しゃべる酒

しゃべる酒

気軽に読めるショートショートです。
騙された!となる結末をお楽しみください。

無人島に独り

 眠りから覚めたら、男は無人島に居た。
 目の前に広がる海を見て、なぜこんな所に?と首を傾けたが、そこに来た経緯は思い出せなかった。周囲を見回すと、男のそばには一升瓶が置いてある。
「おっ酒がある」
 男は上機嫌になり、すぐに手酌で飲み始めた。ゴクゴクと飲み込み、酒が体を巡るのを待つ。やがていい気分になってきた。
「美味しいですか?」
 突然、どこからか声がした。
「誰だ?どこにいる?」
 男がきょろきょろ首を動かすと、左手に持っている一升瓶から再び声がする。
「私です。あなたがさっきから飲んでいる、日本酒です」
「なんだと?酒がなぜ喋る?俺は夢でもみているのか?」
「夢ではありません。私は、喋ることができる日本酒なのです」
「ふむ。そうか。では晩酌の友にちょうどいいな」
 男は一升瓶を片手に陽気に喋り、やがて日暮れとともに眠った。
 次の日、目を覚ましてから男は島を探索した。島は歩いて一時間足らずで一周できる程度の大きさで、男の他に人間はひとりもいなかった。助けを求めるには、船が通るのを待つしかなさそうだ。
「ここには俺とお前だけらしいな」
「そのようですね」
 今日も手酌で一杯飲みながら話しかけると、酒は昨夜よりも幾分弱々しく返事した。見ると昨日は瓶いっぱいにあった酒が、もう半分も残っていない。男はペースを抑えて飲むように我慢した。酒との会話は楽しかったのだ。
「この島には俺とお前しかいないからな」
 次の日、目を覚ました男は酒におはようと挨拶をし、我慢できずにひとくち酒を飲んでしまった。酒はもう三センチ程度しか残っていない。昼間、砂浜で船を待ったが一隻も通らなかった。男は酒と話をしながら、もうこれ以上飲まないと決意した。
「お前を飲んでしまったら、俺はひとりになってしまうからな」
 次の日、男はまたひとくち酒を飲んでしまった。酒の声はますます弱々しくなった。
「雨が降ってきましたね」
 酒が弱々しく呟いた後、すぐに雨が降り出して男は三日ぶりの水を飲んだ。このまま助けが来ないと、この島で死んでしまうだろう。あと何日生きられるかわからないが、話し相手もなく孤独に死ぬのは怖かった。今度こそ絶対に飲まないぞと、男は決意した。
「お前がいなくなったら、俺はひとりになってしまうからな」
 次の日も次の日も、男が酒を飲むことはなかった。男は衰弱して砂浜に横になっていた。
「私を飲んでください。少しは栄養になるでしょうから」
 酒が頼んでも、男は首を横に振った。
「ひとりは、嫌だ。もうお前を飲むことはできないよ」
「しかし、このままでは衰弱して…」
「飲んでひとりになるくらいなら、死ぬまで飲まない。最期まで一緒にいてくれ」
 男はそう言って涙を一筋ながした。
 突然、遠くの空でバラバラと音がして、やがて一機のヘリコプターが砂浜に着陸した。そしてヘリの入り口が開き、青い救命衣を着た救命隊員達が出てきた。
「おめでとうございます」
 隊員達は口々にそう言い、微笑みながら男を担架に乗せる。
「アルコール依存治療プログラム、無事完了しました」
「どういうことだ?なんのことなんだ?」
 戸惑う男に、隊員のひとりが答えた。
「あなたは重度のアルコール依存だったため、最終手段の治療として、この無人島プログラムを受けていたのです」
「なんだって?じゃあ、あの喋る日本酒はなんだったんだ?」
 担架の上で男が質問すると、救命隊員達はヘリの方を向いて「患者の確保完了いたしました」と叫んだ。
 隊員の視線の先に、ひとりの女が立っている。男の妻だった。その手には、黒い小型のマイクが握られている。
「私もひとりにはなりたくありません」
 砂浜でずっと一緒だった声が、妻の口から漏れた。

しゃべる酒

お読みいただきありがとうございます。
今後も鋭意執筆いたしますので、
また訪れていただければと思います。

しゃべる酒

気がついたら無人島にいた男。 隣には一升瓶。 突然、喋り始める酒。 最後にはじんと温まる愛の掌編ストーリー。

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  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-16

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