就いてもらってもいいですか~?」
「任務・・・唐突だな。どんなやつだ?・・・あぁ、Cクラス任務ってやつか?」
「ブブー、違います~」
胸の前でバッテンを作って奏をおちょくるクリス。可愛いんだが・・・こいつめ。
「・・・・・じゃあなんだ」
「も~冷たい態度ですよ~虚神さん。正解はBクラス任務です」
――ん?Bクラス?――
奏は少し動揺した。いきなりB?
「B?いきなりそんな難易度の任務。大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ~。Bクラス任務は能力値異常者との接触。できればお仲間にする事なんですけど、今回の任務はさほど難しい相手ではありません」
「どうして分かるんだ?」
「すでにエージェントさんが接触してるんです。その後行方をくらませていたんですけどようやく居場所が分かりました」
興味をもったのか、プキもソファーから起き上がってくる。
「一度行方をくらます相手が安全とは思えませんけど?」
そしてもっともな意見をクリスにぶつけた。
「確かのそう思われるのが普通ですね~。でもでも。大丈夫です。私を信じてください~」
と、可愛い笑顔で首を傾げた。なんかずるいくらいだ。
とはいえ、羆の話ではクリスの判断能力は群を抜いて良いらしい。どんな状況下でも冷静
に、そして迅速に判断する脳を持っているらしい。まぁプキが最初言ってたな。
奏は少し悩んだが受けることにした。ちなみに今現在このペアの主導権は確実に奏。戦闘
の実力では確実にプキが上だがなぜかそうなっている。
「・・・分かった。とりあえず任務内容とやらを教えてくれ」
「分かりました~、レヴィちゃん」
「はい」
そう言うと一枚の顔写真が送られてきた。クリスの画像の右側にウインドウが表示された。
「・・・こいつか?」
そこには男が写っていた。顔は整っているんだが、目は糸の様に細く、見えているのかも
怪しいくらいだ。髪は箒の様に逆立ち、前に少しかぶさる髪の束が江戸時代の武士のよう
にも見える。おまけに・・・多分服は着物のような物だ。ほんとに武士か?・・・
「はい。その方です。お名前は宇治宗治郎(うじ そうじろう)さん。お優しそうなお方ですが剣の達人です。あの天正・宇治二刀流の師範代です」
「宇治二刀流?こいつがか?」
奏は目を見開いた。天正・宇治二刀流はすごく有名な道場だ。剣に興味がなかった奏です
ら幼少の頃耳にしたことがあるくらいだ。
――若き神童が現れたとか聞いたことがあるが・・・なるほど、異常者なら――
クリスは任務内容を淡々と続ける。
「ついでに言いますと宇治さんはシークレットデヴィアントです~」
「シークレットデヴィアント!?ほんとに大丈夫なんですか?」
プキが驚くのには理由があった。まぁこの時点では奏にはさっぱりだ。
「大丈夫です~。安心してください」
「おい。なんだそれ?シークレットなんとかって」
「虚神さんには前に羆さんが伝えたと言ってましたよ~?隠れた能力値異常者のことです」
ピンときた。確かに羆が言っていた。敵対関係に発展する確率の高い世界健康診断をパス
したやつらのことだ。100人いて100人が異常者って訳ではないが、いた場合は反抗
意思を持っている可能性が極めて高いだろうとかいうやつらだ。
「って・・・本当に大丈夫か?」
奏は眉を細めて尋ねる。理由はちょっぴり怖気づいたからだ。
「そうですよ!戦いに発展なんかしたらあぶないですよ?」
プキも追い討ちをかける。
「ホントにホントに大丈夫です~。もぅ~場所と行動時間を指定しますね~」
面倒くさくなったのかクリスは無理矢理話を進めた。
「場所は○○県○○市○○の滝です~。そこからだと単純計算で5時間ちょっとですね~」
「5・・・5時間・・・」
2人は言葉に詰まる。5時間は時間がかかりすぎだろ・・・・
「でも安心して下さい~。そこから目的地周辺まではビューンとひとっ飛びです」
――あぁなるほど。それなら関係ないか――
奏は安心した。転送してもらえばなんの問題もないじゃないか。しかしそんなに甘い訳も
なく・・・
「でも帰りは電車とバスで帰ってきて下さいね~?」
クリスが笑顔で言うが、5時間の旅路は長い・・・そんなとこなら飛行機とかでいいの
では・・・と思ったが、それもなく。宇治はこれまた複雑な山奥にいるらしい。
「奏さん!私今回はパスして・・・オフッ!」
奏は元気ハツラツと辞退宣言を述べようとするプキのみぞおちにジャブを見舞った。
「で・・・いつ行けば会えるんだ?」
「明日のお昼は修行してるはずですよ~。なのでお昼くらいに転送魔導師さんが伺うようにしておきますね~」
「明日?・・・・分かった。それで?出会ったらまず何をすればいいんだ?」
「出会えたなら説得してみて下さい。戦闘にはならないと思いますけど説得がかなりの難易度だと思います~。」
そう言いながら少し目線を下に向けるクリス。
「あれ?そういえばエージェントさんが接触したんじゃないですか?」
「そうなんです~。ですが少し複雑な事情がありまして。虚神さん達に頼る他ないんですよ~」
申し訳なさそうにクリスは言う。神者と異常者に頼らなければならない理由があるのだろ
うか?なら本当に難易度が高いんだろう・・・そう思い奏は少しだけ気持ちを引き締めた。
「了解だ。どうにかなるよう努力はする」
「まぁ~ありがとうございます~。でもお身体には気をつけて下さいね~?」
「・・・奏さんが張り切っている・・・よぉ~し。私も頑張りますクリスさん!」
と、プキは両手を上げて気合を入れた。プキもどうにかやる気が出たようだ。戦いでこい
つの出番がない事を祈るよ・・・
「ではでは。明日は宜しくお願いしますね~?」
と言うとクリスの綺麗な顔が画面いっぱいに近づいてきた。
「ところでプキさん?」
「はい?」
「・・・虚神さんと一緒に暮らしているなんてずるいです~」
妙なジト目でプキを見た。
「えっ?」
プキは唐突なクリスの発言に目を点にする。
「私も一緒に暮らしたいです~・・・」
儚く泣き出しそうな声で変なことを言い出すクリス。そこに画面の向こうの後ろから羆の
声が聞こえた。
「クリス!まだそんな事言ってるのか!」
「ひゃん」
クリスは画面外につまみ出された。そしてクリスとは相反する羆の怖い顔が現れた。
「すまんなプキ。虚神。こいつはお前と暮らしたいとうるさいんだ。まぁ何も気にしなくていいからな。とりあえず明日の任務を成功させてくれ」
「あ・・・あぁ」
「じゃあ頑張れよ!何かあったらすぐに連絡しろ」
ピッ。モニターが切れる前にクリスの声が聞こえたが・・・あの人。あぁ見えて子供っぽ
いところもあるんだな・・・というか子供だな。奏は少し鼻で笑った。
「・・・モテますね・・・?」
プキがジト目で見ながら皮肉混じりな事を言う。奏もジト目で見返す。
「なんだよ?」
するとプキはプイッとそっぽを向き、綺麗な長い髪の毛を結んだ。
「お風呂に入ってきます!」
プキはせかせかと急ぎ足でお風呂場へと向かって行く。
――本当に女の子は扱いが難しいな・・・――
奏は改めてそう思った。
土曜日の朝。今日も天気は快晴だ。というかリビングの大きな窓のカーテンの間から差し
込む太陽の光が暑いくらいだ。ちなみに奏はまだリビングのソファーを寝床にして寝てい
る。前までは明かりとテレビはつけっぱなしだったが最近テレビは消している。プキが来
てからの進歩か・・・
――朝か――
休みだが寝ている暇もない。今日はBクラス任務をこなさなければならない。
「おはようございます~~」
プキが寝巻き姿でだらだらと目をこすりながらリビングに入ってくる。寝癖防止用にとん
がり帽子をかぶって寝ている為、とんがり帽子つきだ。
「おはよう」
奏も挨拶。このあとは奏の単独行動。朝御飯を作って洗濯あれこれ。プキはソファーで二
度寝を決め込む。晩御飯以外は役に立たない奴だ。
お昼前
「あ、そういえばもうそろそろですね」
昼御飯の仕度をしながらプキが思いついたかのように言う。
「そうだな。そういや刀は持っていくのか?」
「そうですね。任務では基本的に帯刀はしておくべきですね」
「でもお前俺の時は持っていなかっただろ」
「あの時は忘れてました!」
「・・・・そうか」
くだらない会話をし、御飯を食べ、昼過ぎには転送魔道士が家に来た。
「おふたかた。ご準備の程はよろしいでしょうか?」
「大丈夫だ」
「大丈夫ですよ!お願いしますね」
「はい」
――転送は楽なんだが本当に慣れない・・・――
奏は装備の点検をし、帰り用に財布を持っていることも確認した。装備といっても小型の
短剣を懐に忍ばせているだけなんだが。プキも朧桜をちゃんと持っている。よしよし。
「では・・・」
四人の魔道士が唱え出す。・・・・・・・キュン!奏達は目的の山奥に転送された。
だいたいの予想はついていた。確か前に相互用の魔法陣がなければ転送が疎かになると言
っていた。それも今回はやけに遠いところだ。
「どこだここ・・・・」
山奥も山奥。全然分からない場所だ。鬱蒼とそびえ立つ木々の間には道?のような所もあ
る。でもこれは明らかに獣道。人間の通る間隔ではない。
「これまた酷い所に飛ばされましたね?」
プキはそう言いながらも落ちている木の棒で周りの葉っぱを叩いて遊んでいる。
順応能力は高いな・・・
――とりあえず現在地の確認だ――
時計のGPSを使い、現在地を小型のモニターに転写した。流石ローゼンクロイツ製。
こんな山奥でも余裕で使える。クリス達に報告するほどではないと考え自力で道を探す。
「あぁ、ここなら大丈夫だ。目的地の滝までそう遠くない」
モニターの地図上では距離は800メートルと出ている。今回の転送はある意味成功だ。
「近いですね!早く行きましょう!」
嬉しそうにしているプキ。ほんとこいつはなんでも楽しいんだな・・・
すると奏はもう一度モニターを見て方角を見定めた。
「よし・・こっちだ」
奏は指差す方向をプキと一緒に視認した・・・・・・・・・・・・・
「あれ?」
「こっちですか?」
その方角は獣道でもない。ただの山だ。急斜面プラス生い茂る草木。こんなとこどうやっ
ていくんだ・・・二人が愕然と肩を落としているとプキに名案が浮かんだようだ。
「まっすぐ行きましょう!」
は?ここを下るのか?奏がそう思うやいなや、プキは朧桜を鞘から引き抜いた。
――どうするつもりだ?――
プキは朧桜の刀身を青白く輝かせる。そして両手で持ち、力強く地面に突き刺した。
「おい、何をしたんだ?」
「見ててください。少し規模が大きいので時間がかかってますけど・・・そろそろ」
その瞬間。
ドドドドドドォーーン!目的地に向かう急斜面の直線上に、大量の水流が吹き出した。木々
や草木がぶっ倒されている。
「山の池水を利用しました!これで一本道の完成です」
水流はやがて氷へと変化し、こいつの言う通り氷の一本道が形成されてしまった。
――環境破壊・・・――
奏はプキの行動の大胆さに絶句し、大きな瞳を丸くした。
「あ!そんな目でみないで下さい。ちゃんと茅乃さんに直してもらいますから!」
「そ・・・そうなのか?」
――茅乃も可哀想なやつだな。小さいのにこいつの行動の後処理なんて。でもまぁ時間短
縮のためだ。すまん茅乃・・・――
心の中で茅乃に謝罪をしたあと、これの降り方について少々の疑問を持った。
「これはどう降りるんだ?」
「もちろん滑り降りますよ!」
「すべ・・・」
皆。想像してくれ?この滑り台はただでさえよく滑るだろう。なにせ氷だ。しかし問題があると思わないか?俺のモニターで出た距離は800メートル。確かに氷のレールの先には滝壺?らしきものが見えている。すばらしい時間短縮だ。でも800メートル。
その距離の急斜面、そして氷のレール。最高速度の計算が恐ろしくて脳が拒絶する。
奏はいらぬ妄想で言葉を失う。今更何を隠そう奏は絶叫系が大の苦手だ。というかこれに関しては苦手うんぬんの話ではない気がするのは決して間違いではないだろう・・・
「わ・・・悪いが俺はこのレールの際を徒歩で行く・・・」
「え?なんでですか?」
対してプキは絶対に絶叫系が大好きだ。奏の気持ちなど一切理解できていない。
「少し山を歩いてみたい・・・」
髪の毛をウジウジと触りながら奏は苦しい言い訳をする。
「えぇ~絶対面白いですよ!行きましょう!」
無理矢理奏の手を引っ張るプキ。対する奏は腰の重心を下げ、まるで散歩中に行くのをやめる犬のごとく必死に抵抗する。
「い~・・・や~・・・だ~~~~!」
奏は本当に必死だ。自分を飾ることすら忘れて必死に抵抗する。
「行~き~ま~しょ~よ~!」
こいつも必死。プキの場合は多分奏と一緒に滑りたいだけが理由だ。1分間くらいの小競り合いで奏も少しずつ半べそをかいてきている。力を入れているので顔を赤くし瞳にはうっすら綺麗な液体が溜まっている。
「あっ」
突然プキは奏を引くのをやめた。
「もしかして、奏さんはこういうの苦手ですか?」
この発言にプキの嫌味的要素は多分無いのだろう。ここで「そうだ」と答えれば絶対にこれ以上は無理強いすることはないんだが・・・奏にはプライドという面倒くさい意地がある。
「ば・・・ばかかお前!バカか!これくらい朝飯前だ!」
弱点を突かれたのに焦って大きな声で意味のない反抗をする。これが素直じゃない。
プキは可愛く笑った。
「そうなんですか?なら大丈夫ですね!よし!行きますよ~」
――あぁ・・・俺のバカ・・・――
実際滑り出すまでが長かった。プキの氷のボードに2人前後で座る。前がプキで後ろが奏。
滑り出すまでは氷のレールと連結させていて動くことはない。
座るまではまだ早かったのだが・・・
「ほ・・・・本当に大丈夫なんだな!」
「ちょ!ちょっと待て・・・・」
「待てよ・・・ほんとに大丈夫なのか?」
珍しくうるさい奏。スタートの合図はプキの一言。
「やっぱり・・・怖いんですか?」
「いけぇぇぇぇ!」
涙目で叫ぶ奏。やけだ。こうなりゃやけだ!一粒の涙が溢れる。
「ふふ・・・はい!」
後ろが見えないので奏の表情が分からないのを良い事に、嬉しそうに連結を解くプキ。
ガコン。最後の砦が離され、文字通り恐怖の時間が始まった。
体感速度は一体何キロなんだろうか。凄まじい勢いで過ぎていく木々が物語っているんだがそれを見る余裕がない。奏は前を向いているのだがぼんやりとプキのなびく髪の毛を見ているだけだ。つまりは半分意識が遠のいている。甲高い黄色い悲鳴が聞こえるのはプキが楽しんでいる証拠なのだろう・・・800メートルの距離はみるみると縮まるが、体感時間としてはとても長い。奏は恐怖のあまり、プキに必死にしがみついた。
ドォォォン ザッバァァァン!
爆音にも比例する大きな音と打ち上がる水の拡散。なんだこれは・・・メテオか・・・
突っ込む前にプキの魔法で速度を落としていたのにこの衝撃だ。多分こういった自分を保護する魔法の類を使っていない状況なら、一般的な人類には死の危険があるくらいだ。
「ぷは!」
プキは水面に顔を出した。どうやらちゃんと滝壺に着いた。それもこいつには楽しく。
おもしろかったですね!の言葉を喉元まで含みながら奏の方を見たが、飲み込んだ。
「なっ!」
浮いとるがな!プキの関西弁風の心のツッコミはさておき奏がプカプカ浮いている。
プキは慌てて奏の方に泳いで近づき、水を吸って重くなった身体を岩場に上げ、朧桜をその辺に立てかけた。
「大丈夫ですか!奏さん!」
「・・・・・」
「はっ!・・・これは・・・」
プキは瞬時に察知した。息をしていない(いやしているだろう)この状況はまさか・・・・
「ふふふ」
プキは不敵な笑みを浮かべ奏を見た。
「じ・・・人工呼吸をしないといけませんね!」
横たわる奏の頭付近で座り込み、左右前後を視覚したあと、ジッと表情を伺う。
「い・・・医療行為だから許されます・・・よね・・・」
いやいや息をしてるのを把握できているのにするのは許されません。
「い・・・きますよ~・・・奏さん・・・」
パチッと、このタイミングで奏は目を開く。ぼんやりと開けてきた奏の視界には近距離のプキが写っている。
「なっ!」
目を瞑りながら近づくプキには関係なく、閃光の如き速さで起き上がり距離をとった。
「な!なにしてるんだお前!」
動揺し、久しぶりに顔を赤くした。プキも奏が移動した事に気づき動揺する。
「あっ・・・奏さん。目を覚ましましたか・・・良かったです!」
少し頬を赤くするプキだがよくよく見ると少し困ったことになっている。
水に濡れ、服が透けている。前に水着は見たがこういうのはこういうので逆にパンチがある。ブラのラインもきっちりと見えてしまっている。
――まずいな・・・――
奏はすぐさま着ていた少し厚手のジャケットをプキに放り投げた。
「ふ・・・服が透けている。これを着てろ・・・」
「あっ、ありがとうございます!」
奏の心使いを嬉しそうに受け取った。しかし悲しいかな、男のジャケットというのは月並みなイメージでは一回りもふた回りも大きいものだと思っていたが・・・
奏のジャケットはプキにジャストフィットだ・・・。
「ちょうどいいです!ありがとうございます!」
水に濡れていて着にくそうだったがどうにか着れたようだ。あぁちなみにこいつの今の発言に悪意はない。ないんだろう。
「はっ、水を吸って重かったからな・・・いらなかっただけだ」
さっきと言っていることが違う。とは自分でも理解していたが照れたら本音が出にくいものらしい。
「ふふっ」
プキが微笑む。奏のこういう態度にもすっかりなれてきたようだ。
「ん?」
ふと奏が気づいた。滝壺周辺の木々の間から一人の男がこの光景を覗き見している。
しかも隠しようがないその髪型は多分。
「おい!」
プキもその声に反応してその方を見た。
バサっと草を掻い潜り岩場に出てきた男はまさしくあいつだ。身長は高め、モニターの写真よりも意外と細身に見える。ワサワサと逆立つ髪の毛は箒頭で、やはり目は糸のように細い。腰には二本の刀をさしている。こいつだ。宇治宗治郎。
「すみません。覗き見をするつもりはありませんでした。ただ美しいお二人が遊ばれている光景に目を奪われていました。お気を悪くされたなら申し訳ございません」
大層丁寧な物腰だった。道場師範代ならお堅いイメージがあったのだが・・・
「いえ!大丈夫ですよ!」
プキがフォローに入る。任務はこいつの勧誘だからな。
「左様・・・ですか。それは良かったです。」
「ところで・・・あなたは天正・宇治二刀流の宇治宗治郎さん。ですよね?」
「はい。そうですが・・・なぜご存知なのでしょう?」
「えっとですね。私たちはローゼンクロイツという組織からきました。失礼ですがあなたのことはそこで調べさせていただきました」
宗治郎はピクっと少し反応したが直ぐに落ち着いた雰囲気を纏った。
「ローゼン・・・クロイツ・・・。耳にしたことがありますね」
「前にエージェントが接触に行ったと聞いたが?」
「以前ですか・・・以前・・・・・・・・」
そう言うと宗治郎は額に手を当て瞑想モードに入った。以前と行ってもそんなに前の話で
はないはずなんだが。というよりホントに接触したのだろうか。奏とプキは瞑想する宗治
郎を待ってみた。
考える時間が5分は長いな。濡れているし風邪を引く!宗治郎は5分近く黙り込んでいた。
無言で待っているこっちはとにかく寒い・・・。ようやく宗治郎の頭の上に豆球が光った。
「思い出しました。そういえば以前うす汚い大男達が何かを伝えにきましたね。
ですが私はあのような類は苦手なのです。記憶から消しておりました」
なるほど。この人想像以上にキツイこと言うんだな・・・奏は思う。
「ですがあなたがたのような美しい方々のお話なら違います。
何か御用があるのでしょう?どうぞお話下さい」
かなりの女好きなのか?奏は自分も女に間違われている事に苛立ちを感じながらも、この
ままのほうが話が早そうなので黙っておくことにした。
「でも奏さんは男の子ですよ?こんなに可愛いんですけど!」
――お前!――
奏の考えなんて露知らず、プキは正直に暴露しやがった。でも宗治郎の反応は意外な物で。
「存じておりますよ?私は醜いものが苦手なだけです。綺麗な女の子が好きという訳ではございませんよ。ふふ、もちろん嫌いな訳でもありません」
宗治郎は爽やかに笑って見せた。そういう事か・・・
「ならいいんだが。本題を聞いてもらえるか?」
「はい、どうぞお話下さい」
ここはプキの出番。奏のときのように淡々と事細かに宗治郎に伝える。それを黙って宗治
郎は聞いていた。
・・・・・・・・・・・・
「なるほど・・・」
すべての話を聞き、宗治郎はまた少し瞑想したが、ペラペラと語りだした。
「お話は分かりました。神者。能力値異常者。そしてフェイカー・・・ですか。
正直頭を抱える内容なので半信半疑・・・と言いたいところなのですが・・・」
そう言うとさっき滑って来た氷の滑り台の方をチラッと見た。
「この状況を見せられては疑うのも難しいものですね。」
「じゃあお力を貸して頂けるんですか?」
プキは目を輝かせた。
「・・・・そうですね。少し考える時間を頂きたいのですが・・・あなたがたの事情も
切羽詰っていらっしゃる・・・みたいなので・・・」
「いいでしょう。とりあえずは本部?に同行してみましょう」
これはある意味意外な結果だ。クリスはあれだけ難しいと言っていたのに。こんなに簡単
に承諾をもらえるとは嬉しい誤算だ。
「ありがとうございます!」
プキも深々と頭を下げた。奏もとりあえず軽く会釈をした。
「いえいえ。こちらこそ・・・かもしれませんよ。本来天正・宇治二刀流は正義の為の剣なのですが・・・このご時世剣を振るえる場など存在しません。修行に励めど先がなく、行き詰まっていた所なのです。そこにあなたがたは正義の為に剣を振るえと仰って下さいます。
正直。救われたほどの思いですよ」
と宗治郎はニコリと笑った。軽く見える笑いだが、本当に幾百の思いが詰まっているかの
ように奏は思えた。
「一つ確認していいか?」
奏は腕を組みながら少し偉そうに宗治郎に問う。
「はい、なんなりと」
「あんたは俺と同じ能力値異常者だ。俺は敵として1人の能力値異常者と1人のフェイカーを見た。どっちも本当に異常だった。それは力を手にして狂ってしまった奴らの例だ。
あんたは・・・多分強い。能力値異常者で剣の達人だ。心が悪に染まったりする可能性はないのか?」
失礼なのは百も承知だが、奏は尖った質問をストレートにぶつけた。
「奏さん」
慌てた感じでか細くプキが奏に呼びかける。
「ははは。確かにそうかもしれませんね。力があれば人は歪むでしょう。
しかし剣の道とは心の鍛錬も欠かせません。大丈夫ですよ。」
宗治郎は軽快に笑い答えた。
「そ・・・そうか・・・悪かった」
正直。初対面でこういう質問をして返ってきた答えなんか宛にはならない。それは分かっ
てる。でも奏はなぜか聞いておきたかった。宗治郎は続けた。
「もし、私が間違った道を進もうとするならば・・・あなたがたがそれを止めて下さい。
でも大丈夫です。絶対そのような結果にならないことを誓いますよ」
やはり宗治郎は大人だ。対応に落ち着きがある。
「分かりました。私は宗治郎さんを信じますよ~!」
――プキの言葉には重みがないな――
奏はヘラっと笑うプキを見てそう思う。
「ふふ、ありがとうございます」
宗治郎は嬉しそうにした。しかし笑っても笑わなくても目が見えない。
「あ!奏さん!とりあえず本部に連絡ですね」
「ん?あぁそうだな」
本部への連絡は奏の役目。理由は簡単。プキは扱いが下手で時間がかかる。
ピッ・・・奏が時計の操作を開始した時だった。
シュルル。宗治郎が二本の刀をゆっくりと抜いた。その刀は鍔がないタイプだ・・・
「ど!どうしたんですか宗治郎さん!」
突然の事態にプキは慌てた。朧桜は少し先に置いてある。
――くそ!やばい――
奏も慌てて時計の操作を止め、懐の短剣に手を伸ばした。
「13人・・・ですね」
落ち着いた物腰で宗治郎が言う。二人は理解に苦しみ悩んだが宗治郎の見ている方を見た。
――あれは!前のお歯黒の衣装と同じだ!――
そこには黒のスーツ、厚手のコート、マジシャンハットの男が立っている。距離20メー
トルほど先だ。ぐるりと見回すと何人もいる。つまり・・・囲まれている。
「以前この方々も来られましたね・・・本当に・・・・・不愉快です」
宗治郎はそう言うと糸のような目を少しこじ開けた。瞳は猫のような鋭さを持っており、
そのギャップに奏は少し驚いた。
「この人達・・・イザナミイリアの配下の者たちですね!」
プキはそう言うと魔法を使い、氷の剣を精製し手に持った。朧桜は少し遠い。
「イザナミイリア?それはあなた方の敵なのですか?」
宗治郎はプキほうを見た。その時は元の優しい顔だ。
「雷を使うフェイカーさんです!多分宗治郎さんを確保しに来たんだと思います」
プキの言葉に宗治郎はフッと笑い両手に力を込めた。
「そうですか・・・良かった。先にあなた方の仲間に誘って貰えて。というよりかは。あの方々のお誘いは前に断ったはずですが・・・」
「13人くらいなら三人いればいけますよ!」
プキは氷剣を構えて勇ましく言うが、宗治郎は左手でプキの刀をなだめる様に下に降ろす。
「1人で大丈夫です。敵だと分かれば容赦しなくていいですからね。それに・・・醜くいうえにしつこいとは・・・・」
宗治郎は背筋を張り、仁王立ちになった。そして両サイド下方に二本の刀を構えた。
構えというよりかは隙だらけにも見える出で立ちだ。そして宗治郎はまた猫目を見せる。
「最悪ですね」
キンッ。刀の刃を裏返した。といっても元々逆刃だったため、それを裏返したということ
は・・・ダダッ!それを合図の様にイザナミの配下達は揃って踏み込んだ。手にはそれぞ
れ刃渡り80センチくらいのショートソードを持っている。西洋の剣だ。全員が前のめり
で攻めてくる。こいつらは雑魚兵らしいが早い。13人相手。それも全方向を対処できる
訳がない。
――くそ――
奏は自分の身くらいは守ろうと短剣を装備した。しかし。それは無意味なものだった。
本当に一瞬だ。正面から来る4人の配下に対し、宗治郎は瞬間的に移動した。すると敵の眼前にいたはずなのに敵の背面に移動している。刀を振るった痕跡が奏には視認できない。
「奏さん!」
プキが奏の後方から迫る6人に対しモーションをとろうとしたが、宗治郎がそこにいる。
近距離だからか。今度は奏にも確認できた。まずは2人だ。生意気にも宗治郎に反応した配下2人は両サイドから斬撃を浴びせる。その2つの剣を宗治郎はジャンプして躱す。もちろん躱すだけじゃない。地面に並行な体制で飛んでいる身体を自然な流れで攻撃へと転化する。
風車の様に両サイドに刀を広げ、体を回転。2人の配下を斬りさく。
タンッ!としゃがみこんだ姿勢で着地し、それと同時に2本の刀を振り払い、付着した
生々しい血痕を地面にしぶき飛ばした。宗治郎の攻撃はまだまだ終わらない。
宗治郎に狙いを集中しだした配下4人の前方4方向からの攻め。
その4人に対し宗治郎は刀を突きつけた。2本の刀に4人の敵。本来なら4人全員が怯む
訳が無いはずなのだが、宗治郎の闘気により切っ先の威圧感は驚く程に増している。
ビクン。4人は脚を止めた。奏にもその圧力がジリジリと伝わる。
「浮舟」
宗治郎はそう呟き、立ち止まる4人を舞のように斬っていく。
あまりに躊躇のない攻撃に奏とプキは少し目を丸くした。
「こいつ!強いぞ!」
残りの3人が宗治郎へと向かう。奏とプキには目を当てていない。それほどまで彼に恐怖を抱いたのか・・・。
「添截乱截」
またも宗治郎は呟く。刀を二本左方向に構えた。配下達も雑魚なんだが一般的に見て弱い奴らではない。しかし宗治郎相手では力の差が気持ち悪いほどに理解できた。
「はぁぁぁ!」
懸命な叫び声を上げ、斬りかかる配下。ここまで来るともうやけくそなイメージだ。それでもなお冷静に技を繰り出す宗治郎。正面から斬りかかる配下の太刀筋など何も関係なく、右手の刀を豪快に切り下げ相手を地面に叩き潰す。そして少し左方向からの相手に対しては、左手の刀を持っている手首を内側に返し、右上方向に片手で切り上げた。
ズバァ!剣の衝撃で打ち上がる配下の身体。片手だろうと凄まじい威力を誇っている。
能力値異常者と剣術師範代の組み合わせの恐ろしさだろう。
――もう1人は!――
奏がはっと思いもう1人の確認を急いだが・・・宗治郎の右手の刀の切っ先はすでにその
もう一人を貫いている。ズバッと刀を抜き、血を払う宗治郎の姿はまさに野獣のようだっ
た。最初の印象とはうって変わって優しさなど微塵も感じれない程に思えた。
「あ・・・あの・・・宗治郎さん?」
プキは恐る恐る名前を呼んだ。こいつもどうやら宗治郎の冷酷さに心を冷やしている。
しかし振り返る宗治郎は全くの別人だった。
「はい?なんでしょうかプキさん?あ・・・お怪我はされていませんか?」
ニッコリと笑う糸目の宗治郎は元の優しさを纏っていた。
「あ・・・はい!大丈夫です!」
プキもすぐにわかったのか元の調子に戻った。
「お・・・おい?」
恐怖心の消えた奏も質問をする。
「はい?」
「こ・・・こいつらは・・・殺したのか?・・・」
見るも無残な光景だ。辺りに血痕が飛び散っている様はその答えを物語っていたのだが・・・
「いえ・・・殺してはいません。もう二度と戦いをできない身体にしただけです」
「どういうことだ?」
「簡単なことです。戦いに必要な筋肉の筋を斬らせていただきました。
これで彼らはもう何もできないでしょう」
「そ・・・そうなのか」
てっきり全員を殺したと思った奏はホッした。敵といっても目の前で人が死んでしまうの
は気持ちが悪い。というかバサバサ斬られているのもどうかと思うが・・・というか。
こいつの持っている鍔のない刀。前に羆に模擬武器の階で話を聞いたことがある。
本来鍔の役割はよく時代劇などで聞く鍔迫り合いや、相手の刀が自分の刀の刀身を滑って
拳に当たらないようにする。などの役割があるらしい。で。本題の鍔のないメリットとは
何か、それは鍔の分の軽量だけというなんとも少ない良点しかない。力がもともと異常な
能力値異常者にはそもそも関係のない話だ。それでも鍔を無くしている理由。それは己の
強さへの絶対的自信だろう。奏は少し身震いした。本当に強い奴を目の当たりにしたから
だ。
「それでは・・・本部に同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
宗治郎は散らばり横たわる配下など気にもかけずさらりと言った。
「えっ?はっ・・・はい。」
倒れた配下をキョロキョロ見ていたプキはちょっとだけビクッとなった。
「じゃあ・・・改めて本部に連絡する」
「お!お願いします奏さん!」
奏は時計を使った。そしてクリスと羆に宗治郎の確保を伝え、帰路を教わった。
――こんなに簡単に任務を達成できるとはな・・・――
奏はそう思うと同時にシークレットデヴィアントにはまだ仲間になる可能性をもった奴が
いるかも知れない。という期待を胸にいだいた。
「では帰りますか!」
元気いっぱいにプキが笑う。
「はい」
宗治郎もニコリと優しく微笑んだ。
――帰りが遠いんだよな・・・――
奏は少し肩を落とし歩き始めた。プキと宗治郎も後を追う。滝壺を去る三人の背後にはそ
こには不似合いな大きな氷の滑り台と倒れた配下たちが転がっている。
もちろん。配下の回収及び確保の連絡はしている。
帰路の途中。三人は山奥を走るバスに乗っていた。それでも30分歩いてバス停に到着し、
1時間くらい待った末のバスだ。バスの停留時刻表を見た時プキが吹いていた。宗治郎は
慣れていたらしく何も気にしていない様子だ。ちなみに奏はこういうバスは初めてだ。で
もまぁそらそうだろう。だって坊ちゃんなんだから。
――か・・・・変わった乗り物だな・・・――
何食わぬ顔で乗った時に切符を取れ。と運転手に怒られた奏は軽くへこんでいた。
――知らないおばあさんも乗っている・・・電車と似た乗り物ってことか・・・?――
車内のそこらじゅうを見回す奏を見たプキはニヤリと悪い顔をした。
「か~な~で~さん」
「なんだ?」
「もしかして・・・バス初めてなんですか?」
「・・・・悪いか?・・・」
「いえ~・・・」
なるほど。こいつ、少しバスに乗ったことがあるからって優越感にでも浸っているな。
「ふふ」
戯れる二人を見て宗治郎が笑う。
「ん?どうかしたのか?」
「いえ。とても微笑ましい光景だったもので。・・・それよりも・・・そろそろですよ?」
(次は~ ○△ ○△ お降りの方は・・・・・・・)
車内アナウンスが流れた。奏は時計のメモ機能で帰路の確認をした。
「本当だな、ここだ」
乗車時間は40分ほど。山道を降りて走っていても田舎道ばかりだったのだが、ようやく街のような所に着いたみたいだ。○△町。時計のGPSにはそう表記されている。でもまぁ本部までの道程の10分の1程度しか進んでいない。来る前は片道五時間と言っていたが・・・最速って意味か。
ピンポーン。プキが停車ボタンを押した。
「ここで降りれば次は電車に乗るぞ」
「はい!付いていきますよ~」
「分かりました」
――なんか・・・遠足のガイドみたいだな・・・――
バスを降りると自分の住んでいる所までとは言わないが、少しくらいは街だ。街というよりかは(町)って感じだ。建物は平均的に低いし大きいのは数棟しか立っていない。大きいと言ってもローゼンクロイツ指令塔よりも小さいが・・・
「駅は・・・っと」
奏が時計の地図で頭を悩ましていると・・・
「こちらですよ?」
宗治郎がさっと答える。そうか!こいつはここに何回も来ているから道を知っているのか。
――こいつに頼めばいいんじゃねーか・・・――
ガイド役の交代だ。
「流石ですね~宗次郎さん」
「いえいえ。ただ何回も来て道を知っている。というだけですよ」
「でも助かりました。ありがとうございます」
ニコッと軽いお辞儀をしてお礼を言うプキに対して奏は少しモヤっとした。
――はっ・・・道を知っているだけだろ――
三人はテコテコと町を歩く。人通りはまばらだがお店はけっこう軒を構えている。
元気良く呼び込みをする人なども多く、活気がある。
「なんかいいですね~」
「そうですね。私はここの町が好きです。ほのぼのとした空気に心が癒されます」
「平和・・・だな」
「はい」
すると魚屋の体格の良い男が話しかけてきた。
「おっ!宗治郎さん!今日はべっぴん二人をはべらせて羨ましいねぇ!」
「ははは。そのようなものではございませんよ」
「言うねぇ~この色男!お姉ちゃん達。この人は本当に優しいお方だ。ついて行って損はないぜ!がはは」
「あまりからかわないでください。それにこの方は・・・」
宗治郎は気を遣い奏の方を見た。奏はジト目で魚屋のおっさんを見て言う。
「俺は男だ・・・」
・・・・・・・ボトッ
魚屋のおっさんは持っていた中くらいの美味そうな魚を落とした。
「な・・・・お・・・・男?このべっぴんさんが・・・」
「そうですよ!奏さんは男の子ですよ!」
「はぁ~~こりゃたまげた。世の中こんなべっぴんな男がいるとは・・・うちの母ちゃんより百倍べっぴんなのになぁ」
――く・・・複雑な気持ちだ・・・――
「そんなこと言ってはいけませんよ。奥様は十分お美しいですよ」
「ははは。あいつに聞かせてやりたいくらいだ!宗治郎さんにそう言ってもらえると喜ぶよ!」
と。こんな世間話をしていると、一台の車が魚屋の前の赤信号で停車した。
この場所は十字路の交差点の角の店だったので目の前が信号だ。
「みなれねぇ車だな」
おっさんが言う。その車は黒のリムジン。確かにここには不釣り合いだな。失礼だけど。奏はそう思いふと後部座席を見た。窓のスモークは少し薄めだったため、中の様子が多少だが分かったのだ。なのでどんな人物が乗っているんだろうという興味本位だ。
――え?――
中を見た奏は硬直した。女の子が見えた。それも可愛いと一目で分かる可愛さだ。
でも髪の色や瞳の色はスモークの具合で分からないのだが・・・その女の子は窓に向かって優しく息を吐いた。そして曇った窓にスラッと細い人差し指で可愛い丸文字を書いた。
――なんだこれは?――
9文字の言葉。暗号?いや!まさか!
【タスケテ?ケロケロ】
思った通り。窓の外には反対に文字が見えると思ってなかったのか、ふむ。で?内容が?
【助けて?ケロケロ】
「え?」
後半のカエル語は分からないが、助けて?よく見ると手には手錠がされている。傍の男はスーツを着たこわもてのおっさんだ。幸いにも寝ているようだが。
これって?・・・・奏は後ろの3人をゆっくりと見た。
「・・・・・・」
宗治郎とプキは目を点にして変な汗をかいている。おっさんは内容を掴めていない。
ブロロロ~・・・青信号になり車が走り出した。奏はゆっくりと口を開く。
「誘拐・・・か?」
「・・・そうですよね?今のって・・・」
「確かに・・・これは誘拐なのでしょう・・・」
固まる三人だが、即座にプキが叫んだ。
「誘拐ですよ誘拐!ダメです!助けましょう!」
――やっぱりそうなるのか・・・・――
でも助けてと言われたんだからここは男見せなきゃな。
「私は構いませんよ。この街の悪を見逃すのはとても不愉快です」
「そうだな・・・・助ける・・・か」
3人の意見は一致。とりあえず寄り道になってしまうので本部に報告することになった。
時計の通信機能でクリスを呼び出した。
「虚神さぁ~ん。今日は何回も連絡をいただけますね~。とても嬉しいですよ」
画面の向こうでとてもご機嫌なクリスが応答した。まぁこの通信をするとクリスに繋がるというだけでクリスを狙って連絡している訳ではないのだが・・・
「・・・少し問題が起こった。誘拐事件らしきものに遭遇した」
その言葉にクリスもにやけた表情をやめ、きりっと構えた。
「誘拐?ですか?大変です!すぐに近場のエージェント、警察に連絡を取らせますね」
「いやっ、ちょっと待ってくれ。」
「どうしたんですか?」
「これは俺たちが解決したい。誘拐された女の子に助けてと言われたんだ・・・」
「そうなんです!ご指名ですよ。これは私たちが助けないと!」
プキもグイグイと入ってきた。
「えっと・・・・羆さん?どうしますか~?」
画面の外の羆に助けを乞うクリス。本来誘拐などはCクラス任務にも属さない軽犯罪だ。
もちろん軽犯罪で済ますのは悪いのだが、貴重な神者、能力値異常者の人員を割くには軽すぎる。という世界政府の思考だ。なのでこの任務を受理するかどうかでクリスも立場上困るのだ。
「好きにしろ!お前が最高責任者だろ?」
と羆の声。面倒くさいから適当にあしらった言葉にも聞こえたが・・・
「そうですね!じゃあ頑張って助けてあげてください~!」
――軽っ!――
一同がそう思った。そんなノリでいいんだな・・・
「その変わりちゃんと助けて早く帰ってきてくださいね?」
ちょこっと首を傾げ、可愛らしくクリスは言う。ただでさえ可愛い癖に・・・
「わ・・・分かった。ありがとうクリス」
照れくさそうに奏がそう告げるとクリスが暴走してしまった。
「あ!ありがとうですか~?もう~可愛らしくて死んじゃいますよ虚神さん~」
なぜテンションが上がる。こいつのツボが分からないのだが・・・
プツッ。可哀想だがいつもの恒例なので喋るクリスを無視して通信を遮断した。
「オーケーがでたな」
「はい!助けましょう!」
「及ばずながら、頑張ります」
ピピ。また時計が鳴った。クリスか?しぶといなと思いつつ時計のボタンを押した。すると地図のようなウインドウが送られてきた。どうやらレヴィの計らいみたいだ。その地図には赤く点滅するポイントがゆっくりと動いている。
「なるほど・・・さっきの車の居場所を知らせてくれるのか・・・」
「レヴィちゃんですね?流石です!」
――流石というか・・・いつこの車の情報を知ったんだよ――
奏はレヴィの情報網のすごさに呆れながらも感謝をした。
「行くか。Dクラス任務」
「ふふっ。Dクラス任務ですか?」
「はい」
三人はタクシーを呼び追いかけることにした。
「またこれは・・・ベタなところだな」
奏は言う。それもそのはず。ターゲットの車が止まったのは人里離れた山の上の廃墟のような所だ。あのリムジンで上がれるものかと心配になるが、道はちゃんと舗装されていた。
キキー・・・建物のかなり手前でタクシーの運転手が車を止めた。
「す・・・すみません。これより先には進めません」
「ん?普通に行けるだろ?」
「ち・・・違うんです。あそこの建物には色々恐ろしい噂が出てるんです」
「噂?」
奏はバックミラーごしに運転手を見た。その顔は少し青ざめていて怯えているようだった。
「はい。怪しげな奴らが最近あそこに出入りするようになったみたいで・・・
タクシー仲間から近づくのはやめておけと言われています」
「じゃあここでいいですよ!奏さん。宗治郎さん。歩きましょう」
――プキは一般人に対しての気遣いがものすごく良いな・・・――
「そうですね。歩きましょう」
「申し訳ありません!ありがとうございます!」
3人はタクシーを降り、歩く事にした。
「4時か・・・暗くなる前にはカタをつけたいな・・・」
時計を見ながら奏が呟く。だいたいこの季節、6時くらいには暗くなる。だから猶予2時間程度ということだ。
「奏さん、どう攻めましょうか?」
「作戦・・・か。相手の人数、所持している武器、配置、建物の構造。何も知らないからな・・・」
なんて言いつつも舗装された道を堂々と並んでしゃべくる3人。廃墟に近づくとさっきのリムジンが止まっている。横には4台の同じような黒塗りの車が並んで停車している。
――けっこう数がいそうだな・・・――
流石に3人は草むらに身を潜めた。でも見張りの者も見えないしあまり警備は厳重ではない。
――素人のヤクザか?これじゃおじさんの家の方が百倍難関だな・・・――
「一気に乗り込んで殲滅しますか?」
宗治郎はそう言いながら2本の刀の柄を撫でる様に触れた。いやいや怖いよ。奏は少しジト目で宗治郎にバッテンサインを出した。
「じゃあどうします?」
プキが言う。しかしこんな所に乗り込んだ経験なんかある訳がないからな・・・
ピピッ・・・すると奏の時計が鳴った。すぐに確認してみるとまたもレヴィからの特別回線だ。内容は犯罪グループの人数、所持している武器、建物の詳細構造。やはりレヴィはすごい。というかはある意味で異常だ。
――ん・・・・なに?――
構成メンバーのプロフィールウインドウをスクロールしている内に奏は意外な者を見た。
「プキ。見てみろ」
時計から出ているウインドウをプキに見せた。
「え!奏さん!」
プキは目を丸くし驚いた。そうだ。この構成員の中の男は・・・
「プキって・・・・初めて名前を・・・・」
――え?――
そう言いながらプキはうっとりと奏の顔を覗く。ってそこじゃない。
「う・・・嬉しいです」
「あほ、それどころじゃない。こいつを見ろ」
奏はプキの頭を軽く小突き多少強引にウインドウの人物を見せた。
【unknown】
その者のデータ表記には大きくunknownと出ている。前の世界検診で個人の能力はローゼンクロイツには記されているはずだ。それがないということはつまり・・・
「あ!シークレットデヴィアントですか?」
「多分そうだろ。レヴィの手書きで【要注意】と書かれてるしな」
「うぅ・・困りましたね。Dクラス任務どころじゃないですよ?これ」
「・・・そうだな・・・でも・・・助けないと」
「シークレットデヴィアント・・・・とはなんでしょう?」
宗治郎自身シークレットデヴィアントなんだがな。そう思いつつもプキに説明させた。
・・・・・・・・・・
「なるほど・・・しかしすでに悪に染まっているかの様にも思えますが・・」
「そうですよね。ということはこの任務は」
「・・・Aクラス任務という事か・・・」
簡単な人助けの予定だった2人は唾を飲み込む。ん。もう1人は?・・・
「いいですね」
宗治郎は糸目をこじ開けまたあの禍々しい猫目を見開く。疼くように刀の柄を握っていた。
「おい宗治郎。無茶はするなよ?女の子がいるんだ」
奏は今にも飛び出しそうな宗治郎を諭すようになだめた。
「分かりました。しかし・・・強者と戦えるというのは一剣士として心が踊ります」
「戦わなくて済むのが大前提ですよ!」
闘気を収めそうにない宗治郎に対しプキが強く言った。
「とりあえず。作戦的なものを考えて迅速に動く。戦闘は多分プキと宗治郎に任せる。
俺は・・・・俺はまだ役に立てないから・・・」
自分で言いながらマイナスに浸っていく奏。
キュン。そこにプキは胸を打たれて少し悶えている。それを見て微笑む宗治郎。アホ共め。
作戦は大雑把だが異常者3人がいるこっちが明らかに有利。油断をするつもりもさらさら
ないが。とりあえず・・・・
「作戦開始だ」
奏の言葉と共に各々が行動に移った。
この作戦は救出作戦だ。プキが勝手に名づけた作戦名は【正義の味方のお助け大作戦】。
センスの無さには突っ込む気はないが、内容はいたってシンプル。
奏が正面から入り相手を陽動。プキ、宗治郎が各自の判断で奇襲攻撃をかける手筈だ。
――2人の状況はっと――
奏は少し胸の高まりを感じつつ、2人の状況を目で追った。宗治郎は建物の背面から屋上へとスルスルと上がっていく。武士というより忍者か。プキは・・・自分の考えがまとまらなかったのか、宗治郎について行っている。
――まぁあいつについていれば安心か――
奏は首に下げた銀のペンダントを懐から取り出した。
――考えてみればなぜか人助けをする事になってる・・・まぁ成り行きだが・・・
あいつが来る以前なら想像もしなかったな・・・――
奏はペンダントを額に当て、想いを込めるかのように目を閉じた。
ピピッ。プキからの配置完了の合図だ。流石にさっきあれだけ教えたから成功させたか・・・
といっても合図を鳴らすという操作だけだが。ペンダントを懐に戻し、覚悟を決めた。能力値異常者、神者の戦いを目にしてからというものの、一般人相手にでも多少の緊張感を抱いてしまうのが今の奏の心境だ。前なら何の迷いもなく殴り捨てていたのだが・・・少し衝撃の強い戦いを見すぎたか。
――いくか――
奏は草むらから身を乗り出し、入口の方に歩いて行く。入り口は多少ガタのきている両開きのドアだ。ゆっくり開いてもギギィと音が響きそうな感じだ。しかしこんなに接近しているのに誰も出て来ない。なめているのか?窓はすべて板木で閉じられており中の確認はできない。
――作戦通り・・・正面から入るか――
プキ、宗治郎が待機しているしそこまで恐怖はない。
ギギィ。と扉を押しあけた。はずだったのだが・・・
ガガッ!扉は固く閉ざされておりビクともしない。
――やば・・・鍵は計算になかった・・・どうする・・・――
想定外の事態に慌てた奏だったが作戦は難なくスムーズに進んだ。
「誰だ!」
扉の向こうから男の怒号が聞こえる。ピンチだがチャンスだ。ガチャン。と扉の鍵を開ける音が次々とする。重たく響く金属音が使用している鍵の大きさを物語っている。しかも何個も仕掛けてあるとは。
――はっ、これじゃ開くわけがないな・・・――
と、鍵が全て開くのを待っていた時。
「何かあったのか?ドアには手をかけるなと言っておいただろう?」
冷たく、それも桁違いに落ち着きを感じさせるクールな声が聞こえた。
「あ!すみません!扉を開けようとする音が聞こえたので、怪しい者かと」
「怪しい者?・・・・・・・・いやそうじゃない。多分僕たちの大事なお客様だ。」
「客人・・・ですか?そのような話はなかったのですが・・・」
――クールな声の方がこのグループのトップなのか?――
態度で大体が察知できた。
「開けてやってくれ」
「は、はい。分かりました」
よしよし。好都合だ。何者かと勘違いでもしているのか?奏がそう思いドアが開くのを待っていたその瞬間。
ピッ、何かの音がドアの向こうで聞こえるのを感じた。それと同時に奏に不安がよぎる。
――まさかっ!――
即座に後方へとステップを踏む。だが時同じくして不安が的中した。
ドォォオン!古びたドアが勢いよく爆発。飛び散る破片をステップでどうにか躱し、身体的なダメージは免れることができた。しかしいきなり爆弾を使うとは・・・
――耳が痺れる・・・――
爆音で両耳を少しやられたみたいだ。奏は煙の中歩いてくる男に視線を向けた。その男は知的な風貌、落ち着いた物腰だと一目で分かる。多分声の主だ。腰に差してある見慣れない剣は何かを物語っている。
――こいつか・・・・――
さっき見ていたリストの【unknown】の男。橘真琴(たちばな まこと)だ。
そいつはかけてあるメガネのブリッジを右手の中指でクイッと押し上げて言う。
「こうすれば大体の客は死んでしまうと思ったが・・・それを察知して躱したお前は何者だ?」
零並の身長のその男から見下げられる眼光は、色を含んでいないかのような異様さを放っている。そう、まるで心を塞ぎ込んでしまっている様に感じ取れるのだ。
「お・・・俺は迷ってここに来た」
「迷う?・・・こんな所にか?僕をバカにするなよ?」
橘はそう言うと腰の剣に手を触れる。風貌とは違いずいぶんと短気な様子だ。
「バカにしてない!本当だ!」
奏は必死に注意を自分に向けようと声を張る。
――作戦開始だ――
こいつらの注意が奏に向いた瞬間。
ドンッ!
一階の天井の一部が切り刻まれて落下した。同時にプキと宗治郎が空いた穴から降りたつ。
「奏さん!大丈夫ですか?」
着地の瞬間に踏み込んだプキは、愛刀・朧桜を抜き前方に構えた。そして建物一階にいたヤクザのような男6人に対し向かって行く。ヤクザは突然の事態に驚いたが銃を構えようと懐に手を伸ばす。だがすでにプキは瞳を輝かしていた。青白いライトエフェクトが移動するプキの目から線の様に後を追う。
「なんだお前らは!」
怒号を放ち、銃を構えたヤクザの腕がみるみると氷に包まれていく。
ピキキキ
「なんだこれは!手が!」
「俺もだ!」
「ぐあぁぁぁぁ」
凍る手の痛みにうずくまるヤクザ達にプキは止めをさす。
「はぁっ!」
高い声を胸から出し、裏返した刀と蹴りで6人を瞬く間に吹き飛ばした。
「ん?こいつらは何者だ?お前の仲間か?」
仲間がやられている状況なのに橘は表情一つ変えない。それどころか面白い見世物を見るかのような瞳をして見物している。
湧いて出てきた残り5人のヤクザは宗治郎が迅速に処理をし、二人は外に歩き出た。
・ ・ ・ ・
「ふーん」
橘は奏に背を向け残り2人の方を正面に向いた。プキ、宗治郎も刀を構え、橘を視認する。
「この子が囮で君たちが本命ってこと・・・なのか。ははっ。すっかり作戦にはまったよ。
で?何者?警察?僕を捕らえにでもきたのか?」
言葉を並べる橘にプキは言う。
「警察・・・ではないですけど。あなたたちが誘拐した女の子を助けに来ました!」
「ん?じゃあ何だ?人助けのボランティアなのか?ふふ。君たち。おもしろいな」
「笑い事じゃないですよ!」
「いやいや・・・くくく。本当に面白い人たちだ」
話が成り立たないな・・・奏は2人のやり取りを背後で黙って聞いていた。
「それで?僕をどうするつもりだ?」
薄ら笑みを浮かべて橘は続けた。
「ど・・・どうするって・・・悪いことをしているんだし・・・捕まえます・・・よ!」
――そういや助けるってだけで悪者の対処は倒すしか考えてなかったな――
動揺するプキを見て奏は冷静に考えていた。
しかし倒すと言ってもあのヤクザ達のようにはいかないだろう。シークレットデヴィアントで、しかも本能的かどうか分からないが得物に剣を選択している。これはかなりの確率で能力値異常者の可能性が高い。橘は右手で腰の剣をゆっくりとなぞる様に抜いた。やはり見たことないタイプの剣だ。
「捕まえる?・・・僕をか?」
だらけた構えをし、左手でメガネをクイッと押した。
「そうです!」
プキが念を押した。
「おもしろいね。でも・・・少し面白くないな。君たちは多分僕と同じタイプの特殊な人間なんだろう?」
「・・・・・・」
「やっぱりね。動きが常人とは明らかに違うから分かるよ。君にいたっては氷を操ってい たみたいだしね。・・・ふーん・・・」
橘はそう言うとプキ、宗治郎を見定め、背後の奏も振り返ってジロジロと見た。
「僕達だけじゃなかったのか。そうだとは思っていたけど・・・」
この時、宗治郎は刀を構えた。
「やはり面白くないな・・・」
バッ!突然橘は常体を低くし、地面に這い蹲るかの様な構えをとった。
「一体、どのくらい強いんだ?」
フワッ、橘はうっすらと残像を残し瞬発的に移動した。何か動いてるのをどうにか視認できる程度でしか分からなかったが宗治郎へと向かっている。それは理解できた。
キィィィン!宗治郎は難なく橘のひと振りを防いだ。低い姿勢のまま移動したのか下方からの振り上げる斬撃だ。橘はニッと唇を引きつらせ呟く。
「新月」
フワッ。またも橘は消えた。というくらいの速度で動く。宗治郎には見えているはずだ。
ピクッと宗治郎は反応した。背後だ。体を前のめりにし、右手の剣を後方に返した。
キィィン!またも鳴り響く金属音。ビンゴだ。
――すごい――
奏は思わず見とれた。攻撃を防がれた橘は、タタンッとステップを踏み後方へと距離をとる。
「ははっ。すごいな。これを防ぐ人間に出会ったことはなかった」
「そうですか。褒め言葉ととっておきましょう」
「その余裕。ははっ。いいね!謝るよ。さっきの言葉は撤回だ。おもしろいよ!」
クールな様子から一転。橘は新しいおもちゃを得た子供の様に高揚していた。
キン キン キキン
素早く動き、低い姿勢から四方からの斬撃を宗治郎に浴びせる橘。
それを二本の刀で軽くあしらう宗治郎。どれだけ強いんだこいつは・・・
「ほら!」
「これも!この技も!」
「全部通用しないってか!」
笑顔を含んだ表情で中段右方向から斬りかかる橘。低い体制からの攻撃ばかりだったので少し意表を突いた形の攻撃だったのだが、宗治郎は分かっていたかの様に剣線の先に刀を構えた。
「繊月!」
「なっ!」
宗治郎が珍しくうろたえた。構えた刀に剣を交えた時にかかる重みと響く金属音がない。
「幻影?」
はっと感覚を磨ました宗治郎は下方を視認する。橘の剣が弧を描き迫っていた。
「くっ」
苦言を発し、体を後ろに反らしながら首を上げた。ブンッ。
どうにか橘の剣は空を斬る結果になった。しかし宗治郎はその体制からも技を繰り出す。
「鷹爪閃」
躱した勢いそのままに宗治郎はバク宙をした。それに合わせ二本の刀が宗治郎を中心に円を描く。
キィィン!その斬撃を橘は両手で剣を構えて防いだが、反動で5メートル程ずり下がった。
宗治郎は着地と同時に追撃をかける。二本の刀を前方にクロスさせ構えた。
ダン!強烈な踏み込み。踏み込み地点から反動が円を出して広がっている様に見える。
5メートルの間合いを目にも止まらぬ速さで詰め寄った。
「大詰!」
キィーーン!クロスした刀を相手の正面で開き斬る詰め技。加速したスピードと宗治郎の太刀筋の強さから、見ていた奏にも容易に想像できる破壊力だ。
橘は数メートル吹き飛んだ地点でそのまま仰向けに転がった。だが鳴り響いた音からして剣で防いだのであろう。致命傷は与えていないようだ。というかそれでいい。プキも戦闘に参加できない雰囲気を悟ったのか、いつの間にか奏の傍に来て戦闘を眺めていた。
「なんかすごいですね。横入りしたら怒られそうです」
「まぁな・・・」
奏とプキがぼそぼそと話していると、橘はモゾッと動いて立ち上がった。
「ふぅ~。まいったね。君。強いな。それも相当だ」
「あなたもなかなか。お強いですよ」
「ははっ。しかも謙虚だ。面白いよ。僕も本気を出さないと悪い気がしてきた」
少し口の中でも切ったのか、橘は赤い唾を地面に吐き捨てた。
――本気じゃなかった?嘘だろ?――
奏は橘を凝視した。こいつも確かに強い感じがするのだが流石にまだ底があるとは思えない。ハッタリ程度だと思っていたが。
「やはりそうでしたか・・・」
宗治郎はそう言うと細目を開いた。あの猫目だ。というより確かに宗治郎はキレたり気持ちが高ぶった時に瞳を開いていた。それを今まで開かなったのはそういう事なのか。
「じゃあ・・・」
橘はまた常体を低く構え、低い位置から宗治郎を上目遣いで睨んだ。
「いくよ」
フワッ・・・またも残像だ。橘は高速の移動を始めた。宗治郎の周囲の土が所々で跳ね上がっている。少しづつ間合いを詰めていく作戦なんだろうか。
キィン!橘は後ろから斬りかかったり、下方から斬り上げたりと攻撃を開始した。
やはり速い。確かに速いが宗治郎は見切っている。それを橘も理解しているはずなのにさっきと似た攻撃パターンばかりだ。攻撃を加えつつ橘は呟いた。
「上弦の月」
またも後方中段からの左から右へのなぎ払い攻撃だ。その剣閃を宗治郎は左手の刀で半身で防いだ。だが何か呟いたのだ。宗治郎は警戒を強めた。その時。
「宗治郎さん!」
プキが叫ぶ。奏はその意味を唐突には理解できなかったが宗治郎は察した。バッと宗治郎は空を見た。そこには無数の何かが落下してきているのが分かる。
「なるほど」
距離わずかまで迫ったそれに対し宗治郎は刀をクロスさせた。
「大詰!」
開き斬る斬撃で無数の何かを弾き飛ばした。カランと転がるそれはナイフだ。数にして6本のナイフが弾き出された。
――いつの間に投げていたんだ――
奏が転がったナイフを目で追い宗治郎に視野を戻した時。
「ぐっ!」
宗治郎の脇腹に痛烈な蹴りがクリーンヒットした。ミシッと音をたてめり込んだ後に衝撃が伝わる。空気が揺れ空間がはじけ飛ぶエフェクトを発しながら宗治郎は横に吹き飛んだ。
「!」
声を殺し吹き飛びながら気合を込めた。そして空中でどうにか体勢を立て直し地に足をつけ踏み止まった。
「はっ!」
心臓奥深くから吐き出す様に声を出す。その様子からして今の蹴りは中々のダメージだったのだろう。
「宗治郎!」
奏は気を使って叫んだが、今回は優しい目ではなく猫目で睨まれてしまった。
「大丈夫ですよ奏さん。しかしこの戦いに手を出す事は許しません」
ふー・・・っと長く息を吐き、構えを直しながら宗治郎が言う。
「でも!」
プキも心配そうに叫んだ。正直。宗治郎がダメージを与えられるのは予想外だった。能力値異常者の中でも群を抜いていると勝手に思い込んでいた2人だった為、今の一撃は2人心に動揺を刻み込んだのだ。
「それと・・・外野からの助言もやめてください」
――外野て!――
心配したのに少しけなされた感じがした奏は脳内ツッコミをした。
そろっと傍のプキを見てみると、
「・・が・・・外野って・・・・ひどいです・・・」
あぁ、なんか今にも泣き出しそうな位のショックを受けておられる。しかしこれは宗治郎なりの流儀なのだろうか。相手が1人なら1対1で戦うのが剣の道なんだろうか。そんな事を言っている場合ではないと思ったが、邪魔をすると本当に斬られそうなので奏は言葉を飲み込み戦いを見守る事にした。その会話を黙って聞いていた橘は剣を肩にトントンと当てた。
「いいね?宗治郎さんって言うんだっけ。その精神。今時笑えそうだけどそうでもないね。
僕は良いと思う」
「そうですか。私もあなたの戦い方は好きですよ。他のお二方を狙わない姿勢がいいですね。大概。あなたがたのような方は真っ先に利用すると思いましたが」
「そうだろうね。普通はそうするかもね。でも女の子をいたぶる趣味はないし、そこの小さい男を斬ろうとも思わない。君達3人が現れて君を直感的に選んだよ」
「私も戦いたくて疼いていました。あなたにはまだまだ底がありそうです」
「ははっ。戦闘狂かよ。でも分かるな。せっかくバカみたいに名づけて作ってみた技も普通の人間には耐えられない。それを試せる相手がいたということは、嬉しくもあり少し悲しい・・・かな」
橘は下を向き、メガネをクイッと押した。
「分かります。ですが私の場合は嬉しさばかりが胸を躍らせますよ。あなたの様な強者と戦えて・・・」
宗治郎はそう言うと刀を構え直した。左足を前方に出し、左手の刀は腕を水平に相手に向けて
伸ばし、右手の刀は頭付近で構え剣先を同じく相手に向けた。
「私の名前は宇治宗治郎。天正宇治二刀流現師範代!」
突然大声を出した宗治郎に橘は刹那硬直したが、すぐに冷静な顔をニヤけさせた。
「っとに面白い。最高だ宗治郎さん」
橘は思い切り酸素を肺にいれ、顔に似合わぬ大声を出した。
「僕は橘真琴!現代を生きる異能者だ!」
叫び終わると同時に橘は体勢を低く構えた。
「最高の戦いをさせてくれ!」
そう言う橘からは最初とはまるで違うオーラを感じることができた。怖さなど微塵も感じとれないほどにだ。橘は軸足に力を込め、力強く踏み出し声をからし吠えた。
「宗治郎さん!」
ダダン!
――さっきより速い!――
奏がさっきまで見た速度を上回る脚力で橘は残像を残し消えた。そして宗治郎の周りを隙を伺うように走り周り詰めていく。宗治郎は目を瞑り静かに言葉をはしらせた。
「花車」
さっきの構えから顔付近の右手を背面に向いて振り切った。その反動を利用し、右足を軸にして回転の刀を浴びせる。
ブゥゥゥン!およそ数回転の単調な回転技のようだが・・・違う。刀のリーチよりも数十センチ長めに斬撃が放たれている。宗治郎の刀への力の伝え方が圧力を増加させている。
キィィン!激しい衝撃を浴び橘は大きくのけぞった。斬撃が全方位攻撃だったためヒットした。
「くっ」
残像は消え、ガードした反動でのけぞる橘がそこにいる。
「二刀・・・」
宗次郎は左手の刀を身体の右側に構え、右手の刀を天高く構えた。そして右足を力強く踏み込み間合いを詰める。
「両断!」
グンと攻め、両手の刀を十文字に斬りつけた。キィン!2本の刀は輝く火花を強烈に散らした。
・・・・・・・・・
――今のを防ぐのか・・・――
見物に精を出している奏はゾクッと背筋が痒くなった。体勢を崩した所に繰り出された宗治郎の技を、橘は右手の剣と咄嗟に出した小型のナイフで防ぎきったのだ。
「すごいな・・・けど!」
橘はバッ!と交えていた二本の刀を力で弾き返し、数メートルバックステップで距離をとった。そしてステップを終えたと同時に前方に迫り出た。シュッ。迫りつつ懐から数本のナイフを出し、宗治郎の頭に向けて投げつける。それを宗治郎は難なく捌いたが視界から橘の姿が消えた。
「くっ・・・後ろ!?」
宗治郎はがむしゃらに背面めがけて刀を振った。しかしそれと同時に背中に冷たい感覚が走る。
ブシュ!背中をかすめる橘のひと振り。下から仰ぎ斬る斬撃。
宗治郎は剣が背中に当たるのを察知し、自然と反対側に倒れこみ重傷をまぬがれた。
攻撃が成功した橘は慎重にも、バックステップで距離をとった。
「決まったと思ったけど・・・」
橘はまたも剣を肩に当て宗治郎を見た。
「ふふ。楽しいですよ。橘さん」
背中を流れる血は少なく、本当に幸いにも軽症だ。奏はヒヤヒヤしながら戦いに見とれていた。
「橘さん・・・・とても戦い慣れてますね。背後から襲うイメージをつけさせておいて頭部への攻撃。それを防ぐ際に少し視界が上がってしまいます。そして本人は体勢を低くしてそのまま間合いを詰める。イメージのせいで後ろに気を取られた所を攻撃する・・・・すごい人ですね」
と。なぜかプキが解説を始める。いつの間に解説ポジションについたんだよ・・・
と奏はジト目でプキを見つつもやはり戦いが気になるので目を背けた。
「まだまだ!」
宗治郎が構え直すのを見届けた後、橘は次の技を繰り出す。
橘は手に持っている剣を空高く放り投げた。そして懐のナイフを両手で取り出した。
「十三夜月!」
シュッ。シュシュ!連続でナイフを投げつける。しかし明らかに宗治郎から軌道がずれているナイフもある。
――コントロールミスか?――
あまりに外れた軌道に奏も少し目を点にする。
「厄介ですね」
宗治郎は猫目を凝らして周囲を見た。驚異的な速度で飛来するナイフの中、軌道のずれたナイフの後方に、夕焼けに照らされて光る細い糸のような何かがあるのが分かる。
――あれは・・・ピアノ線か!――
「はっ!」
橘は手をすばやく交差した。両手から光る細い糸が見える。
カクン!宗治郎から外れていたナイフ6本の軌道が変化し、宗治郎へと向かう。
正面からの7本のナイフと合わせ、13本のナイフが襲う。
「・・・・・」
宗治郎は感覚を研ぎ澄ました。周りの気配を察知。近づいてくるナイフの軌道、橘との距離、そして挙句は奏とプキの位置まで。強烈な集中力と感覚ですべてを感じ取る。
「はぁ!」
強く息を吐く様に言葉を乗せる。そして同時にナイフをほんの数振りで全て弾き飛ばした。
「月麗剣・・・」
だが地面にナイフが転がり落ちるよりも先に橘が正面に迫っていた。
・・・!・・・・
「三日月!」
キィィィィン!薄暗くなる空のせいもあり、交わる剣の火花がひどく綺麗に見えた。
その追撃を予測していた宗治郎であったが、想像以上の攻撃にカウンターの姿勢を取れず、二本の刀で防ぐのがやっとのことだった。ジジジジ。と技の反動で宗治郎は数メートルずり下がった。そしてお互いにニヤリと口を緩め笑っているかのように見える。
――・・・・――
もはや奏は言葉を失っている。すごい戦いはもう見た記憶があるのだが、それはお互いに強い敵意を持っていたからだと勝手に解釈している。相手を殺す。もしくは倒す。
その気持ちがあれほど残酷なまでに緊張感のある戦いをできる理由だと・・・
でもこいつらは何か違う。戦いが好きって感覚は伝わるのだが、それでここまでの戦闘をできる事に驚いている。今の一撃だってそうだ。ナイフで陽動し、気がそれた所に間合いを詰め、両手で持った剣を目いっぱい振り上げる。月麗剣・三日月だっけ?
明らかに当たれば即死。なんせ真剣。競技でスポーツマンシップにのっとってやっている訳じゃない。なのに楽しんでやっている・・・
「・・・・・・」
――異常者は皆こんな奴らなのか・・・――
奏は同じ異常者なのにあまり気持ちを理解できなかった。キィン!キン!橘のナイフと剣の巧みな攻撃パターン。対する宗治郎の鍛え抜かれた技の数々。常人には何か特撮の撮影かと思える程の戦闘だ。そのあとも2人は剣を交え戦い続けた。
作戦開始からどれくらいたったのか。多分それほど時間はたっていない。しかし空は暗くなり始めた。予想が外れたな・・・と思いつつ2人を更に凝視した。
「少し暗くなってきたね。どうする?飛び道具を使う分こっちが有利な気がするけど?」
橘はフェアな条件で戦いたいらしい。そこらへんは良い奴に思える。
「お心遣い感謝します。ですが自然の変化を理由に決闘を中断するなんてことはできません。続けさせてもらえますか?」
宗治郎はそう言いながら刀を構え直した。しかし遠目にも呼吸の乱れが目立つ。だがそれは橘にも言える事だ。2人は体力をかなり消耗しているように伺える。
――決着がつくのか・・・――
奏はふと思った。しかし真剣での決闘で、決着がつくということは・・・
その時だった。
バッバッバッ!薄暗い空の下。周囲から何個もの人工的な照明が奏達を明るく照らした。
――誰だ!――
眩しい光を防ぐ様に手をかざし、一番賑やかに思える一帯に目を向けた。
すると一人の女が堂々と前に歩み出てメガホン越しに叫んだ。
「警察よ!橘真琴!未成年者略及び誘拐罪であなたを逮捕します!
あと他にも色々あるけどとりあえずそれ!大人しくしなさい!」
女の偉そうな警官が出てきた。その風貌は遠目から察するにミディアムヘアーの若い女だ。
しかし女とは分かるのだが胸元がいささか寂しい様にも見える。
宗治郎。橘も目をやった。橘は女警官の言葉を聴き終えると宗治郎を見た。
「これは?」
「すみません。分かりません。私もつい先ほどこの方たちに同行させてもらった身分なので・・・・」
宗治郎は横目に奏とプキを見た。その眼光で分かるのは余計なことをするな。の言葉。
だが二人にも何かをした記憶がない。おそらく察するにレヴィくらいの仕業だろう。
「私たちも知りませんよ!」
責任逃れに必死に答えるプキ。ついでに奏も首を横に振る。
「まぁ・・・いいよ。決着は次の機会にでもしようか。宗治郎さん」
橘はゆっくりと剣を収めた。合わせて宗治郎も刀を腰にさした。
「そうですね。しかしこの状況をどう回避するおつもりでしょうか?」
「簡単だよ」
橘は両手を上げ、女警官の方に歩みよっていった。
「も、物分りがいいわね橘真琴。手錠をかけてあげるからここまで来なさい。変な真似をするんじゃないわよ!」
拳銃を構えた四人の警官が橘を囲むように回り込んだ。
「さぁ両手を出しなさい。あんた強いらしいからすっごい手錠だからね」
奏たちはその状況をジッと見守った。捕まえるのを補助したら宗治郎に殺られそうだ。
橘が両手を差し出し女警官が手錠をかけようとした時。
フワッ・・出た。残像だ。高速移動で女警官の背後に回り込み、女警官の肩を両手でつかんだ。
びくっ!と全身を逆立てて驚く女警官。部下たちも信じられない事態に慌てた。
「さ!佐藤警部を離せ!橘!」
「動くんじゃないぞ!下手な真似はするな」
騒ぎ立てる部下たち。橘は佐藤の耳元にこそっと言葉を吐いた。
「佐藤警部・・・さんか。悪いけどまだ捕まるわけにはいかないんだ。お仕事の邪魔して悪かったね」
異常者というくくりにビビっていたのか佐藤は固まっている。
「じゃあね。まな板さん」
橘はそう言うとまたも残像を残し、姿をくらました。
「・・・・・・・・・・・・・」
ドサ。緊張が解けたのか佐藤はその場にしゃがみ込んだ。部下たちはその瞬間に慌てて何かの準備を始めた。
「私・・・容疑者を逃がした・・・ひぐっ・・・・無能なんだ・・・ひぐっ・・・」
「大丈夫です佐藤警部!今の相手は能力値異常者!我々一般人が捕らえられないのも仕方ありません!」
「そうですよ!佐藤さんは優秀です!」
痛々しい程のフォロワー達だ。なんなんだこいつらは。邪魔にしかなってないように見えるが、この佐藤警部とやらはすごく慕われているのが分かる。慕われるというか頑張って持ち上げられているのか?可愛いから。
「・・・ひぐっ・・・まな板・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・・・」
そしてこいつらそこを一番フォローしてやれ。なぜ黙る。確かに悲惨だけれど。
奏は脳内ツッコミを繰り広げていたが大事な事を思い出した。
「プキ!さっきの女の子は?」
「あっ!そうでしたね!探しましょう!」
佐藤警部の慰めに必死な警察たちは使えない。奏たちは本来の任務を遂行する。
「・・・多分地下が怪しいんではないでしょうか?」
宗治郎の言葉通り地下を探して見ると女の子はすごく簡単に発見できた。階段を降りたすぐの6畳くらいの部屋に手錠も何もされてない状態で見つかった。さっきはガラス越しで分かりにくかったがかなりの美少女だ。赤みがかったボリュームのある巻き髪。フルーツをあしらった髪留めが可愛らしい。プキよりは少し身長が高そうだ。おまけにすらっとした体型なのにまな板じゃない。別にエロく観察してる訳ではない。一目見た感想だ。そして何より・・・寝ている。この状況でここまですやすやと寝れるものなのか。
睡眠場所はその部屋の真ん中にポツンとある純白のソファーの上だ。
「・・・おい・・・大丈夫か?」
珍しく奏が先導して女の子に声をかける。だが微塵の反応もなくスピースピーと目を覚まさない。しかし・・・可愛いな。
「すみませーん!大丈夫ですか~?」
プキの大声。
「・・・す~・・・・す~・・・」
ダメだ。反応がない。なんて危機感のない女なんだこの子は?プキがユサユサと肩を揺さぶったり髪の毛を触ったりしても起きない。あまりに起きないので、宗治郎が豆知識でまつげを触ったら誰でも起きるという事を進めてきた。
ここはモチロン女のプキの出番だ。女の子の長いまつ毛をプキが指でなぞった。
ピクッ・・・瞼が振動し反応らしい反応を見せた。加えてプキがもう一度追撃をかけるとようやく彼女は重たく瞼を開いた。
「・・・・ん・・・」
ぼんやりと半目でプキを見た。とろんとした大きな目は今にも閉じそうだ。
「・・・だぁれ?・・・」
その瞳は珍しいというか見たことがない色をしている。薄ピンクの綺麗な瞳。カラーコンタクトでも入れているのか?という結論で奏はとりあえず納得した。
「わたしはプキ。と申します。誘拐されたあなたを助けに来ました」
胸に手を当て自己紹介をするプキ。
「プキ・・・・ちゃん・・・・ゆ~かい?・・・」
「いえいえ!私は誘拐してませんよ!助けに来たんです!」
「たすけに?・・・だれを?・・・」
「あなたです!」
――最初に話しかけなくて良かったな・・・疲れるタイプだ――
数歩離れた所で観察し、奏は思う。プキが状況説明を寝ぼけた彼女に頑張ってしているのを数分聞いて、本題というか奏たちの自己紹介にたどり着いた。
「で、この2人もあなたを助けにきた私の仲間です!お二人どうぞ」
さぁ!自己紹介を!的なノリでプキがふってきた。
「私は宇治宗治郎と申します。ご無事で何よりです」
宗治郎は丁寧な物腰で一礼をし、優しく笑みを浮かべて挨拶を済ませた。
「・・・そ~ちゃん・・・うん・・よろしく」
――そうちゃんて・・・――
対して奏は対称的にふてくされた顔で面倒くさそうに挨拶をする。ま。照れているだけ。
「お・・・俺は虚神奏だ」
すると彼女はにこっと笑って奏に顔を近づけた。
「・・・かなちゃん・・・かわいい」
ドサッ!
「・・・・っ・・・」
奏は顔を赤くし激しく後退した。なんか久しぶりのやりとりだが・・・そうだそうだ。最近忘れかけていたが、奏はやっぱり女の子が苦手だ。奏の変な行動に反応せず、彼女はついでに自分の自己紹介を始めた。
「・・わたしはアプル・・よろしくね・・・」
独特の不思議オーラを放ちながらアプルは可愛く会釈をした。
「はい!よろしくです!」
「よろしくお願いします」
「・・・・・よ・・・よろしく・・・」
「あぁでもよろしくしたいんですけど、アプルさんは警察の方に保護してもらった方がいいんじゃないですか?」
正論だ。プキが正論を口にした。
「まぁ・・・確かにな。俺たちで保護は難しいか。クリスとかに聞いたらどうにかなるだろうけど、保護は警察で十分だろう」
奏も続ける。だが宗治郎は意外な事を口にした。
「いえ・・・私たちで保護できないでしょうか?」
奏とプキは驚き、くりんくりんの目で宗次郎を見た。
「私たちでですか?・・・警察の方の方がいいと思うんですけど・・・」
すると宗治郎は何も言わずこそっと一枚の紙を取り出して2人に見せた。
【宗治郎さん また再戦しよう
あと誘拐と勘違いされていたアプルのことなんだが宗治郎さん達で保護してやってもらえないかな?理由はおいおい分かってくると思うが警察に引き渡すのは危険だ。君達なら任せられる気がする。深くは話せないが頼んだよ】
・・・これは・・・橘の手紙か?
「これをいつ渡されたんだ?」
「佐藤警部が泣かれていた時です。ナイフにこれをくくりつけ投げつけてきたのを受け取りました」
――俺だったらそのまま刺さって死んでそうだな・・・――
「・・・警察よりあいつを信じるのか?」
奏は宗治郎に問いかけた。
「手合わせした感覚。あの方は悪者には見えません。一緒にいた方々は悪そうでしたが。
何か理由があるのではないでしょうか?」
手紙を折りたたみ懐に忍ばせながら宗治郎は説得力のある表情で言う。
「私もそう思います。今までの能力値異常者とは違う気がしました」
プキも賛同らしい。正直なところ奏自身も橘を悪そのものには思えない。
だが爆弾を使われた件があるからな・・・奏は二人の説得しようとする目を毛嫌いアプル
の方を見た。アプルは眠たそうに少し首をかしげて言う。
「・・もしかして・・・はなちゃんのことをいってるの・・・?」
――はなちゃん?・・・あぁ・・・たちばなの「ばな」を「はな」って言ってるのか―
「あぁ。多分そうだ」
奏がそう言うとアプルは少しほっぺを膨らました。ハムスターみたいだ。
「・・・はなちゃんのわるぐち・・・だめだよ・・・」
アプルは奏を何の凄みも無い大きな瞳で睨みつけた。ただ可愛らしく見つめている様だ。
と同時に奏は少し謎を抱く。まぁ謎とまでも言わないか・・・
アプルはどうやら橘を敵視してはいないようだ。そのように上手く催眠をかけることも橘
にはできそうだが、どうもその感じじゃない。手紙の通り確かに何か複雑な事件を噛んで
いるのかも知れないな・・・
「悪かったよ・・・別に悪口を言っていた訳じゃない」
「・・・そうなの?・・・かんちがい・・・」
アプルはほっぺを戻し、また首をかしげた。にしても変わった子だ。
「じゃあどうしましょう?クリスさんに頼んでみますか?」
「そうだな。嘘ついて警察に引き渡したと言ってもすぐにバレるだろうしな」
「なんにしても本部に戻るのが先決ですね」
眠たげなアプルをプキが誘導し階段を上り4人は建物を出た。
バババッ!あぁ。まぁ案の定佐藤警部達が入り口前で待っていた。というか、眩しい。
「大丈夫!?女の子は無事?」
佐藤警部が小走りで駆け寄ってきた。間近で見たらホントにまな板だ・・・
「はい!大丈夫ですよ。何かされた形跡もありません」
「そう・・・なら良かった・・・橘真琴は逃がしたけど女の子が無事で」
佐藤警部はまな板をなでおろす様に安心した表情を見せた。
「じゃあこの子の身柄はこっちで預かるわね。身元を調べたけど全然情報不足で親御さんの居場所も分からないのよ」
「え?そうなんですか!?」
プキは奏の方を見た。まぁだいたい今の言葉で理解はできた。
「佐藤さん?だよな。アプルの情報がないってどういうことだ?」
「え?その声・・・もしかしてあなた男?」
「・・・・・・」
「え?・・・本当に男の子なの?・・・・・すごっ」
何をすれば初見で男!と確実に理解されるのだろうか・・・このくだりは疲れる。
「あぁ・・・男だよ・・・で?」
佐藤は不機嫌そうな奏の顔に少し慌て、急ぎ足で部下にタブレットを持ってこさせた。
「これを見て?ほら・・・って個人情報見せていいのかしら」
個人情報漏洩とか警察にあるまじき行為だが・・・奏はタブレットを覗きアプルの情報を
見た。プキもアプルを宗治郎に託し覗きに来た。
【unknown】
――え?これって・・・――
「これなのよ!うちの情報科は何やってんのよ。unknownとか通用する訳ないっての。そう思わない?」
「あぁ・・・まぁ・・・」
「これは・・・奏さん?もしかして・・・」
奏の顔を覗くプキを無視して食い入る様にタブレットの情報を見る。これは・・・おかし
い。プキが思っているシークレットデヴィアントとかの事じゃない。宗治郎。橘。同じシ
ークレットデヴィアントの情報とは違う。普通なくてはならないものがないのだ。
「佐藤さん。アプルの情報はホントにこれだけなのか?」
「そうなの。おかしいわよね。経歴もないなんて・・・ミスとか?」
そう・・・出生場所。生きてきた経歴。その情報すらunknownなのだ。宗治郎は経
歴などは普通にあった。橘も途中までは経歴が残っていた。それが全てないのだ。
「プキ。やっぱりいったん連れて帰ろう。クリスに話を聞く」
「は、はい。分かりました」
「え?ちょっと!困るわよ!私の管轄よ?」
「悪い。だけど俺らはローゼンクロイツ直属の者だ。決定権はこっちのほうが上じゃないのか?」
口八丁。適当だが奏はそれっぽいことを言ってみた。
「うっ・・・そうね。あなた達がローゼンクロイツの人達だとは聞いてるし。
・・・・ただし。責任を持って保護しなさいよ」
「あぁ。分かってる。本部に着いたらあんたのとこに連絡が行くように言っておく」
「よろしい!それと・・・・・あなた男の子なのよね?」
佐藤警部は奏を舐めまわすように見た。どうも半信半疑みたいだ。
「そうだ・・・」
いい加減うるさいので機嫌が悪くなりそうだ。
「ホントにすごいわね・・・・ちょっと可愛すぎない?」
少し眉間にシワが入りそうになったのをプキが察知した。
「ですよね!ホントに綺麗なんですけど男の子なんですよ!それよりあんまり遅くなると悪いのですぐに出発してもいいですか?」
プキは慌てて横入りし、身振り手振りを加えて大げさにアピールをした。
「え!?あぁそうね。流石に暗くなってきたみたい」
ほぅ。プキの気遣いは中々いい。最近特に使えるな。
「そうですね。闇は危険をともないます。早く帰りましょう」
宗治郎も合わせてきた。でも闇は危険って山篭り修行のことだろ・・・。
「分かったわ。どう?良かったら送っていくけど?」
「いいのか?」
「もちろん。期待の組織。ローゼンクロイツに媚び売るチャンスじゃない」
「・・・・・そぅか・・・」
「じゃああれに乗り合わせて行きましょ!○○市までよね?」
「あぁ。じゃあ頼むよ」
「任せて!・・・はいはい皆!解散!明日また署で会いましょう!」
「了解!」
佐藤警部の一言で部下たちは迅速に撤収した。
出発の前に佐藤警部が宗治郎の応急手当をしてくれた。傷口はホントに軽傷だ。
奏達の足になる送迎車は大きめの7人乗りだ。前に宗治郎。後ろの席にプキ。アプル。そ
の後ろに奏という配置で乗り込んだ。運転はもちろん佐藤警部だ。ここからだと数時間の
旅だ。出発時。アプルが言葉を発した。
「・・・しゅっぱつ・・・・」
何故かドヤ顔。なぜかキリっとした表情だ。駅員さんみたいなつもりなのか?しかし数秒
も立たぬ間に大きな瞳は閉じられた。眠りの儀式なのか・・・
走行途中クリスに連絡、その後プキ、奏も割とすぐに寝てしまった。宗治郎と佐藤警部が
何気ない世間話をしているのを耳にうっすらと感じながら眠りについた。
バタン・・・奏は扉を閉める音で目が覚めた。頭がぼやける・・・
話声も何やら聞こえる。宗治郎と佐藤警部、それとプキの声だ。
奏は瞼を開けた。うっすら、ゆっくり鮮明に見えてくる車内が分かる。起きやすいように
車内の明かりをつけてくれているのか。そう思い意識がはっきりした時目の前にいた。
前の座席のヘッドの間に両手をかけ、鼻から上を出してこっちをまじまじと見ている。
大きなタレ目とピンクの髪。アプルだ。
じーっと見つめるアプルに奏はどうしたらいいのか分からない。というかなぜ見ている。
「・・・かなちゃん・・・・」
数秒の沈黙を裂きアプルがか細く可愛い声を出した。
「・・・どうした?」
奏は顔が赤くならないように少しうつむき加減に言葉を発する。
「・・・ねがお・・・かわいい・・・・」
「・・・・」
ボン! チェックメイト。
佐藤警部は奏達が降りたあと直ぐに帰った。どうやら始末書やらなんやらを明日部下が来
る前に仕上げなきゃならないらしい。率直に、部下思い+部下に思われている良い警官だ。
着いた場所は虚神邸。いっそのこと送って欲しかった所だがローゼンクロイツの所在地を
簡単にばらしていいものかというプキの考えでここにしたらしい。奏は知らなかったが途
中目が覚めたプキがここまでナビしたみたいだ。
今からローゼンクロイツに行こうにも時間が時間だ。12時前・・・流石に無理だな。
クリスに連絡をとったところ、今日は虚神邸で泊まらせてあげてとのこと。
私も行きたいですと駄々をこねるクリスはもうお馴染みだ・・・
しかし・・・宗治郎は良しとするが・・・アプルがどうも危険だ。奏からしてアプルは完
全に女性だ。そして何故か妙に絡んでくる。本音を言えば嬉しいのだが・・・・嬉しくな
い。精神の摩耗が半端ないからだ。でもそれこそ時間が時間。奏は2人を家に入れた。
「大きいですね・・・うちの道場の敷地よりも広いです」
着物姿のままの宗治郎はなんだか家にミスマッチだ。綺麗に履物を揃え家に上がった宗治
郎は何か物色する事もなく、キッチンの椅子に座った。
――育ちが分かるな・・・プキの時とは大違いだ・・・――
「・・・おおきぃ・・・おしろ・・・」
玄関、ローカの天井を見上げておぼつかない足取りでキッチンへと歩く。途中二三度コテ
っとなりかけたがプキがそれを阻む。ナイスフォローだ。ヒヤヒヤしながらもアプルを椅
子に座らせることができた。
さぁ。ようやく家に辿り着き落ち着いた所で状況の整理をしよう。
奏は4人分の飲み物を入れテキパキと差し出した。宗治郎は一礼をし上品に口に含む。
プキ、アプルはまぁ・・・ごくごくと飲んでいる。喉が渇いていたのか。普通この男女の
行為が逆の方がいいとは思うが・・・
「少し整理したほうがいいな」
奏も席につき一口ミルクを飲んだ。
「そうですね・・・アプルちゃんの事もですけど・・・橘さんとか、も~色々ありすぎましたよ」
「あぁ、流石に疲れたな」
「はい~。あ、というか宗治郎さんは今日泊まってもいいんですか?道場のこととか」
「大丈夫でしょう。道場師範なのですがこの力の件もありまして、あまり今は公に出入りしていません。先代が稽古をつけていますよ。今は自由人という奴です」
「そうなんですか?力がありすぎるのも色々不便なんですね」
「ははっ。ですがこうしてあなた方に力をお貸しできます。この剣が世界平和の為に使えるのですから不便なことなどありません」
「そう言ってもらえると助かりますね!奏さん」
「・・・そうだな」
「ですが虚神さん。いきなり泊めていただいてもよろしかったのでしょうか?」
「ん?あぁ大丈夫だ。気にしなくていい」
「ふふ、ありがとうございます」
「それより」
奏はふわふわとと辺りを見ているアプルに目をやった。
「・・・アプルは大丈夫なのか?説明も曖昧なまま連れてきたけど?」
【アプル】という語句に反応し、アプルは奏を見た。
「・・なぁに?・・・かなちゃん・・・」
――いや・・・だから・・・――
「アプルは今日ここに泊まっても平気なのか?」
後頭部付近をちょろっと掻きたて奏は二度目を問う。
「・・・うん・・・たのしみ・・・」
やんわりと笑顔を見せたアプルは少し犯罪クラスの可愛らしさだ。
――聞いてたのか?・・・つかめない子だな・・・――
「ならいいが・・・じゃあ橘の件からまとめるか」
「はい!」
「分かりました」
「・・・・はなちゃん・・・・どこいったの?・・・」
――くっ・・・アプルはとりあえず放置だな・・・――
橘の件でアプルを混ぜるとややこしいので先にアプル抜きで橘を解釈してみた。
会話内容は大幅に省くが3人の考えはだいたいまとまった。
会議の結果。やはり橘は何かを隠しているという路線になった。アプルの様な純粋な子が
なついているんだ。それなりの理由があるからこうなんだろう。つまりは橘は悪い奴ではないんじゃないのか?という安易な可能性の話。
正直奏一人で考えるなら爆弾・・・の件もあるしあまり良い奴と推したくもないのだが。
でも宗治郎がキャラに似合わず橘を力強く推すので折れた・・・って感じだ。
まぁしかし奏も心の奥底では思ってはいたのだが・・・・
「待っていれば彼は自分から現れるでしょう。その時に真実を聞きましょう」
という宗治郎の自身満々の言葉に納得するしかなかった。橘の件はとりあえずこれで良いとして、問題はアプルだ。ローゼンクロイツの情報でも彼女の過去はunknown。年も分からないしな。見た目から察するに奏と同じくらいだとは思うんだが・・・
12時を回っていて女の子には悪いか?と思いつつ奏は茶菓子も出してきた。話が長引いているからな。その女の子2人は何も気にすることなくさっと手を伸ばし食べだした。まぁそんなキャラだよな。と思いつつ奏はアプルに話を投げかけた。
「アプル。お前の過去の事なんだが、何か教えてもらえないか?」
真剣な奏だったがアプルはモゾモゾとクッキーを食べている。
喋ろうとしているようにも見えるが口の中がいっぱいで目で訴えてきている。
――く・・・見つめるな・・――
奏はアプルに目の前のミルクを飲め。と簡単なジェスチャーをして薦めた。
ごくっごくっ・・・アプルは言われたとおりにミルクを飲み口の中をスッキリさせた。でも今度は口の周りにミルクがついている。すかさず奏は自分の口元に指をあて、ついてますよ~のジェスチャーを見せた。
「・・・・ん・・?・・・」
しかしアプルはそれを間違った意味にとり真似をした。口元に人差し指をあて「これであってる?」みたいな感じでそのまま首をかしげた。
・・・・・・・・・
卑怯だ・・・と思えるくらいの可愛さだ。可愛い顔に可愛い仕草の掛け算は恐ろしい。
奏は一瞬目を逸らしたがスグにアプルを見てそのまま声に出した。
「違う・・・口周りのミルクを拭け」
そう言ってテーブルの端に置いてあったティシューを手に取り、アプルに渡そうとした。
ペロッ・・な・・・なんてやつだ・・・ミルクを舌で舐めやがった・・・危険領域の可愛さだ。
そしてそのあとの追撃。アプルはにっこりと微笑を浮かべた。奏は流石に顔を赤らめた。それを見て宗治郎はにこにこと笑っている。プキはマグカップを口に当てながらジト目で監視している。
「・・・かなちゃん・・・たのしいね・・・」
アプルは嬉しそうに笑った。この子は扱いが難しい・・・可愛いだけに余計にだ・・・
カチッカチッ
奏がふと時計を見ると1時を過ぎていた。
結局話はしたもののアプルの過去についてはほとんど分からなかった。白い建物。橘は友達。ぐらいで両親、故郷、その辺のことは全然だ。・・・記憶が途切れているのか?
ともあれ今日はお疲れ。寝ることも大事だ。明日ローゼンクロイツに行かなきゃならないし・・・お風呂に入ろうとの結論にいたった。
「プキ」
「はい!」
気持ちのいい返事と共にプキが風呂場に走っていった。アプルが不安そうに奏を見た。
「風呂掃除に行かせただけだ。あいつは居候だからな」
「・・・おふろ・・・・わたしも・・・」
アプルはそう言うと立ち上がりプキの行った方に歩いていった。
――風呂が好きなのか?――
アプルの情報がとにかく少ないので奏は些細な事でも記憶した。でもなんか変態だな。
「虚神さん」
変なことを考えていた奏はビクッとし、宗治郎を見た。
「アプルさんの事。どうお考えですか?」
「どうって・・・分からない・・・」
「私は何か気持ちの悪い予感がしてしまいます・・・うまくは言えないんですが」
「・・・・そうだな・・・俺もそれは感じた」
「明日。何か少しでも分かればいいんですが・・・」
「あぁ・・・」
空間を重くするトーンで2人が会話していると奥の風呂場からプキの声が聞こえてきた。
「あれ!アプルちゃんも手伝ってくれるんですか?ありがとうございます!
奏さんは手伝ってくれませんからね~。けちんぼさんなんですよ~」
――・・・おい・・・聞こえているぞ――
「そこの靴はくといいですよ~」
そういえばいつもは1人だからそんな言葉を発することがない。風呂場でのあいつの声がこんなにうるさいとは。そしてプキはさらにうるさい声をだした。
「キャーーーーーーーーーーーーーー!」
家が動くかのような悲鳴!キッチンの男2人がガサッと席を押し立った。
「奏さん!宗治郎さん!こっちに来たらだめですよ!」
――?――
「アプルちゃん!お風呂はまだです!なんで裸なんですか~!」
――あぁ・・・・なるほど・・・――
男2人はそっと席に着いた。
「それになんなんですかその体!」
――なにか酷いことをされていたのか!――
「羨ましいです!や~~~お肌綺麗すぎです!それより胸隠してください!」
――・・・・・・・・・くだらん・・・・・――
その後女の子2人はそのままお風呂に入り、宗治郎、奏の順で済ませた。
寝る部屋は・・・まぁいくらでもあるからな。
宗治郎は和室。アプルはプキと一緒に寝る様子だ。奏はまだリビングのソファーが寝床だ。
「・・・・・・・・・・・・」
それぞれが部屋に入りリビングに静かな時が流れた。風呂上りで火照った体、ソファーで天井を見つめていると頭に血が登った感覚になった。
――今日は・・・電気を消しても寝れそうだ・・・――
奏はふとそう思った。それにしても・・・家に自分以外の人が3人寝ている。という気持ちだけでこんなに夜が違うとは・・・
奏はソファーの傍のテーブルに置かれている照明のリモコンを久しぶりに手に取った。
自分は触れていなかったがプキが掃除してくれていたんだろう、ホコリもさほどかぶっていない。そっと奏はボタンを押してみた。
フッ
照明が消えた。横たわる視界から大きな出窓を見た。カーテンは空いている。外の景色は家の大きな庭だ。じわじわと目が馴染み黒の世界に慣れてくる。
「・・・・・・・」
暗くない・・・半月くらいだろうか?三日月の光ほど暗くはなく満月の明るさ程ではない。
――ぼんやりと輝く庭を見るのは久しぶりだな・・・――
刹那。心の奥底にしまっていた感情が湧き上がる様な感覚に陥った。
でもそれを優しく深呼吸をしてまた奥底に閉じ込めた。穏やかな気持ちだ・・・
少しの間、人から離れていたのにプキが現れてから色々な人、出来事に出会った。
「・・・・・・・・・・・」
奏は天井を見上げ目をつむった。
怖くない・・・夜が怖くないのはいつ以来だろう・・・
カチ・・・カチ・・・
部屋を暗くしたら色々な音が無意味に聞こえてくる。時計の秒針。外のせせらぎ。ししおどしの音色もよく聞こえだした。同じ場所なのに別の世界にも思えてくる。
でも・・・そこまで気にならない。ここには皆がいてくれている。奏の心は本当に穏やかになった。
――寝よう・・・明日は早い・・・――
頭を回転させるのをやめ、タオルケットをかけ直した。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・静かだ・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
ドクン!
「・・・・!・・」
奏は張り裂ける程に目を開いた。身体中にとてつもなく重いなにかが押し寄せる感覚。
直後ににじみ出る汗。奏の頭の中を掻き乱すように一つの感情が駆け回る。
【――怖い――】
パノラマ、もしくは走馬灯のように浮かび上がってくる奥底に閉まっていた情景。
それが流れるたびもよおす吐き気、震える手・・・
奏はいそいで明かりをつけなおした。同時にスッと消えていく頭の中の情景。
四つん這いになり両手付近のタオルケットを血が滲む程に掴んだ。
「・・・・・くっ・・・・」
胸の奥から絞り出るかの様に言葉をえずいた。
そのまま体を丸く、小さくした。掴んでいても震える手を必死でおさめようとした。
「・・・・・・・・・」
一粒の大きな涙がこぼれ落ちるのを境に次々と溢れ出る涙は抑えられない。
「・・・・・お父さん・・・・・お母さ・・・・ん・・」
ヒクヒクと体を震わせながら泣き続ける涙は止まらなかった。
クロの神者