現代のシンデレラ姫

       現代のシンデレラ姫


恋に破れた一人の20代後半の女性がいた。何の取り得もないごく普通の女性だった。でも心は人一倍きれいであった。きれいというより純粋だった。その女性の名前は中山美里。そんな女性がある日のこと一人の男性に声をかけられた。それはデパートでのショッピングそれも女性の売り場だった。
“もし、お嬢さん、お金を支払いますので一時間だけ話し相手になっていただけませんか?”
その女性は一瞬戸惑った。そして考えた。そういう口説き方、聞いたことがない。その男性の外見は普通の身なりだった。
“なぜ私をお金で買うのですか?”
“僕はあなたを買うのではなくあなたの持っている時間を買うのです。”
その女性はキョトンとしていた。そして言った。
“わかったわ。一時間だけ売りましょう。”
そういうと男性は歩き始めた。女性は黙ってあとをついて行った。
エスカレーターの方へ向かいそれに乗るとそのまま出口の方へ向かった。通りを横切って少し歩くと小さなカフェーに入った。男性は椅子を引き女性がそれに座ると男性も腰掛けた。すぐお店の係りの人が注文を聞きに来た。男性はメニューを見て
“お好きなのをどうぞ”
と言って女性にそのメニューを渡した。女性は一通り見ると
“私、オレンジジュースにします。”
男性は係りの人を呼びコーヒーとオレンジジュースを注文した。
“一つお聞きしていいですか?”
“はい、何でしょう?”
“なぜ僕に時間を売ってくれたのですか?普通奇妙に思って相手をしてくれません。”
“そうですわね。反対に私はその表現に興味を持ちましたの。”
“あなたも変わった方ですね。申し遅れました。僕は水越と云います。”
“私は中山と云います。”
その時注文のコーヒーとオレンジジュースが運ばれてきた。
“ところで中山さん、声を掛けられるというのはどんな気持ちなんですか?僕はそう思いながらその反応を見ているのですが”
“人によると思いますが私に関して云うと私は一度恋に失敗しています。もうどうにでもなれという気持ちなんです。”
“なるほどそういうこともあるんですね。反対にそういう場合だんだんと男性を見る目も出来ますね。”
“確かにそうも云えます。でもそれによって反対に自信を失い自分を身構えるかすべての男性に身を任せるか、考えたら恐いですわ。”
“中山さんはどちらなんですか?”
“水越さんはどちらとお思いになりますか?”
“そうだね、身構える方ではないね。かといって身を任せる方でもないね。あえて言うとその中間、一番好位置についているんじゃないのかな。”
“面白い表現だわ。私の場合そうかもしれません。一度失恋すると要領を覚えるのかな”
“ところで中山さん、お願いがあるのですが聞いてくれますか?”
“今度は何ですか?改まって”
“僕の仮のフィアり一途に美里の成長に一身をささげていた。ンセになってくれませんか?”
“突然どういう意味ですか?いくら何でもまた私を傷つけたいのですか?“
“いや、お礼はたっぷり致します。必ず!”
美里は思った。少しこの男性の遊びに付き合ってみようと、
“わかりました。で、私は何をすればいいのですか?”
すると水越は一枚の名刺を差し出して言った。
“この名刺を差し上げますので一週間後に連絡をして下さい。“
その名刺には水越と書いてあり携帯番号のみ書いてあった。そう言うと水越はレシートをつかむと先に出て行った。美里は一人取り残された。何かキツネにつままれた感じがしてまさかあの人はキツネでは?美里はほほをつねってみた。「痛い」夢ではないと一人ジュースを飲みながらますます好奇心を募らせる美里であった。あすからまたつまらない一週間が始まる。それまでの辛抱なんだと自分に言い聞かせて美里はお店をあとにした。


美里は中学の時父親をなくし母に育てられ母子家庭として過ごした。大学を卒業するとある商社に事務員として採用された。そこで知り合った人と恋をして結婚寸前になっていた。ところが美里の境遇を知ってその人は他の人と結婚してしまった。その人はすでにヨーロッパに転勤になって日本にはいない。美里は目標を失い半ば流れのままに生きようと今に至っている。仕事として海外との取引が多く世界を飛び回っている男性のアシスタントでもあった。海外からの電話も多くあり語学力のある美里にはうってつけの仕事であった。あまり残業もなく定時に帰ることが多かった。美里は母と二人で
マンション住まいであった。その母親は美里が就職すると病弱にな
そのせいもあって美里は仕事が終わるとデパートへ食事の支度の準備や休みの日はショッピングに行ったりしていた。そんなこともあり会社の人達とのお付き合いもあまりなかった。そんなある日の仕事帰りに高校時代の友人にばったりと会った。
“美里、偶然ね。”
“あら、みゆき、どうしたの?”
“仕事帰りよ”
“どこの会社に行っているの?”
“メーカーよ。薬のメーカー、暇よ、今不景気でしょう。私はどこかへ転職しようかと迷っているの。どこかいいとこ知らない?
美里はどこに勤めているの?”
“私は商社、ほどほどに忙しくてね。”
“ちょっと話さない、一時間ばかり”
美里は時計を見て
“いいわ、一時間位なら”
“それじゃ決まり、あそこのカフェーへ行きましょう。”
二人はカフェーへ向かった。カフェーに入るとすぐ係りの人が注文を聞きに来た。二人ともジュースを注文した。
“美里、噂を聞いたんだけど失恋したんだって?”
“ええ! 誰がそんなことを?”
“いやあねー そういう噂はすぐ広まるのよ。恋をするときは誰にも言わない方がいいよ。女は皆、敵よ!”
“私は誰にも言ってないわ。”
そう言って美里は少し考えた。いくら考えても思い当る節は見つからない。でも会社の人はとふと思った。一―二回美里にデイトを申し込んだ男性がいたけどその辺からもれる心配はないし
“どうしたの?美里、そんなに真剣に考えて気にすることないわ、男はいっぱいいるわよ。私だってまだよ。どこかにいい男はいないかしら?”
“みゆきはいいなー そういう大らかな気持ち、私も見習わなくちゃ、そうそう みゆき、世の中にはいろいろな男性がいてね、この間、デパートでウインドウショッピングをしていたら男性から声をかけられたの、それも婦人売り場で、いい度胸をしていると思わない?”
“それで美里はどうしたの?”
“いいよ、と言ってついて行ったの”
“そんなことしたら尻軽女に見られるわよ。”
“ちょっと聞いて、単なる誘い方ではないの、だからついて行ったの。”
“じらさないで早く言いなよ。”
“それがね、あなたの時間を買いたいと言うの。”
“ますますわからない。一体、どういう意味?”
みゆきは体を乗り出すようにして美里の次の言葉を待った。
“私に仮のフィアンセになってくれと言うの。そして一週間後に電話してくれと言うの。”
“何?、それ、どういうこと?まるでキツネにつままれたみたい“
“私だって、わからないわ、でも見た感じはその男、悪い人には見えなかった。だから引き受けたの。”
“美里も懲りてないわねー その男、いい男でしょう、”
“普通よ。”
“そうおー? まあ、いいわ、その続き、また教えてね、”
“いいわよ、”
その後は話題の中心は美里の高校時代のなつかしい思い出話でそこを引き揚げた。
その後一週間経ち、仕事を終えると美里は水越へ電話を入れた。すぐに出た。
“もしもし、中山と申します。水越様はいらっしゃいますか?”
“はい、水越です。中山さんですね。お電話お待ちしておりました。打ち合わせしたいのでこの前お会いしたお店に明日7時に来ていただけますか?”
“はい、わかりました。”
そういうと電話は切れた。美里は明日どんなことを依頼されるのか考えると不安もあり好奇心もあり今までになく心がわくわくして来た。あの日、失恋というか自分の境遇を知って去って行った人、いつか自分にふさわしい人が現れるだろうと期待して今迄やってきた。そしてそれをいやが上にも水越に重ねようともした美里だった。


あくる日、美里はいつものように出勤していつものように仕事をしていた。なぜか不思議と気持ちが高ぶっていた。美里は冷静になるように気持ちを抑えようとした。もうあの想いはしたくない、そう思いながら時間は過ぎて行った。仕事を終えると待ち合わせ場所へ向かった。五分前についた。お店は割りとすいていた。係りの人が注文を聞きにきた。美里はジュースを注文した。すぐジュースは届いた。冷たくおいしかった。五分過ぎた頃入口に水越の姿が見えた。服装は少しおしゃれをしていた。
“やあ、お待たせしました。”
“私もさっき来たばかりです。”
係りの人がすぐやってきた。水越もジュースを注文した。
“中山さんには先ず両親に会っていただきます。それから順次指示いたします。”
“ご両親も欺くのですか?”
“いえ、一時的なことです。どうぞご心配なく、”
そのときジュースが運ばれてきた。
水越はゆっくりジュースを飲んだ。美里は思った。この人は一体何をしようとしているのだろう。もしかして好きな人がいて私を替玉に使う。ただ親を安心させるために、なぜそこまでして、わからない。でもこれも私の勝手な推測で果たして何をしようとしているのか見届けたい。
“中山さん、何を考えているのですか? 私が何をしようとしているかを考えているのでしょう。そうでしょう。”
“はい、そうです。何を考えていらっしゃるのですか?”
“それはその内わかります。今のところは黙って従って下さい。ところで中山さん、好きな人はいますか?”
“なぜですか?”
“いえ、特に、意味はないです。そうですね。悪い質問をしました。お詫びします。”
“素直なんですね。お見かけに似合わず、”
“いやあ、まいったなー 中山さんにはかなわないなー はっきりものをおっしゃる。”
“これが私の性格です。”
“そうですねー ヒントを言いましょう。あなたの推測どおりです。”
この人私の考えが読めるのかしら?
“なぜそう言えるのですか? 私、何も言ってないのに、”
“そう何も言ってないです。人間って口に出さないとわからないものなのでしょうか?私はそうは思いません。心のきれいな人は読めます。”
“私の心がきれいとお思いになられているのですか?”
“そう、私に何かを求めているでしょう。何かを期待しているでしょう。ご期待を裏切らないように努力します。”
美里は思った。この人はほんとうに私の心が読めるのかしら?美里は次第にその様に思うようになった。しかし過去に痛い想いをしているので気持ちを引き締めることも忘れなかった。
“水越さんは読心術でも心得ていらっしゃるんですか?”
“なぜその様に思うんですか?”
“最初の時から人の心を読む練習をしている様に感じました。”
“そう言われてみればそうですね。確かに女性の心というのは私には未だにわかりません。でも僕にとってはものすごく興味があるのです。”
この際、美里はとことん質問をしてみようと思った。
“水越さんは女性のどこに魅かれますか?”
“これはこれは質問攻めですか。まー、いいでしょう。そうだね、女性の心というのはなかなか複雑で僕にはまだ未知の世界です。仕草すべてが魅力のポイントです。”
そう言いながらも水越は一つ一つの質問に答えていた。さらに美里は質問を続けた。
“ゲイやニューハーフなど興味はお持ちですか?”
水越は質問の内容が急にゲイの話になったので驚いた様子だった。
“反対に中山さんは興味はありますか?”
“先に水越さんの方から答えてください。”
“僕は全く興味ないね。だって不自然でしょう。男は男、女は女、自然の摂理には逆らえません。でも悪いことではないでしょう。その人によるのではないでしょうか?”
“正常なんですね。最近の男性にはゲイやニューハーフの人が多いと聞いております。見かけでは全く区別はつきません。ただ女性に興味を示さないのが唯一の判断材料の様です。私もそんな人には興味はありません。“
“お互いに正常な人間でよかったですね。今度お会いする時は私の両親です。いいですね。私は先に行きますのでゆっくりして行ってください。”
そういうと水越は2千円をレシートの上に置いて席を立った。美里はもう少し突っ込んだ質問をしようと思っていたが肩すかしをくらった感じだった。美里は水越の生活に次第に関心を寄せ始めて来ていた。そして次は仮のフィアンセとして両親に会うことになる。何か人の恋愛を第三者として観察することの別の楽しさが沸いてきた。外を見るともう薄暗くなって来ており窓ガラスには美里の姿が映し出されていた。季節も春へと向かっていた。そして少し日が長くなってきていることを感じている美里であった。この時間になると帰宅する人、カップルでデイトをする人、はっきり別れてくる。鏡に見入っていると美里の姿のうしろの方で男性の姿が目に入った。そしてテーブルには女性の姿が見えそこへすわった。観察していると何か言い合っている様にも見える。その内女性の方が怒って席を立って出て行った。美里はなおも観察し続けた。男性の方が圧倒されていた。その内男性も席を立ってレジの方へ向かった。その時何かを落とした。美里はすぐさまそれを拾いに行き
“あの!、落し物ですよ。”
と言ってそれをその男性に渡した。
“ありがとうございます。”
この際、美里はとことん質問をしてみようと思った。
“水越さんは女性のどこに魅かれますか?”
“これはこれは質問攻めですか。まー、いいでしょう。そうだね、女性の心というのはなかなか複雑で僕にはまだ未知の世界です。仕草すべてが魅力のポイントです。”
そう言いながらも水越は一つ一つの質問に答えていた。さらに美里は質問を続けた。
“ゲイやニューハーフなど興味はお持ちですか?”
水越は質問の内容が急にゲイの話になったので驚いた様子だった。
“反対に中山さんは興味はありますか?”
“先に水越さんの方から答えてください。”
“僕は全く興味ないね。だって不自然でしょう。男は男、女は女、自然の摂理には逆らえません。でも悪いことではないでしょう。その人によるのではないでしょうか?”
“正常なんですね。最近の男性にはゲイやニューハーフの人が多いと聞いております。見かけでは全く区別はつきません。ただ女性に興味を示さないのが唯一の判断材料の様です。私もそんな人には興味はありません。“
“お互いに正常な人間でよかったですね。今度お会いする時は私の両親です。いいですね。私は先に行きますのでゆっくりして行ってください。”
そういうとと言って出て行った。
水越は2千円をレシートの上に置いて席を立った。美里はもう少し突っ込んだ質問をしようと思っていたが肩すかしをくらった感じだった。美里は水越の生活に次第に関心を寄せ始めて来ていた。そして次は仮のフィアンセとして両親に会うことになる。何か人の恋愛を第三者として観察することの別の楽しさが沸いてきた。外を見るともう薄暗くなって来ており窓ガラスには美里の姿が映し出されていた。季節も春へと向かっていた。そして少し日が長くなってきていることを感じている美里であった。この時間になると帰宅する人、カップルでデイトをする人、はっきり別れてくる。鏡に見入っていると美里の姿のうしろの方で男性の姿が目に入った。そしてテーブルには女性の姿が見えそこへすわった。観察していると何か言い合っている様にも見える。その内女性の方が怒って席を立って出て行った。美里はなおも観察し続けた。男性の方が圧倒されていた。その内男性も席を立ってレジの方へ向かった。その時何かを落とした。美里はすぐさまそれを拾いに行き
“あの!、落し物ですよ。”
と言ってそれをその男性に渡した。
“ありがとうございます。”
美里はその時その男性の何かしら心に惹かれるものを感じた。そしてその後美里もお店をあとにした。


あくる日いつもの様に仕事をしていた。そしてお昼に弁当を買いに行った。美里のいつもの光景だった。突然うしろから声をかけられた。
“あのー もし、先日財布を拾ってくれた方ですね。”
美里はうしろを振り向いた。そこにはカフェーで財布を拾ってあげた人が立っていた。
“あっ、あの時の方、”
“あの時はほんとうにありがとうございました。お礼に今日突然ですがお時間あればお食事をごちそうしたいのですがいかがですか?”
美里はつい言ってしまった。
“はい、いいですよ。”
“よかった。そうしましたら7時に一越デパートの前でいいですか?”
“はい、わかりました。”
そう言うとその人は行ってしまった。
美里はあとから思った。なぜすぐ「はい」と言ったんだろうと、あの人は会社の人だったのか、そう思いながら事務所へ戻った。仕事を終えると待ち合わせ場所へ向かった。その人はすでに来ていた。
“やあ、”
“すみません、遅くなりまして、”
“いえ、私の方こそ早く来てしまってすみません。さあ、行きましょう。”
そういうと先に歩き始めた。美里はあとについて行った。通りを抜け細い路地に入ると暖簾のかかった小さなお店に入って行った。一見一杯飲み屋に見えるが中は食事中心の田舎風であった。テーブルにすわった。おかみさんが現れた。
“いらっしゃい、今日は何にしますか?これが今日のお勧めだよ。”
“そうだね。それじゃ、これを二つ下さい。”
“あいよ、”
そう言うとおかみさんはカウンターの方へ戻って行った。
“よく来るお店なんですか?”
“そうなんです。このお店は僕の親戚の知人のお店でおいしかったのでそれ以来よく来るようになったのです。そうだまだ紹介をしていなかったですよね。僕は水原と言います。”
“私は中山と言います。”
“中山さんですか。中山何と?”
“中山美里です。”
“いいお名前ですね。”
その時おかみさんがお茶とおしぼりを持ってきた。少し水原はそわそわしていた。
“中山さん、あの時僕たちのこと見ていましたか?”
“いえ、私は窓の外を眺めていましたので、”
“そうですか、よかった。お見苦しいところを見られなくて、ところで中山さんは恋人は?、、、、いますよね。野暮な質問してすみません。”
“いえ、いません。”
“ええ? ほんとうですか?中山さんみたいなすてきな人が”
“お褒めに預かり光栄です。実は失恋したんです。”
“まさか中山さんを振る人がいるんですか?”
その時おかみさんが食事を運んできた。
“さあ、 おいしく出来たよ。召し上がれ”
そういうとおかみさんはそれをテーブルに並べた。
“さあ、食べましょう。”
“はい”
二人は箸を取り食事に箸を持って行った。おかずはいろいろあり夕食にしては豪勢であった。
“随分豪勢ですね。”
“きっとおかみさん、奮発したんだと思う。”
“水原さんはお生まれはどちらなんですか?“
“僕は九州なんです。それも熊本なんです。中山さんはどちらですか?”
“私は京都です。でもすぐに出て来ました。”
“そうですか。熊本はいい所ですよ。その内ご案内しますよ。中山さんはご両親とご一緒にお住まいなんでしょう?”
“いえ、私は母子家庭です。父はまだ私が幼い頃なくなりました。”
“それはどうも嫌なことをお聞きしましてどうもすみません。実は僕も母と二人だけなんです。”
“そうなんですか。お互いに境遇は似ているんですね。”
“同じ会社なのにお会いしないものですね。”
“そうですね。どの課ですか?”
“私は海外事業部です。”
“僕は総務部です。でもよく出ております。そのせいもありますかね。”
その時美里はあの時の女性は誰なのかを余程聞こうとしたがやめにした。二人とも少しの間食事を味わった。
“中山さん、また会ってもらえますか?”
そう言うと水原は自分の名刺に携帯番号を書き美里に渡した。美里もメモに書いて渡した。
“はい、これは私の携帯番号です。”
こうして二人はまた再会することでお店をあとにした。


数日経って水越から美里へ連絡が入った。来週の月曜の夕方、水越の両親との会食となった。その前に明日打ち合わせをしたいと言ってきた。美里は翌日仕事を終えるといつもの待ち合わせのカフェーへ向かった。不思議なもので同じカフェーで水原とも会ったのだった。まだ水越は来ていなかった。待ち合わせ時間は7時なので少し時間は早かった。すぐお店の人がおしぼりとお冷を持ってきた。美里はいつもの様にオレンジジュース注文した。ここのジュースは絞り立てでまだ小粒が残っておりおいしかった。グラスの上にオレンジがかぶっておりその隙間にストローを差込吸った。美里は何気なく入口を見た。すると水越が入ってきた。
“ごめん、少し遅くなって。”
“お仕事はお忙しいんですか?”
“いや、大したことはないんだけど雑用が多くてね。”
“大変なんですね。”
“親父の言いなりですよ。”
“ということは自営業ですか?”
“そうそう少し僕のことを話しておかないと会食のときこまりますね。会社は100人くらいの従業員の中小企業で私はその副社長です。といっても親父が社長で僕は名ばかりです。”
“それでは私では不釣合いではありませんか?”
“大丈夫です。中山さんはあるメーカーの社長のお嬢さんであるパーティーで知り合ったことにします。その辺は口裏を合わせて下さい。”
“わかりました。出来るだけ頑張ってみます。”
すると水越は深々と頭を下げた。そして言った。
“お礼は十分致します。”
“期待していますよ。”
美里もつい図に乗って言ってしまった。そして言った。“
“私が楯になって水越さんの期待に答えてみせます。”
“ありがとうございます。それでは日時は追って連絡します。ゆっくりして行って下さい。”
そういうと水越はレシートを掴みいつものように用が済むと席を立ち出て行った。私はまだ時間があったのでゆっくり残ったジュースを飲んだ。その時携帯に連絡が入った。水原からでデートの申し込みであった。美里は承諾した。待ち合わせ場所は前と同じカフェーで明日7時であった。
美里は知らず知らずの内に水越と水原を両天秤にかけているのを感じていた。それにより失恋の痛手を少しずつ癒していた。その日
美里は久しぶりにデパートへ行った。デパートも春物へと様変わりしつつあるのを感じていた。美里は久しぶりにゆっくりした時間を持った。店内を見終わって外へ出ると向こうの通りをどこかで見た人が急いで歩いていた。あれは! 確か水越さん、急いでどこへ行くのだろう?美里はあとをつけることにした。水越の歩く足は少し速く美里は少し足を速めた。果たしてどこへ行くのだろう?
水越のかくれた一部分が見えるかもしれないと思うと余計小走りになった。するとグランドホテルへ入って行った。
そしてそのままエレベーターに向かい乗った。美里も遅れずにエレベーターの前に行った。止まる階を待った。十階であった。すぐさま隣のエレベーターに乗り十階を押した。そして十階で止まると扉が開きおりた。見回すとそこにはラウンジがあった。ラウンジの近くまで行き中の様子を伺った。奥の窓際に二人の姿を見た。 
“あっ!” 
あれは女性、しかも美人、だけどあまりにもきれい過ぎる、整形美人なのか? 美里は外へ出ることにした。まさかあの人が交際をしている人なのか? まさか、でもあまりにもきれい、なぜ両親に会わせられないのか、その理由は?結婚しないからか?あるいは?、、、、、、、、、
あくる日、美里は待ち合わせのカフェーへ行った。
驚いたことに水原はすでに来ていた。時計を見ると7時5分前であった。
“すみません。遅れまして”
“いいえ、こちらこそ早めに来ましたので、すみませんでした。”
美里はあまりにもこの真面目さに驚いた。
“水原さんはほんとうに真面目なんですね。”
“いや、よく言われます。”
その時お店の人が注文を聞きに来た。水原は美里に注文を聞きお店の人にコーヒーとジュースを注文した。
“水原さんは女性と待ち合わせをする時はいつもこんなに早く来るのですか?”
“はい、大抵来ます。女性を待たせることは失礼と思っています。”
“紳士なんですね。今時そんな方はめずらしいですわ。”
“そう言われると言葉がありません。ところで中山さんはお母さんとお二人とか言われていますがお食事はお母様が?”
“いえ、私が会社の帰りに買って帰るのです。なぜ?”
“いえ、僕と似ているのでどんな生活をしているのかなと思いました。”
“水原さんは?”
“僕は男ですから母親が作ってくれます。”
“水原さん、突然変なことをお聞きしますがゲイやニューハーフに関心ありますか?”
“最近増えていますね。その様な人達には、僕はあまり関心ありません。日本も自由な国ですからそういう人達も現れるでしょう。
中山さんは興味ありますか?”
“いえ、私は同性愛みたいなのは興味ありません。私も失恋して以来いろいろな男性を見て来ました。それでついお聞きしたまでです。特に意味はありません。”
“そうですか。でも僕は思うんですがその様なゲイやニューハーフの登場も女性が強くなったせいもあるような気がするのです。反対に男性が弱くなって来たということですかね。どちらにせよバランスが取れないと人類は滅んでしまいます。僕も弱い男性の一人かな?多分そう感じていらっしゃると思いますが、”
“人それぞれだと思います。私は水原さんをその様には見ていません。ほんとうに弱い人は待ち合わせでも時間に来ません。なぜなら不安だからです。”
“そう言ってくださると自信が持てます。”
“それに水原さんは私を誘いました。弱い人はそのような度胸はありませんし女性に声をかけたりしません。ですからその様な弱い人は男性や子供に走るのだと思います。”
“中山さんはよく知っているんですね、“
“失恋しますといろいろなことを学びます。失恋も人生の勉強です。敢えてした方がいいとは言えませんが人は失敗しないとわかりません。”
美里は調子よくしゃべった。こんなにしゃべったのは久しぶりだった。そして何か水原の素直な気持ちに心が豊かになるのだった。
こうしてその日は別れた。
美里にはしばしの間二人の男性からの連絡はなかった。かと言って気持ち的にはまだ第三者の気持ちであった。失恋の痛手も少しずつ癒され気持ち的にはゆとりが出来て来ていた。そういう時は不思議と男性から声をかけられるものだった。ある日のこと美里は仕事の帰り一人カフェーでジュースを飲んでいた。
“すみません”
美里は空耳と思った。もう一度声がした。振り返ると男性が自分に声をかけていた。
“何でしょう”
“その席に落し物がなかったでしょうか?”
“いいえ、特に気がつきませんでした。”
その男は断ってテーブルの周りを探し始めた。そして小さな何かを拾った様だ。
“ありました。僕の大事な物なんです。”
見ると小さなお守りみたいなものだった。これでは気がつかない。
“これはお袋の形見なんです。大切にしているもんですからお騒がせしました。僕もさっきまで一人でここでコーヒーを飲んでいました。もしおいやでなければごちそうさせて下さい。”
美里は見かけからして悪くなさそうだったのでつい言ってしまった。
“どうぞ”
するとその人は椅子を引いて係りの人を呼びコーヒーを注文してすわった。
“僕は尾崎と言います。田舎から出て来たばかりで東京はあまり知りません。もし差し支えなければお名前だけでも?”
“私は中山です。”
“中山さんは東京の方ですよね。僕はこちらに来てまだ一週間なんです。東京に知人がいますもので尋ねて来たんです。僕の田舎は青森なんです。冬は寒くてでもリンゴはおいしいですよ。すみません、ぺらぺらしゃべって”
“いいんですよ。ところでお母様はなくなられたんですか?”
“ええ、昨年の冬に、病気だったんです。風邪をこじらせてしまい、いい母でした。”
“そうでしたか。大変だったんですね。”
“今から仕事探しです。知人が紹介してくれるらしいんです。青森ではリンゴ園があり兄貴が継いでいるんです。僕には性に合わないので一人で出て来たんです。”
美里はいろいろな男性がいるものだとつくずく思った。こんな素朴な人は果たして東京でやって行けるのだろうかと思った。反面出来るだけ男性を研究してみようと思った。
“お父様はお元気なんですか?”
“いや、親父はすでになくなっていません。”
“それはお寂しいですね。”
“もう慣れましたよ。ところで東京は広いんですね。びっくりしましただ。”
“方弁が出ましたね。”
“いやー、やっぱり気を抜くとすぐ出て来るね。”
“自然に振舞う方がいいですよ。”
“中山さん、もしよかったら友人になって下さい。お願いします。”
そう言って尾崎は頭を下げた。さすがに美里もこうも素直に来られるといやとは言えない。
“はい、いいですよ。”
“よかった。こんなきれいな人と友達になれて、わからないことがあったら電話しますので連絡先教えて下さい。”
美里は考えた。そう尻軽女になるわけにはいかない。美里は言った。
“私の方から連絡しますので連絡先を教えて下さい。”
すると尾崎はすぐさま携帯の番号をメモして美里に渡した。
“ありがとうございます。私はそろそろ行かなくてはいけないのでお先に失礼します。”
“必ず連絡下さいよ。”
“ご馳走様でした。”
そう言って先にお店を出た。美里は思った。今日は変な人にあったわ。でもあんな男性も世の中にはいるんだわ。いろいろな人と付き合ってみるのも人生勉強になるわ。そう考えていると携帯が鳴った。
“もしもし”
“もしもし、水越です。来週の月曜日東京グランドホテルで両親との会食です。ロビーに7時に来てくれますか?”
“はい、予定します。”
“例の打ち合わせた通りにお願いします。”
“はい、わかりました。”
電話は切れた。とうとうその時が来週やって来る。いくら演技とは云えやはり緊張はする。そう思う美里であった。美里は母と二人で約40分くらいの通勤圏内のマンションに住んでいる。父親は美里がまだ小さい頃交通事故でなくなったと聞かされている。人の運命はどこでどう転ぶかわからない。美里はいつも前向きに生きようと頑張っていた。空は星がいっぱい輝いており明日も晴天を思わせた。


数日たって美里は尾崎に電話をすべきかどうか迷っていた。単なる行きずりの男性でしかも東京へ一人で出て来ている。何の保証もない。美里は思い切って電話をしてみることにした。仮に会ってもそれは自由でありその場限りである。それよりどんな男性なのかもっと突っ込んで話を聞いてみるのも楽しいかなとも思った。メモを手帳から出し番号にかけてみた。
“もしもし尾崎です。”
“もしもし中山です。覚えていらっしゃいますか?”
“はい、やっぱり僕のことを覚えていてくれましたか、ありがとうございます。よかったら会ってくれませんか?”
“わかりました。この前お会いしたカフェーで明日6時でいいですか?”
“はい、喜んで行きます。それじゃ、”
電話は切れた。かけ終わった後、美里はとうとう電話をしてしまったと思った。もう少し尾崎の人間性を知ってみたいと思った。
あくる日仕事を終えると美里は待ち合わせの場所へ赴いた。
水越、水原、尾崎、それぞれタイプが違う。男性研究にはいいと思った。美里はわざと6時5分頃ついた。店内を見回すと手を振っている男性がいた。少し派手な服装をしていた。どうもこの人は女性とは縁がなさそうに思えた。おしゃれには程遠く本人は精一杯しているつもりなのだろう。
“お待たせしました。”
“何の何の、もうお会いできるだけで俺はもううれしくて”
“そう言って下さるとありがたいですわ。”
“何注文しますか?”
すぐお店の人がやってきた。
“ジュースにしますわ。”
尾崎はお店の人にコーヒーとジュースを注文した。
“今日はシックなおしゃれですね。”
あらこの人は自分のは駄目なのに女性の服装には少しわかるみたい。そう思う美里であった。
“どうもありがとうございます。”
“中山さんは田舎に興味あるかね?”
“なぜですか?”
“田舎でも案内出来たら楽しいだろうと思ったんだ。”
“そうですね。行ってみたい気持ちもあるわ。”
“ほんとうですか?うれしいなー、それじゃそうなるように頑張るか。ところで中山さん、俺、いや僕は女性と何を話したらいいのかわからないんだ。どんな話に興味を持つのかさっぱりわからないんだ。リンゴ園の手伝いばっかりしていたのでデートなんか縁がなかった。言葉も一生懸命直そうとしているんだけどちょっと慣れるとすぐ訛りが出てしまう。”
美里はこの田舎丸出しの尾崎を面白いなーと観察していた。
“尾崎さんは素顔のままでいいのじゃありませんか。私はいいと思います。それにご自分の思ったことを話せば、男性は飾らないのが一番いいと思います。”
“中山さんにそう言われるとうれしいなー、中山さんはなぜそんなにおおらかなんですか?それにべっぴんだ。”
“まあー! 尾崎さんったら、尾崎さんはなぜ東京に来られたんですか?前にもお聞きしましたけど”
“僕は嫁さん探しに来ました、というのは冗談ですけど何かやりたいんです。田舎ではずっとリンゴ園で働いていたので変わった仕事をしたいと思い出て来ました。まだ見つからないけど、”
“そうですか。男性はそうですよね。ほとんどの人がサラリーマンで夢のない人が多いですよね。それを思うと尾崎さんのその考えめずらしいですわ。”
“いやいや今日は中山さんに上げられっぱなしでまいったなー”
美里は尾崎の仕草にくすっと笑った。この人の今後の動きもちょっと興味あるなーと思った。
“ところで中山さんはどんな会社に勤めているんですか?”
“私は商社、といっても貿易関係でそのお手伝いをしているの。”
“すごいなー。やっぱり国際的なんだね。東京は国際都市なんだね。うちのリンゴでも海外に輸出できたらいいのになー、どうだろう駄目かなー?”
“それも一つのアイディアですね。日本は食糧輸入国だから国が許可するかどうかですね。”
“僕にはむつかしいことはわからないけど人のやらないことをやってみたいなー。中山さん、何かいいアイディアでもあったら教えて”
“はい、わかりました。”
美里はこの突拍子もないことを言う尾崎に少し関心を持ち始めていた。そして尾崎は青森の話を30分くらいしゃべり続けた。最後にまた会いたいから携帯の番号をせがまれ美里は教えることにした。
そして尾崎はレシートをつかむとレジの方へ向かい支払をすませた。その後お店で別れた。少し歩いていると後ろの方から声がした。
美里が振り向くとそこには友人の理恵が立っていた。
“あら、理恵、どうしたの?”
“美里こそ、この時間に一人で何しているの?“
“確か理恵は結婚していたよね。“
“とっくに別れたわ。”
“えっ? それどういうこと?”
“あのカフェーに入って話しましょう。立ち話では何だから。”
そういうと理恵はさっさと歩き美里もまた同じカフェーに入ることとなった。中へ入ると奥の窓際のテーブルへすわった。係りの人がやってきた。
“美里、何にしよう?”
理恵はメニューを見ながら言った。“
“さっきまでオレンジジュースを飲んでいたので今度はあったかいレモンティーにするわ。”
“それじゃ、私はこのコーヒーフロートにするわ。”
そういうと係りの人にそれらを注文した。
“それで理恵はどうして別れたの?”
“それがね、美里、浮気よ、頭に来たわ、あの人私に隠れてこそこそ会っていたの。時々外泊していたの。それで私も問い詰めたわ。ガンと否定するの。だからとうとう探偵雇って調べたわ。すごいのね。探偵というのは、さすがプロね、写真付きで全部わかったわ。”
“それで旦那さんは素直に認めたの?”
“認めないわよ。往生際が悪いのよ。私の方から言ったわ。その人と別れるの、別れないの?”
“そしたら何て言ったの?”
“悪いことはしていないと言うの。単なる話友達だと言うの。頭に来たわ。だから私の方から言ったわ。別れましょうと“
“それで?”
“わかった。お前がそういうなら仕方ないと、もうあきれたわ。
それで弁護士を雇って離婚手続をしたの。”
“そうだったの。大変だったわね。”
“美里も結婚が駄目になったんだってねー”
“そう、私の身の上を知って話はご破算”
“そんな男、最低、でも結婚しなくてよかったわ。もししていたら私のようになるわよ。お互いにいい男にめぐり会いたいわね。その内きっと現れるわよ。”
この理恵の前向きの姿勢、学ばなくてはと美里は思った。その後の話題は理恵の独断で相当フラストレーションがたまっていた様で美里はずっと聞き役に回っていた。
“美里、お互いにいい男を見つけようね。これが私の携帯の番号、また連絡して、まだ行く所があるのでもう行くわ。”
そういうと理恵は席を立ってレジへ向かった。
”美里ここの勘定は私が払っておくわ。“
“ありがとう。”
理恵は昔からこんな調子で気前がよかった。外へ出るとお互いに
別れた。また美里は一人になった。その時携帯が鳴った。
“もしもし”
“もしもし水原です。久しぶりにお会いしたいと思い電話しました。明日いかがですか?”
さすがに美里は尾崎に会ったばかりなので明日は抵抗があった。
それに来週は水越の両親との会食がある。美里は断ることにした。
“私の方から都合を見て連絡します。”
“わかりました。連絡を待っています。”
電話は切れた。とにかく水越の両親との会食が終わらないと何となく落ち着かない美里であった。


数日が過ぎていよいよ水越の両親との会食の日が近ずいてきた。
やはりその日になると美里も妙に落ち着かない。まるで自分がほんとうの嫁の心境になり緊張してしまいそうだった。場所はグランドホテルのロビーでの待ち合わせであった。その日は春らしい服装にした。少しピンク色のおしゃれっぽいワンピースにした。いつものことであるが水越は少し遅れて来た。
“やあー、お待たせ。両親は桜の間で7時半にやって来るのでそれまでコーヒーでも飲みましょう。そういうとラウンジの方へ向かって歩き始めた。美里は水越のあとをついて行った。ラウンジは3階であった。エスカレーターに乗り降りるとすぐ目の前がラウンジであった。そこへ入り一番奥の外の景色が見えるテーブルに腰掛けた。美里も椅子を引きすわった。水越が手をあげるとすぐボーイがやって来た。
“中山さん、お好きなのをどうぞ” 
と言ってメニューを渡した。美里はしばらくメニューを見てオレンジパフェを注文した。それを聞くとボーイはメニューを取りまた向こうへ行った。
“中山さん、今日はよろしくお願いします。万事打ち合わせ通りにやれば問題ありません。”
“はい、わかりました。その様にします。”
“ところで中山さん、私のことを変に思っているでしょうね。ただこれだけは言っておきます。決して変なことはしていませんからこれにはいろいろと事情がありましてうまく行ったらお礼とわけをお話します。”
“私も詮索する気持ちはありません。少し興味がありますのでお付き合いしているだけです。”
“そう言って下さると助かります。中山さんを選んでよかった。”
“余計なお世話かもしれませんがこの間あるホテルへ偶然行った所水越さんがそのホテルできれいな女性とお話をしている所をお見かけしました。”
“いやー、見られましたか、あれは単なる友達で私にはいろいろな友人がいまして時々お茶を飲んでお話をしているんです。彼女もいろいろ過去がありまして私が相談相手になっているのです。”
“そうですか。水越さんはお顔が広いんですね。”
“いやー、まだまだ未熟ですので人生勉強をしています。皆それぞれ悩みを抱えています。だから教えたり教えられたりして成長して行くのだと思います。そろそろ行きましょうか。”
“はい、わかりました。”
二人は立ち上がって会食の場へ向かった。エレベーターで下へおりて行くと桜の間はすぐ目の前にあった。まだ両親は来ていなかった。
二人はテーブルの椅子を引き腰掛けた。桜の間の時計の針は7時半を指していた。すると身なりの整ったしかも女性は和服の中年夫婦が入って来た。水越は立ち上がった。それにつられて美里も立ち上がった。男女の中年夫婦がテーブルの前に来ると水越は
“おとうさん、おかあさん、こちらが中山美里さんです。”
“中山と言います。どうぞよろしくお願いします。”
“水越の親です。どうぞおかけ下さい。”
二人は椅子に腰掛けた。すぐに食事が運ばれて来た。その間四人は静かに見守っていた。並べ終わると係りの人は一礼してその場を離れた。すると母親が
“さあ、おなかがすいたでしょう。食事にしましょう。”
と言った。
四人はそれぞれ箸を取り食事を始めた。水越が口を開いた。
“おとうさん、こちらの中山さんはあるメーカーのお嬢さんでパーティーで知り合ったんです。お兄さんがいらっしやってそのお兄さんが会社をお継ぎになるそうなんです。私もお会いしましたがりっぱなお兄さんでした。”
“そうかい。それは親御さんも将来安心だね。ところで中山さんは趣味は何ですか?”
美里は趣味の打ち合わせまでしていなかったので適当に答えようとしたら水越が横から
“中山さんは芸事がお好きで琴を習っているそうなんです。”
すると父親が
“そーう、それはそれはよいご趣味をお持ちだね。”
と言った。
すると母親が
“今度一度聞かせて欲しいですね。”
すると水越は
“お母さん、あまり無理は言わないほうがいいですよ。まだ習い始めたばかりなのでだいぶん先になりますよ。それに中山さんも困った顔をしていますよ。”
“悟、わかったよ。”
そういうとまた食事を始めた。
美里はどんな質問が飛び込んで来るかヒヤヒヤものだった。少しの間食事で話は途絶えた。
“中山さんのご出身はどちらなんですか?”
“はい、京都です。”
“京都ですか。だからお琴がご趣味なんですね。いいご趣味だわ。”
美里は思った。水越が神経を使うのはわかる。これでは疲れる。
ここの嫁になる人は大変だわと思った。
こうして水越の手助けもあって長い会食は終わった。水越が言うにはこれは先ず第一関門だと言う。そしてお礼を渡したいので一週間後つまり来週またこのホテルで同じ時間に会いたいと言う。美里は了承した。一体、今度は私に何を依頼しようと言うのだ。ますます水越という男がわからないと思う美里であった。何か妙に水原に会いたい気持ちになった。何か弱弱しいしかも女性にやさしい。早速電話をした。
“もしもし、水原さんですか?”
“はい、水原です。中山さんですか?”
“この間はお誘いありがとうございました。時間が取れそうなのでお電話しました。いつになさいますか?”
“木曜、同じカフェーで7時ではいかがでしょうか?”
“私は定時に終わりますので6時半にしていただけませんか?”
“いいですよ。じゃ、6時半に行きます。
そういうと電話は切れた。
水原は静かな男性であるが今一つわからない。わかっているのは私と同じ母子家庭ということだ。もう少し付き合ってみよう、二人に比べると中間の位置にあり普通の男性だ。そう思う美里であった。また携帯が鳴った。
“もしもし、美里?理恵よ”
“理恵?あの理恵?”
“そうよ。急なんだけどあさっての夜あいてる?”
“急に何かあるの?”
“パーティーよ、それも仮装パーティー。券が二枚手に入ったの。男もたくさん来るのよ。どう一緒に行かない?”
美里は考えた。木曜日は水原に会う日だ、どうしよう。でも仮装パーティーというのがちょっと気になる。好奇心が顔をのぞかせた。
“わかった。行くわ。で何時にどこへ行けばいいの?”
“そうこなくちゃ、明日6時半にホテルフェニックスのロビーで会いましょう。仮装だから相手の顔は見えないのよ。だからしっかりおしゃれして来てね。それじゃ、明日ロビーで。”
そう言うと電話は切れた。相変わらず理恵はあわただしい。さあ、明日デパートへ行って衣装を選ばないと、そう思うと美里はその日はまっすぐ家路に向かった。あくる日仕事を終えると早速デパートへ行った。仮装だから何にしよう。その時美里は子供の頃よくあこがれていたシンデレラ姫を思いついた。それもお面をつけて行こう。そう決まると美里は三階の婦人コーナーヘエスカレーターで上がった。婦人コーナーへ来るとパーティーコーナーがあった。そこにはいろいろなドレスが飾ってあった。貸衣装なので比較的安かった。その中の純白のドレスを選んだ。そして仮面のマスクも選んだ。よこれで明日のパーティーに参加しよう。少し気持ちがわくわくと
してきた。明日どんな男性が現れるんだろう。そう思うと気持ちもときめく美里であった。次の日仕事が終わると先に水原に電話をして会う日を変更してもらった。そのあとドレスを詰めたバッグを持ちホテルへ向かった。時間はまだ少し早かった。理恵はまだ来ていなかった。ドレスを着た女性がいたのでもしかして仮装パーティーの参加者かなとも思った。その内理恵がやって来た。
“美里、ごめん、ちょっと遅くなってなかなかドレスが見つからなくてね。手間取ったわ。美里はいいのがあった?”
“それはあとでのお楽しみ、さあ、行きましょう。”
二人はエレベーターの方へ向かった。すぐエレベーターは降りて来た。エレベーターに乗り三階まで行き降りた。降りるとすぐ目の前に仮装パーティーの看板が目に入った。ちょうど受付があり二人の男女がいた。理恵はバッグからチケット二枚取り出し受付の人に渡した。
“入ってすぐ左側に着替室がありますのでそこでお召し替え下さい。どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。”
二人は半券を返してもらい中へ入って行った。中へ入ると薄暗く
左側に着替室の案内が見えた。ちょうど男女別になっており二人は女性の着替室に入った。もう何人かは着替えを終わっていた。二人はそれぞれのバッグからドレスを取り出した。
“美里のは純白なんだね。私のは紫色よ。パープル、いいでしょう。”
“理恵らしい色ね。”
そして20分くらい経って二人は出て来た。美里の方は少し肩を出した純白のドレス、頭には冠、そして黒っぽいマスク、理恵の方はパープルの胸元を少し開いたドレス、そして今度は金色のキツネの毛皮を首から肩にかけて顔はバットウーマンらしきマスクをしていた。
“美里、かわいいよ、まるで現代のシンデレラ姫みたい。”
“ありがとう、理恵だって女マダムってとこかな。”
“これで男性はいちころね。お互いに顔が見えないからいいんだわ。何かわくわくしてきたよ。”
“私も”
そう言って二人はカーテンを開けて会場の中へ入って行った。中は少し薄暗く皆それぞれ思い思いに着飾っていた。男性ではバットマン、スーパーマン、そしてスパイダーマンとテレビシリーズものが多かった。女性では白雪姫とか吸血鬼などさまざまであった。中央のテーブルには飲み物、食べ物、が用意されており各自勝手に飲んでいた。
“美里、何か食べよう。”
そう言うと二人は中央のテーブルの方へ行った。食べるところは
かなり混んでいた。
“美里、混んでいるから私がいっぱい取って来るからここで待っていて”
“わかった。”
理恵は人を掻き分け中へ入って行った。
“もし、現代のシンデレラ姫、私のお相手をして下さい。”
突然うしろから声をかけられた。それも高い位置からだった。美里はうしろを振り向いた。そこには背の高い青年らしき男性、それも中世の騎士、正に円卓の騎士、頭には十字マークの鉄カブトをかぶっていた。
“その姿は余の求めていた姫ではないか。純白のドレス、首にはダイヤモンドのネックレス、そしてその唇、なんとすてきな唇なんだろう。”
“これはランスロット卿、どうもありがとう。”
美里はつい相手に話を合わせてしまった。その時理恵が両手に料理をいっぱい載せて戻って来た。
“あら、これはこれはすでに仲のいいこと。さあ、姫も食事をしておくれ。”
そういうと美里は理恵から皿を受け取り
“マダム、こちらはかの有名なランスロット卿よ。”
“それはそれはあの有名な十字軍の騎士のランスロット卿、うちの姫をよろしくね。”
“マダム、それではしばしの間、姫をお借り申し受けるよ。”
そういうとその青年は美里に手を差し出し美里はその手の上に軽く手を置くと他の場所へとエスコートして移動した。理恵は一人取り残された。するとしばらくして理恵に声がかかった。その姿はバットマンだった。すると理恵の方からバットマンの腕を取り反対にバットマンをリードして行った。二人ともそれぞれパートナーを見つけ散って行った。美里は若い青年と息が合い笑っていた。
“ほんとうだよ。まじに僕はうそをつかない。もう照れくさくってなんの誰も何も言ってくれないんだよ。ただ僕を見て笑うだけ”
“そうねー、おかしー、”
“ところで名前まだ聞いてないねー”
“私の?シンデレラよ。”
“まじに答えてよ”
そういうとその青年は美里の体をいつの間にか引き寄せていた。
そして薄暗さも伴って唇が接近していた。そして美里がしゃべろうとするとあっと言う間にその唇をふさがれた。美里もあまりにもの
そう言うと二人は中央のテーブルの方へ行った。食べるところは
かなり混んでいた。
“美里、混んでいるから私がいっぱい取って来るからここで待っていて”
“わかった。”
理恵は人を掻き分け中へ入って行った。
“もし、現代のシンデレラ姫、私のお相手をして下さい。”
突然うしろから声をかけられた。それも高い位置からだった。美里はうしろを振り向いた。そこには背の高い青年らしき男性、それも中世の騎士、正に円卓の騎士、頭には十字マークの鉄カブトをかぶっていた。
“その姿は余の求めていた姫ではないか。純白のドレス、首にはダイヤモンドのネックレス、そしてその唇、なんとすてきな唇なんだろう。”
“これはランスロット卿、どうもありがとう。”
美里はつい相手に話を合わせてしまった。その時理恵が両手に料理をいっぱい載せて戻って来た。
“あら、これはこれはすでに仲のいいこと。さあ、姫も食事をしておくれ。”
そういうと美里は理恵から皿を受け取り
“マダム、こちらはかの有名なランスロット卿よ。”
“それはそれはあの有名な十字軍の騎士のランスロット卿、うちの姫をよろしくね。”
“マダム、それではしばしの間、姫をお借り申し受けるよ。”
そういうとその青年は美里に手を差し出し美里はその手の上に軽く手を置くと他の場所へとエスコートして移動した。理恵は一人取り残された。するとしばらくして理恵に声がかかった。その姿はバットマンだった。すると理恵の方からバットマンの腕を取り反対にバットマンをリードして行った。二人ともそれぞれパートナーを見つけ散って行った。美里は若い青年と息が合い笑っていた。
“ほんとうだよ。まじに僕はうそをつかない。もう照れくさくってなんの誰も何も言ってくれないんだよ。ただ僕を見て笑うだけ”
“そうねー、おかしー、”
“ところで名前まだ聞いてないねー”
“私の?シンデレラよ。”
“まじに答えてよ”
そういうとその青年は美里の体をいつの間にか引き寄せていた。
そして薄暗さも伴って唇が接近していた。そして美里がしゃべろうとするとあっと言う間にその唇をふさがれた。美里もあまりにものその早さの為物の見事に唇を奪われてしまった。しかしながらアルコールの勢いもあって美里も抵抗することなくやさしく抱かれて
いた。そして数分経ってその青年はやっと唇を離すと真剣な顔をして
“ごめん、君の唇があまりにも魅力的だったので僕は吸い込まれてしまった。甘い唇だね。”
そういうとそっと体を離した。
美里はあまりにもやさしく甘い言葉だったので何の抵抗もなく身をゆだねてしまった。そしてやっと我に戻った。
“あなたは誰なの?ほんとうのお名前は?”
“僕は菅原と申します。君は?”
“私は中山です。”
“中山何と?”
“中山美里です。”
“すてきな名前だね。今日は神様が中世の騎士ランスロット卿とシンデレラ姫を合わせてくださったんだ。感謝しなくては。もう戻らなくては円卓の騎士アーサー王の元へ。いつか必ず迎えに行くよ”
そういうとそこから消えてしまった。美里はあっけに取られてしまった。まるで夢を見ている様だった。どのくらい経っただろうか、一人ポカーンとしていた。そして急に声をかけられた。
“美里、どうしたの? ぼーっとして”
美里ははっと我に帰った。
“あら、理恵、どうしてここにいるの?”
“美里が気がつかなかっただけよ。さっきからいたのよ。どうしたの一体?”
“うん、何というか、まるで夢を見ている様だったんだ。”
“どういうこと?”
“例の中世の騎士、あのあとお話をしていたらまるで話術の天才みたいでおかしく笑いこけていたらいつの間にかやさしく包まれていたの。それが夢の中にいるみたいだったわ。そして私の前から突然消えてしまったの。まるで煙りみたいに。”
“美里、大丈夫? 夢を見たんじゃないの?”
“そうかもしれない。まるでほんとうに中世に戻った感じだったわ。”
“よかったわね、美里は。私の方はさっぱりよ。せっかくいい男と思っていたら私に近ずいたバットマンはあっちの気があったの。よく私を誘うわよ。失礼ったらありゃしない。美里、最近の男は気をつけた方がいいよ。話をするまではわからないから特にいい男は気をつけた方がいい。少し歩いてみよう。”
そういうと二人はゆっくりその場を移動した。もう至る所ペアーになっており手にはワインを持ち談笑していた。ほとんどの人がマスクでたまにピエロみたいの顔中化粧をした人もいた。そのため誰だかわからない。すると一見それらしき人が目に入った。あれは水越さん? 美里は歩きながらじーっと見ていた。カウボーイハットにマスク、だんだん近ずくにつれそれは確認された。もちろん本人は気がつかない。相手の女性は胸元を大きく開いていた。そしてやはりマスクをしていた。口紅はかなり濃く塗っており大柄であった。どうも水越の趣味はよくわからない。すると突然より一層パーティー会場は暗くなりステージの一人の男にスポットが当たった。
“皆さん、今宵この仮装パーティーにようこそいらっしゃいました。おなかも落ち着きワインも入っていることですので少しダンスでも興じてください。”
そういうとバンドの音のボリュームが上がりアップテンポになり次第にスローの曲に変わり始めた。ペアーは中央に移動し踊り始めた。
するといつの間にかうしろから一人の男性がすーっと美里をさらい中央へと移動した。
“あなたは?”
と言ったがその途端唇をふさがれそのまま踊り始めた。そして数分後唇が離れたら
“お姫様、ようこそ。今宵の宴に! またいつかお迎えに来ます。”
と言ってすーっと離れその場を消えてしまった。美里はあぜんとして立ちすくんでしまった。少しして理恵がやってきた。
“美里、どうしたの? またぼーっとしていつの間にか消えてしまって”
少しの間美里は動かなかった。そして言った。
“理恵、またあの人に会ったの。”
“誰? あの人って?”
理恵はいつもと違う美里の様子に心配そうに見ていた。
“あの中世の騎士、私をうしろから抱きかかえたと思ったら踊りに導きまた消えてしまったの。”
“美里、早く目を覚ましてよ。 私、ちーっともいいことなかったわ。”
二人とも会場を出ることにした。ホテル内はもう閑散としていた。外は明日の晴天を思わせるように星がいっぱい輝いていた。
“外の空気の方がおいしいわ。”
そう言いながら理恵は全身で空気を吸い込んでいた。
“美里、私、帰るけどどうする?”
“私、少し、散歩して帰るよ。”
“わかった。それじゃ、また連絡するわ。”
そう云うと理恵は駅の方へ向かって歩き出した。美里はパーティー内で起こった出来事を思い出しながらゆっくり歩いていた。
一体あれは現実だったのか、まるで中世へタイムスリップした感じだった。確か名前は菅原とか言っていた。あの長身、あの話術、
それにあの優しさ、中性の騎士はあのようだったのかもしれない。きっとそうなんだ。現実ならまたお会いしたい。そう考える美里だった。いつの間にか駅についていた。そのまま電車に乗り家路へ向かった。


あくる日、美里は水原に会う為仕事を終えると待ち合わせの場所へ向かった。今度は時間通りに行った。やはり水原は来ていた。本を読んでいた。
“お待たせしました。”
“やあ、久しぶりですね。お元気でしたか?”
“ええ、いろいろと用事がありまして先日はすみませんでした。日を変えていただいて”
“いえいえ、こちらこそ、会って下さるだけでよいのです。”
水原は相変わらず腰は低く女性にやさしいなーと美里は思った。
すぐ係りの人がおしぼりとお冷を持って来た。いつものオレンジジュースを注文した。美里は今日は少し突っ込んだ質問をしてみようと思った。
“水原さんはこの間ちらっとお見かけした女性はどうされたんですか? 余計なことをお聞きしまして、もしそうならあやまります。”
“いえ、構いません。彼女とは幼馴染で気の強い女性でいい友達と思っています。ただそれだけです。”
“そうでしたか。でも幼馴染なら安心ですわね。水原さんはお優しいから女性がほっとかないでしょう。”
“いえ、ただやさしいだけなんです。”
“今のご時勢でやさしい男性は少ないですよ。水原さんはどんな女性がお好きなんですか?”
“いやー、中山さんにその様に直接質問されるとどう答えていいのか困ってしまいます。あえて言えばやはりやさしい方がいいかなぁー、今の女性は強くなりました。そう思いませんか?”
“確かにそれもありますね。以前と違って女性が職場で働く様になりだんだんと男女平等になったせいもありますね。今では女性の職場進出はあらゆる業界にまで波及していますから”
“そうですよね。それがいいのか悪いのかわかりませんがでもやはり男性が女性をリードするのが自然と思いますが。”
その時美里の脳裏に浮かんだのは中世の騎士ランスロットのことだった。
“中山さん、何を考えているのですか?”
“いえ、ちょっと、水原さん、正夢を信じますか?”
“よく聞きますね。そういうこと、中山さんはよい夢を見たんですか?”
“ええ、ちょっと”
“もしさしつかえなければお聞かせ下さい。”
“そうですね。あるパーテイーへ招待されたんです。そこは現実とかけ離れた所なんです。時代は一気にヨーロッパの中世へタイムスリップしてしまいました。そしてそこでは舞踏会をやっていました。私はある騎士に誘われました。会話もまるで話術師みたいでとりこになってしまいました。そして突然消えたのです。”
“どういう意味ですか?それは現実ですか?”
“わかりません。あとで考えると夢を見ていたのではないかと思いました。そういうことを経験ありませんか?”
“僕にはそういうロマン的な空想はよくわかりません。でもないとは言い切れません。”
“ええ?、 どうしてですか?”
美里は身を乗り出した。
“話によると今の時代は過去、未来、それは人間が勝手にそう考えたもので実際はわかりません。すべて人間が決めたことです。一つ壁を隔てて過去、未来、とあってもおかしくありません。それはすべて人間の感覚だと思います。”
“水原さんはほんとうにそう思いますか?”
“はい、人は目の前にあるもの、見えるものそれが現実であると思います。ですから過去であれ未来であれそれが現実です。僕はそう思います。”
美里は水原の言うことを真剣に聞いていた。そして水原は現実的に物事を冷静にとらえて判断する人だと思った。
“水原さん、ありがとうございます。そうですよね。目の前に起こることが現実ですよね。私もそれを聞いて少し安心しました。これからは疑いは持たないで素直に信じますよ。”
“いやあ、中山さんからそう言われると僕も困ってしまいます。”
水原は照れくさそうに頭を掻いていた。美里はくすっと笑い
“水原さんは子供っぽい所もあるんですね。”
“またまたかなわないなー”
美里はふっと水越のことを思い出し男性の目から水越の行動を聞いてみようと思った。
“水原さん、ちょっとお伺いしたいことがあるんですが”
“はたまた何でしょうか?”
“男性が女性を仮のフィアンセに両親に紹介しようとする場合その意図は何だと思いますか?”
“むつかしい質問ですね。実際のことですか?”
“はい”
水原は考えていた。そして
“そうですね。一つは好きな人がいてまだ紹介できない状態で一時的に両親を安心させるとか、二つ目は両親の余命いくばくもない状況下であるとか、三番目は付き合っていた女性がいやになりそれを理由に断る手段、そんなことが考えられるかな。”
美里はうなずきながら聞いていた。
“何か私に出来ることがあったら言ってください。お力になりますよ。”
“ありがとうございます。”
そして少し会社の話題が出て美里はあまり興味がなかったので30分くらいしてお店を出て別れた。


その後、何の変化もない日々が続いた。美里にとってやはり気になるのは水越のことであった。まだ連絡がないのだった。水原の言うように両親を安心させるためなのだろうか、何のため?
ふっと思うのは同性愛、確かに今の男性はそちらの方に走る人が増えてきている。そしてきれいな女性は男性に多い。
仮にそうだとするといずれわかってしまう。しかしもし余命わずかであればと考えるとあるいは、、、どちらにしても真実がわかるまでお付き合いしてみよう。それにこれはアルバイトなのだ。そう考える美里だった。その時携帯が鳴った。
“もしもし”
“もしもし、水越です。来週月曜いつものカフェーで夕方6時打ち合わせしたいのでいいですか?”
“はい、わかりました。”
“じゃ、その時に”
そういうと携帯は切れた。
やっと連絡が来た。美里の心は踊った。何を依頼されるんだろう。楽しみにも感じて来た。来週の月曜が待ち遠しい。その時ふっと中世の騎士ランスロットのことが頭をよぎった。またお会いしたい。水原の言うようにあれは現実なんだ。美里はそう自分に言い聞かせた。そういえばあの素朴な人、尾崎さんはどうしているんだろう。今頃はもう仕事についているだろうか、あるいは青森へ帰ったであろうか、あの様な素朴な人は東京は合わない。そう思う美里であった。そうだ、久しぶりにデパートへ行ってみよう。そう思うとすぐ美里は行動を開始した。店頭はすでに春物に様変わりしつつあった。そうだ、今回は母親のものを買って行こう。里美の面倒見もあって母親は当時からみると食欲もあり体も回復して食事の支度もするようになっていた。4階までエスカレーターで上がり婦人コーナーへ行き少し若返りのセーターを選んでみた。これからは母親にはいい暮らしをさせてあげたい。いつも美里はその様に思っていた。
水越と会う日がやってきた。その日は仕事が終わると6時に待ち合わせの場所へ行った。今日はお店はすいていた。水越は5分過ぎにやって来た。
“やあ、お待たせ”
早速テーブルにすわると水越は手を上げ係りの人を呼んでコーヒーを注文した。
“やあ、久し振り、中山さんはいつもお元気そうですね。”
“水越さんもお元気そうですね。”
“先ずは最初のお礼です。” 
と言って袋をテーブルの上に差し出した。
“ささやかですが10枚入っております。どうぞご確認下さい。
これからもよろしくの意味も込めています。今日はさらに中山さんにお願いしたいことがありましてちょっと無理な注文かもしれませんが是非ともご協力お願いしたいです。このお礼は倍お支払いします。”
美里は身を乗り出して次の言葉を待った。
“一緒に一週間旅行していただきたいのです。もちろん形式です。さらに親を安心させるためです。途中私は抜けることもあります。その辺の調整は致します。”
そう言って水越は頭を下げた。
この人は一体どこまで仮を押し通すのだろう。美里はちょっと予想していなかったので面食らった。頭の中がぐるぐる回った。
そして思った。ここまで来てまだ謎が解明されていない。この際とことん付き合ってやれとちょうど有給休暇もたくさんあるのでまた母親も体も回復してきているので相談してみよう。
“わかりました。お供しましょう。”
“ありがとう。助かりました。中山さんなら引き受けてくれると信じていました。ほんとうにありがとうございます。これが成功すればある計画は7割成功です。中山さんも奇妙に思われていると思います。はっきりしたらお話します。”
“それでその予定はどのような形ですか?”
“今考えているのは国内旅行です。あまり遠くない場所で秋の宮島を考えています。僕にとってはなつかしい場所です。距離的にもちょうどいいのです。予定表はまた追って連絡します。それではまた。”
そう言うと水越はいつものようにテーブルの上にお金を置き出て行った。いつものこととは言え全くビジネスライクであった。
美里はまた一人になった。ゆっくり残りのジュースを飲み今後のことを考えていた。一週間、旅行先は宮島、距離的に東京からはそう遠くはない。九州まで行くとちょっと大変と思う。仮に一緒に行くとしてもご両親はただそれを信じてくれるだろうか?何かを示さないと、それには写真、そうだ、その手があった。行く先々で記念写真を撮れば両親は疑わないだろう。その間水越は私用で抜けるだろう。私にとっては好都合である。誰に会いに行くのだろうか?
ホテルで会ったあの美人かはたまた仮装パーティーの女性か?
或いはニューハーフか? 水越は言っていた、ある計画の成功率は7割。いくら考えてもわからない。ある計画とは何だろう。
ますます水越の計画にのめり込む美里であった。
“あら、美里、ここで何しているの?”
突然うしろから声をかけられた。後ろを振り向くと理恵だった。
“理恵こそ何しに?”
“ちょっと用事があってまだ時間が早いのでコーヒーと思って入ったの。美里はずっと一人で? そんなことないよねー“
そういうと理恵は勝手に椅子を引いてすわった。
“うーん、ちょっとね”
“何よ! 何を隠しているの?言いなさいよ!”
“理恵にはまだ言っていなかったけどちょっとしたアルバイトを
やっているの。その打ち合わせ。”
“何か面白そうね。私にも一口乗せて!”
“いや、それは無理よ。一人でしか出来ないもの。“
“ますます聞きたいわねー、 その一人しか出来ないアルバイトって 何?”
美里は少し考えてこの際理恵にも相談してみようと思った。
“実はね、理恵、世の中にはいろいろな男性がいてね! 
私に仮のフィアンセになってくれと言うの。もちろんお礼はすると言うの。”
理恵は黙って次の言葉を無言で促した。
“私は引き受けたわ。先ず最初の依頼が彼の両親に会うことなの。そして第二段階は旅行、その打ち合わせをしていたの。”
“へー、そんな人がいるの、よくまあー、美里もよくそんな人に見込まれ引き受けたわねー、で、Hはしたの?”
“何言ってるの、そんなことするわけないじゃないの、これはビジネスよ。それに私、そんなに尻軽女じゃないわよ。”
“そうだよねー、で、どこでナンパされたの?”
“デパートよ、それが面白いの。「君の時間を買いたいと言うの。」だから私は好奇心からそれに乗ったの。”
“へー、またまた変わった男が世の中にはいるもんだねー、
それで?”
“それですでにご両親とは会ってしっかり演技して成功したわ。
それだけで10万の謝礼をしてくれたわ。どう? いいアルバイトでしょう。”
“よくまあー、たったそれだけで? その人、金持ち?”
“中小企業の会社の社長の息子で副社長なんだって。”
“なら、話はわかるわ。それで?”
“次の仕事が一週間の旅行、その打ち合わせだったの。”
“Hも無しで?”
“何言ってるの、理恵はすぐ話をそこへ持って行く!”
“だって旅行でしょう。普通それが伴うでしょ。”
“あくまで形式よ。彼は途中、途中で抜けるのよ。記念写真だけはしっかり撮ると思うの。”
“世の中にはいろいろな人がいるわねー”
“そこで理恵に聞きたいのは何でそんなことすると思う?”
“美里にわからないものを何で私にわかるの”
“理恵は男性経験豊富だからその辺わかるでしょう。”
理恵はちょっと窓の外を見て
“考えられるのは一つは両親が余命間近とか、二つ目は他に好きな人がいて途中からいやになりその人から別れるため、そんなところかな”
理恵はそう言いながらつぶやいていた。
“やはりねー、それが正論でしょうねー、その好きな人がニューハーフだったらどうする?”
“またそれは難問だね。両親に知れたら大変だね。”
“だからこのドラマ途中からおりるわけには行かないの。一応私は女優だからギャラは高いのよ。”
“美里、私そろそろ行くわ。その後の状況、進展あったらまた知らせてね。私のコーヒー代ここに置くわ。”
“支払いは大丈夫よ。彼が多めに置いて行ったから”
“わかった。”
そう言って理恵はお金をつかむと出て行った。
美里はまた一人になった。携帯が鳴った。
“もしもし”
“もしもし、中山さんですか? 尾崎です。”
“尾崎さん、お元気でしたか?お仕事は見つかりましたか?”
“いやあ、なかなか東京はきびしいところですね。私にはサラリーマンは向かないですわ。青森へ帰ろうかと思っています。それで中山さんにお知らせしようと思って”
“そう、わざわざすみません。東京は尾崎さんのような素朴な方はなかなか大変だと思います。一度青森へ戻られてから再出発された方が私もいいと思います。”
“中山さんもそう思いますか。一応もうすでに切符は買ってあるんです。わかりました。決めました。一度中山さん! 青森へ遊びに来て下さい。リンゴ園をご案内しますよ。”
“ありがとうございます。”
“それじゃ、いろいろとありがとうございました。”
そういうと携帯は切れた。
とうとう尾崎さんは青森へ帰って行く。美里は何か一抹の寂しさを感じていた。それより母親に旅行のことを知らせておかなくては
思いお店を出ることにした。そして家路へと向かった。


次の日美里は母親の了解を取り付けた。あとは水越との旅行の日程がわかれば会社へ有給休暇の届けを出すだけだった。
美里はいろいろと旅行のことを考えてみた。出発は当然一緒の行動となるだろう。ひょっとするとこの旅行で真実が明かされるかもしれない。その為には上手に話を持って行かないとうまくかわされる心配がある。どのようにして話を持って行けばよいか美里は考えた。意外にも水越から連絡が早く来た。来週の月曜日いつものカフェーで日程表を渡すと言うのだ。その日美里は夢を見た。中世の騎士ランスロットの夢だった。手を伸ばしてもなかなか届かないのだ。だんだんとランスロットは遠ざかって行く。 
「待って!― ランスロット!」目が覚めた。今度は現実ではない。夢なんだ。いつ会えるのだろう。美里はいつか会えることを信じて待つのだった。変化のない毎日が過ぎ水越に会う日が近ずいて来た。美里は時間通りに待ち合わせ場所に行った。もちろん水越はまだ来ていなかった。今日は美里は少し豪華なものを注文した。
美里もだんだんと水越に合わせてビジネスライクになってきた。
少しして水越はやって来た。
“やあ、お待たせ。”
そういうといつもの様にコーヒーを注文した。
“早速ながら日程表です。”
そう言ってテーブルに旅行の日程表を置いた。美里はそれをつかむと中を開いて見た。出発は2週間後、東京を出発して広島、宮島、錦帯橋、萩のコースだった。
“わかりました。”
“当日の予定は東京駅八重洲中央改札口で10時待ち合わせでいいですか?
“はい、結構です。”
“中山さんは不思議な方ですね。一切断ろうとせず私の依頼を受けて下さる。私にとって大変ありがたいです。私の見込んだだけはありました。決して不愉快な思いはさせません。もしいやなことがあったらいつでも言って下さい。”
“はい、わかりました。私から見れば水越さんの方が不思議な方ですわ。”
“そう言われると私は何も反論出来ません。ではよい旅にしましょう。”
そういうと水越はコーヒーを飲み干すとテーブルにお金を置き出て行った。美里はテーブルの残りの豪華なケーキをゆっくり味わいながら食べた。いよいよ2週間後東京を離れるのだ。そう考えると美里は楽しみと不安が交差して来るのだった。

十一
あくる日、美里は会社へ有給休暇の届けを出した。これでいよいよ二週間後には一世一代のドラマが始まるんだと改めて痛感するのだった。そして母親もこの旅行を快く賛成してくれたので安心して行ける。今まで美里は一週間の旅行はしたことがなかった。その為旅行の準備も必要だった。帰りにデパートへ寄って揃えよう。美里にとって失恋をしてからの日々はこれまで男性を研究し冷静に見つめようとして来た。そしていろいろなことがわかってきた。
特に水越のような男性は見たことがない特殊な男性でそれを知る楽しさがさらに増しつつあった。そして今度の旅行は実際は一人旅と同じで多分移動時間だけは一緒の行動を取るだろう、と美里は想像していた。その後水原からは連絡なく特に連絡したいとも思っていなかった。ただいつも頭にあるのはあの中世の騎士ランスロットのことだった。あまりにも衝撃的な出会いであったので美里の心に深く刻み込まれていた。何の変化もなく日々は過ぎて行った。あっという間に二週間は過ぎて行った。美里は旅行の支度をして早めに家を出た。そして東京八重洲の近くのカフェーに入りそこでゆっくりした。この時間は通勤時間帯なので会社へ向かう人達が多く見られた。その時「あれは」美里の目に入ったのは水越だった。そしてその横にはいつぞやホテルで見かけたきれいな女性だった。水越はバッグは持っていなかった。その女性は水越と腕を組んでいた。ひときわきれいな人だったので目だった。一体この時間にどこへ行くのだろう。待ち合わせ時間に来るのだろうか。その方が美里にとっては心配だった。会社へは一週間の休暇届けを出しているので今更中止になりましたとは言えない。とにかく時間通りに行こう。不安ながら美里は時間までそこにいた。通勤時間帯も過ぎまばらになってきた頃美里は待ち合わせの場所へ向かった。荷物も着替えだけなので少し少なめにしておいた。やはり水越はまだ来ていなかった。
時間にはまだ少し早い気もした。時計を見ると針はまもなく10時を指そうとしていた。その時うしろから
“やあ、お待たせ”
うしろを振り向くと水越だった。持参しているのはバッグではなく小さな小脇に抱えたショートバッグだった。どう見ても一週間の旅行の姿ではない。
“随分身軽な格好ですね。”
“途中抜けるので身軽い方が行動しやすいんです。”
そういうと美里を導くようにして先に歩いて行った。そしてスタンドカフェーに入り絞りたてのジュースを注文して一つを美里に渡した。
水越もジュースを飲んだ。
“今から新幹線に乗ると夕方頃広島駅に着き近くにある広島グランドホテルで一泊、そこまでご案内します。部屋はデラックスだからすべて僕の指示通りに動いて下さい。”
そういうと水越はジュースを一気に飲んだ。美里もあわてて飲んだ。
“さあ、そろそろ行きましょう。”
美里は言われるがままに従った。新幹線ホームに上がると電車はすでに着いていた。指定席なのでグリーン車の方へ歩いて行った。そして中へ入り水越は切符を見ながら座席を探した。
“ここですね。すわりましょう。”
美里は座席に座った。グリーン車は広いのでゆったりしていた。
水越はパンフレットを出した。
“これらが電車の切符と宿泊券でセットになっています。”
そう言ってそれを美里に渡した。美里はそれを受け取り今後の予定
コースを注意深く見た。今夜は広島のグランドホテルで一泊、市内観光をして次の日は宮島へ連絡船で渡り宮島観光、そしてそこの老舗旅館に一泊、翌日は山口へ向かい錦帯橋へ行く。そこでは錦グランドホテルで一泊、最後は日本海に出て萩へ行く。そこの楽天地旅館と約一週間のコースとなっていた。
“いろいろと行かれるんですね。私、こちら方向は初めてです。”
“それはよかった。私の親戚が広島にいますので多少は知っているのです。ご案内してあげます。”
美里はエツと思った。一緒の行動はホテルの移動くらいと思っていたので予想外だった。
“それはありがとうございます。”
電車は動き出した。あっと言う間に東京駅を離れて行った。
美里は黙って外の景色を見ていた。するとかすかに寝息が聞こえてきた。横を見ると水越が目をつむっていた。何と早い寝息だろうと思った。余程疲れていると見える。二時間過ぎると名古屋駅に着いた。水越が目を覚ました。
“ここは? 名古屋?”
“そうです。名古屋です。よく眠られていましたわ。”
“いやあ、昨夜は寝てなくてね。僕は電車に乗るとすぐ寝てしまうくせがあってね、また電車はよく眠れるんです。中山さんはおなかはすいていませんか?”
“そうですね。そう言えば”
美里は時計を見た。すでに一時近くになっていた。
“弁当でも買いましょう。”
その内車内販売もやって来た。
“中山さん、幕の内弁当でもいいですか?”
“はい、おまかせします。”
水越は早速幕の内弁当を買った。
“はい、どうぞ”
と言って弁当とお茶を美里に渡した。美里はそれを受け取り一旦テーブルの上に置き外の景色に目をやった。水越は早速弁当を広げ食べ始めた。
“中山さん、まだ食べないんですか?”
“ええ、もう少ししてからにします。”
電車はだんだんと大阪に近ずいて行きビル群も見え始めて来た。
そしてスピードもだんだんと落ちてきた。車内放送が鳴り新大阪駅へと入って行った。
“駅弁もたまにはおいしいですね。”
そう言いながら水越は箸を止めずにもくもくと食べていた。
この人はすべて自分中心に物事を進めて行く人だ。やはり金持ちのぼんぼんなんだ。却って気を使わないで済むから楽であると、そしてこれからの一人旅を楽しもうと美里はその時思った。
その内静かになり水越はまた目をつむっていた。電車は新大阪駅を発車しビル群を抜けて次第に田園風景へと入って行った。時々停車する駅名が目に入り姫路、新岡山と中国地方へと深く入って行った。そろそろ美里もおなかが空き始めて来た様で弁当を開いた。確かに値段だけあって中身はギッシリ詰まっていた。外の景色を見ながらゆっくりと食事をしていた。その内水越の寝息が聞こえてきた。電車はほとんどトンネル内に入りなかなか外の景色が見ずらかった。中国地方はほとんど山の中を切り抜いているのでトンネルが多かった。美里も却って食事に集中できた。食事を終える頃やっと瀬戸内海の景色がちらほら見えてきた。何となくカキの香りがする錯覚に陥った。それにしても水越はよく寝る人だと感心していた。おそらく夜遊びがたたっているのだろう。美里はその様に思っていた。
次第にビルも見え始め広島駅に近ずいていた。その内車内放送が始まった。
「皆様、まもなく広島に到着します。お降りの方はお忘れ物ないように十分ご注意下さい。このたびは新幹線をご利用下さいまして大変ありがとうございました。またのご乗車をお待ちしております。」電車は次第に速度をゆるめて行った。
“そろそろ広島ですね。あー、よく眠った。”
“よく寝ていらっしゃっていましたね。”
“そうなんだ。昨夜は寝ていないんだ。忙しくてね。こういう時しか寝れないんだ。ぼちぼち支度をしましょう。”
そう言うと水越は席を立ちそこを離れた。おそらくお手洗いであろう。美里は棚からバッグをおろした。まもなく水越が戻って来た。
“そろそろデッキへ行きましょう。”
二人はデッキの方へ向かった。電車はゆっくり停車した。そしてドアが開いた。駅から出るとタクシー乗り場へ向かった。そしてタクシーに乗り込むと
“運転手さん、グランドホテルへお願いします。”
するとタクシーはすーっと走り出し10分位してホテルの前に横付けされた。二人はタクシーから降りるとフロントへ向かった。水越はフロントで一言。二言、言って記帳が終わるとキーをもらって戻って来た。
“中山さん、今日はこれでお別れです。明日このロビーで10時に待ち合わせしましょう。いいですか?”
“はい、わかりました。”
そう言うと水越はキーを渡すとそのままホテルを出て行った。カフェーの時と同じ様に美里はまた一人取り残された。仮のフィアンセとは言え新婚旅行に来て一人取り残されると一抹の寂しさを感じざるを得なかった。だがすぐこれはビジネスなんだと改めて自分に言い聞かせる美里であった。とにかく先ず部屋に入ってから今後のことを考えようとエレベーターの方へ向かった。部屋は10階だった。左端の1011号だった。部屋へ入ると中は広くダブルベッドでその上に果物籠が置いてありメモがついていた。取って見ると
「ご結婚おめでとうございます。」と書いてあった。ここまでされると余計虚しさが増して来た。こんな広い部屋に一人ぼっちあまりにもむなしいいくらビジネスと言ってもここまで来ると虚しさがさらに増して来た。時計を見ると6時近くになっていた。新婚旅行に来て一人で食事をして一人で寝るなんて聞いたことがない。私にも仮のフィアンセが欲しい。とにかく東京からの長旅なので湯舟につかりたいと思い美里はすぐさま3階の浴場へ向かった。エレベーターで3階まで行きそこで降りるとすぐ目の前に大きな看板が見えた。男湯、女湯と分かれていた。暖簾をくぐると更衣室がありそんなに混んでいなかった。ドアを引き中へ入ると湯煙が立ち込めていた。ゆっくり湯舟につかった。いっぺんに旅の疲れが取れた。目をつむるとまた中世の騎士ランスロットが現れた。美里はあわてて目を開いた。私の頭の中にはいつもランスロットがいるんだわ。一人じゃないんだわ。そう思うと何かしら寂しさが打ち消されるのだった。よく体が温まったところで湯舟から出ることにした。部屋に戻ると急におなかがすいてきた。着替えをして2階のレストランへ向かった。中へ入るとすぐボーイがメニューを持って来た。おいしそうなローストビーフを注文した。ちょうど窓際だったので夜景が見えた。広島の町も都会の様に夜景がきれいだった。まもなく食事が運ばれて来た。まだ焼きたてのため湯気が立っていた。柔らかそうなビーフだった。一口、口に運んだ。噛むととろけそうに柔らかかった。「おいしい!」。夜景を見ながらゆっくり味わった。ふと、失恋当時がよみがえった。新婚旅行が露と消えたあの日、そして今、仮の新婚旅行、三度目はほんとうの新婚旅行を味わいたい。おなかもいっぱいになりまだ横になるのは早いと思い上のラウンジへ行くことにした。上のラウンジは15階だった。エレベーターで15階まで行きそこで降りるとすぐ左側にバーラウンジの看板が目に入った。中へ入るとまわりが円形のように丸みを帯びており眼下に夜景が広がって見えた。
ボーイが注文を取りに来た。美里は軽いヴァイオレットフィズを頼んだ。あまり混んでいなかった。おなかがいっぱいになったので自然に眠気が襲ってきた。その時飲み物が運ばれて来た。
一口、口に運んだ。じっと夜景を見ていた。
“アツ”
夜景が動いている。美里は酔いのせいかと思った。さらにじっと見ていると同じ方向へ動いている。ということはこのラウンジ自身が動いているんだわ。よく見ていないとわからない動きだった。
その時
“あっ! あの人は、 鏡に映った人、”
かすかであった。似ている。あのランスロットに、兜の顔、その人はラウンジを出て行った。美里は目をつむって思い出そうとしていた。鎧をつけたランスロットを、兜を取るとあの顔、似ている。
細身の長身。夢ではない、現実なんだわ。なぜ広島に??? 
その時美里はあの人はいるんだわ。ひょっとすると旅の途中で、、、、、、
そう思うとこの旅が何か夢をかなえてくれそうな気がしてほのかな期待を抱かせてくれた。

十二
あくる日、美里は今日の行動を考えた。水越が広島の観光案内をしてくれる。今日は時間が空いているのだろうか。あるいは私に多少気を使っているのだろうか。少しは行動を共にしないと目的がつかめない。かといって長くは困る。そう考えると急におなかがすいてきた。とにかく朝食はしよう。そう思うと顔を洗いレストランへ向かった。やはり三階であった。エレベーターで三階までおりるとすぐあった。同じレストランであった。バイキング形式であった。
皿を取り納豆、ノリ、サケ、味噌汁それにごはんをトレーに載せテーブルに戻った。他に洋食もあったがやはり朝は日本食がいい。
最後にコーヒーを飲んだ。おいしいコーヒーだった。時計を見ると9時頃であった。その為遅い朝食だったので人はすいていた。
へやに戻って支度をすることにした。エレベーターで10階まで行きへやに戻った。何か今度は急に眠気が襲ってきた。ベッドに横になり少し目をつむっていた。トンネルが現れ急に吸い込まれそうになった。ハッとして目を開けた。あのトンネルは一体何なんだろう?時計を見るともう30分過ぎていた。すぐ支度に取りかかった。
へやの電話が鳴った。受話器を取った。
“もしもし”
“水越です。30分遅れますので10時30分にして下さい。”
“はい、わかりました。”
電話は切れた。
一時間余裕が出来た。美里はまたベッドに横になった、目を閉じた。するとまたトンネルが現れた。あっー 一生懸命自分を支えようとした。何かトンネル内で強力な引力が働いている。ぐんぐん吸い込まれて行く。支えきれなくて、あっ! 目の前が真っ暗になって
行くすごい力である。急に目の前が明るくなった。遠くに大きな城が建っていた。正に中世のお城だった。その上空を飛んでいた。
そのお城は絶壁に建っており唯一細い道だけがくねりながら延々と続いていた。そこへ一人の騎士が馬に乗っていた。
あれは!、そう思った途端急に落下し始めた。「あっ!」その時目が覚めた。時計を見た。
10時15分頃であった。美里はすぐさま支度をして下のロビーへ向かった。もちろん水越はまだ来ていなかった。その後水原から連絡がない。連絡がないと気になるものだった。かといって美里から連絡する気はなかった。そう考えていると
“お待たせしました。”
そう言って水越はフロントの方へ行った。どうやら精算をしているようだった。水越が戻って来ると
“さあ、精算しましたので出発しましょう。”
そう言うとさっさと玄関の方へ向かって行った。
美里はバッグを持ちあとについて行った。外へ出るとすぐタクシーを呼んだ。ホテルで待機しているタクシーなのですぐ来た。運転手が出て来て美里のバッグをうしろのトランクに積み込んだ。そして
“運転手さん、市内の方へ行って下さい。”
と言うと車は走り始めた。しばらくして
“運転手さん、市内観光をしたいので適当にその場所へ行って停めて待機していて下さい。”
そう言うと運転手はうなずいた。そして先ず向かった先が有名な原爆ドームだった。そこで降りた。水越はさっさと歩きドームの前に来ると
“中山さん、これが有名な原爆ドームですよ。私はまだ生まれていませんが子供の頃写真展なんかで見ましたがすごかったです原爆の恐さがしみじみわかりました。”
“そうなんでしょうね。でもよく倒れないで今日まで残っていますね。”
“私もそう思います。さあ、行きましょう。”
そう言うと車の方へ歩き始めた。車に乗り込むと
“運転手さん、市民球場の方へ行って下さい。”
車は市電に沿ってゆっくり走って行った。左方向に広島市民球場が見えてきた。マツダのマークが大きく浮び上がってきた。
“中山さん、あれが広島市民球場です。広島だけは市民がスポンサーなんです。最近はマツダが少し資本を出しているのでマークがついているんでしょうね。”
“水越さんは広島カープフアンですか?”
“ええ、一応、なかなか優勝出来ませんがね。”
その内車はそこを通り過ぎると広島の中心街へと入って行った。両脇にデパート見てゆっくり走った。
“運転手さん、今度は広島城の方へ行って下さい。”
車は左方向へ向きを変えて中心から離れるようにして走った。
やがて遠くにお城らしきものが見えてきた。車は手前の公園らしき所へ入って行き駐車場のマークのある場所へ入ってそこで止まった。
“さあ、着きました。降りましょう。”
美里は水越に続いて車を降りた。水越はお城の方へ向かって歩いて行った。かなり観光客はいた。お城の近くでは写真を撮る人が多かった。よく見ると写真を撮ることが商売の人もいた。
“中山さん、我々も写真を撮ってもらいましょう。”
そう言うと水越は写真屋の方へ行き何事か話していた。そしてこちらに戻って来た。
“あそこでお城を背にして撮りましょう。”
そう言うと水越は美里を促してその場所まで行った。すると写真屋が近寄って来て二人を並べいろいろと直していた。
そしてうしろへ下がり「そのまま動かないように」と言うと写真機を構えて「いいですか撮りますよ」と言ってシャッターを切った。そして「5分くらいで出来上がります」と言った。
“わかりました。ちょっとその辺を散歩して来ますから、中山さん、少し歩きましょう。”
“はい、”
二人はお城のまわりをゆっくりと歩いた。
“中山さん、私はね、お城を見ると落ち着くんですよ。壮大ですよね。戦国武将の権利の象徴、鎧です。”
その時美里は同じ時代の西洋の中世のお城を想像していた。
“水越さん、ニューハーフにご興味ありますか?”
“なぜ急にそんな質問を?”
“いえ、ニューハーフは美人ですから、水越さんには美人のお友達が何人かいらっしゃるように見受けられたもんですから、つい、”
“そうですね。特に意識はしていません。偶然好きになった人がニューハーフだったということもありますからね。”
その時美里は思った。やっぱりあの時の美人はニューハーフなんだわ。あんなきれいな顔の整った女性はいない。
“さあ、戻りましょうか。”
そう言うと元の場所へ向かった。すでに写真は出来上がっていたようで水越は写真屋から受け取っていた。そしてこちらの方へ来て
“中山さん、よく撮れているよ。ほら、”
写真を渡されそれを受け取り見た。よく撮れていた。うしろのお城も見事によく写っていた。やはりプロだと思った。
“よく撮れていますね。”
美里はそれを水越に返した。水越はそれを見て
“よく見ると中山さんは美人ですね。”
“まあー、水越さんったらお世辞もお上手ですこと。ありがとうございます。”
“いやあ、お世辞なんか私は言いません。女性というのはその場に応じて変化するんですよ。女性の持つ独特の雰囲気かな。ただ外見がきれいというのではなくて体から出て来る美しさかな、うまく表現出来ないけど”
“でもおっしゃろうとするお気持ちはよくわかるわ。”
“よかった。中山さんは時々するどく突っ込んだ質問をされるから大変だ”
二人は車の方へ戻った。
“運転手さん、広島駅の方へ行って下さい。”
車は駅の方へ向かって発進した。
“中山さん、これから宮島へ向かいますよ。山陽本線に乗って宮島口で降りて今度は船に乗ります。”

十三
車は駅へ着いた。車から降りると駅の方へ歩いて行った。山陽本線の案内に従って歩いて行った。広島始発なのですでに電車は着いていた。二人はそれに乗り込んだ。時間になり電車は動き始めた。
新幹線と違って急にローカル線になったので美里は旅行気分になった。
“この線は山陽本線と言っても山陽新幹線にお客を取られて今は電車の本線も少なく一時間に4―5本位なんです。それにゆっくり走るのでまさにローカル線になってしまいました。”
“でもその方が旅行に来ている感じがいていいですわ。”
美里は外の瀬戸内の海の景色を食い入るようにして見ていた。
静かになったのでふと脇を見ると水越は目をつむっていた。何と眠るのが早い人なんだろう。美里は水越の眠りの速さに感心していた。電車は右に山を見て左に海を見てゆっくり走っていた。海が間近に見えてきた。遠くにカキの養殖らしき海上に白い木がネットのように張り巡らしてあった。その内「宮島」という駅名が放送された。するといつのまにか水越は起きていた。
“もう宮島口だね。そろそろ降りる準備をしなくては”
美里は棚からバッグを下ろしそばに置いた。電車はゆっくりと速度を落とし始めた。そしてプラットフォームが見えて来てさらに速度を落としゆっくり止まった。
“さあ、着きました。降りましょう。”
水越は先に立って歩き始めた。美里はバッグを持ちあとについて行った。電車を降りると改札の方へ向かった。改札を出るともう目の前は連絡船への乗り口で看板には「宮島」と書いてあった。水越は切符売り場の方へ向かい切符を買っていた。そして戻って来た。
“中山さん、はい、切符です。”
美里はそれを受け取った。そして乗船口の乗り場の列のうしろに並んだ。ふと、海の方へ目をやると遠くの島にかすかに海から突き出ている赤色らしく鳥居が見えた。
“水越さん、時間はどの位で向こう岸に着くのですか?”
“そうだね、30分位だと思います。”
“早いんですね。波もあまり立たないですね。”
“そうなんだ。波と言えば船が通り過ぎると立つ波ぐらいで瀬戸内海は静かなんです。”
“いい所ですね。”
“宮島は日本三景の一つなんです。”
すると前の列が進み始めた。二人はそれに従って前へ歩いて行った。そして船に乗り込んだ。船内はなかなか広く二階もあり二人は二階の方へ上がった。窓際が空いていたのでそこへすわった。少し船は揺れていた。
“ちょっと外の空気を吸いませんか?”
“どうぞ私はここにいますから。”
“じゃ、ちょっと外へ行ってきます。”
そう言うと水越は外へ出て行った。そして出港の放送が流れた。
水越はそのまま戻らず外にいるようだった。船は静かに動き始めた。海の中間まで来ると少し波に乗る様な揺れがあった。横を見るとカキの養殖用の木のネットが間近に見え通り過ぎて行った。そして遠くに見えていた鳥居が次第に大きくなってきた。きれいな赤色であった。その内水越が戻って来た。
“やはり海はいいなー、私はこの瀬戸内海が好きなんです。波が静かですし子供の頃はよく遊びに来ました。もうすぐ着きますよ。”
“そうですね。ほんとうに船はゆれないんですね。”
船は次第に速度を落とし始め接岸近くまで来るとエンジン音が急に大きくなり横に進み岸には人が立っておりロープを投げていた。
そして船は接岸した。
“さあ、着きました。降りましょう。”
美里は水越のあとについて降りて行った。すぐ右側に遠くから見えた赤色の鳥居が目の前にしっかりと見えた。改札を出ると
“中山さん、少し歩きましょう。私はもう10年ぶりかもしれません。すこし見たいのです。この宮島が好きなんです。ここは平家の守り神で心が落ち着くのです。”
“水越さんは古風な方なんですね。”
美里は一緒に水越と歩いた。水越は子供の様にキョロキョロしていた。
“中山さん、御殿へ入ってみましょう。”
美里は水越について歩いた。やはり赤色のまるで京都の御所を思わせる建物に見えた。履物を履いて上がれるそうでそのまま入って行った。よく映画やテレビのドラマで見たけれど実物を見たのは初めてであった。確か一時台風で水浸になったと報道されていたけどそれにしてもずいぶんきれいでなっていた。
“この建物はね、一つも鋲は使用されていないんだ。神様のお住まいなので一本も釘は使っていない。建物としては有名なんだ。”
“よくご存知なんですね。”
“私は神にお仕えしたいと思ったことがあります。”
“それはどういうことなんですか?”
“私の今存在しているのは神様のおかげなんです。”
“私にはよくわかりません。”
美里は水越がそこまで神に帰依しているのか見当もつかなかった。
“いいんですよ。それで。さあ、行きましょう。”
二人はその建物を通り抜け鳥居の見える公園の方へ向かって歩いて行った。鹿が数匹いた。そして近よって来た。
“さあ、写真を撮りましょう。”
水越は写真屋の方へ行った。そして一緒にこちらへやって来た。
“中山さん、写真を撮りましょう。あそこの鳥居をバックにしましょう。”
水越は美里を促して鳥居を背にした。写真屋は手でいろいろと指示してシャッターを切った。
“さあ、出来上がるまでもう少しブラブラしましょう。”
水越は下の海辺の方へ降りて行った。だいぶん潮も引いてきていたので遠浅にあんっていた。水越はそこまで行きしゃがみこんで海水をさわっていた。まるで童心に帰ったみたいにはしゃいんでいた。美里はそれをじっと見ていた。「この人はほんとうは心が純心なんだ。ひょっとするとその辺に謎がひそんでいるのかもしれない」
水越が戻って来た。
“さあ、戻りましょう。”
そう言ってまたもと来た道を歩き写真屋のところに行き写真屋から写真を受け取ると戻って来た。
“中山さん、どうですか。”
そう言って美里にそれを見せた。
“よく撮れていますね。さすがプロですね。”
“これも中山さんはきれいに映っていますね。やっぱり中山さんは美人なんだ。”
“あら、今迄はそう思っていなかったのですか?”
“あっ!これはまた一本取られましたね。やはり中山さんにはかなわないなー あっ!はーはー”
二人はまた元の来た道を戻って行った。
“さあ、今夜の泊まる旅館へご案内しますよ。”
水越はさっさと歩き始めた。そして他の旅館とちょっと違った格式のある旅館の前に来ると止まった。
“この旅館が今日の宿泊する所です。さあ、入りましょう。”
水越は中へ入って行った。そしてカウンターへ行き記帳してから戻って来た。
“さあ、キーです。では明日10時にこのロビーでお会いしましょう。今宵はゆっくり休んでください。”
そう言って水越は出て行った。何とまあー、さっきの童心から一気にビジネスマンに戻っていた。美里はエレベーターで5階まで上がり降りると一番奥の部屋だった。中へ入ると見かけより中は広かった。やはりダブルベッドだった。しかし今度はシングルも一つ用意してあった。美里はひとまずバッグをおろすといったん窓際の椅子に腰かけた。今までの水越の行動を思い起こしていた。特に気に留めたことは広島城へ行った時と宮島での行動だった。水越には表と裏がはっきりしている。普段はクールなビジネスマンだが格式のある建物に会うと純心になる。きれいな心が現れる。きっと童心に帰るのだろう。美里はじーっと外の景色を見ていた。やはり赤い鳥居は大きく見えていた。水越は誰の所へ行くのだろう? 
やはりニューハーフの美人の所だろうか。今度あとをつけてみよう。その時鳥居の近くに一人の男性が目に入った。誰かに似ている。
女性と一緒だった。長身であった。まさか? でも後ろ姿は似ている。その時携帯が鳴った。
“もしもし”
“もしもし水原です。中山さんですか?”
“はい、水原さん? お元気ですか?”
美里はやはりうれしかった。
“はい、元気です。ご無沙汰しています。中山さんの方はお元気でしたか?”
“はい、元気です。”
“実は例の女性と仲直りしまして結婚することになりました。それで先ずは中山さんにお知らせしようと思いまして”
“それはよかったですね。わざわざそんなにお気を使わなくてもよかったのにでもありがとうございます。”
“ではその時になったらまたご連絡します。”
そう言って電話は切れた。美里は尾崎に続いて水原も去って行くさみしさを感じていた。ふとあのランスロットのことが頭を過った。
一体どこにいるのだろう。会いたい。時計を見るとまだ4時頃であった。夕食にはまだ早い。そうだ景色のよく見えるラウンジへ行こう。そう思うや美里は着替えをしてからラウンジへ行くことにした。エレベーターに乗り10階まで上がり降りるとすぐ目の前にラウンジの案内がありそれに沿って行くと入口があった。中へ入ると景色のよく見える奥のテーブルに座った。すぐボーイがやってきた。
コーヒーを注文した。今の時間はすいていた。すぐコーヒーが運ばれてきた。コーヒーポットにミルクと砂糖、ゆっくりコーヒーを味わった。コーヒーの香りがしていた。「おいしい!」外を見るとまだ外は明るく鳥居もはっきり海辺に立っていた。
きれいな赤色だった。宮島の海はきれいだ。そしてはるか向こうに乗って来た時の宮島口が見える。そして一隻の連絡船がこちらに向かっていた。ほんとうに瀬戸内海は波が立たないので静かであった。まるで時間が止まった様に静寂が続いた。ふと時計を見ると5時を過ぎていた。おなかも少々すいてきた感じもしたので食堂へ行くことにした。美里はラウンジを出るとそのままエレーベーターに乗り2階まで下りレストランへ向かった。中へ入るとそれぞれのテーブルは小さな仕切りで区切られておりまるで部屋で食事をしているように思えた。美里は自分の部屋番号にすわった。そして少し背を伸ばすと周りが見えた。
テーブルにはすでに鍋が置いてあった。すぐ係りの人がやってきて鍋に火をつけた。順番に食事が運ばれてきた。鍋に火がつけられて5分くらいして係りの人がやってきて鍋のふたを取った。カキ鍋であった。係りの人が言った。
“広島の名産のカキ鍋です。熱いうちに召し上がってください。
こちらの生ガキは取れたてでこの酢につけオレンジを絞ってかけて召し上がってください。それではごゆっくりお召し上がりください。”
と言ってお辞儀をして引き下がった。
美里はカキ鍋に箸をつけた。カキを口に運んだ。少し熱かったがよく味噌と調和しておいしかった。次に生ガキにオレンジを絞ってかけ酢につけて食べた。また違った味わいでカキは海のたんぱく質と言われており口の中でとろけた。その時美里はこれが好きな人と一緒ならどんなにいいだろうかと思った。他に海産ものが多く並べてあった。ゆっくり味わった。明日は錦帯橋、どんなおいしい料理が出てくるのだろう。楽しみであった。
美里はいったん部屋へ戻ることにした。席を立つと周りはすでに満席だった。平日のせいかあまり子供連れの姿はなかった。
部屋に戻り少し休んだ。電話が鳴った。
“もしもし”
“もしもし中山さん?水越です。夕食はお済みになりましたか?”
“ええ、今終わって戻った所です。”
“そうですか。夕食にはカキがたくさん出たでしょう。広島のカキはおいしいですよ。それじゃ、明日10時にロビーで。”
電話は切れた。水越が何のためにわざわざこんな時間に電話をかけてきたのだろう。自分の行動を監視しているのだろうか?
水越は今どこにいるのだろうか? 誰と? 今日で二泊になる。
美里はふと今までの行動を考えてみた。広島市内観光、宮島観光、水越は根は古風で信心深い人の様だ。女性関係はどうも少し違っている。美人好みでニューハーフもいる。意外と遊び人かもしえない。しかしきちんとしている。わからない。もう少し様子を見てみよう。美里は少しおなかもおさまって来たので上のラウンジへ行くことにした。エレベーターに乗り10階まで上がった。扉が開き降りてラウンジへ向かった。中へ入るとすでに外の景色は先程と違って暗くなっていた。同じ場所が偶然あいていた。美里はそこへ座ることにした。すぐ係りの人がやって来た。今度は少し甘いカクテルを注文した。外を見ると鳥居はすでにほのかな明かりの中に包まれておりまるで海に浮かんでいるように見えた。かすかに波のうねりが白っぽく見える程度で幻想的だった。まもなくカクテルが運ばれて来た。ゆっくり味わった。少し甘酢っぽかった。オレンジのせいかもしれない。でもかえっておいしかった。体全体にしみわたった。だんだんと体があたたかくなって来た。
“あのー、となりにすわっていいですか?”
美里はとっさの声に振り向いた。そこには30代らしき男性が中腰で立っていた。まさかこんな所で声をかけられるとは思ってもみなかったのでつい反射的に
“はい、”
美里はとっさに答えた。
“ありがとうございます。私も一人なのでもしまだお連れの方がいらっしゃらないのであれば少しだけいいですか?”
“はい、大丈夫ですよ。”
その人は安心したようにテーブルにすわった。
“向こうの方からお見かけしてついきれいな方だなーと思い声をかけてしまいました。”
“まあ、お口がお上手ですこと。”
“私は小林と言います。昨年妻を亡くしましていわば傷心旅行というか「ぶらり旅」をしています。妻と一緒になって3年になります。産後の肥立ちが悪く妻はなくなりました。運悪く子供も駄目でした。
一挙に不幸が訪れました。そんなこともあってこの旅に来ました。
“大変ご苦労されたんですね。”
“すみません。愚痴を言うためにここにすわったんのではありませんがただ無性にお話がしたくて”
“いいですよ。それで気がすむのであれば私も暇ですから”
“そう言って下さると多少は救われます。ところでさしつかえなければお名前でも”
“ああ、申し遅れました。私は中山と言います。”
“ところで中山さん、人の人生というのはどこでどう転ぶかわかりませですね。一瞬にしてどん底に落ちることもあるんですね。
でも人生は自分との闘いですね。逃げてばかりしておれません。
そう思って心の整理と思って今旅をしています。中山さんを遠くから見ていて面影が妻に似ていたもんですからつい声をかけてしまいました。”
“奥様が私に?”
“はい、外の景色を見ている姿が特によく似ていました。妻もよくそんな素振りをしていました。”
そう言うと小林は外の景色に目をやり何かを思い出しているかの様に見つめていた。
美里も同じ様に外の景色に目をやった。その間静寂が走った。
“中山さん、人は一人では生きていけないんですかね?
せっかく好きで一緒になってもなくなったのではどうしようもないですね。また一から出直しです。”
“私も同じような境遇でした。”
“えつ? 中山さんが? それどういう意味ですか?もし差し支えなければお聞かせ願えますか?”
小林は美里も同じ境遇と言うので身を乗り出していた。
“私にも以前好きな人がいて失恋しました。”
小林はじっと聞いていた。
“その人は私の境遇を知り婚約を解消して来ました。そして他の人と一緒になり海外へ赴任しました。”
“それで?”
“その後の消息はわかりません。また知りたいとも思いません。”
“その人は同じ会社の方ですか?”
“はい、そうです。”
“たとえどんな理由にせよ婚約破棄はよくないですね。”
小林はそれ以上のことは美里を追い詰めることになると思いしなかった。
“そうですか。私だけじゃないんですね、で、今回は新たな恋人と一緒ですね。”
美里は黙っていた。小林は余計なことを言ったと思い、
“すみません。余計なことを言いまして”
“いいえ、気にしないでください。ちょっとわけがありましてそれ以上のことは”
“わかりました。どちらにせよ男と女はむつかしいですね。あまり長居すると悪いのでこれで失礼します。あっ、そうだ私の名刺を渡しておきます。何かの縁ですからそれじゃ、”
そう言うと小林は名刺をテーブルに置くと去って行った。美里は名刺を取ってみた。その名刺には小林雄二 小林商事 専務取締役と書いてあった。あの人は重役さんなんだ。その時水越と同じ二世なんだと思った。そして自分と違った苦しみを背負っているんだわ。美里はそう思った。
外の夕闇も次第に深まって行き遠くに赤い鳥居も少し光っていた。まるで幻想の中に浮かんでいる様に見えた。
その時ひょっとすると親に言えない事情の一つに水越の彼女は身ごもっているのではないだろうか、あの両親だと厳粛そうだからそれもありうると美里は思った。もしそうだとするとどのタイミングで親に告げるのだろうか? そう考えながらじっーと消えかかった鳥居を眺めていた。鳥居は時間と共に薄暗くなり少し霧もかかってきたせいか次第に暗闇へと消えつつあった。美里はそろそろカクテルもまわって来たようなので部屋へ戻ることにした。その時背中に人の視線を感じた。里美は一瞬振り向いた。誰もいない。他のお客は皆二人か三人連れであった。気のせいだわ。美里はそう思いレジへ向かった。レジではサインをしてそのままエレベーターの方へ行き部屋へ戻った。ちょうど十一時近かった。美里はシャワーを浴びてベッドに入った。ほのかな酔いもあってすぐ深い眠りに入った。
夢の中で小林が現れいきなり美里にプロポーズして来た。美里は困りはてその時ふっと目が覚めた。時計を見ると二時を指していた。それからは夢は見ずぐっすり眠った。

十四
あくる日、美里は心地よい目覚めで起きた。時計は7時を指していた。外へ目をやった。今日も天気はよさそうだ。今日の錦帯橋はどんな所だろう。絵で見て知っている程度なので本物は見たことはない。水越は錦帯橋も案内してくれるのだろうか? まるで修学旅行の引率の先生みたいだ。朝食は確か8時からでバイキング形式だ。シャワーを浴びることにした。アルコールもすっかり抜けて気持ちよかった。少し窓際の椅子に腰かけた。真っ先に赤い鳥居が正面に飛び込んで来た。空気が澄んでいた。
その為青い空と赤い鳥居の狭間に遠く地平線に細長い陸が見える。画家にとっては最高の風景だろう。そう考えているうちに少しおなかがすいてきた。美里は着替えをして食堂へ行くことにした。
昨日と同じ場所で今度は仕切りはなかった。同じ席だった。皆それぞれバイキング形式なので席を立ち奥に用意してある料理めがけて歩いていた。美里は少し混んでいるようなのですくのを待った。不思議なものでなぜ皆同じ時間帯に集中するのだろう。少し待てばすくのにと思った。
“中山さん”
うしろを振り向くと昨夜の小林さんだった。
“あっ、小林さん”
“どうされました。お食事は?”
“いえ、ちょっと混んでいるのですくのを待っていました。”
“そうですか、代わりに私が取って来ましょうか。好き嫌いはありますか?”
“いえ、大丈夫です。少し時間が経ってから行きますので”
“そうですね。わかりました。無理時にはしません。それじゃ、”
そう云うと小林は奥の料理の方へ歩いて行った。美里は小林の後ろ姿を見送った。混んでいる中をうまくかき分けて入って行った。
少しすいて来た感じがしたので美里は料理の方へ歩いて行った。
和食と洋食があったので洋食の方へ行った。皿を取り先ず焼きたまごを取りサケも皿に載せた。そしてサラダも取り小皿にパンを乗せオレンジジュースをグラスに注いだ。そして席に戻った。急におなかがすいてきた。先にオレンジジュースを飲んだ。しぼりたてなのでおいしかった。パンは焼き立てでまだ少し熱かった。人もだんだんとすいて来た。夕食と違って朝食は皆早かった。美里も出発のため食事が終わると部屋に戻ることにした。十時にはまだ一時間あった。少しベッドに横になった。すっーと眠気が襲って来た。美里は空を飛んでいた。そして自分に手招きをしている人がいた。顔が見えない。誰なんだろう?次第に小さくなって行く。急に突然すっと落ちて行った。その時目が覚めた。時計を見た。十五分前になっていた。美里は急いで支度をしてロビーへ向かった。
まだ水越は来ていなかった。美里はロビーの椅子にすわった。一瞬誰かの視線を感じた。振り向いた。しかしそれらしい人は見つからない。昨夜と同じ視線だった。まもなく水越の姿が入口に見えた。水越は美里を見ると歩いてやって来た。
“おはよう。中山さん、キーを下さい。”
そう言ってキーを受け取るとそのままフロントの方へ行った。そしてレジが終わるとこちらに戻って来た。
“さあ、行きましょうか。”
水越は出口の方へ歩いて行った。美里はバッグを取り水越のあとへついて行った。水越の足は少し早かった。美里は小走りでやっと追い付いた。
“水越さん、急いでいらっしゃいますか?”
“いえ、宮島口行きの連絡船がまもなく出るのでつい足早になってしまい申し訳ない。”
水越の頭の中はもう次の宿泊地の山口の錦帯橋へ向かっているのだった。まもなく連絡船の乗り場が見えて来た。水越はさっさと切符売場の方へ歩いて行った。美里は途中で止まり水越を待った。
水越は売場から戻って来た。
“はい、切符です。まもなく出発ですので行きましょう。”
美里は水越のあとへついて行った。二人の行動を他人が見るとどう思うだろう、つい美里はそんなことを考えていた。船の中へ入るともう中はいっぱいになっていた。
“中山さん、どうしますか?私はまた外へ出ますが。”
“私は中へいますからどうぞいいですよ。”
水越は来る時と同じようにまた外へ出て行った。船は動き始めた。だんだんと鳥居の姿も小さくなって行った。今日も天気はいいので波は静かであった。中間まで来るとまたあのカキの養殖の木のネットが見えて来た。それを過ぎると次第に宮島口に近ずいて行った。その内水越が戻って来た。
“そろそろ着きますよ。降りる準備をしましょうか。”
船の速度も次第に落ちて行き岸の方では縄を持った人が二人待っていた。そしてその縄を投げると急にエンジン音が大きく鳴り接岸して止まった。乗客は順番に降りる準備をし始めた。
“中山さん、ゆっくり降りましょう。まだ時間はありますから。”
待っている内に最後になった。
“さあ、行きましょう。”
二人はゆっくり降りて行った。そして少し歩くとすぐ宮島口駅についた。今度は電車であった。水越は改札口へ行き切符を買った。そして戻って来た。
“はい、切符、今度は電車で岩国まで行きそこから車で行きましょう。”
美里は切符を受け取ると水越について行き改札を通り抜けデッキへ上がった。5分くらいして電車が入って来た。
“この電車です。乗りましょう。”
電車はすいていた。やはりローカル線だった。客層もあまりネクタイ姿は見当たらず地方の人がほとんどに見えた。美里は窓際に座った。ちょうど外の景色が見えた。しかし電車はなかなか発車しない。
“電車は何分位停車なんですか?”
“そうだね。多分5分くらいじゃないのかな、駅によっては違うと思うけど宮島口は連絡船の関係もあって少し長いんだと思う。”
美里は駅構内を見ているしかなかった。その内発車ベルが鳴り電車はやっと動き始めた。すぐ駅の外へ出た。電車は徐々に速度を上げて行った。すぐ海が見えて来た。遠くに小さな島々が見えた。波もなく太陽の光で海面が反射していた。ひょいっと横を見ると水越は目をつむっていた。一体この人は夜何をしているのだろう。
いつも時間があると寝ている様に見える。いくつかの駅に停車した。そして大きな川を渡ると「次は岩国―、岩国―」と車内放送が鳴った。
すると
“中山さん、次の駅ですから用意をして下さい。”
水越はいつの間にか起きていた。美里は上の棚かバッグを下した。
その内電車は速度を落として行った。そして駅構内へ入ると停車した。
“さあ、行きましょう。”
水越は身軽いもので小さなバッグを小脇に抱えて先に席を立ち降り口の方へ行った。美里はあとについて行った。駅を出るとすぐタクシー乗り場へ向かった。そしてそのままタクシーに乗り込んだ。
“運転手さん、錦帯橋の方へ行って下さい。”
車はすぐメーターを倒すとすーっと走り始めた。町中を走り通り抜けると両側に田畑が見えた。そして遠くに山々も見えてきた。
“中山さん、錦帯橋はね、岩国川にかかっている橋なんです。かなり上流の方ですがそこには紅葉がいっぱいあって秋などはまばゆいばかりにきれいなんです。”
“写真ではよく見ますが実物はきれいなんでしょうね。”
車はびゅんびゅん飛ばして行った。ほとんど渋滞はなく町中へと
入って行った。町中は一見温泉街の風情に感じた。そして町中を通り抜けると正面に川が見え始めた所で車は止まった。
“さあ、降りましょう。”
車から降りると水越は歩き始めた。美里は後へついて歩いて行った。水越は後ろを振り向き
“中山さん、ほら、もう錦帯橋が見えるでしょう。”
水越はその方を指差した。
“あそこまで歩きますよ。”
水越の足が少し早まった。もっとゆっくり歩いてくれないとまわりの景色が見えないと美里は思った。錦帯橋のそばまで来るとやっと速度が落ちた。
“中山さん、先に写真を撮りましょう。”
水越はキョロキョロし始めた。写真屋を見つけると近ずいて行き一言二言話すとこちらにやって来た。
“中山さん、あそこの橋をバックに撮りましょう。”
水越は美里を促して川のそばまで行った。そして写真屋は例のごとく身振りをし形を指示していた。そしてシャッターを押した。
水越は写真屋の方へ行き何やら告げてこちらに戻って来た。
“中山さん、さあ、あの橋を渡って向こうの公園へ行きましょう。その前にちょっと待って下さい。”
水越は今度は少しゆっくりと足元を見ながら下の方へ降りて行き石畳まで下りて川のそばのほとりまで歩いて行った。そしてしゃがみこんで川の流れに手を差し入れた。宮島といい余程水遊びが好きなんだなーと思った。まるで子供だった。少しして水越は戻って来た。
“お待たせ、私は海といい川といい、子供の頃はよく遊びました。
大好きなんですよ。水遊びが。さあ、行きましょうか。“
水越は先に立って歩き始めた。その時美里はあの例の視線を背中に感じた。すぐ後ろを振り向いた。それらしい人は見えなかった。
また気のせいかな。でもこの視線は様子を伺っている視線で決していやな感じではなかった。美里は水越のあとをついて歩いて行った。錦帯橋は橋が山のように丸くなっておりちょっと歩きずらかった。真中まで来ると水越は止まり下の流れる川を見た。
“この橋は私が子供の頃は歩いて渡れなかったんです。それだけ大事にしていたんですね。今ではおそらく要望が強くて渡れるようになったんだと思います。ですから向こう側のあの橋を渡って公園まで行ったものです。”
水越はじっーと向こうの橋を見ていた。子供の頃を思い出しているのだろう。考えてみると今回の旅は水越の青春を追っているようにも見える。そしてその頃を思い出している。
“さあ、行きましょうか。”
水越はやっと歩き始めた。公園まで来ると
“あそこの茶店で休みましょう。”
ちょうど昔の茶店の形をしていて古風であった。団子の旗が立ってあった。すわる所も畳であった。
“中山さん、団子食べますよね。”
“はい、”
水越は団子を注文した。まるで水戸黄門に出てくる茶店に似ていた。
“古風なお店ですね。”
“そうなんです。昔とちっとも変っていないんです。私はこれが好きでね、よく食べました。”
お店の人が団子を持って来た。
“この団子おいしいですよ。宮島の紅葉まんじゅうと同じくらい錦帯橋の団子はおいしいんです。”
水越はおいしそうに団子を食べていた。
“水越さん、なぜ素直に婚約者をご両親に紹介出来ないのですか?”
水越は黙っていた。そしてぽつりと言った。
“中山さん、不思議に思われるでしょうね。これだけは言っておきましょう。私は実の子ではないのです。両親は私がこのことに気がいると思っていません。今はここまでしかお話出来ません。”
水越はまた残りの団子を食べ始めた。水越は実の子ではないんだ。両親との間に秘密があるんだ。どんな秘密なんだろう。この旅行でそれがわかるだろうか。
“さあ、中山さん、歩きましょうか。”
鹿が近寄って来た。鹿は何かを欲しがっていた。しかしもらえないとわかると他の人の方へ歩いて行った。
誰か私を見ている。美里は一瞬その方を見た。
“あっ”
今度は人ごみの中で長身の人を見た。外国人の様にも見える。視線は合わなかったけど確かにあの方向からだ。誰だろう? あの視線は監視の視線でいやな感じはしない。
「なぜ私を?」
“中山さん、どうしました?”
“いえ、誰か私を見ている様に感じましたので”
水越はきょろきょろ見回した。
“もういいんです。私の気のせいかもしれませんので”
水越はもと来た道を歩いて行った。美里はあの視線が次第に気に
なって来始めた。
「なぜ?」
いやな視線ではないけど、、、 
水越はかまわず歩いて行った。美里は黙ってついて行った。
季節が今がちょうどいい時期の様でかなりの観光客が来ていた。
やはり桜がちょうど満開で見頃であった。水越は時折止まり桜をじっと見ていた。そして言った。
“中山さん、桜はきれいですね。一つ一つを見ると小さいのに全体を見るとほんとうにきれいだ。人もいつもこうあって欲しい。”
美里はこの人は何を考えているのだろうかと思った。何かがこの人にはあるんだ。心にどんな秘密を持っているんだろう。表と裏、ますます美里は興味を抱いた。その内橋にさしかかった。水越はまた止まり橋の上から川の方をじーっと見ていた。美里は言った。
“川の水がきれいですね。”
“そうなんです。この川の水はあの高い山から集まってここへ流れて来ているのです。最後は岩国川となって瀬戸内海へ注ぎこんでいるのです。”
美里は何か神秘的なものを感じた。水越はあの高い山に神が宿っていると言いたいのだろうか。
“人の心もこうありたいですね。さぁー 行きましょうか。”
水越は橋を登りはじめた。そして渡り終わる頃
“さあ、宿の方へ行きましょう。”
水越は川に沿って歩いて行った。そして一つの宿の前で止まった。古風な旅館であった。宮島といい他の旅館とちょっと違っていた。見かけは古かった。
“ここの旅館です。さあ 入りましょう。”
美里は水越に続いて中へ入って行った。女将さんらしき女性が近寄って来た。きれいな人だった。何か水越と顔見知りの感じがした。
“水越様、いらっしゃいませ。”
そう言うとフロントの方へ導いて行った。水越と一言二言言葉を交わすと頭を下げて他のお客の方へ行った。水越はフロントで記帳を済ませると戻って来た。
“あの女将とは古い知り合いなんだ。きれいな人でしょう。”
“そうですね。きれいな方ですわ。”
“中山さんのこと、お願いしておきましたから、明日は10時頃迎えに来ますから、はい、キー、私はこれで引き上げます。”
水越はいつものように旅館を出て行った。

十五
美里は一旦荷物を置きに部屋へ行くことにした。511号室となっていた。エレベーターで5階まで上がりおりてすぐ近くに部屋はあった。中へ入ると意外と広い部屋だった。ダブルベッドと畳があった。畳は広くベランダもあった。ベランダは鍵がかかっており花が咲いていた。すぐそばには川が流れていた。美里は椅子に座った。五階からでも川の新鮮さはわかる。川は清水が遠くあの山の頂から流れて来てそれが合流してこの川へとなると水越は言っていた。神様はほんとうにいるのだろうか。少しのどが渇いたので冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しコップに入れて飲んだ。おいしかった。
部屋の電話が鳴った。
“もしもし”
“女将の高島と言います。中山様でいらっしゃいますか?”
“はい、そうです。”
“水越様からお世話を言い使っております。何かございましたら何なりとお申し付け下さい。どうぞごゆっくりして下さい。”
“はい、ありがとうございます。”
電話は切れた。
水越とはどんな関係なんだろう?昔の知り合いと言っていた。それにしても水越にはいろいろな女性がまわりにいる。やはり気になる。またあの女将には私たちのことを水越はどの様に言っているのだろうか、やはり気になる美里であった。夕食までには時間があった。錦帯橋まで一人で散歩に行くことにした。バッグは部屋に置きそのままの姿で部屋を出た。一階に下りるとキーをフロントに預けて外へ出た。まだ外は明るかった。水越と一緒の時は水越のあとについて行くことだけを考えていたのであまりまわりの景色を見ていなかった。今度はゆっくり見ることが出来る。そう思いながら美里は川の流れをゆっくり見ながら錦帯橋の方へ歩いて行った。その時うしろの方で声がした。
“中山さん?”
美里はうしろを振り向いた。
“アツ! あの時の方、”
小林はにこにこしながらそばへ寄って来た。
“お一人じゃー、ないですよね。”
そう言いながら小林はまわりをきょろきょろ見回した。
“一人です。ちょっとわけがありまして”
美里はゆっくり観光出来ると思っていたのに!一瞬顔に出かかりそうになったので急いで笑顔に切り替えた。
小林はそれを察したかどうかはわからないけど
“またどこかでお会いするでしょう、”
と言ってその場を去って行った。
美里はほっとした。今日はゆっくり観光をしたいと思った。昼間はずっと水越と一緒だったのでそれもまるでうしろへ一歩さがった格好だった。夕方の錦帯橋もまた格別だろうと思った。その錦帯橋も見えて来た。夕方なので人通りもいくらかすいていた。錦帯橋のバックがちょうど山で紅葉もありそのコントラストで紅葉が映えていた。絵葉書になりそうな光景だった。その時美里の視野に入ったのは 
“あっ あれは水越さん、それも女性と”
薄暗く後ろ姿なので女性の方は確認できない。旅館の女将?
その内遠く離れて行き姿が視野から消えてしまった。
なぜ? 今の時間に? 女将だとしたら忙しい時間帯だ。
そんなはずはない。どうも水越の行動はわからない。美里の頭の中は混乱していた。いつもどこへ行っているのだろう。自分の出生の秘密、二重人格者、にも見える。人間の弱さをよく知っており何かを求めている。それが時々ちらっと見えるが、だがはっきりわからない。そう考えている内に錦帯橋の橋元まで来てしまった。そして勝手に渡り始めた。中間まで来ると美里は橋の下の川の流れに目をやった。また昼間と違って流れはゆっくりであった。その時うしろから声がした。
“中山さん”
美里はうしろを振り向いた。そこには女将が立っていた。
“あっ女将さん”
“この川はきれいでしょう。私、夕方の川は好きなんです。心が静まるんです。”
“そうですね。昼間と違って流れが緩やかですね。”
“あの山から清水が集まってこの川に合流しているんです。昼間は元気よく、夕方は緩やかに、人の人生を物語っているようにも見えるんです。”
美里は思った。この女将には何か「いわく」がありそうだとそれを見抜いたかのように女将はしゃべり始めた。
“中山さん、不思議に思っているんでしょう。私と水越さんのこと、”
“いいえ、”
美里は何か戸惑ったかの様にうろたえた。
“いえ、いいんです。私は数年前に主人を亡くしました。私と水越さんは昔は恋仲だったんです。幼馴染と言った方がいいかもしれません。そこへ主人が現れ私を奪い取りました。ところが主人は病にかかり亡くなりました。そんな私を水越さんはいまだに私の面倒をよく見てくれています。水越さんはそんな方なんです。”
“そうだったんですか。女将さんもご苦労されたんですね。”
女将は遠く山の方を見ていた。そして
“水越さんもあれからご苦労されたんですね、、、、、、”
女将はそれ以上のことは言わなかった。
“さぁー中山さん、私は旅館の支度がありますからそろそろ戻りますわ。ゆっくりして行って下さい。”
女将は頭を下げてその場を去って行った。美里はその後ろ姿をじっと見ていた。あの女将、やはり普通の仲ではなかった。そして水越さんのことをよく知っている。もっと真実を知りたい。そう思う美里であった。次第に遠く太陽も沈みかけ夕焼けとなって夕日がさしてきた。

十六
美里は旅館へ戻ることにした。旅館に戻ると時計の針は6時頃を指していた。まだ夕食には時間があるのでその前にここの風呂、確か温泉とか宣伝してあったはずと思い、まわりを見回すと壁にその写真がかかってあった。「神経痛によく効くアルカリイオン温泉風呂」と書いてあった。山口は「秋芳洞」で石灰岩が多いのでも有名だ。興味がわいたので入ることにした。美里は一旦部屋へ戻ることにした。部屋に戻ると電話が鳴った。受話器を取ると
“もしもし、水越です。いかがですか?くつろいでいますか?”
“ええ、ちょっと散歩して今戻ったところです。”
“そうですか。そうそうここには疲れをいやすアルカリイオン温泉風呂がありますよ。よく効き疲れが取れますよ。ではごゆっくりして下さい。”
電話は切れた。
水越は美里が部屋へ戻った頃を見計らって電話をして来たのだろうか。もしそうなら美里の行動を知っていたことになる。あの女将から聞いたのだろうか。美里は何か不気味な感じがした。、、、、
美里は浴衣に着替えるとすぐさま風呂へ向かった。風呂は三階であった。女湯の暖簾をくぐり浴衣を脱ぐと中へ入った。食事の前のせいか中は少し混んでいた。美里は湯に入る前にしっかり体を洗ってから中へ入った。肌の隅々までアルカリイオン水がしみわたるかの様に疲れをいやしてくれた。自然に目を閉じた。あのランスロットの姿が見え隠れした。そしてあの視線、そして女将、いろいろな人が浮かんで来る。少し長居したので湯船から出ることにした。
休憩室で少し横になった。今度はほんとうに目をつむりうとうとした。今度は水越の今までの行動が浮かんで来た。初対面から始まってこの旅行、水越の行動には過去を追っている様にも見える。自分の過去、つまり出生、何かを探しているのだろうか、自然に目が覚めた。疲れが取れた様だ。急におなかもすいて来た。美里は部屋に戻ることにした。今日の夕食は何だろう。おなかがすくと妙に夕食の内容が気になって来る。錦帯橋だと食べ物は川魚?いや瀬戸内海の海の幸? 夕食の時間がだんだんと待ち遠しくなって来た。
確か二階の「紅葉の間」と書いてあった。時計を見るともう6時は過ぎていた。7時からなので少し時間はあった。館内を散歩すればすぐ時間は経つだろう。早速支度をして行くことにした。館内は少し混んでいた。今が満開の季節なので観光客が増えているのだろう。美里は一つ一つのお店を丹念に見て歩いた。やはり紅葉の形をした饅頭や暖簾、そして錦帯橋を形度ったせんべい、商魂たくましく感じられた。誰かに見られている感じがした。いや、監視?美里はすぐ振り向いた。どの視線にも合わない。少し過敏になっているのだろうか。でも確かに感じた。その内に夕食の時間がせまって来た。美里は「紅葉の間」へ向かった。係りの人が案内してくれた。
ちょうど屏風で部屋ごとに仕切られており畳であった。すでに鍋が置いてあった。そこへすわると係りの人が鍋の下のろうそくの塊に火をつけた。そして一旦そこを引き揚げた。少し待っているといろいろな料理がお膳に乗せられて運ばれてきた。そしてテーブルの上に並べられた。美里はこんな広い所で一人でこんな豪華な食事をするなんて贅沢と思った。料理にはやはり瀬戸内海の幸と思われるカキの酢のものなど川の幸、海の幸などが並べられた。そして並べ終わるとその係りの人は
“鍋の火が小さくなってきましたらどうぞお召し上がり下さい。ではごゆっくりと、失礼します。”
係りの人はその場を離れて行った。それらの料理を見ただけでおなかがいっぱいになるほどの料理だった。
“いかがですか? 料理の方は?”
女将だった。そして女将は鍋のふたを取ってからご飯をよそってくれた。
“どうぞ召し上がって下さい。これらは山の恵みや瀬戸内海からの恵みで新鮮で大変おいしいですよ。”
“いただきます。”
美里は箸を持ち刺身から箸をつけた。やわらかくおいしかった。少しワサビが効いていたので鼻にきた。一瞬鼻をつまんだ。
“大丈夫ですか?”
“ええ、ちょっとワサビが”
“少しここにいていいですか? もしお邪魔でなければ”
“お邪魔でなんて、どうぞいいですよ。”
美里はほんとうは食事をしずらかったがこの際水越のことをいろいろと聞いてみようと思った。どうせ水越に聞いても答えてくれそうもないしこれがチャンスと思った。
“私もねこの商売を引き受けてからというもの人の生き方、人の人
生、いろいろと勉強させられて来ました。人それぞれ皆人には言えない過去をお持ちなんですね。でも前向きに捉えて行けば道は開けて来るものだと思いました。忠告はしてくれても誰も助けてくれません。自分自身ですね。”“
女将は何かを思い起こすかの様につぶやいた。
“あのー、ところで中山さん、水越さんとのご旅行はいかがですか?“
“はい、その前に女将さん、このご旅行の意味は水越さんからお聞きになっていますか?”
“ええ、薄々は”
“そこで反対に私は女将さんにお聞きしたいのですが水越さんはなぜこんな旅行を計画したのかということと水越さんの秘密を知りたいのです。”
女将は少し間を置いて
“その前に中山さんは水越さんのことをどうお思いになりますか?”
“どうって、水越さんは表と裏のある方ですね。”
“つまりどういうことですか?”
女将は落ち着いて美里の言葉を待った。
“水越さんは非常にスマートで常にビジネスライクに物事を推し進めます。その一方で大変古風な方で格式、律義を重んじます。これは正反対です。”
“そうですね。よく見ていらっしゃるわ。それはおそらく水越さんの出生から来ていると思います。私も全部は知りません。水越さんは宮島で生まれました。私が水越さんを知ったのは中学の時でした。私、転校生として宮島に来ました。その時水越さんと同じクラスに入ったのです。水越さんは頭はよく勉強が出来ました。特に歴史が好きでした。そして宮島の神、平家の神を尊厳していました。あの年代でそこまで考えていました。しかし出生の話まではされませんでした。でもお付き合いしている内に話題の中で時々それらしい話に触れると水越さんは黙り静かになりました。私はそれ以上お聞きしませんでした。”
美里はじっーと聞いていた。
“中山さんはなぜ水越さんとのこの旅行をお引き受けになられたんですか?”
美里はこの女将さんならすべてを話せると思った。
“私は水越さんから声をかけられました。そして水越さんは私の時間を買いたいと言ったのです。私はその言葉に興味を抱き売りますと言いました。そして今度は私に仮のフィアンセになってくれと言われました。私はさらに興味が沸き引き受けました。それまでの水越さんの行動は不可解なことばかりです。いろいろな女性がいます。この旅行でそれらが解き明かされると思いました。そして女将さんが現れました。それで女将さんなら信頼出来それが解明出来るのではないかと思い思い切ってお聞きした次第です。”
“そうでしたか。中山さんもはっきりした方なんですね。でも中山さんのおっしゃるように水越さんの出生の秘密がそのような行動を取らせているのかもしれません。あまりお役に立てなくて申し訳ありません。でも私の勝手な想像ですが水越さんは中山さんに対して特別な感情を少し抱いていると感じました。それは今回の中山さんの扱い方です、、、、、。水越さんは根はさびしがり屋なんです。その起伏が激しい時があります。あまり感情を外へ出さない人ですが折に触れて出る時があります。”
だんだんと水越のことがわかって来たと美里は感じて来た。
女将は少し長居をしたと思ったか
“それじゃ、中山さん、私はそろそろお暇します。少し長居しましたので、他に何かありましたらお申し付け下さい。”
“かえってお引き留めしてすみませんでした。”
女将はお辞儀をしてその場を離れた。美里は女将に好感を持った。女将も水越の出生の秘密を知らない。ただ宮島で生まれたことはわかった。あとは水越に会った時に話の中で糸口をつかむしかない。美里は女将との話に集中していたので箸が止まっていた。急におなかもすいて来たのでまた食べ始めた。今度は一人なのでゆっくり食べることが出来た。「旅の楽しみは食に有り」よく言ったもので、とはいえ、だれかいい人が現れないかな―と思う美里であった。食事が終わると一人で部屋に戻ってもつまらないと思いまた館内を歩いた。
“中山さん、”
こんな所で声をかける人、誰だろう? 美里はひょいっと後ろを振り向いた。
“あっ!”、
あの小林さん、まさか偶然とはいえ、同じホテルに泊まっているなんて、
“小林さん? ですよね!”
“偶然ですね、同じホテルに泊まっているなんて、ロビーで少しいかがですか?”
そう言って小林はまわりを見て
“お連れの方はご一緒ですよね。戻って来られたら引き揚げます。”
美里はどうせ暇だから相手をしてもいいと思い
“少しでしたらいいですわ。”
と言ってしまった。二人はロビーの奥の方へ座った。
“ほんとうに偶然ですね。宮島、錦帯橋と同じホテルとはおかげで心もいやされます。私も一人旅は不得手のものでさびしいものです。でも中山さんにお会いしてよかった。”
美里の頭の中は水越の件でいろいろと推理が働いており小林とはただ単に「あいずち」を打つ程度で小林は一人しゃべっていた。相当ストレスがたまっていたみたいで30分くらいして別れ部屋へ戻った。

十七
部屋に戻って窓際の椅子に腰かけた。時計を見ると9時頃であった。明日は最後の宿泊地「萩」であった。日本海に面していると言っていた。まだ眠るには早いと思い夜の錦帯橋を見ようと思い美里は10階のラウンジバーへ行くことにした。エレベーターで10階へ行きそこで降りるとすぐそのバーはあった。中へ入り錦帯橋の見えるテーブルへ座った。すぐ係りの人がやって来た。カクテルのカカオフィズを注文した。天気がいいせいか夜の錦帯橋は街灯の光で映えて紅葉とうまく調和して美しかった。錦帯橋は昼間の顔、夕闇の顔、夜の顔と三つの顔を見せてくれた。人もそうなのだろうかと、ふっと水越のことが頭に浮かんだ。水越は今頃どこのホテルに泊まっているのだろう。それも一人?いや、彼女も一緒のはず、
そう考えると誰と一緒? 女将ではありえない。女将は旅館の仕事を持っており自由に動けないはず、その時窓ガラスに長身の外国人の姿が映った。珍しいこんな所に、でも観光地だから珍しくはないかそう思っているとその姿がこちらに近ずいて来る。美里は緊張した。まさか自分の席に? そう思っていると
“失礼ですが少し同席させてもらっていいですか?”
あまりうまくない日本語で話しかけられた。
“いいえ? はい、”
美里は戸惑ってしまった。その外国人は白人で一見やさしく見えた。“ありがとうございます。”
その時係りの人がカカオフィズを持って来た。するとその外国人は
“ボーイさん、私にも同じものを一つ下さい。”
と言った。
美里は困った顔をしてそのカクテルを口に持って行った。それを見てその外国人は
“私、ピーター、ピーターモルガンと言います。昨日フランスから日本に来たばかりです。フランスでは日本語を勉強していました。日本の美を勉強しに来ました。どうぞよろしく。あなたのお名前は?もし差し支えなければお聞かせ下さい。”
美里は迷った。どうせ通りがかりの外国人だからいいだろうと思い、
“私は中山と言います。”
“中山? 下は何と言いますか?”
“中山美里です。”
“すてきなすばらしいお名前ですね。「ミサト」さんの文字はどう書きますか?”
“美しい里、と書きます。”
“おお!、やっぱりお名前通り美しい顔をされていらっしゃる。
日本は観光地と言い女性と云いきれいな人が多い。“
美里はお酒の力も加わってこのフランス人の言葉にぐいぐい吸い込まれそうになって来た。係りの人が注文のカクテルを持って来た。
“ボーイさん、お代わりをもう一つお願いします。”
美里はとうとうそのカクテルを空けてしまった。今度はすぐお代わりが来た。
“美里さん、はいどうぞ、ここの支払いは私におまかせを”
そう言って美里の方にそのカクテルを一つ、自分の方に一つ置いた。
そしてそのフランス人は何杯かカクテルをお代わりした。
“美里さん、乾杯しましょう。”
そう言ってグラスを上に掲げた。美里もそれにつられて上へ上げた。そして二人とも口に運んだ。
“ああ、おいしい、日本のカクテル、おいしい、そして美しい美里、日本に来てよかった。特にここの錦帯橋、私、一人の日本女性と恋をしました。思い出のある場所なんです。”
そのフランス人はやっと外の錦帯橋に目をやった。
美里もかなりカクテルが入った様でそのフランス人に同情を寄せていた。
“その日本女性はその後どうされているんですか?”
“フランスに帰ったあと知人からなくなったと連絡がありました。私は胸が張り割けんばかりに号泣しました。”
そう言ってそのフランス人は悲しそうな顔をしていた。美里はついそのフランス人の手に自分の手を重ねた。するとそのフランス人は美里の手を握り返して来た。そして自分の方に引き寄せあっという間に美里の唇を奪った。美里は抵抗する間もなく抱かれてしまった。美里の頭の中はぐるぐる回っていた。少しして二人は席を立ちラウンジを出るとエレベーターに乗り8階でおりた。美里は意識はしっかりしていたがそのフランス人の言葉とやさしいエスコートにより抱きかかえられながら部屋へついて行ってしまった。そしておぼろげに811の部屋の番号を見た。美里にはおそらくずっと一人旅の寂しさとあのランスロットの言葉と巧みさがカクテルの酔いでよみがえりあまり抵抗もせずついて行ったと思う。部屋に入ると美里はベッドにそっと寝かされた。少しうとうとしていたらやさしく唇を合わせられた。そして徐々に愛撫されて行った。自然と体が反応して行きとうとう最後の頂点まで来るとそのフランス人と一体になってしまった。そして徐々に頂上からおり始めた。何時間眠っていただろうか、目を覚ますとそのフランス人は
“美里、ごめんね。美里の体、すてきだった。私の恋をした日本女性、名前は美加というのだけれどやはり「美しい加」と書くんだ。美里がだぶってしまってほんとうにごめん。”
そのフランス人は頭を下げた。
美里は思った。この人も結果的には失恋したんだと。
“私は美里を部屋まで送らない。この部屋を出たらまた元の旅人に戻ろう。勝手な私をごめん。”
“ピーター、いいのよ。私、気にしていないから、お互いに今日のことは忘れましょう。私、シャワーを浴びないでこのまま部屋へ戻るわ。”
美里は衣服を身につけると部屋を出た。そして5階まで下り自分の部屋へ戻った。時計を見ると12時をちょっと過ぎていた。美里はシャワーを浴びた。酔いは徐々にさめて行った。というより現実の世界に戻りつつあった。あれはまぼろしなんだ。自分に言い聞かせた。そしてベッドに入り一気に深い眠りに入って行った。今度は夢は見なかった。あくる朝、美里は心地よい目覚めを迎えた。太陽の日差しもベッドまで差し込んでいた。日の長さも夏へと向かっていた。美里は一瞬昨夜のことが頭に浮かび部屋番号も811としっかり覚えていた。あれは夢なんだ。今日から現実の世界に戻ったんだ。何度も自分にそう言い聞かせる美里だった。ゆっくり朝のシャワーを浴びた。上から下へと特に乳首のあたりはまだ昨夜の余韻が残っていた。美里は目をつむった。
“あっ!”
一生懸命打ち消そうとした。乳首が硬くなっていた。必死に感情を抑えた。昨夜のあのフランス人の愛撫で女の喜びを味わった。美里はやっとの思いで平静に戻った。そしてゆっくりタオルで体を拭いた。浴室から出るとバスタオルを胸から腰にかけて巻いて冷蔵庫から冷たいオレンジジュースを取り出しそのまま口に持って行った。
“あー、おいしいー、”
窓の外は遠くにくっきりと今度は朝の錦帯橋の素顔が現れていた。こう見ると朝の素顔、昼間の素顔、夕焼けの素顔、そして夜の素顔と四つの素顔を見たことになる。皆それぞれ違った素顔であった。今日の美里の素顔は今までになく生き生きとしていた。何時間そのままの状態でいただろう。電話の音で我に戻った。
“もしもし”
“もしもし、中山さんですね。おはようございます。高島です。お目覚めでしたか?朝食は昨夜と同じ場所で7時からでございます。ごゆっくりされておいで下さい。”
電話は切れた。
わざわざ女将が朝食の案内の為電話をしてくれた。
水越のいいつけの通りやってくれている。いろいろと気使いをしてくれている。その行為に感心した。すでに7時は過ぎていた。美里は朝食に行くことにした。着替えをすると部屋を出て3階の「紅葉の間」へ向かった。今度は昨夜と違ってシンプルであった。
それでも朝食としては量は多かった。七輪の上には小さな魚が網の上に乗っていた。席につくと係りの人がやって来てその七輪に火をつけた。そしてそこで焼いてくれた。数分して魚が焼け始めて来ていい香りがして来た。そして係りの人が焼け具合を見ながら
“この魚は前の川で取れた岩魚ですよ。そろそろ焼けて来ますので熱いうちにお召し上がりください。今の時期が一番おいしいんですよ。”
そう言ってその場を離れた。
美里はその焼き上げたばかりの魚を口へ運んだ。なかなか香ばしくておいしかった。よく言われている幻の魚「岩魚」とはこんな味なんだ。初めて味わった。みそ汁はアサリの味噌汁だった。海の傍では定番だった。他にたまご焼きなどがあった。美里はしっかり食べた。
“ああ、おいしかった。”
少し休んでいると係りの人がやって来た。
“そろそろお茶をお入れします。”
と言ってお茶を入れてくれた。茶柱が立っていた。
“さあ、どうぞ、このお茶は岩国で取れ立てのお茶です。結構人気があるんですよ。熱い内にお召し上がり下さい。”
そういうとその場を離れた。
美里はコップの中の茶柱をじっと見ていた。なかなか沈まない。
そしてゆっくり口に運んだ。口の中全体にお茶の香りが沁みわたり茶柱もいつの間にか溶けたみたいに流れて行った。確かにおいしいお茶だ。取れ立てのお茶はこんなにおいしいんだ。美里はこうして錦帯橋での最後の食事を終えて行った。食事を終えると支度の為に一旦部屋へ戻った。10時には水越が迎えに来る。明日は萩で最後の宿になる。果たして水越の出生の秘密がつかめるだろうか。とにかく待っていたのでは解決しない。何とか聞き出さないと前へ進まない。美里は支度が終わると少し早めにロビーへ下りることにした。驚いたことにロビーの奥の方では水越と女将が話をしていた。どうも話込んでいるようだ。二人とも美里に気がつかない。時計はまだ15分前なので早い。そう思い美里は館内の土産物店へ行こうとしたところ女将に見つかった。女将は小走りに近寄り
“中山さん、水越さんがお待ちになっていますよ。”
と声をかけられた。
“ああ、女将さん、”
美里は仕方なく水越の方へ歩いて行った。
“中山さん、おはよう。いかがでしたか? 錦帯橋の夜、お食事は?食事はよかったでしょう。特にここの旅館の食事は格別ですよ。ねー 女将。”
“まあー、水越さんったら、わざわざ旅館の宣伝をしてくれてありがとうございます。”
こう見ていると二人のやり取りは呼吸が合っているように見えた。やはり昔の恋仲だけある、と美里は微笑ましく見ていた。
“さあ、女将さん、我々、そろそろ出発するよ。”
水越と女将はフロントの方へ行った。そして戻って来た
“中山さん、行こうか。”
女将は玄関まで見送ってくれた。
“では水越さん、中山さん、私はここで失礼します。”
“女将さん、世話になったね。”
“女将さん、いろいろとお世話になりました。”
美里はそう言って深々と頭を下げた。
“では楽しいご旅行を”
女将も頭を下げた。
“中山さん、これから山陰を超えて日本海へ出て萩へ行きますよ。山越えと云うほどではないんですがまたローカル線に乗ります。岩国から新幹線に乗り新山口まで行きそこから山口線に乗り換え日本海へ出るんです。そして萩へ向かいます。岩国駅はすぐ近くですので歩きましょう。”
“今度は乗り換えがいろいろあるんですね。”
“ええ、私は一時柳井にも住んでいたこともあるんです。柳井は山口に近いんです。子供の頃よく海に行きあの天然記念物のカブトガニをよく取ったものです。もちろん食べなかったです。水中へ潜り槍で刺すんですよ。”
“当時は楽しかったんでしょうね。”
水越は歩きながら感慨深そうにしゃべっていた。水越の子供の頃の生活が少しずつ見えて来た。出生の秘密まではまだ遠かった。

十八
その内、岩国駅が見えて来た。美里はいつの間にか少し水越より遅れて歩いていた。
“中山さん、切符を買ってきますから少し待っていて下さい。”
水越はみどりの窓口の方へ向かって歩いて行った。あの女将さんが言っていた。
「水越さんは中山さんに好意を抱いている」とそう言われてみるとあのビジネスライクの行動パターンから少しずつ言葉にやさしさが出て来ている。そうは言うものの水越の行動だけは不可解だ。
いつもどこに泊まっているのだろう? ひょっとすると幼馴染の家か、それは必ずしも女とは限らない。幼馴染なら男友達もいる。
むしろ男の方が多い。その時
“中山さん、はい、切符、”
切符は通しで一枚であった。新幹線で山口経由山口線、そして益田経由で萩となっていた。水越は駅の入場改札口の方へ歩いて行った。美里も水越について行った。改札を過ぎると地下中央通路をどんどん歩いて行った。そして一番奥が新幹線のフォームであった。上へ上がるともうまもなく新幹線の到着の放送が鳴っていた。その内フォームに滑るように入って来た。ドアが開くと二人は新幹線の乗車口の方へ歩いて行った。中に入り指定の席につくとまもなくしてドアがしまりゆっくり走り始めた。新幹線は普通の電車と違って滑るように入って来て滑るように音もなく出て行った。海岸線を通らず切り開いた山の中を走っていた。その為外の景色は山と時折入るトンネルだけであった。いつものことで水越は席につくと数分もしない内に眠りに入るのであった。美里は今度は海は見れないので視線はただ山ばかりを追っていた。その内水越の寝息もかすかに聞こえて来た。水越と会っているときは水越が一方的にしゃべり一番話せる電車の中ではすぐ寝てしまう。このままではいつ聞き出せるかわからない。そう考えていると「次は新山口―、新山口―」という放送が鳴った。この区間は短かった。
“中山さん、次の新山口で降りますよ。”
美里は棚から荷物を下ろした。電車は徐々に速度をゆるめて行った。そしてフォームに入って行くとすーっとゆるやかになり止まった。
“さあ、降りましょう。”
水越は小さなバッグを小脇に抱えるとデッキの方へ向かった。美里は続いて行った。電車を降りると今度は下の地下通路の方へ下りて行った。そして向こうの方に山口線の案内表示があった。それには日本海方面行きと書いてあった。その案内表示の所を上に上がって行った。水越は出発時刻を見に行った。美里はその間待っていた。水越はすぐ戻って来た。
“一時始発の電車がありますのでそれに乗りましょう。ちょっと弁当を買って来ますのであそこのベンチですわって待っていて下さい。”
水越はキョロキョロしながら歩き始めた。美里は言われるままにベンチの方へ行って座った。静かであった。時折、修学旅行生の集団が見える程度であった。美里にとっても心は修学旅行の生徒と変わらない。水越はその引率する先生と同じであった。ただ違うのは美里が一人ということだった。やはり仲間がいた方が楽しい。その内水越が戻って来た。
“弁当を買って来ましたよ。蟹弁当です。それとお茶、お好きでしょう?”
“ええ、蟹は大好物です。ありがとうございます。水越さんは何を買われましたか?”
“私は鳥弁当です。”
その時電車が入って来た。
“さあ、乗りましょうか。”
水越は電車の方へ歩いて行った。美里も水越について歩いて行った。二人は電車に乗り込んだ。中へ入ると美里はバッグを上の棚へ乗せた。
“弁当を食べませんか?もうお昼は過ぎていますから”
“どうぞお先に食べて下さい。私はもう少ししてからにします。”
駅弁はやはり外の景色を見ながら食べた方がおいしい。
“じゃ、私は先に食べます。”
水越はまるで子供の様に弁当を広げお茶も開けて食べ始めた。
その内そろそろ出発時刻の案内放送が鳴った。そして電車はゆっくり今度は新幹線と違って音を立てて動き始めた。それこそ「ガタンゴトン、ガタンゴトン」と音がした。田舎に来たな―という感じがして来た。お客もそんなに多くなくやっとフォームを抜け最初は田園風景、そして山々が見え始めて来た。新幹線と違ってトンネルはほとんどなかった。次第に山々が遠くに見えて来た。停車する駅も多く停車時間が三分くらい長い時は五分過ぎちょっとくらいあった。おそらく山越えしているのだろう。すれ違う電車も少なくまさしくローカル線であった。
“今ちょうど山越えをしているんです。山陰山脈を越えると日本海に出て来るんです。”
美里は水越は寝ているとばっかり思っていたので急に声がしたのでびっくりした。
“私は今そうかなーと思っていました。だから山々が多いんですね。”
“私は小学校の頃、修学旅行でこのローカル線で行ったものです。すべてが物珍しくて楽しかったんです。当時とあまり変わっていないんです。”
電車は速度を上げることなくゆっくり走っていた。
“水越さんは宮島でお生まれになったんですか?”
“ええ、なぜご存じなんですか?”
“女将さんからお聞きしました。”
“ああ、女将ねー そうなんだ。あの女将とは同級生で彼女転校して来たんだ。頭はよかったな―”
水越は何かを思い出しているかのように遠くを見ていた。
“あの女将さん、きれいで頭のよさそうな方でしたね。ほんとうによくしてくれたわ。”
“そうなんだ。私にもよくしてくれたなー、もう二度とあんな女性にはめぐり合えないだろう。”
水越はやっぱりあの女将さんが忘れられないんだ。そして自分で別れようとしている。考えてみると今旦那がいるわけではないのに一緒になれない何か他の理由があるのだろうか? それは何なんだ。美里は疑問に思った。さらに疑惑が深まって行った。電車は次第に山々から平地へと進んで行った。そして遠くに海が見えてきた。
“中山さん、あの向こうの海が日本海なんだ。何となく瀬戸内海と違うでしょう。日本海の海は荒いんだ。瀬戸内海が陽なら日本海は陰なんだ。何か人の心みたいに感じる。”
“そう言われてみればそうですね。”
今日の水越は電車内でよくしゃべる。今までなら大抵眠っているのだがこれもあの女将さんのせいなのだろうか。美里はそう思いながら外の日本海が次第に大きくなって行くのをじっと見ていた。近ずくにつれて白い波がだんだんと大きく見えて来た。電車は次第に速度を落として行った。そして車内放送が鳴った。
“まもなく益田に到着します。鳥取方面の方はこの駅でお乗り換え下さい。”
電車は止まった。小さな駅だった。何となくさびしい駅だった。5分くらい停車すると電車はまた動き始めた。静かなのでひょいっと横を見ると今度は水越は目をつむっていた。美里はやっと弁当を食べることにした。右側に日本海を見ながら一人静かに景色を眺めながら弁当を食べた。今の季節は春から夏へと移り変わって行くのに日本海の海は荒れていてさびしい感じがした。人の心はこの日本海の海の様になって欲しくない。瀬戸内海の海の様に静かな心でありたい。そう思いながら弁当を食べていた。美里は人の心の表裏一体の移り変わりを考えていた。電車は少し速度が上がった様だ。
この日本海の荒波のせいだろうか。そしてまもなく到着駅の「萩」の放送が始まった。美里は弁当を片付けた。今度は次第に速度が落ちて行った。
“もうすぐ萩ですね。降りる準備をしましょう。”
水越の声がした。いつの間に目をさましたのだろう。美里はバッグを棚から降ろし下へ置いた。電車は止まった。
“さあ、降りましょう。”
水越は先に歩いて行った。美里もあとに続いて行った。フォームに降りると少しにぎやかだった。この日本海側の駅ではこの萩は観光地としては大きいのだろう。水越はどんどん歩いて行った。そして改札を出た駅前ではかなりののぼりを立てた旅館の案内人の人達がいた。水越はそのままそこを通り過ぎて行きタクシー乗り場まで行った。タクシーに乗ると
“運転手さん、吉田松陰の松下村塾迄行って下さい。”
運転手はそれを聞くとすーっと車を走らせた。
“萩わね、維新の志士たちが育った地で維新の先駆者と呼ばれる吉田松陰の私塾「松下村塾」があり高杉晋作や伊藤博文など幕末から明治にかけて活躍した多くの志士を輩出した所なんですよ。”
水越はやはり歴史には詳しかった。車は町中を通り過ぎるとこじんまりした林の方へ向かった。そして一つの古ぼけた小屋がありその近くに止まった。
“さあ、降りましょう。”
美里はあとに続いておりた。水越は先に歩いて行った。そして小屋の前に立ち止まった。そこには「松下村塾」と書かれた看板が立ててあった。あまり人通りはなかった。修学旅行の生徒が何人かいた。
“さあ、写真を撮りましょう。”
水越はすぐ写真屋を呼んで来た。美里は言われるがままにその立て看板の横で水越と並んで写真を撮った。写真が終わると少し歩いた。
“萩わね、歴史上の町なんです。昔から長州と言われて薩摩と対峙していて常に日本の将来を考えていた人達を輩出した町なんです。”水越はまるで歴史評論家みたいに次々と言葉が出て来た。
美里はうなずくばかりで水越の歴史好きを知らされた。女将の言う様に確かに頭のよい人なんだろう。その内水越は黙るとじっーとその小屋を見つめていた。そして言った。
“昔の人は純粋だったんだろうねー、うらやましいー、”
美里はこの人は何を言っているんだろう。どうもこの人の言葉には奥がありすぎる。水越はまたタクシーの方へ戻った。
美里はあわててあとについて行った。
“運転手さん、適当に観光をして走ってくれますか。”
車はゆっくり発進して町中の方へ戻りぐるっと回りながら郊外の方へ向かった。そこには一面みかん畑が広がっていた。
“萩わね、「みかん」でも有名なんです。修学旅行でいっぱい食べました。おいしかったなー”
みかん畑を通り過ぎると古い城下町へと入って行った。
“萩は歴史の町で昔のままをこうして残しているんだ。ちょっと歩いてみましょうか。運転手さん、ちょっと止めて待っていて下さい。”
車は止まった。水越は車から降りた。続いて美里も降りた。タイムスリップしたかのようなよく時代劇に登場して来る町中を見ながら歩いて行った。そして今度は武家屋敷の方へ向かった。
“何かタイムスリップしてきた感じですね。”
“ほんとうにそんな感じですね。”
“中山さん、人はなぜ結婚しなくてはいけないのでしょうかねー”
美里は水越の突然の変な質問に面食らった。
“そうですねー、一人では生きていけないんじゃないですか。”
“そうですかねー”
水越は何を考えているんだろうか。まさか結婚がいやだから逃げているんだろうか。やはりそれなりの理由があるんだろう。
“私はねー、歴史上の人物が好きなんです。いやー、憧れています。ああいう生き方はいいなー”
美里は今度は黙って歩いていた。
“高杉晋作なんか志し大きくすごいことをやってのけたんです。
結婚はしていません。それらしい人はいた様です。”
水越は一体何を志そうとしているのか、その為に結婚は無用と云いたいのだろうか。美里はこの際何を志そうとしているのか聞いてみようと思った。
“水越さんは何か大きなことをしようとお考えになっているんですか?”
水越は黙っていた。少し経って
“そうですねえー、人の幸せって何ですかねー、お金ですかねー、いや、お金では人の幸せは買えないですよね。そこなんです。もうすぐわかって来ます。”
水越はそれ以上話さなかった。美里は何となく水越の考えている方向性が少し見えて来たような感じがした。何となく。水越の歩く歩調が少し早くなって来た。ひょっとしたら水越にもまだ結論が出ていないのかも、、、、、そしてこの旅行でそのヒントを探しているのではなかろうか。そう思うと何となく水越の行動も読める気がした。知らない内に観光地を一周して元のタクシーの待っている場所に戻って来ていた。
“さあー、乗りましょう”
二人は車に乗った。その途端、車は走り始めた。なおもいろいろと走り回った。
“水越さん、ちょっとお聞きしていいですか?”
“ええ、どうぞ”
“水越さんは何かを求めていや何かを探しに今回の旅行を思い立たれたのではありませんか?”
“それどういうことですか?”
“つまりご自分の過去を、生まれとか”
“なるほど、なかなかいい推理ですね。中山さん、人はなぜ生まれて来るのでしょうか?何か生まれがつながっていて将来を担っているとか、何か目的が与えられているのではないでしょうか?”
“私にはむつかしい質問ですわ”
沈黙が続き二人は通り過ぎて行く外の景色を眺めていた。
その内水越は運転手に声をかけた。
“運転手さん、そろそろ駅の方へ戻ってくれますか。”
車は駅の方向へ向きを変えた。
“萩の観光はまあーこんな所だと思います。今から旅館の方へ向かいますよ。運転手さん、駅から海岸方向へ向かって走って下さい。”
車はゆっくり走って行った。そして二人ともまた流れて行く外の景色に目をやった。車は次第に海の見える方へ走って行った。海岸通りに出るとしばらくして水越は運転手に言った。
“あそこに見える旅館のあたりに止めて下さい。”
車はすーっと言われた場所に止まった。
“ありがとう。今日はこれで帰ってもいいです。”
二人とも車から降りて旅館の方へ向かって歩いた。美里はいつもの様に少し遅れ気味について行った。水越の言っていた旅館、確か萩は「楽天地旅館」とかその看板が見えて来た。ほんとうに海に面していた。まわりに何件か旅館が集中していた。水越はその一つに入って行った。きれいな旅館で広かった。水越はフロントに向かい美里はロビーに腰かけた。水越はすぐ戻って来た。
“はい、キーです。私は駅の方へ戻ります。明日は10時に迎えに来ます。”
“あのー、水越さんはいつもどちらへ行かれるんですか?”
“中山さんも少しずつ気付いていると思いますが広島、山口には知り合いが多いものですから久しぶりの再会をしています。それじゃ、明日!

そういうと水越は旅館を出て行った。

十九
美里はまた一人になった。今度の部屋はどうも一階の感じがした。それも一番海寄りの部屋のようだ。部屋の名前も「日本海」となっていた。ここの旅館は今までと違ってすべて名前のついた部屋だった。部屋の数もそんなに多くなくとにかく広かった。一番奥の「日本海」に入るとすべて日本調で障子を開けると「養殖池」の様な感じの囲いが見えた。美里は部屋伝いに外へ出て見た。するとその囲いにはいっぱい魚が泳いでおり囲いの外側はもう日本海であった。そして太陽が沈みかけようとしていた。その太陽と日本海の接点の美しさ、美里はしばしその光景に見とれていた。水越はこのことを言っていて美里に見せたかったのではなかろうかと推測される。
このような光景は太平洋側では見られない。昼間は荒い日本海も太陽の沈みかける頃には波もおさまっており一瞬の間この様な姿を見せてくれるのだろう。太陽が沈むともうあたりは真っ暗になっていた。美里は部屋に戻ることにした。この部屋はすべて日本調なので今まですべてベッドであったので何か変な感じがした。畳もいいものだ。美里は浴衣に着替え畳に寝そべった。手足をしっかり伸ばした。
気持ちがよかった。目を閉じると東京から始まった旅の思い出が次々と浮かんで来た。広島、宮島、錦帯橋、そして萩、水越の行動も少しずつ見えて来た。ふと目をさますと温泉のことが頭に浮かんだ。ここには温泉があるだろうか? 旅館の案内書を見ると露天風呂はあった。案内によると日本海が見渡せると書いてあった。美里は妙に日本海が見たくなった。露天風呂からの日本海どんなんだろう。
ちょっと興味がわいて来た。食事の前に温泉に入ろう。
その時電話が鳴った。
“もしもし”
“もしもし水越です。中山さんですね。”
“はい、中山です。”
“旅館はいかがですか? 落ち着かれましたか?”
“はい、今からちょっとひと眠りして露天風呂へ行こうと思っていました。”
“そうですか。いい部屋でしょう。一番いい部屋なんですよ。日本海はすばらしいでしょう。特に太陽が日本海に沈む時、それをお見せしたかったのです。ではごゆっくり温泉につかって下さい。”
電話は切れた。水越は自分にいろいろ気を使ってくれている、と美里は水越の気持ちの少しの変化を感じていた。美里は横になり少し休むと支度をして露天風呂へ向かった。それは三階にあった。エレベーターに乗り三階で降り海側に位置していた。男湯と女湯に分かれており女湯の暖簾をくぐり脱衣所へ入った。脱衣所は比較的すいていた。内風呂で少し湯を流してから露天風呂へ行った。
一階から見た日本海とまた全く違って見えた。三階からだとこうも違って見えるものかと驚いた。日本海全体が広く見えるのだった。すでに太陽が沈んでいるにも拘わらず明るかった。なぜ何んだろう? 時折漁船らしき小さな光が見えた。
湯につかった時はそうでもなかったがずっと入っていると体の芯まで温まって行った。美里は何か別世界にいるような感じがした。
水越がこの旅館を選んだのもうなずける。美里は目を閉じた。その中に同じ日本海の姿が浮かび上がり誰かが自分を見つめている。
誰なんだろう? 一生懸命見ようとした。しかしぼやけてよく見えない。はっとして目を開いた。そして目の前は同じ日本海の姿が現れた。誰なんだろう?だんだんと体も熱くなって来たので上がることにした。休憩室で少し休んだ。旅の疲れもすっかり取れたので美里は部屋へ戻ることにした。ここの温泉は入った時はそうでもなかったけれど上がってからぽかぽかと体が熱って来た。そして急に喉の渇きを訴えてきた。美里は冷蔵庫から缶ジュースを取り出しそれをコップに入れ氷を少々入れた。少し解けるのを待ってからゆっくり飲んだ。のどに沁みわたり体全体に行き渡る様に感じた。温泉のあの熱りも心地よい気持ちに変わって行った。部屋から見る日本海の姿は温泉からの姿と違って少し暗い感じがした。それでも月の光は外の囲いの海面にゆれて映って見えそれはまた違った姿をかもし出していた。自然の姿は見る角度によってさまざまな姿を見せてくれる。錦帯橋の紅葉を見ていつぞや水越が言っていた。
「人もこうありたい。自然の姿の様に、人も素直であって欲しい」
とそう言いたかったのだろう。人の泥臭さ、おそらく水越はそれをいやというほど見て育ったのではなかろうか。
東京からの旅、今日が最後の夜、水越は旅行のあとはどういう行動に出るのだろう。時計を見るともう8時近くになっていた。美里は何か急に空腹を感じて来た。少し長湯をしたようだ。美里は急いで支度をしてすぐ食事に行くことにした。レストランは一階の奥の方にあって両側がガラス張りで日本海が両側に見えた。お客も多少はすいていて席はすぐ見つかった。海側の方に席はあった。月の光が正面に見えていた。満月の様にも見えた。係りの人がやって来て食事の支度をしてくれた。ほとんどが海の幸だった。やはり刺身が大盛りであった。それも活け造り、まだ身が少しぴくっと動いていた。美里は最後の夜と思い係りの人にビールを一本お願いした。サッポロビールの「生」だった。ビンには水滴がついており触れるとよく冷えていた。美里はグラスにゆっくり注いだ。よく冷えているので泡があまり立たなかった。ゆっくり飲んだ。のどに沁み渡った。
「ああー、おいしいー。今夜はゆっくりしよう」。
刺身に箸をつけた。白身の魚だった。やわらかくおいしかった。
口の中ですぐとろけた。旅行に来ていつも一人の食事であった。
最初の時は一人で気楽でいいと思ったがこうも続いて来るとやはり相手が恋しくなってきた。そう考えているとどこからか視線を感じた。この視線は以前のあの監視とは違った。何となく振り向いた。こちらを見ている人がいた。
「あっ!」、
露天風呂で目を閉じて見たあの感じに似ている。美里はつい目をそらした。誰だろう? 単なる「ナンパ」だろうか。気にはなる。
少し離れていたのでちらっとでしか見ていない。見た印象では変な人ではなさそうだった。まわりに何人かいた。美里は頭の中で想像していた。将来どんな人が私の前に現れるのだろうかと、すでにその人は存在しているんだわ。早く会いたい。美里の手は止まっていた。ふと我に返りまた食事を始めた。ビールを先に飲んだので少し酔いが回って来た。てんぷらや煮物の方も箸をつけた。少しずつおなかの方もいっぱいになって来た。食事も終わり時計を見ると食事時間も終わりに近ずいていた。人は少なくなっていた。今日が最後の夜となる。そう思うと美里はこのまま部屋へ戻っても仕方ないと思い一旦着替えをしてからラウンジへ行くことにした。また違った日本海が見えるかもしれない。

二十
美里は部屋に戻り少し休んだ。ラウンジはちょうど露天風呂より少し上にあった。しばらくして美里は部屋を出てラウンジへ向かった。エレベーターに乗り三階中上で降りた。中へ入るとやはりまわりはガラス張りになっていた。
窓際のテーブルにすわった。早速ボーイがやって来たので軽いカクテルを注文した。日本海は明るかった。遅くなるほど明るく感じた。先程より小さな光が増えていた。まるでホタルの光の様に思えた。一見ホタルの光が海面を明るくしている様な錯覚に陥った。
“お待たせしました。”
カクテルが運ばれて来た。ボーイは一礼してその場を去った。
美里はカクテルを一口飲むとまた日本海に目をやった。ホタルの光の輝きが次第に増して行った。同時に月の光もそれに加わりまるで昼間の様に見えた。その光の中に一人の男性の姿が浮かび上がった。
“あっ!あの時の姿、”
その時
“隣に腰かけていいですか?”
美里はとっさに振り向いた。そこにはあの視線の人が立っていた。美里は我に返り
“ええっ、どうぞ”
美里は一瞬どもってしまった。
“ありがとうございます。”
その人はやっとすわった。
“少しの間居させて下さい。仲間からやっと抜け出して来たものですから”
そう言ってその男性は外の景色に目をやった。そしてポツリ
“すばらしい光景ですね。実は僕は露天風呂であなたを、というよりよく似た人を見かけました。勘違いしないで下さい。男性用の露天風呂です。目をつむっていたらあなたにそっくりの人が現れたのです。そして夕食の時びっくりしました。目を疑いました。そして二度目はこのラウンジ、つい声をかけました。”
美里はびっくりした。美里自身もそうだった。露天風呂で見たのだ。偶然だろうか。
“実は私も同じ経験をしました。”
“ええっ?! ほんとうですか?”
“はい、はっきりとは見えませんでしたがあなたに似ていました。”
“偶然とは云えそんなことってあるんだろうか。”
その人はまた外の日本海へ目をやった。月はさらに大きく輝き始めてまるでホタルの光を集めている様にも見えた。静寂の時間が続いた。
“あっ、もしさしつかえなければお名前でも教えて下さい。僕は菅原と言います。”
美里は一瞬びっくりした。あのランスロットと同じ名前。偶然だろうか。美里があっけに取られていたので
“どうかしましたか? 何か変なこと言いましたか?”
美里は我に返ると
“いえっ、何も、ちょっとびっくりしました。同じ名前の人に知った人がいたものですから、、、、あの申し遅れました。私は中山と言います。”
“中山さんですか。下のお名前は何とおっしゃいますか?”
“中山美里と言います。”
“僕は菅原幹夫と言います。仲間と一緒に今旅行をしています。
中山さん、人間って過去からずっとつながっていると思いませんか?つまり意志は永遠に生き続けていると、何かのきっかけで過去を思い出すことがあるのではと、僕はそう思っているんです。現実に相手が見えなくても空間を通して相手が見えるのではないかと、それは心の目で見ると云うのではないんでしょうか。”
“そうですね。それはあり得るかもしれません。人は実際に目に見えるものしか信じようとしません。だけどおっしゃる通り心の目があるのかもしれませんね。”
二人とも黙って外の幻想的な夜景をじっーと見つめていた。しばらくして
“あっ、そろそろ行かないと、仲間が僕を探しに来るといけないから、中山さん、またどこかでお会いしましょう。”
そう云うとその人は席を立ちその場を去って行った。美里はまた一人になりカクテルを口に運んだ。今の方は一体誰なんだろう。まぶたに現れた人に違いない。確かにあの人もそう言った。あのランスロットと同じ名前、、、、 また会えるだろうか?、。
美里の心はいつの間にかその人に傾きかけているのに気がついていなかった。日本海は夜が更けて行くにつれて月の光が全体を大きく照らす程に明るくなって行った。その月を見ているとそこからあの人がまた現れて来るような気がしてきた。あの人が言っていた。「過去、現在と心がつながっている。」と、美里はふと思った。あのランスロットも現代に生き続けているのだろうか。二人の顔、形がだぶって見えて来た。美里は少しカクテルが回って来た。部屋に戻ることにした。部屋に戻ると急に眠気が襲いそのままベッドに横になった。夢の中では二人の菅原が手招きしていた。いくら近ずこうとしても足が空回りして前へ進まない。その内二人の菅原はどんどん遠ざかって行った。
“待ってー!、” 
声が出ない。はっとして目が覚めた。時計は二時を指していた。その後は夢は見なかった。あくる朝、日本海から差し込んで来る日差しで目が覚めた。8時頃であった。布団から出て外を見ると小船が何隻か浮かんでいた。やはり昨夜の光は夜釣りの光だったのだ。
光の数からして少し減っている。これから少しずつ港へ戻るのだろう。昨夜はお酒が入っていたのでぐっすり眠れた。そのせいか急に空腹を感じた。美里は早速シャワーを浴びて朝食へ行くことにした。
今日も同じ場所にすわった。すでに太陽は昇っており日差しがガラス越しに中へ差し込んでいた。朝食が運ばれて来た。焼き魚、蛤のお吸い物、と海の幸が中心だった。美里はふとまわりを見た。昨夜のあの人はいなかった。美里は蛤のお吸い物を口に運んだ。程よい味でよく蛤が沁み込んでいた。昨夜のお酒のせいもあってよく口に合った。
“おいしいー、”
刺身は白魚であった。瀬戸内海で取れた魚だろうか。水越が言っていた。瀬戸内海では白魚が多く取れこの萩にもかなり食卓に上っているとこれがそうなのかなと思いながら美里は味わって食べた。くせがなくさっぱりしていておいしかった。ふと昨夜のことが頭に浮かんだ。二人の菅原、一生懸命仮面の姿ともう一人の菅原の姿を重ねようとした。重なるようで重ならない。やはり別人だろうか。少しずつおなかも満たされて来た。外を見るともうほとんど釣り舟はいなかった。いつもの日本海の姿に戻っていた。太陽の日差しだけは日本海を照らしていた。もうこの日本海とは今日でお別れなんだと思うと美里は余計もっと眺めていたいと思った。人もだんだんと減って来てとうとう美里が最後になった。部屋に戻ることにした、今日東京に帰ることになる。この旅行でいろいろなことがわかった。水越の過去、勿論すべてではない。ただ今回の旅行の意図、目的、両親に対しての見せかけの旅行、両親に対して何を訴えたいのかそれがわからない。美里はまたあの菅原の存在も気になった。東京に戻ったら水越はどんな行動を取るのだろう。そんなことを考えながら美里は出発時間を待った。東京に戻るとまたいつもの生活に戻るのだろうか。そう考えると美里はもっと旅を続けたい気持ちになった。そうこう考えている内に時間になったので支度をしてロビーへ向かった。まだ水越は来ていなかった。ロビーにすわっているとロビーがにぎやかになって来た。どうも修学旅行の生徒の様だ。水越も言っていた。修学旅行でこの旅館に泊まったと、ふと玄関の方で水越の姿が目に入った。美里の姿を見つけるとそのままフロントへ向かった。一言二言話すとこちらにやって来た。そしてすわった。
“中山さん、もう一泊して下さい。わけは明日お話します。お願いします。”
そう言うと水越は頭を下げた。
“ある人に今夜会います。ほんとうは昨夜だったのですが今日の夜になったのです。”
“わかりました。部屋はどうなりますか。”
“同じ部屋でいいです。ですから部屋のキーはそのまま持っていて下さい。”
“私は今日はどう云う行動を取ればいいんですか?”
“私の知り合いが来ます。その人がお昼頃にこのロビーにやって来ます。その人の名前は三島、三島ゆりといいます。彼女がいろいろと案内をしてくれます。十一時半ごろこのロビーにいて下さい。彼女の方から声をかけてくれます。”
“わかりました。”
水越はフロントへ行って何事か話して出て行った。忙しい人だ。今夜誰に会うのだろう。そんなに大事な人なんだろうか。

二十一
美里は一旦部屋へ戻ることにした。部屋に戻るとそのまま窓の椅子に腰かけ日本海の方へ目をやった。今日の日本海は何となく静かに思えた。水越はとにかく忙しく動き回っている。目的は達しそうなのだろうか。美里は水越のことがわかりそうでその先がぼやけて見えない。つまりバラバラなのだ。どのようにつなぎ合わせて行けばよいのか。先ず自分の過去、生まれを整理しており不遇な過去を知った。そして自分はどのようにして生きて行けばよいのか問いかけている。ひょっとしたら自分の過去をよく知っている人に会えるのではなかろうか。そして今日会う「三島ゆり」とは誰なんだろう?水越とはどういう間柄なんだろう。この際その三島ゆりにとことん聞いてみよう。美里はそう考えた。
静かに時間は過ぎて行った。今日の日本海は静かだ。来る時は荒れていたのに日によって天候が変わるのだった。まるで人の心の様に見えた。ふと水越の言葉を思い出した。「自然は生きている。しかも純粋だ。その様にありたい。」美里の脳裏に横切った。ひょっとしたら水越は自分の生まれを知りそこから自分の使命を見つける。何の為に生れて来たかを。きっとそうに違いない。時計を見るとそろそろ待ち合わせの時間になって来た。美里はロビーに行く支度をした。三島ゆりとはどんな女性なんだろう。美里は新たな関心を三島ゆりに寄せていた。ロビーは比較的すいていた。
美里はしばらく待った。お昼近くになると少しずつおなかもすいて来る。
“あのー、中山様でいらっしゃいますか?”
美里は正面入口をじっと見ていたので気がつかなかった。横を見ると少し長身のスーツっぽい服を着た女性が立っていた。
“はい、中山です。”
その女性は横の椅子に腰かけ
“私、三島ゆりと言います。水越様から中山様のお世話をする様言いつかりました。どうぞよろしく”
そう言って頭を下げた。
“あのー、突然つかぬことをお聞きしますが水越さんとはどういう間柄ですか?”
その質問を予期していたかのように
“はい、私は水越様の会社の秘書をしております。特別の間柄ではありません。私の生まれはこの萩なんです。それで急きょお呼びがかかりましたのでやって来ました。”
“そうでしたか。失礼なことをお聞きしまして申し訳ありません。では今日一日よろしくお願い致します。”
美里は改めて頭を下げた。反対に三島ゆりは美里と水越の関係の方を疑っているのではなかろうか。それにしても平然としていて水越と同じくビジネスライクに対応している。やはり水越の秘書なんだ。
“これからの一日の行動をご案内します。先ずはお昼を外で致します。そのあと私の運転でいろいろとご案内致します。ただ観光名所は省きます。おそらく水越様がすでにご案内していらっしゃると思いますので、ではまいりましょう。”
言い終わると三島ゆりは立ち上がり歩いて行った。美里はあとについて行った。外に出ると三島ゆりは車の方へ歩いて行った。どうも外国車のように見えた。三島ゆりはドアを開け
“さあ、どうぞお乗り下さい。”
そう言うと美里が車に乗り込んだことを確認するとドアを閉め運転席へ戻った。
“では、行きます。”
車はすーっとすべる様に走り始めた。
“萩は初めてでいらっしゃいますか?”
“はい、初めてです。”
“どこかお気に召したところはありましたか?“
美里は少し考えて
“日本海が気に入りました。”
少し間を置いて
“まあー、珍しいですね。大抵の人は萩の名所、観光を言いますが、日本海のどこがいいと思いました?”
“そうですね。こちらに来る時は激しく荒れていて冷たく見えました。ところが夕方になり一日あけての姿がまるで違うんです。優しい心をしていて暖かいんです。人の心の様にも感じました。自然なんですね。何の飾りっ気もない、、、、、”
美里はそう言いながら外の景色を見ていた。
“中山様はいい人ですね。何となく水越様が大切になさる気持ちがわかるような気がします。”
美里は改めてその様に言われると振り返って今までの水越の行動を思い出してしまう。第三者からはその様に見えるんだ。確かに東京を出発してからビジネスライクから次第に少しずつ変化は見えていた。少しの間、三島ゆりも黙って運転していた。車は海岸通りに出ていた。
“日本海はね、中山様のおっしゃる通り時には気性が激しく時には心優しい姿を見せるんです。今日の日本海は心優しいと思います。”
美里はじーっと日本海を見ていて
“そうですねー、今日の日本海は心優しいですねー、”
車はすーっとあるレストランのパーキングに滑り込んだ。
“さあ、お昼にしましょう。”
美里はドアを開け車から降りた。三島ゆりはレストランへ向かって歩いて行った。美里も続いて行った。中へ入ると洋風のレストランらしく洋風の壁画などが飾ってあった。海の見えるテーブルの方へ座った。すぐ係りの人がやって来た。そしてお冷とメニューを置くと
“いらっしゃいませ、ご注文がお決まり次第お呼び下さい。”
そう言ってその場を去った。
“さあー、おなかがすきましたでしょう。どうぞお好きなものをお選びください。”
美里はメニューを見て
“私は、このカレーにします。”
“わかりました。私も同じにします。”
そう言うと係りの人を呼び注文をした。二人とも外の景色を眺めた。
美里はこの際この三島ゆりにとことん尋ねてみようと思い
“三島さん、私のこと、どの程度ご存知ですか?”
少し間を置いて
“ただ大事な方だから大切に扱ってくれとだけ言われています。”
“三島さん自身、どの様に見えました?”
“そうですねー、見た感じではしっかりされた方だなーと思いました。”
“では話題を変えて直にお聞きします。水越さんはどんな方なんですか?”
三島ゆりは黙って外を見ていた。しばらくして
“水越様は副社長ですが中山様も薄々気付いていらっしゃると思いますが今の社長の実の息子ではありません。”
三島ゆりは知っているのだ。やはりただの秘書ではない。少し沈黙が続いた。
“水越様はよく言っていました。「僕はその内会社を去る時が来るかもしれない」と私にはその時その意味がよくわからなかったのですが今思うと何かを探していらっしゃる様にも見受けられました。”
“つまりご自分の過去ですね。”
“それとこれは私の推測ですがそれによってご自分の使命を見つけ様としていらっしゃるのでは、その様にも感じました。”
三島ゆりもやはり同じ考え方なのだ。不思議なのは三島ゆりはなぜ水越のことを副社長と呼ばず名前で呼んでいるのだろう、その時食事が運ばれて来た。カレーの香りがぷーんとして来た
“お待たせしました。”
かなり量はあった。サラダとスープと飲み物が付いていた。
“さあ、いただきましょう。”
二人はスプーンを取り食事を始めた。その間会話は一時中断した。
もう太陽は真上に来ているらしく全体が明るかった。今日も天気はよく海は静かであった。
“あのー、変なことをお聞きしますが水越さんは昼間はつまりこの旅行中のことですが何をされていらっしゃるのですか?”
“私も途中から呼ばれて来たものですからくわしくは知りませんが知り合いの所へ行っていらっしゃる様です。お顔の広いお方ですから”
“失礼なことをお聞きしますが三島さんは今の会社にどういう形で入社されたんですか?”
“私は親戚なんです、といっても少し遠縁ですが”
美里もそれ以上は質問しようとはしなかった。二人とも食事に集中した。
“これから海岸通りを走って私の育った田舎の方へ行ってみましょう。まわりはみかん畑で自然がいっぱいなんです。”
“はい、わかりました。よろしくお願い致します。”
二人とも食事を終えるとレストランを出て車の方へ向かった。
車に乗り込むとすぐ発車した。海岸通りに出た。美里は外の景色を見ていた。
“中山さん、水越様のこと、不思議に思っていらっしゃるでしょうね。水越様の生まれた所はご存知ですよね。そう宮島です。宮島はご存知のように平家の神を祭ってある所です。実のところ水越様の出生を見た人は誰もいなかったようです。これは私の母から聞いた話です。”
美里はこの言葉に驚いた。つまり考え方によると捨て子?とも取れる。そしてそれを今の両親が身受けした。また神の子とも取れる。ひょっとしたら今日会う人はそのことを知っている人かもしれない。
“水越さんは大変苦労されたんですね。”
車はしばらく海岸通りを走ると次第に畑の方へ向きを変えて行った。ぽつんぽつんとみかん畑も見えて来た。
“もうすぐ私の田舎が見えて来ます。”
遠くに段々畑の様なきれいに整理されたみかんの木が見えて来た。
“すごいですね。きれいに並んでいますね。”
美里は身を乗り出して見ていた。
“この辺はみかん畑が集中している所なんです。萩の中では一番
多いかもしれません。“
近ずくにつれてみかんの実が次第に大きく見えて来た。車は近くに来ると止まった。
“降りてみましょうか。”
そういうと三島ゆりは車を傍に寄せて止まった。車から降りると畑の方へ向かった。美里も後について行った。三島ゆりは畑に入りみかんを一つ取り美里に渡した。
“どうぞ一つ召し上がって下さい。”
美里は言われるがままに皮をむいて口に入れた。
“おいしいですね。”
“ここのみかんは全国に出荷されているんです。”
しばらく二人は歩いた。空気も澄んでいて気持ちがよかった。
“中山さんのこと、少し聞かせて下さいますか? もしさしつかえなければ”
“ええ?”
“水越様が大切にされている方がどんな人か知ってみたいと思いまして。”
美里は少し考えた。そして言った。
“私はある人と婚約していました。ところが私の素性を知ってその人はその婚約を破棄して来ました。それ以来男性を研究しようと思いました。その後水越さんと知り合ったのです。”
“その方はその後どうされましたか?”
“別の人と結婚されて海外に赴任されたと聞いております。”
“そうですか。人は素性を知ると変わるんですねー”
三島ゆりの言葉には何か水越の行動とだぶって見えた。
“水越さんのことですが歴史に詳しく神を敬っていますね。特に宮島ではその様に感じました。ひょっとしたらご自分を神の化身と思われているのではないでしょうか。”
三島ゆりは足を止めた。
“中山さんのおっしゃること、一理あるかもしれません。今思うと会社にいても水越様の行動には不可解な点もありました。時々考え込んで独り言を言っているんです。「自分の使命は一体何だろう?」とその時はわからなかったのですが”
三島ゆりはまた歩き始めた。
美里は水越の謎めいた行動が少しずつわかって来た様な感じがした。しかしこのことはつまり使命は水越にもまだわかっていない。おそらく今夜会う人からそのヒントを掴もうとしているのかもしれない。“中山さん、そろそろ戻りましょう。この辺りが私の幼少の頃育った所、田舎はいいんものですね。”
美里はふと自分の生まれ故郷京都を思い出した。京都にはこんな田舎はない。多少うらやましさを感じた。その内元の車の停めた場所に戻っていた。
“さあ、そろそろ旅館に戻りましょうか。萩はこういう田舎です。あとは観光名所ばかりです。”
“ありがとうございました。お陰様で十分楽しませていただきましたわ。また東京でお目にかかるかもしれませんね。”
“そうですね。では行きましょうか。”
二人とも車に乗り込んだ。車はすぐ発車してまた海岸へ向かって走り出した。その内海岸へ出てもと来た通りを走って行った。二人とも黙っていて美里は外の景色を眺めていた。
“中山さん、余計なお世話かもしれませんが水越様のこと、よろしくお願いします。”
“はい、”
美里はつい返事をしてしまった。そしてふと思った。一体どういう意味なんだろう? まさか、、、、
車はそのまま走り続けた。そしてその内見覚えのある景色が見えて来た。そして旅館の看板も徐々に大きく見えて来た。車は「楽天地旅館」の駐車場に入って行った。
“着きましたよ。旅館に入りましょう。”
二人は車から降りると旅館の方へ向かって歩いた。旅館の中へ入ると
“中山さん、私はこれで失礼します。水越様の方から追って連絡が入ると思います。”
“今日は一日ありがとうございました。”
三島ゆりは頭を下げて出口の方へ向かった。

二十二
美里はそのまま三島ゆりを見送った。姿が見えなくなると少しロビーで休んだ。
三島ゆりと水越の関係は単なる副社長と秘書の関係なんだろうか、言葉使いといい何か引っかかる。東京に戻ったら何が待ち受けているんだろう。今日で二日目の夜になる。今夜はどんな夕食なんだろう。おなかの方も少しずつすいて来た。その前にもう一度温泉に入ろう。その時
“中山さん、”
振り向くとあの宮島で会った小林であった。
“確か小林さんですよね。”
“そうです。またお会いしましたね。いつまでこちらにご滞在ですか?”
“今日までです。”
小林はまた周りを見回した。
“何か?”
“いえ、お連れの方がいらっしゃるかと思いつい”
美里は少しからかいの気持ちも込めて
“私、一人旅なんです。”
“え!、そんなことあり得ない。こんなすてきな人を、お連れがないわけない、もしそうなら私が立候補します。”
“小林さんて、面白い方ですね。”
“いやー、私は本気です。お付き合いしたいと思っています。”
“旅行というものは人の心をロマンにしてくれます。そう思いませんか?”
“中山さん、私、本気なんですよ。”
小林は真剣な顔になった。
この人、本気なのか冗談なのか見分けがつかない。
“私はね、あれから考えたんです。一人旅は無常だなーと、最初は気楽に考えていたんですけど次第に寂しさがこみ上げて来て男って駄目ですねー、 弱いですねー、その点女性は強い、そう思いません?”
この人は私に愚痴を言う為にここにいるのか、美里はそう思いながら仕方なく話を合わせることにした。
“そうですね。そうかもしれません。”
“中山さんもそう思いますか、やはり男と女、二人旅ですよね。もしよかったらご一緒しませんか?”
突然話が美里に回って来た。美里もまさか自分に回って来るとは思わなかったので
“小林さん、それは急ですよ。それに小林さんにはすてきな人が必ず見つかりますよ。”
“やっぱり駄目か。”
小林はがっかりして気落ちしていた。
“小林さんのその行動力が必ずすてきな人を呼び込みますよ。これからもその調子で頑張って下さい。”
“中山さんにそう言われるとついその気になっちゃう。”
小林はもう元の姿に戻っていた。
“それじゃ、中山さん、私はこれからちょっと気分転換に温泉につかって来ます。”
そういうと小林はさっさと席を立ちエレベーターの方へ向かった。
何んとまあー、尻軽男性だこと、そう思いながら小林の後姿を見送っていた。美里ももう一度温泉に入ることにした。一旦部屋に戻り支度をして窓側の椅子にすわった。今日の日本海は少し荒れている様だ。白い波が立っていた。昨日あんなに静かで穏やかだったのに今日は荒れている。この姿が日本海なんだ。美里はふと小林に言ったことを思い出した。「その内、すてきな人が現れますよ。」このことは自分にも言い聞かせている様にも思えた。美里は温泉に行くことにした。すでに一度は入っているので内風呂でお湯を流してからすぐ外の露天風呂に入った。やはり海は荒れていた。最初に迎えてくれた時は穏やかであったのに今日は見送りのせいか荒れていた。その為昨夜は釣り船の光が多かったけれど今日は荒れているためその光は全く見えなかった。美里は体が温まると早めに風呂から出ることにした。少し休憩所で休んだ。時計はちょうど7時になろうとしていた。そろそろ夕食の始まる時間であった。美里は今日は早めの夕食を取ることにした。一旦部屋に戻り軽装に着替えてから食堂に向かった。まだ人は少なかった。席は昨夜と同じ席だった。いつものようにすぐ係りの人がやって来て食事の支度をしてくれた。今日の献立は海の幸、山の幸半々であった。その辺は気を利かせてくれていた。美里は無意識に周りを見回した。あの人は来ていなかった。多分もう旅館を引き払っているのだろう。最後の夕食となる。美里はゆっくり味わって食事をした。水越は今夜会うとか言っていた。探していたものは果たして見つかるのであろうか。またここまで水越と行動を共にして来た自分はそれがわかったとしてもそれは水越の問題で自分には何の関係もない。単なる好奇心から出たことである。しかしこれで終わったわけではない。水越の行動を最後まで見届けたいと思っている美里であった。人が次第に増えて来た。美里は食事を終えると土産物店など少し館内を歩くことにした。今日は人が多く歩いていた。おそらく満室であろう。ここでも宮島の鳥居や錦帯橋の模型が置いてあった。やはり中国地方は宮島や錦帯橋の土産物は有名なんだ。
“美里じゃない!”
美里は振り向いた
そこには高校時代のみゆきが立っていた。それも傍に男性が立っていた。
“みゆき!、 どうしたの?”
みゆきは美里を引っ張って行き
“美里、どうしてここにいるの?”
“みゆきこそ、どうしてここに?”
“私から先に話すわ。今結婚を前提にお付き合いしているの”
“あの人がそう?”
美里はちらっとその方を見た。
“そう、はっきり決まったら話そうと思っていたの”
“それじゃ、婚前旅行ってわけね。”
“次は美里よ”
“私もお付き合いしていて、でもこれもわけありで話すと長くなるのでまた今度ね”
“わかった。お互いに頑張ろう。じゃ、彼が待っているから行くわ。”
そういうとみゆきはさっさと行ってしまった。相変わらず活動的な
みゆきであった。美里は何となく東京がなつかしくなって来た。
そう思うともう館内を歩くことをやめて部屋に戻ることにした。部屋に戻って時計を見るとまだ10時前であった。さすがに寝るにはまだ早いと思い寝る支度をしてから冷蔵庫から缶チュウハィを取り出し氷で割って飲むことにした。カクテルとはまた違った味わいでおいしかった。外の日本海は今日は月も陰っており荒々しかった。明日はもう東京、単調な生活に戻るのだろうか。それともさらに大きな変化が待っているのだろうか。次第に体も温まって来て眠気もやって来た。美里はそのまま布団にもぐりこんだ。

二十三
次の日、少し日が射していた。外を見ると昨日よりは日本海も多少波は収まっていた。水越は昨夜は話が聞けたのであろうか。美里も気になっていた。朝食は7時からやっているので早めに行くことにした。まだ数人しか来ていなかった。窓際の同じ席であった。朝食のメニューはそう変わり映えしなかった。美里の頭の中はすでに東京へ向いていた。日本海の波も徐々に収まって行った。今日で日本海ともお別れだ。そう思うと余計じっと眺めていたくなった。広島から始まって宮島、錦帯橋、山口、萩へといろいろな人との出会い、顔も浮かんで来た。東京へ戻ったら水越のことははっきりするだろうか。美里にはこれからどんなことが待ち受けているのか気になっていた。いつの間にか人が急に増えた感じがした。時計を見るともう8時を過ぎていた。美里は部屋でゆっくりすることにした。
部屋に戻ると支度をして椅子に腰かけた。日本海はすでに波も落ち着いていた。美里は来た時と同じように外の囲いへ出てみた。風も弱くなっていた。囲いの中では魚が泳いでいた。少し日が射してきて明るくなって来た感じがした。魚を見ていると面白い。常に群れをなしていて同じ方向をくるくる回っている。なぜ外海に出ないのか不思議である。あるいは完全な囲いになっているのだろうか。少し冷たくなって来たので部屋に戻ることにした。やはり日本海の風は日が射していても長くいると冷たい。美里は部屋に戻るとバッグを取りロビーへ向かった。水越が来るにはまだ少々時間があった。
美里はロビーのソファーにすわり目をつむっていた。少しうとうとしかかっていた。
“中山さん、中山さん”
美里ははっとして目を開けた。そこには水越が立っていた。
“あら、水越さん、いついらっしゃいました?”
“今来ました。中山さんが気持ちよく眠っていましたので声をかけようか迷っていました。”
“そうでしたか。それは申し訳ありませんでした。”
“部屋の鍵、貸して下さい。”
美里が鍵を渡すと水越はフロントへ行った。そして戻って来た。
“さあ、東京へ戻りましょう。”
水越は出口へ向かって歩き始めた。こういう所はいつものビジネスライクであった。美里は後に続いて行った。外へ出るとタクシーが待っていた。
“あれに乗りましょう。”
タクシーに乗ると
“運転手さん、駅に向かって下さい。”
車はすっーと走り出した。車の中では水越は黙っていた。美里は外の景色を見ていた。車は海岸通りを気持ちよく走って行った。
日本海の波はもう静かであった。太陽の光が反射して見えた。
“中山さん、人は過去は振り返らない方がいいのですかね。”
水越はひょっとすると知らない方がいいものを聞かされてしまったのでは、美里は水越のいつもの元気がないのを少し感じた。
“そうですねー。でも人の運命は決まっているのでしょうが過去のことはそれが積み重なって現在があるのでそれから顔をそむけるわけにはいかないと思います。”
水越は黙っていた。車は次第に海岸通りから市内の方へと入って行った。少し走ると萩駅の看板が見えて来た。車は萩駅の前で止まった。
“着きました。降りましょう。”
美里は水越に続いて降りた。改札の前までやって来ると
“中山さん、はい、切符です。”
美里は切符を受け取った。それは来た時と同じ線だった。改札を通り過ぎるとすぐ電車は入って来た。それに乗ると
“この電車は山口が終点なので眠っても大丈夫ですよ。帰りはゆっくりして下さい。”
水越は目をつむった。この人は一体何を聞かされたんだろう。何となく様子が変なのであった。あるいは疲れているのだろうか。美里は外の日本海の穏やかな海面を見ていた。太陽の光が大きな日本海を包んでいた。来た時とまるで違っていた。それは美里を暖かく見送っているかのようにも思えた。
“中山さん、人間って弱いですね。”
突然水越がしゃべった。美里はてっきり寝ているもんだと思ったので半ばびっくりした。
“そうかもしれませんね。でもそれは人によるのでは、水越さん、何があったのですか? 少し様子が変ですわ。”
水越を見ると目は閉じたままであった。しばらくして
“中山さんも薄々気付いておられると思いますが昨夜会った人が言うには確かに私は今の両親の子ではありません。ある人を通じて今の両親に引き取られたということです。ただ言えることはどうも
私の実の親は政治犯でなくなったらしいのです。“
水越が落胆していたのはこのことなのか。、、、、
沈黙は続いた。美里は外の流れゆく景色をじっと見ていた。電車は次第に日本海から遠ざかって行った。いよいよ萩から離れて行くのだ。美里は何となく寂しさを感じていた。今まで広島の広島城、宮島の厳島神社、岩国の錦帯橋、そして萩の日本海、美里の脳裏にはなぜか萩の日本海が一番印象に残った。それは人の手の加わらない自然の姿、まるで人の姿に似ていた。電車は遠く山々を見ながらゆっくりと走って行った。山口に着くと水越は目を開けた。
“中山さん、途中、錦帯橋で下車しますよ。ちょっと女将に尋ねたいことがありまして。”
“はい、わかりました。”
水越は女将から何かを確かめたいのだろうか。女将は何を知っているのだろうか。きっとそうに違いない。山口から新幹線の新山口駅へ行きそこから新岩国へ向かった。新山口から新岩国へはまた山の中を走るので外の景色と云えば山ばかりであった。この間はさすがに美里も飽きてきた。水越を見るとやはり目を閉じていた。今度は眠っている様だ。やはり新幹線は早い。あっと云う間に新岩国へ着いた。
“さあ、タクシーに乗りましょう。”
水越はさっさとタクシー乗り場の方へ向かって歩いた。タクシーに乗ると
“運転手さん、錦帯橋へ行って下さい。”
車は走り出した。
“あのー、水越さん、私はどうすればいいのですか?”
“中山さんはある程度私のことに気付いていらっしゃる様なのでご一緒してもいいです。どうしますか? おまかせします。”
“わかりました。ご一緒させていただきます。”
美里はいよいよ核心にせまって来たと感じた。車は市内を抜けるとびゅんびゅん飛ばした。両側に山々を見てその内に町が見えて来た。見覚えのある道のりであった。なおも車は走って行った。そして川の近くまで来ると
“運転手さん、そこで止めて下さい。”
車は錦グランドホテルの看板の前で止まった。
“さあ、降りましょう。”
美里は水越のあとに続いて降りた。水越はさっさと旅館の中へ入って行った。すぐあの女将が出迎えてくれた。
“いらっしゃい。お待ちしておりました。中山さんもようこそ。”
そういうと女将は二人を案内して奥の方へ向かって歩いて行った。少し行くとこじんまりした部屋がありその中へ入ると中には窓があり川が見えその向こうに錦帯橋が見えた。へやの中には花瓶が置いてあり横に小さな錦帯橋の模型が飾ってあった。
“さあ、どうぞおかけ下さい。すぐお茶を運ばせます。”
女将はへやを出てすぐ戻って来た。あとに続いてお茶が運ばれて来た。係りの人が来ると、
“女将、いろいろとすまないね。急に呼び出したりして。”
“いえ、私にわかることでしたら何なりとお手伝いさせていただきます。”
“今日はこちらの中山さんにも同席してもらった。中山さんも今回の旅行をお願いしてついて来てもらっているしある程度今回の旅行の目的を薄々気付いていらっしゃる様なので、一つよろしく。”
“女将さん、その節はいろいろとお世話いただきありがとうございました。女将さんにもお話しましたように私も水越さんのことを知りたくここまでついて来ました。”
“はい、中山さんのお気持ち、よくわかっています。”
“ところで女将、私の実の親のことを教えてくれ。昨夜会った人が言うには女将の両親と知り合いとか言っていた。どうなんだ?”
“はい、水越さんからお電話をいただいてあの後母親に尋ねました所水越さんのお母様は厳島神社の神子さんとわかりました。そして水越さんをお生みになったあと産後のひだちが悪くお亡くなりになったそうです。お父様はかなりの政策通の方で激しく政治運動をされていた様です。そしてその後今のご両親に引き取られた様です。その詳しい状況は今のご両親にお聞きした方が早いと言っておりました。私の知り得た情報はそんな所です。”
“そうだったのか。だんだんとわかって来たよ。女将、ありがとう。”
“これからどうなさいますか?”
“うん、一旦東京に帰ってから親に旅行のことを話し自分の方向性を決めるよ。”
水越は話が終わると車で新岩国へ向かった。車の中では二人ともしゃべらず水越は目を閉じ美里は外の流れゆく景色を見ていた。水越は自分の素性を知ったらどんな行動に出るのだろうか。最後まで見届けたいと思う美里であった。

二十四
新岩国に着くとすぐ新幹線に乗り換えた。今度はどこも寄らずに東京へまっすぐ帰る様だった。
“中山さん、お昼は駅弁にしましょう。それまで私はちょっと休みます。”
水越はそういうと目を閉じた。美里は一人外の景色を見るだけだった。東京までは約4時間ちょっとだった。美里は考えた。水越と二人きり、今水越に自分の知り得たことを話してみよう。どう反応してくるか。今がチャンスかもしれない。東京に着いてからではこういう機会は訪れないかもしれない。お昼の駅弁を食べてからにしよう。午前中はまだ昨夜の疲れも残って眠たいだろう。美里はそれまで外の景色に見入っていた。不思議なもので行く時は旅行の楽しみと水越の謎に満ちた行動に興味深々で心が躍っていた。しかし今はそれも後半に入り終わりの段階に来ている。美里は何か水越が憐れに感じて来た。それはさておき自分のことはどうなんだろう。あの菅原とは再会出来るのだろうか。でも会いたい。美里の心には二つのことが交互に沸いて来るのだった。そして大阪を過ぎた頃
“お弁当―、お弁当―、富山のます寿司はいかがー”
お弁当の入ったワゴン車がそばを通りかかった時、
水越は目を開け通りかかった弁当屋に
“弁当二つとお茶を二つ下さい。”
と声をかけそれを受け取ると
“中山さん、はい、弁当、弁当を食べましょう。”
水越は弁当とお茶を美里に渡した。
“すみません。”
水越は弁当を開くと早速食べ始めた。何とこの人は食欲だけは衰えない様だ。美里は感心して見ていた。美里も弁当のふたを開けた。ぎっしりと中身は詰まっていた。ますの薄身が全体に包まれていた。
一口食べた。
“おいしい!”
美里は思わず口に出てしまった。
“中山さん、富山のます寿司気に入りましたか?”
“ええ、私、初めてです。ご飯にうまく沁み込んでおいしいです。”
“それはよかった。”
水越はもう半分以上食べていた。二人とも黙って弁当を食べていた。美里は水越の弁当を食べ終わった頃を見計らって声をかけた。
“水越さん、お尋ねしたいことがあるのですが。”
水越は弁当を閉じながら
“何でしょう? 改まって”
“水越さんの今までの行動です。何かを探していましたね。それはご自分の過去、生まれ、育ち、それによってご自分の今後の生き方を探ろうとしてほぼ見えて来たと、そして最終段階に来ていると、違っていますか?”
“そうです。でも私には最終的に確認したいことがあります。それによっては会社をやめます。”
“それは何ですか?”
“中山さん、前にも言ったことがあると思いますが人には使命があります。それが私の最終目的です。”
“わかりました。それは東京に戻ってからわかるのですね。”
“そう願っております。中山さんにはずっとご協力していただき
ありがとうございます。“
“でもまだ終わっていません。私、最後まで見届けさせていただきます。”
美里はまた弁当を食べ始めた。水越は話し終わるとまた目を閉じた。この「ます寿司」はぎっしり詰まっているので食べ甲斐があった。美里は外の景色を見ながらゆっくりと味わった。中国地方と比べて東海地方は多少山以外の景色も見えた。その内海もちらほら見えて来た。神奈川県に入ったのだった。とうとう帰って来た。美里は何やら懐かしさを感じて来た。その内次第ににぎやかさも増して来て山々も見えなくなって来た。車内放送が始まった。
“ただいま新横浜駅を通過しました。まもなく終点、東京―、東京―、永らくのご乗車ありがとうございました。”
水越は目を開けた。
“もうすぐ東京ですね。”
“ええ、とうとう帰って来ました。東京へ、明日からまた会社ですわ。”
“私はまた忙しくなる。中山さんにはまたご連絡します。”
“わかりました。”
電車は品川を通過した所で速度を落とした。京浜東北線と同じ速度になった。たったの一週間少々なのにもっと長ーっく旅行をしていた様に感じた美里であった。電車はゆっくりと東京駅のフォームに滑り込むように入って行った。そして止まった。
“さあ、着きました。降りましょう。”
美里は水越に続いて降りて行った。東京駅八重洲改札口を出るとタクシー乗場へ向かった。
“どうされますか? このまま家へ帰られますか?”
“はい、家へ帰ります。”
“それじゃ、先に乗って下さい。近い内に連絡します。”
水越は美里にお金を渡した。
“いいですよ。”
“いや、まだ自宅に着くまでが旅行中です。”
美里は素直にお金を受け取りタクシーに乗った。水越は美里の車が走り去るのを見てからタクシーに乗った。

二十五
あくる朝、旅行の疲れもあってゆっくりした。午後から久しぶりにデパートへ行った。デパートはすでに夏物が売場に出されていた。デパートへ来ると季節感を感じる。一日中いても飽きない。
そんな時、誰かの視線を感じた。振り向いた。見当たらない。気のせいかもしれない。美里はまた服選びを始めた。別にいいのがあっても買うわけでもない。いいのがあればそれで満足感が味わえるのだった。平日なので混んでいない。やはりデパートは平日がよい。
携帯が鳴った。
“美里!、みゆきよ。やっとこぎつけたわ。”
“みゆき、何のこと?”
“前に話したでしょう。彼氏のこと。やっと婚約まで行ったのよ。明日でも会わない?”
相変わらずせっかちなみゆきであった。
“明日の何時?”
“そうねー、6時にいつものデパートの前。”
“わかったわ。”
電話は切れた。みゆきは言うことを言うと一方的に切った。大丈夫かな―、婚約のこと、美里はその方が気になった。デパートの店内を一通り見て回ったので帰ることにした。通りに出た時、見覚えのある後姿が目に入った。
“あら、まさか、水越さん?”
美里は後を追った。依然歩いた道のりに似ている。まさか、そう思いながらなおも追った。すると水越はホテルへ向かっている。
どうも待ち合わせの様だ。中へ入ると目に入ったのは三島ゆり、
それもきれいだ。私服だとあんなにきれいに変身するものか、なぜわざわざ外で? 密会?、 確か水越の秘書と言っていた。どういう関係なんだろう。また水越のわからない一面が出て来た。遠くから見ているととてもビジネスには見えない。水越を取り巻く女性たち、錦帯橋の女将、萩の三島ゆり、東京でのニューハーフ的な美人、美里の頭の中には別の謎が沸いて来た。美里はこの件もいずれわかって来るだろうと思いその場を離れて帰ることにした。


二十六
あくる日、美里は仕事を終えるとみゆきに会う為に待ち合わせの場所へ向かった。地方と違って東京はにぎやかであった。やはり東京は特別の場所だと思った。まだみゆきは来ていなかった。歩いている女性はもう半袖姿の人もいて季節はもう夏へと向かっていた。少ししてみゆきがやって来た。
“お待たせ、さあ、行きましょう。”
二人はしゃべりながらカフェーへ向かって歩いて行った。近くのカフェーに入った。すぐ係りの人がやって来た。二人はバナナパフェーとクリームソーダを注文した。
“みゆき、それじゃー、話を聞きましょう。”
みゆきはおもむろに水を飲んでからしゃべり始めた。
“彼と出会ったのは一カ月前、ホテルのロビーなの、私が腹痛で苦しんでいた所をわざわざ病院まで連れて行ってくれたの。一時的な症状で食べ過ぎが原因だったわ。その時の彼の看護、感激したわ。”
“それで好きになったのね。”
“まあね、それから毎週会っているの。彼は次男で証券会社に勤務しているの。”
“それでもうプロポーズされたの?”
“いや、正式にはまだよ。ただ変なこと言うの。”
“何?”
“つまりね、彼が言うには「僕は使命を受けて君の腹痛を救った。僕たちはこういう運命なんだ。」変でしょう?”
美里は一瞬水越のことが頭に浮かんだ。
“そうねー、つまり神のご指示というわけ?”
“まー、そんなところかなー、ところで美里はどうなの?”
“どうとは?”
“つまり彼氏のことよ。”
“そうねー、彼氏というよりビジネス彼氏”
“それどういうこと? もっと詳しく説明して”
“みゆきの彼氏にちょっと似ているかな、つまりそれを探しに旅に出たということ。”
“それって何よ?”
“自分の使命、さらに言えば自分の生まれの秘密を探しに”
“何か複雑そうだね、で、好きなの?”
“そういう関係ではないの。仮の彼氏と言った方がわかりやすいわね”
美里も自分自身の行動も変だと思っている。ましてや第三者から見ればキツネにつままれた気がするだろう。結局みゆきとはあまり中身のない話になりみゆき自身もその彼氏とは順調の様で何か引っかかる面も感じていた様だった。その為彼氏の話は途中から話題が仲間の最近の話題に移り2時間位で別れた。
その後一週間過ぎた頃水越から連絡が入った。いつものカフェーで今週末6時に会うことになった。どんな結果になったのだろう。
あるいは単なる途中経過か、いずれにせよ会えばわかることだ。
今週末が待ち遠しい。その後水原からの連絡はなかった。おそらく幸せに暮らしているのだろう。またあの尾崎、青森へ帰ってリンゴ園をりっぱに継いでいるのだろうか。つい当時のことがよみがえって来た。美里に取って今週末水越に会うまでは家と会社の往復で単調な毎日であった。
当日待ち合わせの場所へいつもより少し早めに行った。水越は反対にいつもより遅めにやって来た。少し息を切らしていた。
“ごめん。ちょっとつかまっちゃって”
すぐお冷が運ばれて来た。水越はいつものコーヒーを注文した。
水越は一気にお冷を空けた。余程のどが渇いていた様だ。一息つくと
“まだ途中なんですがお知らせしようと思いましてね。中山さんも一週間経つと気になりますでしょう。”
“はい、その通りです。”
その時コーヒーが運ばれて来た。水越はゆっくりコーヒーを飲み気を落ち着けようとした。
“あの後、両親に会い旅行のお知らせをしたんです。写真など見て喜んでいました。ところが私の生まれの話をし始めたらだんだんと様子が険しくなって来ました。そして核心に触れると「いずれわかる時が来るとは思っていた。出来ればずーっと知らないでいて欲しかった。」と言っていた。”
水越はまたコーヒーを飲んだ。一息つきそして言った。
“私はやはり宮島の厳島神社の神子から生まれたんだと、そしてその活動家は今の両親の知り合いだったので私の実の母がなくなってからその人から頼まれたと言っていた。今の父とその人とは同期でその人に資金援助をしていたらしい。その後その人は政治犯としてつかまってその後行方は知らないと言っていた。でも私には何かすっきりしないんです。それは何かわからない。”
美里はじーっと聞いていた。なぜ水越は実の父を「その人」と呼ぶのだろう。何かわだかまりを感じているのか。
“水越さんは何か気になることがあるんですか?”
水越はコーヒー飲み干すと係りの人に
“すみません、コーヒーのお代わりをいただけませんか。”
水越は余程のどが渇いている様だ
“中山さん、私は今の父は他に何か隠してあることがある様な気がしてならないんです。それはその人のことです。もっと何かを知っているんじゃないかと。”
美里はもう一つの疑問、女性関係のこと、この際聞いてみようと思った。
“水越さん、もう一つお聞きしたいことがあるんですが、三島ゆりさんとはどんな方ですか?”
“ああ、彼女ね、彼女は私の秘書です。何か?”
“先日、旅行先の萩でいろいろとご案内していただきました。一つ疑問に思ったことはなぜ水越さんのことを副社長と呼ばないのか?
普通副社長と呼びます。それと東京に戻られてから水越さんと私服の三島ゆりさんがご一緒の所をお見かけしました。私の考えすぎでしょうか。“
“この際、中山さんには何もかも言います。三島ゆりさんとは実は遠い親戚でいいなずけでした。ある事件でご破算になりました。
その後彼女は私の秘書ということで私を支えてくれています。
時々悩み事など相談があれば聞いてあげています。彼女は頭のいい人で公私をわきまえています。”
“そうでしたか。いろいろあったんですね。”
しかし美里にはまだまだ水越の女性関係は解決していなかった。
今日は水越は途中経過のお知らせでいつもの様に話が終わると席を立ち行ってしまった。美里は一人になった。三島ゆりとの関係はあれがすべてなんだろうか。その時ふっと頭に浮かんだのはいいなずけの解消は今のご両親が関わっているのではないだろうか。それならばなぜ水越の秘書になるのを許したのか? わからない。
数日が立ち一通の手紙が美里のもとへ届いた。それは海外からであった。それには「私の主人がある人を探しています。そのある人は王家の子孫です。あなたがその探している人ではないかとある筋から情報を得ました。その内お迎えにあがると思います。くれぐれも御身をお大事にして下さい。」簡単な内容であった。美里には思い当たる節がなかった。送り主はフランスのRSとイニシャルがあるだけだった。美里は誰かのいたずらと思いそれを無視していつもの生活に戻った。美里はある夜夢を見た。それはいつかの仮装パーティーの夜だった。あの騎士がいた。手招きをしているが近ずけない。“待って― ”
目が覚めた。時計の針は真夜中を指していた。再び眠りに入った。今度はぐっすり眠った様だ。いつもの朝を迎え現実に戻った。何となく先日の一通の手紙が気になった。誰なんだろう?
私には海外へ行ったこともないし知り合いもいない。それからしばらく単調な日々が続いた。なつかしく美里のもとへ青森の尾崎から手紙が届いた。
「中山さん、その節はいろいろとありがとうございました。僕もあれから一生懸命リンゴ園の手伝いをして兄弟頑張っています。やっと自分の進むべき道を探し当てました。こちらにいらした際には是非お立ち寄り下さい。       尾崎」
尾崎さん、頑張っているんだ。美里は自分のことの様に喜んだ。
その後水越からやっと連絡が来て最終報告が出来るだろうと、来週の月曜日いつものカフェーで6時に会うことになった。
どんな報告なんだろう。気になる。来週の月曜が待ち遠しい。
美里の心にはいつの間にか水越の存在が大きく浮かび上がっていた。
それは恋ではなく気になる存在なのだ。美里も水越のおかげで次第に失恋の痛みもすっかり忘れつつあった。
その内水越に会う日も間近にせまって来た。その当日少し早めに行った。頭の中は勝手にいろいろなことを想像していた。水越は珍しく時間通りにやって来た。
“やあ、お待たせしたね。”
今日の水越は元気そうだった。それを見て美里は安堵した。
“お元気そうですね。”
水越はいつものコーヒーを注文した。
“中山さん、私は会社を辞めます。”
美里は突然の言葉に驚いた。
“突然ですね。何か会ったんですか?”
“今の親が言うにはその人を売った様なんです。つまりその人には懸賞金がかかっていたらしいんです。そのお金で今の事業を始めた様です。”
コーヒーが運ばれて来た。水越はゆっくりコーヒーを味わった。何だか胸のしこりが取れたみたいに美里には見えた。
“そうでしたか。それはショックですね。その方は水越さんのお父様ですよね。しかも同期の方。”
水越は黙っていた。余程ショックだっただろう。やはり実の父親なのだ。そんな会社とわかれば仕事も続けられないだろう。
“それでその人、つまり水越さんの実のお父様はどうして亡くなられたんですか?”
しばらくして水越はコーヒーを飲み
“刑務所で病死と言っていました。身元保証人の今の父が刑務所から呼ばれそれを確認したそうです。”
“そうでしたか。”
二人とも黙ってコーヒーを飲んだ。
“それで水越さんはこれからどうされるんですか?”
“それと中山さんにもう一つお伝えしたいのは三島ゆりのことです。今の父が私の過去を打ち切る為に私の過去を知っている人を遠ざける様にしたのです。その為三島ゆりもその一人で婚約解消に至ったのです。しかし私が強く要望して秘書としてとどめました。それで今後二人で故郷に戻りやり直すことにしたのです。つまり私には使命があります。それは実の父の意志、つまり何か私には祖先の意志が私に呼びかけている様な気がするのです。中山さんも感じていると思うんですが人は皆祖先の意志の力が伝わっていると思うんです。それを故郷に帰って実行しようと思っています。”
その時ふと美里はあのランスロットのことを思い浮かべた。人は過去とつながっている。精神は生き続けている。美里は改めて水越の言葉がわかって来た様な気がした。
“水越さんもう一つお尋ねしたいことがあります。水越さんを取り巻く女性たちです。三島ゆりさんのことはわかりました。”
今度は水越はのどが渇いたらしく水をごくんと飲んだ。
“わかりました。中山さんがそう思うのは当たり前ですね。多分旅行先の女性のことはすでに知っていらっしゃると思いますが錦帯橋の女将は青春時代の友人、一時は好きになりましたが一般にいう初恋です。東京に来てからはそれ以上進歩していません。”
“あと東京で見かけた女性、ニューハーフみたいなきれいな方、”
“ああ、それで中山さんはいつぞや私にニューハーフに関心があるかと尋ねられたんですね。私は女性に対してはニューハーフであろうとわけへだてなくお付き合いします。もちろん相手はきれいな女性です。中山さんもその一人です。”
美里はうまく逃げられたなと、それ以上突っ込む言葉が見当たらなかった。一人ひとりの関係を聞くのもあまりにもみっともなくみじめになる。
“わかりました。ありがとうございます。”
“それと中山さんについてですが私は人は過去、現在と祖先の意志が引き続き生きていると思っています。中山さんもそれはあります。”
“それどういうことですか?”
“私にもはっきりわかりません。ついそんな気がしたまでです。”
水越は一体私の何を感じたんだろう。そう思う美里であった。
“今度もう一度連絡します。その時は会社をやめてからお会いします。その時に今までの清算をします。ではこれで失礼”
水越はレシートをつかむといつものように席を立ち離れた。美里は水越の一部の個々の全貌がわかり、ぼーっとして体全体の力が少し抜けた感じがした。それと美里のことも見ていた。水越には予知能力があるのだろうか。その時あの萩での菅原のことが頭に浮かんだ。確か菅原もそうだった。あの一通の手紙、もしかしてあれは水越の言う予知、、、、、、、、?  美里は何となく一本のかすかな線がつながって来た様な感じがした。

二十七
次の日会社でうしろから声をかけられた。
“中山さん”
美里はうしろを振り向いた。そこにはあの水原が立っていた。
“水原さん、お元気でしたか?”
“はい、中山さんもお変わりなくお元気そうですね。”
“奥様と呼んでいいのかしら? お元気ですか?”
“はい、何とかやっています。”
“頑張って下さいね。”
“はい、ありがとうございます。では失礼します。”
水原はそこを去って行った。水原の後ろ姿を見て美里も安心した。一週間後水越から美里へ連絡が入った。いよいよ最後の詰めの段階に入ったなと美里は思った。美里にとって水越に会ってからというものは気の抜けない緊張の連続でそれは第三者としての美里の好奇心を十分満足させるだけのものだった。その意味で水越に感謝しなければと思った。それにお礼まで下さる。何か自分には運が味方してくれている様な気がした。
何事もなく一週間が過ぎた。いつもの待ち合わせのカフェーへ向かった。
すると目に入った光景はすでに水越は来ており驚いたことにその隣にすわっているのはあの三島ゆりであった。今日の三島ゆりは私服であった。しかし控えめの服装に見えた。水越を意識しているのか美里にはそう思えた。
“お待たせしました。遅くなりました。”
すると急に三島ゆりが口を開いた。
“中山さん、お元気でしたか? 驚かれたでしょう。”
すると今度は水越が口を開いた。
“もう中山さん、お会いしていましたね。今日は最後と思って連れて来ました。私達は結婚します。”
美里は前もって聞いていたので驚かなかった。
“おめでとうございます。”
“ありがとうございます。会社もやめました。これですっきりしました。これは些少ですが今までのお礼です。”
そう言って水越は分厚い封筒を差し出した。
“どうぞお改め下さい。”
美里はそれを受け取り中を見た。一万円札が百枚入っていた。
“なぜこんなに下さるんですか?”
“私には中山さんの将来が何となく見えるんです。それでも少ないと思っています。”
美里は首をかしげ
“私にはよくわかりません。”
すると三島ゆりが口を開いた。
“中山さん、どうぞお受け取り下さい。水越様は今回の旅行で中山さんの存在は大変大きかったと思っています。それでご自分の進むべき道を判断されたと思います。”
“その通りです。中山さんの存在は、私の将来にもかかわって来ます。多分もうお会いになっていると思います。将来のその人に!”

美里には水越の言う意味がよくのみ込めない。「将来のその人」とは誰のことなのか、どうも二人にはそれがわかっているらしい。
“水越さん、三島さん、私にはどうしてもわかりません。
「将来のその人」とは誰のことですか? 教えて下さい。”
水越が口を開いた。
“中山さん、よく聞いて下さい。人にはそれぞれ運命があります。
それは自分ではわかりません。第三者を通じてわかる様な気がします。教えてもらうのではなくご自分で判断するのです。私の場合
中山さんです。“
美里はもうこれ以上聞けないと思った。
“わかりました。ありがとうございます。”
“それでは中山さん、我々は支度もありますのでこれで失礼しま
す。”
三島ゆりも美里をやさしく包み込むように言った。
“中山さん、私も水越様と同じように中山さんにはとてつもない未来が待っていると思います。どうぞお幸せに!。”
そう言うと二人は席を立ちお店を出て行った。美里は茫然としていた。「とてつもない未来」何のことだろう。さっぱりわからない。

二十八
その夜、美里は夢を見た。その夢はあくる朝のいつもの出勤の時だった。一人の年老いた身なりのピシッとした男性の訪問を受けた。
そして車でとある屋敷へ案内された。広い庭園がありそこには一人の男性が立っていた。
“あっ!  あの人は! ”
そこで目が覚めた。夢なんだ。美里はまた寝入った。今度は朝日で目が覚めた。昨日の水越の言った言葉が妙に引っかかった。誰が私を待っているんだろうか。数日後、出勤の支度をしていたら一人の年老いた男性の訪問を受けた。どこかで見た顔だった。
“私はある主人のいいつけで今日お邪魔しました。一度お手紙をさし上げました。”
美里はふとあの一通の手紙が頭に浮かんだ。
“一時間、いや30分でもいいですから会っていただきたい方がおられます。”
美里はちょっと好奇心もあって会うことにした。
“わかりました。”
“そのままの服装で結構です。”
美里は言われるがままについて行った。少し歩いて行くと向こうに車が待っていた。美里は後ろの座席に座った。車はゆっくり走り出した。そして高速に乗り少し走るとすぐ降りた
それから30分くらい走ると左側に見える屋敷らしい建物の傍で
停車した。
“着きました。どうぞお降り下さい。”
美里は車から降りた。そしてあとについて行った。ふと思った。
この屋敷は夢の中で見たのと感じが似ている。正門を通り抜けると奥が広い庭園になっておりその老人の行く先には一人の男性が立っていた。老人が話しかけるとその男性はちらっとこちらを振り向いた
“あっ! ”
美里が夢の中で見た人物と重なった。あの人は仮装パーティーで会った人だ。薄暗かったけど確かだ。美里は足がすくんでしまった。二人はまだしゃべっていた。そして老人が戻って来た。
“部屋へご案内します。どうぞこちらへ”
美里は我に返りあとへついて行った。
屋敷の中へ入ると廊下伝いに少し歩いた。そして右側のふすまを開けて中へ入ると美里の目に飛び込んで来た光景は、
“あっ!”
そこには水越と三島ゆりがすわっていた。美里は何が何だかさっぱりわからない。老人が言った。
“どうぞおすわり下さい。驚かれたでしょう。もう一人いらっしゃいます。”
すると5分くらいして一人の女性が入って来た。
“お母さん! どうしてここへ?”
美里は次第に頭が混乱して来た。老人は言った。
“ご主人がもうすぐいらっしゃいます。その時お話します。それまでここでお待ち下さい。”
しばらく静寂が走った。美里は下を向いたままであった。すぐその人はやって来た。美里は顔が上げられなかった。少しして老人が話し始めた。
“今日は皆さんにお集まりいただいたのは兼ねてから探しておられた方がやっと見つかりましたのでその関係者にここにお集まりいただきました。それぞれが顔見知りと思いますが一応ご紹介させていただきます。先ず真中にいらっしゃる方が当家の主人、菅原美智雄と言います。そしてそのお隣が水越悟様、そしてそのお隣が三島ゆり様、そしてこちらの方が中山美里様、そしてこちらがそのお母様の中山美佐様、私は当家の執事をやっている菅原邦雄と言います。”
そう言ってその老人はコップに水を入れて飲んだ。
美里は下を向いたままで心の中では「そんなのわかっているわ。早くどういうことなのかそれを先に説明して。」と言っていた。
老人が口を開いた。
“去る中世のヨーロッパにさかのぼること十二世紀フランスにランスロット郷がいました。当時の日本では源平の合戦が行われており平家は源氏に敗れ一部水軍に乗りヨーロッパまで落ち延びて来ました。そこでフランスのランスロット郷はその平家の人達を手厚く迎えました。そして今回その子孫たちに集まっていただきました。”
老人はまたコップに水を入れ飲んだ。
“そして月日が流れランスロット家ではその子孫を妻に迎えたいとその血筋を追って日本にやって来ました。”
老人は美里の方を向き
“中山さん、身の回りで何かいろいろな異変にお気付きになりませんでしたか?”
美里は今思うとこれまで起こった出来事を思い起こしてみた。
最初はあの方にお会いしてから誰かが私を監視、いや、いい意味で見られていた。常にそれがあった。
当時は気のせいかと思っていた。また夢で見たことが現実と重なる
こともあった。そして心で思うことが相手に通じたこともあった。最初にあの一通の手紙、今の言葉で理解出来る。しかしまだわからない。早く話を進めてくれと思っていた。
“中山さん、だんだんとご理解されて来たようですね。話を続けます。そしてその探しておられて方が中山美里さんです。”
美里ははっとして頭を持ち上げた。そしてその主人とやらと目が合った。そこには当時会ったあの人の笑みが一瞬よみがえった。
薄暗かったけど間違いなかった。そして固まってしまった。
老人はなおも話を続けた。
“当家の主人には弟さんが一人います。中山さんはすでにお会いになったと思います。”
美里はあの時露天風呂で交信した人が確か菅原とか言っていたが弟さんなんだと思った。老人はなおも話を続けた。
“そして次に水越様、水越様はもうすでにご自分で中山様とご一緒に旅行されて次第にご自分の出生の秘密を知って来ましたね。
そしてその平家の子孫だということもわかって来ましたね。そしてその使命も何もかも。そして三島ゆり様は直接関係はなかったのですが水越様の奥様に収まるのでこれから関係されますのでお呼びしました次第です。そして中山様のお母様、美佐様、実は美佐様は中山様の養母なのです。“
美里はびっくりして我に返った。何ということだ。実の母ではなかったのか、では一体私の母はどこに?
“中山さん、大変驚かれたでしょう。これらのことは以前一通の手紙を受け取られたと思いますがその差出人はこの私です。その中である筋と書きましたが実はその人は水越様です。水越様は中山様にもあると思いますが過去との交信、意識のつながりが読める方なのです。そして現在の人とも意識で交信できるのです。つまり過去、歴史ですね、精神は受け継がれているということです。そのことから水越様はご自分の祖先でお仕えしていたのは中山美里様、あなたの祖先だとわかったのです。つまり当時、平家はヨーロッパまで逃げ延びてランスロット家に手厚く歓迎されそこへ住みつきました。その時、水越様、中山様、その母美佐様、この関係は祖先でつながっていました。中山様の祖先に水越様の祖先が仕え中山様がお生まれになって二歳になった頃お母様は病気で亡くなりました。
そして美佐様が養母を引き受けました。美佐様はお母様とは古いお付き合いで親しくしていました。そして美佐様はご主人を亡くしておられお子さんがいらっしゃらなかったのでご自分のお子として現在まで育ててこられました。“
そこで老人はコップに水を入れ一杯ごくっと飲んだ。
美里は次第に全貌が見えて来た。問題は自分は今後どうなるんだろう? 今度はその方が気になって来た。
老人は言った
“これで皆さまの関係がおわかりになったと思います。それで中山美里様をご当家の主人の奥様としてお迎えしたいと思います。”
老人は改めて美里の方を向き
“中山様、いいですね!”
美里はやっと頭を持ち上げ老人の方を見た。
“私、いまだに夢を見ているようで頭の整理がついていません。”
“わかります。これは現実です。夢ではありません。”
すると今まで黙っていた水越がやっと口を開いた。
“中山さん、今執事の菅原さんがおっしゃったようにこれは現実です。前にも申しましたように過去、現在、と歴史はつながっています。人はそれぞれ持って生まれた運命があります。それを素直に受け入れることです。以前中山さんが私に言っていましたね。現在は過去からの積み重ねだと、今の中山さんもそうなのです。”
美里は当時水越に同じように言ったことを思い出した。
“わかりました。そのご依頼お受け致します。”
老人は言った。
“中山さん、ありがとう。これで私も肩の荷がおりました。母の美佐様はこれまで通り中山美里様をお守りください。”
そしてやっと当家の主人が口を開いた。
“美里さん、当時の仮装パーティー楽しかったよ。”
そう言うとにこっと美里の方を向いて笑みを浮かべた。
そして
“その時お迎えに来ると言ったでしょう。覚えていますか?”
そして美里に手を差し伸べた。美里は見えない糸に引っ張られるようにその手を取った。そしてそのまま引っ張られその主人の横に導かれてすわった。それを見た老人は
“これでやっとランスロット家が一つになった。それぞれの祖先の意志が成就されたことでご先祖様は大変お喜びになっていると思います。”
美里はいまだに夢ではないかと動けないでいた。それを主人は見透かしたように美里の手を取ると抱くようにして美里を抱きかかえて
“我々の部屋を案内するよ。”
そう言って部屋を出て行った。そして廊下を少し歩くと奥のスイートルームへ向かった。そこへ入るとそこにはヨーロッパのお城の絵画が飾ってありまるで外国の部屋に入った様に思えた。そして主人はゆっくり美里をそーっとそのベッドに寝かせるとそのまま唇を重ねた。美里はされるがままに身をゆだねた。そしてゆっくり唇を離すと
“ここが僕たちの部屋なんだ。夏にはフランスへ戻るよ。”
美里は次第にこれが現実なんだと一生懸命自分に言い聞かせた。まるで夢物語で私はこんなに幸せでいいのだろうか、何度も何度も自問自答していた。



                           完

現代のシンデレラ姫

現代のシンデレラ姫

  • 小説
  • 長編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-19

Copyrighted
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