貧しい夢の少年
鏡にかけてあった、黒のふちと真っ赤で綺麗な布を母親がひっぱると、目の前に少年の姿が映りこんだ。
鏡のふちは金色に細工を施した、とても豪華なもので、気が引けた。
何かいいたげに、口をすこし開いたが、少年は黙り込んだ。少年の母親がきらきらとした目で、鏡をのぞき込んでいたからだ。
そして、母親は少年の肩を優しくだきながら、耳元でそっと、優しく呟いた。
「とっても似合っているわ。貴方は若いころのお父さんにそっくりよ。この綺麗な金髪と、長い睫・・・それから、その紫がかった黒の・・・・
瞳。ああ・・・これは、私に似ているわね。うふふ、なんて美しい顔をしているんでしょう?あなたは私の自慢の子よ」
「でも母さん、こんな豪華な服装・・・どこで手に入れたの?そんなお金、どこから・・・・」
少年は照れながらも、その服のしわができたところ、あちこちを落ち着きもなくひっぱりながら、言った。
まるで金持ちの貴族のようであった。喉元には白いフリルを。軍隊のひとのように、肩はやたらと紐を編んで装飾をほどこしてある。
全体は真っ黒の布を使っていたため、喪服のようである。ズボンも真っ黒で、まっすぐ足元に伸びていた。高級なものということはすぐにわかった
袖口にも、とても必要なさそうな柔らかな白いフリルが何層にもかさなってあった。
すると母親が夢ごこちで話し出した.
「父さんに、その服で会いに行くのよ。お墓にね。」
その少年には、顔を歪ませた。理解できなかった。どうして晩年、暴力や暴言を吐かれてまで虐げられたはずの男のために
母親がぼろぼろになってまで働いて、尽くすのかを。だから少年はその病的に白い肌を、少しだけ赤らめて、
額には皺をよせた嘆いた。
「母さん!僕はあんな男の墓参りなんてしたくない!こんな恰好!やだっ・・・やだっ!」
脱ぎ捨てようとして、ボタンをとると、その手をつかまれた。とても強い力で、その時初めて、恐怖と絶望に似た、背に迫る危機を感じた。
母親の焦点はもうあっていないように思えた。
それが、どうにも悲しくて、もう、どうにでもなれ!という心地だった。悔しさに拳を握って、くちびるを血がでそうなくらい、かみしめた。
「ねえ聞いて。父さんは立派な人だったわ。ただね、いつも怒っていたのは、体調が悪かったからよ?
あの人はなんにも悪くない。なあんにも。立派な人よ。若いころはね、綺麗な顔をしていたわ。宿の経営も張り切って、毎日家のために働いたわ。」
「母さん・・・母さん・・・目を覚ましてよ。母さん、その体がそんなに細いのはなぜ?あざだらけなのはなぜ?腕だって、ほら、紫色に腫れ上がって・・・。
今だって食うものがろくになくなったのはなぜ?全部!あの男のせいだ!ねえ!ねえ!それだのに、あの男に尽くすのはなぜ?
死んだんだ。もう、あの父親は死んだんだ。地獄へ落ちたんだ。もう、いいじゃないか。これ以上、尽くす必要なんて・・・」
すると、母親はさっきまで夢うつつに虚ろに微笑んでいた顔を歪ませて、まるで地獄の形相、そのままに少年の頬を手のひらで叩いた。
部屋の中に、なんの感情もない渇いた音が反響して、飽和する。少年は痛みに耐えながら、それでも、顔を母親の正面に向けると、ついに涙腺が壊れてしまった。
「うっ・・・・うっう・・・・」手のひらはとても、あげる勇気も元気もなかったから、流れる涙はそのまま地面に落ちた。
仁王立ちになって、ただただ涙が零れ落ちる。
そして、母親は、その細い体からは想像もできないような、低い大きな悲鳴に似た声でいった。
「ああ、なんてことをいうの!なんてこと・・・・。
地獄に行くのはお前だ。忌々しい子。お前はきっと天国になんていけやしないわ!神に嫌われた忌々しい子!」
「お前は罪の子よ!貴方の存在が、私たちを不幸にした!」
(母さんはきっと気を狂わせてしまったんだ。
それでも、僕は
僕は、あいしてるよ、かあさん・・・・)
貧しい夢の少年