突然兄になった高校生男子の話。
初めての長編小説になります。
急に弟ができた内気な男子高生のお話。
拙い文章で読みづらいかもしれませんがどうぞよろしくおねがいします。
一
夏の日。
ミンミンと忙しなく鳴き続ける蝉や体を焼き尽くしてしまうのではないかと錯覚させてしまう太陽の暑さ、誰もが険しい表情で歩く通学路。
七月の後半へと突入し、夏季の長期休暇が間近に迫り学校全体の漂う浮かれたムード。
どれをとっても毎年変わらない風景だ。
それは泉水さつきも例外ではなかった。今日も他と比べ随分遅い時間に家を出たさつきはいつも通り憂鬱な気分を隠そうともせず眉間にシワを作っている。
憂鬱な理由は上げればキリが無いのだが、その大半は学校に関する事柄だった。それは単に休み明けの月曜だから面倒くさい、という話ではない。勿論それも理由の一つに入っている事だろうが、主な理由はもっと別だった。
すでに授業が始まっているであろう時間帯に高校生が外を歩いていることもこの小さな町では人の目を惹いてしまうのだが、さつきの見た目はそれすらも気にならないほどに此処では異質なものだった。イギリス人の祖母譲りの色素の薄い髪色やグリーンの瞳。クォーターなんて今時珍しくも無いし、国際的でカッコイイだなんて言われることもある。しかしさつきの場合、住んでいる所が田舎な上、顔つき自体はいたって普通の日本人なのだから厄介だった。
早い話、それが生まれつきのものだと信じてもらえないのだ。昔からの知人であれば別だが、高校からしか彼を知らぬ者には染髪しカラーコンタクトをつけているとしか思わない。彼の通う高校ではそれは校則で禁止されているから教師にも最初は目をつけられ服装検査などでは苦労した。
未だに信じていない教師すらまだ居るくらいだから生徒なんてものはさらに露骨だった。
入学してから不良の類に間違えられ人は全く近寄ってこなかったし、逆に不良の集団に頻繁に絡まれる日々が今でも続いている。
さらに最悪な事にさつきは人見知りが激しく、口下手なのも祟り友人らしい友人は一人も出来ずに二年生になってしまった。ただでさえ内気なのに周りに避けられ怖い人に絡まれればそれも当然の結果のように思えるが、本人はただただ自分を責めることに終始した。
そんな居場所の無い学校生活を送るうちに学校へ向かうと思うだけで腹痛を起こせる悲しい特技が出来てしまい、今日も泣きたい気分なまま遅い登校をする。
学校が見えてくれば腹痛は激しさを増す。教室の前までくればそれは最高潮へ達した。
「…保健室行きたい…」
思わず呟くが以前仮病を使い休ませてもらおうとした時に門前払いを受けてからその選択は出来ない。震える声で自分を鼓舞し、扉を開けた。
ガラガラ…。
そんな控えめな音にも教室中が反応を見せるのが憎らしい。
教師は此方を一瞥した後直ぐに授業を続けた。これもいつも通りだ。逆に何か声をかけられてしまえばその方が困る。
そろそろと席につくとまた黒板に板書する音が教室に響き渡った。
その後もなんとか授業をこなし、昼休みになった。
各々友人と机をくっつけ、昼食にする時間。さつきはすぐに教室を出た。
この時間には必ず向かう場所がある。
美術室だ。この高校の美術室は二つに分かれており、一つは他の教室のように机が並べられた教室でもう一つは美術を中心に専攻している生徒用に美術道具が乱雑に置かれた物置のような教室だ。この学校は総合学科で他にも情報系や介護保育系、など様々な系統の専門分野について学べる設備が整っている。さつきはそのどの系列にも属さず、大学を目指す生徒としてのくくりをされているから普段の授業ではこの美術室に訪れることはまず無い。
それでもどういう場所かは知っていたし、一人で誰の目も気にせずに食事ができるから気に入っている場所だ。物が多く、狭くなっている所も狭いところが好きなさつきにとっては好都合な場所と言えた。たまに美術系の大学の受験生と鉢合わせてしまう心配があったが。
放課後。下駄箱付近は何やら女子で賑わっていた。きゃーきゃーと若干興奮気味の声が聞こえるのが気になり覗いてみると誰かが告白されただのしただのと言った良くも悪くも女子らしい話題で盛り上がっているようだ。
「あの、ごめん」
盛り上がっているところに水を注すようで申し訳ない思いで声をかける。すると騒いでいた女子集団が静まり此方を見た。
「そこ、俺の靴、取れないからさ」
視線が集まり動揺するが表に出さぬように努めながら、集団の中心にいた女子の直ぐ後ろを指差し何とか言葉を紡ぐ。指を指した場所は丁度さつきのネームプレートがついていた。
「え」
状況が呑み込めない中心の女子は混乱を露にしながら後ろを向きさつきの名前を見つけた。
周りの女子の注目もそちらへ向く。
「あ、ごめん、なさい。行こ。」
此方を見ようとしない女子はうつむき加減で逃げるようにみんなを連れて廊下を歩いていってしまった。どうにも釈然としない気持ちが自分の中に生まれるのを感じながらその集団を見つめるさつき。
今のような態度がまたさつきを傷つけている事を彼女は理解しているのだろうか。恐らく思ってもいないだろう。それだけでなく自分が被害者だと思い込んでいるかもしれない。
しかし大体の女子の反応はそんなものだ。今さら怒りなど覚えないが、やはり学校が憂鬱な場所でしかない事を再認識してしまうから何も感じないという事もできない。
もう癖になりそうになっている溜息を吐き、帰路についた。
そこまでは毎年変わらない夏の日だった。少なくともさつきの中には死にたくなるような気分がたまっていったという点においては本当にいつも通りで、このまま家へ帰り出された課題をこなした後共働きの両親が帰宅するまで食器を洗ったり洗濯物を畳んだりする予定だった。そして母の温かいご飯を食べ、父とテレビを眺め、風呂に入り就寝するのだ。
しかしその穏やかな予定は目の前の光景で一瞬にして変更せざるを得なくなった。
最初は死んでいるのかと思った。
しかし上下する胸を見る限り呼吸はあるようで、気を失っているんだと思った。
どういう経緯で人の家の前で気を失ったのかはさて置き、玄関の前で力尽きたかのように人が倒れていることは通常ありえないので、混乱する頭で必死に考えを巡らした結果救急車を呼ぼうという結論に至った。
しかし携帯電話を所持していないさつきはまず家に入らないと何処にも連絡も出来ず、申し訳ないが倒れる人を押し退け玄関のカギを開けるとその上を跨いで中へ入ろうとした。
「ぎゃ!!」
だがそれも叶わずさつきが間抜けな叫び声を上げただけに終わった。
「違うって、ちょっと寝てたっていうか、本当に、違うからさあああ」
かすれ声はどうやら倒れていた人物から発せられているらしかった。その腕はいつの間にかさつきの足をしっかりととらえており、両腕を左足に巻きつけるようにしてさつきにしがみつきさつきの動きを封じていた。これがさつきの叫び声の理由だろう。
「だから警察とかはあああやめておねがいいい」
何か勘違いを起こしている発言を繰り返しぎゅうぎゅうとさつきの左足にまとわりつくその人物はどうやら自分よりも年下のようだとさつきは密かに思った。
年齢は14・5歳くらいで、声は声変わりしたて、といった感じに高くも低くも無い。
力もそれほど強くは無いのだが、驚きのあまり思考が鈍り動くことができなくなっていた。
「ああ…
はい」
突然兄になった高校生男子の話。