今日、俺が死ぬのなら。
これは、闇雲深淵という一人の男の物語。
これは、殺人鬼が死ぬまでの物語。
『アンタなんか死んだ方がいいのよ』さも当然のように化物を見るような目をしてそう言われたのは十歳の頃である。純真無垢な少年とは対極にいた俺に対しての言葉としては、的を得すぎていた。しかし、迫害され始めた十歳の俺に的を得た言葉は必要がなかった。そのせいで全ての歯車が終焉へと回り始めたのだから。
この俺、闇雲深淵は普通に産まれて、異常に育った。至って普通に産まれ、至って普通に育たなかった、というのが正しいのだろうか。育ったというのは、非常に的を得ている。何故ならば、育てられていないからだ。根本的なところでは育てられていただろうが、好奇心などが芽生えたのは完全に自分の成果であろう。好奇心が勝手に芽生え勝手に加速して勝手に堕ちた。誰に教えられたわけでもないし、誰に求められたわけでもない。誰かに教われば、堕ちなかったかもしれない。誰かに求められれば、堕ちなかったかもしれない。知識を蓄積することが、楽しかった。知識が増える実感が、楽しかった。知識を実行するのが、楽しかった。本を読むのが、楽しかった。活字に触れるのが、楽しかった。活字を教えてもらうのが、楽しかった。活字を覚えていくのが、楽しかった。知識の蓄積を邪魔されるのが、楽しくなかった。知識を溜めたのに疎まれるのが、楽しくなかった。知識を溜めているだけなのに化物扱いされるのが、楽しくなかった。三歳にして好奇心が人より何倍もあっただけなのに異常扱いされるのが、楽しくなかった。知識さえ蓄積出来れば他に何も求めなかったのに友達を作ることを強要されたのが、楽しくなかった。そして、楽しかった感情を、失った。褒められることが、嬉しかった。求められることが、嬉しかった。喜ばれることが、嬉しかった。話しかけられるのが、嬉しかった。笑い会えるのが、嬉しかった。とても、嬉しかった。貶されるのが、悲しかった。求められないのが、悲しかった。蔑まれるのが、悲しかった。話しかけられないのが、悲しかった。笑いあえないのが、悲しかった。だから、避けた。迫害されたから、感情を失った。迫害されなければ、感情を失わなかった。迫害され続けたから、面倒になった。迫害し続けなければ、面倒にならなかった。迫害されたおかげで、殺意が芽生えた。迫害されなかったのなら、殺意は芽生えなかった。迫害されるまでは、異常なだけだった。迫害されたから、異端になった。全てに失望したから、目が死んだ。全てに失望しなかったのなら、目が死ななかった。終わりを知らなかったら、終わらなかった。終わりを知ってしまったから、終わってしまった。死ねばいいのに、と言われたから、死ねた。死ねばいいのに、と言われなければ、正常だった。死ねばいいのに、と言われたときに、死ねばよかった。死ねばいいのに、と言われたときに、死ねなかった。だから、俺は殺すことを決意した。それが十二歳の頃だった。全ての感情を捨てて、殺意だけを磨いた。全ての感情を捨てて、殺意だけを養った。全ての感情を捨てて、冷徹さを手に入れた。何もかもを捨てて、自分を手に入れた。目の死んだ少年は、世界を壊す少年になった。目の死んだ少年は、殺意だけの少年になった。殺意だけになった少年は、計画を練った。計画を練った少年は、時を待った。時を待った少年は、時が経った。時が経った少年は、青年になった。青年になった少年は、法に守られなくなった。法に守られなくなった青年は、機会を探した。機械を探した青年は、場所を求めた。場所を求めた青年は、出会いを求めた。出会いを求めた青年は、狙いを定めた。狙いを定めた青年は、女性を選んだ。女性を選んだ青年は、美しさに魅かれた。美しさに魅かれた青年は、手に入れたくなった。手に入れたくなった青年は、手段を選ばなかった。手段を選ばなかった青年は、手に入れた。手に入れた青年は、一通り愛してみた。愛してみた青年は、愛せなかった。愛せなかった青年は、感情がなかった。感情がなかった青年は、愛を捨てた。愛を捨てた青年は、愛を手に入れられなかった。愛を手に入れられなかった青年は、何もかもを諦めた。何もかもを諦めた青年は、全てを壊す決意をした。全てを壊す決意をした青年は、彼女を殺そうと考えた。彼女を殺そうと考えた青年は、計画を練った。計画を練った青年は、彼女を家に呼んだ。彼女を家に呼んだ青年は、計画を実行しようとした。計画を実行しようとした青年は、念入りにシュミレーションした。念入りにシュミレーションした青年は、完璧だった。完璧だった青年は、ふと鏡を見たくなった。鏡を見たくなった青年は、鏡を見に行った。鏡を見に行った青年は、鏡の自分と対峙した。鏡の自分と対峙した青年は、俺だった。俺は、こんなにも酷い顔をしていた。酷い顔をしていた俺は、酷い俺に相応しかった。酷い俺に相応しかった俺は、まさに世界の終わりだった。世界の終わりだった俺は、くだらない世界を終わらせたかった。くだらない世界を終わらせたかった俺は、目が死んでいた。目が死んでいた俺は、何も変わっていなかった。何も変わっていなかった俺は、何も変わらなかった。何も変わらなかった俺は、少しでも変わろうとした。少しでも変わろうとした俺は、少しも変われなかった。少しも変われなかった俺は、無様だった。無様だった俺は、人を殺そうとしている。人を殺そうとしている俺は、人から外れてしまっている。人から外れてしまっている俺は、彼女がやってくるのを待っている。彼女がやってくるのを待っている俺は、彼女を人とは捉えていない。彼女を人とは捉えていない俺は、当然の如く彼女を愛していない。彼女を愛していない俺は、平然と彼女を殺すことが出来る。平然と彼女を殺すことが出来る俺は、平然としていないかもしれない。平然としていない俺は、異常なのか。異常な俺は、異端なのだろう。異端な俺は、今日、更に、道を外れる。彼女を待っている俺は、殺しも待っている。殺したい俺は、苦しめて殺したい。彼女がやってきたようで俺は、ドアを開ける。そして、俺は、彼女を、殺す。彼女に、出来るだけの殺意を。彼女に、出来るだけの苦しみを。彼女に、出来るだけの憎悪を。彼女に、出来るだけの殺戮を。彼女に――ありったけの殺意を。
さようなら、そして――ありがとう。
「誰も君のことは救えないよ」彼女は開口一番そう言った。何の意図があるのかさっぱり分からない。出逢ったばかりの女性に俺の何が分かるというのだろうか。一体全体意味不明だ。
「君はもう終わっちゃったんだよ」彼女は続ける。しかし、何を言っているのか全く分からない上に意図が読めない。頭に浮かぶクエスチョンマークを消し漁るのに多少時間を要するだろう。まっすぐ俺を捉えて彼女は続ける。
「あの時、違う言葉をかけていればよかったよ。懸念はしていたけれども、本当に君が終わってしまうとは思わなかった」彼女は疑問なんかお構いなしに続ける。俺が終わったとは戯言極まりないな。今から俺は始まるというのに。それを終わったなどと表現するのはいささか不満である。
「予想通りに終わっていて、思っていた通りに、死んでいた。君は死んでいるんだよ。生きていないから、死んでいる」ふむ、面白いことを言う。死んでいるという表現は、終わっているという表現よりも随分と的を得ているじゃないか。
「その目だって昔のままだもんね。久しぶりに観たけれど、相変わらず恐怖の対象だよ。どうしてそこまで踏み外しちゃったのさ」彼女は核心を突いてきた。どうやら、俺のことを知っている様子。知っているのならば、今までの発言に納得が行く。一向に誰かは思い出せはしないが。
「そうか、君はあれから記憶を捨ててしまったんだね。ここまで核心を突いて思い出せないのはその証拠みたいだし。どうやら全ての感情を失ってもいるみたいだし。それに関しては私にも責任があるから、謝らせて欲しい」彼女は俺に詳しい。十二歳で他人との関わりを絶った俺に綻びがあったとは。ただそこにいるだけで美しい女性、と思っていたがだいぶ興味が湧いて来た。彼女は一体全体ナニモノなんだ。クイズは得意なタイプではないのでそろそろ答を欲する。
「本当にゴメンなさい。あの時私が君に『死んだ方がいいのよ、アンタなんて』とか言わなかったら君はここまで踏み外さなかったはずなのに」彼女は謝罪した。わざわざ深く謝罪した。俺はやっとのことクイズの答を把握した。自然嬉しくなってくる。嬉しいという感情は捨てたはずだったのに。
「そうか! 君は俺を導いてくれたあの少女だったのか! 迫害されていた俺に道標をくれたあの少女だったのか! 終わりかけていた俺を終わらせてくれたあの少女だったのか! ありがとう。再会出来て嬉しいよ。俺にはもう嬉しいと思うことなんてないと思っていた。しかし、今とても嬉しい。君を抱きしめたいくらい嬉しい。君という存在が俺にトドメを刺してくれたから、俺はちゃんと終われたんだ。本当にありがとう」俺は感謝の意を伝えた。そして、握手を求めた。そうだな、最後の最期に心残りがあってはいけない。
「冥土の土産に君の誤解を一つ解いてあげよう。俺は今現在過去未来、全く終わっちゃいない。終わっていないどころか、これからが俺の闇雲深淵の始まりだ。俺は君を殺して、新しいステージに上がらせてもらうとするよ。ありがとう、そして、さようなら」
彼女の首に手を掛けた。その時彼女は、ここで人生を終えることを悟っていたかのように笑顔を浮かべていた。
闇雲深淵、人を殺し、前に進む。新たなるステージへ導いてくれた彼女に盛大な拍手と感謝を。
初めての殺人から半年が過ぎた。春は夏になり、夏は秋へと変わった。時が経てば周りは勝手に変化するモノで、大学の同級生は垢抜けていった。しかしそうは言えど変わらないモノだって存在する。一例を挙げると、目の死んだ殺人鬼は普通に日常を過ごしている。大学に行き授業を受け食堂で飯を喰らい家に帰る。ごくごく景色に彩りのない毎日を惰性で過ごしている。百人を殺した人間が不自由なく溶け込めているほどには日本は平和だと思う。勝手に百人殺しておいて言うのもなんだが、殺人に飽きてしまった。サンプルも百通りあれば特に何不自由なく研究出来てしまったからだろうか。研究し尽くした材料は俺にとってもう眼中にない既にどうでもいい対象外なのだ。何なら俺を殺して欲しいくらいである。手に入らない知識がない、というのも案外面白くないのだな、ふむ。求めていた世界の終わりを間違えた。確かにこの世界はくだらないと思っていたが、人を殺してリスクを背負って快感を覚えて殺し続けた先にあった終わりが何もないなんて、誰が予想したのだろうか。人生なんか平凡で世界なんか残酷で現実なんか暇つぶしに過ぎなかった。そこにあった答はそれだけ。実にくだらない。知識を手に入れる為に研究を重ねて人を殺し続けていた俺から知識と人殺しまで取ってどうするつもりだ。分からない事象は、鏡にでも答を聞いてみよう。
洗面台に向かい、鏡と対峙する。メルヘンチックな性格ではないので、鏡よ鏡よ鏡さん、と魔女が聞くような質問をするつもりはない。したところでいるのは目の死んだ青年だ。そこには見慣れた目の死んだ青年が立っている。改めて向かい合って見ると、俺は目が死んでいる。感情のない人間に生気が宿るはずがないからか。ならば、目が死んでいるのは一生治らないに違いない。
「お前はそれで満足なのか?」と問い掛けてみた。「俺は生まれてこの方満足なんかしたことがない」と返ってきた。「それは俺が善良な市民であるのと同じか?」と返してみる。「それは俺が蟻一匹も殺さない優良な市民と同意義さ」と返ってきた。「それは最高だ」「ああ、傑作だな」鏡の俺は笑っていた。俺は何一つ笑わなかった。
殺しの螺旋から外れてしまった俺は何をするにもモチベーションが上がらない抜け殻になってしまったので、暇を潰すには惰眠を貪るしか手段がない。だから、眠りにつこう。昼間に寝るのも案外悪くないものだ。今までが充実し過ぎた。ただ、それだけのこと。今が充実しなくなった。ただ、それだけ。意識を睡眠にシフトをしようとしたその時である。滅多に鳴ることのないインターホンが鳴った。
嫌々ながらもドアを開けに布団から這い上がる。宅配を頼んだ覚えはないし宅配を頼む用件もない。ならば、誰だ。俺の元に客が来るのもあり得ない。ならば、何だ。本来この家に来客などあってはならないんだ。ある訳がない。他の人間との関わりを絶って来たのだからこの家を知るものは構内に存在しないし、この家を知ったものはみんな俺が殺している。ならば、何が目的だ。インターホンを何回も鳴らされるのは好きではないので、一旦考えるのをやめ、ドアを開ける。そこには女性が存在していた。知らない女性である。何の縁も因果もなさそうな女性、である。
「何だ、アンタは」女性が訪ねてくることはなかったので、平静を装ってなんとか言葉を紡ぎだした。声には異変はなかった、と思う。
「返事くらいしてくれないか。つーか、勝手に入るなよ、おい!」女性は礼儀作法とここが日本だということだけは弁えているらしく、靴を脱いでしっかりと並べてから部屋に侵入してきた。作法を弁えているのなら勝手に上がらないで戴きたい。それを口にすると何かに触れてしまいそうなので心の中で留めておいた。留めておくのが正解だったはず。
「アンタ、何が目的なんだよ!」目的がさっぱりわからない。突然やってきて突然座り始めるのだから、誰がそんな行動を予想出来るかっての! 行動を予測出来ないタイプの人間は苦手だから今まで相手にしないようにしていたというのに!
「ふうん、殺風景なのね。殺人鬼だけに」彼女は突然俺の方に向いて言葉を発した。喋れるんじゃないか。殺風景な部屋なのは、認めよう。今、俺のことを指して殺人鬼と言ったのか? この女性は何なんだ?
「戸惑っているようね。殺人鬼のあんた。殺人鬼に自己紹介するのなんか反吐が出るからしないわ。それでも敢えて言うのなら、私は吉野ヶ里いつみの親友よ」誰だ、それは。
「よしのがりいつみ? 誰のことだ、それは?」全く分からなかったので女性に聞き返してしまった。すると女性は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情でこちらを見ている。表現が見ている以外にないほどに、見ている。
「は? アンタもしかして名前も知らなかったわけ? 小学校の時クラスが同じだったのに名前すら覚えていなかったわけ!?」女性は心の底から驚いている。そうは言われても、小学校のクラスメイトで俺が覚えている人間は誰一人いないから該当しないぞ。
「本当に覚えていないのね。ああ、もう! あんたに『死ねばいいのに』と吐き捨てた少女の名前よ!」女性は心底呆れていた。迫害され続けていた時の記憶は全て捨ててしまったのだから断片的にしか覚えていないのは仕方ないだろうよ。つーか、あの少女は吉野ヶ里いつみという名前だったのか。
「あんた興味のないことは何にも知らないのね。そういう話はいつみから聞いてたけれども」申し訳ない気分になったので、とりあえず謝った。初めて殺した相手の名前すら知らなかったことに、謝った。
「それで、その吉野ヶ里いつみの親友であるアンタが俺に何の用なの?」今度は俺から質問を投げつけるターンだ。ずっと質問ばかりされるのは好きじゃあない。女性の方を見ると、なんだか睨みつけられている。何か気に障る質問でもしてしまったか?
「はあ、私こんないい加減なやつに会いに来たわけなの? こんないい加減なやつにいつみは殺されちゃったの? こんないい加減なやつが初恋の相手だったの!?」女性は気だるそうに答えた。呆れているどころではない。何だかこのままでは見離されてしまいそうだ。あれ、何か聞き逃してはならないようなことを言われた気がするぞ!?
「あんたと話しているとペースが崩れるから目的だけ言わせてもらうわ。あなたが気になっているのは、今日何故ここにいるのか、じゃなくて、何故今日ここに来られたのか、でしょ?」彼女は淡々と話す。口を挟ませるつもりはないようだ。
「理由は簡単よ。私はずっとアナタを探していたの。いつみを殺した犯人をずっと――探していたの」彼女は至って冷静だ。
「それでも見つけるのに半年かかったけどね」彼女は少し笑った。
「で、なんで見つけられたんだ? 証拠なんか残してないはずだぞ?」これではまだ何も解決していないのだ。証拠を残すようなヘマを俺がするわけがないからな。
「精神論とかそういう類の話は好きじゃないんだけど、ただの女の勘なのよね」彼女は照れながら言った。俺は口を開けたまま驚いた。
「ハァ!? そんな理由で俺を見つけたってわけ!? なんだよそれ!」憤慨しているのを隠し切れない。なんつー理由で見つけちまってやがんだ、こいつ。
「家は割れていたのよ。でもどうやっても証拠が見つからないからみんな諦めちゃったんだけど、諦め切れなかったのよね。それが功を制したみたい」人間は諦めないタイプがいるから厄介である。まさにこういうことだ。
「それで親友の弔い合戦を仕掛けようってわけかい? いい友達を持ったもんだな。そのなんとかちゃんって子は」さっきから気になっていた喪服姿はそういうことか。よく似合うので違和感がない。そのまま葬式にでも行きそうだ。って、普通は葬式に行く時に着るもんだろ。
「そうよ、弔い合戦。ここで、全ての、終わりを終わらせるの。アナタを殺して私も死ぬわ」彼女は声を低めてそう言った。ふん、殊勝な精神をお持ちなこった。尊敬の念さえ覚えるよ。
「カッコイイな、それって。俺にもそんな友人が欲しかったよ、とは言わねえ。んなもんただの自己満じゃねーか。だって、弔い合戦なんか誰も見守ってくれてねーんだぜ? それで自分の何を救えるってンだ? エゴを俺にぶつけないでくれよ」人の為に生きるのなんて何が楽しいのか俺には理解しかねる。さらにその為になる人がこの世に存在していない、と来ちゃあ意味が不明で荒唐無稽だ。
「自己満にしか過ぎないのは分かっているわ。なんせ、いつみは死んでいるんだもの。でも、いつみは私にとって生きる希望だったの。今まで頑張れたのはあの子がいてくれたからだし。あの子がいてくれなかったら私はとっくに死んでいるわ。だから、もうあの子がいないこの世界には用はないってこと」自分の為に人を殺すのが俺だとすると、人の為に人を殺すのがこの彼女か。
「私は小学校の頃にいじめられていてね。あなたの迫害とは違うんだけれども、いじめはいじめ。そこに存在していないかのように存在していなかった。誰も構ってくれなくて誰も見つけてくれなかった。何度も死にたくなった私に手を差し伸べてくれたのがいつみってわけ。あの子は多分根っからの救いたがりなのよね。パターンは最悪の方向に進んでしまったけれど、あなたのことだって救おうとしていたでしょ? そういう子を見ていると何か行動しないと気が済まなかったんでしょうね。話しかけられない私に話しかけてくれて、構ってもらえない私に構ってくれて、存在を存在として見てくれない私を存在として捉えてくれて、友達という友達を失った私に親友として接してくれた。生きる理由を教えてくれたと言っても大袈裟過ぎないくらいに、あの子は希望を与えてくれた。それからはいつでも頑張れたし、いつでも挫けなかった。いつでも、力になってくれた。なのに、もう力になってくれないのよ、あの子は。生きる希望を与えてくれた存在は存在しないのよ……」それはとても悲痛な叫びだった。しかし、特に心に訴えかけてくるものはなかったし響くこともなかったのは事実である。
「――だから、アナタを殺して、私も死ぬわ」
そして、彼女はスーツの懐から拳銃を取り出して構えた。勿論標準は俺で固定されている。
「残念ながら何を言っても終わってしまった俺には響かないぜ。それに俺は俺の意志で殺すし、俺の意志で死ぬと決めている。だから、俺はアンタに殺されない。本当に残念だよ、アンタを殺人鬼を殺した英雄には出来ないんだから」隙を突いて拳銃を構えた彼女から、拳銃を奪い取る。これで形勢逆転だ。
素早い動きで拳銃を奪ったので、彼女は口が開いたまま止まっていた。拳銃を使うなんてスマートなやり方じゃないが、事が事だから、形振り構ってはいられない。俺は俺の意志で死ぬ。だから、アンタには殺されない。
「俺は生き過ぎた。本来ならとっくに個としての俺は死んでいるべきだったんだ。なのに惰性で生き続けてしまった。本当に不本意で仕方がない。あの頃、全く救われなかった俺が今こうなって百人の人を殺した。それに後悔も反省もないし、他に存在価値を見出す方法もなかっただろう。それでも、百人なんか殺す必要はなかったんだ。殺し過ぎた。だから、飽きた。達成感はただの害悪だったんだ。死んでもいい、と思った瞬間に俺は終わった。そのせいで生きたかった人生から死んでもいいつまらない世界を取り戻すハメになった。つまらない世界は、本当につまらない。死んでもいい人生なんて、本当につまらない。つまらないなら、死んでもいい。つーわけで、アンタを世界を救った英雄にはさせやしない。そうさ、殺人鬼である俺の死因は自殺だ。じゃあな、名も知らない英雄のなり損ないさん。生き続けた十九年間ではあったが、未練のない人生を、ありがとう。死に始めた人生とは、お別れだ。くだらない世界よ、今度こそ――さようなら」
自然、死ぬのも悪くない、などと考えていた俺がそこにはいた。
ならば、死んでしまおう。既にこの世に未練はないのだから。
生きている理由がなくなったのなら、死んでしまえばいい。それだけのこと。
そして、俺は拳銃をこめかみに当てて、引き金を引いた。
くだらない世界に、ありがとう。つまらない人生に、さようなら。
今日、俺が死ぬのなら。
殺人鬼は人を殺して、己も殺しました。