Machines Garden

この物語はただの質の悪い思考シミュ レーションです。 あまりに現実離れした技術は有りませ んが、実際の技術ではありません。

物語の中で登場人物たちは様々な物を 開発しますが、実現する確証はありま せん。

チリ紙の裏に書かれたような考察に、 しばし付き合ってみたくなったあなた へ・・・・

■思考■

人の体は電気信号で動いていると聞い たのはいつだっただろうか。 小学生か、中学か、それなりに衝撃を 受けた事を覚えている。

それは、人間と機械はそんなに違う物 では無いのではないかと、考えさせ た。 でも、人間の尊厳を損なうなどとか、 ネガティブに考えたわけじゃない。

人が感じる事は機械でも感じる事がで きる。

人が考える事は機械でも考える事がで きる。

心さえも、機械は持つことができて、 さらには魂さえも・・・

[どうすれば、機械は心を、魂を持てる のだろうか。]

■立案1■

パソコンの蓋を閉じ、窓の外に目を向けるとうっすらと世界に色が付き始めたのが見える。
時計を見るともう朝の5時になっていた。

一睡もしていないので今日は一日眠気と戦うだけで終わることは確定だろう。
今日は学校を休んだ方が効率的であるからして、合理的な思考で今日は休みなのだ。

もう、春だというのに朝方は
冷え込む。毛布に潜り込むと心地良い暖かさの中、すぐに眠りに落ちた・・・
のだが、意識が落ちた所をドアを叩く音が引き戻した。
時計を見るともう7時。普段なら学校へ行く準備を始めなければいけないが、今日は休むのだ。

「直樹ぃー、起きてっかぁー?寒いから入れてくれー」

無視しようと思ったが、ドアのノック音はやみそうにない。

「開けるから静かにしてくれませんかね?」
「おう!それより昨日の、できた?」

扉を開けると期待に満ちた目が現れた。

「馬鹿か?昨日今日でできるか!大体僕はプログラム初心者だぞ?プログラム環境探すので手一杯だよ。」
「なぁんだ。じゃあ、いつできる?」
「1年か…いや、案外高校生のうちは出来んかもしれん。」

彼は昨日僕が話した計画がえらく気に入ったらしい。それは、パソコンの中に人間を作ろうというものだ。

人口知能というやつだが、世の中を見回しても、パソコンは人間が指示を出してやらないと動かない。自発的に動くパソコンはない。

まぁ、実現には相当の技術的問題があるのだろうけども… 。

「仕方ねぇな。じゃ、早く支度して学校行こうぜ。」
「一睡もしてねぇんだから、今日は休ませてくれ。」
「入学してまだ4日目で休むやつがいるか?」
「今日なら3日坊主だから仕方がない事にならないか?」
「…なんかウザイんで、オレがお前をお着替えさせれば良いのか?」
「やめてくれ、僕が悪かった!」

午前7:25。まだ静まり返った町を男2人でとぼとぼ歩く。学校は公立だが、電車に乗る時間を含めると約1時間かかる。

そもそもこの男、金城貞明と知り合ったのは一昨日電車が同じになり、貞明から声をかけてきたのだ。中学まで20分ほどだった通学時間が3倍になって、お互い時間をつぶす相手が欲しかったのだ。

パソコンの中に人間を作るという話題は時間潰しには極上と言えた。

「…で、プログラムの言語にも種類があって、Assenbler、Basic,C,Javaとか、人口知能ではLispがよく使われているらしい」
「で、どれを使うんだ?人口知能のLispか?」
「いや、Lispは括弧のかたまりで相当癖がありそうだった。おそらく僕らに扱えるような物じゃないな。とりあえずは、メジャーなCにしておこう。」
「俺は昨日直樹が言っていたことを資料にまとめておいた。」

貞明が用意したA4の用紙には次のようなことが書かれていた。


------自動実行プログラム-------
プログラムは次の5段階に分けて作成する。

1.登録した言葉でプログラムを実行するプログラムを作る。( ランチャー的な物)

2.登録した言葉を組み合わせて 作業を実行できるように拡張する。

例)エクセルを開く
→ エクセルに今日の日付を登録
→エクセルを保存する
→閉じる

3.目的を入力すると、作業の順番と問題点を探すように拡張。

例)「エクセルに今日の日付を登録」
という目的を与えると、過去に実行した履歴から、
「エクセルを開く
  →エクセルに今日の日付を登録
  →エクセルを保存する
  →閉じる 」
の作業が候補として出てくる。

4. 目的を入力し、やり方が分からない場合、新たなる方法を探し、実用できるか試行するように拡張。

5.自動的に目的を創造し、自動的に実行するように拡張。

------------------------------

大体、僕らが作りたい物が理解できただろうか?

プログラムが別のプログラムを実行するプログラムを進化させ、目的を創造して自動実行するプログラムまで持っていくのだ。

おそらく、1,2,3までは確実に作れる内容だ。4からは相当ハードルが高いが。

「4のやり方を探すというのはインターネット使うなりできそうな気がするけどよ、5の目的を創造するってのはどうする?」
「4もインターネットを解読って事になると日本語解読システムが必要になるから、大変なんだけど。…いや、専用サーバーに全世界の作業方法ファイルを登録する仕組みがあれば…ん、個々のサーバーでもファイルの拡張子を検索すれば良いな。」
「だから、5!何だか方向性が見えねえよ」
「これもインターネットでランダムに言葉を選んで…とか?」
「却下だな。お前、昨日言ってただろう?パートナーになれない物が人間だと感じられる事はないって。考えもなしに目的を作って勝手に自動実行してるような物をパートナーとは思えねーよ。」

そう、それがこのパソコンの中に人間を作る計画のキモだ。人のパートナーとしてパソコンが人と一緒に目的を遂行すること。

人と一緒に行動できる物に、人は人間性を感じるのではないか?

逆の例を出してみよう。虫。実は僕は虫に命は感じられない。あの単純な動きには知性が感じられないからだと分析する。

では、知性があればどうなのか?

「多分、目的を創造するってのがこのプログラムの1番のヤマで、1番イケてるトコだぞ!」

まあ、そんな事を話しているうちに高校に着いた。教室前で貞明とは別れ、自分のクラスに入る。貞明は隣のクラスだ。

教室はまだ4日目なので固定されたグループはあまりできておらず、中学が同じだったもの同士、席の前後、隣の人間と話したりしている。

僕も早く友達を作らないと。
辺りを見回す。

オシャレな奴、体育会系、お笑い系、普通っぽい奴と色々いるな…と見ていると、1人パソコンに向かって誰とも話さない奴が居ることに気付いた。

ボサボサのショートの黒髪で日に焼けていない色白の女の子が背中を丸めて一心にパソコンに何かを書き込んでいる。

おいおい、友達作りしなくて良いのかと、こちらが心配になる。
そして、それよりも気になるのはパソコンで何をしているかだ。少し後ろに周り、遠目に眺めると、何と、プログラムを書いている。

「おい、スゲエじゃん、プログラム書けんの?」

思わず、声をかけていた。女の子は無表情な目をこっちに向け、一言言った。

「ん。」

肯定と受け取って良いのか?だとしたら、仲間に入れたい。

「あのさ、友達とプログラム作る計画があるんだけど、仲間にならないか?」
「…」
「?」

あれ?返事がない。
2人目を合わせたまま長い沈黙が続いた。キンコンカンコンとチャイムが流れ、席に戻った。

さっきのは何だったのだろう。
変な事でも言っただろうか?

「おいおい、見たぞ?ナンパか?ああいうのが好みなのか?」

後ろの席の神林だ。

「ナンパ?…もしかして、引かれたのか?」
「そうかぁ、フラれたのか。残念だったな」

ナンパのつもりはなかったのだが、警戒されたか?ふと、目を向けると女の子もこちらを見て目を離さない。
30秒ほど見つめ合うと、僕の方から目を逸らした。

警戒?とも違う気もするが、どんな気持ちかは分からなかった。なのでその後、声をかけず放課後に。

「直樹、今日暇なら、ちょっと相談してから帰っか?」
「おう。」

貞明が教室に入ってくる。後ろの神林が誰よ?と聞くので軽く紹介する。

ふと、先程の女の子の方を見ていると、また目が合い、しばらく目が合う。どうやらあの子は目が合うと、目を逸らさないようなので、こちらから逸らした。

「開発環境は何にする?調べてみるとMicrosoftのVisual Studioも無料版があるし、別のコードと変換機能があるやつとか、Linuxでも動くやつとか…」
「スマホのアプリも開発できるやつは?」
「そうか、せっかくならそういう環境で開発したいな。」
「すげぇな、プログラム作んのか?」
「ああ、パソコンの中に人間を作るんだ。」
「それじゃ分かんねーだろ?人口知能で、人間のように、別のアプリケーションを自動的に使うプログラムを作るのさ。で、そこから人間に近づけていく。」
「マジで?できんの?そんなもの。」
「分かんねーけど、面白そうだろ?」
「おお。ちょっと熱いな。何かアニメの世界みたいじゃん。」

教室内は少しずつ人が去っていく。女の子はまだいて、パソコンに向かっている。僕はインターネットを検索し、待ち時間はその女の子を眺めていた。

欲しい。プログラム経験者が。神林がその視線に気付いた。

「あ、朝のナンパはこれか!」
「え、まぁ、そうなんだが」
「なるほどねぇー」

三人の視線はいっせいに女の子に向いた。女の子はその目線に、気づき、やはり目線を返し、目を離さない。
あまりにまっすぐな視線に、男3人が目線を逸らす。

「朝聞いたら、プログラムやれるみたいだ。」
「まじか?」
「神林、あの子の名前知ってるか?」
「知らん。誰だ?」
「貞明は?」
「知る訳ないだろ?」
「もう一度、声掛けてみろよ。」
「え?」

女の子に目線を戻すと、女の子はずっとこちらを見ている。やはり僕が目を逸らし…

「いや、僕には彼女が何を考えているのか、分からん。」
「大丈夫だ。あの熱い視線を見ろ。きっと、お前に声を掛けてもらうのを待っている。」
「あの視線の何処が熱い?僕には意志の欠片も感じられないんだ。」
「な・お・き!」

突然、貞明が直樹コールを始めた。

「 な・お・き!(パンッ) な・お・き! (パンパンッ) 」

神林が手拍子も始めた。

「ちょ…、おまえら…」

既にそれは、教室内全体に広がっていた。これで何もしなかったら、僕に待っているのは寒い男の烙印と共に、肩身の狭い学園生活だ。
図ったな、貞明っっ!

僕は目を閉じて覚悟を決め、すぅっと立ち上がると女の子の目線を見つめ返した。鳴り止まない直樹コールを背に、僕は歩を進めた。

えと、何なのこの状況。

そんな考えもよぎったが、視線はまっすぐ、膝まづき大振りの演技で右手をまっすぐに伸ばし言い放った。

「お前が欲しい!」

おおっという歓声。僕はやってのけた手応えを感じた。相変わらず女の子の目線は外れず、沈黙が支配した。女の子返答は?


…………
………………

もう、10分の時間が流れ、僕と女の子の間にはまだ沈黙が支配していたが、周囲はすでに飽きていた。

「じゃーねー、また明日ー」
「この後、駅前のドーナツ屋寄ってく?」

それでも、僕は目を逸らさず女の子を見ていた。

「頼む、答えてくれ。もう、僕は限界なんだ…」

それでも口は泣き言を吐かずには居られなかったし、もう、目からは涙が出そうだ。

「もう勘弁してやってくれ。直樹はもう限界だ。」
「さ、貞明ぃー」
「あんた、プログラムできるんだろ?俺達の力にならないか?」
「…」

女の子は目を逸らさないまま立った。

「立った!クラ○が立った」
「どうやら、説明をしろ、このフニャチンと申されておる。」

貞明の説明に一瞬視線が冷たくなった気もするが、僕らは見なかったことにし、説明を始めた。

そして、説明が一通り終わると貞明は言った。

「わらわは満足じゃ。存分に力を振るってくれよう。」

その訳は果たして合っているのか?

「いいのか?力貸してくれるのか?えっと、」

名札を見ると「早川」と書いている。

「早川さん、答えてくれ」

早川さんは目線を逸らさないまま、何も言わず、沈黙が流れたが、

「手伝う」

3人共何が起こったのか分からず、一瞬見合わせた後、声を上げた。

「うよっしゃぁぁあー!」

■用語解説1


「姫と…」
「直樹の…」
「用語解説ー!」

ちゃんちゃらちゃんちゃんこー

「というわけで、わらわが下賎の民草に話中の難解な用語を教えてしんぜよう。」

-プログラム言語って、何?-

「パソコンの中には実は0と1しかないのじゃが、0と1だけでパソコンへ命令する文を機械語と呼ぶ。

それを人間が読めるように言葉に置き換えた物を(低水準)言語と呼ぶ。Assemblerとかじゃ。」
「でも、置き換えただけではまだ書きづらかったんですよね。」
「そう、そこで登場したのが高水準言語。Basicや、CやJavaじゃ。簡単な記述で複雑な動作が書けるようになっておる。」
「また、時代に合わせて言語は拡張されてます。例えばC→C++→C#と拡張されて、より簡単に、様々な事ができるようになってるよ。」

-開発環境って、何?-
「簡単に言うと、プログラムを書くためのプログラムじゃ。」
「簡単すぎだよ。」
「そうかの?大体、次のようなものでできておる。

コンパイラ:高水準言語を機械語へ変換する機能。

テキストエディタ:プログラムの文字を書く為のエディタ。

デバッガ:ブログラムの動作確認(デバッグ)を補助する機能。」

「今回はこれで終了!」
「またのー」

■立案2■


■立案2
「ナオキ…」

今日は教室内に入るなり驚いた。

「は、早川さんが僕の事を呼んでくれたよ!!」

驚くほどの進化だった。実は彼女が仲間になってもう2日たっていた。

そして、その間は貞明のてきとーなアテレコだけが彼女とのコミュニケーションだったのだから、つまり、彼女は一言さえ言葉を発しなかった事になる。

「えっと、せっかくだけど、実は僕の名前は直樹じゃなくて、それはあだ名なんだよ。本当の名前は…」

名前を言おうとしたが、手を引っ張られ、パソコンの前に連れて行かれる。
どうやら興味がない模様。

「え?お前、直樹じゃなかったの?お前、何て名前だっけ?」

逆に神林は興味深々の様子で名乗る気が失せた。

そして、驚く事に早川が見せてくれたのは立案書の1番のプログラムそのものだった。

まず、画面にはエディタ(Windowsで言うメモ帳)があり、そこへプログラムファイルをドラッグ&ドロップすると名前の登録欄が出た。

「ここで登録した名前をエディタに入力して実行ボタンを押すと、プログラムが起動する!」

先程登録したプログラムが起動した。
おおっと、僕らの間に興奮の声が漏れた。

「エディタでの入力にしたのは立案書2の連続でのアプリケーション起動を意識してる訳か。」

しかし、どうやら立案書2の機能は用意されていない。

「あ、入力エラー。登録は何個でも出来るけど、エディタは1個以上の単語を入れて実行するとエラーなんだな。」
「いや、でも1の機能は実現してる!すごい!」
「ふははは、わらわにかかればこんな物なのじゃー」
「姫!爺は感服致しましたぁー!」

早川さんはすっかり小生意気な姫さまキャラ設定が定着しており、今も貞明に手を操られアクロバティックに動いている。

当の早川さんはいつも通り無表情。
でも、自分から僕らに声を掛けてまでこのアプリを見せに来たのだ。
きっと、アプリが完成して内心は嬉しいに違いない。

じぃーと、僕の目を見て目を離さない彼女に僕は微笑みで返した。

そして、10日が過ぎた。教室内はいくつかの仲良しグループができた。

早川さんはその後、姫キャラ設定が受け入られ、教室内に馴染んできた。貞明が不在でも誰彼ともなくアテレコの代役が立ち、案外笑いの中心には彼女がいた。

早川さん自身はどう思っているかは分からないが、僕はいい傾向なのだと思った。

最近は一人になることが無いせいか、パソコンはカバンの中にしまわれたままだ。

プログラムは多分進んでいないのだろう。計画にとってはマイナスだが、僕は早川さんが一人プログラムを作っていた頃には戻って欲しくはない。

「ナオキ!貴様、わらわのプログラムのソースコードは理解出来たのじゃろーな!」
「貞明、遊んでないでお前も読め」

貞明と相談したが、やはり言いだしっぺの僕らが早川さんのプログラムを引き継いで作るべきという結論になった。

プログラムを勉強してみると、プログラム文と言うのはIf文とFor,while文の塊なのだと分かった。

If文とは、分岐処理。
もしもこうなったら、こういう処理をする。違ったら別の処理をするというもの。

For,While文は繰り返し処理。
同じ処理をFor文では回数分、While文では条件が成立するまで繰り返す。

あとは色々な命令があるので、英単語みたいに意味を暗記する。

「言語というだけあって、英語みたいに暗記は重要だな。」
「でも、プログラムは自分で命令を組み合わせて一つの関数(命令と同じような動きをする)にできるからなぁ…。
姫のプログラムも、99%位自分で作った関数でできてる。」
「ギャル語でお話ししている様な物か。」
「つまり、関数は姫が耳元でギャル語をささやいてると思えばいい。」
「なんか、ヤル気出てきたぞー!」
「見ろ直樹。ひ、姫がこんなエロいギャル語をささやいてる!」

刺さるような目線を感じたが気にしない。

早川さんが2日で作り上げたプログラムを10日かけて解読しているが、まだ全体が理解出来ない。

どうやら、早川さんのプログラムは頻繁にWindowsとメッセージをやりとりしているようだという事は分かってきた。

そもそも僕らはWindowsというOSがパソコン上で、どのような仕組みで動いているかもよく分かっていない。

「早川さんとWindowsのお話か…」
「どうしたんだよ、鑑賞的になって。」
「早川さんはまだパソコンとしかちゃんと話せないのに、プログラムソースを見てみると、色気のない事しか話してないんだよ。」
「プログラムだからな。当たり前だろ?」
「うーん…、そう、プログラムには命令文しか無いんだよ。
いい天気ですね、とか、
俺はこう思うとかそんなちょっとした話が出来ないんだ。なんだかね…。」

僕は今、どんな顔をしているんだろうか。
早川さんはもう僕らの仲間だ。仲間を救ってやりたい、一方的なお節介かもしれないけど。

「パソコンの中に人間を作ろうな、絶対!」
「え、ああ。もちろんだ。」

そして、1ヶ月が過ぎた。周りの皆は部活に通い始めていた。

僕らも部活を探してみたものの、パソコン部はないし、じゃ、自分達で作るかという案も出たが「アニメの世界だねー」の一言と共に非現実という事になった。

放課後、自分達の教室で集まってやるというお気楽なスタイルが、僕らにはお気に入りになっていたのかもしれない。

この1ヵ月で、ある程度早川さんのプログラムは解読された。…のだが、立案書2の機能を作成しようとした時に問題が起こった。

「直樹、こんな立案ではわらわは作れん。立案しなおしじゃー!」

そう、早川さんが立案書2の機能を作ってなかったのではなく、そもそも、立案書がちゃんとできていなかったのだ。

「だったら先に言ってよ…」
「知らん、早う自分で気付けば良いのじゃ」

今思うと、2日目に早川さんは僕の事を声を出してまで呼んだのだ。
その後、この1ヶ月一言も言葉を発していないこの子が。

つまり、2日目に早川さんがプログラムを見せたのは

「見てみよ、プログラムができたのじゃ」

ではなく、

「このうつけが、わらわはここまで作ったが、この後は作れん。見てみい!」

だったのだ。

案外、立案書2の項目も実現は難しかった。

「立案書2は、大まかすぎるのじゃ!」

言うまでもなく、この姫の中身は貞明なので、何で貞明に怒られなきゃいけないのだろうと腹立たしいが、残念ながら言うとおりだ。

「プログラムは起動するだけじゃない。操作も必要だ。
あと、If,While,For文の様な事も出来ないと命令しづらい…」
「おいおい、そこまでやると新しい言語を作るのと同じじゃ…」
「え…」
「まさか、俺達が作ろうとしている物って…」

そう、新しい言語を作るのと同じなのだ。
よく考えてみると、立案書2の連続でパソコンに命令を出すというのはプログラムと同じ。

それをアプリケーションで行うというのだから、アプリケーション上に言語を新しく作るのと同じ。

「これって、詰んでないか?普通の高校生が対応できるレベルか?」
「そんな事…」

いや、無理だ。
操作だっていくらあるんだ?
マウス操作だって右クリック、左クリック、ドラッグ、ドロップ…。キーボード操作、各プログラム固有の操作。

僕は早川さんを見た。いつもどおり早川さんは無表情に見つめ返してくる。
その表情からは何も読み取れない。

「頼むよ。何か言ってくれ!頼れるのは早川さんだけなんだ!なあっ!」
「痛い、痛いのじゃ!…って、言ってると思うぜ。手を離してやれ。直樹。」

気づいたら早川さんの細い腕を、折れんばかりに強く握っていた。

「あっ、ご、ごめん。」

早川さんは変わらず無表情で、無言にこちらを見つめている。
僕らは早川さんが何を考えているか分からない。今回の件で、さらにそれが明確になった。

正直言うと、早川さんを理解しているつもりだった。
こんなに無口な子から2回も言葉を引き出したのは僕らだけなのだ。
僕ら以外の誰が仲良くできるものかとも考えている。

……あれ?…
…言葉を引き出した?

じゃあ、その引き出した言葉が嘘っていう事はあるか?

「なぁ、早川さんはこの計画を手伝うって言ったのは本当だよね。
あと、僕らに問題点を提示した。
つまり、早川さんはこれを何とかできるって思っているのか?」

少し目が和らいだ気がした。そして、何と口元に笑みが!

「わ…わわわ…わらわら…笑った!
で…きるのか?これ、できるのか?
おい、貞明、アテレコしてくれ!」
「…で…で、でで、できるのじゃー!?」
「本当かよっ?」
「でで、できるって言ったらできるのじゃー!」

でも、これは大変だ。

多分、早川さんは既に何らかの方法を思いついているが、僕達には今までどおり話さない。

そして、僕らが何らかの立案をするのを待っている。が、僕らはプログラム初心者。果たして、その答えにたどり着く事ができるのか?

「ヒント!僕らじゃ無理!ヒント!」
「ほら、飴ちゃんあげるから!」

そう、たどり着いた答えは泣き落としだった。

早川さんの視線が冷たいが、仕方無いじゃないか、分からないんだもん。

ぱーらぱー、ぱーらぱー、ぱーぱらーぱらー

1時間が経過し、下校時刻になった。
僕と貞明は早川さんから何も情報を引き出せず、力尽き、倒れていた。

「何の努力もせず、わらわを頼るなど、もっての他じゃ!」

まだ元気じゃないか、貞明。
そして、その言葉は自分自身に言い聞かせてるんだな。

僕も諦めて自分で考える事にするよ。
僕と貞明は立ち上がりさわやかに互いの手と手をパンっと鳴らせた。

「帰るか、早川さん。」

校門で早川さんと別れて2人、1時間話し合った。

「立案って大切だな。プログラムの作りは立案で決まるんだ。」
「ああ。俺達はやっぱり何も分かってなかったんだな。でも、姫はそんな頼りない俺達を、きっと、この1ヶ月待ってくれてたんだ」
「待たせ過ぎだろ。」
「かっこわりいなー!ちくしょう!」

後悔と、

「でも、だから…」

僕らは目を合わせた。貞明の目は死んでいない。僕だってそうだ。

「やってやろーぜ!」

決意。そして、僕らは考えた。

「僕らが作る物って、言語なのかな?」
「結局はパソコンが人みたいに動くには、人と対話できないといけないしなぁ。」
「そうだな。きっと言語にかなり近い物だ。でも、大きく違う何かがある気がする。」
「まずは俺達が作る物が何かをまとめよう。言語と何が違うのか。」

--立案2とは何か--

①プログラムを知らなくても連続でパソコンへ命令できる。

②登録した他のプログラムを利用できる。

③言語は人がパソコンへ指令する物。
立案2は人はもちろん、プログラムからパソコンへ命令する事ができる。

---------------------------

「直樹、やっぱり言語にかなり近いぞ。むしろ、機能的に上じゃないのか?」

何せプログラムが分からんでもプログラムみたいな事ができるんだからね。
やはり詰んでるようにも見えるが…。

「…いや、よく考えてみると、他のプログラムを利用する事が前提だから、機能は他のプログラムに任せればいい。言語程多くの機能は必要無いんじゃないか?」
「じゃあ、どこまでの機能は必要なんだ?if,for,while文は?」
「むしろ、全く機能無しが理想的なんじゃないか?基本は全ての機能は他のプログラムに任せる。」
「できるのか?いや、せめてIf,For,While文は…」
「うん、機能的には欲しい!でも、If,For,While文を入れたらプログラムになるんだ。だから、それも他のプログラムに任せる。」
「じゃあ、せめてIf文は欲しい!
姫のプログラムを見ていたけど、実行エラーが発生したらIf文で分岐しないと。」
「あっ、エラー処理か…いや、やはり理想的にはそれも別のプログラムだ。
エラー処理はプログラム出来ない人は作れないよ。」
「まずは理想で話を進めるか。」

そんな感じでまずは有るべき形が見えてきた。

「次は、どう実現するかだな。理想ではプログラムを連続で起動するだけに見えるが…」
「正しくは起動の完了を見て次のプログラムを起動だな。
あと、起動した後にマウス操作するプログラムとかが必要とされるはずだ。
この場合、起動した後にマウス操作が完了してから次のプログラムを起動だ。」
「えっと…だか…ら…」

ぷすぷすと、脳が熱を出すような感覚を感じた。

「直樹、俺はこれ以上は脳が働かん。後は任せた!」
「貞明、僕なんてもう途中から自分で何を言ってるかよく分からなかったんだ。後は任せた。」
「俺なんか最初からだっ!」

まぁ、このレベルの立案はすぐには終わらない。その後、立案の修正にはそれから更に1ヶ月もかかった。

「早川さん、これでどうだ!?」

早川さんは立案書に目を通した。
少しだけ僕らの方に目を合わせたので貞明と2人で目線を合わせたが、すぐに早川さんから逸らした。

「だ…駄目?」

早川さんの逸らした視線の先はずっと開かれてなかったパソコン。それを引き出し、すごい勢いでプログラムを書き始めた。

「おおーっ!」
「やった!じゃない、ふははは!後はわらわに任せるのじゃー!」

それでも苦戦している模様でたまにインターネットを開き、調べながら作っている。

完成したのは更に1ヶ月後。

「スゲェ!できた!」
「ふははは、わらわにかかればこんな物なのじゃー」
「姫!爺は感服致しましたぁー!」
「貞明、神林、それ2回目。あと神林お前は何でいるんだ?」
「楽しい事は皆で分け合った方がいいじゃん!」
「分け合ったら減る!あっち行け!」

言ってなかったが神林はテニス部に入り、女の子のパンツを追いかける毎日を送っている裏切り者である。

「そういえば、このプログラムの名前、決めてなかったな。」
「一太郎」
「それはワープロソフトだろ!人間にする計画だから、方向性は合ってるけどね。」
「Heart」
「おっ、いいね!なかなかのセンス…」

言ったのは早川さんだった。3人顔を見合わせたが、納得しない理由はない。

「Heartの誕生なのじゃー!」
「いぇー!」
「Heart、起動なのじゃー!」

完成したのは、本当にプログラムを連続で実行するだけのプログラム。ただし、命令の仕方に工夫がしてある。

例えば次の4つの作業がある。

「エクセルを開く
  →エクセルに今日の日付を登録
  →エクセルを保存する
  →閉じる 」

これをまとめて「日付登録」という名前で登録できる。

で、 指定回数繰り返す「For」プログラムで「日付登録」を4回実行する設定ファイルを作り、HeartからForプログラムを起動して設定ファイル通りに動かす。

これで、日付登録が4回実行される。

同じようにIf文の分岐もできる。

HeartでFor,Ifブログラムを自由に組み合わせて連続で実行が可能なので、プログラムのような事が可能だ。
例)
「→Forプログラム設定ファイル起動
→Ifプログラム設定ファイル起動」

まぁ、実は他にも色々と問題点はあったのだが思い出したくもないので割愛する。立案書2は苦労の末実現したのだ。

もう、7月。季節は真夏を迎えようとしていた。

■用語解説2


■用語解説2
「姫と…」
「直樹の…」
「用語解説ー!」

「ところで、話で登場した用語を後で解説では遅いんじゃ…あと、内容がそろそろ難解になってきてるけど…」
「まぁ、そういう作品だと諦めてもらうしかないのぉ。」
「諦め?!」
「技術は難しくて頭が痛くなりながら考える事も魅力じゃからな。簡単な推理小説、面白いかの?」
「うーん。それはそうかもしれないけど。
あっ、読者の皆様方には作者の文章の拙さでご迷惑を掛けております。
可能な限り簡単にと心掛けてますが、力及ばず申し訳ありません!」
「すまんのう。」


-プログラムソース(コード)って、何?-

「プログラム言語を使って書かれた文の事じゃ。」
「それがコンパイルされてプログラムやアプリケーションと呼ばれるものになるんだよね。
そういえば、プログラムって、ソースコードの意味や、アプリケーションの意味でも使われるよね。」
「まぁ、その時の流れを掴むのじゃな。」


-立案って、何?-
「ソフトの動きや構成を決めることじゃ。プログラムの善し悪しはだいたいこれで決まるのじゃ」
「姫も立案して下さいよ。」
「駄目出しだけはやってやるがの、ふふふふ」
「ちなみに、立案の後はコーディング(プログラムを書く作業)。
次がデバッグ(動作確認)。
話中では描かれてないけど、姫がやってくれてるんだね。ありがとうございます。」
「まぁのー。(テレテレ)」

■夏休み

Heart Ver.2.0が完成すると、もう夏休みは間近。僕らは夏を如何に過ごすのか、計画が必要になった。

そうそう、Heart Ver.2.0というのは立案書2が完成したのでVer.2.0と呼ぶことにした。
次の立案書3が完成するとVer.3.0という具合だ。

Heart Ver.2.0にはまたしても立案書3の機能は無かったし、早川さんはプログラムをしなくなった。
つまりは立案書3には問題があるというわけだ。

まぁ、それは立案書2の修正の途中で既にヒントはあったので予定通りだ。

さて、それは何か分かるだろうか?

ちなみに、立案書3の内容は
「目的を入力すると、作業の順番と問題点を探すように拡張。 」だ。

夏休みの計画について、僕は英断を下した。

「ひとまず、Heartの開発は一時凍結とする。理由は…」

眩しくなった夏の陽射しを手で受けて、僕は指の間から零れる光を楽しみながら言った。


「………夏だから…」

パチパチと手を叩く貞明と、真っ直ぐに太陽を見つめたが、流石に耐えられなかったのか、目を両手で塞いで俯き、細く振動して身悶えする早川さん。

この子、意外とドジっ子属性?

「でも、僕と貞明は自習で基礎的なプログラムの勉強と作成の実践をしておく。

立案書2の段階で既に僕らには手に余ってるし、早川さんと実力差が有りすぎる。

あと、プログラムを使うプログラムであるHeartにとってはあらゆるプログラムが機能拡張に繋がるし、立案書3の開発にも役立つはずだ。」

そこへ、頭の軽そうな男が軽やかなステップでやって来た。

「君らは夏はどうするの?」
「絶賛相談中だよ。」
「僕らテニス部は夏合宿で海へ行くのさ。海!嘉穂先輩の水着!」

「嘉穂先輩って誰だ?知っているか?貞明。」
「ああ、よく知っている。嘉穂山 剛暫先輩。たくましい筋肉がチャームポイントの頼れるナイスガイだったかな?」
「ちっがーうよ!そんな人いないでしょ?いや、いるかもしれないけど!2年の女の先輩だよ。」
「ふーん、海、ね。貞明どうする?」
「ま、今の会議で俺達の夏休みは予定なしに決定したし。姫が来るならどっか行きてーな。」


早川さんを見るといつの間にか女子のグループに囲まれて勝手にアテレコされたり、変なポーズさせられたり、おもちゃにされている。

「貞明、チャンスだ。早川さんを誘うついでにあそこの女子も誘おうぜ!」
「直樹、良い案だ!じゃあお前行け!」
「えっ!」

「な・お・き!」

突然、貞明が直樹コールを始めた。

「 な・お・き!(パンッ) な・お・き! (パンパンッ) 」

神林が手拍子を始めた。

「ちょ…、おまえらそれ2回目っ」

やはりそれは、教室内全体に広がっていた。これで何もしなかったら、僕に待っているのは…(中略)…
図ったな、貞明っっ!

だが、僕も2回目。皆の期待を裏切るつもりはない。やってやるぜ。

僕は緩やかに体をスピンさせ、その回転速度を少しずつ上げていった。

回転がのってくると、回転を保持しながら早川さん達の方へ近づき、目の前でピタッと止まり懐かしのゲッツのポーズをして言った。

「君達、僕らと熱い夏を過ごさないか?」

やり過ぎたか?心の中では冷汗だったがドヤ顔は崩さない。

「あははっ、ナオキっちダサっ!」

彼女は氷上麻友。
面倒見が良く姉御肌で友達からは姉御などと呼ばれている。

「ははっ。で、どうよ?まだ計画練ってないけど海とか行かない?」
「貞明も来るんでしょ?」
「おうっ!俺も行くぞ!」
「じゃあ、行こっかなぁぁ?」

僕にドヤ顔で言う氷上さん。

「へいへい、僕だけじゃ不安と!で、古手川さんは?菊田さんは?」
「姫ちゃんはぁぁー?」
「姫が行くなら行くー!」
「って言ってますがどうなさりますか?姫?」

やはり無表情に見つめてくる早川さん。

「行くのじゃー!」
「貞明!うるさい!」
「そうじゃぞ、貞明。でもわらわは行くのじゃー!」
「菊田さんも。」
「テヘヘヘ。でも行こうよー。姫ー!」

菊田 紗英さんは普段は特に特徴の見当たらない普通の子なのだけど、早川さんのアテレコをしている時はノリノリになる。

カラオケでマイクを持つと性格が変わる人がいるけど、それと似ている。
早川さんはマイクじゃないですよ?菊田さん。

「って、言ってますが?」

早川さんは無表情な目で一人一人見回し小さくコクりと頷いた。

「うわぁぁー。姫ちゃんが自分で動いたぁぁー。すごぉぉーい。」

おいおい、早川さんは人形か何かだと思ってるの?

最後に紹介するこのマイペースな子は古手川 奈々さん。天然ちゃんである。

「って、事で全員参加だな。
じゃあ神林が来れないテニス部の夏合宿の日程で俺達も海に行くぞ!」
「おー!」
「ちょっとぉ!貞明、俺も!俺も!」

そんなわけで僕らは7/24のテニス部の夏合宿の開始の日程で近くの海に行く事になった。

さすがに女子がいて泊まりというわけにもいかず、日帰り。

そして当日午前8:00。

貞明と氷上さんは高そうなマウンテンバイク、古手川さんはロードレーサーに乗ってきた。

現地には電車組と自転車組で別れて移動する事になった。

20万円位するというのでどんなものかと少し乗らせて貰ったが、恐ろしく速度が出た。平地で30Km/h位出るとか。

「ふふふ、このスピード。我が力が恐ろしいぜ。風の化身とは我の事だったか。」
「風の化身、早く降りろ!」

一学期の最後、3人で盛り上がってたのは見ていたが、少し気持ちが分かった気がした。

「直樹、スタートの合図任せた!」
「マジでレースすんの?グーグル先生によると50km位あるって!」
「ナオキっち、チャリで50キロは普通だって!」
「何処の普通っっ?!」
「早く!」
「へいへい。オンヨアマーク レディ…」

三人は自転車の横で構えて、

「ゴー!」

自転車を持ったまま2,3歩走り、自転車に飛び乗る。意外と古手川さんがリードし、そのまま視界から消えた。

「普段トロそうなのに。」
「ロードだから、奈々ちゃんのトップスピードは速いらしいよ?でも、体力は無いから、途中で貞明と姉御の勝負になると思う。」
「へえー。自転車ってのも面白いのかもね。」
「あたし達も行かないと。姫も直樹っちも早く!」

ひとけのない駅のホームに来て時刻表を見るとあと10分ある。

「あと10分あるね。ベンチで待とうか。」
「うん。」

3人でベンチに座り、一息つくと、僕は女の子2人と話す話題が無い事に気付く。

早川さんとは意思の疎通が取れないので、逆に話しかける必要もあまりないのだが、菊田さんと無言で通すと言うのはアウトだろう。

「えっとぉ、菊田さん?」
「ん?」
「あんま教室とかでも話したこと無いし、話のネタに困るね。」
「んー。姫のアテレコでもした方がいい?」
「いやぁ、公共の場では勘弁して下さい。」
「だよねー。」

しばし、沈黙が流れる。

「ご、ご趣味は?」
「何?見合い?ウケる。」
「まぁ、定番って事で。」
「趣味…っていう趣味は無いかなぁ?っていうか、趣味だったら、直樹っち達の趣味のが気になるかも。プログラム作ってるんでしょ?」
「心をプログラム出来ないかなって思って、皆で作ってるよ。
まずはプログラムを使うプログラムから、目的を自分で解決するプログラムに、そのうち、心が作れるんじゃないかなって。
と言ってもまぁ、今の所、プログラムは早川さんが作ってるんだけど。」

早川さんを見るといつも通り目線を返してきた。早川さんは何も言わないが、1学期はすっかりお世話になってしまった。この子が居なかったら、途中で計画を投げ出していたかもしれない。

「ふーん、心を作るなんて、何でそんな事考えたの?」
「え?何でって、改めて言われると困るけど、えっとぉ、…男のロマン?貞明も面白いって言ってるし。」
「ふーん、そうなんだ。」
「反応薄いなぁ。アニメとかでも心を持ったロボットとか出るじゃん?ああいうのが作りたい。」
「へえー。」
「へぇって、反応薄いな。男と女の違いかな?」
「ちょっといいですか?」

目の前に長身のイケメンが立っていた。

「えっと、…何か?」
「すいません。少しお話しが聞こえて、興味が湧いたもので。心をプログラムするとか。ご一緒して良いですか?」
「あ、良いですよ。ほら、男のロマン、わかる人には分かるんだよ。」

男の人に今までの僕らの活動を話した。

「成程、面白い試みかもしれません。心をどうやって作るのかはまだ固まってないようですが、目的を実行する所までは作れるかもしれない。」
「やっぱり心は作れないですかね?」
「うーん、少なくとも立案書の中では、その為の考えには到達していませんよね。」
「そうです。」
「でも、心が作れるかどうかと言えば、多分作れるでしょう。何せ、何十億人の人間の中に実在しているシステムなのですから。」
「そう、そうですよね。」
「多分、人間や他の生物のシステムを理解するのも1つのヒントになるでしょう。命とは何か、思考とは何か、心とは何か……」
「そんなもの、答えが出ますかね?」
「んー、答えが出なくても良いでしょう。仮説を立てて、恐らくこんな物だと仮定して、見た目同じ動きをすれば良い…… 」
「ストップ!ストップ!ここに全く興味のない女の子が居るのですが?」
「あれ?面白くね?」

せっかく話が盛り上がった所で菊田さんの横入りが入り、気分を削がれる。

「女の子は生命とは何か?とか哲学的な話より可愛い物とか、恋愛の事に興味が有るのですよ。」

そういえば女の子はあまり哲学やら工学やらの話をしてる姿を見ない。ふと早川さんの方を見ると、そこにはやはり、無表情の早川さんがいた。

「早川さん、君は…」
「あっ、女性差別!女の子を馬鹿にしてますよね!。」
「どの様に思われても結構です。
私は46時中女の尻を追いかけて頭の上がらない紳士とやらになるつもりはありませんから。」

その喧嘩は一時間続き、目的地のひとつ前でそのイケメンは席を立った。

「隣のお猿さんのせいであまりお話し出来ませんでしたね。良かったらこれを。」

夏祭りのお知らせと書かれたチラシと、名前と電話番号だった。

「鎌川 静と言います。夏祭りには参加しますので良かったらお猿さん以外のお友達と来て下さいよ。」
「男に番号とか、ホモじゃないの?」
「ええ、友達と相談してみます。」
「ホモー!ホモー!」
「それでは私は失礼しますね。」
「ホモー!」
「さようならー。」

扉が閉まるまで菊田さんはホモと連呼していた。

「直樹っちはああいう男が良いの?私はお勧めしないわ。」
「ちょっと?僕はノーマルだよ?」
「怪しいわ…。」

鎌川さんが降りてひと駅。目的の駅に着いた。駅を出ると潮の香りが僕らを出迎えた。街中なのに水着姿の女の人もいる。

「直樹っち、ガン見しすぎ。」
「はっ!」

女子二人を前にして、僕はなんて事を。早川さんへ目線を移すといつもどおり無表情だが、心なしか冷たい目線が帰ってきた。怒ってる?

「ち、違っ!ガン見してたわけじゃなく、えーっと、…」

一瞬、言い訳を考えたが、ここで否定しても逆に怪しいだけ。もう、負けは決定したのだ。

「はいはい、男の子ですからね。そういう事もあるって事ですよ。」
「あれぇ?つまんなーい。そこは否定してくんなきゃ。」
「玩具になんて、されませんからね」

何より早川さんの目線に耐えきれそうに無い。

「貞明は信号もあるから時速25Km位で移動になるだろうって。ここまで50Kmでいま1時間半ほどたったから、自転車班は30分後に到着ってところか。ちょっと散策しようよ。」
「そうね。姫もいい?」

こくりと頷くのを見て、歩き出す。

この町は僕らの高校から1番近い海岸で、僕も菊田さんもよく来たことがある。

あそこの喫茶店行ったとか、あっちに公園があるとか、あそこの駄菓子屋の娘が結婚したとか、菊田さんと地元トークをしながら、早川さんが気になっていた。

このお出かけを楽しめているだろうか? いつもどおり無表情なので感情が読み取れない。

さっき、電車で鎌川さんが言っていた事も気になる。

「女の子は生命とは何か?とか哲学的な話より可愛い物とか、恋愛の事に興味が有るのですよ。」

だとすると、早川さんもHeartに興味がないのか?

「僕らとHeartを一緒に作ってくれるのは何で?早川さん。」

今まで地元トークをしていたのに、なんの脈絡もないけど、気になったので聞いてしまった。
当の早川さんは僕の目を見つめ返して静止している。

「                                          」

完全な静寂が流れて…早川さんの口が少し開いた。

「なんとなくじゃー!」
「えぇーっ!なんでそこでアテレコ!?もうちょっとで早川さん話してた流れよ?」
「えっ、ホント?ごめん、待ちきれなかった。」

あ、早川さんの口が閉じた。
菊田さんを軽く睨むと、不二家のペコちゃんのように舌を出した。

「そろそろ戻るか。」

駅に戻り、しばらく待つと予想を裏切って氷上さんと古手川さんのワンツーフィニッシュ。少し遅れて貞明が来た。

「何だ、情けないな。貞明。」
「女の子に負けてるし。」
「違…う、…やられた」

ゼエゼエ言いながら、貞明は事の真相を告げた。

「スリップストリーム…二人にコンビ組まれて、変わるがわる風よけして走られた。」
「ふふふふ、考えなかったの?これが1:2の勝負だという事を。」

氷川さんは勝負に容赦のない人だった。

「くそっ!すまん、直樹。こんな事になるなんて思わなかったんだ!」

何で僕に謝るの?
嫌な予感しかしないんだけど。

「じゃあ、水着選びに行きますか!」

氷上さんが意気揚々と歩きだし、貞明は肩を落とし、ついていく。何だ。女の子に水着買ってあげるとか、そんな程度であれば許容範囲だ。女の子がこれから着る水着を一緒に選ぶのも、楽しそうじゃないか。

財布の中を確認すると、親からの仕送りの3万円がある。実は元々、夏はバイトの予定もあった。ここで使っても補充すればいいのだ。問題ない。

「直樹っち、聞いてなかったの?お金大丈夫?」
「大丈夫!大丈夫!でも、なけなしのお金で買うんだから、せめて、セクシーなのえらんでくれよなっ!」
「バカッ……もがもが……」
「えっ!いいの!?わー、直樹っち、そういうのがいいんだぁー。ぐふふ……」
「?」

貞明は氷上さんに口をおさえられて、何か訴えようとしている。
あれ?何か、間違ってる?何か問題あるかな?


「いやん、見ないで!恥ずかしいわ」

女の子達はは思いもよらないほど大胆、 露骨とさえ言えるほどセクシーな水着を選んだ。あまりに激しい食いこみには思わず、目を背ける程だった。
まさか、これ程の破廉恥な水着がこの世にあるなんて。

何せ、道行く人が足を止めて見入ってしまう位なのだから。店は一転、ピンクの水着ショーになった。

「直樹っち、セクスィー!!」
「やめてえぇぇー!まじで見ないでええぇー!」

ただし、男の水着ショーだった。

「貞明っ!お前の責任だろ!お前っ、何隠れてんだよっ!出ろよっ!」
「やめてえぇぇー!あ、こら、動かすなっ!俺の息子さん出ちゃう!」

パシャリ

え、古手川さん?え?撮影しちゃう?

「あ、奈々ちゃんいいなー。あたしも撮っちゃおー」
「あ、じゃあ、私はムービーで撮っとくね。」
「さ、撮影は禁止ー!」

…………

「19800円でーす。」
「あ、え?結構お高い……あ、いえ。じゃあこれで。」

その後、何枚か水着を取っ換えて撮影し、結局、最初のが1番(キワドイ)との事でそれをご購入となった。

蹂躙された上でお金を払うのであるから、こんなひどい罰ゲームはない。
貞明をにらむ。

「いや、違うんだ。予定では女子の水着を選べるはずだったんだ。どうして、こんな事に……」

まぁ、男なので、気持ちは分かるが、甘い話には裏がある、ということなのだろう。

「じゃ、次は野外プレイしよっか!」
「プレイ言うな!」

男女6人で海の家に向かい、女子は更衣室へ。男2人は購入後に着てたので外で服を脱いだ。お互い、キワドイくい込みを見て落胆のため息をついた。

しかし、せっかくの海なのだ。気持ちを切り替えなくては。

「何かいいな、女子が着替えてるの待つのって。」
「ん?覗きに行くのか?」
「え、覗けるの?」
「いやいや、覗けたら覗きに行くのか!?」
「え?行かないの?」
「……行く。」

「こらこら、君達、何エロイ格好で、エロイ相談をしてるかな?」

氷上さんがいち早く出てきた。スポーツで鍛えられた無駄な肉の無い手足と腰、大きくはないが美しい曲線を描く胸。健康的に美しい体を、競泳用の水着が包んでいる。

「姉御、格好イイっす!」
「ありがと、直樹っち。君もエロイよ!」

僕の感想は要らないです。見ないで下さい。

「直樹っち、あたしはー?」
「うおー、ビキニきたー!でかいお胸は僕を誘惑してるんですか?」
「ばーか!直樹っちほどエロくないよー!」

「わ、私は?」
「古手川さん、大人な水着、綺麗です!」
「すいません。直樹さんほどエロくなくて。」

うん、僕の感想は要らないって言ってるじゃん。僕のガラスのハートを壊す気?
さて、早川さんの水着は……。

「あ、可愛いじゃん。ヒマワリでまとめてる。」

頭にヒマワリの造花を乗せて、白の背景に大きくヒマワリを描いたワンピース水着だった。

「あたしが選んだんだよー。」
「菊田、グッジョブなのじゃー」

早川さんを見つめるとやはり目を逸らさず見つめ返してきた。
僕は勝手に肌を晒すのは恥ずかしがるイメージを持ってたのだけど、普段と変わらず無表情だった。

菊田さんがビキニを選んでもこんな感じなのかもしれない。今度菊田さんに頼んでおこう。

「熱っ、熱っ、ふぅー冷たいー」

砂浜から海辺に入る菊田さん。

「冷たいねー。」

一面に広がる海。普段小さな教室に閉じ込められて生活していると、忘れてしまうけど、世界は広いのだ。

水着で泳ぐ同級生。普段、制服を着て清楚にしていて、忘れてしまうけど、水着姿はエロいのだ。

何だかとても開放された気分だ。夏、最高!

「直樹、息子さん出てる」
「あっ!何かすげー開放感あると思ったら!」

素早く息子さんをしまった時だった。

パシャリ

またしても古手川さんの携帯が僕のあられもない姿をフォーカス&レコードした。

「え!?撮影しちゃう?ていうか、その、ナニは写ってないよね!?」

古手川さんは撮影した画像を確認し、爽やかな笑顔を僕にプレゼントした。

「どっち!?」

「姫ちゃんは直樹さんの写真見たいですかぁー?」
「こらーっ!」

岸の早川さんは相変わらず無表情。

「残念だったね。早川さんはそんなの見ないよ。」

もう一度、早川さんを見る。何か、すっげえぼーっと立ってる。
海、入らないのかなぁ?

「姫、海の遊び方、分からないんじゃない?」
「……ええぇーーー?」

まぁ、僕も「海、どんと来い」的な海の人じゃない訳だけど、海に来たら波と戯れるくらいはする。
でも、早川さんにはそのようにしたいという気持ちが無いように見えた。

「貞明ぃー!今日は僕達が女の子達を誘ったんだよなぁ。」

氷川さんとボールで遊んでいた貞明も周りを見回し、早川さんに気付いた。

「……そうだよなぁ。今まで俺達に誘われて、つまんなかったなんて言った女子、いたっけ?」
「いやぁ、いねぇなぁ。」

まぁ、初めてだから嘘ではない。貞明と僕は目で合図をした。

「姫を盛り上げるぞ!直樹!」
「おおっ!」

貞明はトビウオのようにバタフライで早川さんへ向かっていく。それを見た僕も何かかっこよく行こうと考えたが、特に何も思い浮かばなかったので平泳ぎで向かった。

女の子達も集まってきた。

「姫ー、こっちは冷たいですぞー!ほら、爺の元へー!」

貞明め、得意の爺ポジションで攻めてきたか。この貞明という男は姫のアテレコと爺という2つのポジションを使い分けるなかなかの芸達者である。

対して僕はいじられの鬼、直樹である。正直、自分から仕掛けるのはあまり得意ではない。

しかし、うちのエース、早川さんの為である。出来なくても、やらねばならない。

「でっちゃうっかな♪でっちゃうっかな♪」

僕はただでさえ際どい水着に手を入れ、ちょこっと指を出し入れしつつ歌って早川さんに近づいていった。

さすがの早川さんもその奇行に、一歩、一歩後ずさりをした。
こうなれば後は海へと誘導するだけである。

「直樹……それは卑怯だろ……」

明らかに皆引いていた。

「でっちゃうっかな♪……でっちゃうっかな?」

女の子の目線が殺気だっている。既に冗談で済まない雰囲気だった。

「でっきる……すいません。僕が悪かったです。」

あまりの空気の悪さにそれ以上は続けられなかった。

「あのね、直樹っち。そんなので海に入れられて喜ぶ人がいると思うの?何がしたいの?」
「本当にすいません。調子にのっておりました。」
「調子に乗ってたとか、理由にならないよ?大体キミは……」

僕は氷川さんに小一時間言葉攻めを受け、また早川さんの元に戻ったら驚く事にまだ早川さんは海に入ってなかった。

「ほら、爺の所へ……」

貞明、お前まだ爺やってたのか。
そして、早川さんは爺には興味が無いようで、ピクリとも動かない。

「貞明、やり方変えようぜ。多分、早川さんには冗談は通じない。きちんと伝えよう。」
「……そうだな。それしかなさそうだ」

思えば今までも、真剣な問いには応えてくれた。きちんと早川さんのことを考えて伝えたなら、きっと答えてくれる。

「なぁ、早川さんは今回ついて来てくれた。それは僕らと時間を過ごしたいって、思ったからじゃないかな?」

少し間をおいて、早川さんは首を縦に振った。

「僕らも早川さんと過ごしたい。こっちへ来てくれ。」

手を伸ばすと、早川さんは僕の手の上に手を置いた。手を引くと、早川さんは海に入った。早川さんは一瞬目を大きくした。

「早川さん、海はどう?」

皆、早川さんを見守っていた。早川さんはまわりの皆を見回し、言った。

「……冷たい」

僕と貞明はおおっ!と声が上げ、女子達は早川さんに抱きついた。

「海へようこそ!姫!」
「くるしゅうないぞ!海で遊ぶのじゃー!」
「姫、水に顔つけられる?」

このあと、早川さんが顔を水に入れたまま顔を上げなくて引き上げたり、早川さんは泳げないようなので犬かきを覚えさせたりと、一度海に入ればこっちのものだった。

思えば、僕らは初めて、きちんと早川さんと遊ぶ事に成功したのだ。

Machines Garden

Machines Garden

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-18

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. ■思考■
  2. ■立案1■
  3. ■用語解説1
  4. ■立案2■
  5. ■用語解説2
  6. ■夏休み