パフェ一族


11月29日(日)

 母と京都へ遊びに行った帰りに、私だけ守口市で降りた。
 橋やんの家の犬・パフェの大きくなってきたお腹を見せて貰うためである。
 今度子犬が生まれてから見に行っても吠えられないように、ペットショップで適当に買ったササミチップというエサを持参して、今から機嫌取り。
 私が到着した時には、ゴが家の前に来ていた。ゴもエサを持って来たのだと言って、ハムを出した。
「そんなんやってもいいん?」
 と聞くと、
「橋やんがええ言うてん」
 と答えた。そんなことなら私も魚肉ソーセージにでもすれば良かった。残りを自分のおやつに出来たのに。
 ガレージに居るパフェは、私らを見ると立ち上がって一瞬身構えたが、エサを見せると、ゆらゆら尻尾を振った。
 表へ出て来た橋やんに一応許可を得てから、私もササミチップとやらを一枚やってみたら、手までかぶられた。
「あいたたたった!」
 と叫ぶと、パフェはびっくりしてぴゅっと跳び退いた。
「こいつよう手かぶりよんねん」
 橋やんは落ち着き払って言った。先に言って欲しい。
 ゴのやったハムは異様に大きくて薄く、べろんべろんしていて、パフェは食べ難そうにしていた。
 何故パフェなどという名前なのか橋やんに聞いてみたが、
「くれた人がつけてたから知らん」
 とのことだった。気になる。
 食べ終えると、パフェはすぐに小屋に入ってしまったので、
「もしもし。そんなすぐ入ってしまわんでもよろしいがな」
 中を覗きながらそう言ってみたが、知らん顔。そこで橋やんが
「パフェ、来い!」
 と呼ぶと、のそのそ出て来た。
「凄い、言うこと聞いてる」
 私とゴは拍手して絶賛した。パフェは当惑した顔で私らを見ていた。
「お腹見してえな、お腹」
 と言うと、橋やんがパフェを無理矢理寝かせた。
 確かに膨れている。たぷたぷした感じであった。
 さて、子犬は何匹生まれるのか。楽しみである。


12月3日(木)

 昼休みに、シノと優と一緒に弁当を食べていて、パフェの話になった。
シ「何匹ぐらい子犬生まれるん?」
私「五、六匹って言うてたで」
優「誰かにあげるんかな」
シ「そらそうやろ」
私「あげるまでに名前つけなな」
優「なんであげてまうのに名前なんかつけんの」
私「名前なかったらややこしいやん」
シ「『これ』『それ』とか言うとったらええやん」
私「そんな、無味乾燥な」
優「あんたがつけんの?」
私「なんでえな。私何も頼まれてへんし」
シ「そんなんあんたしかつける人居らんわ」
私「ちょっと待ってえな。橋やんに聞いてみな、勝手につけられへんがな」
シ「聞くも何も、まだ生まれてへんやん」
優「ほんまや」
(以上、適当に再現)
 五時間目は、子犬の名前ばかり考えていた。親がパフェなので、子はパフェの具かな、とか。
 パイン。みかん。←英語か日本語かどっちだ。
 コーンフレーク。←長い。そもそも、コーンフレークの入ったパフェは邪道っぽい。
 生クリーム。←生は苗字か。


12月5日(土)

 夕方、橋やんから電話があった。
橋「子犬生まれた」
私「ええっ、何匹?」
橋「六匹」
私「うわーようけやな。全部よそへやってしまうん?」
橋「その予定やけど、どうなるか分からん」
私「ひとまず名前付けといてもええ?」
橋「……別にええけど」
私「とにかくどんなんか見に行ってからやな」
橋「まだ見に来んなよ」
私「パフェ怒る?」
橋「おかんが怒るわ」
私「なんで?」
橋「『テスト中に友達呼んで何してんの!』言うやろ」
私「あ、そうか……でもテスト終わってからなんて、もう凄い成長してでっかくなってへん?」
橋「なるか!」
 ということなので、テストが終わったら見に行こうと思う。
 テストよ早く終われ、と言いたいところであるが、まだ勉強出来ていないので早く終わられても困る。複雑な心境である。


12月9日(水)

 橋やんが子犬達をポラロイドカメラで撮ってくれたので、その写真を借りて帰って、ついに命名。
・クリーム♂……真っ白なので。
・マロン♂………栗色なので。
・プリン♀………鼻とその周りが茶色いので。
・チェリー♀……鼻がピンクっぽいので。
・バニラ♂………クリームよりは少し生成りっぽいので。
・ジャム♀………体のぶちが、ジャムを垂らしたような感じなので(やや強引)。
 統一感があまりないが、良しとしておこう。
 早速紙に書いて、テストの後で橋やんを捕まえて見せてみた。
私「ほら、美味しそうでええやろ」
橋「食うんかお前は」
私「……却下?」
橋「別にええけどやな」
私「ほな今これ見て覚えて」
橋「覚えられるか!」
私「分かったよ、もうこの紙差し上げるわ」
 さて、橋やんは子犬をこのように呼んでくれるのだろうか。
 想像すると妙だ。


12月12日(土)

 やっと子犬を見に行けることになった。
 先日橋やんの家に置いて来たおやつはもう食べ尽くされたらしいので、今日はうちの冷蔵庫からウインナーを一本持ち出した。
 そして、今回はなんと、初めて自転車で橋やんの家へ向かったのだ。
 不思議なことに、全く疲れなかった。最後、商店街を走っている時など、どんどん加速したくらいである。調子良く漕いでいると、前方に橋やんのお姉さんと散歩中のパフェを発見。
「こんにちは」
「あら、こんにちは。お家、この近く?」
「いいえ、都島なんです」
「都島! 元気やねえ……」
 お姉さんは目を見開いてびっくり仰天のご様子。パフェは、何事かという顔でお姉さんを見上げた。
 私は暫く自転車を押して並んで歩いたが、お姉さんが、先に行って子犬を見ていて良いとおっしゃるので、お言葉に甘えて自転車に乗った。
 橋やんの家の前に着いて、インターホンを押すと、コウキが窓から顔を出した。
「おい、マジか!」
 自転車に跨っている私を見て、コウキは叫んだ。
「あんた、声大きいで!」
 部屋の中からシノの声がした。
 少し待っていると、三人とも降りて来た。
 子犬達は、ガレージに置かれた箱の中に居た。
「ねずみの子みたいやな」
 と言うと、
「見たことあんのか!」
 とコウキにつっこまれた。
「ふっふっふ。見たことあんねん、凄いやろ。昔、うちの倉庫の大掃除ん時にねずみ一家発掘してん」
「きっしょ?、そんなんと一緒にしたりなや」
 シノは嫌な顔をした。でも、実際は子ねずみも結構かわいいものなのだ。不衛生そうなのが嫌なだけで。
 肝心の名前であるが、私が付けたにもかかわらず、どれがどれかよく分からない。覚えたつもりでいたのに。
 橋やんが紙を持っていたが、照合からして大変。
「おいおい、名付け親、しっかりしてくれよ」
 と、コウキに言われる。
 そうこうしているうちに、お姉さんとパフェが帰宅。パフェが怒ったら困るので、挨拶してみた。
「どうも。拝見してますよ」
 パフェは「あっそ」という顔をしたかと思うと、急に私のウエストポーチに鼻を押し付けてきた。
「何や? ああ、ウインナー入ってるんやった。はいはい」
 慌てて取り出し、橋やんの了解を得てから、開けてやった。パフェは、シノが子犬を触りまくっていても、素知らぬ顔でウインナーを食べる。
「母性本能なし?」
 と言ってパフェの頭を撫でておいた。


12月18日(金)

 なんと、チェリー♀が貰われてしまった(←いや、貰われるべきなのだが)らしい。
私「どこ行ったん?」
橋「おかんの友達ん家」
私「どこの人?」
橋「中町やて」
私「近所やん。いつでも見に行けるなあ」
橋「そんな見に行かんて」
私「公園とかで会うかもよ」
橋「それはあるかも知れんな」
 珍しく、激しいつっこみなしの会話であった。


12月24日(木)

 終業式の後で、守口のスケート場へ行った。
 となると、近所なので、当然のように全員で橋やんの家に寄り道。
 パフェは、私達を見ると立ち上がって手招き(?)した。
「うぉうぉうぉうぉ?」
「今日は手ぶらやねん。学校の後スケート行った帰りに寄っただけですねんわ」
 と私が説明すると、
「そんなん分かるわけないやん」
 と優に言われた。
「分かるかも知れんやろ。スケートな、スケート」
 滑る格好をして見せてみた。パフェは不思議そうだった(いつも大抵不思議そうな顔であるような気もするが)。
 家の外でわいわい言っていると、お姉さんに家に招き入れられた。そして、全員に紅茶を淹れて下さった。有難や。
 橋やんがパフェにおやつをやって、その隙に子犬五匹を箱ごと家に持って入った。
 今日はカメラを持っていたので、子犬の撮影会開始。かなり苦労した。いざ写そうとすると、移動し始める。かと思えば、急に全員寝たり。
 あまり遅くなって、通知表の成績が悪過ぎるため逃亡したと家族に思われても困るので、夕方には帰路に着いた。


12月25日(金)

 実は昨日家でケーキを作るつもりであったが、犬ツアーですっかり忘れてしまい、今日作ることにした、とシノから電話がかかってきた。私はケーキ作りという柄でもないが、食べたいので行ってみることにした。
 昼前に開始。私は物凄い勢いで生クリームを泡立てて、それだけで疲れ果て、のびていた(昨日のスケートで筋肉痛であるし)。
 私が飲み物を買いに行っている間に、ケーキは完成した。
 台所へ入る瞬間に、シノが
「じゃ――ん!」
 と言った。素晴らしく美味しそうなものが出来ているではないか。
 しかし、妙に大きい。
「全部食べられへんよな」
「そうや、橋やんの家へ持って行くっていうのはどう? 昨日、お姉さんにお茶淹れてもろたりしたし」
「そやなあ、そうしょうか」
 私の案はあっさり採択された。
 ちょうど良いケーキ用の箱があったので、慎重に切ってそこへ入れた。
 先に私らは十分味わってから、夕方に出発した。スケートで筋肉痛のためなかなか速く歩けず、やたらと時間がかかった。
「いきなり来てもうたけど良かったんやろか」
 門の前で私達は顔を見合わせた。何も考えずにやって来てしまったのだ。電話ぐらいすべきであった。
 ごちゃごちゃ言っていると、二階の窓が開いて、橋やんが顔を出した。
「何や?」
「ケーキ食べ切れへんから配達に来た」
 と私が大きい声で言うと、パフェの
「うぉうぉうぉ???」
 という声がした。
「やあ。残念ながら今日も何もあげられへんわ。ケーキなんかあかんやろ」
 パフェは尻尾を振りまくっていた。何となく気の毒であった。


12月29日(火)

 夜、十倉から電話がかかってきた。
「うちで子犬一匹貰うことになってん」
「え――!」
 と叫んだら、母が寄って来て、「やかまし」と口を動かして見せた。しょうがないので以下ひそひそ。
「どれ貰うんよ」
「マロンとかいう奴かな」
「いやー、マロンて言うてくれるとなんか嬉しいわ」
「名前変えてまうかも知れんで」
「そらそうやろけど。でも、凄い名前は嫌やな」
「凄い名前てどんなんや」
「エリザベス、とか」
「あんな雑種にエリザベスなんて普通付けへんやろ」
「十倉の妹やったらゴージャスそうな名前にしたいかな、と思て」
「読みが甘いな。和風な名前の方が付けそうやで」
「え、どんな? 茶色いから味噌とか?」
「また腹減ってんのか」
「味噌なんて言うたら凄い味噌ラーメン気分になってしもたがな!」
「俺は知らん!」
 いつの間にか声が大きくなっている私であった。
 十倉の妹が考え付きそうな名前を予想することにして、電話を切った。
 そこへ母がまた来た。
「晩ごはん、インスタントのラーメンでもいい?」
「味噌ラーメンがいい!」
「……(戸棚を開けて探している)……ああ、味噌一つだけあるわ」
 母は醤油ラーメンを選び、父と兄は塩ラーメンを指定したので、私は希望通り味噌ラーメンにありつけた。食べながら、うちでも一匹貰えたらなあ、と思った。母が反・犬派なので無理だ。


1月5日(火)

 今日は皆で伏見稲荷へ初詣に出かけた。
 帰りに、子犬を貰う十倉にくっ付いて私も橋やんの家へ行った。
 が、どうやって持って帰るか全然考えていなかった。考え込んでいると、お姉さんが大きい紙袋と古いタオルを何枚か出して下さった。
 橋やんが箱の中からマロンを取り上げた。私は、パフェに説明してみた。
「マロンはこの十倉のとこへ行くで。『ちゃんと育ててや』て頼んどかな」
 ……パフェは、いつものように不思議な顔で私を見るだけだった。
「こいつなんで子供取られても全然怒らんねん?」
 十倉が疑問を投げかけると、橋やんは、
「こないだもそうやってん。勝手に持って行け、っちゅう感じや」
 と言った。
「やっぱり母性本能なし?」
 と私が言ったら、パフェは
「ふん」
 とそっぽを向いた。
 紙袋に入れられたマロンは、脱出しようともがきながらきゅーきゅー言っていたが、そのうちに寝た。
 さあ今のうちに帰ろう、と帰路に着いた。
 歩きながら、ふとマロンの名前の話を思い出して、どうなったか聞いてみたら……
「妹が“田楽”にするって言い張んねん」
「何それ。やっぱり味噌っぽいから?」
「そうやろうな」
「なんか私、十倉の妹とは友達になれそうな気がしてきたなあ」
「俺もそう思うわ」
 中学から私立なので、てっきり「ほほほ」という感じのお嬢様と思っていた(←ど偏見)。


1月9日(土)

 たまにはパフェの機嫌も取っておかなければ、子犬ばかり可愛がっては拗ねてしまうと思い、サイクリングがてら橋やんの家へウインナーを持参した。
 私が到着し、ガレージの中に向かって
「やあこんにちは」
 などと言っていると、二階の窓が開く音がした。見上げると、そこにはゴが居た。
「何やってんの?」
「碁」
「……」
 橋やんが玄関の戸を開けて出て来たので、ウインナーをやっても良いか聞いたら、良いと言われた。早速ガレージの戸(戸と言うのか? 畳める柵のようなものなのだが)を開けて、犬小屋に接近。パフェは後ろ足で立ち上がり、前足で必死に手招き(?)するのだった。
「はいよはいよ」
 と言ったものの、鞄からウインナーがなかなか出て来ず、パフェは涎をぽたぽた垂らしていた。
 なんとかやり終えたところで、橋やんが、
「ゴと二人で散歩行って来てくれへんか?」
 と言った。気が付いたら、橋やんの背後にゴが立っていた。
「僕は行ってもええで」
「ちょっと出かけなあかんようなったから、頼むわな」
 私が何も返事していないうちに、橋やんは散歩道具の説明をし始めるのだった。
 そうして、初めての散歩に河川敷へ出かけることになった私&ゴ&パフェ。
 初め、私が紐を引っ張っていたが、堤防の上で巨大なシベリアンハスキーを見てそっちへ行こうとするパフェに引っ張られ、
「うお?、助けてくれええい」
 と言っていると、ゴが代わってくれた。私は最初から散歩道具持ち係をすべきであった。
 河川敷に降りると、巨大なプードルが居て、紐を付けられておらず、こっちへ走って来た。
「なんかやたらでかいな」
「おっちゃんっぽいな」
 などと二人で呑気に言っていたら、すぐ傍まで来て、パフェが逃げようとして、ゴの周りを回り……ゴに紐が巻き付いてしまった。パフェの首も締まってしまった。
「何すんねんこのでかプードル! しっしっ!」
 と私が追い払おうとしている間に、ゴが紐を放してしまっていた。パフェ逃走。
「なんで放すんよ!」
「しゃあないやろ」
 走りながら私は、パフェを追って走るプードルの後方を走る私達の様子を遠くから見たところを想像して、一人で笑ってしまった。
 やがて、プードルの飼い主の若い女の人が気付いて呼んだので、プードルはパフェを追うのを諦めて、飼い主の元へ帰って行った。パフェは舌を出して疲れていた。私も疲れた。
「散歩っちゅうのも大変なもんやなあ、ああしんど」
「いや、橋やんはこんなことにはなってないと思うで」
 地面にへたり込む私達であった。


1月18日(月)

 朝、廊下で、誰かが後ろから走って来たと思ったら、どーんと背中を押された。何だ何だ、と振り返ると、シノだった。
「もう、何やのんな、むちうちなったらどないしてくれんのん」
 と私が言い終わらないうちに、シノは言った。
「コウキがついに佐久間さんに告白したらしいで!」
「は?」
 ……夏に、コウキが怪我で入院している時に、ちょうど中三のクラスの同窓会があって、コウキが写真を見たいと言ったので、私が、コウキと同じクラスだったらしい佐久間さんに伝えたら、佐久間さんも私達と一緒に写真を持って見舞いに行って……そこまでは分かっていたが、その後そんなことになっていようとは全く知らずにいた。
 で、朝の話はそれで一旦終わった。
 放課後、偶然十倉に会ったので、
「今から田楽(=元・マロン)見に行っていい?」
 と聞くと、快諾された。シノと優は帰ると言っていたのに、気が付いたらシノは同じ電車に乗っていた。
「帰るんやったんちゃうん」
「しーっ」
 シノは無声音で言い、車両の前の方をこそこそと指差した。私と十倉は、顔を見合わせてから、その方向を見た……
「うわっ」
 十倉が小さく声を上げた。コウキと佐久間さんが一緒に居る!
「それで野次馬に来たっちゅう訳か」
 十倉がシノに言う。十倉とコウキ&佐久間さんは最寄駅が同じなのだ。
「そうや。もし見付かっても犬っていういい口実があるしな」
 シノはやたらと嬉しそうであった。コウキと佐久間さんは、あまり楽しくなさそうに見えた(←結局観察してしまっている私)。
 三駅はあっと言う間だった。私達は、遅めに下車して、コウキ&佐久間さんと距離を置いて歩いた。十倉がすぐ速度を上げるので、二人でしょっちゅう引っ張った。
 しかし、橋のところでとうとうコウキに気付かれた。一緒に振り返った佐久間さんの顔が怖かったので、私は固まってしまった。
「お前ら、何ついて来てんねん」
 と言いながらもコウキは笑っていて、どこか誇らしげですらあった。
「十倉んとこの犬見に来てんやん、犬」
 というシノの口調がわざとらしく、私まで犬を口実にしようと企んでいたかのような誤解を招きそうだった。
 コウキ&佐久間さんは意外とあっさり行ってしまった。
「さあ犬や犬」
 十倉家にお邪魔したのは初めて。居間に箱があって、その中に田楽は居た。
 シノは、寝ていた田楽を勝手に抱き上げて撫でまくる。その様子を見ていた私は、あることに気付いた。
「あ、耳立ってるやん。いつから?」
 と聞いてみたが、十倉は、
「知らん間になっててん」
 と言うのだった。飼い主なのだからちゃんと観察しておいてくれないと困る。
 シノに渡されたので私が抱くと、田楽は突如私の肩に登り、ついには頭のてっぺんに乗っかってしまった。
「ぎえー、落ちるがな、そんなとこ乗ったら」
「あかんで、犬を自分の目線より上へやったらなめられるらしいで」
 とシノに言われた。勝手に登ったのだから知らない。
 私達は、田楽観察でかなり長居したのだった。


1月22日(金)

 今朝、寝過ごして、駅まで自転車を物凄くとばして、いつもより一本遅い準急に乗ったら、途中で橋やんが平気な顔で乗って来た。橋やん曰く、余裕で間に合うらしい。
 さて。昨日いきなりバニラが貰われたそうだ。お父さんの会社の同僚の人が来て、子犬達を見て、バニラを気に入って、即決。
「その人はどこの人?」
「知らんわそんなん」
「どこ行ったんやろ。気になるから聞いといてえな」
「なんでやねん」
 と橋やんは言っていたが、多分聞いておいてくれるだろう。


1月25日(月)

 バニラの行き先を土曜に聞いてみたら、聞くのを忘れたと橋やんに言われたので、今朝、橋やんの教室まで赴き、聞いてみた。
「上新庄やってよ」
「へえ、川を渡って行ったんか?」
「子犬が泳いで行ったみたいに言うな!」
 と、いつの間にか傍に来ていたコウキにつっこまれる。
「昨日散々やってんぞ」
 とコウキが言い、橋やんが「ははは」と笑うので、何のことかと尋ねたら……
 昨日、佐久間さんが子犬を見たいと言ったため、コウキは橋やんの家へ案内した。今まで何回も見に行っているコウキが、いつものようにパフェに近付いたのだが、パフェは佐久間さんの顔を見た途端に猛烈に吠え出したのだ。
 その話を、後でシノにしてみたら、
「口紅赤くて怖かったんちゃう」
 と言っていた。確かに、学校でも赤いぐらいだから、休みの日などどんななのやら。
 などと思いながら廊下を歩いていると、佐久間さんを見かけた。思わず口をまじまじと見てしまった。やっぱり赤い。
 佐久間先輩は全然化粧などしておられないのに。何故、姉妹であんなに似ていないのか、と考える。
 佐久間先輩の受験勉強ははかどっているのだろうか(←余計なお世話気味)。
 とにかく早く受験シーズンが終わって、佐久間先輩と遊びに出かけたいものだ(←結局自分のことしか考えていない私)。


2月2日(火)

 今日は雪が降った。
 学校から帰って、部屋のこたつで丸まっていたら、佐久間先輩から電話があった。
「今入試終わってん。で、いきなりやけど今から遊ばへん?」
「はあ、いいですけど、どこでですか?」
「どこにしよか……ああ、そうやそうや、お願いがあるんやった」
「何でしょう?」
「橋村君、のとこやったっけ? 子犬が居んのって」
「そうです」
「見に行きたいな?思て。いや、前から言うとけば良かったのにうっかりしとってな。今から聞いてみてくれる?」
「いいですよ」
 ……会話をずっと再現しても長くなるばかりなのでやめよう。とにかく守口市のロッテリアで待ち合わせとなった。
 橋やんに電話したら、来ても良いと言われたので、いっぱい着込んで、ウインナーを持って家を出た。
 ロッテリアで、地理の試験で中央アメリカの問題が出た話と、試験終了後の猛吹雪の話を聞いていたら、結構時間が経ってしまい、早歩きで橋やんの家へと向かった。
「あ、そうそう、こないだコウキと佐久間さんが見に行ったら、パフェが佐久間さんに無茶苦茶吠えたらしいですよ」
「はは、なんかそんなこと言うてたな。『あの犬めっちゃ腹立つ!』って怒ってたわ。私も吠えられたらどないしよ。不安になってきた」
 と佐久間先輩はおっしゃったが、私の気配を察知してかガレージの入口の所まで出て来ていたパフェは、佐久間先輩が接近しても全く吠えず、いつもと同じように尻尾を振るだけだった。
 パフェは、立ち上がって私のジャンパーのポケットを引っ掻いた。ウインナーが入っているのがばれている。
「あかんあかん、橋やんに聞いてからやないと」
 と言っていると、橋やんが出て来たので、許可を得てからウインナーをやった。パフェはぱくぱく食べた。
「美味しそうに食べるなあ。どれどれ、撫でてみよ。うわ、頭ぬっく?」
 佐久間先輩はパフェの頭を撫でまくった。
「寒いから中入りはったら?」
 と、不意に橋やんのお姉さんが戸を開けておっしゃった。橋やんが子犬の箱を持って入ってくれた。またお姉さんは紅茶を淹れて下さった。
 紅茶を飲もうとしても、子犬が気になって落ち着いて飲んでおれない。
「もうかなり大きなりましたけど、最初ねずみみたいやったんですよ」
 私がそう言うと、佐久間先輩が、
「ねずみ?」
 と大きな声を出したので、膝に乗っていたクリームがびっくりして飛び降りた。
「こいつ明日貰われんねん」
 と、そのクリームを持ち上げて橋やんは言った。
「どこへ?」
「桃町。緑道のとこや」
「へえ! スケート場のとこやんな。行ったら見れるかな」
「そら見れるやろ」
 どこへ行くか分かるとすっきり。答えを用意してくれていた橋やんに感謝、である。


2月8日(月)

 今日は、ジャムが橋やんの尼崎の伯母さんに貰われることになっていて、橋やんが夕方に京橋まで連れて行く予定であった。
 ところが、風邪でいきなり早退した。帰り際に、ジャムを連れて行ってくれるようにコウキに頼んだのだが、なんとコウキは
「彼女と晩飯食いに行くことんなったから行かれへん、頼むわ」
 と十倉に言い、帰ってしまった(以上、十倉談)。
 私も十倉と一緒に橋やんの家へ行き、橋やんの代理を申し出たら、お母さんが、
「悪いから私が行くわ」
 と出て来られたが、せっかく子犬運搬を楽しめるとるんるんで居たのにそこで中止になってしまったら空しいので、
「いえいえ、いいですよ。私、家京橋ですし」
 などと、十倉に有無を言わさずジャムを受け取った。
 橋やんのお母さんに伯母さんの特徴を聞いた。身長155センチくらい。太っても痩せてもいない。髪の毛は肩ぐらいまで。……もっと凄い特徴はないのか、伯母さんよ、と思った。
 ジャムは大きな紙袋に入れられていた。袋の底にはタオルが敷いてある。
 覗き込むと、不安そうな顔で見上げてきた。
「これから電車乗るんやで」
 と言っておいた。
 乗ってからが大変だった。重いので床に置いたら、ジャムは立ち上がってしまって、もう少しで外へ出るところであった。
「こら、出んなよ!」
 十倉が慌てて持ち上げた。ジャムは、きゅんきゅん言いまくって暴れた。
「まあまあ落ち着いて。あと三駅分ぐらいやねんからおとなしいしといてえな」
 と私が宥めると、周囲の人にくすくす笑われた。
 京橋に着いて、私達は言われた通り時計の前へ行った。灰色のスーツを着た、伯母さんらしき人が居た。あの人かな、155ぐらいやけど、と暫く言っていたが、十倉が思い切って、
「あのー、橋村丈志君の伯母さんですか?」
 と尋ねたら、伯母さんは不思議そうに
「はい、そうですけど?」
 とおっしゃった。その手にはコカルドのケーキの箱が。十倉が
「橋村君が風邪で来られなくなったんで」
 などと説明している間、箱の中身が気になって仕方がなかった。
 で、いよいよジャムが伯母さんの手に渡った。ジャムは、観念したのか、袋の中で丸まっていた。
 そして、それと引き換えに十倉の手に渡ったのは、ケーキの箱。
 伯母さんと別れてから、十倉は、
「どうしよう、これ。橋やんとこへ持って行くべきかな」
 と言ったが、一応橋やんに電話して聞いてみることにした(←寝ているのに)。
 すると、
「もう食うといてくれ」
 と言われたので、私の家へ移動して食べることにした。
 家で箱を開けてみると、苺のショートケーキが二個入っていた。
 適当なお皿を出して載せ、紅茶も淹れて、お盆で応接間へ運んだ。
「へっへっへ、ケーキにありつけるとはな」
「めっちゃ嬉しそうやな……」
 と十倉に呆れられながらケーキを味わっていると、母が帰って来た。
「あ、お邪魔してます」
 十倉はもぐもぐしながら慌てて挨拶した。ケーキを見た母に
「どうしたん、それ」
 と聞かれたので、私は一通り説明した。
「得したなあ、あんた」
 と言って母は一旦去ったが、食べ終えた頃にまたやって来て、家はどこかと十倉に尋ねた。
「御殿山です」
「まあ! こんなとこまでわざわざ。チョコレート好き?」
 と一気に喋り、店の売り物のチロルチョコを一箱丸々十倉にお土産として渡した。
 私は、京橋まで送って行くことになった。歩きながら十倉は、
「まさかこんなん箱ごとくれると思わんかったわ……こんな食べられへん」
 と言うので、
「学校持って行ってえな。みんなで食べよ」
 と言っておいた(←結局自分で食べる私)。


2月10日(水)

 昼休み、復活した橋やんに廊下で会った。一昨日の話をして、教室へ帰ろうとしたところで、
「あ、そうや。伯母ちゃんが『あの小さい女の子は誰?』って言ってたぞ」
 と言われた。
「誰て、友達以外に何があんのんな」
「どこの小学生が付いて来たんやろ、思たらしい」
「……」
 橋やんの伯母さんとそれほど大きさは変わらないはずなのだが。そんなに雰囲気がちびっ子なのだろうか。と絶句していたら、
「プリンの行き先決まらんねん。誰か要らんか聞いといてくれ」
 と頼まれた。
 クラスの人にでも言ってみよう。


2月12日(金)

 四時間目の地理が休講になり、食堂でアイスモナカを食べ始めた時、同じく地理選択で暇そうな栗原さんが、コーヒーを飲みながら雑誌をめくっているのを見付けた。
 暫く他愛のない話をしたが、ふと思い出して言ってみた。
「子犬要らん?」
「へ?」
 突然だったので、栗原さんは目を丸くした。
「友達んとこで生まれたんが一匹余ってて、誰か要らんかな?思て探してんねん」
「へえ。生まれたて?」
「ううん、もう二か月以上経ってる」
「そうなんや。トイレのしつけとかもうしてあるんやったら貰ってもいいかも」
「してあるんちゃうかなあ」
「ほんま? じゃあ家で聞いて来るわ」
 いきなり話が進んだ。決まると良いのだが。


2月13日(土)

 しまった。今日は第二土曜なので休みだ。子犬の話は月曜に持ち越しか……と思っていたら、昼前に栗原さんから電話がかかって来た。
「子犬貰うわ」
「えっ。いきなり決定? どんなんか見んでいいの?」
「雑種って言ってたやん」
「まあそうやけど。……今から見に行かへん?」
 ということで、一旦電話を切ってから、橋やんにかけて説明をし、急遽見に行くこととなった。
 蒲生四丁目の駅で待ち合わせした。栗原さん一人が来ると思っていたら、小さい女の子が一緒だった。
「どうしても一緒に行きたいって言うから連れて来てん。これ、妹の舞花」
「こんにちは」
 舞花ちゃんはぺこりとおじぎをした。あまりに丁寧なので、こちらも思わず礼。
 電車に乗ってからは、プリンがどんな性格の犬か、などについて説明しまくった。舞花ちゃんからも色々質問され、答えた(←小二とのことだが、会話が完全に同レベル)。
 電車を降りてから歩き、商店街に差しかかったところで、向こうの方から女の人と犬が来た。橋やんのお姉さんとパフェだ。
 「パフェ?!」と大声で呼びたいところであったが、お姉さんに失礼なので、
「こんにちは?」
 と手を振ってみる。お姉さんが手を振って応え、走って来て下さった。パフェが紐を引っ張るため、どんどん加速。
「橋やんのお姉さんです。これが親犬のパフェ」
 そう紹介していると、パフェはぴょーんと私に飛び付いてきた。
「へえ?、凄い懐いてんねんなあ」
 と、栗原さんは感嘆していた。舞花ちゃんはびっくりして一、二歩下がった。が、恐る恐る頭を触ってみていた。パフェは、舞花ちゃんの手をべろんと舐めた。
「わ! 舐めた」
「もう子犬なんかべろんべろん舐めてくるで」
「いひひひ……」(←舞花ちゃんの謎笑い)
 さて、お姉さん&パフェと別れて、橋やんの家に到着したら、橋やんがガレージの所で自転車を磨いていた。なんとそのすぐ傍にプリンが居るではないか。私を見ると、プリンはぴこぴこと小さい尻尾を振った。
「プリン?」
 と呼ぶと、寄って来て、パフェと同じように私に飛び付く。
「可愛い!」
 と言って舞花ちゃんが突然蹲んだので、プリンは一瞬びくっとなった。
「あかんやんあんた、びっくりしてやんで。そーっと動かな」
 と栗原さんが嗜める。しかしプリンは怯むことなく、舞花ちゃんにも寄って行った。
「こんな可愛い子貰えんの?」
 と、栗原さんは喜んでいた。
 そうこうしているうちに、お姉さん&パフェ帰宅。皆で家にお邪魔。居間に通された。 様々な飼育指導などを経て、もう今日にでも持って帰ったら、という話になったのだが、どうも栗原さんが渋っている。欲しそうなのに何故だろう、と思ったら、橋やんが居ない隙に、
「手ぶらで来てしもたのに貰て帰るなんてあかんやろ」
 と内緒で言ってきた。
「お礼やったらまた今度でええやん。今日は見に来るだけのつもりやったって橋やんの家の皆さんも思てはるやろし」
「そうかなあ」
 一件落着。この間のように紙袋でプリンを搬送することとなった。
 初めて訪ねる栗原家は、純和風のお屋敷だった。蔵が建っている。庭には竹薮や鳥居まである。
 舞花ちゃんがプリンを袋から出した。プリンは、きょろきょろと辺りを見回していたが、やがて歩き出し、鳥居の匂いを嗅ぎ始めた。
「おお、気になってるな」
 三人でプリン観察をしていると、下駄を引っかけてお母さんが出て来られた。着物でも着た奥様風のお母さんかと思いきや、普通の人だった(←勝手な想像)。
 ここで、お母さんも混ざって、プリンと遊んでみる。
「お座り!」
「おお?!」
 とやっているうちに、暗くなってきた。舞花ちゃんと二人でプリンに手を噛ませて遊んでいる時、栗原さんとお母さんがこそこそと話をしていた。
「晩御飯食べて行く?」
 と栗原さんに言われた。
「いや、今日は家で鍋やって言われてるからちょっと……もうそろそろおいとませなあかんわ」
 もう作ってあるのだったらどうしよう、と思ったが、そうではなかった。
「ええと、どっちから来たっけ」
「駅まで送って行くわ」
「すみませんねえ」
 栗原さんの後をついて行ったので、全く道を覚えていなかった。
 栗原家を出る時にプリンともお別れ、と思ったが、舞花ちゃんがプリンをまた袋に入れて抱き、駅まで同行してくれた。
 地下への階段を降りる時、
「また新しい名前教えてな」
 と言ったら、
「多分もうプリンのままでいくと思うで。可愛い名前やし」
 と栗原さんは言ってくれた。私の付けた名前をずっと遣って戴けるとは、光栄である。「また時々見に来たってな」
 栗原さんがプリンを袋から出し、無理矢理手首を持って振った。
「バイバイ?」
 ……これでパフェの子供は全員貰われた。しかも一匹は私の級友の所へ行ったのだ。こんなに嬉しいことはない。
 晴れ晴れした気持ちで地下鉄に乗り込んだら、赤やらピンクやらの袋を手にした女の人が目に留まった。
(あ、明日バレンタインか!)
 犬に夢中ですっかり忘れていた。
 どうせ義理なのだし、またチロルチョコを箱ごと持って行って配っておくとしよう。
 今は人間より犬を愛している。
 パフェ一族全員が健康で長生き出来ますように。

パフェ一族

パフェ一族

設定:1992年

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-07-30

Copyrighted
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