復讐という名の刃

復讐という名の刃

 古い話である。
 高校に若い男の数学の教師がいた。
奴は実に横暴な教師である。
 私が叔父の葬式で学校を休んだ際、親友から宿題が届けられた。数学のプリント一枚である。
 私は問題を解いて、次の日は学校へ行った。
級友たちが持ってきていた数学のプリントは二枚。私は一枚足りなかった。
親友曰く、
「先生が机の上にあるの、だけを持って行けと言った」
 そういう事らしかったが、私はその教師に昼の休み時間に呼び出された。
「お前、足りんじゃないか。わしは二枚宿題にしたんじゃがの! 何か言うこたぁ無いんかの?」
「お言葉ですが先生、親友はこの一枚を持って来ました。先生は机の上のものだけを持って行けと言ったそうではありませんか。どこの机の上にあった物ですか?」
「そりゃあ、教室に決まっとろうが!」
「おかしいです。皆が二枚の紙を持ってきているのを不審に思い、自分は教室中の机を探しました。しかし、そんな紙はありませんでした。自分の落ち度でも、親友の落ち度でもありません」
「さっきからピーピーピーピー……屁理屈ばっかりコネやがって! わしが悪いんか? そう言うとんじゃろ? ガキの分際で偉そうな口叩くんでねぇぞ!」
 教師は私を殴り始めた。
当時、学生である私は退学を恐れてされるがままであった。
理不尽で一方的な暴力は、他の良識ある先生方が仲裁に入るまで続いていた。
私の親友も同じような目にあった事があったらしく、私の心の内では黒よりも暗い、感情というか、衝動というか、そんな曖昧で強い物が燻っていた。
その感情にはぴったりと当てはまる名前があった。
【恨み】である。
数日の後、新聞部の発行した新聞に奴の記事が載っていた。結婚して子供が生まれたらしい。
 要するに現在、デキ婚と呼ばれるものである。
 他にも、嫁と子供の名前まで載っていて、三人が笑顔で写っている写真まであった。
私は思い立った。
復讐の刃を向けるのは、本人でなくともいいのだ。
私は奴のあらゆる個人情報を手に入れた。
次の日から、私は奴の家の郵便受けに嫌がらせの手紙を送り続けた。
その中の一つ、内容を晒してみよう。
『貴方ノ亭主ハ大変ナ浮気者デ在リマス。十三四程ノ女児ヘノ淫行ヲ繰リ返ス事数多。今日日勤メル高等学校ニオイテモ、女学生ヲ口説カントシ、夜ノ街ヘ出テハ若イ女ヲ宿へ連レ込ミ、若イ肉ヲ貪ルノデス。証拠ノ写真モ同封シテオリマス。確認サレタシ』
 私は奴によく似た男を写した偽の写真まで用意していた。
 数ヵ月後、学校に来た奴の顔からは完全に生気が抜けていた。
その理由はすぐに分かった。
奴の嫁が精神的に参ってしまい、子と共に首を吊ったのである。
私は狂気の者のごとく狂喜した。
奴の大切なものが壊れてしまうのは喜ばしい事だった。
その日、私は奴が一人になるのを待った。
誰も来る事が無いであろう、屋上での事である。
「先生、心中お察しします。察した上で自分は語ります。他人の不幸は蜜の味。あぁ、何と甘美で美味しいのでしょう。至極の甘味です。ざまあみろ。赤紙でも貰いやがれ」
「貴様ー! 許さん! 貴様があの手紙を送ったんだな、そうだろう! 殺してくれる!」
 奴が私の言葉に怒り狂う様は滑稽であった。
「他にも怪しい人間は、大勢いますがね」
 私は奴に追いつかれる前に屋上の鉄扉を閉め、階段を駆け下りた。
 奴は愚かだったのだ。
必ずしも恨みを買った本人へ刃が刺さるとは限らない。それを知らず、その上、刃の存在さえも考えなかったのだろう。
傲慢は恨みを買い、刃は傲慢の愛する者達へ突き刺さった。そして、傲慢に刃を刺すのは傲慢であった。
後日、奴が首を吊って死んだという知らせが学校へ届いた。愉快痛快である。
その日の飯は粟だったにも関わらず、大変な美味しさだったのが印象深く記憶に刻まれている。
以上が私の復讐劇である。
私に言わせれば、復讐とは至極の悦楽である。そして、何よりも甘美な果実である。
「これだけは覚えておいてほしいです。あなたが恨みを買ったとき、刃を刺されるのは必ずしもあなたではない。そして、あなたの縁故が恨みを買えば、刃を刺されるのはあなたかもしれない」
 要するに、恨みは買わない方が良い。
それは、私の人生で一番大きな教訓である

復讐という名の刃

復讐という名の刃

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-16

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