朝の大学で
僕は今日も電車とバスを乗り継いで大学に辿り着く。山の中腹にあるため下界より気温がかなり低い、と思うのだが、バスから一緒になった辻田にそんなことを呟くと、
「そうか? 気にしたことないから分からん」
と言われた。そうだった、こんな適当な人物に言っても仕方のないことだ。はあ、という僕の溜息をかき消すように、辻田は言った。
「そういう話はスミエちゃんにしたら?」
そんなに都合良く住江が現れる訳がない、そう思った。もうお互いサークルも止めてしまって、長い間顔を合わせてもいない。半年ほど前までは、自然と皆でキャンパス内のベンチに集まっていたものだが……
「ほら、あそこ」
辻田が指差す方に目をやると、黄色い小さな背中があった。住江だ。
「スミエちゃ?ん!」
住江は女らしさの欠片もないから興味はない、などと言っていたはずなのに、辻田は遠くから大声で呼ぶ。
住江は顔だけくるりとこちらへ向けた。
「あ、おはようございます。お久し振りです」
「こんな寒いのになんでこんなとこ座ってんの? しかもそのフリース、なんか風通りそうじゃない? もっとダウンとか分厚いコートとか着ればいいのに」
いきなり返答に困るような話題を振るのはいつものパターンである。いや、普通の女子ならそこから話が膨らむらしいが(辻田曰く)。案の定、住江は「はあ……」などとしか言わない。
「ということは、スミエちゃんも特に山の上の気温とか考えてないっていうことか。決定。気にしてんのはお前だけ」
辻田は一人でべらべら喋り、僕の肩をぽんぽんと叩いて、「じゃあ」と図書館の方へ歩き出した。
「私、中にかなり着込んでるんですよ。あんまり凄いコート着てたら、電車で脱いでも持ち難いですから」
僕の目を見るでもなく、独り言のようにそう言って、住江は紅茶を飲む。大事そうに両手で缶を持っている姿は子供のようだ。いや、小さくて黄色くてもこもこしていて、ヒヨコのようだ。
「辻田の居る時にそれを言えばいいのに」
「辻田さんとと話するの苦手なんですよ。きっと辻田さんも私のこと良く思ってないはずです」
では何故辻田は声を掛けるのだろう? と首を捻った時、図書館の窓に人影を見付けた。辻田だ。僕と目が合うと、にやりと笑い、親指を立てて見せてから、背中を向けた。何なのだ。
「何なんですかね、あの人」
「さあ……」
何なのだ。何なのだ。
朝の大学で