内緒の席。
僕が図書館に行く目的は一つ。
――彼女に会うためだ。
一般的には本を探したり、借りたり、勉強したりなどの利用方法がある。
でも僕はそのどれでもなく、いつも窓辺の風通しの良い椅子に座って一人読書に勤しむ彼女を見に来ていた。
毎日、毎日とは言わないが週に2,3回は姿を見に来る。彼女は夕方の時間帯だけ毎日そこに座っていた。
まるでその椅子は彼女のためだけにおかれていて、そこが彼女だけのスペースに思えた。
サラサラで腰まで届く黒い髪、ふせられる長いまつげ、窓から日を受けながらも真っ白な肌。
彼女の一つ一つに恋をして好きになった。
いわば一目惚れってやつだ。
決してストーカーなどの類ではない。そこは注意してほしい。
僕自身、毎回本を何冊か借りてはいるのだ。ただ、それはついででやっぱり彼女に会いたくて来ている。
こんなに彼女を思う僕だけど、実際には話をしたことも目を合わせたさえなかった。ただ見つめているだけ……
それでもいい。
見ているだけで幸せなのだから。
それが数日続いて気づいたら一か月経っていた。
一方的な片想いだ。
僕だけが一人走って届くはずのない彼女に手を伸ばす。
でもその手を自分で制してしまうんだ。自信がなくて勇気がなくてそんな自分が情けなくて。
相手から話しかけてくれるのをジーっと待っている。
そんなことあるわけないのに。
今日もほんの少しの期待と、そんなことあるはずないと思う心を大いに抱えながら図書館へ足を運んだ。
「……あれ?」
彼女がいない。いつもいるはずの彼女が。
「あ、あの!…………あそこにいつも座ってた女性はどうしたんですか?」
居てもたってもいられなくなって僕は図書員の人を捕まえて聞いていた。そんなこと聞いたってわかる人の方が少ないとは知っていたが聞かずにはいられなかった。
図書員はおどろきつつも親切な口調である一点を指さした。
「ああ、お嬢さんですね。それなら今日はそこの古書の奥に」
古典から美術関連の様々なものがならぶ大きな古書。その奥に彼女が立って本を探していた。
「っ……」
急にあんなふうに取り乱した自分が恥ずかしくなった。
そのままその場を去ろうとすると、透き通った声が自分を呼び止めたのだ。
「――あの! この前持っていた本ってどれですか……?」
彼女だった。高くて思った以上に可愛らしい声だ。
「…………えっ、ああ、僕!?」
少しの間、その声に惚れほうけていると彼女が首をかしげて近づいてきた。
そしてもじもじしながらうつむきつつ先ほどより小さな声で尋ねる。
「その、ちょっと前にあなたが持っていた本が、気になったもので……」
「あっ、ああ。柊 幸助の『光が降った海』ってやつ?」
「そう、それ!!」
彼女が瞳を輝かせて身を乗り出す。その可愛らしい破壊力に僕はついよろめいた。
「大丈夫ですか!?」
彼女が心配そうな顔で僕を見る。
僕はまだはっきりしない意識でうなづき返すと、彼女の言っていた本の在り処を教えてあげた。
それからというもの、僕らは本についてよく語り合った。
ジャンルは広く、作者もさだまらない限りなく続く本の世界の話。それはとても楽しいものであった。
今になって思えば、僕はあの本に感謝しなければならない。なんていったてあの本のおかげで彼女と仲良くなり、そして――
まあ、あとは想像にお任せしたいと思う。一言だけ言っておけば
「窓辺にはもう一つ、椅子が追加された」
ということだけだ。
内緒の席。