要塞喫茶・アキバ13ーリベンジ(その1~)
第一話・カルロ、クックと買い物に行く
「ごめーん!クックちゃん。待たせちゃったかな?」
「(微かに首を横にふりながら)今きたところ」
「(う~ん、相変わらず表情の乏しい娘だな)良かった。ちょっと寝坊しちゃったから、待たせちゃったかなと心配したんだけど。そんじゃ、一番近いヨド〇シから見てみますか」
「(こくり)」
「じゃあ、行こうか!」
お久しぶりです。
アキバ13のカルロこと山田ヒカルです。
今日は、大佐こと私の叔母さんに頼まれて、同じ店の同僚のクックちゃんと新宿でお買い物です。
JR新宿駅の改札前で待ち合わせてた私たちは、そのまま地下道を歩きながら西口のほうに向かいました。
「え~と、叔母さん、じゃなくて大佐に頼まれたのって 40V型ぐらいの壁掛けできるハイビジョンテレビだったよね」
「(こくり)」
「私って、どうも機械のこととか苦手でさ。クックちゃんって機械には詳しいんでしょ?」
「(小声でボソっと)それほどでも」
「またまた~、ご謙遜。もう頼りにしてるからね!」
この間の事件で大破したお店の修理も終わり、いよいよ営業再開ということになったのですが、昨日になって「うちのお店にもアキバらしく少しハイテク感が欲しいわね~」などといきなり叔母さんが言い出したんです。
で、私が「ハイテク感って、インターネットカフェにでもするんですか?」と訪ねると「そこまで時代に迎合するのは嫌なのよね~」とこれまたハッキリしない様子。
「じゃあ、壁に風景画の代わりにハイビジョンテレビでも取り付けて癒し系の映像でも流すとか?」
「そうそう~、それよ~!流石はカルロちゃん~。やっぱりIT世代は違うわね~」
「全然ITとか関係ないですよ」
などとトンチンカンな会話の後、
「じゃあ~、私忙しいから~、カルロちゃんお願いね~」
と、叔母さんはお店のハイテク化を私に丸投げしました。
というわけど急遽その任務を私が仰せつかったというわけですが、さっきも言いましたが私は機械オンチなもので一人では心もとないので、誰か助っ人が必要なわけですが、私の周りにいる人の中で考えてみたところ、ベネットさんは論外(テレビのリモコンの操作も覚えられないんですよ!)として、サリーちゃんは相変わらず私のことを嫌っているようですし、結局知り合いの中で一番メカに詳しいクックちゃんに付いてきてもらうことにしました。
「でも、大佐もケチだよね。テレビなんか地元のアキバで買えばいいのに「1円でも安く値切ってね~」だもんね」
「(小声でボソっと)新宿は大型量販店が多いから」
「確かに。でもさ、結局そんなに値段なんか変わらないんだよね。よく「他の店より1円でも高い場合ご相談下さい」とか書いてあるお店とかあるけど、結局なんだかんだ言いがかりつけてまけやしないんだからさ」
で、数件回った後、最後に最近西口に出来た大型量販店に行くことにしました。
お店の中は流石にピカピカの新品で、商品の品揃えも他のお店と比べても豊富でした。
エレベーターでテレビ売り場まで上がり、一通り見て回った後、
「もう面度くさいから、ここで買っちゃおう」
などと私たちが話しているといきなり後ろから小柄な店員さんが話しかけてきました。
「お客様、何かお探しで?」
いきなり話しかけられたので、思わず緊張気味に私は答えました。
「あっ!いえ、その~、あははは、いやー、ハイビジョンテレビを買おうかなーと。えーと、やっぱりテレビとかは日本のメーカーのほうがいいんですよね」
すると、その店員さん、いきなり目が光ったかと思うと、
「テレビやAV機器はメイドインジャパンが一番?冗談じゃありません。そりゃ大昔はそうだったかもしれませんが今や品質価格ともに海外メーカーが一番ですよ。そうですね、今だったら、お勧めなのは」
などと、早口でまくし立て始めました。
ああ~、やっぱりこの手の話は苦手です。
門外漢にとってメーカー名だけ言われたって困るだけなんですよ。
そんな感じで私が困っていたら、
「……GLエクストリームが好き」
と、クックちゃんが助け船を出してくれました。
「GLがお好き?ならますます好きになりますよ。どうぞご覧下さい。GLのハイビジョンテレビのニューモデルです」
ああ、やっぱり、クックちゃんを連れてきて良かった。
多少無口で取っ付きにくいところはありますが、このコはあのお店で唯一、私が頼れるまともな人材です。
一人そんなことを考えている間にも二人の商談は続けられていました。
無言のまま商品を見つめるクックちゃんに店員さんが、
「ああ~分かってます。仰らないで。エコマークが付いてないのが気になるんでしょ。でもね、お客さん。あんなものただのメーカーのイメージ戦略みたいなもんで、消費電力だって大して変わらないし、部品だってほとんどリサイクルなんかされてなんかいないんですよ」
と、一方的に話しかけています。
「それよりどうです。この大きさににしてこの薄さ!スイッチを入れてみて下さい。ほらいい画質でしょ。色も鮮やかだし、解像度もバッチリですよ」
……何だか話が長くなりそうです。
もう何でもいいや。
値段も予算内だし。
私が「じゃあ、これ下さい」と言おうとした瞬間、クックちゃんが小声で店員さんに呟きました。
「……一番気に入ったのは」
「何です?」
「値段」
そう言うや、いきなり展示してあった見本品を脇に抱え走り出すクックちゃん!
慌ててクックちゃんにしがみつく店員さん。
「ああー、ちょっと!それは見本品です!もってかれちゃ困りますよ!」
でも180センチ近い巨漢のクックちゃんを私より小柄な店員さんに押さえられるわけありません。クックちゃんは店員さん引きずったまま店内を走り続けました。
あまりのことに私はただ呆然と立ち尽くすしかありませんでした。
「待って!待って!止まれーー!!」
ガシャーン!!
クックちゃんは窓ガラスを蹴破り、店員さんもろとも下の道路に飛び降りました。
「ぎゃあああーーーーー!!」
窓の外から店員さんの絶叫が聞こえ、私は慌てて割れた窓から外を見ました。
すると下の道路にはテレビを抱えたまま走り去るクックちゃんの姿が。
一緒に落ちた店員さんは道路にうつぶせのままピクリともしません。
そのうち店内にいた人が集まってきました。
このままじゃヤバイ!
私は急いでテレビの代金を誰もいないレジに置くと、慌ててその場を後にしました。
ああ~~、やっぱりあの店の従業員にマトモナ人間なんかいやしません。
あの店、秋葉原にある私の叔母さんのメイド喫茶「羽の生えたカヌー」、通称「アキバ13」には。
私は決して生涯忘れないようこの苦い体験をしっかりと心に刻みこみました。
……それにしても、クックちゃん。
あなたってちょっと素直すぎますよー!
誰の影響か、マル分かりじゃないですかーー!!
第二話・アリアス、行方不明になる
「アリアスが行方不明?」
「そうなのよ~、ベネットちゃん。一昨日の晩から戻ってこないよ~。心配だわ~」
昼飯の大盛りカツカレー食い終わり、いつものように休憩室のテレビで民放のアホなワイドショーでも見ようかと思っていたら、出し抜けに大佐が現れ、俺様に向かって、そう言いやがった。
「心配すんなって。どうせ近所のオヤジどもといつものごとく麻雀でもやってるんだろ」
俺様はソファーに寝転がり、大佐にそう言い返してやった。
店の修理と同時に、二階のこのオフィスも改装することになって、入り口から入ったすぐの所がロッカーと休憩室。
で、奥の左側が俺様の部屋、右側が今度一緒に住むことになった大佐の姪のカルロの部屋になっちまった。
ったく、こちとらいい迷惑だぜ。
ただでさえ手狭だったのによ。
その上、カルロの奴、「こんなゴミの山で暮らしてたら病気になっちゃいますよ!」だとかぬかしやがって、俺様の荷物のほとんど捨てちまいやんの。
くそ~、あのアマ~。
いつか思い知らしてやるぜ!
「それがそうじゃないのよ~。さっき麻雀仲間の電気屋の佐々木さんに会ったんだけど~、ここ2~3日アリアスちゃんと会ってないそうよ~」
「じゃあ、野良犬、いや野良猫、いやいや野良UMA狩りにでもあったんじゃねーか?今ごろ安らかに天国に……」
俺様がアクビしながら、そう言うと、
バンッ!
大佐のやつ、フライパンで思いっきり俺様の顔面を殴打しやがった!
「冗談でも許さないからね~」
「ずぶばせん」
まったくアリアスのこととなると、大佐、普通じゃねーな。
「それでね~。佐々木さんの話じゃ、アリアスちゃん、最近ガラの悪いお友達とつるんでるそうなのよ~」
「ガラの悪い友達?」
あんな変な生き物とつるむなんて、そいつらグ〇ーンピースかシーシェ〇ードじゃねーか?
「そうなの~。アリアスちゃん、気が弱いから怖い目に遭ってるんじゃないかしら~」
「いや、あいつはそんなタマじゃねーよ」
あのクソッタレときたら、朝からパチンコ屋の前に並ぶは、雀荘に入り浸るは、キャバクラで女の胸もんでたたき出されるは、ロクなことしねーからな。
ホント、何で大佐のやつ、あんなに可愛がれるのか世界の七不思議レベルだぜ。
「でね~、ベネットちゃん、アリアスちゃんを探してきて~」
「えー!何だって俺様が?」
「だって~、カルロちゃんとクックちゃんは新宿に買い物だし~。私はガス会社の人が来るから店を開けられないのよ~」
……そうだった。
カルロとクックの二人、今日は大佐の用事で新宿に買い物に行ったんだっけ。
「じゃあ、サリーに行かせりゃいいだろ?」
「サリーちゃんは今日歯医者の予約があって、来るのは夕方からなの~」
「メンドくせ~、せっかくこれからワイドショーでも見て大笑いしようと思ってたのによ」
別に番組の内容なんか興味ねーんだ。
出てくる自分が博識でインテリだと思ってる馬鹿どものたわ言を聞くのが楽しいだけなのさ。
ホントのところ、その辺のお笑い番組なんか目じゃねーよ。
「そんなもん見てたら~、ただでさえ悪いオツムが取り返しのつかないくらい悪くなっちゃうわよ~。さあさあ、早くいった~、いった~」
「ちぇ、しょうがねーな」
俺様はソファーから起き上がると、下駄箱で俺様愛用のカウボーイブーツに履き替えてから、気だるい昼下がりのアキバの街中に、あのクソッタレ店長を探しに出かけた。
で、それから一時間後。
俺様は今、アキバの中心街から離れたところにある古いテナントビルの前にいる。
店から出ると俺様はすぐに佐々木のオヤジの店に行き、アリアスとつるんでた連中の人相を聞き出した。
二人組みは、パッキンのロン毛とデブのアゴヒゲ野郎とのこと。
それから俺様は街中で聞き込みを続け、ついに二人組がこのビルの中にあるメイドマッサージ店「エンジェルMIKU」の常連だということを突き止めた。
あぁ~、メンドくさかったぜ。
こういうことは下っ端の新人にやらせる仕事なんだよ。
俺様はエレベーターで三階にある「エンジェルMIKU」向かった。
一昔前にはこのアキバには沢山個人経営のメイド喫茶が点在してたんだが、今じゃ、個人経営なのはうちの店だけだ。
あとはメイド喫茶二大チェーン、「TNT」と「杏」に全部駆逐されちまった。
で、その代わりなんだかしらねーが、メイドマッサージ店だのメイド耳かき店だのメイド肩もみ店だのわけの分からない店が増え始めやがった。
まあ、大部分はまともな店なんだが、ここは明らかにヤバ気だぜ。
いわゆる違法風俗店の匂いがプンプンしやがる。
俺様が店の中に入ると、受付の見るからに元ヤンキーのあんちゃんが声をかけてきた。
「あの~、お客様」
「ん?」
「大変申し訳ございませんが、当店は男性のお客様専用になっておりまして」
バシッ!
俺様は受付のあんちゃんの顔面に軽いジャブを食らわしてやった。
「何か言ったか?」
「い、いえ、どうぞお入り下さい」
やっぱ、この手に限るぜ。
涙目のあんちゃんからロッカーの鍵を受け取ると俺様は、そのまま更衣室に入った。
更衣室のロッカーで服を脱ぎ、俺様は腰にタオルだけ巻いて隣の待合室に移動した。
待合室には6人ほどの客(会社や大学の講義をサボってる連中に違いない)がいたが、上半身裸の俺様が入ってくるや、そのうち四人は慌てて股間を押さえたまま部屋の外に飛び出ていった。
「ったく、中坊じゃあるまいし、女のパイオツ見たくらいで、お立っててんじゃねーよ」
どうやら連中は関係なさそうだ。
残った二人と俺様の目が合う。
ビンゴ!
情報どうりパッキンのロン毛とデブのアゴヒゲ野郎だ。
二人とも、いかにもワルといった雰囲気を漂わせ、結構鍛えてるようで、ガタイもいい。
俺様がそんなことを考えていたら、
「ようよう、ネーちゃん、この店は女の客はお断りだって受付で言われなかったのかよ?」
と、デブのアゴヒゲ野郎のほうが声をかけてきた。
俺様は無言で二人を睨み返してやった。
「それとも何か、このタオルの下には可愛いイチモツでもぶら下げてんのか?」
今度はパッキンのロン毛がいやらしい笑みを浮かべながら、俺様の腰のタオルに手をかけやがった。
「汚い手でさわんじゃねえええーー!」
ドカッ!!
俺様はタオルに触ったパッキンのロン毛の顔面に強烈なパンチをお見舞いしてやった。
「ぐああああーーーー!」
パッキンのロン毛は吹っ飛び、待合室の向こう側にある個室のドアを破り、中に倒れこんでいった。
すると中にいた男性客とエロいメイド風コスチュームのマッサージ嬢が慌てて逃げていくじゃねーか。
あ~あ、やっぱここ違法風俗店だぜ。
ったく、しっかりしろよ、警〇庁。
昔の歌舞伎町なみだぜ、今のアキバはよ。
などと俺様が考えていたら、
「ヤローー!」
もう一人のデブのアゴヒゲ野郎が飛び掛かってきた。
ちっ、遅いんだよ!
俺様は背負い投げで、やつを床に叩きつけ、腹に強烈な蹴りを加えてやった。
「ぎゃあああーー!!」
あまりの痛みに絶叫するデブのアゴヒゲ野郎。
だが、今度は先にぶちのめしたがパッキンのロン毛が後ろから殴りかかってきやがった。
「死ねー!この糞アマ!」
やつの不意うちパンチを食らい、俺様は少し身体がよろけちまったが、すぐに体勢を整えて、振り向きざまにパッキンのロン毛の顔面に怒涛のパンチを浴びせかけてやった。
「ふざけやがってーーーー!!」
バシ!バシ!バシ!バシ!バシ!バシ!
俺様にフルボッコされ、床の上に大の字で倒れるパッキンのロン毛。
ザマーみろ!
俺様に勝とうなんて100万年早いんだよ!
俺様はパッキンのロン毛の耳たぶを掴み引きずり起こし、
「アリアスは何処だ?!うちの店のあのクソッタレのこと知ってんだろ?!」
と、大声で怒鳴った。
パッキンのロン毛は痛さに悲鳴を上げながら、泣きながら答えた。
「連れてかれたよ!一昨日の晩、車で。すげー高級車だった!」
「何処にだ?!」
「知らねー!ホントだ!俺たちはただあの変な動物を酔いつぶさせて、連れてくるよう、知らねー奴に金をもらって頼まれただけなんだ!」
これ以上こいつらに聞くことはねーな。
ドカッ!!
俺様はパッキンのロン毛の後頭部にトドメの一撃を食らわしてから、完全に意識を失った二人組を残し、服を取りに更衣室に向かった。
「ったく、あのクソッタレ店長、手間かけさせやがって」
第三話・サリー、路上で激昂する
「Is it safe?」
「うぎぃやあああああああーーーー!!」
「Is it safe?」
「ひぃぎいいいいいいいいーーーーー!!」
「Is it safe?」
「おぐぅあああああああああーーーーーー!!」
アタシ、「アキバ13」のサリーは歯医者での地獄のような診察を終え、駅前から酔っ払いのような足取りでお店へと向かっていた。
「くそー、あのヤブ医者、絶対ワザと痛くなるよう治療してるに違いないわね」
さっき歯医者で治療した歯がズキズキと痛む。
これじゃあ、治療に行く前のほうがマシなくらいよ。
「あの外人のジジイの医者。治療してる間ずっと「Is it safe?」って、意味不明のこと繰り返してるんだから。ありゃ、元ナチのゲシュタポかKGBあたりの拷問マニアかなんかに違いないわ!」
横に立っていた歯科衛生士のお姉さんは『大丈夫か?』と心配して尋ねてると言ってたが、「Is it safe?」は「安全か?」って意味じゃないの。中学生レベルの英語じゃん。ナメてんのか!
それにあのジジイ、目が笑ってやがった。
それも恐ろしく冷淡な目で。
あ~あ、大佐の紹介で、初めて行った歯医者だけど、やっぱり大佐の知り合いにはロクな人間がいない。
こりゃ、さっさと別の歯医者に変えたほうが良さそうね。
もうイライラする!
このままバイトを休みたいくらいだけど、今日は新入りのカルロとクックは大佐のお使いで新宿に買い物なので、開店の準備の人手が足りないはずだ。
しかたない。さっさとお店に行こう。
ズキン!
前歯から脳髄に響くような痛みが。
「まさか、あのジジイ、人の前歯で前衛アートとか作っていやしないでしょうね」
心配になったアタシは鞄から手鏡を探すが、どうやら家に忘れてきたようだ。
くそー、しかたない。
うら若き乙女としては少々みっともないが、近くのショーウインドーに顔を映して見てみることにしよう。
おっ、ちょうどいいところに電気屋のショーウインドーが。
アタシは口を、イーっとやって自分の歯並びが正常かどうか確認した。
「よかった。一応無事なようね。ん?」
その時、ちょうど店で展示していたテレビで放送しているワイドショーに「あの女」が出演していることに、アタシは気が付いた。
「こ、この女~、なに気取ってインタビューなんか受けてやがるのよ!」
クラリス・デ・パルマ。
外資系でありながら、今や日本におけるメイド喫茶チェーン最大手「TNT」グループの会長令嬢で、自身も日本メイド連盟公式ランキング1位を3年連続キープしつづけている超人気メイドだ。
まったくこんな女がナンバー1メイドなんて、いかに世の中の男どもが女性を見る目がないかよく分かるわ。
高級ホテルのプールの椅子に寝そべるクラリス。
その周りを沢山のTVレポーターが彼女を取り囲んでいる。
サングラスにキワドいデザインのビキニという恰好でインタビューを受けていても不思議とこの女みたいにスタイルのいい美人だといやらしさは感じられない。
く、くやしいけど、この女の外見の良さだけは認めてやるわよ。
でも、人間中身なんだからね!
外見だけで女を判断するような客なんかこっちからお断りよ!
アタシが一人で、そんなことを考えている間にもテレビの中のインタビューは続けられていた。
「それでは次の質問です。クラリスさん、最近のお父様のグループのメイド喫茶事業についてですが」
その言葉に反応し、クラリスはサングラスを軽く持ち上げてから、エメラルドグリーン色の宝石のような瞳をレポーターのほうに向けてきた。
「あら、どんなご質問かしら?」
「今や日本のメイド喫茶業界の勢力シェアは西日本の『杏』。東日本の『TNT』でほぼ決まりといった様相を呈してきましたが。そのことについてのご感想は?」
レポーターのいかにも有名人へのご機嫌とりといった質問に、
「素晴らしいサービスを提供してくれるスタッフと優秀なメイドのみなさん、そしてなによりワタクシたちのお店を愛して下さるお客様たちのおかげですわ。でも、その質問をするのは少し早くなくて?」
と、あの女は微笑みながら、少しイジ悪そうに答えた。
「と、申しますと?」
「日本全土を完全制覇してからのほうが、よかったのじゃないかしら。その方がワタクシもうちの店に対して儚い抵抗を続けている方たちに遠慮なく喜びのコメントと出せたのに」
な、なんですってえエェェェーーー?!
「あははは、これは手厳しい。それでは最大のライバルである『杏』グループにも勝利することができると?」
「当然ですわ。まあ、1~2年のうちにはワタクシたちの華々しい勝利をあなた方にご覧いただけると確信していますわ」
ふざけんじゃないわよ!
あんたらがどんだけ汚い手を使ってきたか、アタシは全部知ってんだからね!
などと、アタシは怒髪天モードに突入してたら、別のレポーターが横やりを入れてきた。
「しかしですね、あなたのお父様の『TNT』グループのやり方には批判があることはご存じですか?」
おっ、こいつ、なかなかいいこというじゃん。
このレポーターの言葉に、クラリスの奴あからさまに不快な表情しやがった。
「あら、批判って。どんな批判ですの?」
「メイド喫茶事業以外にもあてはまるんですが、豊富な資金を使って脅迫まがいの買収。ライバルに対するネットや広告を使ったいわれのない非難中傷のことですよ。裏ではかなり問題になってるようですが、与党の大物議員にコネがあるあなたの父親デュラン・デ・パルマ氏が全て握り潰させているとのもっぱらの噂ですよ」
「あら、それこそいわれのない中傷ですわ。どこでそんな与太話を仕入れたのかしりませんが、全てワタクシたちに対するやっかみです」
「じゃあ、 他の店の人気イベントのパクリはどうですか?ライバル店の人気イベントの美味しいところだけ頂いているって話ですが?」
「人間の考えることなんて、さほど変わりはありませんのよ。アイデア自体はうちの方が早かったけど、たまたま向こうのお店の方が先に始めただけという話ですわ」
よくもまあ、厚顔無恥なこといいやがって!
最初のころこそ遠慮がちだったが、今じゃ、この業界のTOP。
そうなれば一目をはばかる必要もない。今じゃもう誰も文句なんか言えやしない。
自分たちがこの業界の足場を築くまではさんざん他人さまのパクリで儲けてきたくせに、今度は自分たちがマネされるとなったら権利保護を名目に他の店に裁判沙汰で脅しをかけてくる。
こういう奴らの店なんか行かなきゃいいと思うんだけど、オタクの悲しいサガってやつなのか、お気に入りのメイドちゃんに会いたくて店に行くのがやめられず、結局連中にボラれ続けるわけだ。
「それにこの国では『真似られてこそ一人前と』かいう諺があるそうじゃありませんか。そうでしたらパクられた方たちも本望じゃなくて?あら、もうこんな時間。皆さん、申し訳ありませんがインタビューはこの辺で終了にさせていただきますわ」
いいかげん飽きたのだろうか、クラリスの奴、急に椅子から立ち上がり、傍に控えていた召使が手渡した上着を羽織ったかと思ったら、その場から立ち去ろうとする。
「ああ、待って下さい!まだ質問があるんですよ!」
尚も食い下がるレポーターをあの女のボディーガードたちが取り押さえる。
一瞬歩みを止めて、レポーターの方を振り向くクラリス。
「それに仮にあなたのいうパクリがあったとしても、オスカー・ワイルドではないですが『一つだけ真似るのならパクリだが、五つも真似ればそれはもう立派なオリジナルだ』じゃなくて。それではみなさん御機嫌よう」
そういうと、憎たらしい笑みを浮かべながら、あの女は足早にその場から立ち去っていった。
番組の画面はTV局のスタジオに変わり、司会者がなんか言ってるようだが、アタシの耳には届かない。
「ふ、ふ、ふざけんじゃやないわよおぉぉぉーーー!!」
アタシは、思わずショーウインドー越しに大声で怒鳴り声を上げた。
道行く人たちが一斉に振り返るが、知ったことじゃないわよ!
「あの腐れビッチ!うちの店に散々嫌がらせするだけじゃ飽き足らず、あんなキ〇ガイ連中よこしやがったくせに!」
もはやさっきまでアタシを悩ませていた歯の痛みなんかまるっきり感じない。
アタシの怒りは完全にMAX状態よ。
あの腐れビッチ、いつか目にもの見せてやるからね!
と、その時、アタシの傍に小さな子供がやってきて、
「お姉ちゃん、テレビ相手に怒鳴って、バッカみてー!」
そう言いながらアタシを指さして、大声で笑いやがった。
「なっ!」
周りを見回すと、通行人がみんなクスクスと笑っている。
くそー、この糞ガキが!
だから子供は嫌いなのよ!
アタシのはらわたが煮えくり返ってるのもしらずに、そのガキはまだ笑っていやがる。
こりゃー、お姉さんとして世の中の礼儀ってもんを叩き込んでやらないとね。
でも、さすがにここじゃ、人の目があるから、肉体的指導というわけにはいかないわね。
う~~ん……………………そうだ!
アタシは微笑みながら子供の耳元に顔を近づけ、そして。
「……それ以上余計なこといいやがったら、その口を縫い合わせるわよ」
と、出来るだけドスのきいた声で囁いてやった。
しばらく、そのガキはキョトンとしていたが、すぐにアタシの言葉の意味を理解したらしく、
「……う、う、うえええ~~~ん!」
と、大声で泣きながら逃げていった。
ふん、これで少しは大人に対する礼儀ってもんを理解できたんじゃないかしら。
フッと気が緩んだらまた今日治療した歯に激痛が走った。
「いたたたた、ああ~、もう、また歯が痛くなってきた。くそ~、みんなあの腐れビッチのせいよ!」
歯の痛みに耐えつつ、アタシはおぼつか無い足取りで再びお店に向かってトボトボと歩き始めた。
第四話・カルロ、ベネットにたかられる
「あ~あ、ひどい目に遭ったわ~」
あの新宿の大型家電量販店での惨劇の後、私は即効で駅までダッシュ。やって来た総武線の電車の車内に飛びこんで、秋葉原まで命からがら(?)逃げ帰ってきました。
「それにしても街中って監視カメラだらけなんだよね。顔が写らないように下を向いて走るのに苦労したわ」
そうなんです。
最近街中で監視カメラのない場所なんてトイレの中ぐらいで、私たちって知らず知らずMじゃなくてOのほうの「1984」の世界に突入してたんです。いくら防犯のためとはいえ、四六時中監視されてるのってやっぱ気分悪いじゃないですか……いえ、別に駅のベンチでヨダレ垂らしながら居眠りしてた姿をネットにアップされたからこんなこと言ってるわけじゃないですから。ホントですよ!アレは私に似てたまったくの別人ですから!!くそー!何処の誰か知らないけど、ネットにアップした奴、末代まで呪ってあげますからねーー!!
「もう三時過ぎか。結局お昼食べ損なっちゃたな~」
私はすきっ腹を抱えたまま駅の改札を出て、叔母さんの店に向かってトボトボと歩き始めました。
「ったく、クックちゃんはあのままトンズラこくし……」
クックちゃんがテレビを抱えて逃げ去る姿が未だに目蓋に焼付いて、私の脳裏から離れません。
その光景はまるで以前テレビのニュースで見た無政府状態化した何処かの国の商店から略奪を励む人たちの姿に重なりました。
「はっ!まさかと思うけどあのコ、テレビ抱えたまま電車に乗っちゃいないよね」
平日だというのにこの街は結構人通りが多く、外国人観光客の姿もやたら目に付きます。流石は今や京都と並ぶ日本の観光名所。
「それにしたって、テレビだけ持って帰ったって、リモコンとかコードとか、観るには色々付属品がいるのに。まったっく何考えてんのか」
私はブツブツと一人言を呟きながら大通りから叔母さんのお店への近道のある裏通りへ入っていきました。
「普段大人しい子ほど切れると怖いってゆーけど、クックちゃんてその典型かも」
どうでもいいけど、最近じゃケータイやスマホのせいで、やたら夜中でも大声で歩いてる輩が多いけど、一昔前だったら夜中歩きながら一人でしゃべってたら通報もんですよ!黄色い救〇車がお迎えにきちゃいますよ!
「う~~ん。いや、あれは絶対悪い先輩の影響よね!」
知らず知らず、私は道端で立ち止まり、考え込んでいたようで、不覚にも背後から忍び寄る邪悪な影に気づきませんでした。
「そうよ!あれは絶対あの人のせいね!じゃなけりゃ、クックちゃんみたいな真面目なコがあんな常軌を逸した行動をとるはずがないよね」
「あの人って誰だよ?」
「そんなの決まってるじゃないですか。あの人っていえば、暴力的で、非常識で、優しさとかこれっぽっちも持ち合わせていないうちの店に巣くってるブレーキの壊れたダンプカー女のベ………」
私はそう言いながら、声のする方を振り返りました。
次の瞬間、私の寿命は「恐怖新聞」の一面を熟読したのと同じくらいのダメージを食らったことは言うまでもないでしょう。
「……ベネットさん?」
そこには、知り合ってから見た事のないくらいの笑顔を振り撒きながら、拳をバキバキと鳴らすベネットさんの姿がありました。
「よう、カルロもう大佐のお使いは終わったのか?」
ベネットさんはそう言いながら、ゆっくりと私に近づいてきます。
こ、これは非常にマズイ展開です!
一難去ってまた一難!
私は恐る恐る小声で尋ました。
「べ、ベネットさん………え~と、その~、今の聞いてました?」
「ああ、バッチリな。で、誰がブレーキの壊れたダンプカー女だって?」
えっ?なに?いま私の頭上に昼間だというのに何やら怪しげな星の光りが!
まさか、あれが死兆星!!
ああー、もう、とにかく何でもいいからいい訳しないと!
「あっ、いえ、その~、あははは、な、なに言ってるんです。聞き違いですよ!私が言ったのは、え~と、その~、あっ!そうそう今日の骨髄占いによるとベネットさんの恋愛運は大吉だそうですよ!」
失敗した!
いくらなんでもいいったて、これじゃあ、息子が不祥事を起こして番組を降板させられた芸能人の言い訳レベルですよ!
でも、ベネットさんならこの程度のいい訳でも案外……。
「痛たたたたたたー!ギ、ギブー!ギブアップーー!」
やはり、現実は甘くないみたいです。
ベネットさんに強烈なヘッドロックを決められ、私の頭蓋骨がバキバキと悲鳴を上げてます!
「おらおらおら!フザケたことぬかす奴はどこのどいつだーー?!」
「ごめんなさあああーーーい!ごめんなさあああーーい!ベネットさああーーん!!」
……てな具合に、ひたすらベネットさんの怒りが鎮まるまで、その場で泣きながら不祥事続きの東〇の幹部のように謝り続けたのでした(蛇足ですが、私が約20分もの間路上で暴行されていても、やはり誰も助けてくれなかったことをここに付け加えておきます)。
「もう、ひどいじゃないですか!ほんの軽いジョークだったのに!」
ベネットさんのヘッドロックのせいで頭痛が鳴り止まない頭を抱えながら、私はお店に戻る道すがら、横を歩くベネットさんに向かって思いっきり恨みがましく言ってやりました。
ったく、たかがあの程度のことで本気で怒るなんて、まったく大人げないったらありゃしません。だからブレーキの壊れたダンプカー女なんて言われるんですよ(まあ、主に言ってるのは私一人なんですけど)!
「何が軽いジョークだ!カルロ、テメー、ちょーしこいてんじゃねーぞ!先輩に対する礼儀ってもんを身体に教えてやろーか?」
「もう十分教わりましたよ!それよりもこんなところで何してるんですか?またサボりですか?」
そうですよ。第一なんで、この人、あんなところにいたんですか?今日は私とクックちゃんは叔母さんのお使い。サリーちゃんは夕方からって話だったので、お店の開店準備をするのはベネットさんの仕事のはずなのに。
「アリアスのやつが昨日から行方不明なんだよ。で、俺様が大佐に言われて、あのくそったれを探してるってわけさ」
「えっーー?!ベネットさん、いくら金欠でお腹が空いてるからって、アリアスちゃん食べちゃ駄目じゃないですか!いくらあんな得体の知れない生き物だって、叔母さんが可愛がってるペットなんですから」
まったく、この人ときたら、足のあるもので食べないのは椅子と自分自身くらいなもんですから。
ここは一つ、現代人としてのTPOを叩き込んでやらないと。
「どうしても我慢できない時はカラスかドブねずみぐらいにして下さいよね。間違っても人様の家のペットには手を出しちゃ駄目ですから」
……で、それからどうなったかといえば。
「痛たたたたたっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
私ことアキバ13のカルロは再び路上で15分もの間、路上でベネットさんに激しい折檻(今度はアイアンクロー)をされ続けましたとさ(繰り返しで恐縮ですが、この時も誰も助けてはくれませんでした)。
「おい、カルロ、俺様はら減った。さっきの非礼の詫びにここでラーメン奢れや」
叔母さんのお店の近くまできた時、ベネットさんが突然、目の前のラーメン屋「のり子亭」を指さしてそう言いました。
のり子亭は全国にチェーン店を構える安くて美味しいラーメン屋さんで私もちょくちょく通っていますし、お昼を食べ損なって、夕飯まで持ちそうもないのでお店に入るのは全然OKなのですが。さすがについさっきまで路上で私に暴行を働いていた相手に奢るというのは、何だか理不尽すぎます。
「え~~?!そんなぁ~。ベネットさん、どうせお昼にカツカレーの大盛り食べたんでしょ?」
と、あからさまに拒絶の態度を示したわけですが、世の中には先天性KYな人ってやはりいるもんです。
「うるせいっ!さっきひと暴れしたんで栄養補給が必要なんだよっ!」
「もう~、普通先輩が後輩に奢るもんですよ!」
それでも諦めきれない私は、細やかな反撃を試みましたが、にべもなく強行突破されてしまいました(どうでもいいけど、ひと暴れとか物騒なこと言ってますが、また死体の山とか築いちゃいないでしょうね!)。
「いいからケチケチすんな!後輩は黙って先輩に奢ればいいんだよ!」
なんなんですか?その論理は!まるで相手が黒いベンツで乗ってたのが反社会的な職業の方だったから、ぶつけられたほうが弁償させられるみたいな論理じゃないですか!
でも、これ以上ごねて、また路上でレフリーなしの金網デスマッチが始まったらかないません。
あ~あ、しょうがない。
「もうラーメンだけですからね!餃子もチャーハンもニラレバ炒めもなしですからね!」
と、諦めて、残り少ない財布の中を覗きながらそう言いました。
なのにベネットさんときたら、
「ま~しょうがないか。今日はラーメンの大盛りだけで勘弁してやるわ!」
……勘弁してやるわって。
ベネットさん!何なんですか?その新弟子にたかる万年幕の内入りできない先輩力士みたいなものいいは!
人として、人として悲しすぎますよ!!
けれど、私の悲痛な心の叫びなどまったく意に反さず、
「どうした、ほらさっさとこいや!」
と、言いながら、ベネットさんは私を残して意気揚々とお店の中に入っていきました。
「……しょうがない。帰ったら叔母さんに来月分の給料前借しよう」
ガックリと肩を落とした私は、まるで幽霊のようにベネットさんの後に続いてお店の中に入っていきました。
第五話・ベネット、大佐の過去を語る
「ベネットさん、ちょっと聞いてもいいですか?」
ラーメン屋に入り、厨房近くの席に腰掛け、やってきた女の店員に注文を済ませるとカルロの野郎がいきなり俺様に話しかけてきやがった。
「ん~~~?なんだよ?」
俺様は面倒くさそうにそう答えてやった。
それにしてもカルロの野郎、自分は何も注文せず、「あっ、私、水だけでいいです」だとぉ?
俺様への当てつけかよ!
こいつが今まで俺様にはたらいた無礼の数々を考えたら三日間ぶっとうしで満漢全席の宴会を開いたって釣りがくるってもんだ。
それをラーメンの大盛りで許してやるなんて、スゲー後輩想いの先輩だよな!俺様って!
「うちの店の皆のメイドネームなんですけど、私の「カルロ」とか「クック」や「サリー」なんかは分かるんですけど、どうして叔母さんだけ「大佐」なんですか?一人だけ浮いてますよね。何か意味があるんですか?」
「ん~~。だって、そりゃあ~、オメーの叔母さんが本物の大佐だからに決まってるだろーが」
「なーんだそうなんですか……って、えぇぇぇぇーー!!う、うそっ?!ほ、ほ、本物の大佐?!軍隊の本物の大佐?!」
「そうさ。「大佐」はベルベルデ王国陸軍のれっきとした大佐様なんだぜ。まあ、ベルベルデ王国も今じゃ共和国になっちまったから、正式には元大佐なんだけどよ」
「そ、そんな~。だって叔母さんって、自衛隊どころか学生時代は万年帰宅部で、運動なんかからっきし駄目だったって」
「まあ、俺様と出会う前の話だからよ。俺様もよくは知らねーんだけど。なんでも……」
昔、「大佐」から聞いた話によればこうだ。
高校を卒業し、念願のメイド喫茶を秋葉原に開く資金を調達するため「大佐」は日々朝から晩までアルバイトに明け暮れていたそうだ。
そんなある日、知り合いから「もの凄くおいしいバイト」があると聞かされ、「大佐」は嬉々として新宿の某雑居ビルの一室にある面接会場に向かった。
型どおりの面接を終え、契約書にサインした「大佐」は面接官からジュースを勧められ、それを一気に飲み干すと急に意識が遠くなっちまった。
次に意識を取り戻した時、「大佐」は太平洋上を航行する貨物船の一室に監禁されていた。
「大佐」が新宿で会った相手は、東南アジアにあるベルベルデ王国から来た外人部隊の新兵募集係官で、「大佐」はベルベルデ王国外人部隊の兵士として正式に三年間の契約を結んじまったんだ。
面倒くせーから、ここから先は「大佐」の回想形式で書かせてもらうからな。
「あ~あ、なんでこんなことになっちゃったのかしらね~」
バイト先の同僚の紹介で面接を受けに行ったら、なんだか睡眠薬入りのジュースを飲まされて、気がついたら船で海の上だもんね~。
いや~、まいった~まいった~。
最初は近くの国の将軍様のやばいエージェントに拉致されたのかと思ったんだけど、どうやら船は太平洋を航行してるみたいだから一安心……でも、ないか~。
こいつら人身売買組織かな~?
やっぱ、微笑みの国とかの売春宿に売られちゃうのかな~。
でも、この船に乗ってるのはあたし以外はみんな若い男ばっかだし~。
はっ、まさかオイル成金の国の男色ハーレムとか~?
ええーー!ってことは、あたし男と勘違いされたわけ~?
よく姉さんに「あんた、女子高生でもう女終わってるわね~」とは言われてたけど……ショックだわ~。
「すごく美味しいバイトがあるんですよ。ホントは私がやりたいんですけど、どうしても抜けられない用事があるもんで、先輩良かったら面接だけでも受けてみませんか?」って言われて、信じちゃったあたしが馬鹿だったのかな~。
神崎ちゃん、そんなにあたしのこと嫌いだったのかな~。
神崎ちゃんの片思いの相手に告白されたけど、あれちゃんと断ったんだけどな~。
あれ以来ずっとあたしに嫌がらせしてたからな~。
まあ、あたしも神崎ちゃんバイト先のファミレスの冷凍庫に閉じ込めたりしたからな~。
あん時はやばかったわ~。
店長が神埼ちゃんがいないのに気がついて冷凍庫から助けだした時、心肺停止状態だったしね~。
んでもって~。
目的地であるベルベルデ王国に到着したアタシらは船から降ろされ、港で待っていたトラックに乗せられて~、そのままジャングルの中にある軍の訓練キャンプに連れていかれたわけなんだけど~、キャンプに着くや、アタシらの前に見るからに「俺様は海兵隊で20年間鉛弾のメシを食ってきたんだぞ!」みたいなオッサンが現れて~、
「いいかー!よーく聞け!今日から貴様らは三年間このベルベルデ王国外人部隊「牙」の一員だ!国王陛下と王国のために反乱軍のコミュニストどもと戦えることを光栄に思え!」
なんてこといいやがるのよ~。
人を騙して拉致しておいて光栄に思えなんて~、ふざけてるわよね~。
「俺はジョーダン特務曹長、貴様らの訓練教官だ!お前ら新兵を徹底的に鍛えて、一人前の兵士にしてやるからな!口答えは一切認めない!俺の命令には絶対服従だ!分かったかこのタマなしども!」
そりゃ~、アタシは女だからタマはないけどさ~。
「貴様ら新兵なんか、いま戦場に送っても弾除けにもならない!だからこの俺が直々に貴様らを訓練して、どんなに過酷な戦場でも生き残れる兵士にしてやる!だが、そのためにはこれから数週間貴様らは血反吐を吐き、もがき苦しみ、それこそ死んだほうがマシだと思うに違いない訓練が待っている!しかしその苦痛に打ち勝った者だけが真の兵士になれるのだ!」
いや~、アタシは別に真の兵士になんかなりたくないし~。
「そして三年後生き残った者だけが生きて故国の土を踏めるということをよーく肝に銘じておけ!」
つーか、いますぐ家に帰せよな~。
まあ、いざとなったら脱走でもなんでもして~。
「なお脱走、命令無視は即刻軍法会議なしで銃殺になることも忘れずに覚えておけ!」
.........マジ?
「で、それからどうなったんですか?」
「ん?」
店の姉ちゃんが、注文した大盛りラーメンをもってきたんで、いったん話をやめて箸をつけようとしたら、カルロのやつがそう話しかけてきやがった。
ったく、人がメシを食い終わるまで待ってられねーのかよ!
これだから今のガキどもは困るんだよ。
全然待ってことができねーんだから。
犬だって餌をもらうとき、「待て!」といえば、三秒くらいは我慢できるのによ。
お前らが待つことができるのは、脳みそがおとぎの国に行っちゃってる連中が行く浦安方面にある娯楽施設のアトラクションに乗る時だけなんじゃねーか?
要塞喫茶・アキバ13ーリベンジ(その1~)