運命だよ!

彼が愛を語るのを何度聞いただろう。
僕は彼の話が好きだった。
彼の自信に溢れる話し方、考え方が魅力的だった。

俺、愛されてるから

彼の彼女達は、それそれに素敵な女性たちだったようだ。
その彼が、運命を感じた女性の話をしよう。

おい、またナンパしてきたのか?

俺の趣味だから(笑)

好きだな…俺はまだ、彼女さえいないのに

どうした?元気だせ!女の子紹介しようか?

彼と俺は同じ地元の仲間で、今は違う高校に通っていた。
俺たちには、彼女ってもんがいなかった。
だから、しょっちゅう飲みやってた。

今日、会っちまった

誰に

知らん

なにそれ!

わからん、ただ…

だだ?

会っちまった!

訳わかんね~~(^_^;)

彼が、誰と会っちまったのか、その時は聞かなかった。ただ、会っちまったそうだ。
ただ、次の日から彼は変わった。

どうした?まだ、電車の時間じゃないぜ

会うんだ

誰と?

わからん!

ふん!

彼は夏の暑い日でも、ネクタイを忘れない。ケジメだそうだ。
今日も、胸元にネクタイをぶら下げて、駅のホームで待っていた。
俺は少し離れた所から、興味深く眺めていた。
ホームの端、階段を女子高生が降りてきた。
当然彼が、ナンパするものと思っていると、彼はネクタイを締め直してゆっくり近づいた。

こんにちは!

は?

俺、葵。暑いね…

うん、暑いね…

俺…あの…君の名前教えてくれないか?

は?ごめんなさい

彼はあっさり引かれた。
実に彼らしくなく。
立ち止まったまま、彼女を見送る。
電車が、行ってしまうとやっと動き出した。

な、会っちまったろ!

何が?

彼女だよ!彼女しか、女はいない

何それ、一目惚れ?

違う、運命だよ!

あそ、またな、頑張れ…

次の日から彼は毎日、彼女の名前を聞きに駅に通った。
一週間が、たつと彼女も慣れてきたのか、笑顔を見せるようになっていた。

ねぇ、名前教えてくれないか?

残念、葵くん、暑いね(笑)

お願い!

アハハ、またね!

彼は日に日に楽しそうにホームに、残された。

諦めなよ

何が?

彼女、その気ないよ

名前聞きたいんだ

分かったよ、明日な

彼と彼女はホームでのやり取りを1ヶ月続けた。その間、彼が知ったのは彼女の高校と笑い方だけだった。
その日は朝から天気が悪かったが、彼がホームに立つとすぐ、雨が降ってきた。
彼はネクタイを締め直して彼女の方へ近づいた。
赤い傘をさした彼女は、笑顔を見せない。

名前…

葵くん

名前…教えて

ルリ子…入って、濡れるから

ルリ子、好きだ…

知ってる、今日彼と別れた

あたし、年上の彼がいたんだ。今日、別れた…

そっか、残念だったね

ありがとうね。優しいね…葵くん

ルリ子、濡れるからいいよ、また明日

うん、待ってて

彼はその日寝なかった。俺も。朝まで飲みやってた。彼の切れ長な瞳が、つぶらに、輝いていた。

ルリ子…こんにちは

こんにちは、葵くん。暑いね…

ルリ子…好きだ…

知ってる、私でいいの?毎日待っててくれて、ありがとう

俺、大切にしたい、ルリ子の事

うん、頑張ってね、葵くん

その日から、俺は彼を見てない。彼女も。
でも、雨の日、赤い傘をさした高校生を見ると、2人の長い季節が始まったと思わずにはいられない。

運命だよ!

運命だよ!

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-15

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