眠り姫と王様
「エドガー…?」
ドアを開けた先には、執務に追われている彼の姿があった。
「ああ、ティナ。ごめん、今は手が離せないからちょっと待っててくれないか?」
うん、と頷いてティナは部屋の中へ入り、ベッドに腰掛けた。
彼女は何をするというわけでもなくただ、エドガーの背中を眺めていた。そんなことはお構いなしにその間にも彼は黙々と仕事を続けている。
――彼が愛しているのはフィガロという国。わたしは二番目でしかない。
そんな思いが頭をかすめた。
その思いを振り切るかのように、ベッドの上に横になった。
――名前を呼んだらこっちむいてくれるかな?
でもそんな勇気はなかった。
彼は仕事中だから…いや、本当は振り返ってもらえないのがこわいから。
シーツに染み付いた彼の残り香。今はそれが唯一の拠り所。
いつ睡魔に襲われたかはわからないが、いつのまにかティナは深い眠りに落ちていった。
「ティナ、ごめんまたせたね…あれ?」
エドガーは、仕事が一段落ついてティナを見てみたが、彼女は既に眠ってしまったあとだった。
「これじゃ眠り姫だな…ま、そっとしておくか」
ティナの顔をいとおしそうに眺め、最後にこう言い残してエドガーは部屋を出ていった。
「今日は相手できなくてごめんね…ティナ」
――眩しい…
目を覚ますと朝だった。
ティナはぼんやりとした頭で状況を整理しようとした。
――…そうだ、わたしエドガーの部屋にいるんだわ。
そして彼を探そうとしたが部屋にはいなかった。
どこにいったんだろう、とティナは部屋を出た。
彼は広間にいた。ソファーで眠っている様子で、辺りに他には誰もいない。
ティナは音をたてないよう、ゆっくりと歩み寄った。
――わたしがベッドで寝たからエドガーは…
ごめんね、と彼女は呟いた。
それにしても流れるような金色の髪、長いまつげに大きい手。すべて魅力的で、吸い込まれるようで目が離せない。
特にティナが好きだったのは海のような深い碧の瞳だった。その穏やかな瞳に見つめられたくて、早く目を覚ましてほしくて…半分は引き込まれるように唇を近付けた。
…が。
「きゃあ!?」
突然腕を引っ張られ、エドガーの膝の上に乗るような形にティナは倒れこんだ。
「おはよう、ティナ」
目の前には悪戯っぽく笑うエドガーがいた。
「エドガー…起きてたの?」
「ああ、ティナの足音で目が覚めた」
昨日の疲れか、彼はまだ少し眠そうだった。
「もうっ…ずるいんだから…」
「ごめんごめん、機嫌を損ねちゃったみたいだね。どうしたら許してくれる?」
「んー…?」
暫く考えてから、ティナはこういった。
「エドガーが今日一日、仕事のことを忘れてくれたら許してあげてもいいよ!」
ね、たまにはわたしもヤキモチ妬いたっていいでしょ…?
眠り姫と王様