無い物ねだり


 男はやっぱり短髪やな。一回生の夏から、二年ほどロン毛の彼氏と付き合ってきたけど、はっきり言ってあんなワイルドな感じはもういいわ。
 斜め前であぐらかいてる、弟の親友君の頭見て思う。
 私の隣に居る弟は、ロン毛……までは行かんけど、前髪とか長くて顔にかかっててうっとうしい。時々かき上げたりするその動きが、かっこつけてる感じで気に入らん。
 この二人、ほんまにおんなじバンドでやってたんか? って思うわ。
 あれ? 前、親友君も髪の毛伸ばしてたことなかったっけ。そうや、高校の途中まで、ボブみたいな感じやった。上半分だけ取って赤いゴムでくくってたん、一回見たことある。それは男の髪型ちゃうやろ。あかんやろ。私よりかわいいやんか、って思ったな。
 うーん、かわいいって言えば、今もかわいいけど。ぱっと見、今年二十歳やなんて思われへんわ。十五でも通りそう。弟はもうおっさんっぽくなってきたけど……小さい時はかわいかったのになあ。
 そんなことぼーっと考えながら、親友君と弟がぼそぼそ喋るの聞いてる。
 もう三十分ほどこうやってうちの居間で床に四人で座ってるけど、全然話に進展は見られへん。弟と、親友君の妹ちゃんが、駆け落ち……しようとした、っていうけど、なんで駆け落ちなんよ。付き合いたいんやったら付き合えばいいんちゃうん?
 って、目の前の妹ちゃんに聞きたいぐらいやけど、妹ちゃんはずっとうつむいてる。泣いてるみたい。でも、二人ともそれは無視。弟、ほんまにこの妹ちゃんと付き合ってんのかな。駆け落ちするぐらい好きなんか? さっきから全然見もせえへんやん。
「はあ!?」
 何!? いきなり親友君がでっかい声出すから、私も妹ちゃんも、びくっ! ってなった。
「お前がはっきりさせへんからあかんねやろ! もうあいつとは会う気もないんやったら、きっぱり別れたらええんやろーが!!」
 弟指差してわめく親友君……声でか過ぎ。外まで聞こえてそう、って思って表の店の方見てみたら、お母さんと、アイスキャンディー持った小さい子までこっち覗いてる。そら覗くわなあ。
 それはともかくとして。親友君が怒ってんのは、弟には彼女が居んのに、妹ちゃんと付き合ってるから、なんやな。でも、それってそんな熱くなることか?
 ん? 待てよ、親友君、「あいつ」って言ったな。っていうことは、共通の友達か、ひょっとして元々親友君の彼女やったとか!? それを弟が横取り!? ……やり兼ねん。でもでも、そんなんなったら親友君怒るよな。殴り込んで来てもおかしくない。そんなことにはならんかった、っていうことは、親友君の方にも何か否があったんか? ま、そんなとこやろな。
 親友君、弟のこと睨んでる。ふふ、そんな目しても怖くないから。表情作ってるようにしか見えへんし。
 表情だけじゃなくて、声とかだってそうやろ。さっきでっかい声出したんだって、わざとらしいねん。なんか、何もかも、白々しいねん。芝居がかってるっていうか。熱い人間を装ってるっていうか。心にもないことばっかり喋ってるみたいに思えるのは、なんでやろ?
 まさか、ほんまに今この場面で演技っていうことはないよなあ。したってしょうがないもん。
 そういう風に見えてしまう顔、聞こえてしまう声、なんかなあ。それって、人生で色々損しそう。かわいそう。
 でもなあ、実際、心の底の底は、冷たい子なんちゃうかって思うわ。ちょっと前に道で会った時、私が先気付いて「こんにちは」って言ったら、こっち見て、一瞬考えてからにっこりして「あっ、こんにちはー」って返してきたけど、あの0.5秒ぐらいの間の「こいつ誰?」っていう顔が忘れられへんわ。いつも愛想いい感じやけど、やっぱりあれは作ってるんやろ?
 ほかにも知ってんで。去年やったっけ、バンドのライブの前日に、弟がバイクでこけて病院運ばれた時、ついて行った親友君、「明日弾けるんか?」って言ったらしいし。お母さんにその話聞いた時、ついに尻尾出しよったな、って思ったわ。私がその場に居ったら、ほっぺた一発叩いたったのに。そしたらまた親友君、土下座とかするんやろ。「ごめんなさい、明日のライブのために今まで一生懸命やってきたから、ついあんなこと言ってしまいました、心配してないわけじゃないんです!」とか言って、泣きそうな顔作って、謝る芝居するんやろ。
 ……芝居でもいいよ。芝居でもいいから、熱い子の方がいいよ。いつもにこにこしてて、でも気に入らんことがあったら怒って。そんな弟の方がいいよ。何でも言い合いたいわ。
 彼氏だってそうや。私の話黙って聞いてくれてたけど、その時は意見を言う訳でもなくうんうんって聞いといて、後になって、あの時こんなん言うてたんが気に入らん、とか言い出すんやもん。そんなん、もう嫌やわ。なんでいちいち顔色伺いながらデートせなあかんのよ。そっちが「お前の行きたいとこ連れて行ったる」って言うからあの店リクエストしたのに、自分で運転して行っといて、着いてから文句言うなんて、酷いわ。あの車の中の二十分間は何やったんよ。私が「嫌なんやったら他のとこにする?」って言わなあかんかった、とでも言うん?
 あかん、そんなこと考えてたら泣きそう。とにかく今は、弟と、親友君の妹ちゃんの、駆け落ち未遂についての話し合いや。
 なんて言っても、何を話し合うんよ? 私、姉やっていうだけで、完全に部外者やん? 手の甲で涙拭いてる妹ちゃんに、ハンカチでも出したげるべきなんかな。
 ――って思った瞬間に、親友君が、ジーパンのお尻のポケットからくっちゃくちゃのタオルハンカチ引っ張り出して、妹ちゃんの手に持たした。
 私も、そんなんして欲しかったわ。
 彼氏のアホ。
 ――うわあ、どうしよう。涙出て来たやん。
「……あ」
 あ、とか言わんといて、親友君。ほっといてくれていいから。こっちのことやから。
 困った姉弟で、ほんまにごめん。

無い物ねだり

無い物ねだり

設定:1994年

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-07-31

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