チョコレイト

 輪を外れた彼に声を掛けたのは、仲間意識などではない。確かに私はクラスの中でひとりだったが、ひとりでいることには慣れてたし、ひとりでいることがすきだった。べつにだれと話したいとも思わない。私はたいてい周囲の人間に興味がなかった。
 そんな私がなぜ彼に目を留めたかというと、彼の両手の爪が、泥くさい他のひとたちの爪と違って、いつ見ても清潔だったから。
 ぽきりと折れてしまいそうな、その細長い指も悪くない。うっすら生えた腕の毛もいい。でもなにより爪。その色っぽくて艶めかしい爪。男の人の爪って、こんなにもセクシーに見えるんだって驚いた。それから私は彼に夢中。気がつくといつも、彼を目で追ってる。顔なんかどうでもいい。性格も二の次。私、彼のこと何も知らないけど、彼の爪はだれより長いことみつめてる自信がある。
 そんなわけだから、話し掛ける気はなかった。彼と何らかの関係を築きたいなんて夢にも思わなかった。でも仕方ない。彼のさみしそうな横顔を遠くからながめてたら、そのさみしさを埋めてあげたいって感じたのだもの。彼はきっとひとりでいることが辛いのね。
 私は言った。「ねえ、お友達になりましょうよ」
 唐突に声を掛けられた彼は戸惑って、目を泳がせながらもごもごと口を動かしてた。「なるの? ならないの?」って、私がせきたてると、彼は「はい」だなんてお行儀よく肯いて、その縮こまった様子が可愛いのなんの。
 私が胸の奥で意地の悪い笑みを浮かべていると、彼はズボンのポケットからなにか取りだして、私に向かって突きだした。
「きみ……これ、食べるかい?」
 そう言って差し出された銀の包み紙には、溶けかけのチョコレイトが入っていた。包み紙をひらいた私の指がよごれた。私の右手の人差し指に付いたのは、彼のポケットの中で熱を帯びたチョコレイト。彼の体温で溶けたチョコレイト。
 私は舌をぺろっとだして、彼の前で指を舐めた。口に広がるチョコレイトの味は、私にはすこし甘すぎた。

チョコレイト

「チョコレート」を題材に800字程度との指定。友人に「読みたいから書いて」って言われたから。811文字。2013年6月16日筆。

チョコレイト

顔なんかどうでもいい。性格も二の次。私、彼のこと何も知らないけど、彼の爪はだれより長いことみつめてる自信がある。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-16

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