星と少女
静かな夜の一つのお話
童話チックなお話
真っ黒なお空の端っこに、その小さな小さな星はおりました。
その星はいつもかすかにしか光っておりませんでしたので、仲間の星もお月さまも夜を飛ぶ鳥も、誰一人として小さな星に気づいていませんでした。
誰にも気づいてもらえない小さな星は、いつも一人ぼっちでした。
しかし、小さな星はさみしくありませんでした。
ずっと一人だった小さな星は「さみしい」という事を知らなかったのです。
晴れの日、雨の日、曇りの日、沢山の夜空を小さな星はひとりきりで過ごしました。
しかし、ある夜ひとりの女の子が小さな星を見つめていました。
女の子と目があった小さな星はおどろきました。
とってもおどろいて、ピカリっとまたたきました。
そんな星の姿をみて、女の子はうれしそうにほほえみました。
「お星様、お星様。なぜそんなにあわてているの?」
「なぜって、君がおれに気付いたからさ」
女の子にたずねられた星はこたえました。
しかし、女の子が不思議そうな顔をしているのに気付いた星は言葉をつけたしました。
「おれに気付いたのは君がはじめてだったからね」
「そうなの。それはとってもうれしいわ」
「そうかい」
あまりにも女の子がうれしそうに笑ったので、星はてれくさくなり目をそらしました。
「ねえ、お星様」
「なんだい?」
「お星様にともだちはいる?」
女の子にたずねられた星はこたえました。
「おれにともだちはいないよ。おれはずっとひとりだったから」
星のこたえを聞いた女の子はかなしいかおになりました。
「そうなの。お星様、さみしくないの?」
「さみしいってなんだい?」
「うーん、わからない。でもとっても胸がきゅうっとするの」
「胸が?」
「うん」
星はいままでの時間を思い返してみました。
「ああ。冬の夜におれの胸はきゅうっとしたなぁ。おれはさみしかったのだね」
「そうだと思うわ、お星様」
すんだ冬の夜をおもいだして、星の胸はきゅうきゅうといたみました。
「ああ。胸がいたい。ねえ、このいたいのはどうしたら良くなるんだい?」
「ともだちがいれば、いたいのは少しへるのよお星様」
それをきいて、星はかなしくなりました。
「そうなのか。しかしおれにはともだちがいない」
「あのね、お星様。わたしもともだちがいなくてさみしいの。
お星様、わたしとともだちにならない?
そして、いっしょにお話ししましょう?」
「おれもきみにそう言おうと思ったんだよ」
星と少女はにっこりとほほえみあいました。
それから毎夜毎夜、星と少女はたくさんはなしをしました。
少女は自分のまわりのたのしかったことやうれしかったことを、星は自分が空からみつけた珍しいものや美しいものをお互いに伝えあいました。
星は少女の話を、少女は星の話を聞きふわふわとしたやさしい気分になりました。
そして、かなしかったことは星と少女2人ともがお互いに話し合いました。
するとどうでしょうか。
話す前はきゅうきゅうととっても痛かった胸が、話し終わるころにはあまり痛くなくなっていたのです!
「すごいなぁ。君の言ったとおり、ともだちができたおれの胸はあまりいたまない。
まだすこしだけきゅうきゅうとするけれど、前みたいにかなしくはないよ」
「わたしもよ、お星様。あなたとともだちになって、わたしの胸のいたいのはとてもすくなくなったわ」
2人はにこにことわらいあいました。
「こほっこほ…」
不意に、少女がせきをしました。
「君、だいじょうぶかい?」
星はとても心配そうに尋ねました。
以前少女と話していた時も、このように少女が苦しそうなせきをしたことがあったのです。
「…へいきよ、お星様。おはなしのつづきをしましょう」
「でも君まっさおじゃないか!
だめだよ、もうやすみなさい」
「…わかったわ」
しぶしぶと、少女は白いベットに横になりました。
星の光に照らされた少女の顔は、夜の浜辺に置き去りにされた貝殻のようです。
星は、少女のことがとても心配になりました。
一日、二日たっても少女の顔は白く苦しげなままで、星と話すことはできません。
窓から星が少女にだいじょうぶかいと声をかけても、苦しげなせきしか返ってこないのです。
何日たっても苦しげな少女を思い、ひとりまたたいていた星の近くをカササギが通りました。
カササギはぴかりぴかりとせわしなくまたたく星が気にかかり、声をかけました。
「どうしたんだい。そんなにぴかぴかと光って」
「君はだれだい?」
もの思いにふけっていた星は、いきなりかけられた声に驚き問いかけました。
「私はカササギ。一年に一度、恋人たちのために橋を架けるのが役目なのさ。で、どうしたんだい?」
問いかけるカササギに、星は少女の事を話しました。
自由に羽ばたく彼ならば、少女を元気にする方法を知っているのではないかと思ったのです。
「その少女は病んでいるんだね」
「病んでいる?」
「ああ。弱っているのさ。君たち星が、光って消える前のように」
「彼女はきえてしまうのか?」
「いいや。死んでしまうのさ。人が消えることを死ぬというのさ」
星は、呆然としました。だって少女はまだとても幼いのです。
老いた星が消えるように死んでしまうなんて。
「なんとかできないのか?」
激しくまたたきながら問うた星に、カササギは難しい声で答えました。
「人は生まれて死ぬものだ。それは、太陽がのぼってしずむのと同じくらいにね。しずむ太陽をとどめておく事はできないだろう?」
「でも、しずむのが早すぎる。彼女はまだ、とてもちいさいんだ…」
消沈したようすで弱く瞬く星が酷くかなしげだったので、カササギは何とかしてやりたいと知恵を絞りました。
しばらく黙りこんでいたカササギですが、あることを思い出し再び口を開きました。
「そういえば、お月さまに聞いたことがある。君たち星が流れて消える時、願ったことは叶うそうだ」
「それは本当かい?」
「本当らしい。何人かの変わった星が願いをかけて流れていったそうだよ」
流れ星に願いをかけるのではなく、流れ星が願いをかけるのです。
しかし、今から消えゆくものが願う事などありません。なにしろ自分が消えてしまうのですから。
そして、自分が消えようとしている瞬間に他人のことを願うものも、いないとは言い切れませんが決して多くは無いでしょう。
星も人も、自分が一番大事なのですから。
しかし、この星は多くの星や人と違いました。
カササギの話を聞いて、うれしそうにぴかぴか光りだしたのです。
「おれが流れてねがえば彼女はたすかるのだね!」
「ちょっとお待ちよ。流れると言うことは、君は消えてしまうのだよ」
「そうだね」
「恐ろしくないのかい?嫌ではないのかい?」
星は思案するように2、3回瞬き、口を開きました。
「消えるのはおそろしいよ。しかし、おれが消えることで彼女がたすかるのならば、それはとてもしあわせなことだとおもえるんだ」
星の、迷いのない口調におもわずカササギは沈黙しました。
「きみにお願いがあるんだが、いいかな?」
「なんだい?」
「お月さまに、彼女のきおくを消してくれるようにたのんでくれないかい。おれにはできないことだから」
星の願いにカササギは仰天しました。助けたいと願うほど大事な人の記憶からきえるなど!
「何を言っているんだい!そんなの…」
「おれは彼女がたいせつなんだ。悲しむすがたはみたくないんだ…」
分かっておくれと光る星に、カササギは静かにうなずきました。
カササギの心の中は悲しみでいっぱいでした。彼らに何もしてあげられない自分が、かなしくなりました。
「さあ、おれは流れるよ。あぶないから遠くにいたほうがいい。…たのんだよ」
「…ああ」
「ありがとう」
カササギが星から離れると、星はぴかぴかと激しく瞬きだしました。
その輝きは今までのどの輝きよりも激しいものでした。
まばゆい光は、いのちの輝きなのです。
あの子がげんきになりますように、しあわせになりますように。
星は、願いと祈りを抱きながら輝き、消えました。
カササギは全てを見届け、白み始めた夜空に消えて行きました。
帰ろうとしている、お月さまを目指して。
*
初夏の風が吹きわたる草原の木の下に、白い帽子をかぶった少女が座っています。
肌の色は白いですが、頬は桃色に色づいていて、とても健やかな様子です。
しかし、その顔はどこかさびしげです。
少女は、治らぬ病に侵されていたはずでした。しかしある朝、少女の体は幼いころのように元気になっていたのです。
お医者様たちは奇跡と喜んでいましたが、少女はその日から寂しい気持ちが消えませんでした。
どんなに友達がたくさんできても、心のどこかがちくりと痛むのです。
友達をたくさんつくるのが夢だったはずなのに、心から幸せな気持ちになれないのです。
少女はため息をつき、草原を見つめました。
吹きわたる風が草を揺らし、まるで緑の海のようです。
ふと、彼方に人影を見つけました。
どうやらその人はこちらに向かって歩いてきているようです。
少女は誰にも会いたくない気分だったので、急いで立ち去ろうとしましたが、不思議とその人から目が離せませんでした。
どんどんと人影は近づき、ついに少女の目の前で止まりました。
それは、星のような色の髪をした青年でした。
見覚えなどない人です。しかし、少女の目からは涙があふれてきました。
急いで止めようとしましたが、裏腹にさらに多くの涙がこぼれました。
「すみません…」
謝る少女に、青年は頬笑みました。
「君はもしかして、寂しいんじゃないかな」
瞬間、少女の脳裏に大切な思い出がこみ上げてきました。
優しい言葉、瞬き、光、流れ星。
微笑む青年に、少女は満面の笑みを返しました。
「そうだと思うわ、お星様」
星と少女
読んで下さったあなたの心に何か残ったなら幸いです。