死んだ智子の部屋の中
セックス・愛・ストーカー
小指のざわめき
濃厚な吐息、あえぎ
セックス・愛・ストーカー
長い机―横に長い。二メートルはありそうだ。タバコで焦がした跡があちこちにある。
ティッシュ―黄緑。上品な字体で「FACIAL TISSUES」とある。
本―「MARIJUANA GROWER’S GUIDE」(MEL FRANK)→マリファナの育て方が写真付き で丁寧に載っている。
「LOVE THY NEIGHBOR」(PETER MAASS)→ユーゴスラビアの悲劇を社会心理学的に解説している。
「GOOD OMENS」(NEIL AIMAN/TERRY PRATCHETT)→地球滅亡後の世界にいる天使(悪魔?)達の活躍を描く。
「こち亀GOLD」(秋本治)→フィクションであり、実在の人物、事件などには関係ないそうだ。
「釣り魚博士」(岩井保)→三十二種の海魚、川魚のカラー写真、そしてそれぞれの魚の生態が細かく説明されている。
布団―青。部屋の隅にクシャクシャに置かれている。Tシャツ(緑)で包み込まれた枕がクシャクシャの上に置かれている。
飲みかけのお茶の缶―
クローゼット―
服→二十三点。色とりどり。
収納箱→三段に分かれており上から順に、下着→Tシャツ類→ブラジャー、となっている。
消しゴム―
カーテンレール―
絨毯の染み―智子が生理の時の性交の跡。智子は生理でもセックスを拒まなかった。
机の上の鍵―家の鍵、バイクの鍵、バイクの防犯チェーン用の鍵、そして釣具屋の会員証ともなる小さなプラスチックの板が一つの金具でくっついている。
枯れた植物―
床に落ちたゴミ1―丸められたチリ紙。智子はよく鼻をかんでいた。いつもクスンクスンいっていた。
床に落ちたゴミ2―虫の屍骸。カラカラに干からびてしまっている。一体、いつ死んでしまったのだろう?
何の変哲もない天井の電灯―
何の変哲もない床に散らばったワンピース、ブラジャー、靴下が人体二、三体分―
CD―MELVINS―『STONER WITCH』→智子によると、三曲目の「REVOLVE」から「SHINE」への繋ぎがたまらないそうだ。
MR.BUNGLE―『CALIFORNIA』→智子によると、ボーカルのマイク・パットンは天才だ、という。
電子ドラム、エレキギター、エレキベース―
電子ドラム―(ヤマハTP65)十三万八千六百円(税込み、値引き後)。買ったはいいが、部屋の中に置く場所がなくて半分だけ(つまり、ハイハット、スネア、一タム、一シンバルだけ)がようやく広げられている。
エレキギター―FENDERとは書いてある(一応)。もしかしたらFENDARかもしれない。
エレキベース―真っ黒。智子の最後のライブでベーシストがベースを忘れてこのベースを使い、ライブの最後には感激のあまりこのベースの上に乗っかってしまい、そのためネックがかなり反ってしまっている。
CD―ピチカートファイブ
―美空ひばり
―ザ・ブルーハーツ
クローゼットのドアの横にある椅子―色は白。だがタバコのヤニで所々茶色に変色している。背もたれに手もたれが付いているのだが、智子曰く、ずっと座っていると手もたれが邪魔で足を広げることが出来ず、イライラしてくる、ということだ。
本棚の上のスネアドラム―
本棚の上のエレキ用アンプ―
すえた空気―部屋の中に漂っているのは智子が昨日飲んでいたビールの麦の香である。それが壁から染み出してくるタバコの匂いと混ざり合い、茶色に鼻を刺激する。
小さな地球儀―
小さな地球儀の下にあるプラスチック製の棚―一段目→ギター関係の様々。エフェクターなど。
二段目→PC用ゲーム用コントロール、ペンチ、鼻紙(使用後)など。
三段目→幾セットものギター用の弦。鼻紙(使用後?)。
机の上にあるPC―一台目―インストールされているソフトウェア→エロゲー(八つ) ギャルゲー(六つ) その他(三つ)。
二台目―インストールされているソフトウェア→エロゲー(十三つ) ギャルゲー(二十五つ) その他(十五つ)。
*ワードファイルの中の名前の一つが、「ぶっ飛ばされてぇーか!」だった。
*エクセルファイルの中の名前の一つが、「たちどころに困るぞ」だった。
部屋にある唯一の窓から見える景色―
午後五時。快晴。雲ひとつ無い。前方に巨大な一軒家。そこにはこのマンションのオーナーが住んでいるらしい。
一度、水道が壊れたために智子がオーナーを呼んで直させようとしたが、住んでいる者の責任だということでど
うしても金を出そうとしない。そのオーナー(七十歳ほどのおじいさん。もしかしたら八十歳近かったかも・・・)に
向って智子がニコニコしながら「レタコンウ!」と叫んだら、オーナーもニコニコしながら「はい、はい。また何か
あったらいつでも呼んでください」とまさに好々爺然。智子、それに対して「ネシ!」と叫ぶ。罰当たりな娘。
窓の下にあるダンボール三箱―
1/3―カセットテープの山。
2/3―冬着の山。
3/3―緊急の際の非常食の山。(しかし、五年前の物。『もしもの用意はしてたほうがいいわ』とのこと)
ダンボールの上に置いてある行楽用のクーラー―智子は釣りが好きだった。しかし、餌の青イソが触れない。魚が釣れても魚が触れない。だから僕は智子のおかげで餌付けも魚の針外しもうまい。
クーラーの横に立てかけてある二本の釣り竿―
僕のシャツ―部屋の端に埃にまみれて放り出されている。(どこに行ったのかとあちこち散々探したのだが・・・)四年前に智子からもらったときは真っ黒だったのに今ではすっかり色褪せてしまっている。
机の上の小銭―
机の上の携帯電話―メールの受信数→百三十七。
受信文↓
二月三日『外国語では木苺のことをドリスタンと呼んで親しまれている。』
二月四日『ドスコイ、ドスコイ、ドスコイ・・・っていう夢見た。解釈してぇ~!』
二月十二日『お仕事、ご飯、お風呂、何でも腹八分。 母』
メールの送信数→十二。
送信文↓
二月九日『@@@@@@。@@@@@@。@@@@ね?』
二月二十三日『はい。』
二月二十八日『したよ。』
鉄アレイ―二キログラム。一個。
部屋のドアのすぐ横にある電気のスイッチ―黄色。黄ばんだ黄色。電気を消した時に付いた血が黒く固まり始めている。
冷えた廊下―部屋のすぐ前にあって、台所につながっている廊下。台所とのちょうど中間あたりは、踏むとキシキシかなり大きな音がする。智子はよく、『気持ちいい』と言っては熱帯夜の夜はこの廊下に直に寝ていた。この頃ではほとんど毎夜泥酔していた智子のこの癖は、もう秋だというのにおさまらず、明け方帰ってきては廊下に倒れるようにして寝ている智子に僕が布団を掛けてあげる度、彼女はジロッと僕に目をやり何かブツブツ口の中で呟いてはまた目を閉じるのだった。僕はもう眠ることも出来ず、何度も彼女の様子を確かめるのだった。本当なら彼女の傍で僕は何時間でも座っていたかったし、実際、座ったこともあったのだが、そうすると智子は決まって機嫌が悪くなるのだった。特に最近は・・・。
暗い廊下―
暗い廊下の先の、台所とは反対側の端。玄関―このマンションを智子が借りたのが二年前。一日最低四回は開け閉めしたとして、一年で二千八百八十回の開閉。このマンションの出来たのが十五年前・・・ということは以前の家主全ての分を合わせると四万三千二百回。しかもそれは一日四回だけの出入りの場合。もしも前の家主の中にドアフェチが居たとするとその数は天文学的なものになる。
玄関横の靴箱―
玄関に置かれた靴―三足。そのうち一足は昨日、仕事帰りにここを訪れた僕の革靴。もう二足は智子の靴。両方ともピンク。智子はピンクが大好きだし、色白の彼女にはピンクがよく似合う。彼女は足が小さいので本当にこの二足は可愛らしい。一足にはフサフサと短いピンクの毛が生えている。持ち上げて鼻に持っていく。ちょっと黴臭いような、汗臭いような、智子の香り。嗅ぐたびにジンと頭の奥が痺れる。舐めることはもうしない。智子に怒られるから・・・。
靴箱の上の写真三枚―①智子近写。
②智子中写。
③もう今はないが、智子と僕、二人で山中湖に行ったときの写真がここには飾られていた。
傘立て―
靴ベラ―
落ちた頭髪、三十五本―ミルクを溶かし込んだコーヒーの色。
廊下に落ちた血滴―
台所の床に広がる血潮―
台所の食器棚―緑色。智子の引越しの際、二人で選んだ物。
冷蔵庫―青。智子の引越しの際、二人で選んだ物。
まな板―
包丁―
黄色の皿―
茶色の皿―
木彫りの皿―
ガスレンジ―今朝、僕が炊きこぼした味噌汁の跡が固く干からびている。
台所から居間を通り抜けた向こう側にある窓―夕焼けの真紅が居間を満たしている。テーブルが、椅子が、電話が、造花が、壁に掛けられたピン クの飾り物が、真っ赤に染まっている。
智子の体―愛しい、愛しい智子の体。
溶けた夕陽の紅の中に、
その眩しいばかりの純白の裸体が浮かび上がっている。あれほど鮮やかだった血 が
も う 乾 き 始めている。
(癪に障ることだ)
智子の美しい
その顔が
よそ行きのように
澄ましこんでいる。
愛しい
愛しい 愛しい 愛しい 愛しい 愛しい 愛しい愛しいいとしいいとしいしいしいしいしい
愛しい智子の体。
了
死んだ智子の部屋の中
もっと読みたい人だけ返事してねぇー