エイトビートでキャベツを刻んで

エイトビートでキャベツを刻んで

彼と彼女の週末。ベース弾きの彼、ヴォーカルの彼女。
お料理をする彼、残業で遅くなる彼女。
二人のハートビートは8ビートでシンクロする?

彼のつぶやきは、彼女への愛情です。
振り回されっぱなしの彼のぼやきを楽しんでください。
キュートな彼女のイメージが浮かんできますから・・・

キャベツを刻む。一生懸命キャベツを刻む。エイトビートでキャベツを刻む。
それはベースでルート音を続ける作業に似ている。付け合せのキャベツは料理のメインじゃない。
でも、キャベツの無い料理はベース音の響いていない音楽のように、どこか間が抜けている。
ヴォーカルのあいつがキャベツを好きなのは、そのせいだろうかと、とりとめも無く考えながらキャベツを刻んでいる。

そういえば、音楽と料理は似ている。どんな上手なヤツがやっても、その場その場が勝負だ。
ステージでは、そのときに出した音がすべてだ。出てしまった音は取り戻せない。
どんな上手なコックでも、手を抜いた料理では、味もそれなりで、客に出せばいやな顔もされるだろう。
絵や彫刻みたいに、完成したものがずっと残る美術品とは違う、その場限りの勝負。一皿が、一曲が、良し悪しを評価されるすべてだ。
そんなことを考えながら、芯を抜き、葉を揃え、包丁でキャベツを刻む。
 
 
あいつが来るまで、あと一時間。今夜は俺が晩飯を作ってやる約束だ。
学生の頃とは違って、会社勤めをしていると、金は有っても閑が無くなる。あの頃のように、日々、楽器を鳴らしていた頃に、戻りたくもなる。
「今晩会えるんなら、どこかで飯でも食おうか?」
「今日は暇があるの?だったら久しぶりに祐樹の手料理が食べたい。」
「しょうがないな。どうせお前は残業漬けだろう。何時頃来られるんだ?」
「九時には行けると思うよ。」
「じゃあ、それまでに飯を作って待ってるよ。リクエストは何かある?」
「いつもの得意なやつでお願い。オムライスとから揚げね。」
「まったくワンパターンなやつ。刻みキャベツも大盛りで、だろう?」
「そう。それはワンパターンって言わないの。スタンダードって言うんだよ。」
「Georgia on my mindじゃ無いんだから。せめて定番って言えよ。」
「うちのバンドの曲だって、百年経てばスタンダードって言われるようになるよ。」
「馬鹿言ってないで、早く仕事終わらせて、来いよ。リクエスト通りのものを用意して、待ってるから。」
そして定時で仕事を終わった俺は、近所のスーパーで材料を買い込んで、部屋のキッチンで腕を振るっている。
 
 
学生時代からの腐れ縁と言ってしまえばそれまでだけど、もう六年もあいつとの付き合いは続いている。
一緒にバンドを組んで、あいつがヴォーカル、俺はベース弾き、他にギターとドラム、時々はあいつがキーボードも弾くという、ありふれたスタイルのバンドだ。やってるのはJ-POPからスタンダードまで、オリジナルの曲も何曲かは有る。
学生時代には学園祭なんかのお祭りバンドで、今でも年に何回かはライヴハウスでステージもやっている。社会人になってからは月に数回しか練習に集まれないが、それでも学生の頃の日々のおかげで、それなりの音は出せているかな、とも思っている。
いつ頃から、あいつが俺の部屋に、週末やってくるようになったんだろう。気が付くと俺の部屋は、あいつのセカンドルームのようになっていた。
 
 
フライパンに油を引き、ミックスベジタブルを入れ、ご飯と一緒に炒める。ケチャップをたっぷり使い、赤く染める。
本当に子供みたいなヤツ。ケチャップ味でご機嫌になるんだから。そして山盛りの千切りキャベツ。マヨネーズとソースをかけて、うれしそうに食べる。
「レタスよりもキャベツの方が好きなんだ?」
「だって、レタスにはあたりはずれが有るけど、キャベツはいつも甘いもん。」
もうあいつの好物も知り尽くしている。オムライス、から揚げ、キリンビール、こたつ、ドラムとベースのソロの取り合い、ヴォーカルにあたるスポットライト、良く知られている曲をとんでもないアレンジに変形させること。
まったく純日本人の声だし、英語の発音だってジャパニーズイングリッシュのくせに、英語のスタンダードを唄いたがる。ジャズ風にフレーズの中に八小節だけスポットでフォービートを入れてみたり、しょうがないお遊びばかりやりたがる。
おまえの声ならエイトビートの方が似合うって言うのに、いつもそれで、俺とドラムのアメちゃんは振り回されっぱなしになる。出来っこ無いだろうって言ってボツにした曲も何十曲も有るはずだ。
カラオケではジュディ&マリーばっかり歌うくせに、サラ・ヴォーンの曲をバンドでやりたがるなんて、どこか勘違いしてるって、メンバー全員に言われてるヴォーカリストだ。
 
 
ケチャップライスをボウルに移し、フライパンをきれいにして、今度は薄焼き卵だ。
卵を溶いて、適当に塩コショウを振って、フライパンに流し込む。固まって来たら、ケチャップライスを乗せて皿をかぶせて、フライパンと皿を押えてひっくり返す。
緊張する一瞬。曲でブレイクからベースソロに入る瞬間の緊張のようだ。
皿の上には、中身の入った玉子焼きが完成している。形を整えて、オムライスの出来上がり。
 
 
鍋の油に箸を入れて、温度を確認して、から揚げ粉付チキンを放り込む。時刻は八時半をまわった頃。
火が通った頃に一度、油から上げ、三分待ってもう一度熱くした油に放り込む。
こうするとカラッと揚がるんだよって、教えてくれたのはあいつだ。でも、あいつがから揚げを作るのは見たことが無い。
「どこでそんなこと覚えたんだよ?」
って訊いたら、テレビでやってたってあっさり。
「やったことはあるの?」
ってさらに訊いたら、にっこり笑って首を横に振った。
でも、俺が作るから揚げは
「やっぱり二度揚げだと美味しいよね。」
って、自分の手柄のようにいつも言う。
 
 
そろそろ、あいつが来る頃だ。油から上げたから揚げを、キッチンペーパーの上からキャベツの山の上に移し、こたつの上に運ぶ。
オムライスの上には、ちょっとふざけて、ケチャップでハートマーク。
使い終わったフライパンとボウルや皿を洗って、かごに伏せていると、呼び鈴が鳴る。
返事をする前に、ドアが開く。
「ああ、疲れた。寒かった。お腹すいた。」
「いきなりそれかよ。」
「いいじゃない。美味しそうな晩御飯用意して、待っててくれたんでしょう?」
「そうだよ。明日は休みで、ゆっくりできるんだろう?」
「もちろん。だから、こんな時間まで頑張ってたんだもの。」
「ビールも冷蔵庫の中にあるよ。」
「ありがとう。ただいま、祐樹。」
「お帰り。お疲れ様、優子。」

             了

エイトビートでキャベツを刻んで

私の前出の作品「ホーム」のアナザーストーリーです。
「ホーム」の時代より前の、まだ結婚に踏み切れない時代の二人の話。
彼が彼女に振り回されている感じが、ちょっと面白くて、おてんばな彼女を楽しそうに表現したつもりです。
ふりまわされっぱなしの彼の口調も、ちょっとラフな感じになっています。

季節は冬。こたつでほっこりと二人で暖まる様子を想像してください。

音楽関係の話がさまざま出て来ます。
「ニヤッ」と笑いが浮かんだ方もあるかもしれません。
ストーリーから音楽が聴こえたでしょうか?
聴こえたとしたら、どんな音楽でした?

エイトビートでキャベツを刻んで

彼と彼女の週末。ベース弾きの彼、ヴォーカルの彼女。 お料理をする彼、残業で遅くなる彼女。 二人のハートビートは8ビートでシンクロする?

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-07-29

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