語りあい(1)

会話、地の文、半ば習作

「ねえ?そんなに機嫌をわるくしないで?一体私の何がいけなかったの?」
違うんだ。君が悪いんじゃない。僕が、僕自身が、君とか、それ以外とか、とにかく僕を除くありとあらゆるものに対して、相対的に、悪いだけなんだ。
「言ってくれれば、何だってしてあげるわ。何でも、あなたが満足するものならば」
なら、いっそ、いっそのこと、殺してくれ。こんな僕を滅多打ちにして、生まれてしまった過失を、最初にして「最大の大間違い」を誰にでも分かる形で満天下に知らしめてくれ。僕は、今、君達に対して申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
「そうだ、旅行に行きましょう。あなたのお世話になっていたおじさんが、毎月秘密で私にお金を寄こしてくれていたのよ。そのお金で…。いやあね、ヘンな意味じゃないわ、そんな怖い顔しないでよ。あなたのお金に関する信頼がそれだけ低いってだけのことよ。…お金は最後のとき、もう本当に何も買えなくなって生活の危機極まったら使いなさいって念入りに釘をさされていたんだけど、えい、もういいわよね、ぱあっと旅行で使っちまいましょう。私もあなたもおじさんに怒られるかもしれないけど、しかたないじゃない、今がその生活の危機だもの。ね、いつ行きましょうか?明日、そう、明日がいいわね」
なぜ、そんなに僕に良くしてくれるのだ、君は。粉骨砕身、身を尽くし、それだけのことをこの男に施して何になる?おじさんに怒られるのだって、もう僕が周りの人間ほとんどにキ○○イと思われている以上、僕が生活費を一時の遊興に充ててしまったからといっておじさんも「ああ、またあのキの字が」と思われるだけであろうが、君は彼から信頼されていたのではないか。だからこそ、彼も、君に秘密に送ればお金を真に有効に使ってくれるだろうと思って君に送金したというのに、何故だ、そんな大事な、信頼の象徴のお金を僕の為の旅行なんぞに使って、君がいたずらに評判を下げるだけではないか。
おじさんもおじさんである。たまたま、幼少の頃に世話をしたからといって、今になってまで僕の面倒を見る必要もないではないか。こんな男、ばっさり切り捨てちまえばいいのである。そうして自分と、自分の家族の人生だけに目を向けておけばよろしい。娘さんももう年頃だろう。そろそろ嫁ぎ先の「世話」を考える時期ではないのか。そんな風な太平、平和、お変わりなく、のん気なことばかり考えておけばよいのだ。こんな男のいる、じめじめした生活の場所は、その記憶からすら閉めだしたほうがいい。昔の縁故?それが何だ。そんなものが真の意味を持ちえるのは、それが憎しみに関する時だけである。国でも、個人でも。僕はそう信じている。
はっきり言おう、僕は君たちに申し訳ないと思っていると同時に君達を軽蔑すらしているのである。いい加減気付きたまえ、君達が必死になって信じようとしている、その男の不甲斐なさと良心の欠如を。どんなに時間をかけて、どんな期待をよせても、それに答えられない人非人はこの世に、存在するのだ。君たちは不運にもそんな化け物につかまってしまったのだ。逃げろ!さあ!早く!!生きる意志がないのか!!
「どこへ行こうかしら?ゆっくりするのだったら温泉がいいわよね。ちょっと遠出して熱海か、伊豆か。ね、私、温泉まんじゅうって食べたことないのよ。あれってどこの温泉でも食べられるのかしら?ふふっ、楽しみね。大丈夫よ、いっぱい遊んで、いっぱい休んだら、また、頑張れるわよ。私も応援するから。ね?」
もう何と答えることもできずに、僕はずっと下を向いていた。その時の自分の目は、確かに昔、何かの虫を見降ろす目に似ていたと思うのだけれども、果たしてその虫はなんなのか、判然としないのである。

語りあい(1)

語りあい(1)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-21

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