どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【第一章 第一話】
「なんで……僕は森の中にいるのでしょう?」
辺りを見渡せば、緑生い茂る草花達と、頭上を覆うように、密集した大きな木々達。そこは、先ほどまでのアスファルトで舗装された道路や、コンビニといった人工的に造られた建物はなく、自然あふれる空間が広がっていた。
「夢じゃ、ないよな」
お決まりの如く頬を抓るけど、予想通り痛覚は正常に機能していて、そしてなによりも、この暑さによってかいた汗が服にくっつく不快感は到底夢では味わえないだろう。
「現実……なんだよな」
途端、急激な喉の渇きに僕はゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
背中からはジワリと嫌な汗が噴出し、頭の中はごちゃごちゃとして思考がまとまらず、いつのまにか生まれた焦りは、次第に大きくなっていく――。
「と、とにかく落ち着こう」
パニックに陥りそうになる自分に慌てて、僕は大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
ふと、ポケットから携帯電話を取り出してディスプレイを見ると、そこには「圏外」という文字と、現在の時刻が映し出されていた。念のため、適当な相手に連絡を入れるも、やっぱり繋がらない。
「通話はできない、か。時刻は……さっき更衣室の時計で確認した時刻より少し進んでいるだけで――って、ちょっと待てよ。そういやこれって、瞬間移動した事になるのかな?」
これはもしや、テレビアニメや漫画等でよくあるように、ある日突然異端な能力に目覚めた主人公みたいに僕も「瞬間移動」という能力に目覚めたのではないだろうか。
だとしたら――。
「……ははは。ついに、ついに、僕の時代が来たんじゃないのか!? 大テレポート時代の幕開けだ!」
広々とした森の中、大きく腕を広げて叫ぶ僕の姿を見た人は、間違いなく全力で逃げるだろう。だけど、幼い頃によくカメ○メ派の練習をして、日々異端な能力者に憧れていた僕にとっては、この瞬間移動ができるのではないか、という可能性に興奮せずにはいられないのだ!
「こういうのって、移動先を思い浮かべて念じればいけるはずだ」
パシンと頬を一つ叩いて、僕は地べたに胡坐をかき、全神経を集中させて、自分の部屋を思い浮かべた。
しばらく目を瞑って集中していると、木々のざわめきの音や、どこからか聞こえてくる野鳥の鳴き声が止んで、その代わりに、ドクン、ドクンと心臓が鼓動する音が聞こえてくる。
――お? これは……。おおおっ、きた、きたきたきた! なんかいけそうな気がするぞ! むむむ……。そう……――今だっ!!
「テレポォォォォォォトッ!!」
体の底から這い上がってくる何かを感じ、それを吐き出すように叫んだ。
沈黙。
……うん。どうやら、掛け声が違うらしい。
「転移目標を僕の部屋に指定。いきます、転移!」
静寂。
「くそ! なんでできない! ポーズが必要なのか!? こうか! それともこうか!」
若干やけになりつつ、お寿司を握るように人差し指と中指を揃えて眉間に当てたりと、思いつく限りのポーズを試していく。
「こうなったら必殺の――」
そう言って、構えをとった瞬間――。
辺りに甲高い悲鳴が響き渡った。
「っ!?」
悲鳴なんてテレビのドラマやアニメぐらいでしか聞いたことのない僕は、その、本物の悲鳴を聞いてしばし呆気に取られた。
――今の悲鳴って、声からして女の人……だよな?
男にしては高すぎるだろうとその悲鳴は女の人によるものだと決め、早速悲鳴が聞こえた方向へと走り出す。
だけど、数歩行った所で足を止めた。
――ちょっと待て。悲鳴が聞こえたという事は、誰かがピンチ、もしくは自身が危険な事にさらされているという事じゃないか? だとしたら、今僕がその人の方へいったら僕までもが危険な目に合うのではないだろうか。もし、命の危険にさらされることなら尚更。今の僕、というよりも僕 に助けだせる程の力があるのかわからないし、ここは無闇に助けに行かなくてもいいんじゃないか?
そんな事をつい考えてしまい、また溜息を吐く。
「だ、駄目だ。凄くネガティブになっているよ……。ここは……うん、深呼吸だ。深呼吸」
数回深呼吸を繰り返すと、ほんの少しだけど、自分の中で熱していた何かが冷えていくのがわかった。
――そうだ。危険な状況に陥っている人がいるのを知っていて、知らぬ振りして見捨てるのは最悪な行為ではないだろうか? もし、死んでしまったら、いや、 実際に死なないかもしれないけど……だけど、この先、生きていく中で「見捨てた」という事実が一生付きまとわってくるのは確で……そんな中で生きていくなんてたまったものじゃない。
「はぁ」
自然と溜息が漏れた。それはあきらめという合図なのかもしれない。
「あー!」
そして、僕は意味もなく声を上げ――。
「命に関わるような事じゃないように!」
そう強く願いながら悲鳴の聞こえた方へと走りだした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕の日常を一言で言うと「平凡」と呼べる日常だった。毎日決められた時間に朝起きて決められた時間に学校へと登校する。
学校でもまた決められた時間割通りの授業を受け、そして決められた時間に終わる。
そんな「決められた」毎日を僕は送っていた。別にそんな日常に嫌気が差すわけでもなく、確かに退屈な日常かも知れないけど、僕にとってはこのぼのぼのとした平和な日常に満足をしていた。だって、ただ毎日決められたことをすれば良いだけのこと。そんな決められたレールをわざわざ外れる必要もないわけで、川の流れに従うように僕は日々を流れていくだけ。ただそれだけだった……。
当然命に関わる事なんてなかったし、交通事故にあわない限りは生きていく中で「絶体絶命」という場面には合わないだろうと思っていた。
そんな事を思っていた僕の眼に写るのは、一人の女性、というべきか、外見からしてまだ少女と呼ばれるであろう女の子が木を背に、尻餅を付きながら震えている姿だった。
少女が怯えた瞳を向けている方へと眼を向けると、そこには、眼を真っ赤に充血させて、鼻先に皺をつくり、鋭い牙を彼女に向けている、一見、熊にも見えるけど、凶暴という言葉を具現化させたような生物が、全身を覆う藍色をした毛並みを逆立てて「ぐるる」と唸り、今にも少女に遅い掛かろうとしていた。
僕はこの光景を木の影から見ていたが……まさに「絶対絶命」と言う状況じゃないか。
あれから走るに走って、悲鳴が聞こえた元へとたどり着いた僕だが、予想をはるかに超えた状況に、若干、現実味のなさを感じる。
頭の中に居座る天使と悪魔が「あれに関わると死にますよ? 逃げたほうがいいって!」と両方意見一致で僕に警告をだしているし、実際、膝がガクガクと震えて体に力が入りませんよ。
ほんと、なにあの化け物は? 熊っていうよりもRPGに出てくるモンスターだよ! それに助けるにしたってこのまま素手ではどうしようもないし。何か武器になる物……って、いやいや、実際にあの化け物と戦っても適うわけがないじゃないかっ。
ここは化け物と戦うのではなく、彼女から僕に標的を変えて、化け物が僕に気を向けている内に彼女が逃げて僕も逃げるという作戦でいこう。
僕は周りに何か投げられる物はないかと探してみると、あの少女の手元の近くに置かれた籠から転がる黄色い楕円状の物を見つけた。
それを拾い上げて、化け物を睨みつける。
未だ化け物は威嚇するだけで動きはないけれど、いつ少女に襲い掛かるかわからない。
――男を見せろ僕!
自分に活を入れ、若干やけになりつつも手に持っていたものを化け物に向けて大きく振りかぶり、投げつけた。
手から離れたそれは、綺麗な円状を描き、化け物へと向かっていく。
そして、鈍い音と共に化け物は外見からはそぐわない可愛いらしい泣き声を上げた。
「…………あ」
え? ちょ、ええ!? オイィィィィィ!! なに当てちゃってんの僕は! 普段はノーコンで定評があるのに、なんでこんな時だけジャストミートするのさ! って、いやいや、今はテンパっている場合じゃなくて彼女を逃がさないと!
「今のうちに逃げて下さい!」
「っ!?」
そう声を上げるも、彼女は今の状況に付いていけないようで、僕と地面にごろごろと転がる化け物を交互に見ている。僕はそんな彼女の様子に痺れをきらして荒々しい声で叫んだ。
「早く逃げろってっ!!」
その声に少女はビクッと肩を震わせ、一つ頷き、この場から逃げようとする。
だけど、地面に付いた腰が上がらないのか、何度も立ち上がろうとするけど、うまく立てないでいた。
「腰が抜けてる!?」
神様、そんなに僕がお嫌いですか。今だに化け物と少女の距離は変わらなく、危険な位置に彼女はいる。
僕は「くそっ」と舌打ちし、化け物に注意をはらいながら彼女の下へと駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「こ、腰が、抜けちゃった……みたいなんです」
そう言うやいなや、彼女の目からは涙が漏れ出した。さっきまでは離れていた所で彼女を見ていたけど、近くでみると彼女は「美」がつくほどの少女だという事が分かった。
顔立ちは見事にバランスがとれており、否になる部分は一つもない。長く伸びた金髪を後ろで一つにまとめたポニーテール。前髪から覗く彼女の瞳はなぜか黒ではなく綺麗な蒼色をしていた。
その瞳は今や涙によって少し赤くはなっていたが、涙のおかげで潤んだ瞳は一層綺麗に見える。
「あ、あの……」
「そ、それじゃ僕の背中に乗って!」
しばらく彼女に見とれていた自分に気が付き、慌てて彼女に背を向けて、背中に乗るように支持をする。
彼女は小さく返事を返し、身を僕の背に預けようとするが――。
『■■■■■■――!』
骨の髄まで響き渡るような獣の声。そう『アイツ』だ。僕の背に乗ろうと仕掛けた彼女は化け物の声に「ひっ」と悲鳴を上げ、両腕を僕の首に回し、思いっきり抱きしめ……いや、締め付けた。
「ぎぅ!?」
「あっ、す、すいません!」
慌てて力を緩める彼女に「大丈夫大丈夫、モウマンタイ」と言いつつ、開放感にさらされた首を摩りながら僕は大きく息を吸う。
「あの、大丈夫……ですか?」
「う、うん。大丈夫……だけど、大丈夫じゃないかも」
そう、先ほどまでもがいていた化け物は今や、目を充血させて僕達、いや、これは……ぼ、僕? ま、まさか、さっき当てたことに怒っているんじゃ……。
ああ、なんか僕って、非常についていないぞ……。
「ど、どうしましょう?」
そうだ、今は落ち込んでいる場合ではなく、この危機的現状をどうするか考えよう。
彼女を背負っている今、アイツから逃げることは無理だろう。それに後ろを向いて襲われたりしたら背負っている彼女が危険だ。だがこの状態でアイツに襲われても僕がやばいわけで……。
――あれ? これって、つんでね?
『■■■■■■■――ッ』
打開する術がなく頭を悩ます僕を無視して、憤怒した様子の化け物が僕達に迫ってきた。背負っている彼女は悲鳴を上げ、僕はどうする事もなく、ただ迫りくる化け物を眺めるだけ。
ほんと、何もできない自分に嫌気がさす。結局助けに来たものの僕が殺されて彼女も殺されるという、バットエンドの中でも一番最悪な終わり方だ……。
――でも。
――まだだ。まだ僕達は死んではいない。どちらかが犠牲になれば片方は生きられるかもしれない。
となれば犠牲になるとしたら僕だ。幸いアイツも僕狙いだろうし、へたに彼女を狙うわけでもないだろう。だったら、今僕がすべき事は――
「ごめん」
僕は彼女にこれからすることを謝罪した。
「え?」
呆気にとられた声を上げる彼女を無視して、思いっきり横へと投げ飛ばす。
可愛らしい小さな悲鳴が聞こえると同時に、胸がお湯をかけたように熱くなった。よくよくみると、宙には赤い、僕の血が飛沫のように散っている。化け物が僕の胸を裂いたのだ。
「ぐっ!!」
一瞬意識を手放しそうになるけど、なんとか気を保つことができた。
――大丈夫。僕はまだ生きている。
暗示をかけるかのように自分に言い聞かせ、僕は地面にころがる、先ほど投げた物を手に取り、化け物に向かって、それを押し付けるように殴りかかった。
こういう事に関しては運が良いのか、避けられる事もなく、すでに黄色くペイントされた化け物の顔面へと命中した。
『■■■■■■―――ッ!!』
「逃げてっ」
化け物の悲鳴を耳にしながら、地面へと尻餅をついている彼女に声をかけると、彼女はさっきまで上がらなかった腰を軽々しく上げて立ち上がった。彼女は「た、立てました!」と笑みを浮かべるが、今は笑みを浮かべるよりも逃げることだ。
「今のうちに逃げろっ!」
「あ、あなたはどうするんですっ!? 一緒に逃げないんですか!?」
「僕も逃げるけど今の状態じゃ足手まといになる。君は全力で走って逃げてっ」
「で、でも「いいからっ!!」っ!」
彼女は戸惑いを見せるが、意を決したように、ぺこりとお辞儀をして、走っていった。
「さ、てと……僕も、逃げる、かな」
化け物の様子を見るからに、思っているよりも時間を稼げるかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
走る。走る。なんのためにかって? アイツから逃げるために決まってるじゃないか。
あれから自分の全力をもって走ってきた。たぶん、ここまで本気で走るのは人生で初めてだろう。といっても全然早くもなく、早歩き程度の早さだ。
視界もだんだんとぼやけてきて、胸の痛みも今は感じなくなってきているし、足も錘を追加していくかのように重くなっていって……マジで、このままだと死ぬかもしれない。
――あの子は大丈夫かな?
ふと、先ほどの彼女のことが気になった。ちゃんと逃げているだろうか? ちゃんと逃げてくれなきゃ僕が命を張ったことが無駄になってしまう。
「っ……」
ああ、駄目だ。視界がグラグラしてる。てか、自分自身、よくまだ生きていられると思うよ。これじゃ先輩に「お前はゴキブリ並に生命力が強そうだ」って言われるわけだ。
「大丈夫ですかっ!?」
はは。彼女の幻聴も聞こえる。これはもう、ゴールしていいってことか? あ、そう思ったら急に眠く――。
「幻聴じゃありませんよ! しっかりしてください!」
「って、え? 幻聴じゃない?」
「はい! 幻聴じゃありません!」
ぼやけていた視界が少しだけクリアになると、さっき逃げたはずの彼女が心配した面持ちで僕を見ている姿がそこにあった。
「……おやすみなさい」
「きゃーー! 寝ないで下さい! 寝たら死んじゃいますよ!」
閉ざそうとしていた瞼をグイッと強引に開けられる。
「今、とても眠いんだ。もう、疲れちゃったよパトラッシュ……」
「だから寝ちゃ駄目ですって! ってパトラッシュって何ですか!!」
むむ。この子、こんなにツッコミを入れる子だったっけか? お母さんはそんな子に育てた覚えはありません!
「あなたには助けられましたけど育てられた覚えはありませんよ!」
はぁ、まったくこの子は……。って、さっきから心の声が彼女に読まれているのだけど……。
「あの……全部声に出てましたよ?」
「…………ぽっ」
「なんで頬を染めるんですかっ」
「で、な、なんで君がここにいるの? 逃げたはずじゃ?」
そうだ、確かに彼女は逃げていった。本来なら僕よりも遠くへ逃げているはずで、ここにいるのはあきらかにおかしい。
「やっぱりあなたを置いて逃げられません!」
「…………はっ?」
「今度は私があなたを守ります!」
彼女は胸の前で握り拳を作り、笑みを浮かべた。
「え、えっと、じゃ、何か策を考えているの? それとも何かアイツを倒せるようなものを……」
「いえ、何も持ってきていませんし、考えてもいません」
「即答!? てか何もないのにそんな自信満々だったの!?」
やばい。大声出したらまた傷口が痛み出した。僕は胸の傷口を手で押さえ、重くなった足を必死に動かし前へと進む。
まだ間に合うかもしれない。今はできるだけアイツから遠いところへ逃げなければいけないのだ。僕の血痕の跡や匂いで追ってくる可能性だって高い。
「今ならまだ間に合う。大丈夫。僕も止まるきはないから、君は先を行って――「もう、遅いです」 ッ!」
震えた彼女の声に後ろを振り向くと、そこには顔中黄色い液体を塗りたくり、眼を血まよらせ、鼻息を荒くさせた『アイツ』がいた。
「逃げろ!」
「いや!」
「何言ってるんだよ! 君がアイツに適うわけないだろっ!!」
「わかってます!!」
そう言うと彼女はグッと僕の前に出てきて、両腕を広げた。
まずい。これじゃ二人共殺される。またあの時と同じような事もできないし、なんてったって武器になるものは周りにない。
『■■■■■!!』
化け物が唸り声を上げながら、鋭くとがった爪を向けて容赦なく僕達に襲い掛かってきた。
――死んだ。
頭の中にそんな言葉が過ぎる。迫りくる化け物と、怖いにもかかわらず両腕を広げて僕を守ろうとする彼女。それは、まるで映画のワンシーンのようで、僕はそれを他人ごとのように見ていた。すべての動くものがスローモーションをかけたかのようになり、だけど確実に僕達は死へと向かっていた。
あとわずかまで迫ってきた化け物に対して僕は目を瞑る。
――18年間生きてきた僕の人生はこれで終わるのだろうか……。
つい数時間前まで過ごしていた平凡な日常に懐かしさを感じる。
もう駄目だと、僕はあきらめると、何かが風を切る速さで顔の横を通りかかった。
それは化け物に向かって、綺麗な直線を描いて飛んでいき、やがて化け物の眉間に鮮血の花を咲かせる。
『■■ォ!!』
眉間になにやら棒状の物を生やした化け物は短い悲鳴を上げ、やがてその大きな体は地面へと倒れた。
「…………」
――何が……起きたんだ? 何で、化け物が倒れているんだ?
「大丈夫っ!?」
一連の出来事に唖然としていた僕達に、いや、僕の後ろにいる彼女に凛とした声が掛かる。僕はその声につられて振り向くと、そこには大きな弓を構えた、これもまた綺麗な金髪の美女が立っていた。
「スピカさんっ!」
そう言って、先ほどまで唖然とした様子だった少女は、目の前の弓を持つ女性の元へと走りだして飛びついた。
「大丈夫だった!? 怪我はしてない!?」
「う、うん。大丈夫。そ、それよりもあの人が怪我をして!」
「っ!」
弓を持った、スピカと呼ばれる女性は僕に気がつくと、目を見開き、驚いた様子で駆け寄ってくる。
「はは、そんな顔をしないで下さい。大丈夫ですよ。これぐらい、舐めれば――あ、あれ?」
言葉を続けようとしたら、急に眠気が襲ってきた。次第に視界が狭まっていき、視線がどんどん下へと下がっていく。
ああ、たぶん、今僕は地面へと倒れようとしているのだろう。さっきまで聞こえていた周りの音が今は何も聞こえず、かすかに見える先には、少女達が慌てた様子で何かを言っている姿だった。
――こうして僕は、地面に倒れた衝撃と共に意識を手放した……。
どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【第一章 第一話】