星騎士列伝 第二章
(2013/06/15)中世騎士物語第二章。砦の攻防戦です。
(1)
十六の月二日
第一哨戒班より報告。北方約十五里の距離にある緩衝地帯を巡回中、オルゼント軍騎兵部隊五騎と遭遇。シルベナ駐屯地軍哨戒部隊と推測される。交戦を避け、帰還する。
同月九日
敵情視察班より臨時連絡。敵シルベナ駐屯地に情勢の変化あり。約百八十の荷馬車により、物資が搬入された。積載物は不明。これは、定例の搬入量の約六十倍に相当する。
同月十一日
敵情視察班より臨時報告。敵シルベナ駐屯地の北東より、オルゼント軍現る。騎兵及び歩兵隊含めて、目測で約三千。敵主力部隊かどうかは不明。シルベナ駐屯地本隊と合流。
同月十二日
スローン駐屯地について、第四級戦闘配備が発令される。
同日
スローン駐屯地より、シュメール城塞、及びパナケア、ナムロー各駐屯地に、伝令を派遣。
同月十五日
敵地潜入班より臨時連絡。シルベナ地域ウルム街からの報告。半月内に、スローン駐屯地への攻撃が開始されるとのこと。兵数は四千から六千。なお、噂の域を出ないため、情報の精査が必要。
同月二十日
第一物見櫓が敵哨戒部隊の攻撃を受ける。敵兵数は騎兵十騎から十二騎。哨戒班は脱出し、スローン駐屯地に帰還。
同日
第二、第三物見櫓を放棄。視察班はスローン駐屯地に帰還。
十七の月一日
敵情視察班より臨時連絡。敵シルベナ駐屯地に情勢の変化あり。約三百の荷馬車により、物資が追加搬入された。内容物は不明。
同月二日
敵情視察班より臨時報告。敵シルベナ駐屯地の北西より、オルゼント軍現る。数は不明だが、目測で三千以上。観測中、敵哨戒部隊に発見されたため、交戦を避け、スローン駐屯地に帰還する。
同日
スローン駐屯地より、シュメール城塞、パナケア、ナムロー各駐屯地に伝令を派遣。
同日
スローン駐屯地について、第三級戦闘配備が発令される。索敵等警戒態勢の強化。非戦闘員は、ヴァレル寄宿舎経由にて、シュメール城塞へ退避する。
同月三日
第三哨戒班より報告。緩衝地帯巡回中、オルゼント軍現る。兵数は約一千。敵先行部隊と推測される。後続部隊の確認はできず。
同月四日
第一哨戒班より報告。ガーランド王国領内、スローン駐屯地より北方約十里の地点にて、オルゼント軍敵先行部隊を確認。さらに後続部隊を確認。兵数は、併せて約八千。さらに後続部隊が続くもよう。
同日
スローン駐屯地より、シュメール城塞、パナケア、ナムロー各駐屯地に援軍要請。
同月五日
スローン駐屯地内哨戒班より連絡。北方約三里地点にオルゼント軍現る。兵数五千以上。
同日
スローン駐屯地について、第二級戦闘配備が発令される。
同月六日
スローン駐屯地内哨戒班より連絡。北方約一里地点にてオルゼント軍主力部隊展開。兵数は約九千。
同日
オルゼント軍より宣戦布告。敵伝令騎兵よりスローン駐屯地内に矢文が投じられる。
同日
スローン駐屯地について、第一級戦闘配備が発令される。
同日 日没後――
スローン駐屯地の正門の先に展開している敵部隊の周囲には、煌々と松明が灯されおり、その先頭には鉄門を突破するための巨大な“破城槌”が不気味に照らし出されていた。
敵兵数は約九千。その大部分が歩兵部隊という報告を受け、キュラソーはこの戦いの目的が、スローン駐屯地の単独攻略にあると判断した。
この砦とともに菱形防衛地帯の拠点を担っているパナケア、ナムロー両駐屯地からは、敵部隊を確認したという報告を受けていない。それは後方に控えるシュメール城塞についても同様だった。
スローン駐屯地への攻撃そのものが囮で、駆けつけた援軍を野戦にて殲滅するという作戦も考えられたが、それにしては敵の部隊編制が偏っていると思われた。物見の報告によると、騎兵隊の数が少ないのである。さらに言うならば、九千という数では、菱形防衛地帯の兵力を圧倒するまでには至らない。各駐屯地には一千、後方のシュメール城塞には五千の軍が配備されているからだ。もちろん、後日、敵の増援部隊が現れた場合には、再考する余地があるだろう。
「ずいぶんと素直な戦略じゃないか」
そう感想を漏らしたのは、歩兵隊長のオラクルである。年齢は二十九歳で、長身痩躯の男だ。暗茶色の髪を女性のように肩まで伸ばしているが、骨ばった顎に形の良い髭を生やしており、優男には見えない。
「パナケア、ナムローからの援軍は、二十日ほどで到着する。当然、敵さんも承知している。それまでにここを落とすつもり、か。なめられたものだな」
「前回の敵兵力は六千、その前は五千。そして今回は九千。全然なめられてはいないよ。それに、どんな強固な城や砦でも、油断をすればあっさり落ちるものさ。シュメールは、今回はどうだろうね?」
こちらはいつものようにのんびりとした口調のキュラソーである。
二人はスローン駐屯地の大広場に設置されたテントの中、防衛本部にいた。テーブルの上には砦と丘の周辺の地形を表した地図があり、部隊を表す駒や小型の模型が幾つも置かれている。
「あのお坊ちゃんは……」
オラクルは顎髭をひと撫でしてから、舌打ちした。
「どうせ教本通りの対応しかできねぇだろうよ。上司に報告して決済が下りるまでは、手も足も動かさねぇ。いいとこ二十五日。遅けりゃ三十日ってとこだな」
オラクルの予想はキュラソーのものと一致した。シュメール城塞の責任者であるミラルダー軍団長は、若干二十三歳の上級騎士である。文官的な気質をもっており、何事においても規則重視で、確実な手続きを踏むことを常としていた。当然のことながら、現場の人間からはすごぶる評判が悪い。
「それまでは、孤立無援か。毎度のことながらしんどいね。援軍がきたところで、どうなることやら」
パナケア、ナムロー両駐屯地からの援軍を合計しても、千五百足らず。スローン駐屯地の兵力を併せても、二千五百。砦内に立て篭もらなければ、九千もの敵軍とは戦えないだろう。援軍のタイミングが悪ければ、最悪、各個撃破の対象にもなりかねない。
キュラソーは卓上の見取り図に置かれている破城槌の模型を見つめた。
「それでも敵としては、横やりを入れられたくはないはずだ。援軍が到着するまでの二十日以内にここを落とそうとするなら、方法は限られてくる。兵糧攻めは無理だし、降伏勧告は無意味。絡め手か、力攻めしかない」
敵の工作員が砦内に潜入している可能性については、まったくのゼロとは断言できないが、しっかりとした対策はとられていた。第一級戦闘配備中は、隊士たちは常に班単位で行動するし、それぞれの持ち場も厳密に決められている。正門の開閉を担当する班については、特に信頼のおける熟練隊士が配置されていた。
力攻めの場合は、その方法も限られてくる。包囲戦か、攻城兵器を使った空中戦か、その併用か……。
「問題は、攻撃開始の時間だな。日の出とともに攻めてくるか。それとも、攻城兵器を組み立ててからか」
そう言ってオラクルは、テントの外に視線をやった。
日はすでに沈み、月も完全に雲隠れしていた。だが、大広場内には無数の篝火がたかれており、光源に不足はなかった。緊張と不安の表情を滲ませながら、歩兵部隊の伝達班が大広場内を動き回っている。
キュラソーは難しい顔で考え込んだ。
「過去の実績から、ある程度予想をつけるしかないね。この一年間で、うちは三回も攻撃されたわけだけど、その兵数は変われど、敵軍の攻撃手法に大きな変化はなかった」
オラクルは同意した。
「馬鹿のひとつ覚えのような、全方位からの特攻だったな。まあ、前回の弓矢の嵐にはうんざりさせられたが。……おい、キュラソー。お前、今回はおとなしくしてろよ」
三か月ほど前の攻防戦では、キュラソーが壁外の様子を直接把握したいと言い張り、外壁の上でこっそり遠見硝子を覗いていたところを、物陰に潜んでいた敵の弓兵に狙われたのである。右手の包帯はすでにないが、手の甲から平にかけて丸い傷痕が残っていた。
「砦の周囲に生えていた草木は、すべて刈り取った。死角はないから大丈夫――」
そこでキュラソーは、何かを思い出したように黒髪を撫でつけた。
「……と、言いたいところだけど。リシュエルに怒られそうだから、やめておこうか」
「あのお姫さんが、怒ったりするのか?」
本気で驚く歩兵隊長に、キュラソーは教え子を自慢する教師のように反論した。
「彼女も、いつまでも子供じゃないってことさ。経験と実績を積み重ねて、自信を持ち、自分なりの考え方や方針を構築できるようになれば、自然と自己主張も増えてくる」
「あれを、子供と言い切るか……」
スローン駐屯地軍の両翼を担っているオラクル歩兵隊長とリシュエル騎兵隊長だが、実はその仲はあまりよろしくない。
半年前にリシュエルが騎兵隊長に抜擢されたとき、オラクルだけは反対しなかった。それどころか、「隊長同士、仲良くやっていこうぜ、お姫さん」と、気安く肩を組んで励ましたものだ。その瞬間、スローン一の伊達男を自称するオラクルは、リシュエルに投げ飛ばされ、無様にも尻から床に叩きつけられたのである。その時、彼を見下ろすリシュエルはまったくの無表情で、肩に落ちた葉っぱをただ払ったような目をしていたと、後日オラクルは語ったという。
「そういえば、お姫さんはどこに行った? さっきから姿が見えないが」
砦の防衛は主に歩兵隊の仕事とはいえ、騎兵隊の協力は必要になってくる。本来であれば、この防衛本部にて待機するはずだが、銀髪の女性隊士の姿はなかった。
「上にいる」
キュラソーはこともなげに言った。
「用件があるなら、アシュー中隊長に言ってくれって」
「月明かりのない夜に、敵陣が見えるのか?」
「うん。なんか、見えるみたいだね」
リシュエルがいるのは、“鐘撞きの塔”と呼ばれるこの砦で一番高い建物である。防衛本部のテントのほぼ真上に位置しており、塔から緊急の連絡が発信される場合、とある方法が使われる。
その時、テントの上に何か硬い物が落ちる音がした。次いで、石畳を叩いてから、カラカラと転がる音。
すぐさまひとりの歩兵隊がやってきて、紙につつまれた石をオラクルに渡した。紙を広げて、オラクルが素早く内容を確認する。
「砦の外壁に接近する敵影あり。三時、六時、九時方向。兵数は、それぞれ、約一千。長梯子多数。灯りはつけておらず――まじかよ」
「ほらね」
そう言ってキュラソーは、卓上の地図に、敵兵を表す黒い駒を三つ置いた。次いで、味方の歩兵を表す白の駒を幾つか配置する。
「敵は月明かりのないうちに、一気に攻めきるつもりだ。壁外に灯りがなければ、目標がつけられず、こちらから弓矢は撃てない」
そこで気づいたように、オラクルが唸る。
「向こうからはこちらが丸見え――か。おい、ベルム、仕事だぞ!」
本部の外に控える中隊長が呼ばれたその時、遥か頭上から、甲高い鐘の音が砦中に鳴り響いた。
星騎士列伝 第二章