くずれたじぞう
男は重いやまいにかかっていました。そして、まいにちがさびしくてさびしくて、しかたがなかったのです。
男は村のはずれに、ひとりですんでいましたが、ともだちとよべる人間が、だれもありませんでした。
と、いうのは、男がとても、きみょうな顔だちをしていたからで、目はまっくろくてまるく、鼻はつぶれたようで、口はたいへんおおきく、わらうとびっしりならんだ歯が、むきだしになるのでした。
もしも男が人間でなく、さるにうまれていたなら、これほどつらいおもいをすることは、なかったのかもしれません。しかし男は、さるのような顔をした、まぎれもない人間なのでした。
男の家のうらには、赤いまえかけをたらした、かわいらしいおじぞうさまがすわっていました。
おじぞうさまは古くて、からだは下はんぶんがくずれて、自分ではたてませんでした。なので、おおきな木のみきに、そっとたてかけられていました。ほそく月のようにわらった目は、いつもすこしばかり上をむいていました。
男はよく、おじぞうさまのまえにこしをおろして、はなしをしたり、食事をしたりしていました。
おじぞうさまのやさしげな目は、うれしそうだったり、ときにはかなしそうだったりするように、男にはかんじられました。おじぞうさまのふっくらとしたお顔を見ていると、身をさくようなさびしさが、すこしずつ、やわらいでいくのでした。
ある日、やまいがひどくなって、男はついに、寝床からでられなくなりました。
男はなんにちも、ふとんのなかでぼんやりしていて、見あげているてんじょうが、だんだん白っぽくなってきましたので、ああ、自分はもうじき死ぬのだろうとおもいました。
そして、さいごにもういちどだけ、おじぞうさまといっしょにすごせたら、どんなにか幸せだろうとかんがえたのです。
そのとたん、ふしぎな力がわいてきて、男はたちあがると、そとへでていきました。そして、やさしい苔のにおいのするおじぞうさまの、ちいさなからだをかかえて、床にもどりました。
男はそれきり、うごけなくなりました。やっとのおもいで目をあけますと、おじぞうさまがわらって、こちらを見ていました。
男のすがたは、たちまちいっぴきのさるに変わりました。さるは風のように、さむざむしいそとの世界にとびだして、村に背をむけて、とおくへはしりさってしまいました。
くずれたじぞう