夕べ

喪失と回復 ポストモダンへの近代からの逆襲

 夕べ

斉藤 柚木 
 

 少しむかしのことを話そう。高校のとき僕は学校に行きたくなかった。切実に行きたくなかった。初めて学校に行きたくなくなったときは中学三年の秋ごろ、ある朝行きたくなくなったからずっと布団に入っていた。仕事に行った両親が戻ってきて初めは叱責し、懐柔し、懇願したが僕は心を閉ざしていたから彼らの言うことが耳に入ってきたが少しも理解できなかった。高校に入ると学校を休む頻度が増した。成績もそれとともに落ちた。高校三年生の六月に、久しぶりに学校に行った。
 「君が希望している芸術系の大学への進学を、先生は勧めることができない。」中年の国語教師は西日が差しこむ教室で、開口一番僕にそう言い放った。高校三年生の春の、義務的に行う生徒に対する進路相談。僕は前の年の秋から精神のバランスを失い、ほとんど学校に来なくなっていて、たとえばいじめのような明確な原因がなかったから、教師が手に持て余しているのが僕にもわかった。ただ一朝目覚めたときに、何の理由もなく学校に行きたくなくなっていただけだ。精神のバランスを崩しているとは高校のスクールカウンセラーが言った言葉で、自分としてはその言葉ほど深刻な問題の自覚はなかったが、人に僕の事情を説明するときに便利だという理由だけで折に触れて引用していた。
家にいるときは兄弟と両親が出てしまうとひねもす椅子に座って新聞と図書館で借りた本を読んでいた。おかげでこれまで名前を聞いていたが読む機会がなかった本をすべて読むことができた。シュンポシオン、新約聖書、若きウェルテルの悩み、ヴェニスに死す、村上春樹のほとんどすべての著作、等等。母親に教師から電話があって、僕は二か月ぶりに学校へ行った。
 「なぜですか、今のままの成績ではとても友達が行くような大学に合格できないし、どうでもいい大学に行くのは嫌です。そうだから僕が少しなりともほかの人と比べて優れている芸術の勉強をしたいのですが。」
 「確かに君の美術の腕はいいよ、しかしあの世界は才能がなければ成功しないしそういう人はほんの一握りしかいないのだよ。みすみす苦労させるようなことを先生は君に進めることができない。」この国語教師は人生の重みが体にのしかかって下へ撓んでいた。しわだらけで短い指の股がタバコの脂で黄色く染まっている。剃り残した髭はたるんだあごの下にところどころ残り、口のまわり全体が青くなっている。頬は垂れ下がりせり出した下腹はすべてが雄弁にその人となりを語っていた。結婚していて子供が二人いるのだろうと僕は想像した。
 「明日がある君たちは、そういう風にいたずらに専門的な学問をするべきではないよ、普通の大学に行けば将来選択できる職業が多い。」
 「でも大学って専門的な学問をしに行くところじゃないですか、高校で文理に分かれて、大学では学問ごとに分かれる。自分の将来を狭めるのが進学だと思います。」教師はもっと何か言いたげだったが、小さく息を吐いただけだった。生徒は朝に朝日新聞の文芸欄で見た一首の短歌を思い出していた。

 煙草臭き国語教師が言うときに明日という語は最もかなし
                      (寺山修司)      

 進路指導が終わって教室を出た後自分の中でこれまで必死に保ってきて、論理的に破綻しているが必死に書き進めてきた数学の証明問題がある時点でにっちもさっちもいかなくなり消しゴムで消す勇気がなく、返却された答案を見ると部分点もついてなかったように、いつの間にか自分を守るものがなくなっているのを感じた。自分の頭が重みを失うのを感じ、視界が白く焼けただれ、外の喧騒が耳鳴りにかき消された。僕はもう幼いままではいられなかった。体に合わない洋服のように破綻は方々にあったが、必死に目を背けてきたツケを払うべき時が来た。やっと帰宅した後、僕は本当に精神のバランスを崩し半年間口も利かず病人のように過ごしていたが、次第に家の近くにある海岸まで散歩に出かけるようになり、結局二回浪人して有名な大学の法学部に入学した。将来は弁護士になるらしい。感傷的で騒がしく夢想癖があるが劣等生であった十七歳の青年は、物静かで現実的な大人として成人した。

 二人は酔っていた。午後六時、横浜のラーメン屋でビールを飲んでいた。うらぶれたラーメン屋に客は少なく、午後六時の横浜は騒がしく、街路に家路を急いだり夕食へ連れだって急ぐ人々のうちで酔った二人の学生に注意を向ける人は少なかった。
 「結局のところ、」僕の友人は言う。
 「ひとまわりをしたんだ、しかし人間の頭がこのひとまわりのうちに向上したとは俺はとても思えない。人間の歩みを何か大したものだと思わせぶりの光は、何か大きな勘違いではなかったろうか。」
 「理性的個人。」
 「それは一端に過ぎない、しかも三つのうちの一つの一端に過ぎない。しかも理性的個人がなんだったんだ、人間の自尊心を打ち砕いた三人の犯罪者は誰だろうか。」
 「ガリレオ。」
 「そう、彼と彼の地動説によってわれらの大地は宇宙の片隅に追いやられてしまった。お次は?」
 「ダーウィンではないだろうか、神の似姿であったはずの人間が実は猿から進化したものであると言い切られてしまった。しかしこれを否定する人もいるよ。」
 「一石を投じた価値を認めよう、しかも彼らの自意識とはとりもなおさず西洋人の自意識でもあった。西洋人ひとり神の似姿ではないという考えを提示した点は、われら東洋人にとって僥倖というほかない。」
 「残りはフロイト。」僕はうんざりしだしていた、ビールの酔いは僕の頭をぐらぐらと揺さぶり始めていた。
 「そう、啓蒙思想に限らず古典派経済学その他すべての近代思想の基盤である理性的個人の裏に、とても深い無意識というものがあることを発見してしまった。この三人の犯罪者によって人間は宇宙で、地球で、自身の理性で、疎外を経験してしまった。幼い子供と同じで、疎外を経験してしまうと彼はもう幼いままでいられない。」
 「人間は老いた。」僕は疲れていた、ゴールデンウイークの谷間にもしっかり講義があったせいで体の調子が少しくるっていて、実際熱があるのかも知れなかった。世間では休日であるにもかかわらず講義があるせいか教授が教室に来るのが遅れがちだった。硬い椅子に座って彼等を待つ間、六法全書をめくりながらいったい刑法典には時間を守らない人を裁く法律がないものかと考えていた。
 「人間は老いた。小さいころは神様がいて、何もかもうまくいくという漠然とした確信があった。学校や、同じ年頃の友人たちの間はともかく、家族でなら人の輪の中心に自分がいる安心感があって、どこにでも力強い大人がいた。」普段忙しい分気前よく学生のために休日を配置する大学にいる私の友人は九連休を謳歌していた。普段から酔うと陽気になる彼の饒舌は連休の浮ついた雰囲気のせいで磨きがかかっていた。僕は一時間前に彼と感動的な邂逅を果たしたことを後悔し始めていた。はっきり言ってそんなに大きな話をこれまでの人生の中で取り立てて考えたことがなかった。彼はいきなり居直ると、急に神妙な顔つきになった。目がいささか据わっている。彼の口が開いた。
 「ところで君は護憲派か、改憲派か?」これはだめだ、席を立つべき時だった。僕がするべきことは憲法記念日を明日に控えて時局に関係した議論をすることではなく、明日からの四連休を有効に活用するために家へ帰って寝ることだった。
ラーメン屋を出るとそこにあったのは美しい夕べだった。午前中に降った雨は上がり、翻る雲は西日を浴びて紺色やばら色に染まり、大気は湿潤であるから冷たい空気は息を吸うごとに鼻腔を冷やして肺を満たした。日が確実に長くなって、夕暮れが一つの時間帯として都市を包むほど十分な長さを持った季節になった。

大学に合格した春、僕は友人と友人の母親に連れられて、練馬に住む弁護士先生の話を聞きに行った。その方は友人の祖父の友人で友人の祖父は過労で三十年前に亡くなっていた。その方はしゃれた家の居間で僕らに六法全書のコピーを手渡しながら。確信に満ちた口調で何時間も自分がこれまでしてきた仕事や憲法を守り抜く気概について穏やかに話し続けた。六法全書のコピーには彼によって条文が一条だけ黄色くマークされていた。
「弁護士法、一章、一条、一項、弁護士は基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」よく通る声でそれを読み上げるとき彼の顔は誇らしさで輝き、その方は社会正義が何かについて毫も疑問をはさまなかった。その方の正義は社会正義であり、それは法と人権と秩序だった。彼の隣に座っている奥様は上品な微笑をたたえながら、彼の言うことに逐一相槌で答え、時々銀座の和菓子屋やどこかの法科大学院の界隈についての話をはさんで、僕らが退屈しない配慮をした。僕は逃げ出したかったが、口元に笑みを貼りつけ、同じ姿勢を四時間保った。

その友人とさしで飲んだ時のことを思い出した。彼と飲む際、酔いが回ってきたとき必ずどちらともなく右の条文を暗唱しだすのが恒例になっていた。そういう時二人はしっかり手を組んでいた。
「俺の弟は浪人をしている、うちは金持ちではないし妹もいる。大学一年の時には法科大学院の学資を大学生のうちに稼いでおこうとサークルをやめてバイトをしていた。」
「すると君は予備試験を受けないのだね、法科大学院に進むのだね。」夜は更けて、繁華街にある居酒屋は喧噪で満ちていた。ポートサイド地区の裏手にある雑然とした地区にある居酒屋だ。気の置けない友人に僕は遠慮なく話を進めていた。
「いや、やめたよ。あまりにも無理な計画だった、法科大学院へ一年行くのにいくらかかるか知っているか?バイトじゃ足りない。就職してから勉強して予備試、司法試験合格を目指すよ。それよりも俺は彼女ができたのだ、写真を見るか?」意外な答えだった、これまで彼は弁護士になるという目標を固く持っていて、在学中に司法試験に合格しようという勢いだったのにそのような言葉は意外だった。
「なぜだい?」
「ロースクールへは行かない、そんな金ないしそもそもいくだけ無駄だ。ロースクール行って落っこちたらシャレにならない、君もいろいろ考えたほうがいいぞ、ダブルスクールとかも視野に入れてな。ロースクールに行くより予備試験目指すほうが金も安いし、むしろ現実的だよ。」
「二年から行くかも。」
「それだと在学中合格は無理だよ、結局就職するかローに行くかになる。」
「なら秋から。」僕は高校の進学相談担当の教諭と面談している時感じた不安と似たものを感じていた。彼は全能者のような口のきき方をする。忌憚のない話をする古い友人の存在はありがたいが、時々彼を前にすると世の中がすべて硬い石ときりの良い数字でできているような気がする。
「どのみち一発合格は難しいから予防線をはっとけ。東大でもたった十五人だから普通に考えても在学中合格は無理。」いったい今日の彼はどうしたというのだろう、今日の彼は計算高いというよりなげやりだ。
「結局は金の問題だ。ダブスクとローのカネ全部を親が出してくれればいいが、結局予備試験に受からないままロースクール卒業してしまったら、就職しない限り親のすねかじりにならざるを得ない。」彼は今晩幾杯目かのビールをあおった。僕はビールがおいしいのは最初の一杯だけであとは苦くなるだけだと考えた。彼はひねくれていた、僕にひねくれているわけでないことはわかったが潤沢な資金がない自分か家庭かに対してひねくれていた。

その夜、かなり鮮明な夢を見た。
全裸の女が立っている。手足の伸びやかな美しい女が立っている。朝の湖畔、まだ地面は碧く遥かな山の頂のみが紅色に染まる。
全裸の女は白い布を腰のまわりにめぐらして立っている。長い髪は朝の冷気を含んで重く彼女の胸を、背中を覆う。湖畔にはもう一人いる、厳めしい顔をした男がもう一人いる。 
全裸の女は湖へゆっくり入ってゆき、腰のまわりにめぐらしていた布を厳めしい顔をした男に手渡したのを契機に、軽快に、音を立てず、泳ぎ出し、岸を離れる。全裸の女と厳めしい顔をした男は同時に視界から消えて湖畔が残る。厳めしい顔をした男は柴を持って帰り湖畔に小さな火を起こす。男は今一度背後の木立に消えて、大枝といましがたの布より大きな布を持って帰る。
火を起こし、ふと見上げると偉大な山容が見える。山肌に起伏をつける大岩が燦然とした朝の光を浴びて赤く輝く。重低の音楽が響く、長く引き伸ばし腹に響く。
全裸の女が水から上がる。彼女の恥部を曝さないよう万全の慎重を期して、厳めしい顔をした男はくるぶしまで水につかり柔らかい布で彼女を包む。これは儀式だ、老化を遅らせる儀式だ。
火をはさみ、厳めしい顔をした男はしゃがみこみ、全裸の女は立って火を見つめ体を乾かす。彼女の体は冷え切っていて、激しく体を震わせている。やがて全裸の女を先に立たせ二人は背後の木立に戻る。それと同時に鳥が一斉に鳴き出す。
それは何百年も前の残像だったが二人は今も森にすんでいて、美しい女は今も美しい。

朝、夜が明けたら、町は重みのある濃い霧に深く沈んでいた。
幾度となく前方の漠然とした空間に車のヘッドライトが二つ並んで見えて、間もなく虚空から車体が現れると勢いよくすれ違いすぐに後方の漠然の中に消えてしまう。霧の中でそれらがたてる音は奇妙にくぐもり、地表近くを這ってすぐに消えてしまった。
海岸へ延びるまっすぐな道は、霧のためその窮まりを知ることができない。道の両側に間断なくたっている二階建ての建物たちは両側から身をかがめて道に覆いかぶさって、自転車を一心に漕いで海へ向かう僕をじっと見つめている。そしてすべては沈んだ色彩の中に停滞していた。あたかも核の脅威が世界を襲ったかのように、世界は灰色の中に停滞していた。
僕はいっしんに自転車をこいで、ひたすらまっすぐな道を海へ向かって走っている。霧には濃淡がありそれの動きによって僕の自転車はかなりの速さが出ていること、それと海からわずかに風が吹いて霧を内陸へ押していることが知れた。湿潤な空気が肺を満たし、気温は肌寒いほどに下がっていて、霧のせいで僕のシャツは重く濡れた。振り返っても来た道は次第に霧の中に消え、行く道に目を凝らしても用意された分しか提供されないように、次第にしか道は表れてこなかった。昼間になったら霧は霧消するかもしれなかったが、六時半はまだ早朝と言っていい時刻であった。鳥もまだ鳴いていない時刻だ。
午前六時に、僕は電話で起こされた。聞きなれない番号に、初めは拒否しようかと逡巡したが、ベルが十五回を超えるあたりで観念して電話に出たら、向こうは数年ぶりに声を聴いた人だった。相手は大変な事が起こってしまう前に僕に会いたいと言い出した。
「どういうことです、大変なことって?」
「とっても大変なことよ。久しぶりに江の島に来たし、あたしにとって江の島と斉藤君は不可分なの。いいじゃない連休なんだし、あなたはどうせどこにも行く気がないでしょう。」
「予定がないのは確かです。それにしても、僕の電話番号をどうやって調べたのですか。僕が中学生の時、携帯を持っていなかった。」
「古い年賀状からあなたのおうちの番号を探して、あなたのお母さんに電話して聞いたの、お母さん元気そうね良かった。ばか息子が大学に入ってよかったと言ってた。」
「長谷川先生はお元気ですか。ほら、なんでしたっけ、あれは善くなったのですか。」
「なに、病気のこと?」
「そうです。」
「よくなったもなにも、斉藤君がすぐに来てくれなければまた発作が来てしまうかもしれない。あまり待たせないで、足が疲れてしまう。」
「今どこにいらしますか。」
「小田急線片瀬江ノ島駅を降りて川にかかる橋のたもとの江の島にかかる橋がまっすぐ見えるところにいるわ、早くいらっしゃい。」

高校二年の春、僕が美術系の大学に進みたいといったとき、担任は鼻で笑った。「にわかに予備校に行ったとしても、素人には難しい。」と言った。僕は絵画クラブに所属していなかったからだ。僕が絵を描くこと自体学年と職員室であまり知られていなかった。
違和感が残ったから高校二年の間、機会があればデッサンや、エッチングをして周囲に見せてみた。現金なもので、しまいに芸術家というあだ名がついて高校二年の正月を越した。しかし勉強は全くしなくなっていた。高校三年生の時の担任は少なくとも僕の希望を真剣に受け止めているそぶりをした。
自分がどのような人間か表現する手段を手に入れて、喜んでいたのかもしれない。それまで自分にそんな能力があると全く忘れていた。しかし、僕が体系的に絵画を学んだのは小学五年生から中学二年生までの三年間弱だ、しかも教室には通わなかった。海沿いの立て込んだ住宅地にあって、広い庭と様々な植木と背の高い花々に囲まれた大きな家の一室で週二回習った。先生はその家の娘で、背が高く、髪が長く、決して声を立てて笑わない美術大学にいる学生だった。

海についたころ太陽が少し高くなり、霧は跡形なく消えていた。海岸沿いに延々と伸びる国道はすいていて、見えなくなるまで白い街燈が等間隔に並んでいるのが見えた。国道の両側に茂る防砂林は海岸線を縁取りその緑色は今しがたまであった霧で潤っていた、青い山脈がそれらすべての背後にあって、ちぎれた雲がその腹にへばりついていた。
凪であった。目の前の海が水平線まで波を失い、金色に輝く。

早朝、片瀬江ノ島駅の駅前広場にはいつも釣り人しかいない。
長谷川先生は橋の真ん中に直立して、腰に手をやって船が係留された境川を眺めていたからすぐわかった。先生は薄い緑色のコットンパンツをはいて、首のまわりに花柄の刺繍がされたシャツを着ていた。相変わらずがりがりに痩せていて、髪の毛はおかっぱが少し伸びたみたいな髪型だった。時刻は七時、しかも連休一日目。先生に声をかける前になぜ僕が呼び出されたのか思いつこうとして、自転車を両手で支えて突っ立っていると先生が僕を見つけた。
「久しぶり、背が伸びたわね、顔もくたびれているね。大学生にしては洋服が適当じゃないの。」
「おはようございます。」
「朝ごはんをもう食べたの?」
「まだです。」
「あたしはあなたを待っている間にもう食べちゃったけど、いいわ、もう一回食べましょう。あたしはコーヒーだけ飲むから。」二重の目をぎょろりと見開いて、僕をまっすぐ見据えて話す。先生はうっすら化粧をしていたが、僕は口紅の色が少し赤すぎると感じた。少し開いた口から前歯に口紅の紅がわずかについているのが見えた。ボタンを二つ外した先生の襟元から、首に細いチェーンでメダイを吊っているのが見えた。
「自転車をその辺に止めちゃいなさいよ。」
「はい。」
駅前にある食堂で、僕は卵焼きとトーストを注文した。食堂の壁一面に魚拓が貼ってあり、何匹もの魚がたくましい横腹を見せながら間抜けな目でどこかを眺めていた。よく日焼けして、ひげを生やしたおじさんが料理を持ってきて、連休の朝はいつもと違ってすいていてよかったですねと言った。僕はひととおり食べて、先生がコーヒーを二口飲んだ時、話を切り出した。
「今どこにお住まいでしたっけ。」
「世田谷よ。」
「なら今日は家からいらしたのではないですね。昨日は本鵠沼のご実家に泊まったのですか。」
「初めはそのつもりだったわよ、でも昨日は兄夫婦が来ていたらしいの、それで居辛くなっちゃってあのホテルに一人で泊まったわ。荷物を持ってあっちいったりこっちいったりして疲れてしまったから珍しく早く寝てしまったの。翌朝五時に起きたときは困っちゃった。」先生が指差した先を見ると、確かにホテルが一軒あった。
「あなたいくつになったの。」
「二十歳です。」
「あの時は何歳だったっけ。」
「たぶん十一から十三歳まで先生と一緒にいました。」
「その歳で大学一年生だってね、ずいぶん遅れたのね。」
「先生はおいくつですか。」
「来月三十になるわ、女性に歳を聞くなんてあなたずいぶん神経が太いのね。」無神経というのかしらねとつぶやいて先生は煙草を一本ポケットから取り出して火をつけたが、すぐにもみ消してしまった。灰皿に残った吸い口に先生の口紅がついている、やはり赤すぎる、と思った。
「大学は気に入ったの。」
「はい。」
「どんなところが一体いいのかしら。」
「人間関係が希薄なところと、嫌いな人と二度と顔を合わせたくなければそれが可能なところ。」先生は一度嫌な顔をした。コーヒーが苦かったからなのかもしれないが、僕の答えは黙殺された。
「それから、あたしのこと先生って呼ばないで、斉藤君があたしの生徒だったことなんて一度もないじゃない。」
「そうですか。」
「そうよ。もう食べた?食べ終わったなら少し歩きましょう。」

やはり連休であった。僕らが食堂にいる間に、駅前広場はひとでいっぱいになっていた。小田急線は間断なく駅にすべりこみ、行楽を求める人たちを吐き出していた。朝の駅前広場は見ようによっては非常に微笑ましい光景なのかもしれなかった。平和といった題名がつけられる絵のようだ。あるいは文化とか良識とかお人よしとかでも良いかもしれない。派手な色合いの服を着て、申し合わせたように全員が日傘を差して、そして四人か五人のおばさんグループ。丸々太った赤ん坊をのせてベビーカーを押した若いカップル。カメラを首から下げて、小学生の子供の手を引くお父さん。なぜ二人とも分厚い縁の眼鏡をかけていなければならないのだろう。髪の毛を色とりどりに染めて、自分の財布が許す限り着飾って、不良のレッテルに忠実であろうとする青年たち。全員がクジラのように太った家族づれ。中年や老年の男一人ぼっち。目をぎょろぎょろさせた中学生たち。僕はそのような人たちが連休一日目に各地の行楽地に群参していることを想像した。何か連休的なものを得ようとして血眼になった群衆。群衆は考えない。そして自分がそこに紛れていることを後悔し嫌悪した。なんだってこんなところにいなければならないのだ。先生が呼びつけなければ僕は今頃家で本を読んでいたかもしれないのに。       
雑踏、喧噪、人いきれ。群衆!群衆!群衆!
「斉藤君何か言いなさいよ。」困った、先生まで不機嫌になってきた。決してゲーム機から目を離そうとしない子供がぶつかってくる。一体全体、親は何をしている。子供たちはろくに前を見ずに走り回り、転んで大声で泣き出す。おばさんたちは中身のないことを喋りまくり、道に迷って右往左往している。若者たちはまるで場所をとって大声を出すのが自分の使命だと信じているようだ。中年の夫婦は夫婦喧嘩を始めた、どうしてこんなことになったんだ、だってあなたがそうしろっていったんじゃないの、おれはそんなこといっていない、なによそれずいぶんむせきにんね、ああこんなとここなきゃよかった、なによあなたがここにしようといったんじゃないの、きゅうじつにどっかつれていけといったのはだれだよ、エトセトラ、エトセトラ。子供が泣き続けている。中年男性と高校生が口論をしている。そして多くの人が目的もなく突っ立っている。それらが大きな塊となって、木の葉をめくった時に湿った場所を好む虫が多くいるみたいに、駅前広場をみっしりと満たしていた。かつて世界に対して感じていた違和感が、心の中で再びさざ波を立て始めているのを感じた。
 
 「斉藤君、久しぶりに来たけれど、ここはひどいところね。」
 「ええ、普段はそうでもないのですが。」
 「日差しも強いし、汗も出てきた、倒れてしまいそうよ。」先生の眉間には露骨な嫌悪の感情が現れ首筋には汗が噴き出ていた。
 「ここから逃げ出しましょう、できるだけ早く。」
 僕は速足で歩きだしたが、人があまりにも多く先生とはぐれてしまいそうだった。振り返ると先生はひとに押されてまっすぐ歩くこともできそうにない。一瞬先生と目が合った、先生の目からは何も読み取れない。ただとてもとても深い闇をたたえたふたつの黒目。先生の口が動いて何かを言ったが聞き取れない。一瞬戸惑ったが僕は先生の手を取って歩き出した。先生の細い手首をつかんで、前を向いて、殆ど駆けるみたいに。僕は、ここから逃げ出しましょうという言葉をなんども反芻した。その言葉は僕の胸に響き、まるで先生と二人で、この世界を抜け出して、誰も知らない国へ行くような響きを伴っていた。自分の周りが曖昧になり、僕はこの言葉に酔った。
 この騒がしくて狭い世界を抜け出して。僕はどこへ行けるのだろう。誰の手も届かないところがいい。緑が深く高い山に囲まれて、朝には冷たい霧で満たされるところがいい。静かな海の向こう側にある土地でもいい。
 「電車に乗って別のところへ行きませんか、ここは美しいところです。しかし連休にはまるで洗濯機の中身のようになる。」
 「斉藤君、あたしが泊まっているホテルに向かってちょうだい。それから二人でどこかへ行きましょう。連休だもの。」
 「どっちですか。」
 「あそこの分かれ道を右に曲がってあとはまっすぐ進むだけよ。」
 「まっすぐですか。」
 「そう、それだけでいいのよ。」

 結局ホテルまで僕は先生の手をつかんだままだった。驚いたことに、先生はホテルに着くとすぐにチェックアウトして清算も済ませてしまった。先生が上に行って荷物を整理している間、僕はロビーに向かい合っておいてある二つのえんじ色のソファーのひとつに座って待っていた。そこは全体に古く、調度の趣味も良いホテルだった。壁には版画がかかっていて、その雰囲気に見覚えがあった。
その絵は嵐の光景を描いたもののようだった。真ん中に画面を両断するみたいに樹が一本立っている。その枝は風に吹かれて傾げ、箒のようになっていた。画面の上辺に雲が沸き立ち、様々なものが風に舞っている。なべ、人形、洗濯物、机や椅子。しかし分けても異様なことは、木の上に傾いた家が載っていることだった。煙突は折れ、瓦ははがれ、今にも風が持っていきそうになっている。そして正面にバルコニーがついていて二人の少女がそこに立ち不安そうにあたりを眺めている。不吉な絵だ。画面の下に17 / 64と印刷されてあるので、限られた数しか印刷されなかったのだろう。
二十分足らずで先生は上から降りてきた。先生の荷物は小さなボストンバック一つだけ。
 「お持ちしましょう。」
 「いいよ、自分でもてる。それでどこかいい場所はないかしら。」
 「どんなところがいいですか。」
 「できるだけ人がいなくて静かなところがいいわ。」一瞬迷ったが、あとはためらいもなく答えが出た。
 「伊豆へ行きましょう。人がいませんし、山がちな国ですので静かです。」先生と、この世界を抜け出して遠い国へ行くという考えはまだ僕の中に低回していた。
 小田急線は混んでいるから乗りたくないという先生の意向から、モノレールに乗って大船まで行き東海道線に乗り込んだ。辻堂駅を過ぎるとこれまでが嘘のように車内がすいて僕と先生はボックス席に並んで座ることができた。
 窓の外に畑と竹林がまばらに広がりそのむこうに海が見えた。先生は幼い少女が人形を抱くみたいにバッグを胸にしっかり抱いて首だけ左にひねり海を見ていた。隣のボックスにはみかんがいっぱい入ったビニール袋を持ったおばあさんと五歳ぐらいの女の子が座っていた。女の子はおばあさんになぜ友達にはおじいさんがいるのに自分にはおじいさんがいないのか尋ねた。
 「おじいさんは死んじゃったからだよ。」
 「じゃあなんでばあちゃんが死なないの。」悪意はみじんもないだろう少女の問いを聞いて僕の顔はこわばった。
「なんでだろうね、ばあちゃんが何で死なないのかわかんないね。」そのおばあさんの答えは静かな車内にまるで紙飛行機が空っぽの体育館を横切るみたいにしみとおった。なんで自分は生きているのか、そのおばあさんは知りもしないだろう。柔らかな日の光が満ちた電車の中でも、ミカンをビニール袋いっぱいに持っていても、僕らは死について考えなければいけないのだろうか。なんで自分が生きているのか答えられなければいけないのだろうか。世界は僕らに意味を執拗に求めてくる、意味なんてどこにもありはしないのに。生きている意味を探し、自分がしていることに意味を求め、生徒は先生に方程式を覚える意味を問いただし(先生は先生でその問いに答える意味を見失っている。) しまいにみんな生きる意味がなくなったからと言って簡単に死んでしまう。
 「斉藤君。」先生が、顔を向こうに向けたまま声をかけてきた。表情はわからない。
 「なんですか。」
 「伊豆へは旅行で行ったことがあるの?即答したわりにはずいぶん思い切りの良い行先じゃないの。」
 「ちがいます、家出です。中学生の時に同じ行き方で十月の終わりから十一月の初めにかけていきました。小春日和で、今と同じような気候の日の午後でした。」
 「六年前の十月三十日から、十一月一日にかけてのことね。」
 驚かなかった。深夜に腹を空かせて帰ってきた僕を働きに出ている母は面倒を見ることができなかった。かといってもう一回家出するかもしれない僕を一人にしておくこともできなかった。困った母は早朝に先生の実家へ僕を連れて行ったのだ。朝露に濡れた植木や花々が茂る庭や、バラの花が咲いた東屋の横を抜けた先に玄関があった。僕は小学生のように背が低かったから母は僕の手を引いて玄関まで無言で歩いた。応対したのは先生であった。玄関扉のかたっぽに寄りかかって腕を組んでいた。裾の長い寝巻を着ていて、くしゃくしゃな髪を降ろしていて、起きたばかりなのか目が赤くどこか別のことを考えているように曖昧な顔をしていた。母親が地面に額をつけんばかりに頭を下げて挨拶をしても先生は身じろぎ一つしなかったので先生は壁にかかった絵みたいだった、要するに現実感を失っていた。母親はそれから都内の病院へ出勤して、翌日の四時まで勤務しなければならなかった。母親は医者であった。母は芸術家とはそんなものだという言葉で先生を理解しようとする人だった。母親がいなくなって二人が残された時、先生はぽつりと、僕にいったいどうしたの、と尋ねた。
 
 座席にもたれてそのようなとりとめのないことを考えていると、先生が横からじっと僕を眺めていることに気付いた。
 「なんで何も言わなくなっちゃったわけ。」
 「なんてお呼びしたらいいかわからなくて。」
 「好きに呼べばいいわ、先生って呼んでもいいわよ。」
 「なら、先生。」
 「なに。」
 「呼んだだけです。」
 「ばからしいわ。」電車はすでに切り立った崖にへばりつくような線路の上を走っていた。海は何十メートルも下にあり、反対側の窓からは斜面しか見えなかった。それからポツリポツリと先生は自分について話してくれた。
 先生は現役で芸大に入って大学や折々の展覧会でも評判が良かったらしい。短く言えば将来を嘱望された人だった。一時期はかなり自由にセックスを楽しみ、そういう雰囲気になればよく知らない人と寝たこともあった。先生の描く絵は色彩に満ち、白と黒しか使っていない絵でも豊かなメッセージとあふれる感情を絵の前に立つ人は感じることができた。そう、先生が書く絵は明確なメッセージを持っていた。それらは世界に対する先生の姿勢を明確にしたものだった。
 「だって目的のないものはこの世界に存在してはいけないと思っていたのよ。そして自分の目的は明確だったわ、世界に自分が考えていることや、これから向かわなければならない方向を指し示すの。私は小さいころから天才だと周りに言われて育ったし、膨大な量の本を読むことは私に様々なことを教えてくれた。若かった限り世界に知らせなければならないことは私の頭にいっぱい詰まっていたわ。」先生は自分のこめかみを人差し指でつついたが、僕には頭痛がしているようにしか見えなかった。
 そして先生は自分の周りで絵を描いている同級生を軽蔑していたらしい。彼らもおそらく優秀であったであろうし、今となっては有名になった人も何人かいたはずだが。彼らは自分の心にある心象を作品にするだけだった。社会問題に目を向けようとしなかったし、むしろ世の中の出来事を軽蔑していた。彼らはいつもひどいなりをしていたし、話す言葉は奇妙に婉曲されていて多義的で不可解だった。行動は確信に満ちていて原理的だったが、彼らの心はへんに折れやすく見えた。その中で先生の存在は奇妙に浮いていた。朝は六時に起きて講義に出て、夜は十二時にベッドに入る。日曜日は外出しないで鵠沼の実家にこもり、午前中は音楽を聴きながら絵をかく、午後は本を読んだり文章を書いたりする。たったそれだけなのに。
 
先生には大学にいる間中で長く付き合った人が一人だけいた。田中という名前のその人は先生の一つ年下で東京大学の文科一類から法学部へ進んだ人だった。有名な絵のコレクターとして名の通った法律家の息子で、先生と田中はある展覧会で互いを紹介された。その性格は先生がやきもきするほど生真面目であった。おまけに彼らの一家は全員クリスチャンだった、食事に招かれたときにいつも家長であるその法学者が神に祈りをささげるのを先生はある意味、旅行先の奇妙な習慣を眺めるみたいに聞いていた。先生は本当に田中が好きであったが、無作法なことをして嫌われるのは避けたかった、たとえばそういう雰囲気になったら寝たりするようなこと。
先生と田中は一週間か二週間に一回青山の喫茶店で話をしたが先生は田中との恋愛関係を発展させるためには一年か二年の時間が必要だと考えた。彼とそうしている間に先生はほかの男と何度か寝たが、彼はそれを知っても(もちろん先生がほのめかしたのだ。) 何か深く考え込む仕草をした後先生を優しくたしなめただけだった。
 「そういうことが君によくないことはもうわかっているはずだよ。目的意識を持って生きなくちゃならない。つまり自分が今、していることが将来の君にどうつながっているかいつも考えているほうがいい。その点で現状に対する不満を持つのは重要だけれど、そんな形で発露するのは感心できないね。」田中は目的意識と現状に対する不満という言葉が大好きだった、あと、マネジメントとか、なんとか。しかし、先生の「現状に対する不満」が自分と関係することには毫も気付いていないらしかった。先生は叫び声を出したかった。彼が本郷に移ると二人が出会って話をする場所は上野に移った、そこは二人の大学の近くだったから会う頻度は必然的に増した。テーブルの下で二人の足が触れ合っても、田中が自分の足をそのままにしている時点で、先生は彼との関係が確実に前進していることを感じた。
 
彼は先生の体を求めた。しかしそれは成功しないことが多かった。
 「そのあたりから異変に気付いたの。初めはうれしかったわ、でもあるとき何かかみ合わないものを感じた。そして彼の抱えた深刻な問題に気付いたの。
こんな話をいきなり斉藤君にしていいのかしらね。」
 「構いません。最近些細なことで驚かなくなりました。」
 「そう、彼はゲイだったのよ。」
 「どうしてわかったのですか。ほら、先生の話では必ずしも田中さんが女性を好きになれないわけではないと思います。」
 「だって本人がそういったのだもの。」

彼は自分の性向について真剣に悩んでいた。
 ある日、風の強い午後、先生と田中は街角の教会に隣接する牧師館にいた。彼は自分の性的嗜好を、性欲自体から目を背けることで意識に上らないようにしてきたが、社会通念との相克は埋めがたく、そして先生に対する友愛の情は、田中に対して肉体の結合に対する欲求を意識させた。彼は普通のカップルがするように先生とセックスがしたかった。しかし、女性で勃つのか自信がなかったし、自分の不能が男性性の欠如ととられるのは避けたかった、ことに先生に対して。
男性性に関して田中は常に自分の父親を思い出す。父親の男根(幼少時の記憶でしかないが)は常に長大で、彼の自信と権威を支える柱のようだった。彼は父親の顔の真ん中にある重たい鼻を見るとき、必ずその長大でどす黒い男根を連想した。
 その時二人がなぜその牧師を訪ねようとしたのか定かではない。おそらく、二人の関係が友愛に基づくものであると確認したかっただけだったのではなかったか。もしくは、性的な交渉がなくても愛情を証明できるとしたかったのかもしれない。
牧師は先生と彼の話を聞いているうちに。奇妙に上機嫌になり、あなたたちはまだ若い、どうしてどうして普通の恋人たちが愛し合うようになさればよい、と言い出した。

 「田中さんの秘密を話さなかったのですか。」
 「あんなこと言われたら、言うしかなかったわ。それに牧師は親切な方にみえたし。」
 
 田中の告白を聞いた牧師の表情がみるみる曇るのがわかった。本当にあなたは女性を愛することができないのですか。不毛で幾度繰り返されたかしれない問いかけがされた後に、牧師の態度が冷たくなるのがわかった。
先生はずっと下を向いていたし、田中は相変わらず筋道立てて真摯であったが、かたくなになってしまった牧師はこう言って二人に退出を促した。よろしいですか、田中さん。人間の目的は神様の信頼にこたえることです。あなた。女性を愛せないでどうして子どもを産み、育て、家庭を作ることができますか。ずっとそんな宙ぶらりんで行くのですか。ご家族には秘密にしておきましょう、あなたのお父様はご立派な方です、お父様が知ったらお嘆きになりますよ。
そして彼は先生に意味ありげな目配せをすると、バタンとドアを閉じてしまった。
牧師の目的という言葉が田中にこたえた。またキリスト教の聖職者ににべもなく拒絶された経験は田中に別のことを示唆した。田中はキリスト教が代表し、基層となっている西洋の学芸、つまり文明に疎外されたのを感じた。自分がこれまで大学で熱心に単位を積み重ねたり、法律書を読みあさったりしたのが、ばからしく感じられてしまった。
先生は先生で、自分の作品に明確なメッセージを含めるのが難しくなっていた。作品に方向性を持たせられなくなって、先生の絵は「きれいな絵」という評価に停滞した。田中を守ることが、先生に目的とか真理とかを諦めざるをえなくさせると同時に、先生はあることに気付いた。この世界には進むべき道や、単一の価値なんてもうどこにもなくなっちゃったのだ。それは田中には救いかもしれなかったが、先生は深い穴に投げ込まれたような気持になった。くしの歯が書けるように田中との交流がなくなり、先生は草花に囲まれた広い実家に閉じこもるようになり、大学を休学した。表現するものがなくなってしまっていた。

熱海で東海道線を降り、伊豆急下田線に乗り換える。母親に電話をかけて今夜は友達のうちに泊まるといっている間、先生はマルボロをひと箱買って、駅前に沸いている温泉に足をひたしていた。
下田線のどの駅からもきれいに海が見え、伊豆諸島が戦争に負けた艦隊みたいに一列に浮かんでいるのが見えた。背の高いキツネノテブクロがたくさん花をつけている。対行列車の待ち合わせをしている間、先生は外に出て間断なくタバコを吸った。
熱川で電車を降りて、市街を海へ向かって歩いた。深い谷が海へ向かって下っていてその谷を汚い建物がみっしりと満たしていた。大きな通りや路地にも人はおらず、町のところどころから温泉の蒸気が勢いよく立ち上っている。忘れられた街だった、午後の光が通りを照らしている。

岸壁の上に足湯があり、靴と靴下を脱いで先生と並んで足をひたして海と、視界を遮るように並ぶ伊豆七島を眺める。限りなく現実感を描いて、あまりにのんきな午後の二人は、なんだかひどく間抜けに思われた。先生は煙草を間断なく吸っている。
「タバコを一本くださいませんか。」
「いいわよ。」タバコの煙を吸い込むと、鼻腔と肺を刺激し、僕はひどくむせた。「一つ聞いてもいいですか。なんで先生は自分の描く絵のメッセージ性にそんなにこだわるのですか。」
「今から十年前ぐらいに、ドラクロワの絵が上野の美術館に来たことを覚えているかしら。」
先生はその時大学二年生だった。ドラクロワの絵がきたなら、美術系の学生なら必ず見ておきたいと思うだろう。場内は立錐の余地もなく、薄暗い中人に押されてもみくちゃになりながら先生は薄暗い中照明で浮かび上がったその絵を見た。
そのとき大学二年生だった先生は一八三〇年に描かれた縦二五〇センチ、横三二五センチの巨大な油絵を見た。
混乱があった、絶望があった。やむにやまれぬ人々がいた。それは革命のイメージとはかけ離れ、画面の中には自由がなかった。中央にいる婦人のみが、気高く、けがれがなく、毅然としている。「その絵を見たとき、政治に何も興味がなかった女の子にも、民主主義とか、共和国とか、普遍的人権とか、そういった抽象的な概念たちが、色彩を伴ってあざやかに理解されたわ。その時の喜びはまるで雷に打たれたようだった。」
「それで。」
「それで?それだけよ。」

足がふやけるまで足湯につかってから、先生と僕は古いホテルに泊まった。僕らは年の離れたカップルに見えたらしく、通された部屋にはダブルベッドが一つしかなかったから、僕はソファーで寝ることにした。先生は広いベッドに寝ることをひどく嫌がったし、水平線上に浮かぶ月はひどく赤かった。僕は田中が今どうなっているのか聞いた。
「あれからいろいろうまくいかなくなったみたい。体勢を立て直そうとしばらくもがいていたけれど、いなくなってしまったわ。」
「人はそんな簡単にいなくなるものじゃないと思います。」
「輝きを失ってしまうのよ、確かに存在はあるのでしょうけど、離れたところからはその人がいることが分からなくなってしまうの。光らなくなった人はひとりぼっちになって生きていくのよ。」
「そうなりたくないですね。」
「そうなりたくないなら、光りつづけなさい。」そういう先生は、血のように赤い月をまっすぐ見据えて、僕に鋭角的な横顔を見せていた。それは僕に抽象的な何かを知らしめるのに充分だった。

その夜、夜中に僕を呼ぶ声がして目を覚ますと月の明かりに照らされて先生がブラウス一枚の姿でベッドの上に座っているのが見えた。ダブルベッドの上の先生はやせっぽちで、ひどく小さく、少女に見えなくもなかった。先生は僕に自分のベッドに来るように言った。「ひどくさびしいの、眠れないし横になっているといろいろな人が話をしているのが聞こえてくる。これまでに見てきた光景や、見たことも行ったこともない場所が見えるし、名前を知らない色が目の中で瞬いている。十歳も下のあなたにお願いするのもみっともないかもしれないけれど、しばらく一緒にいてくれないかしら。」にわかに僕は恐れた、このまま先生と寝てしまうのではないかと恐れた。「道義的に問題がないですか。」と、僕は言った。先生は何も言わずふたたび横になった。
その夜、かなり鮮明な夢を見た。
真っ赤に燃える火の玉がまっさかさまに海へ落ちた。長く錆びついていた大きな鉄の扉が開き、死者たちがすべての街路にあふれだす。うつろな目で生者をにらみつけ、彼らは歯を打ち鳴らして声ならぬ笑い声を響かせる。自分の骨にかろうじてまだへばりついている腱や死肉をひらめかせながら、手と手を取り、腕を組み合って音楽もなしに彼らは踊り狂う。
僕は町の中を彼らから逃げている、彼らに捕まったらその勢いによって死者の国へ押し流されてしまうからだ。路地は入り組み、すべてのドアは生者によって閉ざされ、逃げ込むことはできない。たとえ建物の中に逃げ込んだとしても、死者は窓をやぶり、下水や換気扇の隙間から入り込み、彼らを連れ去ってしまう。だから僕は逃げる。
しかし町中にあふれる死者はだんだん僕を追い詰め、包囲する。ついに僕は少し広い道の真ん中で追い詰められ、にっちもさっちもいかなくなってしまった。幾万のうつろな目が僕を眺めて、カタカタと上下の歯を鳴らす。彼らは僕の周りに押し寄せ重なりあい、僕にのしかかり群がる。死ぬほど息苦しい、だれかたすけてくれ。
そして目が覚めた。自分がひどく汗をかいて、頭の中で何か大きくていびつな形をしたものが高速で回転していたが、どんな夢を見たのかよくわからなかった。ふと顔を上げてベッドを見た。先生は枕に肘を立てて頭を支えながらまっすぐ僕を見ていた。そして僕は先生が寝ているベッドへ行き、強く先生を抱きしめた。
月光は銀色に降り注ぎ、ホテルの一室にあるすべての色を洗い流し、白い奔流にかえた。そして、僕は先生と寝た。それはすごくそっけなく、自然で、潮が一度満ちて引くようなものだった。すべてが終わった後で先生が言った。「寝なさい、きっと大丈夫。」そして僕と先生は大きなベッドの右と左に片寄って眠りに落ちた。眠りは視界に幕を引くように急速に訪れた。
朝七時に起きると先生はいなくなっていて、ホテルの部屋から先生の荷物だけなくなっていた。急いでフロントまで下りて尋ねると今朝早く精算だけして出発したらしかった。朝食も食べずに。受付の老人は、大丈夫ですよ、あなたは若いからこれからどうにでもできますよ、と穏やかに見当違いなことを言った。
朝食を食べた後、僕は伊豆急で下田まで行き、下田からバスに乗って山深い南伊豆から観光地化された西伊豆を経て修善寺まで行き、箱根登山鉄道で函南まで行き、函南から東海道線で帰った。バスに乗っている間、伊豆の積み重なる険しい山を眺めて、とりとめのないことを考えるともなく考えた。自宅へ直接帰る気がしなくて、大学へ行ってサークルの部室で時間をつぶした。連休の残りは、本当に何もしないで家に閉じこもって過ごした。

先生があの夜僕に伝えたことを説明すると、このようになる。今の時点で既にかなりの間、世界は漠然に包まれている。光があった時代は遥かな昔であるから、初めから世界は東雲か、夕暮れの時にあるような淡い色彩であったように思われるほどだ。少なくとも我々が生まれたとき、世界はすでに輝く光を失っていた。澱のような闇はせまい隙間や風通しの悪いかどにいまだただよっていたが、それを前にすると光さえその輝きを失うような気持ちを起こさせるほど深い闇は、すでにどこにも無かった。
 しかし、光があった時代は大昔ではないし、僕らはその雰囲気を簡単に知ることができる。光があった時代には叙事詩があり、王冠と王杓があり、誰も見たことがないにせよ約束された土地があった。人々は愛し合い、親しみあい、憎みあい、殺し合いさえしたが、それは人々がそれぞれの中に完結さるべき物語を温めていて、彼らの目に世界がそれらの物語すべてを包摂できるほど膨大であると映っていたからだ。光が希望、使命、理想、を含んでいて、光が必然的に影を伴っていて、影が絶望、欠乏、矛盾を含んでいた。
 世界は光が消えたときの前後で何も変わっていない。なぜなら光は人間の存在と文明の中にあったからだ。光があった時代の人間は根本的に僕らと異なっている。彼らは時間が有限であると思っていた。そして、彼らは世界と人間が無限であるとも考えていた。より具体的に僕の考えを説明するために、ここで光と闇を価値と言い換えることができる。
光を失ったこの世界で僕らは、限りない夕べを喫茶店の屋外のテーブルで古い友達とゆげの立つコーヒーを飲みながら費やすように生きていかなければならない。ざっとこんなところだろうか。

僕はその後、限りない日常にこの身を浸し、人と穏当に付き合うことに慣れていった。欠席もせず講義に出てノートを取り、サークルでは友人と様々なことを話した。語学で優秀な成績を取り、法学ではぎりぎり単位を取った。アルバイトをして、職場にいた違う大学の女の子と恋をして、しばらくして別れた。
あの後、九月ごろに先生と再び会う機会があった。池袋の画廊で首都圏の大学の絵画サークルの合同展があり、そこに、ひろいガラス窓から見える夕暮れのきらめく町を背景に、穏やかなオレンジ色の明かりで満ちたフロアに立つ先生がいた。相変わらずひどく痩せていたが、学生が描いた個性的な絵に囲まれて先生はとても幸せそうだった。先生の髪は長くなっていて先生は濃い紫のワンピースを着て赤い靴を履いていた。ほんとうにすてきだった。
「先生、今までどこにいらしたのですか。」
そのとき僕は会場の運営委員の一人であったからスーツを着ていた。「ずっとここにいましたよ、君は本当に無駄をしていたのですね。」先生が僕に敬語で話すのは初めてだった。場の雰囲気と、二人のフォーマルな服装がそうさせたのかもしれない。先生の敬語は優しく響き、日本語の最も芳醇な部分を思わせた。
「はい、本当に膨大な無駄でした。膨大な無駄に苦しむ人は多く、また戻ってこない人も少なくなく、その人たちはどこかに消えてしまいました。しかし、僕は戻ってきました。僕がこの一回りをしていた間、あなたは僕をずっと見ていたのですか。」
先生はにっこりと笑った。「ずっと見ていました。」と、先生は言った。会場は広く、二人に気を留める人はいない。教養や品格とか礼節といったものがそこを幸福で穏やかな雰囲気に満たしていた。
「あなたはどこへも行かず、ずっとここにいたのですね。」
「ええ、私はあなたをずっと待っていました。」
ここで一つの物語が終わる。

ある夜遅く、僕はひとりテレビを見ていた。街頭で鋭い刃物のようにだれかれとなくマイクを突き付け、インタビュアーは人々に尋ねる。「あなたは幸せですか?」刃物と同じくらいこの質問は僕の胸を切り裂く。テレビを消す。自分が誰もいない部屋に取り残される。そしてパソコンに向かってまたくだらない文章を書き始める。
描くことは自分を救済する営みだ。僕は心の中の雑然から恐る恐る過去が僕に産み付けた卵を取り出し紙面に並べていく。卵の中で眠る者たちは僕の栄養を吸って成長し、そのままにしておくと卵からかえった幼虫たちは僕を食い荒らしてしまう。だから過去の卵が僕の中にある限り、僕は憔悴するしかないし、文章を書くことをやめることはできない。
しかし、物語を一つ書ききると、短い間だけ心がぽっかり空いて、外のものが入り込む余地が生まれるときがある。そんなとき僕は外に出たくなる。
海が朝焼けを前にして喜びに沸き立つ時、僕の沈着した心はゆらぎ、海の喜びを喜ぶ。曇り空のした灰色になった海の悲しみは僕の胸を裂き、吹き荒れる冷たい風にまじる波しぶきは僕の周りを駆け巡る。天頂近くに上り詰めた満月が砂浜を白く照らし、波頭が白く輝くときがある、それは歓喜の時だ。また、曇りの日の夕暮に世界が碧く染まり僕の目の前に立ち現われるとき、僕の心は世界をおおう安らかな深い、深い悲しみにみたされる。そのようにしていると世界の大きな感情の起伏と循環の中で没我することができる。
そのようなひとときが忘れられなくて、僕は僕の心の冥土巡りを淡々とこなす。                         
[了]

夕べ

夕べ

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
  • 強い言語・思想的表現
更新日
登録日
2013-06-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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