シル

そこは世界。
そこは舞台。
そこは物語。

シルが出会う、物語。

ある日のこと。
シルは、とある本を見つけました。
町の古本屋さんで見つけたのです。その表紙は深い茶色の動物の皮で作られ、題名は金色の文字で書かれていました。
古いけれども、高価な本でした。

シルは本を開きます。
それは、ある国の英雄のお話でした。


むかしむかし。まだ地上に天然の植物が生えていたくらいの時。
ある国がありました。
その国は、小さな小さな国でした。
国にあるのはほとんどが村で、唯一ある「町」も、まわりの村がひとまわり大きくなったくらい。
人々は畑を耕し、水を汲み、服も生活に必要な道具も、そのほとんどを自分たちで作りながら生活をしていました。
決して、裕福とは言えないような暮らしでした。

比べて、隣の国は、その国と違って広い面積を持っていました。
たくさんの人が居て、たくさんの食べ物があって、年に数回は大きなお祭りがありました。
国の真ん中には大きな河が流れ、人々はそこで休んだり、遊んだりしていました。
河の周りにはたくさんの木々が植えられ、たくさんの花が植えられ、小鳥や虫や子供たちがたくさん寄ってきました。
国民たちは、いつも皆、幸せそうな笑顔を浮かべていました。
本当に、幸せ以外知らないような国でした。

小さな国の若者や男たちは、みんな質素な暮らしに耐えかねて
隣の国やほかの裕福な国へ移っていきました。
当然、その国には老人や、体が弱い人や、旅に耐えられない子供や女性たちが多く取り残されていきました。
取り残された人々はあきらめ、毎日毎日畑を耕す日々を送っていました。
そんな、小さな国でのお話です。

その国に、ある日旅人がやってきました。
旅人が来るなんて、今までに無いことです。国で一番のおばあさんも、「自分の親からも、祖父母からも、そんな話きいたことがない。」というくらい。
国民は、このたいへん珍しい訪問者を国をあげて歓迎しました。
自分たちに用意できる精一杯の料理でもてなし、旅人が止まるために国で一番良く、しっかりした家を用意したりしました。
(その国には宿なんて必要なかったのです。元々の家の持ち主のお爺さんは、快く家をゆずってくれました。)
国民は、皆、外の人が来たのがただ嬉しかったのです。
毎日畑を耕して、同じ事の繰り返し。子供は成長すると、どんどん国を出て行ってしまう。
自分たちは世界から完全に忘れ去られてしまうのではないか。
いや、もう忘れ去られているのではないか。
いつもいつも、口には出さないものの、そういうような事を考えながら生きてきたのですから。
旅人も、いままでたくさんの国を旅してきたので、たくさんの国で招待を受けてきましたが、
こんなに暖かい招待を受けたのは初めてでした。
旅人は、この国をとても気に入りました。お礼に、滞在している間畑仕事を手伝い、たくさんの旅の話をしました。
子供も大人も、皆目を輝かせて話に聞き入りました。
気がつけば半月がたち、1年がたち、旅人は2年をその国ですごしていました。
その間、小さな国を出て行く人々は一人もいませんでした。

旅人が国へやって来て、2回目の春が過ぎた頃。
旅人は少し、この国に留まりすぎました。もう、次の旅に出なくてはなりません。
小さな国の国民は、皆涙を流して残念がりました。
中には、「このまま住み着いてしまえよ。」と言う人もいました。
けれど旅人は「自分で決めたことだから。」と笑うだけでした。

出発の日。
国民全員が、旅人を身送るために、国の中心の広場に集まっていました。
やがて、2年前、旅人に家を提供したお爺さんが出てきて言いました。
「旅人さま、あなたはこのような寂れた国を訪れてくださいました。もし2年前のあの日、あなたがこの国を訪れていなかったら、
この国は今のようなすばらしい国にはなれなかったでしょう。
今や、国を出て行く人間は居ません。私たちの暮らしは貧乏なものですが、協力して助け合って生きていくという術を手に入れた今、
私たちはある意味世界で一番幸福だと言えるでしょう。
本当にありがとうございました。お元気で、旅のご無事をお祈りしています。」
旅人はこう返事をしました。
「お爺さん、お礼を言わなければならないのは私のほうです。皆さんは私にあんなに暖かい招待をしてくださったではありませんか。それも、2年間も。
感謝の言葉をいくら並べても、たりません。
今までのお礼です。これを受け取ってください。
これは私が3年ほど前に、異国の商人から買い取ったものです。
その商人の話だと、これは想像もできないくらいの威力を持った『魔法の弾』だそうです。
使い方は、たとえばどこか他の国がこの国の稲をねらって攻撃してきたとき、この長い紐に火をつけて
相手の国に投げ入れるのだそうです。
そうすると、この国を守れる魔法がかかるのだそうです。
外の世界は物騒だ。私もあなた方にお話をしましたが、外では国と国が富を争い、互いに攻撃しあっている。
私はこの国が好きだから、いつかまた、ここを訪れるかもしれない。
そのときに、また、あなた方に会えるように。これで、この国を守ってください。お願いします。」
旅人は『魔法の弾』を持っているだけ全てお爺さんに渡しました。
お爺さんは泣きながら、「ありがとうございます、ありがとうございます。」と、受け取りました。

6年後。
人口が増えすぎて、広い面積に人が入りきらなくなってしまった隣の国が
小さな国に、領地を求めて攻撃してきました。
小さな国の人々は、迷わず『魔法の弾』をつかいました。
それは、真っ赤な真っ赤な魔法でした。
それから何十年も、隣の国には草も木も何も生えませんでした。

小さな国の人々は、『魔法の弾』の魔法に驚きました。
そして、狂喜乱舞しました。
国の数少ない頭の良い若者が、『魔法の弾』の作り方を研究しました。
小さな国は『魔法の弾』で、周りのたくさんの国に魔法をかけ始めました。
小さな国はいつしか、大きな国になっていました。
そして、あの旅人はいつしか、「英雄」と呼ばれていました。

数年の後、ある旅人がその国を訪れました。
その国の人々は、旅人が来たことに誰一人として気づきませんでした。
旅人はその国を一日かけて歩き、やがて国の中心の広場に着くと、
そのままじっと空を見つめて、そして黙って国を出て行きました。
ひからびて、何も無い大地へ出て行きました。


シルは、本を閉じました。
その本の著者は、シルの国の英雄の名前でした。

シルは古本屋さんを出ました。そして、お母さんから頼まれた卵と牛乳を買いに、
町の中心に歩いていきました。

シル

皆さんこんにちは。恐縮です。初の短編、初の投稿です。
初めての作品としては、かなり暗かった・・・と思います。
なんだかすごいスタートを切ってしまったように思います。

ご精読、ありがとうございました。

シル

-これは、ある国の英雄のお話。シルが出会った、英雄のお話。- 初投稿です。なかなか不思議なお話に仕上がっています。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-15

CC BY-NC
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