デンジャラス☆プリンセス
プロローグ
「……あっぢぃ」
地面から引き抜いた、ぶっとい大根を手に、サーシャは低く唸った。
季節は夏真っ盛り。熱帯エリア仕様の野性モンスターですらもバカンスに繰り出すような、うだるような暑さの頃。
サーシャは野暮ったい作業着に身をくるみ、農作物の収穫に、せっせと勤しんでいた。
「姫様。お手を休めずに。このままでは、日が暮れてしまいますよ」
声はサーシャの右斜め前方から。つるつるとした光沢が眩い新鮮そのもののトマトを片手に、長身の若い男が爽やかに微笑みかけてくる。
「うっさい。エロメガネ! だったらアタシの分も、お前がガンバれっ!」
白い根元に赤茶色の土が付着した大根を籠に放り込み、ぶっきらぼうに言い返す。
「何を、おっしゃいます。今回のご依頼は、実に一週間ぶりに頂いたお仕事なんですよ。それを有り難いとも思わず、ましてやお一人だけサボろうなどと。嗚呼、今は亡き女王様が聞いたら何とお嘆きになるか……」
「んあーっ! わーったわよぉー! もういいから、とっとと終わらましょーっ!」
じたばたと両手を振り回して抗議する、この可憐な美少女。
サーシャ・シルフィス。御年、十五歳。
ファラミア女王国の前女王であるエリシャ・シルフィスの長女であり、王位継承順第一位のこれでも列記とした、お姫様。俗に言う『ぷりんせす』である。
そんな高貴なる血筋のお嬢様が、なぜこんな場所で汗水垂らして農作業に励んでいるのかというと、それを一から話すには、とてもじゃないが尺が足りそうもない。
よって事実だけを端的に説明させてもらうと、要は、女王である母の死をキッカケに勃発した醜い権力抗争に巻き込まれてしまったのだ。早い話が『次期、国王は我々○○派の擁立する○○様じゃ~』とかいうアレのコトである。
サーシャ自身、元々、王女なんてポジションには猫の額ほども興味はなかった。正直、自分にそんな大層な役回りは向いていないと思うし、何より王宮などと狭い世界に押し込まれて暮らすなんて真っ平ごめんだった。だから「そんなもの欲しけりゃ、紙に包んでくれてやるわーん」くらいに思っていたのだが、もちろんそうなワガママが通るわけもない。王位継承となると、もはや自分一人の問題ではなくなってしまうのだ。
つまり、誰が王女に選ばれるかで、その後の王宮内の力関係が一変してしまうというわけ。
そしてその王位継承という絶好の機会を利用し、権力や利得を得ようとするものが現れるのは、もはや世の常。母の死をキッカケに、新女王を高らかに叫ぶ勢力が乱立したのだ。
こうして王宮はサーシャを正統な女王とする正統派、そしてサーシャの三つ下の妹を新女王とする新女王派。そして側室(この場合、女ではなく、男の方を指す)の子こそ新女王だと宣言する第三勢力が誕生。ここにめでたく、王位継承ウルトラバトルが勃発したのである。
そうして三者陣営入り乱れる血みどろの暗闘の果て、サーシャたちは命からがら城を抜け出してきたのだった。
そう。お気づきの通り、サーシャたち正統派は完全敗北を喫したわけである。正義は勝つとはいうけど、現実はそんなに甘くはないのだ。
その後は想像に難くないだろう。国を追われたサーシャの逃亡生活は実に凄惨たるものだった。『元王族』という身分を隠し、王宮から放たれた刺客から逃げ続ける日々、日々、日々……。もちろん、以前までの右手団扇のウハウハ暮らしは、どこ吹く風。急転直下の貧乏暮らしへレッツ・ラ・ゴーである。
「朝日とともに目覚め、太陽の恵みの下で働き、日暮れとともに眠りにつく。実に人間らしい生活ではありませんか」
で、サーシャの横で清々しく青春してる、このメガネ男子。
磨き抜かれた黒曜石のような黒髪に、「日焼けって、なんでしゅかー?」とばかりに、嫌味たっぷりの白くて透き通った肢体。少女のような線の細い顔立ちに、黒フレームの眼鏡がトレードマークの自称『サーシャの後見人』。
フェイル・ザン・アルザール。十七歳。またの名を『エロメガネ』。
城から脱出した際、サーシャに唯一随行してきた騎士(ナイト)様だ。これでもファラミア女王国内に五人しかいない誉れ高き【ナイト・ロード】の称号を得ており、ひ弱な外見に反して、かなりの実力者。
幼少の頃からサーシャの付き人として長い時間を共に過ごし、かれこれ十年以上の付き合いになる。何でも母である女王とフェイルの父親が古い知人であり、その関係でまだ幼かったフェイルを城で預かることになったらしいのだが、その辺の詳細は不明。おかげで「もしかして、なんかエロい関係とかなんじゃないだろうな?」とか疑ったこと数知れず。でも、そこはあえて言わないのが大人ってもんだ。
「はぁー……。毎日毎日、過酷な労働に次ぐ、労働……。いつの時代も、美少女は過酷な運命を辿るものであるぞよ~」
母国を追われ、国境を超えた隣国に身を潜めるサーシャたちは、現在、魔導ネットワークを通じて依頼を引き受ける『トラブルシューター』業で生計を立てている。
その名も『何でもオマカセ! ぷりんせすっ☆』。あ、今「バカっぽい」とか思った、キミ。……その感想は、大正解! なぜなら、これは徹夜明けの悪乗りテンションで命名した、純度百%のジョークネームなのだ。
だが、それが功を奏したのか、結構ウケているのだから世の中何があるのか分からない。今では月一で開催される武術大会の賞金に次ぐ重要な資金源だ。もちろん、出場しているのは、愛しのフェイルお兄たま~(はあと)。王族としての教育を受けてきたサーシャは、どちらかというと魔術を専門に学ばされてきたので、必然的にそういう役回りは男の子のフェイルくんが担当なってしまうのだ。
そうして、あくせくと日々の糧を稼ぐ毎日。
「ああん……。ポヨンポヨンの、お姫様ベッドで、ゆっくりお昼過ぎまで眠りたひ~」
まるでサラマンダーのファイアブレスに焼かれたような熱気にヒーヒー喘ぎ、そしてまた今日も一日が過ぎていく……。
「くっはー。ちゅかれたぁ~……」
夜空に向かって大きく伸びをし、サーシャは背中から倒れこむように大の字に地面に横たわった。夜気を含んだ草原のふかふかの感触が気持ちいい。ああ、お星様が視界いっぱいに広がってる~。キレーだわーん。
「これで、今回の契約は終了ですね。お疲れ様でした。姫様」
月明かりの下、手のひらサイズの四角い端末を叩いていたフェイルが微笑みかけてくる。さっきから、せこせこと奴がいじっているのは、いわゆる携帯型の情報端末の一種で、いつでもどこでも魔道ネットワークに接続できる優れものの『マジックアイテム』だ。
魔道ネットワークとは、世界中に張り巡らせた魔道端末を通じ、相互通信をすることで構築された超大規模通信網のことである。様々な情報のやり取りをリアルタイムに行うことが可能で、通常は専用の施設などで利用するのが一般的となっている。
サーシャたちが所持している携帯型は安定通信といった側面から見ても、まだまだ課題が多くあるため、一般普及までには至っていない。そもそも値段からして目が飛び出てしまうほど高価なため、とても一般人には手の出せる代物ではないのだ。だからといって盗んだわけじゃないぞ。武道大会の副賞として献上された、列記とした正規ルートで手に入れたアイテムなのだ。
「ふぃー。仕事を選ぶような立場じゃないとはいえ、早朝から日が暮れるまでの重労働は、さすがに堪えるわよねー」
自慢のすべすべ雪肌も、日焼けでこんがり色づいてしまっている。仕方がないこととはいえ、そこは年ごろの女の子。炎天下での屋外の作業や睡眠不足によるお肌の荒れは悩みの種だ。そもそも、同じ時間、紫外線ビームを受けているのに、ほとんど日焼けしないフェイルが恨めしくてしょうがない。
「依頼料の振込も確認致しました。それと、これは先方から選別にとのことです」
傍らに置いてあった茶色の紙袋を、こちらに寄越してくる。よっこらしょと身を起こし、袋をガサゴソしてみると、なかには見るからに新鮮なトマトやらジャガイモやらキュウリやらが詰まっていた。おお、今朝、引き抜いてやったダイコンちゃんもいるではないか。
「んー。鮮度抜群。おいしそ! で? あと、どれくらいお金は残ってるの」
言いながら、瑞々しさ満点のトマトに、ぶしゅっと歯を突き立てる。乙女の柔肌のような果肉を突き破ると、溢れ出るような果汁が一気に口中に充満する。んぐ。甘みと酸味が絶妙じゃな。
「はい。現在、約一か月は俗に言われるニートさん暮らしをするほどの蓄えがございます」
「うーん。それでも、一か月かー。やっぱ武道大会で大金稼げなくなったのは痛いわねー」
三ヶ月に一度、首都で開催される武道大会の優勝賞金は、当然のことながら高額。実際、この国にたどり着いた当初は、その賞金を元に生活費などを工面していたのだ。しかし、毎回、圧倒的な強さでフェイルが優勝をかっさらってしまうため(それも、ほぼ一撃ノックアウト)、回を重ねるごとに参加者が減少。さらに、毎回同じ人物が優勝することで、武道大会自体の盛り上がりも一気に下火に。「どうせ、また優勝はあの野郎だろ?」的な、しらけた空気になってしまったのだ。
これに危惧を抱いたのが主催者側。「これは、いかん。いかんぜよ!」と大人たちが額を突き合わせて対策を練った結果 ファイルに殿堂入りという、とっても名誉な称号を押しつけることに決めたのだった。
それにより、フェイルの出場資格は永久に消失。殿堂入りしたからと言って何がどうというわけでもなく、ただ体よく追い出されてしまった格好だ。ま、わからないでもないけどね。
「ふーむ。で、例の件は相変わらず進展ナシなのよね?」
「はい。申し訳ございません」
背筋を伸ばしたフェイルが深々と低頭する。この話題になると、さすがにこの男も、しおらしさを覗かせる。
「奴が最後に出現してから、約三年、か」
そろそろ表舞台に現れてもいい頃ではあった。いや、近いうちに必ず姿を見せるはず。最近、そんな予感がビシバシと心に訴えかけてくるのだ。
「お気持ち、察するに余ります、姫様。ですが、ここは焦らずに参りましょう。チャンスは必ず訪れますから」
「んなこと、わーってるわよん」
母国からの追っ手を振り切りながら、ヤツの情報が入ってくるのをひたすら待つ。もどかしい状況だが相手が相手ゆえ、闇雲に動きまわることは得策ではないのだ。
「国外に逃亡して、早五年か」
隣国であるこの国に身を置くサーシャにも、ファラミア女王国の情勢は嫌でも耳に入ってくる。最終的に勝利したのは新女王派で、サーシャにとっては実の妹が即位したことになる。クーデターを成功させたことにより、母の代から続く王宮内の勢力は綺麗に一掃され、王宮内の主要ポストはすべて新女王派によって取って代わられているようだ。新女王派は、名実ともにファラミア王国を牛耳る勢力となったわけだ。
「……ま、今のアタシには関係ないけどさー」
女王の椅子なんて、もともと欲していなかったのだ。そんなことよりも、サーシャにはやらなければならないことがある。それを達成するまでは、何が何でも死ぬわけにはいかない。
「素性を隠しながら、謎の解決屋として名前を売っていく。そうすれば、いずれ必ず奴に繋がる有力な情報が得られるはず」
お金も入るし、一石二鳥。玉石混合たる魔道ネットワークの情報を頼りにしらみつぶしに潰していくよりも、よほど効率がいいし、信ぴょう性も高い。そもそも、表立って活動できないサーシャたちには、今はこれしか方法がないのだ。
残ったトマトを口に放り込み、そのまま寝転がって夜空を見上げる。解決屋としての実績を積み重ねていけば、いずれはどこぞの国レベルの仕事も舞い込んでくるかもしれない。そうすれば、しめたものだ。あらゆる情報媒体を駆使し、必ず奴の尻尾を掴んでやる。
「……ふぁーあ。にしても、今日は一日シンドかったなー。さすがのアタシも疲れちゃったわーん」
ふかふかの草原のベッドで、ころりんと寝返りを打つ。よほどのことがない限り、宿屋の類は利用しない。これ、倹約する身ゆえの心得である。合言葉は『贅沢しません。勝つまでは!』
「あー。お星様が、キレーだにゃー」
夜空の星を一つ一つ数えているうちに、ほろほろと意識がまどろんでいき、いつしかサーシャは深い眠りに落ちていった。
香ばしい匂いが鼻腔を刺激し、次の瞬間にサーシャは目を覚ました。
んぐ。寝起きの食欲をダイレクトにそそる、実にいい香りぞよ。まだ完全に覚醒しきらない脳で、がばっと身を起こす。ふんふんと匂いのもとを辿っていくと、赤々と燃える炎に香ばしく焼かれる串付きの鳥肉が視界に映りこむ。
「あー。とりしゃ~ん」
じゅうっと脂を炎に滴らせる美味しそうな鳥肉に、たまらずサーシャは飛びつこうとして──がっしりと背後からその体を抑えつけられた。
「何をなさっているのです、姫様。鳥肉ともども丸焼けになるつもりですか」
「うー。焼き、ぷりんせすのできあがりー」
「全然笑えませんから。寝ぼけてないで、いいかげん目を覚ましてください」
だらだらと涎の線を地面に引きながら、フェイルに抱えられて炎から遠ざけられる。ほけーっと、地面にお姫様座りをするサーシャに、フェイルがまず水筒の水を手渡してきた。半ば無意識に口をつけると、爽やかな香りが口から鼻へと突きぬけるように広がっていく。むむ。この香りは、どうやらエモーショナル・フルーツが絞ってあるな。エモーショナル・フルーツとは、この地方の名産である果実で、爽やかな酸味と甘みが特徴のグッドテイストのフルーツだ。緩んだ意識も、少しずつ引き締まってくる。
「……ごきゅ、ごきゅ……。ふぃー。ふっかーつ。おめめ、ぱっちりよん♪」
「まったく。姫様の寝起きの悪さときたら。いつになったら改善されるんでしょうね」
言葉とは裏腹に愉快そうに呟きながら、フェイルが炎で焼かれた鳥、すなわち焼き鳥に、小瓶に注がれた酒を浴びさせる。ああやってチキンに吟醸酒をたっぷりとかけて焼くと、鳥の臭みが抜けるのだ。十分に焼き上がったのを見計らい、手持ちの塩を少量振りかける。
「ん。あんがと。んじゃ、いただきまーす」
フェイルが寄越してきた鳥肉に食らいつく。……はふはふ。んぐんぐ……。
「ん。んまいっ! やっぱ人間、鳥食わなきゃね。とりー」
飢えた猛獣よろしく、こんがり焼かれた鳥にがっつくサーシャ。こういう場合、花も恥じらう乙女とか、そんな小さなこと気にしちゃいけないぞ。逃亡生活は、何と言ってもワイルドさが必要なのだからして!
そうやって、しばらくまん丸お月様の下で、お食事タイム。
「んー。おいち(はあと)。あとはこれで、食後のスイーツでもあれば文句ナッシングなんだけどー」
「ご安心ください。そうおっしゃると思いましたので、先ほど姫様がお休みになっている間に 僭越ながら、特製スイーツのご用意を……」
「見つけたぞぉ! こんなところにいやがったのか、てめぇらァ!」
と、穏やかな夜を台無しにするダミ声が暴力的に響き渡った。心当たりのある声に「まーた、あいつかよ~」か、と半ば辟易しながらも、無遠慮に近づいてくる足音にサーシャは言葉を返す。
「あー。『ゴキゲンクラブ』の皆々さんじゃなーい。やっほー。調子はどーですかー」
「ボチボチでんなー……って、ちっげェーよっ! 『極悪倶楽部』だ、ゴ・ク・ア・ク! 何度言ったら覚えやがるんだ! てめぇはっ!」
現れた三人組の中央、丸太のような右腕に、ごっつい手斧を握ったリーダーが激しく憤る。
「どっちだって似たようなもんでしょ。ったく。よわっちいくせに、懲りずに毎回絡んできちゃってさー」
「んだ、てめぇ、コラ! 誰が弱いだ! 泣かすぞ、女ァ! らァ! ボケぇ! こらァ! カスぅ! 女ァ! ボケぇ! はげぇ! ボケぇ! 女ァ! こらァ!」
毎度のことだが、こいつはもっと気の利いた殺し文句は言えないのだろうか。腕っぷしと同じく、オツムも弱い。子供のように喚き散らしながら、それだけ本格仕様の斧をぶんぶん振り回す。弱い犬ほどよく吠えるとは言うけど、こいつはその典型だな。
「あ、兄貴ぃ。い、いいかげん故郷(くに)に戻りましょうよぉ。こいつらに関わると、ホントにロクなことないんですからァ」
リーダーの陰に隠れるように斜め後方に、ちょこんと立つ背の低い少年が、今にも泣き出しそうな声で懇願する。
「ああ? このオレが、こんなクソチビガキとポンコツ・メガネに舐められたまま、大人しく地元に帰れるかよッ! なァ! お前も、そう思うだろ!」
「イエス・アイ・ドゥー」
チビッ子の反対側に位置取っていた、ひょろ長い青年が甲高い声で返答。その反応にリーダーは満足そうに数度頷くと、びしっと斧の先端をサーシャたちに突き向けてきた。
「そういうわけだからよォ! お前らは、ココで死んでもらうぜェ!」
「どういうわけよ。ったく、もう」
鳥肉の脂で、てらてらと光った口元を拭い、サーシャは小さく吐息をついた。
この三バカトリオとの絡みも、もう何度目になるだろうか。元々の因縁は、このバカリーダーが武道大会でフェイルに敗北したのがきっかけであり、それ以来、しつこくサーシャたちに付きまとってくるようになってしまったのだ。
「アンタら、マジでしつこいのよ。もう異常を通り越して病気の領域でしょ。それとも、美少女なアタシにホレちゃったりでもしちゃったー?」
瞬間、リーダーの顔が、ファイアブレスに炙られたがごとく、ぼっと音を立てて真っ赤に燃え盛った。
「げ。もしかして、図星とか」
「ち、ちちちちちげーし! 別にオレ、お前のことなんか……何とも思ってねーし! マジでねーし! マジそんなことねーし!」
ゆでダコのような顔面で、もじもじしやがる。うえ。マジか、こいつ。
「そう、だったんスか……兄貴。そういえば、あの日以来『週刊イケメンズなう』とかいう雑誌を読んだりと、やけにオシャレに気を使うようになってたから、おかしいなーとか思ってたんですよね。にしても、目的がメガネじゃなくて、まさか女の子のほうだったなんて……」
「イエス・アイ・ドゥー」
チビッ子が、ひょろい兄ちゃんに、ひそひそと耳打ちする。途端、リーダーの鉄拳が二人の頭にゴチーンと飛んできた。潰されたカエルのような悲鳴を合唱させ、二人揃って地面にしゃがみ込む。
「うるせえぞ! お前ら!」
「だ、だってぇ……」
「イ、イエス・アイ・ドゥー……」
ぎりぎりと歯ぎしり混じりに子分たちを睨みつけ、振り切るようにリーダーがサーシャたちへ向き直った。
「もう許さねぇ……。お前らは完全にオレを怒らせた。お望み通り、この日のために特訓した必殺技を、てめぇらにお見舞いしてやるぜぇ……!」
「アンタが勝手に怒ってるんだし。しかも、こっちはそんなの全然望んでないし」
「うるせェ! この気持ちは女にはわからねえよ! 男の生きざまを見やがれぇ!」
別に、そんな生き様見たくも何ともないが、こうしていても事は収まりそうになさそうだ。やれやれだぜ。
「仕方ないわねー。フェイル、適当にあしらっちゃって」
「あまり気は進みませんけれど」
苦笑しつつ、フェイルがリーダーに相対するように進み出た。それを見るや、リーダーが真っ黄色な歯をむき出しにして笑う。
「ふっ。とうとう出てきやがったな。ここで会ったが百年目だ! 食らいやがれ、ポンコツメガネ! ひーーーっさつ! ブーメランッ・トマホークぅうぅうぅッ!」
野太い叫びと同時に天高く跳躍するリーダー。跳躍の最高点に達するや、所持していた斧から青白い燐光が放たれた。おお? いっちょまえに、あいつ魔導を使用してやがるぞ。
リーダーの地を引き裂くような気合一閃が轟くや、頭上高く掲げられた斧がオーバースローで撃ち放たれた。魔導で超パワーアップしたトマホークの一撃が、月明かりの夜空を凄まじい勢いで引き裂き、フェイルに襲いかかる。
「ふむ。これまでのような通常バトルでは勝てないと悟り、マジックウェポン(魔導武器)を使用してきましたか。正しい判断です」
対して、特に動揺する様子も見せることなく笑顔を浮かべるフェイル。まるで三時のティータイムでも楽しんでいるかのような、実にリラックスした佇まいだ。しかし、それもそのはず。次の瞬間、強烈な縦回転で迫る渾身の一撃を、ちょこんと首を傾けるだけで見事回避。
「はい。残念でした。ですが、今回は今までで一番グッドな攻撃だったと思いますよ。そうですね。特別に、六点差し上げましょうか」
長めの前髪を手直ししつつ、リーダーの攻撃をそう評価。確か前回は二点だったから、かなりスコアを伸ばしたんじゃないかな。
「ふっ。喜ぶのは、まだ早ぇーぞ! ポンコツメガネ!」
にやっと不敵な笑みを横切らせるや、リーダーが音高く指を鳴らした。瞬間、彼方に飛翔していったはずのトマホークが、ぱあっと眩い閃光を放つや、鋭い弧を描きながら反転。モスグリーンの軌跡を宙に棚引かせ、倍速スピードにまで昇華した斧が、フェイルの無防備な背中を強襲する。
「ふははははっ! バカめ! 一撃目は囮だよッ! 本命は、こっちなのさァ!」
してやったりとばかりに、リーダーが背を反らして笑いを弾けさせる。対するメガネの優男は、微動だにすることなくただその場に立ち尽くしている。
「あ、兄貴。そういえば一つ疑問があったんですけど」
すでに勝利を確信しているリーダーの横で、おチビちゃんが、ぼそりと呟いた。
「あ? なんだよ」
「いえ、あの技なんですけどね。もし、もしも、ですよ? 相手に当たらず、万が一よけられたらでもしたらどうする……」
その時。正面を向いたままのフェイルの口元が、にこりと綻んだ。そしておチビちゃんの懸念を成就するかのごとく、ぎりぎりまでその身に迫った斧を、ひらりと跳躍して回避。
攻撃対象を失ったトマホークは、そのまま持ち主の下へと、ご帰還し──。
「は? し、しまった! よけられた後のことを……考えていなかったぜぇえぇえッ!」
満点の星空の下。怖気のするような鈍い音が、天高く迸った。
「これに懲りたら、もう来ちゃダメダメよー」
せこせこと逃げ去っていく三バカトリオを見送り、それからサーシャは「はーっ」と疲労の乗った溜め息を吐き出した。
「ったく。あいつらときたら。毎度毎度、お騒がせしてくれちゃうわ」
気分直しにとフェイルの淹れてくれたダージリンティーを、ずずずと啜る。ん、おいち。お前のこういう気の利くところだけは、アタシも嫌いじゃないぞ。
と、不意にピロリっと軽快な単音メロディが鳴った。どうやらフェイルの携帯端末当てにメッセージが入ったらしい。
「ん。新しい依頼?」
「はい。しかし、こんな時間に依頼の連絡とは珍しいですね。察するに、よほど急を要するものかと……」
メガネ越しの瞳を端末の画面に向けた途端、フェイルの口元に微かに力が込められる。
「……その反応、ヤツが関係してるのね?」
サーシャの指摘に、フェイルがメガネのブリッジを押し上げ、短く頷く。
「はい。真偽のほどは定かではありませんが、どうやらそのようです。……我らが宿敵。『ジョーカー』が、現れたようです」 続く
デンジャラス☆プリンセス