最低最弱ダメ男のまんざらでもない一生

大学に現役合格したごくフツー(じゃない)の青年が、フザけて、遊んで、失敗して、笑って、疲れて、悲しくなって、満足して、終わる。
なんでもない世の中に飽き飽きした一匹のダメ男が、社会の中で歩き続ける。
途方もなく、どうしようもない話。そんな感じの話。

変化無しだけど何かが始まる四月

 四月八日、中高一貫の進学校での六年を経て、見事俺は大学に入学した。しかも、なんとあの日本で二番目くらいに難しいと言われる京大だ。
 嘘。本当は京都うんちゃらなんとか大学に受かって、省略したら格好いい名前になるだけだ。
 でも、国公立大学(理系)に入学できたことは本当だ。
 辛い受験勉強の果てにたどり着いた新入生一同を体育館? センターホール? 
 まあ、とにかく今俺たちはそういうところに集められて学長から挨拶を受けていたのだった。
 「ようこそ、新入生の皆さん。本学は社会に貢献し(以下略)」
 知るか、話長いわ。
 生まれてこのかた、三十分を超える話は開始五分後に夢の世界へと旅立つスケジュールになっていた。そんな俺が、学長先生様の多分立派であろうご講釈なんて耳に入るわけがない。
 加えて、ここで言っておこう。俺はバカだ。アイアムフーリッシュ。イッヒビンアイントイフェル。
 今みたいに中学生レベルの英文法も間違って使うほどの正真正銘のバカだ。
 かったるい講釈を夢の中で過ごして、出席の証として渡された用紙にテキトーなこと書き込んで、さっさと提出してその賢い人間が集まる空間から出て行った。
 重っ苦しい空気から解放されて青々と今日も晴れ渡った空の下で凝り固まった体を伸ばした。
ここからだ、俺の大学生活は。

 問題です。大学に入って、一番最初にするべきことはなんでしょうか?
 答えは、友達作りだ。
 少なくとも友達を五人は作る。そうすると、その友達が別の友達、あるいは先輩から講義の過去問をもらえるのだ。講義の試験なんて過去問の傾向がモノを言うから、過去問だけやっておけば単位なんて簡単に取れる。無駄なく勉強できるのだから、自由時間も増える。遊びに行けまくる。
 逆に、友達作りというセッションを失敗したものは、必然的にその恩恵を受けられない。延々と授業ノートとにらめっこして、暗ーい大学生活を送るのだ。
 しかも、後から作るというのも無理だ。友達というコミュニティは一度形成されてしまうと、なかなかその輪に新しく入れさせてもらえないのだ。
 つまり、今、この瞬間こそが大学生活でのリア充度を確立する分水嶺なのだ。
 この情報は、『やれば上がる』が売りの真剣的なアレのパンフレットに書いてあった。最初のうちはコツコツやってたけど、そのうち面倒になって最後の方は全く手を付けてなかったが、偶然、その一覧を見つけられたのだ。
 そんなことは今はどうでもいい。とにかく、『友達を作る』。これが俺の最重要任務だ。
 この任務のために俺はみっちり参考書を読んできた。(『歯がない』とかいうライトノベル)
 千ページを越える読書の量と(全巻読みました)、それによって得た情報(面白かったぁー)、
 これだけあれば楽勝だ。友達百人くらい簡単に作ってみせる
 
 まず一人目、
 シラバスのガイダンス終了後、隣に座っていた人当りの良さそうなチャらい感じのニイちゃんを捕まえた。
 「なぁなぁ、ここの入試、すごく難しかったよな」
 友達作りの定石、その一。共感できる話を振って親近感を持たせる。
 「そーなんだよ。マジやべー、っつかマジやばすぎるんですけどー?」
 食いついた。思った以上にちょろいぞ? 話し方がアレな感じがするけど、そのあたりは無視しよう。
 「そうそう、特にはアレヤバすぎなかった? 数学の大問3の関数の。アレ絶対京大のレベルだろー」
 「は? お前、アレできなかったん?」
 え? 何その『できて当然だろ』発言。
 「アレはトリどこだろう。アレできてなかったら確実に落ちるだろ、フツー」
 「あ、はい」
 「つかよー、物理の大問2の滑車の問題、アレ二通り解き方あるとか、どうなってんの?」
 「え? 二通り?」
 「あれ、力学的エネルギーの法則を使うんのもアリだけど、微分方程式でもできんだよ」
 「は、はぁ」
 「やってみたら、マジで出来てよー。そっちのが簡単だった訳よ。単純に質量をmにおいて、微分積分やってたら、数秒で出来上がりってそんなん赤本にマジ載ってなかったしー。サギだしー」
 「ヘェ、ソウナンダ。ア、オレヨウジオモイダシタ。マタナ」
 「おう、ガンバレだしー」
 俺はチャらいニイちゃんのそのセリフも聞かず、足早に逃げだした。
 「ダメだ。勉強のことは止めよう。チャラ男でもアレだ。絶対無理、ついていけねぇ」

 二人目
 次の獲物は、気の弱そうなメガネの野郎だ。
 俺には分かる。あいつは俺と同じ、二次元に毒されている人間だ。
 二次元にしか興味を持たない人種はカタギの方たちと趣味が合わず、社会への適応力が極端に低い。
 現に今だって、せっかく取れた食事のための席を後からきたリア充らしき集団に譲るほど、態度が低い。
 こういう人間は、同種の人間を見つけると磁石に近づけた釘みたいにあっさりとくっついてくる。
 そして、俺は、同種だ
 また、新しく席を見つけたそいつの前に相席して何気ない挨拶をかけた。
 「おい」
 「え!? 何!?」
 ちょっと声を掛けただけでかなり怯えられた。俺、そんなに怖い態度とったか? 不満はあるけれど、そこは後で友情によって修正されるだろう
 「なあ? マドマカ、って知ってる?」
 「え? うん、知ってるよ。ぼく全話録画して三周した(3回ずつ見た)から」
 Hit! キマシタヨー? 食いつきました、本日2回目!
 まどマジを知らぬオタクなど、この世には存在しない。これぞ、計、画、通、り!
 「あれ、基本的にどのキャラも好きだけど、お前誰が一番好き?」
 前回の反省を生かして、今度は相手に合わせる形で会話を進める。これは社会人でも通用する。テクニックだ。
 「ぼくは、断然マナミ派。あの子が一番可愛かった」
 「マナミかぁ、かなり人気あるよなー。ああ、でも彼女の最期は結構つらかったな」
 「あの回で、何回も見るの止めようと思ったよ」
 「そうだな~、それ思った」
 嘘です。マナミなんぞどうでもいいし、あんなアバズレ。主人公のマカちゃん見捨てて自分の願いを叶えようとしやがって。
 だが、嘘をつこう。『友達』のために。
 「でも、最終話では生き返ってきたし、良かったんじゃないか?」
 「は? きみ何言ってんの。アレはないだろー」
 「え」
 「最終話のあの展開だけはないわー。主人公が死んで全部元通りってご都合主義にもほどがあるっていうか」
 「なんだと、テメェ。マカちゃん死んだけど、あの子以外が助かってハッピーエンドになったんだからいいじゃねえか」
 「えー? ちょっとできすぎじゃない? 無理やり話の終わりを良く見せた感が強かったよ?」
 「うるせー、ハッピーエンドのどこが悪い! 全員幸せになったんだから良いだろうが!」
 「えー?」
 メガネ君は眉をひそめてすごく怪訝な顔をしている。どうあっても最終話が良い話だと認めない気だ。
 「もう、ええわ。じゃあな」
 こんなとこにいても、腹が立つだけだ、別のトコに行こう。
 あれ? なんか目的があったんじゃなかったっけ? まぁいいや、畜生め

 次の講義の教室で、くぁ~、とだらしないため息を吐いて蛍光灯が埋め込まれた天井を仰いでいた。
 「おかしい。何かがおかしい」
 『いや、おかしいのはお前さんの方じゃ』と、雲の上の神様が仰っている気がするが、そんな言葉は全く耳に入らない。
 そうだ、中高時代には俺にもちゃんと友達がいた。なら、そいつらとの出会いのときのことを思い出せばいいんだ。
 「おお!」
 思わず口に出すほどの妙案に感心して、俺は楽しかったあの六年前のことを思い出す。

 あのころの俺は良い子だった。ゲームはあまりせず(できず)、うちに帰っては勉強し続けていた(それ以外にすることがないから)
 礼儀正しく、まさに品行方正を絵にしたような人間だった。
 クラス内では、良い人間とも悪い人間とも評価されず、「おはよう」とクラスメートに挨拶をかけると、みんなも(苦)笑って返してくれていた。
 ある日のこと、放課後、荷物をまとめ終えた俺にクラスメートがやってきた。
 「俺、今日用事があって早く帰らないとだめなんだよ。悪いけど、掃除当番代わってくれへん?」
 と、彼は聞いてきた。
 そう。これがきっかけだ。この日のこれをきっかけにその後も、声を掛けられるようになり、別の人も声を掛けてきてくれていた。
 気づけば、毎日頼まれて、頼まれて、頼まれて……

 で、それだけだった。

 あれ? おかしいぞ? これじゃ、まるっきりパシリだ。
 いや、これからだ。しばらくして、ただ利用されていることに気づいて、皆に止めてくれるように言ったんだ。それで、ちょっとした騒ぎになって、それから――

 ――そいつらを全員、便器(大)の中に顔を沈めたんだ

 あれれー? おかしいぞー? 全く友達をつくった覚えがない。男子便所の個室を全て借り切った覚えしかない。どういうことだ!?
 もしかして、俺には友達がいなかった? 嘘だっ!! それは無い。それは無いはず。それは無い……よね?
 二年ほど前に機種変更したケータイのアドレス帳を開き、中高時代の友達のアドレスを検索した。
 あかさたな、は、ま、み、三羽。いた! 俺にいるはずの友達の名を見てほっと安堵の息を漏らした。
 せっかくだから、メールを送ってどんな風に友達になったかを聞いてみると、返信は思いのほか早く帰ってきた。
 まさかの『このメールアドレスは存在しておりません』の通知じゃないかと、少し焦っていたがちゃんと本人からの返信だった。
件名 Re:
本文 え? どんな風に俺が知り合ったかって、そんなん分かるわけないやん。気づいたらなってた、そういうもんやろ? きっかけなんてそんな特別なもの、いらんやんか。そんなことより、今度の土曜、またみんなでカラオケ行こうや
 三羽の何気ない返信は改めて友情の暖かさを教えてくれた。お互い、別々の大学に入って自分の人生を進んでいる。けれど、やっぱり俺たちはいつまでも友達なんだな。俺、少し感動した。
 「って、今はそんなこと聞いてねえんだよォ!」
 決して頑丈にできていないケータイを壁に叩きつけて、ガツンと音をたてた。周囲からの視線を背中から感じていたが、少なくともどれも好意的なものでないことが確かなので、さっさと逃げていった。

 ぼっち飯。それはその名の通り一人ぼっちで飯を食べること。命名者は俺。便所飯の下位(?)互換だと思ってくれれば相違はない。
 ぼっち飯は、その寂しさを代償にいつでも席に座って食べられるという嬉しい特典がついていて、俺は適当な空席に鞄をおいて昼食を取りに向かった。
 うどん・そば120円、カレーライスM336円、などなど。一般としては安めな値段でいろいろなメニューが並んでいて、学生は各自備え付きの盆を持って食堂のおばちゃんに注文していた。
 「さて? 俺の現在の経済状態は……」
 と、がま口財布を開くと、すぐに自分の鞄を持って2階にあるコンビニに行った。
 「手持ち83円ってにぎり飯も買えないじゃん」
 齢18歳と、もうR指定のお店に入れるようになったのに、今どきの小学三年生よりも貧弱な懐に悲しいやら情けないやら涙が出そうになりながら、10円のフーセンガムを一つ買って口に放り込んだ。
 「ん。結構うまいな」
 久しぶりに食べたフーセンガムは噛むたびにコーラの味が広がり、ガムのざらざらとした感触が下を愉しませた。
 すぼめた唇の間から下を少し伸ばしてフーセンの“口”を作り、少しずつ空気を送り込むぷわーっと膨らんでいった。
 軽い昼食、とは言えないが、とりあえず腹をごまかしながら空いた時間を隣の文具・書店で過ごすことにした。
 さすがは理系の大学ということもあって、その分野の本がずらりと並んでいた。
 ためしに一冊手に取って中をぱらぱらとめくってみると、
 「えっと? 『よくわかるC言語』。分かんねえよ!」
 と、元のところに叩きつけた。
 「あれ? ワッショイ?」
 若干、いらっと来てた俺に突然誰かが声を掛けてきた。
 ちなみに、『ワッショイ』とは、俺の中高時代のあだ名だ。
 自己紹介が遅れたが、俺の本名は若本昇也(わかもと しょうや)という。
 その性と名の最初をとって、わかしょう、わっしょう、ワッショイとおかしな変換が起きたのだ。
 そういうこともあって、簡単な推理をすると、今、声を掛けてきた人物は俺と同じ学校の出身者となるはずだ。
 俺と(親しい)友達のなかで、この京都うんちゃら(以下略)に来た人はいないはずだ。
 俺は声の主に向き直ってその人物の姿を認識する。
 そいつに焦点を合わせて、俺ははっと息をのんだ。
 まるで、そいつは暗い夜の中で一際、きらびやかさを放つ花火のような美貌を持つ女だった。
 「お前は……」
 と、言葉に詰まる。
 が、別に相手が美女だったからじゃない。単に名前を忘れていたのだ。
 (え? 誰だっけ? あの……名前が面白いやつ。はな……花火…………あっ!)
 花火の単語からインスピレーションと頼りない記憶力を使ってそいつの名前を言い当てる。
 「花菱瓔(はなびし よう)か」
 その名を口に出すとその人物に関する情報が頭の中に沸き立った。
 花菱瓔。成績は常にベスト10に入る実力をもち、身体能力は過去に少林寺に通っていたせいか凄まじく高い。まさに文武両道。そして容姿も端麗で中学1年から高校3年まで男子間でひそかに行われていた『彼女にしたいランキング』でも何度か1位にのぼるほどの完璧少女だ。
 あらゆる面でハイスコアを出せる花菱を知らない同学年の生徒はなく、あまり話したことのない俺でもそれくらいの情報を持つほどだ。
 (といっても、一番興味をもったのは、こいつの名前なんだけどな。なんだよ“はなびしよう”って花火がそんなにしたいのかよ、って話だ)
 「久しぶりー。ワッショイが受かったん、ここなんや。学部どこ?」
 あまり、いや全くと言っていいほど話したことがないのに花菱は人あたりの良い顔で俺のあだ名を呼んでいた。
 「機械工学部や。入学理由は、まあ色々あってな。お前こそ、なんでここにおるん? モノホンの京大を受けたんやろ?」
 言った後に、失礼だ、と思い、心の中で自分に怒った。
 だが、花菱はそんな質問を気にした様子もなく、快活に笑うと明るく返した。
 「あはは、ちょっと問題が難しくてな? でも、ここからなら大学院でもう一回京大に行けるし。ウチここから近いから、通学が楽って理由で。今はデザイン学部にいてる」
 「へ~」
 俺は他に言いようがあるはずなのに、そんな詰まらない返事しかできずに納得した。
 さっき言った通りこの花菱は人気が高く、かくいう俺も割と良いな、と思っていた。
 この目標へまっすぐ、ひねくれずに明るく進もうとする姿勢を、俺には無理だと思いながら中学に入ってからの6年間、ずっと憧れの目で見ていた。
 「ヨー」
 そのとき、俺からみて左から、メガネをかけたおとなしめな女が現れた。
 「ヨー、この人だれ?」
 「若本、高校の頃3年間ウチとクラスメートやってん」
 (あれ? そうだっけ? 全く覚えてねえわ)
 明るい紹介に感謝しているが、スマン。おれはお前のことあやふやにしか分からん。
 「学校じゃ、いっつも騒動を起こしたりしてオモろかった」
 「それは、どういう意味ですかねぇ、花菱さん」
 ついひきつった笑いを浮かべて、後から来た女をたじろがせたが花菱は堂々としたまま、話を続けた。
 「突然、歌いだしたり、テストの解答用紙に先生の似顔絵を描いて出したりしてたなぁ」
 「ん。それは、否定できひんな」
 (よくそんなどうでもいいことを。早う忘れとけよ)
 「他にもな、修学旅行の時とか――」
 依然として、花菱は嬉々と俺の過去を暴露する。
 「ちょ、ちょい待ちぃな。そんなん会ったばっかの人に言わんでええやん」
 「えー。なんで? オモろかったんやもん、良いやろ?」
 「いや、良いやろ、って言いわけねえっつーの」
 焦りながら、花菱の口をふさごうとする姿を見て気を許したのか、メガネの女子がくすくすと可笑しそうに笑ってくれた。
 良かった。少なくとも怖い人とは思われてないみたいだ、と俺も安心してかすかに微笑んだ。
 『これこれ、なにをしておるか』
 突然、神様(?)が俺の頭の上にどっかりと胡坐をかきながら言い出す。
 『なにを、ってなんだよ。今良い感じなんだから邪魔すんじゃねえよ』
 『そう。今はすごく良い感じじゃ。だからの? この流れのまま、ソヤツらを友達にしてしまうんじゃ』
 『なん……だと……』
 女子と友達。何その単語の羅列、知らないんですけど。俺が覚えている範囲で女子と話した記憶って、
 『ワッショイ、今日、何日?』『今日は十月三十日やで』と、『ちり取り取ってー』『あいよ』しか無いぞ。
 テレビで恋愛系の学園ドラマが、タンを吐き捨ててチャンネルを変える負け組の俺が、女子と友達になるだと?
 これは……これは、運命なのか? いつまでも友達ができなさそうな俺を哀れに思った神様の意志なのか?
 いやいやいや待て待て待て待て。女は腹黒いってテレビのバラエティでも言ってただろうが。さんざん奢らせるだけ奢らせて、金がなくなったら味のなくなったガムみたいに捨てる悪女が、二時間にわたって放送されてただろうが。これは罠だ。しかし、しかし……
 『どうしたんじゃ、昇也』
 今度は神様とは違う別の老人の声が天から聞こえてきた。
 『あ、あれは、おじいちゃん。写真でしか会ったことが無いけど、おじいちゃんだ』
 両脇から羽の生えた額縁に納められた厳つい顔の老人は口をへの字にしたまま言葉を発した。
 『昇也。人生というやつは、思い切りが大事なのじゃ。大きな一歩を踏み出せない奴に成功などありはしない。自信を持つんじゃ』
 それだけ言うと、遺影は天へと上り、光に飲み込まれて消えてしまった。
 『おじいちゃん……。分かったよ、俺、頑張ってみる!』
 俺は心を引き締めて、視線はまっすぐ二人をとらえる。
 あまり女子と話したことがないばかりに、ノドが乾く。
 相対性理論とかを無視して、時間が急に遅くなったように感じられ、何を話し、答えられた時のことを想定していくつかのパターンを考え出す。
 そして、時期を待つようにじっと耐えた後、自分の中の何かが爆発した時と同時に口を開いた。
 「俺と、友達になってくださいっ!」
 緊張のせいで不必要にボリュームの大きくなってしまった声は店中に響いた。
 その反面、俺と花菱とメガネの子は水を打ったように黙りこくった。
 「あ、あははは。そうやね。あ、でもウチら学部が違うしあんまり会えないかもしれんよ?」
 気まずくなってしまった空気を打ち破るように、花菱が笑いながら言ってくれる。それに便乗して俺も答えた。
 「そ、そうやな。会えないんじゃ意味ないよな。うん」
 「じゃ、じゃあウチら次、授業があるし。そろそろ」
 「あ、うん。じゃあ」
 二人の女子は正面の出入り口へ、俺は裏手の階段から出ていき解散した。

 頑丈な作りの重いドアノブを引っ張り、ガチャンとドアのツメが外れる音がさびしく鳴った。固く縛られた靴ひもがうっとうしい靴を脱ぎすてて玄関に上がった。
 「おかえり」
 台所で夕食の準備をしていた母親が顔だけをのぞかせて迎えてくれた。
 「ん? あんた、泣いてんの? 跡、ついてるよ?」
 「……いや。別に」
 生返事だけよこして、暗くて細い廊下を通って一番奥の自室に向かった。
 重たい鞄を放りだし服を脱ぎすてて、下着姿のまま布団に潜る。
 三つ折りに畳まれた敷布団の間のひんやりとした場所が色々と大事なものを失った俺の心を癒やしてくれたのであった。

 あくる日の三時限目、粗末な昼飯(十円ガム)を食し、満腹感に(強がり)眠そうになりながら午後のPCの授業を受けていた。
 伊達にオタクの仲間入りをしているわけではなく、一日のPCの使用時間は軽く四時間を超えている。なので、それなりに授業にもついていけると思っていたが、
 「なん~だコレ。さっぱり分からん」
 教員は横文字のプログラムの名前を矢継ぎ早にまくしたて俺の頭はショートしかけていた。
 そのとき、困惑していた俺の肩をちょんちょんとたたかれた。
 叩かれた方をみると隣に座っていた女学生が微笑みかけてきた。
 その光景に慣れていなかった俺は体をこわばらせ、女学生はそんな俺をお構いなしに腕を伸ばし、俺のPCのディスプレイに写るプログラムを指さす。
 その行為が助言であることに、一呼吸ほど時間をかけてから気づき、マウスを動かしダブルクリックをする。
 ようやく授業の課目のとおり、メールボックスを開けて俺はほっと安堵の息を漏らした。
 緩んだ気持ちでメールボックスを再度見たとき新着メールがあった。
 学内のPCとして俺専用のページができたのはつい十分前くらいのことだ。なのに、どこからかのメールが来ていることに首をかしげた。
 出会い系の広告メール特有の件名に「今なら」とか「無料」とかの謳い文句はなく、無題のそれになぜかそういったものでない安心感はあるが、同じくらい別の何かに対しての不安感がこのメールからにじみ出ていた。
 教員に聞こうかと思ったが、大学の教員はどいつもこいつも近寄りがたい感じがしてためらわされた。
 それでもこの謎メールの正体が胸につっかえ、少し逡巡したがメールボックスの開き方を教えてくれたさっきの女学生に聞くことにした。
 「あのさ」と声をかけようとしたとき、彼女の顔を見て続きを言わなかった。
 笑っていたのだ、それもさっき見た微笑みではなくいたずらっ子の無邪気な笑顔だ。
 それを見て確信した。このメールの送り主はこの人だ。どうやって俺に送ったのかは分からないけれど、わざわざ文章として伝えようとしている言葉があることは確かだ。最悪、ウイルスのような性質の悪いなにかであっても送り主が分かっているなら、意見することもできる。
 それなりの覚悟はもっていたが、軽い気持ちで新着メールを開く。
 画面は変わり、文書が現れる。まず映し出されたのはなぜかAC、公共広告機構のロゴだった。しかもシフトキーを押してACと打っただけのものではない。わざわざ常用漢字でない難しい感じを何個もつかってでかでかと二センチ平方ほどもある文字の集合体であらわされている。その右下には
「ありがとウサギー」、とTVの中でくるくるバレエを踊るあのウサギが記号の集合体として描かれていた
(? まだ下になにか続いてる)
ちょうどウサギの真下に大きくハの字に開いた吹き出しに――
『〇ン粉』
「うぉぉおい!」
盛大に張り上げてしまった叫びが部屋中に響き、教員たちから注意を受けたり奇異の目で見られた。
軽い謝罪に頭を下げて送り主の女学生にボリューム小さめのツッコミを入れる。
「女がこんな下ネタ使うなや。びっくりしたわ。思わず『コ』を『粉』にさせてしまったわ」
初対面の人に、ましてや女性に対してこんな口のきき方をするのはわれながら失礼な奴だと後になって思ったが、
そんなことを気にしていられないほどのショックを受けていた。
「女子ってこんなに簡単に下ネタ言えるのか?」
「そんなものよ。私の高校、女子高だったけど普通に使ってたし」
それが追い打ちをかけていることに気づかない彼女は

最低最弱ダメ男のまんざらでもない一生

最低最弱ダメ男のまんざらでもない一生

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-22

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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