5畳半からはじまる物語
日曜21:00
スカイツリーの見える単身者用のアパートから物語ははじまる。
はじまると固く信じている。
はじめるやる気は無い。
大学を卒業し、無事就職して三ヶ月。
何がしたいのか、どうなりたいのか。出口の無い悩みに飽く事なく、気づけば今週もまた日曜21:00。彼の勤める広告代理店はカレンダー通りの休みだ。
明日からまた五日間、仕事がはじまる。
一人ベッドの上で、惰性に流され時間を持て余している、焦燥感に駆られながら。
いつはじまるのだろう、いつかはじまるのだろう。
シンデレラシンドロームというらしい。
いつやるの?!
今でしょ!
なんて言葉が流行ったのはみんなそんなとこで病んでるからだろうね、なんて傍観者視点。
どこか疼く。
はじめるのか、はじまるのか。
めかまの違い、一字違い。
同じま行だし。
月よう17:00
夢を見ているらしい。
目を開けると飛び込んできたのは
突き抜ける青空と突き刺すような陽射し。
5畳半の天井ではない。
めとまの違いがどうとかこねくり回してるうちに寝てしまったらしい。
身を起こす彼を、熱気を持った重い風が包む。全身が緩むようなこの空気は、彼が生まれた時から知っている。
ここは沖縄。彼の生まれた島だ。
大学進学で上京、東京で就職した彼は久しく帰省していない。
そして彼が今いるのは彼の高校近くの公園だ。母校の制服を着た今時の子たちが彼の前を通り過ぎる。今時の子って、お前も老けたなと彼は1人心で笑う。
夢といえども懐かしいな、帰り道だったからよく通ったなと、三年間通った道をなぞる。
下校の時間なのだろう、公園を多くの高校生が歩いていく。さすがに知っている顔はいないだろうな、と思いつつ、何と無く見ていると。
あれは俺?
向かって歩いてくる姿と見覚えのあるリュック。
夢だから何でもありだな、と彼は納得した。
あっちはこっちを見ているが気づいてる様子は無く近付いてくる。
話しかけてみようか、と思った彼に
??
目の前に高校生の彼がいつの間にか、いた。
いつ移動したんだろうと気づく間もなく、
思いっきり右頬を殴られた。
「おい俺!俺は、俺みたいな大人になって悔しい!」
唖然としつつ、痛む右頬を抑え、
これはどんな夢なんだと、1人ツッコミを入れる彼。
ん?
右頬が痛いんですけれど。
これは夢??
月よう17:10
爛々と容赦ない太陽がアスファルトに陽炎をつくる。
公園を横切る人々は興味ありげに事の成り行きを目で追いつつ、
彼らを避けて歩いていく。
兄弟喧嘩かとでも思っているのだろう。
殴られしゃがみ込む23歳と、見下ろす18歳。
顔も体型もすごくそっくりなのだから。
痛みが夢と現実の境を曖昧にする。
殴られた右頬をさすりながら、
「なあ、これって夢じゃないの?」
と問いかける彼。
高校生の彼は、
「夢だけれど、夢じゃない。簡単に解けない夢なんだ。」
殴ったことで怒りが収まったのだろう、
幾分か落ち着いた様子で答えた。
どういう事、と問いかける前に、
「とりあえず、ついてきて。」とにべもくれずすたすたと
当初の進行方向へと歩いてゆく。
「どこ行くんだよ?」とパンツに付いた埃を払いながら、
慌てて追いかけてゆく。
月よう19:00
「「いただきまーす!」」
「社会大変でしょー?」
「立派な姿見れて嬉しいさぁ。ご飯ちゃんと
食べてるねー?」
「彼女できたー?」
そんな訳で実家の晩ご飯をおかん、おばあ、妹、
高校の頃の彼、今の彼で囲んでいる。
そんな訳になった10分前。
高校生の彼に連れてこられたのは懐かしき我が家。
決して赤瓦屋根にシーサーがいるような一軒家ではない。
ふつうのマンションの一室だ。
え?ってか普通に未来から俺がきたらおかんとか驚くし、
普通にこういうタイムスリップした系ではタブーな事じゃないか?
これは夢であって、実際にタイムスリップしているわけじゃないから
タイムパラドックスとか何も無いから。
しかも今日ばあちゃんが晩飯食べにくるから早く帰って来いって
なってるんだ。知ってるだろ?
なるほど。
腑に落ちたような落ちないような説明で、実家に
入っていくとやはり最初は驚かれたが、
何と無く受け入れてくれた。
以前おじいちゃんが道を歩く亀を何と無く拾ってきて、何と無く
飼う事になったように自然に受け入れた。
おれは亀か、とつっこみを入れつつそんな訳になったのだ。
「お兄ちゃん、未来でわたし結婚してる?」
「あんたはそんな人まだいないでしょ」
「女は結婚したら友達いなくなるけれど男は一生の
付き合いだから、大事にしなさいよー」
と口々に言いたいことを言う女性陣に、
「ちょっと待った、それよりも今こいつが何して働いているか
が大事っしょ!サラリーマンだよサラリーマン!」
好物のトンカツを口に放り込み、
「サイアク、カッコ悪い」
と、過去の彼が割り込んだ。
月曜6:00
夢を見ていたらしい。
目を開けると見慣れた白い、高い天井。
もうすぐ夏になる、朝日が差し込む。
ロフト付きの部屋だから、五畳半と言っても窮屈さを感じない。
変な夢だったな、と体を起こしながら時計を確かめる。
月曜日の6:00。
また一週間がはじまる。
彼は朝ご飯を食べない。
社会人になって、食べる回数がめっきり減ってしまった。
広告代理店の営業である彼は、昼休みも客とのアポがない限り
社内であたり先のリストアップに追われている。
そのため帰路にがっつり食べ、帰宅後すぐ寝る、
という一日のサイクルを送っている。
満員電車に揺られる朝の通勤時間、片手には日経新聞。
入社時より少しは片手で読むのがさまになっている。
大学時代まで、満員電車に揺られるサラリーマンって、死んだ魚のような
目をしてつまらない一日を過ごしてるんだろうと馬鹿にしていたな。
いま目の前に座っている高校生も俺を見てそう思うのだろうか、
とふと考えたのは、きっと今朝見た夢のせいだろう。
どう見られていても別に構わない。
俺は、何と無くサラリーマンになった奴とは違うのだから。
月曜12:00
「話したいことあるからお昼食べに行こう」と外へ誘ってくれたのは、同期の茉莉花だ。
今年、新卒として入社したのは彼と茉莉花だけだ。
倍率300倍の中、選ばれたのだから厳選採用といえば聞こえは良い。
外から華やかに見える広告代理店だが、内側は非常に過酷な環境だ。
実際、毎月先輩が1人、2人と辞めていってしまう現状なのだ。
そして今月は茉莉花の教育担当が辞めるという。
話したいこととはそのことだろう。
「先輩辞めるって聞いた時ショックだったな。
前からやりたいことがあって、その会社に就職決まったから
辞めるんだってさ。じゃあ最初からそこに入っとけって感じだよね。」
いつものラーメン屋でいつものラーメンを啜りながら茉莉花は言った。
「キミは元々広告やりたくて入ったんだっけ??」
「いや、たまたまかな。二年経ったら辞めようと思う。」
「え、じゃあなんでここ入ったの??」
茉莉花は、長い綺麗な髪を邪魔そうに纏めながら尋ねた。
「んーと、ゆくゆくは発展途上国の開発に携わりたいんだ。
だから大学院かNPOに入ろうと思ってる。どっちにしても、
二年以上の社会経験は必要だから。奨学金の返済もあるしね。」
「へー、いいじゃん。」
と大きな瞳をさらに大きくして茉莉花は感心した。
「私は元々広告やりたくて入ったから、あれなんだけど。でも
ここまで大変だったとは思わなかったな。
だからもしかしたら私もやめるかも」
火よう24:00
茉莉花の辞表発言を聞いてから、彼の気持ちは揺れていた。
ホントは、やりたいことが他に有るのに、寄り道していて良いのか。
もっと自分にあった場所は有るのではないか。
もっと簡単にお金が稼げる仕事。
もっと将来に繋がる仕事。
彼の途上国に貢献したいという夢は本気だった。
ただ、漠然としているから、揺れやすい。
そんな揺れた気持ちで午後の飛び込み営業で外に出たため、全く身が入らず
目に入ったファーストフード店で時間を潰し、帰社。
でっち上げた飛び込み数を先輩に報告し、いまはベッドの上だ。
真面目な彼は罪悪感を感じている。
穴埋めに、もっと色んな業界のことを勉強しようと思いつつ、
電気をつけたままうたた寝してしまった。
「まだダサいサラリーマン続けてんの?」
目の前に大学生の彼がいた。
5畳半からはじまる物語