幻想創世記ニルヴァーナ

プロローグ

幻想創世記ニルヴァーナ

 神は言った。
 人間は神に依って創られたと。
 神は言った。
 人間は人間を創ると。

 人間は言った。
 人間は人間に依って創られたと。
 人間は言った。
 人間は……。


 ………………
 …………
 ……
 それは混沌と呼べばよいのか、空間と認識して良いのかわからない、次元の虚無の只中に神はいた。そこにしか神は存在できなかったのかどうかわからないが、神は一人、そこにいた。何をするわけでもなく、何を考えるわけでもなく、流れゆく刻をただただ漫然と過ごしていた。何故神がそこにいたのかは不明であり、神自身も何故自分がここにいるのかという疑問を抱いたことは、これまで一度もなかった。
 悠久の刻。永劫と思われる刻が過ぎたあるとき、自らの力が奪われるのを感じた。最初は小さな異変であった。体の中の一部に妙な異変があった。ただそれだけであった。
 しかし、刻が立つに連れ、異変は力という力を奥深くから奪いつくそうとする暴力となり、神は恐怖という感情を覚えた。
 そして、その暴力が外へ外へと押し出すようになり、時と共に肥大化した暴力は体から抜け出した。凄まじい脱力感に襲われた神の目の前に抜きでてきた暴力は淡青色の炎を纏い淡い円状の塊となり、空間を埋め尽くすように爆発した。
 どれほどの時間が経ったのだろうか。永遠かもしれない。もしかしたら一秒足らずの時間だったかもしれない。それすらわからないほど脱力しきった神は意識を取り戻し、頭を上げた。何ら変哲もない、これまでに見てきた光景、いや、それが新たな空間かもわからないほど以前の空間と酷似した空間にいた。前後上下左右という空間的な感覚はなく、流れる時間の感覚も同じものである。
 唯一、以前の空間と異なる存在があった。塵ほどの異物がそこに存在していた。これまでにこのような異物を見たことはなく、否、神は自らの存在以外を知らなかった。もしかしたら、遙かな悠久の時の中にも存在していたのかもしれない。
 その小さな異物は胎動を始め生命活動を始めた。己自らの意思で動き、己自らの活動を始めた。
 神は恐れた。何故このような小さな異物が意思を持つことが出来たのか。いや、この異物は私の力を以てして生まれたものなら、何故、私の力から生まれたのか。
 それからどれだけの刻が経ったのかわからない。永遠。永劫。力を奪われた感覚すらなくなったとき、また、神は力を奪われ始める。それは以前の暴力的な異変とは異なり、精密な質の良い異変だった。体から抜けた異変は爆発を起こし、何も変わらない新たな空間を作り上げ、新たな異物が目の前に現れた。姿形は異なり、異様な、奇形だった。先ほどの異物はどこに行ったのかわからない。しかし、目の前にある異物はそれまでの異物とは異なるものだった。
 永遠、永劫、神は繰り返した。

第一話 異変

ちょっと編集放置


2015年、2月。


 「大統領、これ以上の掘削は出来ません」
 東京の中心部。50人体勢での掘削が続いている。この数年、マントルから漏れだす膨大なエネルギーの影響で地震や電波障害などといった被害が相次いでいる為である。
 「掘削ができないだと?」
 「はい。巨大な何かが邪魔をしているようで、作業が一向に進みません」
 それまで順調に掘削していたボーリングは動きを止め、作業員が頭を抱えていた。ボーリングの先端を確認すべく、少し離れた地点に設置してあるエレベータに乗り、現場を確認しに行く従業員も居た。デジタル化の進んだ現代でも、現場職はアナログのままである。コンピュータによって、設計や開発は自動化され、人工知能もこの数年の間に飛躍的に進歩した。そろそろ人工知能が感情を持つのではないか、と囁かれるほどである。
 しかし、その一方で所謂技術職と呼ばれる仕事の現場では未だに人の手によって行われている。機械では難しい力加減など、まだまだ研究段階にあるらしい。難しい話である。
 しかし、虚崎の考え方は人とは違うらしい。 
 「日本の技術を持ってすればこの世に打ち砕けないものなんて存在せん。出力MAXだ!」
 無茶苦茶である。

 大統領というものは非常に面倒くさいものである。いや、リーダーというのは非情に面倒くさいものである。発言の一つ一つに責任が発生し、これが国を背負う者の義務なのかもしれない。
 「毎日毎日御仕事汚仕事。もっとスマートな仕事はないのか。この国を変えるべく立ち上がったのは良いが、突っ立っていても目に見えてくるのは避けたい現実……。やる瀬ない」
 虚崎甲賀。日本国の大統領である。
 空を仰ぎ見、しばし現実逃避行への急行切符を買い求めようとした虚崎は空の異変に気付いた。
 「ん?」
 目を細める。それは空に浮かぶただ一つの点。巨大な白いキャンパスに跳ねた絵の具の一滴に過ぎないほどの小ささだ。更に目を凝らし、もう一度。と、
 「大統領、出力を最大限まで上げましたがやはり何かが邪魔をしているみたいです。びくともしません」
 工事現場長の一言で思考を遮られた虚崎は目線を戻し、削岩機の先端に取り付けられてあるカメラから映し出される光景をまじまじと見つめた。モニターには平らな『白い板』が映しだされている。現場のスタッフに土を払うよう指示を出し、その異物の確認を急がせた。
 「でかいな」

 地下七百キロメートルを想像せよと言われれば困難を極める。積もりに積もった地層、酸素が薄葬、地底人など、そんな簡単な想像しかできない。エレベー ター を降りた刹那、そんな稚拙な想像を灼熱の温度が一蹴させた。とにかく熱い。服を着ていられないほどの温度だ。その熱い空間に広がる世界は人間が踏み込んではならない領域への門番であるようだ。その聖域に足を踏み入れ、我々人間は未知の世界に存在する原因を突き詰めようとしている。外交や国内の行事ごと よりもはるかに面白いことだ。これは大統領になったからこそ体験できることだと自分を励ました。
 降りた先に広がるのは一方通行の狭い道だ。空間が崩れないよう保持するために所狭しと並べられた機械、ランプの多さ。歩くスペースが確保し辛い中、白熱蛍光灯の眩しい光にさらされている物質の場所まで移動した。
 現場には7、8人のスタッフが端にある土を払っていた。
 「この板のようなものはなんなんだ?」
 「それがよくわかりません。スコップで殴りつけても傷ひとつつかないんです。金属音のような鈍い音ではなくて、透き通るキィーンと言う音が鳴るんです。とても金属とは思えません」
 こいつはこの世の物質ではないのかもしれないな、と冗談を交えながらおどけてみせた。スタッフは笑い、土を払う作業を止めた。和やかな雰囲気になったものの、虚崎の目は笑っていなかった。冷や汗がにじむ。
 「……スコップを貸してもらえぬか」
 虚崎はスコップを拝借し、土を掘り始めた。虚崎は知っていた。この物質がなにであるかを。ただ、知らないようにしていただけで。
 「ちょ、大統領、何を」
 気づいた。
 「私は一人で掘る」
 妙な胸騒ぎがする。
 「待ってください。このが何なのかまだ」
 あの異変は間違いなく本物だったのだ。本能がそう告げる。
 「待っていられるか! 私は、私は、」


 2015年2月、15時42分。東京都上空。空から二機のロボットが襲撃を始めた。


 「私はこいつを知っている」
 「大統領? なんです?」
 後ろで秘書の宮田氏也が地上と連絡をとりながら尋ねた。
 「私はこのまま掘り続ける。君達は帰りたまえ」
 「しかし大統領、私はあなたを置いて地上に帰るなど出来ません」
 「構わん。死なんよ」
 「そういう問題じゃありませんよ」
 工事現場長やスタッフを促し、使い物にならない秘書を蹴り飛ばし、地上へ帰らせた。工事現場長はしばらく仕事が出来ないなどと嘆息を漏らした。エレベーターに乗せた時、秘書が念を押して心配するものだから無理矢理ボタンを押し、ドアに挟まれた鼻を岩肌に擦らせながらの地上七百キロメートルの地獄旅行を観光させた。
 広がる空間で一人、掘削作業を続ける虚崎は汗だくになった服を脱ぎ捨て、作業に集中した。
 「何故こんな物の為に私は本気になっているのであろうか。見捨てておけばよかったものを。私は、馬鹿者だ」
 一心不乱に掘削作業を続けた剣崎はこの物質の『顔』と思われる部位へ到達した。そこには虚崎の身長の倍以上あるかと思われる大きさの顔があった。
 「……ニルヴァーナ」
 そう呟いた虚崎は頭を伏せ、拳に力を込めた。
 「私は、繰り返さねばならないのか。運命は私に回ってきたのか」
 唸った。
 「良いだろう!調度大統領ってものにも少々飽きがさしてきたところだ!乗ってやる!」


―――CONTACT START


 「う、うわあ!な、何だこれは!」
 地上へ無事帰還した宮田は我が目を疑った。
 巨大ロボットが空から落ちてき
 「へ?」
 眼前、鼻がすり減っていなければ踏み潰されるかもしれないという距離。あまりの衝撃に身動きが取れず、硬直した。これが不幸中の幸いということか、と虚崎に手を合わせたがやはり納得がいかない。
 「今出るのは危険だ。外へ出るよりはここにいたほうが安全だろう」
 宮田は冷静に皆をエレベーターの中に居るよう指示し、携帯電話を取り出した。できる男の演出は完璧である。
 「いや、宮田さん、外に出ましょう!」
 間一髪だった。現場長に手をひかれ、エレベーターの外にでなければ踏み潰されるところだった。どこができる男だ。できる男は工場長ではないか。
  遠方へ逃げる宮田達をよそに、巨大ロボットはホバリングを始め、背中と脚についてあるブースターで超加速を始めた。立つ鳥跡を濁さず、といったところだろうか。辺りの砂を全て吹き飛ばしていった。爆風に上手く乗せられ、死人は出なかったものの、全員が骨折や打撲などの怪我を負った。
 「うわっ! な、なにすんだこのやろう!」


 「F-96の出撃を許可する」
  大日本帝国陸軍の司令室。10人余りのオペレーターがしきりに指示を出している。部屋の前面には巨大なモニターが並べられており、全国各地の様子が映し出され ている。東京を映しだすモニターには巨大ロボットが、総司令官である天宮の手元には小さなモニターがあり、そこにも東京の様子が映し出されている。もちろん並の大きさの部屋ではない。東京ドームが一つ収まる程の大きさだ。太っ腹な大統領のおかげである。
 と、一本の電話が入った。一人のオペレータが対応し、こちらに回した。こんな時に何用だ。
 「誰からだ」
 「大統領の秘書と名乗る男からです。宮田、とおっしゃっておりました」
 「ああ……、代わろう」
 
 「一体どうなっているんですか!」
 うるさい奴だ。
 「私にも分からん。いきなり空から落ちてきたのだ。こちらのレーダーでもキャッチ出来なかったからな。余程のジャミング機能を兼ね備えているのか、この世の物質ではないもので造られている可能性がある」
 「業務的な報告ありがとうございます。やっぱりあなたと話していると落ち着きますね」
 「それは褒められていると捉えていいのかね」
 緊急事態でもこんな他愛のない話がよく出来るなと宮田は感心した。このような人物こそがトップにふさわしい。それに比べ虚崎は、虚崎?
 「しまった!」


 滑走路に並べられた5台のF-96は出撃体制をとっていた。先頭の1台が出撃したのを皮切りに、残りの4台も出撃した。F-96はスピードよりも武器に特化し、中衛を任されることの多い機体である。3年構想により実現したステルスミサイルの火力は著しいものであり、自動追尾の可能である。世界が誇る爆撃機の出動は、 国民を安心させる要因の一つでもある。また、成功すれば功績も挙げられ、信頼を得ることができる。そう、天宮は思った。
 F-96への指令は、遠距離からミサイルを撃ち、怯んだところに水爆を加工した弾丸を撃ちこむ、というものだ。今回は相手が戦闘機でない分、成功する確率も上がる。なにせおよそ20mのロボットが相手である。数を撃てば沈められないことはない。パイロットたちはそれぞれの位置につき、攻撃の時に備えた。

 巨大ロボットは遠方――肉眼では把握できない距離――に見える戦闘機めがけ移動している。闘争本能があるのだろうか。それとも身の危険を察知したのだろうか。あるいは遠隔操作か。いずれにせよこの巨大ロボットは人の手で作られたものであるように見える。しかし、
 「本物の人間のような動きだな。これほどの高等技術をこのサイズで表現できるとはどこの国のものだ。少なくとも、私は知らない」
 手元のモニターに映し出されるロボットの姿をまじまじと見つめる天宮は一言二言漏らし、行く末を見守った。

 7km程の距離。F-96の攻撃が始まった。
  主翼に取り付けられている計6本のミサイルを撃ち放ち、30の弾道が空に浮かび上がった。まっすぐに放たれたミサイルは目標目がけて突き進み、二機のロボットは蜘蛛の巣よりも張り巡らされるミサイルの軌道を豪快かつ大胆にかい潜った。振り返り様に横に凪いだ一振りでミサイルを爆破させ、F-96へ突進し た。その間わずか4秒。誰も反応出来なかった。
  「うわああああああああ」
  F-96はロボットを強調するかのように空中爆発し、全滅した。その圧倒的な力を前に言葉を失うしかなかった。
  「なんてことだ!」
  天宮の怒声が宮田の電話越しに聞こえる。その後ろでは鳴り止まぬ電話の喧騒と各隊の隊長が詰め寄っているようだ。対処に困る指揮官長は通話を切り、一切の情報の漏洩を遮断した。宮田がかけ直すも天宮は出ることはなかった。
 外の状況を確認しようと宮田たちは外に出た。
  「おい・・・・・・あれ」
  一人の従業員が空に指を指して一言漏らした。携帯を閉じ、空を見上げた。この状況を説明するにはその一言で十分だった。F-96を殲滅した二機のロボットがそのままこちらへ落下していた。
  「うわあああああああああああ」
  宮田には逃げるという選択肢はなくその場で頭を抱えて死を迎えるという単純な最期を迎える準備をした。思い残すことだらけだった我が人生に一片の悔いあ り、と心の中で叫ぶ。が、いつまで経っても死ぬ気配はないので頭を上げてみてみると、上空で二機のロボットは停止し遥か上空を見上げていた。
 じりじりと照りつける太陽を一心に見つめるロボットの姿は奇妙なものであった。襲いかかる気配もなくただ空をみあげている。つい先程戦闘を繰り広げたロボットとは思えないほどの静寂さだった。
  「何が、起きるのだ」
 じっと照りつける太陽の陽を全身に浴びながら宮田は考えていた。何故このようなロボットがこの地球に来たのか。このロボットはどこから来たのか。何故、ロボットなのか。
 しかし、考えるだけ無駄である。事実は想像の遙か先にある。何も見えない妄想を続けていても埒があかない。ただ、空を見つめるしかなかった。
 刹那、空が暗んだ。
 
 ゴオッ!

 突如、上空に居たロボットの内、1機が地面に叩きつけられ木っ端微塵に砕け散った。
 爆風が舞い、破片が辺りに散らばった。
 「何が!」
  宮田が頭を防いでいた腕の隙間から垣間見たのは、砕け散った残骸の上に跨る新しいロボットだった。上空に居るロボットとは違い、スタイリッシュで、何者に も冒されていない白い機体。重厚さもなく、かと言って細いわけではない体躯。目測40mというところだろうか。先程のロボットとは一回り大きいように見える。
 頭部を掴み、地面に叩きつけたのだろう。手元には頭の破片が散らばっている。地面はえぐれ、めり込んでいることから凄まじい衝撃だったことがわかる。
 空から落ちてきたロボットは、掴んでいた破片を離しゆっくり立ち上がった。
 遅れて、上空に居たロボットが反転し、胸に取り付けてある巨大なガトリングガンで地表を強襲した。手足をばたつかせながらガトリングを撃つそのさまは異様であり、不気味さ、おぞましささえ感じられた。
 『くっ!』
 宮田は、はっとした。地下にいるはずの虚崎の声が聞こえたのである。空耳程度の音量であるが、間違いなく虚崎の声だ。でも一体どこから。
 地表のロボットは放たれる弾丸をまともに浴び、遅れて防御行動に移った。
 しかし、弾丸を浴びるも怯まない、それどころか装甲には一切の傷が付いていないように見える。そして、次のモーションへと移った。
 と、空気が揺れた。衝撃波が体を突き抜けるほどである。弾丸のを浴びる中で、開かれた手に青白い淡い光が出現し、剣の形を模った。白い、巨大な剣の柄を握ると空気の揺れは収まり、淡い光は無垢な体躯を這い、全身に青のラインを生んだ。
  握るやいなや上空へ投擲し、地面を蹴り上げ後を追った。上空のロボットは驚倒し、砲撃を止め、やや遅れて剣に向かって突っ込んだ。腕に取り付けられてある剣を、迫る剣に振りかざした。飛び上がったロボットが剣に追いつき、柄を両手で掴み、振りかざされた腕に一太刀浴びせた。しかし、斬ったはずの腕は斬れておらず、キィーンという金属音が鳴り響くだけだった。と、もう一太刀、間髪入れずに胸部を斬りつけると、先ほど斬りつけた腕部が斬り裂かれ血が吹き出した。腕を斬られ痛みを感じたのか、赤ん坊によく似た奇声を上げた。
 もがくロボットに止めを刺すかのように、先ほど斬りつけた胸部と同じところを斬りつけると、全身が斬り裂かれ血と共に爆破した。血の雨が降り、あたり一面が赤く染まった。
 全身に血を浴びたロボットは静かにこちらに振り返り、宮田たちを見つめた。先程までとは違い、赤い、冷酷なロボットが。


 パチッ・・・パチッ・・・
 真っ暗闇のその中で、まっ白色のワンピースを着た少女が、
 パチッ・・・パチッ・・・パチッ・・・
 どこからか掴んでくるピースを、目の前の巨大な、あまりにも巨大な枠の中に、
 パチッ・・・パチ・・・・・・パチッ・・・パチッ
 少女はそれを収めていく。
 巨大なロボットの、全てから抜け出し、全てを打ち砕かんとする夢がそこにある。
 パチッ
 「・・・・・・ニルヴァーナ」

幻想創世記ニルヴァーナ

幻想創世記ニルヴァーナ

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-07-02

Copyrighted
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Copyrighted
  1. プロローグ
  2. 第一話 異変