もーいーかーい

もーいーかーい……

……まーだだよ

もーいーかーい……

……まーだだよ



もーいーかーい


もーいーよ



「……みぃつけたっ」


昔からある子供の遊び

鬼は子供を見つけ

子供は必死に隠れる


一人、又一人と鬼に見つかっていく

最後の一人を みつけだすまで

01-日常-


「いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、しーち、はーち、きゅー、じゅう! もーいーかーい」

「……まーだだよ」

「いーち、にー、さーん……」

学校の帰り道、私はいつもと同じ時間、同じ場所を通っている。
近くの公園では小学生ぐらいの子供達がかくれんぼをしていた。
小さい頃はよくやったな、なんて思いながら私は家に帰った。



「ただいま」

そういうけれど、私の声は家の中で虚しく消えていく。
これもいつもの事だ。
靴を脱ぎリビングに向かうとテーブルの上に小さな紙と一緒に千円札が二枚置いてあった。

”今日も遅くなります”

これもいつもの事。
溜息すらもでないまま、私は冷蔵庫から牛乳を取り出し一息ついた。



部屋に戻り制服を脱ぎ捨てパソコンに電源をつける。
起動するまで時間が掛かるからその間に着替えを済ました。
着替えが終わる頃にはパソコンの画面はいつもと同じデスクトップで、
私はインターネットを開き、お気に入りに入っているチャット広場のサイトをクリックする。


チャットはいい。
顔も名前も本当の事はわからないのにたくさんの人が集まり、話をしたりお絵かきをしたり、
いろんな情報が交差する世界。
私はそこで”momo”と名乗っていた。
もちろんそれは偽名である。前に友達から本名は使わない方がいいと言われていた。
だから丁度始める前に食べていた桃をみてmomoとつけた。



<momoさんが入室しました>

momo>こん!やっと学校が終わったよ~
ナオ>こん☆お疲れ様でしたぁ。今ね、子供の頃の遊びについて話してたんだぁ



ナオと言うのは、私が初めてこのサイトに来た時に出会った女の子だ。
もちろん彼女が女の子なのか……それが事実かはわからない。
だけど、少なくとも私は男女関係なくナオの事を友達だと思っている。
ちらりと入室者の欄を見ると今入室しているのは私を合わせて五人。
ナオを含めその他の二人の名前は知っているが、一人だけ初めてみた人がいた。
このチャットを始めてから半年以上たつが、きっと新しく来た人だろう。

(JUN……名前からして、男? でも女でも使えるか)

ログなど見て口調や性格をみたが、このJUNという人物は中性的というか……どちらかわからない。



ナオ>ねぇ、momoは子供の頃どんな遊びしてた?



ナオに話し掛けられ考えを一時中断した。
結局のところ、このチャットの世界では男女なんて関係ないのだ。
というか、真実などほんの一握りなんだし考えてもしかたない。
それこそ、砂漠で水を見つけるくらいの確立に等しい。
私はJUNについて考えるのを止め、先ほどのナオの質問について考える。

(子供の頃の遊び、か……)

子供の頃っていうと……鬼ごっこ、おままごと、缶けり……。
小さい時は難しい事なんて考えずにありのままを受け入れて、楽しく遊んでたっけ。
ふと先ほど子供達が公園でかくれんぼをしている事を思い出しそれでいいかとキーボードを打った。


momo>私はよくかくれんぼをしてたよ
花>かくれんぼか~。私もよくやってたなぁ
昌樹>俺なんかみつけるのがすっげぇ苦手で、探すのに苦労してた


どちらかといえば、私も探すのが下手で最後まで探してた方。
隠れている間は凄く緊張してて見つかった時は凄く悔しかった気がする。
いつ見つかるか分からない、でも一人は嫌。
だけど捕まったら今度は自分が鬼になってしまう。
そんな緊張感が心の中で葛藤してて、しまいには意地になって隠れてた時もあった。

(……子供ながら怖い遊びだな)

だが所詮お遊びだ。
高校生になってまでやる遊びでもない。

その後、私たちは子供の遊びからゲーム、自分がハマっている事などずっと話し続けた。
しかし、JUNという人物は何一つ話さなかった。
ログを観ても私が入室する二十分前までは普通に話していたのに、急に何も話さなくなっている。

(まっ、席でも外してるんでしょ)

私はあんまり気に留めなかった。

02-嘘-


「ありがとうございましたー」

コンビニのドアが開くと同時に私は熱々の肉まんを食べた。親から渡された二千円で今日もコンビニ弁当を買う。
いつのまにかそれも私の中で当たり前になっていた。
肉まんを食べながら夜空を見上げると、雲ひとつない空にポツンと月が浮いていた。

(今日は満月か)

普段は暗い夜道も月の光のおかげか、普段よりも道が見えやすい。
月を眺めがらゆっくりと歩き公園の前を通り過ぎようとした時だった。




「いーち、にー、さーん、よーん……」




「え?」

後、家まで数メートルという所で子供の声が聞こえた。
携帯電話の時刻を見れば、デジタルな数字が十時と示してた。

(こんな時間に子供が?)

もしかして聞き間違いではないだろうか。
そう思いながら私は周りを見渡した。
だがどこにも子供の姿など見つからない。

「……やっぱり聞き間違いか」

きっとチャットでかくれんぼの話などしたから、聞き間違えてしまったんだろう。
やれやれと息を吐き私は再び歩き出した。


誰もいないはずの公園なのに、なにかの視線を感じた気がした。


家の前に着くとリビングの灯りがついている。
もしかして……と思いドアを開ければ、母さんの疲れきった声で”おかえり”という言葉が聞こえた。

(やっぱり)

こんな時間だ。きっとお酒でも飲んできたんだろう。
サンダルを脱ぎリビングに向かうと案の定、顔を少し赤くしてソファーに座っている母さんの姿があった。

「……またお酒飲んできたの?」

「ん~、ちょっとね。まったく接待っていうのも疲れるわ」

半分呆れながら水を持っていくと母さんは嬉しそうに笑い、水を受け取る。
そんなになるまで飲まなくてもいいのに……。
だが、父と一緒に共働きしているんだ。文句は言えない。

「じゃぁ、もう部屋に戻るね」

「は~~い」

小さくため息をついて、先ほど買ったコンビニの弁当と冷蔵庫に入っていた麦茶を持って部屋に戻った。
私は再び先ほどのチャットのホームページへと行ったが私が抜けていた間に人数が四から二へと変わっている。
入室すると中にいるのはナオとJUNだけで、
ログを観ていくと花や昌樹は十分も前に退室していたのだ。


momoさんが入室しました。

momo>さっきぶり~、花と昌樹は落ちたんだね
ナオ>なんか学校でテストがあるからもう寝るんだって。私も明日テストがあるから落ちようかと思ってたんだ~


(……そういえば私も明日は学校で数学の小テストがあるとか言ってたような)

そんなことを数学の教師が言っていた気がするが、眠い午後の授業中に言われても覚えるなんてできない。
更新ボタンを押すとログが流れる。

JUN>……テストか、ボクも明日は数学の小テストがあるよ
ナオ>へぇ、皆やっぱりテストがあるんだね! momoの学校ももしかしてあるの?
momo>ううん、明日はなにもなかった気がするよ


――咄嗟に嘘を書いてしまった。
だって少しだけヤバいと感じたんだ。
”数学”と”小テスト”というキーワードからJUNはもしかしたら私と同じ学校の人かもしれない、ってそう思った。
チャットの中じゃ嘘なんて日常茶飯事なんだし……気にしないでおこう。


ナオ>なぁんだ、そうなんだ~。おっと、いい加減親がうるさいので、一回落ちるね!
momo>うん、またね~

ナオさんは退室しました。


そして残ったのは私とJUNだけ。
実はJUNと会話をしたのはさっきが初めて。
昔の遊びについて話していた時も、JUNは一度もしゃべらなかった。


momo>えっと、JUNも明日テストがあるんだよね? 勉強とかしなくていいの?
JUN>う~ん、一通り復習は終わってるし大丈夫だよ。
momo>へぇ、えらいねぇ。私なんかテスト前でも全然勉強する気力もないよ


家に帰ってきてもただパソコンをするか、寝てるかだし。
勉強はあくまで学校しかしない。だってめんどくさいし気力もない。
それに、勉強よりもこうやってチャットしてた方が数倍楽しいし。

そんなことを思っているとコンコンと扉が叩かれた。

「裕子、明日は早いんでしょ?さっさと寝なさいよ~?」

「……はーい」

(しょうがない、今日はここまでにするか)

私は退室する為にカタカタとキーボードを打っていると、自動更新されたのかJUNの名前が出てくる。
そして、私はその言葉を読むと同時に目を見開いた。



JUN>ところで、なんでさっきは嘘を言ったの?




心臓の音が大きく跳ねた気がする。
その言葉が脳に到達するまでに少し時間がかかった。

(何故、嘘だとわかったの?)

いや、もしかしたらからかっているのかもしれない。
だって私は一言もテストの事に関しては肯定の言葉を書いていない。
軽く深呼吸し打ってあったコメントをコピーした後、新たに言葉を書いた。


momo>嘘って?


私は嘘がばれない様に短く返答した。
ここはあえて短い言葉の方が相手の出方がわかりやすい。
もしJUNが先程のことを指摘しても、もう一度嘘をつけばいいだけ。

(大丈夫、こんなのはただの偶然なんだから)

言葉だけの世界だ、いくらでも嘘は書ける。
だが、いくら待っても返答は返ってこなかった。自動更新されてもJUNからの返答はない。

(やはり軽率すぎたか?)

もしかしたらJUNは短い私の言葉の続きを待っているのかもしれない。
だが何らかの反応をしてくれてもいいと思ったけど……。
やっぱり偶然だったのだろう。

ほっと一息をつき、先ほどコピーしたコメントを張り付けて早く退室しよう。


momo>私、明日早いからそろそろ落ちるね
JUN>うん、また明日。

momoさんは退室しました。


椅子の上で体を伸ばしインターネットを閉じた。

(まったく、変に疲れちゃったよ……)

時計を見ればまだ針は十一時を指している。
カチッカチッと針の動く音だけが部屋の中に響きわたる。

(……なんで、こんなに息苦しいんだろう)

私の部屋の中のはずなのに、なぜか息がしにくい。時計の音と自分の心臓の音がやけに大きく感じた。
一秒間が凄く長く感じるのは何故?
心なしか手に汗が出てきて何度も服で拭いた。だが拭いても拭いても手が湿った感触がする。

(考えすぎ、そう、考えすぎよ)

ただ偶然に嘘を見破られただけじゃない。しかも嘘か本当かもわからない人物に。
チャットはあくまでチャット。会話の世界だ。
知っている人物に会える確率なんて、ほんの少ししかいない。
それに私は自分の名前とは全然違う名前を使っている。

(――共通点なんてない)

おまけに学校の友達に私がこのチャットを利用しているなど誰にも話したこともないのだ。
軽く頭を左右に振り、椅子から立ち上がった。

「……お風呂に入ってスッキリしよう」

急いでタンスからパジャマと下着を取り出し急いで階段から降りた。
お母さんが何か言っていたような気がするが、今は早くお風呂に入りたい。
服を脱ぎ洗濯機に入れると、シャツが思ったよりも汗で湿っていたことに驚いた。

(動揺しすぎだ)

シャワーのお湯を頭から被ると少しだけ落ち着いた。


お風呂に入りながらゆっくりと肩まで浸かる。
暖かいお湯に包まれていると、先ほどまで動揺していた自分がなんだか馬鹿らしく思える。

「変に動揺してどうすんだか」

もしまたJUNに同じ質問をされたら「あの時は嘘ついちゃった」とか言っておけばいい。
相手はまだ何も知らないのだから。
その証拠に何の返答も返ってこなかったじゃないか。

(ただそれだけのこと。何を焦っていたのか)

JUNはあくまで私はテストがないと嘘を見破っただけ。
数学のテストがあるとまでは見破ってないんだし、だから偶然よ。
明日テストがある学校の中で私の学校だけが数学のテストがあるなんて事はない。
パシャとお湯で顔を洗いお風呂から出た。


部屋に戻るとパソコンがまだ起動していた。

「急いでたから消すの忘れてた」

タオルで髪を拭きながらマウス動かす。

(そういえば、JUNってまだいるのかな…)

矢印はスタートボタンを押してシャットダウンできる状態であったが、
ふと興味本位で再びインターネットのアイコンをクリックした。
慣れた動作でさっきのチャット広場に行くとJUNはまだあの部屋にいた。
入室しようか迷ったけど、結局やめた。

今いるのはJUNと麻衣という人だけ。
なんとなく入りにくいし、さっきの事をどうやって聞けばいいのかもわからなかった。

「いつまでも気にしててもしょうがない、か」

私はバツボタンを押し、今度こそパソコンを消した。

03-かくれんぼ第一幕 麻衣-


 月の光が射す中、私は必死に隠れる場所を探していた。
子供の声が私を追い詰める。
逃げても逃げても追いかけてくる声に怖くて必死に逃げた。
だが、その声はどんなに遠くに離れていても聞こえてくる。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖いっ。

「いーち、にー、さーん、よーん、ごー、ろーく、しーち、はーち、きゅー、じゅー! もーいーかーい」

「ま、まぁだだよ!」

どこに隠れればいいの!?
ああ、声が近付いてくる。なんで、どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないんだっ。
怖いよ、誰か助けてっ。

「いーち、にー、さーん……」

「はぁ、っ……うぅ……はぁ、はぁ」


どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして


(どうして人がいないの!!)


汗が頬を伝う。視界は涙で滲んでよく見えない。
拭いても拭いても流れ出てくる汗。
走っても走ってもどこまでもついてくる子供の声。
逃げ出したいのに出口がない。まるで悪夢だ。
いや、悪夢の方がまだマシ。
夢だったら覚めるが、この現実は覚めることがない。
口の中から鉄の味が交る。呼吸もだんだんしにくくなって目が霞む。

「ろーく、しーち、はーち……」

隠れなきゃ。見つからなければ私の勝ちなんだからっ。
何処かの工場の錆びれたロッカーの中に隠れ、私はできるだけ息を殺した。
小さな隙間だけが、私の顔に光を照らす。

「きゅー、じゅー! もーいーかーい」

「…………」

「じゃあ、いくよー」

子供の声が消える。
するとあたりに静寂が走り心臓の音だけが大きく響いた。
ああ、私のこの音が聞こえてしまうんではないか?

子供の声が消えてどれくらいたったのだろうか。
車の音も風の音も何も聞こえない。
暗い静寂の中にいるだけで頭がおかしくなりそうだ。
ドキドキと心臓が早鐘の如く早く響く。

キィと近くで何かを開ける音が聞こえた。

「んー、ここかな」

その声はまるでただ純粋に遊んでいる子供の声。
恐怖と緊張で歯がカチカチと鳴ってしまう。
咄嗟に口元を抑え恐怖から目を背けるようにギュッと目を瞑った。

ああ、違う。
私はただ現実を受け入れたくなかったからなのかもしれない。

「やっぱりこっちかな?」

一歩、また一歩と足音が近づいてくる。

「ねぇ、ここにいるのー?」

ドンドンとロッカーが叩かれた。
声が出そうになったが私は必死に口元を抑えた。
それでも震えは止まらず思わず自分の指を噛んだ。
痛さで震えをなくそうと思ったのに血がじわりと滲んでくるだけで、震えは止まらない。
片方の手で膝に爪を立てたが、徐々に肉に食い込んで再び血が出てくるのに、結果は同じだった。

そして最初は小さかったその音は回を増すごとに大きく叩かれる。




ドン ドン ドン ドン ドン ドン ドン ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ ドンッ




口を手で塞ぎ、震える足では立てなくて壁に寄り掛かる。
目尻には涙を溜め早く過ぎ去ってほしくて必死に祈った。

「ここじゃないのかな」

祈りが通じたのか音が急になくなる。
諦めてくれたのか?そう思った瞬間――。



―――― ドンッッ



「ひぃっ」

まるで和太鼓を耳元で鳴らされたような大きな音に私の口から声が出てしまった。
自分の声に心臓の音が、頭の中の脳内信号が、

危険だと知らせた。

ギィィとロッカーの扉が開かれる。
そしてゆっくりと月の光が私の顔を照らしだし、私はこれ以上開けられないというくらい目を開けた。
一瞬見えたのは月の光に照らし出される子供の顔。
その子供は嬉しそうな声と冷たい笑顔でロッカーの中に入っている私を見つめた。


「みぃつけた」


その子の手が私の目に近づいてくる。
だが私は恐怖で動けず、ただ口からよだれが出て言葉にできない声を上げ、
手が近付いてくるのを見ていることしかできなかった。

「あ……、あっ」

「見つけたご褒美に、お姉ちゃんの体の一部がほしいな」

にっこり笑い、子供は私の頭から足の指まで見た。
そして目を目が合うと、口をゆっくりと三日月のように歪め嬉しそうに言った。


「そうだなぁ……じゃあこの綺麗な目を頂戴?」


「い、や……っ」

クスクスと笑いながら手が私の右目に触れる。片方の小さな手で私の瞼をこれ以上ないというくらい広げ、
もう一つの手で眼球に触れた。


ぐちゅ……ブチ




「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!!」




視界が赤く染まりやがて真っ暗になる。
透明な涙の代わりに黒に近い、赤い涙がとめどなく溢れる。
痛みが強すぎて意識がなくならない。

いっそのこと殺してほしかった。この拷問のような痛みに耐えたくない。

「た……た、しゅ……け……」

「それじゃあ、こっちもほしいけど…その前に、お姉さんうるさいから静かにしてもうらおうかな」

首に冷たい感触が広がる。
そして、その冷たいものは徐々に力を増していき息ができなくなる。
食い込む力が強くなるにつれ、子供の声が不思議そうに言った。



「あれ、お姉さん笑ってるの? あ、楽しかったからかな」



女は笑っていた。

恐怖から解放されるからか、

それとも

逃れられない現実に目を背ける事できるからなのか…。




ゴキッ



醜い音と共に、女の体はだらんと垂れ下った。
だが、彼女の口は嬉しそうに笑っていたのだった。

「よ~し、やっと静かになったね」

嬉しそうに子供の口が歪み、再び女の目へと手を近付ける。
先ほどと同じく眼球に触れ液体が溢れるが、思うように取り出せなかった。

「あれ、取りにくいなぁ……」

眼の中で小さな手が引きづり出そうとぐちゅぐちゅと動き回る。
ブチッと引っ張ると女性の目からまた赤い血が流れ出す。
目があった場所には暗闇が奥へと続いていた。
まるで、どこまでも続く夜のように……。

「あ~あ、こっちは汚くなっちゃたからい~らない」

取り出した片方の目を地面に捨て、子供は楽しそうに走り去った。
次の遊び相手を見つけるために……。



「バイバーイ、麻衣ちゃん」


いーち、にー、さーん、よーん、ごー……

04-好奇心-

耳元で目覚ましの音がうるさく鳴り響く。

「……眠い」

だが、起きなければいけない。
昨日は結局勉強してないし、学校で復習しなくちゃ……。
ふらふらと歩きながらリビングに行き新聞のチャンネル欄を観る。
その間に母さんが起きてきてテレビに電源をつけた。
すると丁度天気予報が終わり朝のニュースが流れてくる。


《―××県○×区にて朝方、先月取り壊された工場で変死体が発見されました。
死体は女性だと思われますが、その死体には目玉がなくなっているもよう。
犯人の性別はまだわかりませんが、早急に捜査が行われているようです―……》


「朝から怖いわねぇ」

なんとも目覚めの悪いニュースだ。
だけど××県なんてここから遠いところだし、きっと犯人もすぐ捕まるだろうな。
私は朝のニュースなど「そんなことがあったんだ」くらいにしか思えなかった。
結局のところ、自分には関係ないことだし被害もない。
それがきっと普通の人の考えだと思う。


「裕子、おはよー」

「あ、おはよう」

学校に行けばいつもと変わらぬ挨拶をクラスメイトに交していく。
席につき早速数学の復習でもしようとパラパラと教科書をめくった。
目の前に広がる数字の数々。
こんな公式覚えて、いったい将来に何の役に立つというんだろうかぜひ聞いてみたい。
しかしテストはテスト。
私の考えなどおかまいなしで成績が決まってしまうんだから。

(……めんどくさい)

勉強だけじゃなくて、すべてが。
友達関係も親との会話も学校も自分自身も、すべてがめんどくさい。
何か面白いことでも起きないかなぁ。
火のない所に煙は立たないというが、暇すぎる日常に私は嫌気がさしていた。
少しして担任の先生が出席確認を始める。
自分の名前の時だけ返事をし、再び教科書に目を向ける。
テストは一時間目。
ホームルームが終わりチャイムと同時に数学の担当の先生が入ってきた。



テストが終わると同時に私は教室から出た。
もちろんサボる為である。
今日はテストをやったんだし、他の授業内容は後でクラスの人にでも見せてもらえばいい。
そうして私は学校の片隅にある今は使われていない部室で一人休んでいた。
もちろん、それだけじゃ暇なので携帯を持って。

(さすがに人はいないか)

携帯を使って、チャットでもしようかと思ったのだが人数はさすがに少ない。
まぁ、平日の昼だしな。
それでもいる人はいるんだから、さてどの部屋に入ろうかな……。

「あ……」

部屋を選んでいると、見知った名前がある。

(JUNか……)

たった一日だったけどなんだか少しだけ苦手なんだよね。
でもJUNがいるということは、私と同じサボっているのか。
しかし、社会人かもしくは大学生だったら珍しくもなんともない事だ。
少し迷った後、そこの部屋のボタンを押した。


momoさんが入室しました

momo>こん、JUN。今日はテストじゃなかったの?
JUN>こんにちは。もうテストは終わったんだ。momoは学校じゃないの?
momo>私は暇だから今サボり中なんだ


昨日のことが嘘のようにJUNと気軽に話せる。
私の気分も良くなり二人の会話は続いていく。
どれくらいたったか、一回目のベルが鳴った。

(めんどくさいけど、戻らなくちゃなぁ)

だけど、座った体は動かず携帯画面から目が離せない。


JUN>そういえば、momoは今朝のニュース見た?
momo>今朝のニュースって?
JUN>あの変死体が出たっていうやつ


(変死体……ああ、そういえばそんなのやってたっけ)

確か、××県で起きた事件だ。
でもなんで今その話題が出てくるのだろうか。


momo>ああ、うん見たよ。それがどうかしたの?
JUN>……あれね、ボクが住んでいる町で起きた事件なんだ
momo>へぇ、そうだったんだ! ……ねぇ、JUNはその現場、見た?


なんとなく好奇心だった。
私はそんな所に一度も立ち会った事ないし、少なからず興味が湧いたから。
何もない、変わらない平日に少しでも刺激を与えてほしかった。
それから二、三分後、私の質問にJUNが答える。
だが、それは私の予想を遥かに超えた答えだった。


JUN>……うん、見た。ていうより、ボクが第一発見者だったんだ。



「え……?」

JUNが第一発見者?
胸の中に喜びに似たような感情が湧きあがる。
私の人生の暇でつまらない時間に、久しぶりにわくわくと好奇心が渦巻くのを感じる。
早くどんな様子だったのか聞きたくて、両手を使いボタンを押した。
ああ、でもなんて聞こうか?
どんな感じだった? 場所はどこ? 他に人はいなかった? 犯人は見た?
頭の中にいろんな質問が駆け巡る。
知らず知らずに口の頬の筋肉が緩んでいくのがわかる。

(人が死んだっていうのに、なんでこんなに嬉しいんだろう)

自分の思想に少さく罪悪感があったものの、それを上回るくらい好奇心の方が強かった。


JUN>やっぱり引いた? ごめんね、いきなりこんな事話しちゃって
momo>ううん、大丈夫だよ。それよりさ、なんでその人そこにいたんだろうね。
   ――確かさ、目がなくなってたんだっけ

JUN>……ほら、こんな感じだったよ



(こんな感じ?)

どういう意味なの?
先ほどのまでの笑った顔が今度は固まったのがわかる。
頭の中は一瞬にして真っ白になり、瞬きすらできない。

(……違う、わからないんじゃない。信じたくないだけだ)



ログが流されていくと同時に、映像がゆっくりとダウンロードされていく。



クリアボタンを押せばいいのに、指が動かなくて、



徐々に画像が現れてくる。



「ひっ……」



驚いて机の上に携帯を置いたままガタンと椅子から立ち上がった。
一瞬しか見なかったその写真は、私の頭に焼きついたかのように離れない。



口から血の色の泡を出し、目があった場所には唯の穴しかなくて、首は横に九十度曲げられていた



それでも、その”人間”らしきものは確かに笑っていた



「うっ……く」

急に怖くなって涙が目に溜まっていく。
あんなこと、聞くべきじゃなかった。
きっと携帯の画面にはまだあの画像が映っているに違いない。
チャットを終わらすためには再びあそこに行って携帯の電源ボタンを押すしかないのだ。

(あんなの人間のすることじゃない……!)

なるべく画面を見ないように目をギュッと瞑り、手探りで携帯を探す。
手に固いものがぶつかると指でボタンの位置を確認しながら電源ボタンを長く押した。
薄く目を開け携帯を見れば、そこには黒い画面が広がっているだけ。
心の中に恐怖と後悔と安心感が混ざり合い、そのせいか突然嘔吐感が襲い口元を押さえトイレへと駆け込んだ。



彼女は、気がつかなかった。
電源を消す前に、書いてあった文字を……。


JUN>ねぇ、凄いでしょ? 今度は誰と一緒に遊ぶんだろうね……




「あれ、誰かの忘れもの?」

裕子が立ち去った後、少しして教科書を抱えた一人の女性が部屋の中に入ってきた。
彼女は机の上にある携帯電話を持ち上げるが、その画面には何も映し出されず電源が切れているだけであった。

「まったく、また誰かサボっていたのね」

携帯電話に名前など書いてあるはずもなく、仕方なく電源を入れれば映し出されるのは真っ白な画面。
だが電源が入ったのにも関わらず、どのボタンを押しても何も反応しなかった。

(壊れてるのかしら……)

再び電源ボタンを押しても変化は見られず困り果てた結果、
不思議に思いながらもその携帯電話を持ち出し部屋からでた。
ガチャリとドアを開けると同時に体格のいい男性が二階の窓から女性に話しかける。
その声の方に振り向けば、同じ職員の坂口が必死に手を振っていた。

「谷口先生ー! 早くしないと授業が始まりますよ」

「あ、はーい!」

ちらりと再び携帯電話を見ると画面は先ほどと変わっておらず、白いままである。
腕時計を見ると、授業が始まるまで後三分。

(職員室に戻っている時間はないか)

どうするべきか悩んだ結果、仕方ないと肩をすくめポケットの中へと入れる。

(……後で職員室にでも聞きに来るでしょ)

今の時代携帯電話なしだと落ち着かないというのが、学生たちの言い分だ。
きっと後で聞きに来るだろうと思い、早苗(さなえ)は教室へと向かった。

05-喪失-

ジャーッと水道の水が勢いよく流れる。
頭の中で先ほどの写真が思い出されるが、初めに観たときに比べれば落ち着いている方だ。
冷たい水に触れればだんだん頭も冷静になっていく。
あれはただの写真だ。
もし私がJUNと同じ第一発見者だったら、面白半分で写真を撮っていたかもしれない。

「……あれ?」

キュッと水道の水を止めハンカチで手を拭こうとしたら、あるものがない。
何度も探すが、やはり見つからない。

「もしかして!」

先ほどの部室に忘れてきたかもしれない。
急いでたし、あんな変なもの見ちゃったせいで……。

私は他の教師にアレが見つかる前に持ってこなくてはと急いで廊下に出た。
だが、運悪く丁度廊下を歩いていた先生に見つかり教室に戻るよう言われた。
付き添われる中、ドアが開いている教室の時計を見れば授業が始まって十分程度過ぎている。

(授業が終わるのは、後四十分後……。終わったらすぐに取りに行けばいい)

そう自分の中で納得させ、私は教室まで戻った。



ベルが鳴り授業が終わると同時に教室を出る。
電源は消したがもしかしたらチャットでJUNが他の人にあの写真を見せてしまっているかもしれない。


子供じみた独占欲


最初こそ怖さはあったが、あの写真の存在を知っているのは私とJUNだけ。
他の人が知らぬニュース。
この学校の中でも私と第一発見者のJUNだけが知らない。
それはどこか優越感にも似ている。

バタンとドアを開ければ、机の上に私の携帯電話があるはずだった。
しかし、そこには見知らぬ生徒が三人だけ。
リボンの見る限り、私よりも一つ下の学年だろう。

「えっと、ここに、携帯電話がありませんでした?」
「え~、そんなものありませんでしたよ?」

「ねえ?」とその子が他の子に聞くが皆知らないと首を横に振るだけ。
……もしかして、先生に持って行かれたのだろうか?
嫌な予感がしてその部屋からすぐに出た。
だが、それと同時に授業が始まるベルが鳴る。
なんでこんな時にっ!
バラバラと散っていた生徒が再び教室に入っていくのが見える。
悔しい気持ちで溜息を吐き、私も自分の教室へと帰って行った。

授業の内容なんてほとんど覚えていない。
頭の中は携帯電話の行方とあの写真の事だけ……。

何故JUNはあの写真を撮ったのか?

あの殺された人……えっと、確か女の人だっけ。名前は、言ってなかったと思う。

でも何故目を?光を遮る為とか犯人の顔を見せないため?(それにしては残酷すぎる)

そして、何故あの人は



笑っていたの?



だけど、小説やサンペンスのドラマとか興味のない私にはわからないことが多すぎる。
答えは犯人だけが知っている。
ああ、なんで、どうして?
空を見上げれば、どんよりと雲が浮かんでいる。
……雨になりそうだ。


結局その日、私は携帯電話を見つけることはできなかった

06-かくれんぼ 第二幕 早苗-

ゴロゴロと雷が遠くの方で鳴っている。
早く帰りたい気持ちもあったのだが、早苗はじっと自分の机の上にある携帯電話を見つめる。
それは自分が休み時間にみつけた物。
三時間目の休み時間か昼休みには取りに来ると思っていたが、
結局この電話は自分の手元にある。
ハァと小さく溜息を吐きその携帯電話の電源を入れた。

(……特に変わりなしか)

電源をつけても映っているのは白い画面。
クリアボタンを押しても通話ボタンを押しても、何も変化なし。
流石にメールを見るわけにもいかない。(むしろそこを押しても変化はないだろう)
再び溜息を吐き外を見た。
黒い雨雲が空を覆い木々が風で揺れている。

「あれ、谷口先生帰らないんですか?」
「え、ええ。もう帰りますよ」

他の先生に指摘され、仕方なく携帯電話を鞄の中に入れた。
もしかしたら誰かが電話をかけてくるかもしれない。
勝手に出てしまってはこの持ち主に咎められてしまうかもしれないが……。

(これは致し方ないことよ。ご家族の方だったら、明日その子に渡せばいいだけ)

そう、壊れているかもしれないが電源はつくのだ。
きっと誰かしらかけてくるだろう。
早苗は自分の中でそう思い込み職員室を出た。


早苗の家は学校を出て、そこから徒歩三十分。
バスにでも乗れば早く帰れるだろうが、生憎この天気のせいでバス停では生徒が行列になっていた。
なんて今日はついていないのだろうとつい嘆きたくなる。
だが嘆いている時間はない。
その間にもポツリポツリと顔に小さな水滴が落ちてきていた。
朝の天気予報では今日は晴天だと言っていたので傘は持ち合わせていなかったのだ。

「もう、なんなのよ今日は!」

ずぶ濡れになる前に家に帰らなくては。
早苗はできるだけ雨に濡れないように鞄を頭の上に乗せ自分のアパートへと急いだ。



ビチャビチャビチャビチャ



彼女の足音だけが響く。
最初こそ大通りに車が走っていたが、アパートに近づくにつれ車の数は減っていく。
雨は先ほどに比べると多少強くなっていた。
早く部屋に戻って暖かいコーヒーが飲みたい。

(あの角を曲がればすぐね)

息が上がる中、最後の角を曲がればすぐにアパートだ。
そう確信した早苗は小走りでその角を曲がる。



「あ、あれ……?」



目の前にはアパートがあるはずだった。
だが、早苗の前にはアパートの姿などなくどこまでも道だけが続いていた。
一瞬道を間違えたのかと考えた。

(そうよ、きっとこの雨で道を間違えただけ)

内心焦っていたが、それは間違いだと誤魔化した。
来た道を戻れば再び身に覚えのある道が広がる。
その間にも雨は徐々に強くなっていった。
軽く息を整え再びアパートの目印を探す前にコンビニに寄ることにした。

「えっと、確かさっきの道にあったわよね」

行き慣れた道だが、強い雨には視界も悪くなる。
早苗の服も水分をたくさん含み、なんだか少し重い鎧のようだ。

早く家に帰りたい。

だが、それよりも傘を手に入れたかった。
コンビニに向かう足取りは先ほどに比べれば遅い。
だがこれ以上雨には濡れたくない。その一心だった。


しかし、何故だろう。

歩いても 歩いても

さっきまであったコンビニがどこにもない。

それだけじゃない、ここは本当に私が知っている道なのだろうか?


どんなに歩いても、目的地は見つからない。
視界が悪いせいでどこか違う道を歩いているのだろうか?
それとも、自分は凄く歩いているつもりでも本当は全然進んではないのではないか?

(そんなわけない)

早苗が右足を出せば、バシャと水が跳ねる音がする。
早苗が左足を出せば、バシャと水が跳ねる音がする。
それを数回繰り返し前へと進む。

ほら、自分はちゃんと歩いているではないか

だが何故か周りの景色は変わらない。
だんだん違和感に気付いていく。
何故、周りの風景が変わらない? いやいや、視界が悪いだけだ。

(そうだ、コンビニがないのならどこかの家の傘を借りればいい)

そんな簡単な事に気づけないなんて、自分はきっと疲れているのだ。
軽く笑いすぐ横にある家のインターフォンを鳴らす。


だが、扉は開くことがなかった。
再度押すが結果は変わらない。
仕方ないと反対側の家のインターフォンを押す。

しかしやはり声は聞こえてこない。
時計を見たかったがこの雨だ。水に濡れて壊れてしまうかもしれない。
上を向けば先ほど見た雲よりも黒さを増し、夜だと気付かされる。

(もしかしたら、ご飯を作ってて気づかないのかも)

少々悪いと思ったがドアを直接叩く。

「あのー、すみません! どなたかいらっしゃいませんかー?」

だが早苗の声はむなしく雨に掻き消される。
となれば頼りになるのはこの扉を叩く音だけ。
今度は先ほどよりも強めに扉を叩く。

「あのー、どなたかいませんかー!?」

声も遠慮がちな声ではなく大きな声で言った。
雨に掻き消されては意味がない。
大きく扉を叩く音に負けないくらい、大きな声を出す。

ああ、手が痛い

でもこの雨の中歩く気力はあまりない

彼女は叩き続けた。
その手は赤みを増していくが、体が冷え切っていたため痛みは感じにくくなっている。


「あの、誰かいないんですか!!?」


半分泣きそうな声をあげると、ガチャリと扉が開き家の中が覗けるぐらいの隙間ができる。
ホッとしてその隙間に顔を覗かせれば、小さな子供がじっとこちらを見ていた。

「えっと、お母さんとかいるかな?」

優しく声をかけたつもりだが、子供は小さく首を振る。

「それじゃ、お家にいるのはあなただけなのかな」

今度はコクンと頷く。
この雨の中子供を一人置いてけぼりにするとはなんとも変な話だったが、
所詮は知らない家だ。
家庭事情に詮索するわけにもいかない。

「実はね、お姉さん傘がなくて困ってるの。それで、申し訳ないけれど傘を貸してほしいんだ。
あ、ちゃんと明日には返しに来るから!」

目線を合わそうと前かがみになれば、その子供はちょっと考えた後ドアのチェーンを外した。
そして、小さく笑い早苗を中に入れたのだった。

07-かくれんぼ 第二の二 早苗-


中に入れば先ほどの寒さが嘘のように暖かくなる。
体が温まれば今度は水滴がポタリポタリと零れていく。

「えっと……この家にバスタオルってあるかな」

早苗がそう言えと子供は家の中の奥に行きバタバタと走り去る。
シーンと静まる。
聞こえてくるのは時計の秒針の音と雨の音。
キョロキョロと周りを見渡せば、そこはどこにでもある一般の家。
しいて言うなら少し天井が高く、玄関のすぐ傍に階段が上へと繋がっている。
ニ階は暗くて何も見えない。
こんなに静かな空間にあの子供は一人でいたのか。
一階の居間を覗こうと体を前屈みにする。


「……っ」


首元にポタリと何かが零れつい体が固まる。
だがそれが水滴だと思えば、ホゥと体の力が抜けた。


しかし、そこで不思議に思った

(何故、上から水滴が……?)

雨漏れでもしているのだろうか。
そう思いゆっくりと上を向けた瞬間、ピカリと外が光り一秒も経たないうちにゴロゴロゴロと雷が落ちる音がする。

「きゃぁっ!!」

反射的に目を瞑り、視界が暗闇に染まる。雷の音が遠くなるにつれゆっくりと目を開けても視界は暗いまま。
キョロキョロと周りを見渡すが、目がなかなか暗闇に慣れてくれない。

(……もしかして停電でもしたのかな)

あの子供がブレーカーのある場所なんて知るわけない。(もしくは知っていても届かないだろう)
まっすぐ見てあの子が帰ってくるのをじっと待つが足音一つ聞こえない。

ブルリと体が震えた。

寒気を感じたのだろうか、早苗は両腕を摩りながらあの子供が帰ってくるのを待った。
どれくらい経ったか、再び雷の閃光が走る。
光は先ほどに比べて弱かったせいか、目を閉じる程度ではなかった。



だが



雷が光ったその時に



私は見てしまった



ニ階の角から



首だけを私の方に向け



般若のような顔で私を睨んでいる



女の人を……



だが、それは雷が光るほんの二、三秒のことであった。
そしてすぐさま暗闇が訪れ靴を脱ぎ足を一歩廊下に踏み出したその時、
早苗の視界が光に包まれる。
いつのまにか目の前にはあの子供がタオルを持ってにっこりと笑いながら立っていた。

「はい、お姉さん」

「あ、りがと……」

未だに先ほど見たものが何かわからず、タオルを受け取りながらニ階を見る。
だが、そこには闇が広がるばかり。

「ね、ねぇ。この家には貴方一人だけなんだよね?」

早苗の質問に子供はコクンと頷いた。

(じゃぁ、さっきのは何だったの?)

悩んで上を見ても何も見えない。
先ほどのは幻かと思ったのだが、どうにも腑に落ちない。
そんな早苗を前に子どもはにこりと笑った。

「ねぇ、お姉さん。傘を貸す前にお願いがあるんだけど」

「な、なあに?」

「あのね、……遊んでほしいんだ」

少し恥じらいながら言う子供に、早く帰りたい気持ちと先ほどのものが何だったのか確かめたい気持ちが混ざる。
人は好奇心にはなかなか勝てない生き物。
早苗は髪をタオルで拭き子供に目を合わせる。

「……確かに私だけ借りて帰るのはいけないわね。じゃあ、少しだけだよ? なにして遊ぼっか?」

「ありがとうっ! じゃあね、じゃあね、かくれんぼ!」

かくれんぼ、か。
じゃんけんで私が勝っても負けてもニ階に行ける。
いいよと笑い、自分が濡れた足で中に入っていたことに少し恥じらいながらタオルで足を拭いた。

「じゃぁ、じゃんけんで鬼を決めよっか。じゃーんけーん」

「ぽんっ!」

早苗は……じゃんけんに勝った。
自分が負けたとわかったら、子供は一目散に走って行った。
早苗もクスリと笑いタオルを床に置いて壁に体を向け目を瞑った。


彼女は  気がつかなかった

そのタオルには 赤い……いや、酸素によって黒くなってしまった

血痕の存在に……

もーいーかーい

もーいーかーい

  • 小説
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  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-06-14

Copyrighted
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  1. 01-日常-
  2. 02-嘘-
  3. 03-かくれんぼ第一幕 麻衣-
  4. 04-好奇心-
  5. 05-喪失-
  6. 06-かくれんぼ 第二幕 早苗-
  7. 07-かくれんぼ 第二の二 早苗-