Clover 中

Clover上 の続きですね。
カエ達が離れ離れになった所でこのClover中 に
入っていきます。

では、今回もよろしくお願いします。

Ⅳ 初戦~親友~

 梅雨が明けて、からりと晴れた7月の朝。
「おい、カエ。いい加減に起きろ」
「う…うん…」
 ハルに叩き起こされ、ねむけまなこで朝の部屋点呼に行く。
着替えて朝飯に向かう時も半開きの目でいたら、いきなりデコピンを
喰らった。ハルの指が私のデコから離れる。
「痛っ!いきなり何すんのさぁ!?」
「シャキッとしろよ!忘れたのか!?…今日、初陣だぞ。」
「あ…」
 すっかり忘れてた。それどころか、実感や緊張感すら起きない。
 食堂に行くと、いつもは騒がしい場所なのに、誰1人として
会話していなかった。ただ食器と食器が重なったりぶつかったりする音だけが
広い空間に鳴り響く。
「…」
 私とハルも無言で朝飯を受け取り、あいている席に座る。
ふと周りを見れば、手が震えている人、顔色が真っ白に近い人、
肩に余計な力が入っている人がいた。
 食堂内に、緊張感と不安が満ちていて、それが皆に伝染している。
そりゃ、そうか。いくら訓練で、戦闘の経験があるにしても、
訓練は訓練だもんね。
 本当の戦場は、今日が全員初めてのはずだ。

           *

 朝食を終えて、すぐに隊別にブリーフィングがある。手早く朝飯を食べ、
ハルと軽く拳をぶつけてからそれぞれの場所へ向かった。
 所々が崩れかかっている校舎を歩き、講義室32へ。
すでに何人かの仲間が席に着いていて、教卓の方に、金髪を後ろで一つに
まとめた、軍服姿の美人がいた。茜色の瞳が、私達一人一人を
値踏みする視線で教室を見回している。
 知り合いが1人もいないので、端っこの席に静かに座る。確か、
この15小隊は、ほとんどが上級生で構成されていて、私が一番の
最年少…らしい。ハル情報だ。
 …やがて、40人全員が揃い、軍服の美人が口を開いた。
「はじめまして。ヒナタ王国国王軍のレスカです。
これから、指揮隊長として皆さん戦闘隊 15小隊に所属します。
よろしくお願いしますね」
 凛としていて、張りのある声。全員が無言で敬礼をした。
「じゃ、堅苦しい挨拶はここまでにして、本題に入る。
本日の作戦内容を伝えるから、しっかり聞いていて」
 ブリーフィングに入った途端、教室内の空気が変わった。
 食堂に漂っていた不安が混ざった緊張ではなく、冷たい、
澄んだ緊張感。
 直感で、これが戦闘時の緊張感だと思った。きっとこれから
幾度も感じることになるであろう空気。
 それをまざまざと見せつけられている間に、ブリーフィングが
終わった。
「では、これより各自速やかに戦闘服に着替えてください。五分以内。
そのあと、一回ここに集まって、作戦展開地に移動。二時間位で着くわ。
すぐに作戦通りのポジションに付いて。OKね?…じゃ、解散」
 ガタガタとイスから立ち上がる音が重なり合い、それぞれ荷物を持って
教室を出て行った。私も遅れないように、訓練速度で歩いて移動。
 初めての実戦に、気を張りつめながら。
        
             *

 更衣室で、規定の戦闘服に着替える。
 朱のフード付ポンチョ、特殊繊維のインナー、女子専用の白い
スカート、黒の生地に紅のラインが入ったスパッツ、
伸縮性ブーツ。
 …全て、戦闘に特化された、戦闘だけに使われるもの。
 フードを目深に被り、己の武器を装備する。私の場合は、
両肩に背負うように双剣を装備した。
 覚悟は決めた。あの約束の夜から、ずっと。
「…行くか」
 教室に戻ると、半分くらいの人が戻っていた。残りの人も、
すぐに戻ってきた。
 全員が揃ったのを確認してから、レスカ隊長は出発宣言をする。
「では、戦闘隊の 15小隊、展開地へ出発」
 無言で歩き出し、日が高くなり始めた空を見上げつつ、皆についていった。
 そっと、右手首に着けているブレスレットを触る。
もう一つの、クローバーのブレスレットを持っている相手を
思いながら。
「…ナナ」
 お願いだから、今日の戦闘、無事でいて…?

            *

 目的地に着いた。すぐに無線の確認をして、全員が自分のポジションに向かう。
私達の作戦は、敵の支部を制圧すること。今、《セルナ》という比較的小さな街を
取り囲んでいる最中だ。この平和そうな街は、ほとんど反乱軍によって占拠されている。
住人はもちろんいない。
 この先にある戦場は、生きるか死ぬか。二つの選択肢しかない。
 壁の陰に隠れながら街の様子をうかがっていると、無線がノイズを立てた。
レスカ隊長からの通信だ。
『…そろそろ全員、ポジションOK?カウントするわよ。ファイブカウント。
…4 、3、2、』
 1は己で数え。
「…はぁぁあ!」
 気合いの掛け声を上げながら、街中に身を投じた。最初の二分くらいは
誰にも会わない。しかし、遠くから銃声や破壊音が届いてくるので、
別の場所ではもう始まっているのだろう。肩の双剣を抜き放ち、油断無く
周囲を警戒。と。
「!」
 曲がり角の向こう25メートル。二つの戦闘服姿を見つけた。私たちとは
デザインが同じの、藍の色違いの戦闘服。体つきからして、男。
 向こうも気付いたらしく、槍と剣をそれぞれ構えて走ってきた。
何の乱れもない、戦闘速度の足音が迫ってくる。
「くっ…」
 マズいことに、敵は聖ヒナタ学園の生徒ではなく、普通の軍人らしい。動きが
私達と違い、洗練されているのが分かった。
 槍兵が飛び込んできて、それを前に出ることでかわす。左の剣をふるったが、
空振り。伸びきった左腕側から剣の敵がくる。
「…!」
 身を低くして、横っ飛びで攻撃をかわした。牽制として右の剣を
横薙ぎに振るって距離を稼ぐ。しかし、3メートルの間を埋めるように
槍兵が攻撃を伸ばしてくる。足で穂先を蹴り上げて軌道をずらし、
半ば無理やり双剣の一つを相手に投げつけた。穂先を蹴られてバランスを崩した
槍兵の右肩に、深く長い切り傷が作られる。1人、処理完了。
「…っ」
 槍兵が素早く後ろに下がり、もう1人の味方にあとを任せる。
 剣の兵が目深に被っているフードの下から、氷の様に凍てついた
眼差しを向けてきた。高速の兜割りが繰り出されてくる。
「くぅ…!!」
 後ろに飛び退いてかわそうとしたが、出遅れた左足が間に合わなかった。
鋭い切っ先に、太腿から膝頭近くまでを傷つけられる。
鮮血が地面に落ちる。
「ぅ、あ!」
 思わずこけてしまい、そこに容赦ない攻撃が振り下ろされてきた。
右に転がってかわし、投げつけてそのままだった双剣の片割れを回収。
痛みに歯を食いしばりながら立ち上がり、迫ってきた敵の懐に入り込む。
「…っ!」
 驚愕の表情を浮かべた剣の兵に対し、横に薙いだ双剣が彼の腹部を裂いた。
低いうなり声の様な悲鳴を上げて、剣の兵が倒れた。血がすぐに地面にたまり、
鉄に近い血臭が鼻をつく。
「ハァッ…ハァッ…」
 一気に力が抜けて、汗が一斉に吹き出す。片膝をつき、肩で息をしているのを
自覚して、今の戦闘が相当な緊張下にあったのを理解する。
 一個でも攻撃を上手くかわせてなかったら、こんな負傷じゃ済まなかった。
その事実を心に刻み込み、足の傷に治癒呪文をかける。痛みは
疼いているけど、傷はとじ合わせられた。出血の心配はない。
「…行く、か」
 双剣を構え直し、再び街の中を駆けはじめた。
 
 昼下がりの太陽が、全ての戦闘を見下ろす。

           *

 作戦開始から、約2時間が経過。
 返り血を顔のあちこちにつけながら、街中を駆け回る。
すでに、身体には戦闘で出来た切り傷や擦り傷が幾つも付いている。
それと同じくらいの数の敵も倒した。その中には、かつての友達もいた。
何の躊躇もなく斬り伏せて、斬り伏せた自分に驚いた。
  悲しいことに、斬り伏せた友達は、全員洗脳薬で記憶を
ねじ曲げられていた。
「ハア…ハア…」
 ふと、手首のブレスレットを見ると、信じられないことに無傷で血も
つかないまま存在していた。まるで、ナナの無事を伝えてくれているみたいな…。
「…無事、だよね?」
 問いかけても、答えは帰ってこない。祈っているしか出来ない。
せめて、同じ戦場じゃないといい。
「っ、と」
 曲がり角の先に、幾人もの敵影を見つけ、反射的に物陰に隠れる。
あっちが気付いたのかは分からない。けど、足音もしないし、何の魔法攻撃もない。
大丈夫だったのかな…?
 確認のため、そっと物陰から顔を出してみると、
「っ!!!」
 右の頬を、何かがかすった。浅く皮が切れて、熱い痛みを伝えてくる。
慌てて顔を引っ込めたが、隠れていた木箱はその何かによって、
粉々にされてしまった。あっという間に銃弾の嵐に巻き込まれかける。
「ちっ…!」
 舌打ちをして横に飛び退く。双剣を盾代わりに素早く後ろへ下がり、
曲がり角へと逃げ込む。一気に荒くなった息を整えていると、飛んできていた
何かも止まった。状況を整理するために、慎重に左の双剣の切っ先を
曲がり角の先に出す。鏡代わりにした切っ先が映し出したのは、
青の戦闘服だった。悲しいことに、20人編成だ。銃器類を持っていないから
飛んできていた何かは、魔法によるものだろう。予想からして、
水の小さな粒。高速で飛ばせば、水だって物を斬る。
 ともあれ、この状況をどうするか。今は私が出てくるのを待っていてくれてるが、
あまり長いとあっちから来てしまう。それは勘弁願いたい。
 目をすがめて、双剣の切っ先が映す敵影を観察する。…ん?
「あれ…?」
 敵影のひとり、若い女の戦闘服。その右手首に、ブレスレットがあった。よく見れば、
四つ葉のクローバーのチャームが付いている。
 と、その女のフードが風にあおられて本人の素顔を晒した。
思わず息を飲む。
 私の親友、ナナその人だった。
          
            *

 剣を落としかけたが、慌てて掴み直し、心拍数の上がった左胸をおさえる。
…お、落ち着け私。まだ、大丈夫。何かが大丈夫。
 思考回路が散乱していたけど、何とか次にとるべき行動を考えついた。
深呼吸をして、息を整える。よし、行ける。行こう。
双剣を肩に納めて、曲がり角を飛び出す。それと同時に魔法攻撃が再開。水の粒が無数に
飛んでくる。それらを身を低くしてかわし、右の拳を地面に叩きつける。
即座に魔法を詠唱する。
「”炎よ、地を走れ”!」
 叩きつけた地面から炎があがり、反乱兵に向かって真っ直ぐに地面を走っていった。
彼らの鼻先で炎の壁がそびえ立つ。
「消火!急げ!」
 指揮官らしき人物が水系魔法を詠唱し、目の前の火を消そうとする。
私はその間に反乱兵達の後ろに回り込み、目当ての子を担ぎ上げた。彼女が必死に
抵抗する。
「は、離して!誰!?」
「静かにして、ナナ。バレちゃうじゃん」
 いたずらっぽく笑いながらそう言うと、間が抜けた様にナナが大人しくなった。
速度を上げて走り、路地裏の階段の踊場まで彼女を連れ出した。そっと地面にナナを下ろす。
「さて、…久しぶり、ナナ」
「…カエ、久しぶりっ!」
 涙目で互いに抱きつき、存在を確かめる。フードを外して、素顔を晒す。
一度体をはなし、顔を合わせた。照れたようにナナが笑う。
「良かった…カエ…。無事だったんだね」
「ん?私を誰だと思ってるのさ。ルビー寮じゃ学年一位の実技成績のカエだよ?」
「フフ、…そうだったよね」
 そこまで話して、とりあえず周囲を確認した。私達聖ヒナタ学園生徒は、全員洗脳薬に
よって記憶をねじ曲げられている、となっているから、こうして談笑しているのを
誰かに発見されたらかなりヤバい。確実に反逆罪だ。
ひとまず安全を確認した。ホッと一息つき、再びナナと向き直る。
「そっち、サファイア寮の皆は元気?」
「うん、今日の朝を除けば皆いつも通りだよ。ルビーは?やっぱりクロアとケンカしてんの?」
「あはは…ま、うん。そんな感じ」
 遠くで爆撃の音や金属同士がぶつかり合う高い音が響いていたけど、私達のいる
踊場は、そんなものを存在させていなかった。
 少しの間、互いの方の状況を伝え合い、和やかな雰囲気が私達を包み込む。
ふと、私の方の無線が受信ランプを輝かせた。相手は、レスカ隊長。
『カエ?どこにいるの?さっきから誰にも目撃されてないみたいだけど』
「あ。」
 苦笑しながらナナを見ると、彼女は少し寂しそうに笑いながら頷いてくれた。
そろそろ、戻る頃合いだ。適当に理由をつけて戻ろう。
そう思い、無線の送信スイッチを押して口を開きかけたとき。
「…!カエ!!」
「へ?」
 いきなりナナに突き飛ばされ、思い切り壁に背中を打ちつけた。受け身を取れず、
痛みにうめく。
「いったぁ…なに、ナナ…?」
 しゃがみこんだ態勢から、彼女を見上げる、と。
「…、‥、-、え?」
 ナナは私に背を向けて立っていた。若干身を低くしていて、
 
槍の穂先が彼女の左胸を貫いていた。
 
 何が起こっているのか理解が追いつかず、追いつかない間に穂先が引き抜かれていく。
そして、ナナはゆっくりと崩れ倒れた。ドサッという音と、土埃が軽く立ち上った光景で
ようやく状況が飲み込めた。それと同時に感情も洪水の様に溢れ出す。
「…ナナァァァァァ!!!!!!!」
 絶叫し、彼女の傷口を確認する。すぐにでも治癒魔法を唱えて止血しなくちゃ
いけない。血が流れていく。のんびりしている暇はない。早く、唱えなきゃ。
 頭ではそう理解していたのに、私の唇は、魔法を紡ぎ出す事なく
震えているだけだった。指はただ弱々しくナナの傷口に触れているだけだった。
 ナナからは、何の反応もない。呼吸音すら危うかった。
「ナナぁ…!」
「…へーぇ?そこの裏切り者、ナナって名前なんだ?」
 真後ろから、ハスキーな女の声が私に呼びかける。嘲笑う様な声色に、私は敵意を
覚えた。すぐに肩の双剣に指をかけて、後ろを振り向く。
 反乱兵の指揮官服を着た、薄紫の髪の女が、血を滴らせた槍を肩に担いで立っていた。
茜色の瞳が、殺意を込めて私を見据えている。
 …コイツが、ナナを?
「…誰よ、アンタ。」
「ん?アタシ?アタシは反乱軍戦闘部隊総隊長のレットよ、
以後よろしく。…って言っても、以後なんてあなたにはないけどねぇ」
 そう言うと、レットは槍を構えた。それとほぼ同時に肩から双剣を
抜き放ち、
「それはコッチの台詞だよ!!!」
 力任せに刃を叩きつけた。が、軽やかな動きでかわされる。
あまりにも軽い動きだったので、力を入れすぎていた私は、
前につんのめった。
「なっ…」
「あーら、つまんないわねぇ。手応えなさ過ぎ」
 鼻で笑った音がして、レットは素早く私の背後に
まわった。反応する間もなく、回し蹴りが私の左わき腹を打つ。
自分の身体が宙に浮き、階段の下に投げ出されたのをかろうじて
理解した。数段下の地面に落ちて、双剣もそこらへんに落ちる。
「う、あ…」
 なかなか起き上がれず、呻いていると、レットが不自然な位
ゆっくりと階段を降りてきた。かろうじて顔をうつ伏せの状態から
上げると、彼女は黒く笑って、
「あハ。何よ?アンタ友達の敵討ちすら満足に出来ないの?可哀想な子」
「…!」
 体が燃え上がるような怒りがこみ上げてきて、すぐに転がっていた双剣の
位置を確認する。感情任せに身体を動かして、双剣を取りにいこうとしたら、
「させないわよ♡」
「うあぁ!」
 レットが高速で攻撃してきて、自分の武器へと伸ばしていた右腕を
斬りつけられた。なお諦めずに取ろうとしたら、双剣は遠くへと
蹴られ、完全に反撃のチャンスを奪われる。
 退きながら、レットを見ると、彼女は嘲笑って槍を振り上げた。
「じゃぁね♡」
 風を切る音がして、レットの槍が私の首めがけて突き出されてくる。
涙で視界が揺らぎ、全てがスローモーションに見える
 …ごめん、ナナ。私、何も出来なかった。何一つ反撃出来なかった。
やり返せなくて、ごめんね…?
 目をそっと瞑って、最期の攻撃に観念した時。
 いきなり金属音が目の前で爆発して、レットの舌打ちが聞こえた。
瞑りかけていた目をあける。
レットが私から距離を取って槍を構え直し、階段上を睨みつけていた。その
視線を追ってみると、階段の一番上に弓を携えている、
「レスカ、隊長…?」
「カエ…。一応、無事でよかった」
 ホッとしたように隊長は表情を緩め、しかしすぐに引き締めた。背中から矢を一本
取り出し、弦にあてがっている。鋭い視線の延長線上は、レット。
 レットは、すでに私のことなど忘れ去ったかの様にこちらを見ていない。
ただひたすら、隊長をねめつけている。
「…レスカ、ですってぇ?」
 小声でそう呟いたのは聞こえた。怪訝に思っていると、レスカ隊長が私を
一瞥もせずに指示を出した。
「カエ…、踊場にいた反乱兵の女の子、応急処置の治癒魔法かけて私の後ろの
物陰に移動させた。そばに行ってやりなさい」
「は、はい…」
 弱々しく敬礼して、何とか立ち上がる。よろめきながら歩いて階段を
登っている間、レットは何もしてこなかった。
 
           *

 カエが反乱兵の少女の下に行ったのを確認し、ゆっくりと階段を降りていく。
それと合わせた動きで、レットが槍を構えながら歩んでくる。
 距離八メートル。そこで相対し、先に言葉を発したのはレットだった。
「レスカ…ふーん。レスカ、久しぶりね」
「変わってないわね、レット…」
 数ヶ月ぶりにも関わらず、彼女は何一つ変化がなかった。
彼女は、相変わらず見たもの全てが凍てつく眼差しで、私をみている。
「ねぇ、レット。今からでも遅くないの、こっちに…「戻らないって、
散々伝えたじゃない。今更なのよ」
 そう言い、ヒュッと風を切る音をたてて槍をしごいている。
私が言葉を迷っていると、嘲笑の気配と共に言ってきた。
「レスカだってそうでしょ?今更反乱軍に入って~って言われて入る?
違うわよね?つまり、そういうことなのよ」
「…ねぇ、あの女の子を刺したのは、何で?」
 問うてみると、レットはつまらなそうにため息をついて、
「あぁ、ナナって奴のこと?ホントはあれ、もう1人の茶髪の女の子を
狙ってたのにさぁ、あいつがいきなり庇って、ね。どっちにしろ、国王軍側の
人間と仲良く喋っていたみたいだったからね…裏切り者は処分、よ。」
 レットの言う茶髪の女の子とは、カエのことだろう。反乱兵の少女と仲良く
一緒にいた、という時点の疑惑が、喋っていたみたいという情報で確信に変わる。
つまり、カエと少女には、洗脳薬が効いていない、という事実が。
「…もう一度、洗脳薬を打てば済む話だっただろうに…」
「…っ。だから姉さんとは別の道を選んだんだ。そんな甘い考えじゃない」
 久しぶりに姉さんと呼ばれ、懐かしさが生まれたが、今はもうそう簡単に
呼ばれないのだと気付き、胸が痛んだ。

            *

「ナナぁ…!」
 彼女の右脇にひざまずき、その名を呼ぶ。左胸の傷はレスカ隊長による
応急治癒魔法によって塞がれているけど、血だまりが異常なくらい地面に
広がっていた。何度か呼びかけると、ナナはうっすらと目を開けてくれた。
そして、焦点を私に合わせると、柔らかに微笑んだ。
「カ、エ…。大丈夫…?」
「私は大丈夫だよ…っ。大丈夫だから、ナナ、しっかりして…」
 …青白い顔して、何で私の無事なんか心配するんだよ。そう言いたかったけど、
この傷を負わせたのは、私。
 涙が、ナナの血だまりの中に落ちていく。ナナは優しく笑いながら、私の頭に
手を伸ばした。震えているその手で、柔らかく撫でてくる。
「カエ…?泣かないで?」
 駄々をこねる様に首を横に振って、彼女のもう片方の手を掴む。
「イヤだよ…お願い、ナナ…死なないで…!」
  そう懇願しても、彼女は微笑んだまま、ゆるゆると首を振った。
まるで、もう無理だって伝えているみたいで。
でも…。
「お願い…!!」
「…ごめんね、カエ。…私、カエと、親友…に、なれて、良かったよ…。
…、ありが…とぉ…」
 ナナは、微笑みを絶やさないまま、徐々に瞳の光を失わせていき…
やがて、彼女の手が私の頭から滑り落ちた。クローバーのブレスレットが
ナナの細い手首から抜けて、血だまりの中に沈む。
「…ナナ?」
 そう呼びかけても、今度こそ返事がなくて。
 ただ静かに、彼女は微笑んだまま、目を閉じて永遠(とわ)の眠りについていた。

           *

「では、後方支援隊は撤収。各自学園に戻り次第、デブリーフィングに
参加せよ」
「ハッ!」
 全員で隊長に敬礼し、制圧したばかりの《セルナ》の街を駆けて
学園へと向かう。その途中、路地裏の階段で、茶髪のショートカットが
しゃがみ込んでいるのをみつけた。声をかけようと思い、皆の流れから
離れて階段に近づく。
「カエ…」
 しかし、その言葉は続かなかった。なぜなら、
「…ナナぁ」
 彼女の泣き声が聞こえたから。
 どうすればいいのか分からずに、オレはただ静かに彼女の
数メートル後ろに立ち尽くしていた。嗚咽混じりに
誰かの名を呼ぶカエの声を、聞くしか出来なかった。



   反乱軍拠点同時制圧作戦、終了。
  死者数、両軍合わせ三千五百八十一人。
  これにより、反乱軍は拠点を3つ失い、
  大きな損害を出したことになった。



 雨が静かに降り出し、全ての戦場を洗い流す。

Ⅴ 悲しみの間に

 
 …反乱軍拠点同時制圧作戦から一週間。

 ささやかに降り注ぐ雨の下。
 寮の屋上ドアの鍵を無理やり壊して、私は夜の雨雲を見つめた。
何か理由があってここに来たわけではなく、ただなんとなく、
雨に濡れたくなっただけ。
 部屋着のオレンジのワンピースに、戦闘用の伸縮性ブーツ(意外に履き心地がいい)を
履いたまま、屋上の真ん中に座り込む。空を見上げても星なんか
見えるはずもなくて、少しだけ冷たい雨粒が私を洗い流していく。
 しばらくボーッとしていると、不意にドアが開いた。ハルとクロアが
やってくる。
「…カエ、鍵壊して入ったのか?ノスル先生に説教喰らうぞ」
「…ん、そだね」
「……。なぁ、カエ。お前どうしちゃったんだよ。ハルとずっと見てたけど、
ここ一週間ろくに元気ないし訓練も覇気がないし食欲なさそうだし…。
この間の作戦からずっと。何があったんだ?」
「…別に、何もないよ。少し疲れてるだけ」
 2人が心配してくれているのは分かる。けど、言えない。
 私が元気ない訳も、クローバーのブレスレットが二本に増えている訳も。
「…クロア、ウチは一回外すから」
「あぁ」
 ハルとクロアの小声のやり取りの後、彼女は屋上を出て行って、
クロアは私の隣にあぐらをかいて座った。頭にそっとタオルがかけられる。
「む。何よ」
「雨除けのタオルだ。お前これ以上濡れたら流石に風邪引くぞ。いくら
元気なだけが取り柄だからって」
「ひっどい言い草…。…でも、ありがと」
 ありがたくかぶらせてもらい、再び空を見上げる。雨雲が少しずつ
薄くなっていくのが見える。
「…なぁ、カエ」
「んー?」
「…拠点同時制圧作戦の時、お前、ナナって言いながら泣いてたろ」
 その名を出され、自分でも情けないくらいに肩が跳ね上がった。
精一杯低い声を出して問うてみる。
「…聞いてたの?」
「あぁ、わりぃな。後ろからちょっと聞いてたんだ。…それでな?」
 一拍、間がおかれて、
「オレ達がナナのことを覚えてないとでも思ったか?」
「…え?」
 …今、彼は何て言った?ナナのことを…?
「お、覚えてるの?」
「あぁ、もちろん」
「…ナナの髪型と瞳の色は?」
「黒髪のポニーテールでくすんだ青の瞳、だろ」
「……洗脳薬、は?」
「”防衛術・防衛魔術”の教科書の自己防衛魔法で防いだ」
 完璧だった。
 私以外にも、かつての友達の記憶をねじ曲げられていない奴がいた。
 私とナナ以外にも…。
「って、何でそんな大事なこと今まで言わなかったのさ」
「だってなぁ。普通はそのまま洗脳されてるし、明らかに洗脳されている奴の
方が人数が多かった。ちゃんと覚えてるのは、全体の約2割って、所だな。それでも
多く見積もってる。だから、確証がとれるまでは迂闊に言えなかったんだよ。
悪かったな」
「あ、…謝る事じゃないでしょ。そんな細かい所まで見てたんだし」
「いや、ごめん。謝らなきゃいけない」
 首を傾げると、クロアは情けなさそうに笑い、
「お前は、本当にあの時まで分からなかったんだ。洗脳されてるのか否なのか。
一番付き合いが古くて、ずっと見てきた筈なのに、戦場で泣いてるのを見るまで
気付けなかった。…分かってたら、お前が泣く必要もなかったかもしれないのに」
「クロア…」
 きっと、彼が居たとしても、ナナの結果は変わらなかっただろう。私達よりも
遥かに強くて恐ろしい存在だったレット。アイツが反乱軍の副リーダーなのに、
私達がかなうわけない。しかも、もしリーダーとなったら…確実に命はない。
「…なぁ、カエ。聞いて良いか?…ナナに、何があったんだ?」
「ナナは…」
 そっと、クローバーのブレスレットに触れる。一つは私の。もう一つは、彼女の。
「…ナナは、私を庇って死んだよ。助けてくれたのに…、私は、アイツを殺せなかった」
「…そうか」
 しばらく沈黙が沈み込み、かすかになってきた雨音だけが鼓膜を揺らす。
 ふと、クロアが私の頭に手を乗せてきた。少し驚いて顔を向けると、彼は遠慮がちに
撫でてきた。柔らかに撫でてくる、クロアの大きな暖かい手。
「な…何?」
「いや…何となく、こうするシチュエーションかなぁ、と」
「何となくって…」
 ああ、でも私、ナナにしょっちゅう撫でられてたんだっけ。コレは、
その代わり、という彼の気遣いだろうか。
 クスリと笑うと、クロアも珍しく優しげな笑顔を作った。
「ありがとう、クロア」
「何がだよ。お前に礼を言われるようなことをした覚えはない」
「ううん、してくれたよ。…ありがと」
「…気にすんな」
 そう言って、彼は不自然に顔を逸らした。照れたのかな…
撫でてくるくせに。
 ニコニコしながら撫でられるがままになっていると、
「…おーい、お二人さん。うちらなんか呼び出しを…」
 屋上ドアを開けてハルが入ってきた。そして動きを止める。怪訝に思って
今の状況を整理してみる。…あ。
「わ、悪かったな!邪魔しちまって!もう少し2人でいろよ、な!?」
「いやいやいやいや、ハル、ちょい待ち!変な誤解してるよ!?」
「そ、そうだぞ!何だか知らんが行くな!余計な誤解したまま!」
 必死になって止めるけど、クロアがそう言うと何かムカつく。
素早く出て行こうとしていたハルは、不安そうに私達を見て、
「…ほ、本当に大丈夫だな?用件言ってもいいよな?な?」
 とたずねてきた。
「大丈夫。で、私達に何の呼び出しがかかったの?」
「あぁ、それがだな…」
 ハルは心底面倒くさそうに顔をしかめながら、その用件を言った。
「…学園長からだよ、呼び出しは。どうやら洗脳薬が利いてないのがバレたらしい」

             *

 この廃校舎にも比較的豪奢な造りの学園長室がある。
 そしてそこに、私達三人は呼び出され、苛立った様子の学園長が目の前に座していた。
立ち位置的には、学園長から見て右がクロア、左がハル、二人の真ん中に私。他には、
ドア付近にノスル先生とムツキ先生が立っていた。2人は無表情でいる。
 開口一番は学園長だった。
「…君達は、ここに来たときに射たれた薬、つまり洗脳薬が利いていないね?」
「それがどうかいたしましたか?」
 皮肉っぽく、挑発の意を込めてハルが答える。案の定、学園長は更に苛立った
みたいで、口調を荒げて言ってきた。
「どうもこうも、なぜ利いていない!?大方、自己防衛魔法を使ったのだろうが、あれを
学習するのは、高等部三年で、しかも防衛術・防衛魔術を専攻する者だけだ。
…なぜ、これを知った?」
 これには、クロアが応答する。
「…フツーに、教科書の隅っこにちっちゃく載ってましたよ。なんなら持ってきて確認
しましょうか?」
「では問うぞ。誰がこの存在を教えた?一般生徒、その中でも勤勉と言われるものでも
この魔法の存在を知るのはほぼ皆無だ。…そこまで勤勉とも言えない君達が、どうやってこの魔法を知ったのだ?」  
 …えーと。
「…あの、それ聞いてどうすんですか。私達が退学になるんですか?」
「答えを言」
「言って、何になるの?何か問題でも?」
 誰が教えた、という答えはノスル先生だ。先生の示唆がなければ、私達も簡単に洗脳
されていた。なぜ示唆したのかは分からないが、
「とにかく、別に、洗脳されてないからって支障があるわけでもないでしょうに。
…こんなん聞いて、どうする気です?」
 学園長はしばらく呆然としたように黙り…冷たい、絶対零度の視線を私達に送ってきた。背中に悪寒が走る。
「場合によっては、君らは、国外追放…否、多分、ほぼ一生を軍によって幽閉されることとなる」
「なっ…!?」
 流石に、三人そろって息をのむ。何で、そこまで大袈裟な処分になるの…?
「どういうことだよ、学園長!」
「言葉使いは?」
「どーゆーことでありましょーかがくえんちょうどの!?」
 ハルが棒読みで、けれど声には苛立ちを込めて学園長を問い詰める。
学園長本人は、先程までの態度が嘘だったかのように、冷静な眼差しで私達を見つめていた。落ち着いた口調で、彼は答える。
「いいか?…他の国には、この内戦は、軍から反乱者が出たのではなく、
学生運動から起こった小競り合いが、軍の一部を巻き込んで大きくなった、ということにしている。今、このヒナタ王国はな、他の国からの投資が減ってきているのだ。
ここにきて更に軍からの反乱者が内戦を起こしたと知れたら…間違いなく、投資はなくなる。だから、本当のことを知っているのは一部の者だけでいい。後のものは、このシナリオ通りのことを信じてくれればいい、と国が決定したのだ。…だが」
 ギロリ、と言う擬音は、まさしくこういう視線の送り方を言うのだろう。学園長は、
何の感情も含んでいない目を向けてきて、
「君らの様に、洗脳薬を上手く回避したものがいる。国にとっては大事だ。バラされてしまっては困るからな」
「…っ!!」
 なんだ、その理由は。私達は、何のために、記憶をねじ曲げられた友を斬り伏せた?
「…じゃ、学園長。問います。…答を言ったとして、その人も、処分ですか?」
「無論だな」
「じゃ、イヤです。真実は、隠した方がいいけど、知ってるものが減るのは良くないことが多いですよね」
 微笑を浮かべ、学園長を見つめる。退室しようと会釈をし、驚いた様子のクロアとハルの手を取り、ドアへ近付く。が、ノスル先生が立ちふさがった。ムツキ先生は、辛そうに表情を歪めて俯いている。
 私は、目の前にいる無表情のノスル先生に対し言った。
「…退いていただけますか、ノスル先生」
「ん?何?…別に庇わなくてもいいのに」
「は…?」
 何をいったい、と思って先生を見ると、彼女は心底楽しそうに口元を笑みで満たし、
高らかにこういった。
「私があなた達に自己防衛魔法を示唆したのよねー?カエ」
「あっ、えっと、…ええぇ!?」
 思わず素で声を上げる。クロアとハルに関しても同じ様な反応だった。
そして、案の定学園長が狼狽して椅子から立ち上がる。
「な、ど…どういうことですか、ノスル先生!?」
「いやいや、どーもこーもありませんて。まだ彼らが聖ヒナタ学園の生徒の時に、授業でヒントをあげたんですよね。それに気付いたのがたまたま彼らだった訳です。ま、
他にもいるみたいですけどね、洗脳薬利いてない子」
 ぶっちゃけた領域を超えて、もはやあっけらかんとノスル先生は爆弾を放った。
テンポについていけず、私達三人は、ただ唖然として突っ立っていた。怒りと驚きを乗り越えて、学園長が低い声で言葉を押し出す。
「そ…んなことをして…ただで済むと…」
「思っちゃいないですよ、私。」
 ノスル先生は、私達を押しのけ、学園長の前に立った。机に手を突いて、
下から学園長を睨みつけている。
「ただ、彼らにも覚悟させちゃったのはちょっと申し訳ないかな~って思いますけど、ま、その程度ですね。何か文句でも?」
 …いやいや、ノスル先生。その程度って…。
 少し悲しくなったけど、まだ何か言おうとしている学園長を見て、ノスル先生に対しては保留にした。それよりも。
「学園長、私は、教えてもらって、良かったですよ」
「…!?」
 ニコッと笑顔を作り、三メートル離れた場所で言葉を続ける。
「確かに、かつての友達を倒すのは覚悟がいりましたけど…」
 その先を言おうか、少し迷い、けれど、クロアがそっと手を繋いでくれたことを
勇気にして、言った。
「何にも知らずに討つよりは、…救いがあるんじゃないかと、思います。
後から知ったときのショックといったら、結構なモンだと思いますけどね」
「…しかし」 
 まだあるのか、とうんざりし、半ば強引にでも退室しようかと考え出したとき、

  ージリリリリリリリリッー
「なっ!?」
「まさか…」
 けたたましく警報ベルが鳴り響き、夜の静寂を切り裂く。
そして突如入る緊急放送。
《全学園生徒に連絡!!ー…反乱軍が奇襲をしかけてきた!!》

Ⅵ 奇襲

 
「なっ…何て事だ…。奇襲だと!?」
「マズい事になりましたね…」
 学園長が唖然として放送スピーカーを見上げ、ノスル先生が呑気そうに欠伸をした。ハルが焦った様に声を上げる。
「ノスル先生!ムツキ先生!行かないんですか!?」
「いや、行くよ。多分、君たちはそれぞれの隊から指示があるはずだ。各自、自分の隊長の所に行って、指示をもらってくれ。で、隊長達の場所は…」
「あ、いた。レスカ隊長だ」
 ムツキ先生が冷静に話している間、私は部屋のベランダに出て外を確認していた。この部屋の真下から続く外廊下を、弓を装備した金髪のレスカ隊長の姿が見えた。
 私も、すぐに行かなきゃ。
「よっ、と…」
「んな!?ちょ、待て!ちょっと待てぇぇぇぇ!!!???」
「へ…?何?」
「何って、お、お前、カエ!!何してんだよ!!」
 ベランダの柵を飛び越え、私は少し出っ張っている淵に立っていた。ちなみに、地面との距離は三階分。
 ハルとクロアが必死になって止めようとしているが、先生方三人は特にあわてた様子もなく、各々のやることに専念し始めた。
 私は、首を傾げて、
「…何か問題でもある?」
「ぶ、武器とかは!?取りに戻りに一旦寮に戻ろうぜ!?」
「あ、大丈夫。折りたたみ式のナイフ二本、持ってるし」
「え、じゃ、…危ないからそこから飛び降りようとすん」
「じゃね」
「話を聞けーーーっ!!!」
 ハルのわめき声を聞きながら、身を夜の闇へと踊らせる。宙で一回転して、足から着地出来るように姿勢を整える。
「よ…っと」
 風を切る高い音を聞いて、茂みの中に着地。衝撃も少なく、すぐに地面に降り立つ。上を見上げると、ハルとクロアの顔が見えた。
「考えなしに飛び降りてるわけじゃないんだからさ。大丈夫だよ」
「なぁにが”考えなしに飛び降りてるわけじゃない”だ!お前、今の自分のカッコ考えたか!?」
「へ?」
 すごい剣幕のハルに言われ、自分の体を見る。
 部屋着のオレンジのワンピース、戦闘用の伸縮性ブーツ。以上。
「なんか問題点でもあるかな…」
「自覚なしときたか…。報われねーな、クロア」
「…」
 クロア?と首を傾げ、改めてハル達を見上げると、彼は右手を自分の目に当てていた。ちょっと遠いから分かりづらいけど、耳が赤くなっている気がする。…いまいち事情が読めないけど、
「先に行くよ」
 彼女たちに軽く手を振り、ナイフを取り出しながら走る。上からなんとなくハルの怒鳴り声が聞こえた気がするけど、かまわずレスカ隊長が走り去った方向を目指した。
「あー、もう!!ちょっ、…カエ!お前、スパッツかなんか履けよ!!!」

                        *

 正門前。
「あーあ…。退屈だわ。なんでこんなのしか応戦に出てこないわけ?ねぇ?」
「ぐっ…」
 槍で生徒の一人を貫き、盛大に血を上げさせながら穂先を引き抜く。周囲では、怯えて背を向けて逃げ出す者もいた。次の標的を決めるため、遠巻きにいる元・ヒナタ学園の生徒たちを睨む。誰かが歯ぎしりして呟いた。
「…なんでここに、反乱軍のレットがいるんだよ…。俺たちが相手するような敵じゃないだろっ…!?」
 それでも、残ってアタシと睨み合っている彼らは武器を下げず、その剣の切っ先や槍の穂先を向けている。その勇気は認めよう。でも。
「…ん~、やっぱりというべきか、あの子は見当たらない、と。こんな前のほうじゃ、すぐに会える訳ないか。仕方ないわよね…」
「…ッ!!」
 ゆるり、と軽い動きで槍を回すと、周囲の生徒たちが息をのんだ。思わず、といった具合に彼らが一歩後ろに下がる。先ほど見ていた時に見つけた、防御の甘い数人へと狙いを定めて地面を蹴りつける。一瞬で生徒の一人に間合いを詰めた。
「あっ…!」
 短剣を構えていた少女は、目を大きく見開き、かすれた声を出し、
「悪いわね」
 アタシの呟きを聞いてくれたかは分からないうちに、少女の左胸を槍の鋭い切っ先が貫いた。

                      *

「…レスカ隊長!」
「ん、カエ。…まさかそれで戦闘に参加する気?」
 え。と駆け寄っていた足を止めて、隊長の表情を伺う。彼女も止まって、私の返答を待っていた。おそるおそる、言ってみる。
「あ、えと、…だめですか?ナイフはNG?」
「あー、いや武器じゃなくてね?服装…」
 しかし、レスカ隊長は一度首を振ると、
「やっぱり良いわ。問題なし。…その代り、ナイフじゃなくて、コレ、使って」
「あ、はい…って、ええっ?」
 ひょいっと軽いノリで放られたソレは、短槍だった。確かにリーチはナイフよりも長いし、小回りもばっちりだけど…。
今、隊長はどっからこの短槍を取り出した?
「…あの、隊長?レスカ隊長?」
「何?あ、短槍の扱い方の基礎くらいは、授業で習ってるよね?」
「あ、はい、大丈夫です」
「そう。なら行くわよ」
 結局、質問する暇もなく、反乱軍が侵入してきた現場へと向かうことになった。なんかモヤモヤ。
「…見えたわね、って!?」
「…?」
 十数メートル先の、戦場と化した憩いの広場(という名の運動場)。そこには、すでに交戦中の反乱軍と元・ヒナタ学園生徒の仲間達がいた。両軍ともに、負傷者が何人かいるらしい。金属同士がぶつかりあう高い音や、雄叫びが聞こえてくる。
「さ、早く行きましょう、隊長」
 さっきからずっと固まったまま、何の反応もしないレスカ隊長に声をかけたが、彼女はただ一つの呟きを放った。それは、
「…ット」
「え?」
「レット…が、いるわ」
 レット。
 その名を聞き、短槍を握る左手に力が入り、そこにいつもつけているブレスレットを思った。数日前まで、私の大切な人が身に着けていた、クローバーのブレスレット。
 すぐに戦場の中へと飛び込まなかったのは、ほとんど奇跡に近い。
 この後にとった行動を除けば。
「…レスカ隊長」
「何かしら?」
「ごめんなさい」
 一言だけ謝り、短槍を構えて身を前に飛ばす。隊長の制止する声が聞こえてきたが、構わずに走る。頬を流れていく涙を風に散らし、戦闘の最中を突っ切る。向かってきた敵はすべて薙ぎ払い、たった一人の敵を探して戦場を駆け回る。
 やがて、
「ッ!!!」
 そこらへんにいる敵とは、圧倒的に違う量と質の殺気を背後に感じて、短槍を勢い任せに振るう。手応えがない、と理解した時点で体を後ろに飛ばして、距離をとる。
 短槍を構えなおして睨んだ先に、同じように睨んでくる薄紫の髪の敵が立っていた。彼女の手には、血がべったりとついた槍。
レットは、微笑みとはかけ離れた獰猛な笑みを浮かべて、声を発した。
「久しぶりね。…あの時は、どうも」
 あの時、という単語に反応しないように激情をねじ伏せたが、上手くいかず、歯ぎしりで何とか飛び掛かりたいのを抑えた。彼女が次の言葉を放つ前に、私から声をかける。
「目的は何っ?奇襲作戦なら、反乱軍副リーダーのあんたが出てくるようなモンじゃないでしょ?」
「あら…ここは元・王立ヒナタ学園生徒がいる場所よ?ヒナタ学園と言えば、軍の精鋭を早期育成する機関じゃない。油断はしないのよね、アタシたち」
「要するに…、少しでも国王軍の兵力を減らしたいってこと?」
「ご名答♡」
 レットはにこっと笑い(どう見ても不気味な笑みなのだが)、槍を軽く振った。そして、もう一言。
「でもね、確かにアタシは、今回出陣しなくてもよかったわ。それでも来たのは…」
 彼女はとびきり残酷な笑顔になって、
「あなたともう一度、まみえたかったからよ」
「…ッ!?」
 ゾクッと。言いようのない寒気が背中を走り抜ける。距離8メートル先に立つ敵から、殺気が圧力として私に迫ってくる。
「そういや、アタシ、あなたの名前を聞いてないのよね。最期の土産として…教えてくれない?」
「う…ぁ…」
 今更ながらに足がすくんだ。短槍を握りなおしても、戦闘態勢に身体が追い付かない。そんな私の様子に気づいたのか、レットは嘲るように言葉を続けてきた。
「ほらぁ、早く教えなさいって。自分の名前くらい言えるでしょ?今言えないんなら、話す機能だけ残してあげる。痛い思いはしたくないでしょ?」
 じりじりと距離が縮められていく。そのことに危険を感じて、気持ちを奮い立たせる。…落ち着け落ち着け落ち着け。私は何でわざわざコイツを探して戦場に飛び込んだ?何のためにこの場にいる?何か勝算があったはずだろう?思い出せ。私がここに来た理由。私がレットに勝てると考えた道理を。
 思い出せ。 
 …あった。
「”我は望む。我は汝の力を望む。”」
 レットが無言で動きを止めた。私を試すかのように睨みつけてくる。
「”故に、灼熱の鳥よ、汝のその力を貸したまえ”…」
 声を震わせながら呪文を唱え続ける。いつの間にか、私の足元には緋色の光を放つ召喚陣が形成されていた。周囲から熱い風が吹き荒れる。
せいぜい響かせるように凛と、声を張り上げて呪文の結びを唱えあげた。
「”炎の召喚獣、フェニックス、召喚”っーーー…!!」
 轟音が鳴り響き、目が眩むほどの光が溢れた。思わず腕を前にかざしていたが、バサッと羽ばたきの音が聞こえて、ゆっくりと腕を下してみた。目の前には、堂々たる覇気をまとい、赤々とした炎をその身に宿した鳥がいた。その名を、無意識のうちに呟く。
「…フェニックス」
 彼(?)は甲高い声で一つ鳴くと、炎の翼をひるがえして私の右わきに控えた。隣からくる熱が、優しく私に伝わってくる。
 改めて、と向き直った先にいるレットは、呆れたような苦笑するような、中途半端な表情をしていた。そして、一言。
「…あなたって、バカ?」
「はぁ?」
 なんで、と思った私に気付いたのか、彼女は天を仰いだ。ややあってから、何か言いたげに口を開き、しかし何も言わなかった。代わりにレットは戦闘態勢を解く。訝しがっていると、
「まぁ、召喚獣の詳しいことはレスカに任せるとして…、アタシは帰るわ」
「…は?」
「アタシは召喚獣との戦闘をしに来たんじゃないわ。あなたの名を聞きに来たんだし」
 ますます訳が分からない。首を傾げていると、彼女は本当に私に背を向けて帰りだした。そのまま見送りかけて、はっと我に返る。…やらなきゃ。
「”フェニックス、汝の炎で敵を焼き尽くせ”!!」
 ぴえぇぇぇ!と甲高い声でフェニックスは鳴き、レットに向かって飛んだ。炎が吐き出され、彼女に襲い掛かる。が、
「っ!?」
 いきなりレットとフェニックスの間に誰かが割り込んで、炎を防いできた。フェニックスも驚いたらしく、一旦私のそばまで帰ってくる。レットのほうは何事もなかったかのように歩みを止めない。
 とりあえず、割り込んできた誰かに声をかける。
「…問うよ。あなたは誰?」
『答えよう。我が名は水の召喚獣、ポセイドン』
「なっ…!?」
 瞬間的に、召喚獣の授業のことが思い出される。確かに、藍色の鎧に、澄んだ海のような大剣を携えた男は、水の召喚獣として教わったポセイドンの姿だった。マズイ。炎のフェニックスじゃぁ、相性が悪い。
 次の攻撃の手に迷っていると、少し遠くにいたレットが言葉を送ってきた。
「さて、後のことは仲間のみんなに任せて、アタシは帰るわね。だから、もう一度だけ聞くわ。…あなたの名は?」
「…あんたに、教える名前なんて、ない。早く去りな」
「あはは、冷たいわねぇ」
 冷酷な笑い声を残して、レットは去って行った。代わりに、私の前には上段の構えで剣を持っているポセイドンと、その召喚主らしき反乱兵の男が一人立っている。
 気を張りなおして、短槍を構え直し、フェニックスと共に目の前を見据える。
「…行くよ、フェニックス」
 甲高い声で答えられ、戦闘を開始した。
 
                                             *

「皆!必ず3人で攻撃を仕掛けること!無理だと思ったら、絶対に逃げなさい!それさえ守れば良し!!」
「はいっ!レスカ隊長!」
 歯切れのいい返事が周辺から返ってきて、とりあえず安心する。今、奇襲を仕掛けてきた反乱兵達は、撤退しつつある。このまま押していけば、何とか大丈夫だろうが…。心配なのが一人。
「無事なんでしょうね…、カエ」
 あの子は、レットを探して戦場に飛び込んだはずだ。本当に見つけて、最悪なことになってないといいのだけど…。
戦場を駆け回り、ようやく視界の隅に、彼女の姿を見つける。反乱兵を一人相手取り、短槍を振り回している。大きな怪我はないらしい。ホッと息をつき、ついたところでとんでもない事に気づいた。…まさか、カエ。
「…召喚、してたの!?」
 馬鹿かあの子は!!

                                             *

「…ん?」
 今、一瞬だけレスカ隊長の怒声が聞こえた気がするけど…気のせいか。
 目の前にいる反乱兵に対して、左からの石突を繰り出す。敵は後ろに一歩下がり、私の背中側へと回ろうとしてターンスライド。だけど、
「…分かってんのよそれ位はっ!!」
 叫んで、身を屈める。敵の長剣をよけて、
「…ッ!」
 穂先を敵の腹へと叩き込んだ。大量の出血と悲鳴と共に、彼が倒れる。ハッと息を吐いて、召喚獣同士の戦いへと目を向けた。フェニックスが劣勢だったが、召喚主の反乱兵が瀕死になったことで、ポセイドンの姿が薄くなっていった。
『な…ん、と…』
 ポセイドンは呻くように呟き、そのまま蒼い光となって消えていった。紅い炎を煌めかせているフェニックスだけが残される。私も、還すか。
「ありがとう…フェニックス。元の世界に…戻っていいよ」
 フェニックスは一声、か細く鳴くと、火の粉を散らして還った。ホッと息をついて、普通に戦闘に戻ろうと、
  ー…ドクンッッッッ
「う、ああぁぁあぁぁあ!?」
 体の奥底から、筋肉が破裂しそうな程の痛みが襲ってきた。胸をおさえて、思わず短槍を取り落とす。痛みは体中を駆け巡って、嵐そのもので私を傷つけていく。
「くぅ、ぅっ…!!」
 膝から崩れ落ちて、肩で息をする。正体不明の痛みに苦しめられる私に、一振りの剣が振り下ろされそうになっていた。反乱兵が、身動き取れない獲物を見つけたからか。抵抗しようにも避けようにも、この激痛は私に行動を許さない。なおいっそう酷くなるばかりだ。だから、敵の攻撃をそのまま見つめていた私の目の前に、
「カエ、大丈夫か!?」
 剣で攻撃を受け止めて私を助けてくれたクロアは、ヒーローみたいに見えた。
「…ク、クロア」
「あー、とりあえず、怪我はしてなさそうだな」
 彼はその事に安心して、目の前にいる反乱兵を片づけにかかった。私の横に、ハルが駆け寄ってくる。
「カエ!とりあえず戦場から離れるぞ。肩貸そうか?」
「う、うん…おねが、い」
 ハルに助けてもらいながら、私達は一旦校舎の方へと戻った。その間も、痛みは広がっていて、収まる気配を見せなかった。非常階段でうずくまり、少しでも痛みに耐えやすい体勢になる。
「う、っくぅぅ…」
「だ、大丈夫か?背中さするか?」
「ん、…だ、いじょぶ」
「…あぁ、いた、カエ。ハル、ありがとう」
「ハイッ!」
 レスカ隊長がやってきて、私の目の前に片膝をつく。隊長が軽く、頭を小突いてきた。
「…カエ。授業で召喚については学んだでしょう?“代償”のこと、知ってるはずよね?」
「…だ、代償…」
 …あ。そんな事、この間ムツキ先生が講義してたな…。寝てたけど。
「え゛、まさかカエ…講義聞いてなかったのか?」
「呆れた…」
 いや、あの、何かごめんなさい。でも痛い。ハルが一度ため息をつき、言い聞かせる口調で説明し始めた。
「あのな、カエ…。召喚っていうのは、異世界に存在する幻獣や、神々を喚びだして少しの間、力を貸してもらうものだ。これは分かるよな?で、喚びだす、てのは簡単なことじゃなくて、物凄い量の魔力と体力を“代償”として消費して、召喚獣が来れるだけの異世界の門を開ける訳だ。因みに、召喚している間も門は開きっぱなしだから、長い時間の召喚は不可能。召喚獣を還らせると門は閉まり、消費していた魔力と体力は痛みとなって召喚主に“代償”を払わせる…ってことらしい。コレ、ムツキ先生の講義をそのまま言っただけだけどな」
「んー。…後で先生に聞きに行くよ…ありがとハル。要するに、この痛みは、召喚したら必ずある物なんだね…理解した」
「というか、ちゃんと授業聞きなさいなカエ」
 レスカ隊長が呆れたように息を付いて、苦笑した。そして立ち上がる。
「さて、もうほとんど反乱兵たちは追い返したし、あなた達は少し早く撤退しなさい。カエ、明日の訓練は無理しないように。それじゃ」
「ハッ!」
「ぅぅ…ハイ…」
 隊長が去っていく姿は、顔が上げられなかったから見られなかった。はぁっと息を吐いて、体の力を抜く。これからはちゃんと分かった上で召喚しなくちゃな…。気をつけよう。
「…カエ、いるか?」
「う~…ク、ロア」 
「あ?おいおい…立てる、のか?」
 彼がオロオロしながら肩を貸してくる。ハルの方は妙にニヤニヤして見ていた。何なんだ一体。
「クロア、大丈、夫。だから、一人で歩ける、よ…ぅぐ」
「ったく、歩くのもヨロヨロの奴が言うんじゃねぇよ」
「っ!?な、ちょ、く、クロア!?」
 肩を離された、と思ったら、いきなりクロアがおんぶしてきた。ヒョイッと軽く背負われる。
「…あんま、無茶すんじゃねぇよ」
「!…う、ん」
 クロアの背中の温かさに包まれて、私は安心したように、眠りについた。
 心の中に、小さな温もりを秘めて。

              *

 そして。

「…ラウ、撤退完了したわよ。死者はざっと43名ほど…想定よりは少ない結果だったわ」
「そか、ありがとう、レット」
「で?アナタの方はちゃんと掴めたんでしょうね?」
「もちろん」
 灰色の髪を月光に照らしたラウは、ノートパソコンの画面をアタシにも見えるように動かした。画面には、リストが表示されている。
 内容は、王立ヒナタ学園生徒ルビー寮生徒名簿。
「ハッキング自体は簡単だったけど…何だってレットはこの名簿が見たいんだ?」
「んなことはいーでしょ。それより貸して」
 彼の手元からパソコンをかっさらい、画面をスクロールしていく。目当ての少女は、比較的すぐに見つかった。
「ん?…ええと、“カエ”?レットはこの子に因縁でもあるの?」
「んー、ま、そんな所かしらね…。ただこの子の親友、殺っちゃっただけなんだけどね」
 それすごい因縁だと思うけど、と言う彼の呟きは無視して、画面に表示されたカエのデータを見つめる。その集中に何かを思ったのか、ラウが静かに見つめてきた。
「…反乱軍の副リーダーが、随分と気に入っている少女、か。話してみたいな」
「あら、反乱軍リーダーのアナタが、こんな子に?言っとくけど、ちょっとは倒すの面倒な相手よ?」
「アハハ…レットが言うならそうなんだろうな。というか、ハッキングしたのはこれだけじゃないんだけど」
「あぁ、ハイハイ。本命はそっちだものね…。少しでも国王軍の情報を集めるのが。奇襲はカモフラージュで。…いいわ、聞く。教えてちょうだい」
 ラウは力強く頷くと、画面を操作して新たなデータを表示させた。数字と文字が所狭しと並んでいる。
「このデータは、まず前回の作戦での死傷者数だ。この数と作戦を照らし合わせて、次にどれだけ効率よく出来るか作戦を練り直しているらしい。あ、このデータがそうかな~…」
 とりあえず、ラウの話を聞くとして…。カエ、か。
 無意識のうちに、微笑みが零れる。破壊衝動も、同じ様に。
 

     月が見えない夜は明け、朝がくる。
   全ての人の思いを乗せて、朝日は静かに昇る。



 
  


 

Ⅶ 真の前夜

  …反乱軍が奇襲を仕掛けてきた日から、一月後。
 私は、また校舎の屋上に上がった。鍵が新しく頑丈なものになっていたけれど、構わずぶち壊した。多分怒られても、そこまで厳しくないだろうし。
 服装は大して変わらないが、前回と違うのは、ハルに散々言われて穿くことにしたスパッツくらい、かな。一息ついて、手すりに背を預けて座り、夜空を見上げる。
「…。明日、か」
 明日。
 私たち国王軍は、反乱軍との最終決戦を迎える。
 場所は、首都の城下町。
反乱軍に残っている、最後の拠点地だ。これを敗れば、全てが終わる。
 そう、全部が。
記憶をねじ曲げてでも戦わされた、私たちのこの戦いが、終わる。
 曇りなく光り輝く星を眺めていると、屋上ドアが開いた。入ってきたのは、
「…!ノスル先生、と、レスカ隊長…」
「あら、消灯時間は過ぎてるのに…」
「カエ、こんばんは」
 レスカ隊長が力なく笑い、私の隣へとやってくる。ノスル先生は隊長の隣に。
「あれ、えと、隊長と先生って、仲良かったんですか?」
「ん?言ってなかったっけ?私たち、同期なのよ。ヒナタ学園の、ね」
 …は、初耳…!!
「ノスルは昔から変わらないわよね~。暴力的指導とか」
「なにいってんのよ、レスカ。私は今は手加減してるわよ」
「“今は”とか聞こえたわよ、“今は”って」
 あ、ほんとに仲良さそう。…あれ、でも、この学園卒業なら、ノスル先生は軍に所属している筈じゃ…。
「…ん?カエ、今“何でノスル先生は軍に所属していないんだろう?”とか思ったでしょ?…あぁ、図星ね」
 ノスル先生は軽くため息をつき、私の頭を乱暴に撫でながら言った。
「…ちょーっと、私は初陣で羽目外しすぎて怪我しちゃってね。そん時の傷が結構重くて、あまり激しい動きしたら体が壊れるって言われたのよ。だから教員職に就いたわけ」
「ノスルは元々、面倒見がいい奴だったしね」
 レスカ隊長が懐かしむように言い、すぐに表情を曇らせる。ノスル先生は、そんな彼女の様子に対して、ため息をつく。
 …レスカ隊長、明日、最終決戦だから?にしては、何だからしくないような…。なんかあるのかな、あれ、ひょっとして私邪魔者?
 二人だけの話し合いかな、と予測をして立ち上がった。軽くスカートを直して、
「わ、私、戻りますね!」
「あら、私とレスカに気ぃ遣わなくてもいいのに。どうせなら居なさい。…レスカも構わないでしょ?」
 隊長のほうを窺うと、彼女は軽く息をついて頷いた。別に居てもいいなら、まぁ、いっか。
 そう思って座り直し、なんとなく、二人の会話を聞く体勢になる。ノスル先生がもう一度ため息をついて、言葉を放つ。
「…いつまで引きずってんのよ、レスカ。いい加減にさっくりと覚悟決めちゃいなさいよ。カエだって、貴女の様子が変なの気づいてるわよ?」
「?レスカ隊長、悩み事があるんですか?」
「ちょっと待ってカエ。それ何か私に対して微妙に失礼な発言じゃないかな…?」
「えっ、あ、スミマセン…」
 慌てて謝る。話が進みづらいと考えたのか、レスカ隊長がノスル先生に向き合って話し出した。若干、声が硬い気がする。
「…別に、引きずってなんかないわよ。ただ、気分が向かないだけ」
「レスカ隊長、明日の決戦、何か問題点とかあるんですか?」
「レスカにとっちゃ大ありy「ノスル」
 レスカ隊長、とノスル先生…。
 一体、なにがあるのだろう。
少し考えていると、レスカ隊長が神妙な顔つきで私に向き合ってきた。無意識の内に背筋を正す。
「…カエ」
「はい」
「私は、あなたに…謝らないといけない。レットの、姉として」
 ………………、…、‥、・、は?
「…、レット、の。…お姉さん?」
「えぇ」
「隊長が?」
「…えぇ」
 えーと、えーーと、…えぇ…?
 頭が混乱してきて、思考するのが面倒くさくなってくる。
その間にも、レスカ隊長の話は続く。
「本当はすぐにでも謝りたかったんだけど…、あなたの気持ちの整理も必要だと思って」
 つまり、きっと、レスカ隊長が謝りたいことは、ナナの事だ。
 彼女はレットによって、死んでしまったから。
「レスカ、隊長」
「…」
「謝らなくても、いいんです。レスカ隊長は、ナナに出来る限りの応急処置魔法をかけてくれましたし、…そのことのケリは、自分で付けるつもりですから」
 ノスル先生が肩をすくめて、隊長に笑いかける。
「ほら、気にすることなかったでしょ」
 隊長は軽くうなずき、私に一度、会釈をよこした。それで気持ちをすっきりさせたらしい。
 …あ、そうだ。
「あの、レスカ隊長、ノスル先生」
「ん?どしたの」
「この戦争、まぁ反乱って奴ですが、…反乱軍の大義名分って、“現在の王政を崩し、民主政に変える”とか何とか…でしたよね?」
「まぁ、大まかにはそうね。公式発表はもう少し堅苦しく長くなってはいたけどね」
 ノスル先生が答え、レスカ隊長が頷く。ならば、
「本当の所、反乱軍リーダーのラウって、もう少し違う意図をもってるんですよね?」
 数秒、沈黙が降りる。重く口を開いたのは、隊長だった。
「…どういう意味、かしら?」
「一部の生徒が、噂してるんです。反乱軍リーダーのラウと、この国の第一王子レム王子が親友だったって」
「「!!!!!」」
 二人が柄にもなく驚愕をあらわにした。その反応で、噂が本物だと確信。…それなら、きっと、
「ノスル先生、レスカ隊長。教えてください。この戦争の真意を。本当の、反乱軍の大義名分を」
 きっと、もっと違う思いがあるはず。
 そう思って、問いかけた先。
「…分かったわ。カエ、教える。長いわよ?」
 ノスル先生が、ゆっくりと話し出した。

                      *

 最初は、ラウが上官に呼ばれ、上官の部屋を清掃していたときだった。
ラウは、机を拭いていたときに、一枚の書類を見たらしい。
すなわち、国の予算についてまとめられていた書類を。
 ”財政難だとは知っていたが、本当に危ないんだな…”と、彼は思い、そのまま机を拭こうとした。しかし、予算の大部分を消費している項目内容が目に入り、ラウは絶句する。
 予算を食い漁っている項目…、”王室用予算”だった。
 王室用、とは言いつつも、実際は国王が一人で使うものだ。それが、予算の半分近くを占めている。
ありえない。
 ラウは瞬時に怒りがわきあがり、真偽を確かめようとした。本当に、国王が予算を食いつぶしているのか。
 確かめること自体は、すぐに済んだ。
 
 彼が書類を見てから三日後。
 国王の生誕祝があった。ラウはそのパーティーの警備担当班に入っていたのだった。国王の近くを警備するふりをして、彼は国王と国内の貴族達の会話に耳を澄ませた。

 -…”いやぁ、国王様、今回の生誕パーティーも盛大ですなぁ。今飲んでいるワインも、特別に美味い”
 -…”はっはっは、そうでしょうなぁ、バシュラール殿。今年の生誕パーティーには、特に力を入れるように、大臣たちに頼んでおったのですよ”
 -…”ほほう、それはまた、どういった訳で?”
 -…”今年で、わたしは49歳になるので、ちょうど7の倍数。縁起がいいので、それ故に”
 -…”…なるほど、それは楽しい趣向ですな!”

 はっはっはっはっは、と王とバシュラール家の代表が笑いあうのを、ラウは怒りを抑えつけながら聞いていた。そんなことで、国民が一生懸命に稼いで納めた税金を、無駄に食いつぶされてたまるか、と。
 しかし、次の会話で、彼の怒りは更に加速する。

 -…”しかし、これだけの規模のパーティー。かなり、予算がかかったのではありませんかの?”
 -…”おぉ、アルベール殿。なぁに、ちょいと大臣たちに、クビにするぞと脅せば、すぐに従ってくれましたわ。予算が足りないのなら、民衆にもっと多くの税金を納めさせればいいだけですしの”
 
 その、国王の言葉で。
 ラウは国王に対して、失望した。そして、決意する。
 この王を、王座から引きずりおろしてやろう、と。

                          *

「…そんなことが、あったんですか」
「あら、まだ話は続くわよ?…この後、ラウはまず平和的に、国王を改心させようと思ったらしいわ。反乱は最後の手段にしようと考えていたらしくてね。それで、彼は国王に直接、進言したみたいなの。”予算を食いつぶすな、国民の負担を考えろ”ってね」
「え、その言葉の通りにですか?」
 違うわよ、とノスル先生が手を横に振る。彼女は一度、息を吐いて、
「本当はもっと、ちゃんとした丁寧な言葉よ?で、まぁ当然のごとく、国王は怒り、ラウを処分しようとしたみたいなの。…でも、それを何とか止めたのが、国王の一人息子であり第一王子の、レム王子よ」
「あ、そこでレム王子登場ですか…。ラウが親友だから、止めたって訳ですか?」
 ノスル先生がうなずき、ずっと黙っているレスカ隊長に対してため息を付いた。そして話を続ける。
「ラウとレム王子は、聖ヒナタ学園の同期卒業生なのよ。仲が良くてね、2人で政治や経済について話すのが好きだったみたいよ。…それでね?レム王子は、そんな親友をかばい、何とか助けたはいいんだけど、ラウにこう言われたみたいなのよね。“君が王座につくのはいつだ”って」
 ラウからしてみれば、自分の親友でもあるレム王子が国王になれば、国の政治は良くなると考えたのだろう。2人で政治について話してたなら、王子がやりたい政治を大体は分かっているだろうから。
 でも。
「結局、レム王子が王座につくまで、待てなかったんですね…ラウは」
「そうなるわ。レム王子はその問いに答えられなかったそうだし、今の国王はおじいちゃんになっても国王のままでいるつもりなのかもね」
 先生がやれやれ、と嘆息し、少し険しい表情になる。私に対して向き直ると、いい?と前置きしてから、ノスル先生は話を続けた。
「で、とうとうラウは反乱軍を立ち上げ、今の国王に反旗を翻してるってこと。反乱軍のスポンサー的な存在は、バシュラール家とアルベール家よ。両家とも、今の国王をよく思ってないらしくてね」
「…あれ?バシュラール家とアルベール家って、さっき会話で出てきた…」
 そうよ、と先生は肯定して、更に言葉を繋げる。
「…そして、これが、多分貴女にとっての、ひいてはあなた達にとっての重要な真実だと思うわ」
 …。私にとっての。私達にとっての真実。
 それは。

「ルビー寮はレム王子が。サファイア寮はラウが所属していたの。
 この2人の寮によって、あなた達は今、二分されてて、闘わされているの。
 どちらの寮出身がより優秀なのか。そんなつまらない事まで、この反乱は
 争っているのよ」

 …、‥、・、は?
「ただ単に、2人がたまたま別の寮からの出身だったから…?」
 ノスル先生が重々しくうなずき、黙っていたレスカ隊長も静かにうなずいた。
…はは、ハハハハハ。笑わせないでよ。
「たったそれだけ?たったそれだけの事で、私達は、友達は戦っていたんですか?死んでいったんですか?何にも私達は罪もなかったのに?」
 答えを求めていない私の問いに、2人はやはり答えなかった。
 屋上に、私の乾いた笑い声だけが響く。
「ハハ、ハハハッ、アハハハハハハ!!」
 バカだ。
「そんなつまんないことで!至極どうでもいいことで!私達は殺し合いをしていたの!?互いの命を奪っていたの!?何にも悪くないのに!!大人達の勝手な都合で!そんな真実すらも正しく伝わってこない状況の中で!ふざけんな!」
 涙がほおを伝い、私は精一杯の声で、自分の感情をこぼした。
「…それなら、ナナは…っ!」
 手首にある二本の四つ葉のブレスレットが揺れる。
 その内のひとつは。

「…ナナは、そんなくだらないことのために、死んだんですか…!?」

 私の大事な大事な親友の物だったのに。
その親友は、この反乱に巻き込まれ、私をかばって死んでしまった。
 嗚咽をあげて、私はノスル先生に抱きついた。悔しくて悔しくてたまらなかった。
私の他にも、大切な人を亡くしてしまった人はたくさんいるだろう。記憶がねじ曲げられているから気付いていないだけで。でも、
 なくしてしまったことは…もう帰ってこない事実だ。
 涙を乱暴に拭う。
「…。ノスル先生」
「何?」
「…。レスカ隊長」
「どうしたの?」
 2人に対して、私はゆっくりと顔をあげて目を合わせた。
言葉を放つ。
「まず、真実を、ありがとうございます。ラウは、ちゃんと私達国民のことも考えて、反乱軍を立ち上げていた。大義名分が隠されているのは、反乱のあと、近隣諸国からの投資を鈍らせないため。予算がしっかりしていない国だというレッテルを張られますからね」
 そうね、とレスカ隊長がようやく反応を返した。そして、私に言う。
「…カエ。何かあるなら言いなさい。聞くわ」
「はい。では、私から一つ。お願いがあるんです」
 お願い?と首を傾げるノスル先生に対して、笑う。
 ブレスレットを二本、揺らしながら、私は告げた。

「この戦争の、完全な終わらせ方を、私にやらせて下さい」


         To be continued.



 
 

Clover 中

Clover 中

と、言うわけで続きです。 彼らの想いを、つたない文ではありますが、 しっかり書いていこうと思います。 少しでも、彼らの物語を楽しんでもらえたらな~、と 希ってみたり。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. Ⅳ 初戦~親友~
  2. Ⅴ 悲しみの間に
  3. Ⅵ 奇襲
  4. Ⅶ 真の前夜