空しい日


 私がツインボーカル兼キーボードで練習に参加しているバンドが、結成一周年を記念してレコーディングしよう、ということになった。メンバーは全員初心者だが、リーダーの友達にミュージシャンだという人が居て、いつも練習している楽器屋のスタジオへ機材を持ち込んで録ってくれるとのこと。
 実際にレコーディングするのは一曲の予定だった。しかし私達では最後まで決められなかったので、当日何曲かやってみてそのミュージシャンの人に決めて貰うことにした。
 その結果……キーボードも女ボーカルも要らない曲になってしまった。
 いきなりお払い箱か。
 わざとか。
 どうしてもと頼まれて加入したというのに。
 でも、がっかりしている様子を見せたくはなかった。そういうキャラではないから。いや、バンドなんて所詮遊び。私の本業はあくまで大学生。
 暇だから、楽器屋の入っているショッピングモール内をうろついてみることにした。
 一足早いバーゲンセールで賑わう中、「年賀状いかがですかあー」という声が聞こえてくる。吹き抜けから下を見ると、閉まっている郵便局の前に特設売場が出来ていた。そう言えば、去年の今頃は「バンドやることになりました」なんて張り切った年賀状を出したなあ……と思い出し、どよーんとした気持ちで二十枚ほど買ってみた。
 そのどよーんを引きずったままエスカレーターに乗ってぼんやり最上階まで戻り、本屋に入って思わず『人間失格』を購入。
 楽器屋傍の休憩コーナーの自販機でペットボトルのお茶を買って、ベンチに腰を下ろした。さて、と文庫本を開いたところでリーダーが出て来て、私を見付けると軽く手を上げた。そして、自販機で缶コーヒーを買うと私の隣に座った。
「何読んでるんすか?」
 ……なんでそうくる? と思いながらも、タイトルの頁を見せる。
「何なんすか、これから頑張ろうっていう時にそんな」
(私頑張ること何もないし!)
 と思ったけど、私は「ふふ」と笑うだけで特に何も言わない。バンドなんて遊び、遊び。
「なんかレコーディング難航しそうっすよ。ツレ、かなり音にこだわる奴なんでね」
 とかなんとか喋り出したのを、私は適当に聞き流す。
 もう、こうなったら服でも買いまくって帰ってやる。ヒョウ柄のコートとか、ケミカルウォッシュのショーパンとか、今度のバンド練習の時に着て来て、あんたをびっくりさせてやるからな!

空しい日

空しい日

設定:2008年

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-08-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted