進学

僕は努力をしている

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 車のヘッドライトが眩しい。上向きのハイビームで僕を照らしてくる。
息が苦しい。口を半開きにし、必死に呼吸を繰り返す。きっと見るに堪えない表情をしているに違いない。そんな様で走っている僕は、運転席から見たらなんて滑稽なことだろう。
ふと視線を下げようと思うが、それも何だかさらに滑稽な気がして、そのままヘッドライトと目を合わせる。少し速く走った。
車はそのまま通り過ぎ、僕は速度を戻して、順調に地面をける。少し呼吸が乱れた。
 一か月ほど前からランニングを始めた。始めた当初に比べれば随分走り方もこなれてきた。とはいえ僕は別に、部活のために走っている野球少年などではない。ただの高校三年のいわゆる受験生である。すでに部活を引退して数ヶ月経つし、それに僕は弓道部だった。足の速さなんて全く関係がない。それでも顧問の先生は、「体力が必要だ。」といって走りこみの練習もさせていたけれど、僕はその練習だけは悉くすべてサボった。
僕の学校はいわゆる進学校で、特に僕がいる理系のクラスは、ほぼすべての人が大学進学をしようとしている。みんな毎日、受験だ、面接だ、などと朝から夜まで暇さえあれば勉強をしている。そんなクラスの中で僕一人が、無受験の専門学校へ行く。皆は口をそろえて、「気楽でいいなあ。羨ましい」という。だが僕にはわかる。皆僕を「苦学から逃げ出した意気地なし。」そう思っている。確かに事実上はそうかもしれない。皆が努力を強いられている時に、努力することを辞めたのだから。だから僕は走っているのだ。
ランニングは嫌いだ。けれども僕も何か、努力がしたいのだ。息が上がり、体力も限界に近付いてくる。けれども足は止めない。止めてなるものかと、地面をより一層強く蹴り、速度を増してゆく。僕は努力をしている。クラスの誰も知らないが、僕は今、ほんの少しでも胸を張って皆と顔をあわせるためだけに、走っているのだ。
そして明日になればまた、無受験という軽蔑と揶揄に羞恥しながら、皆とともに平然と授業を受ける。
近頃はずいぶん冷え込みが激しくなってきた。雪が降り、そのうち地面に氷が張ってしまったら、これはとんでもない悲劇だ。僕の小さな努力は終わりを告げるのだ。
さあ次僕は、いったいどこに逃げればいいのだろう。

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-15

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