灰かぶりの舞踏会
「はぁ……」
こんなことになるなら来なければよかったわ…とティナは深くため息をついた。
事の起こりはモブリスに届いた一通の手紙。
差出人の欄にはエドガーの名前。
文面には、フィガロで舞踏会が催されるので来て欲しい、とだけ書いてあった。そしてモブリスの子供たちに促されるがままに、フィガロへ来たはいいが……
周りは宝石やら貴金属で着飾る貴族たちでいっぱい。フィガロ国王で、招待主でもある当のエドガーは、貴婦人たちに囲まれていてとても話しかけられるような雰囲気ではなかった。
そんなわけで、ティナは逃げるように人気のないテラスへ来たのである。
どうしてエドガーは、こんな場違いのところに私を呼んだのかしら。
大広間のほうに目をやると、まだ囲まれているエドガーの姿があった。
旅をしていた頃はとても近くにいた彼は、今はとても遠くに感じる。
あの笑顔はほかの女性にも向けていたものだったの……?
優しい言葉や怖い時ぎゅっと抱きしめたことも……?
わたしだけ特別なんて、どうして思ったりしたのかしら……
「こんなところにいたのですか、シンデレラ」
聞き覚えのある懐かしい声。
低くやわらかなこの声で呼ばれて喜ばない女性はいないだろう。
「エドガー……」
いつもなら真っ先に飛びつくティナだが、今はとてもそんな気にはなれなかった。
「予想外に婦人たちとの話に手間取って…待たせてしまったようだね」
そう言ってエドガーはティナの翡翠色に輝く髪に触れ、梳くように軽くなでた。
「……」
ティナは目を合わせようとはしない。
「そうだ、広間に行って一緒に踊ろう、ティナ」
そう言ってエドガーはティナの手をとろうとしたが、
ティナはそれを振り払った。
「ティナ……?」
らしくもない先ほどからのティナの態度に、エドガーは驚いた表情を見せた。
「待たせたことを怒ってるのならすまな……」
「違うの」
何でこんなに心臓がドキドキするのかしら……
「私、あなたと一緒には踊れない」
こんなこと言いにここまで来たわけじゃないのに…
ティナは泣きそうになるのを堪えながら言った。
「どういうことだ?」
「あなたとは釣り合わないのよ、わたし。貴族でもないし綺麗じゃないし……」
そう言い終わる前にエドガーはティナを抱きよせていた。
「エドガー離して……」
相変わらず目を合わせようとはせず、ティナは抵抗した。
「本気でそんなこと言ってるのか?ティナ、私にとって君は特別なんだ」
ひと呼吸おくと、今度は彼女を真正面から見据えるような形でエドガーは言う。
「聞いて欲しいことがあるんだ」
そう言って彼が取り出したのは小さな箱だった。
開いてごらん、と言われるがままに開けてみると、そこに入っていたのはひとつの指輪。
――指輪は大切な人にプレゼントするものなのよ。
セリスに昔そんなことを教わったっけ。
じゃあこれってもしかして……?
「その…ティナ、君にこの国の…私の后になって欲しいんだ」
えっ、と突然の事に彼女は小さく息を呑んだ。
「ああ、もちろん今すぐじゃなくていいんだ。モブリズのこともあるだろうし……」
らしくなく彼は緊張しているみたいで、そんな姿を見るのはティナは初めてだった。
「ふふっ」
さっきまでのぎこちない雰囲気はどこへやら、ティナの顔から思わず笑みが零れた。
「ど、どうしたんだ……?」
「ううん、ただエドガーが面白いなって」
「私だって本気なんだ」
彼女のからかい半分な言葉に、エドガーはちょっとむっとした表情をしてみせた。
「それより…本当にわたしなんかでいいの?」
どこか不安げな眼差しで彼女は言った。
「ああ、だからさっき言っただろう。君は私にとって特別なんだ。君と一緒にいれば何もかもが上手くいく、そんな気がするんだ」
「本当?」
とたんに嬉しそうな顔にぱっと変わる。彼女のくるくる変わる表情はこちらも見ていて飽きないものだ、とエドガーはつくづく思う。
「ああ」
「ホントに本当?」
次は悪戯っぽい顔。
「本当さ」
「本当…に?」
「不安なら何度でも誓おう。ティナ、ずっと私の傍にいて欲しい」
「わたし……」
ティナの瞳にはもう曇りはなかった。
「ありがとう、エドガー。わたしも決心ができました」
彼の方といえば、ゴクリ、と固唾を呑んで答えを待っていた。
「わたしも…あなたとずっと一緒にいたい…后となってあなたを支えていきたいです、エドガー……」
「ティナ……!」
「きゃっ!?」
感極まって思わずティナに抱きつくエドガー。
「本当に?」
「ええ、私も本気よ?」
腕の中から見上げるように彼女は答えた。
「夢…じゃないよな……?」
「じゃあ確かめてみる?」
そう言ってティナはエドガーの頬に手を伸ばした。
「痛っ!」
「ほら」
いつの間にか二人の間に笑顔が戻っていた。そう、あの頃のように……
「そうだ、ティナ、一緒に踊ろう!」
「え、わ、わたしダンスなんて……」
「大丈夫だって。さ、早く早く」
手を掴んだままエドガーは歩き出し、ティナはそれに引っ張られるようにして二人は大広間へとやってきた。
「エドガーもしかしてお酒……?」
よく見ると彼の顔は赤かった。今になって酔いがまわってきたのだろうか。
「ここにお集まりの皆様、聞いてもらいたいことがある!」
大広間に来てエドガーは、城の隅々まで響き渡りそうな声でいきなり叫びだした。もちろんそこにいた招待客全てが振り向いたわけだが……
「私、フィガロ国王であるエドガー・ロニ・フィガロは、ただ今を以って隣のこの女性、ティナ・ブランフォードと婚約するのを宣言する!」
「え、エドガー?!」
いきなりの爆弾発言に皆がポカンとするのは当然というべきか。
ティナといえば注目される恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「さあ、ティナ。今夜は夜が明けるまで踊り明かそう!」
灰かぶりの舞踏会