危険な核シェルター

 20XX年──。
 ついに、第三次世界大戦が勃発した。
 アメリカをはじめとする、核を保有する国々は、一斉に核ミサイルを発射し、世界中は放射能に包まれた。そしてそれは、僕の住む国「日本」も例外ではなかった。
 人々は大混乱に陥り、あてもなく逃げ惑っている。しかし、逃げるところなどどこにもない。
 僕が個人的に所有している、核シェルターの中以外には──。

「で、これからどうすんの? 滝川くん」

 僕とともに核シェルターに逃げ込んだ、我が社のマドンナの、柳沢さんが不安そうな顔で問う。

「放射能濃度が下がるまで出られないよ」

 百パーセントを指している放射能メーターを見ながら、僕はそう言った。
 この戦争が起こることを予想していた用意周到な僕は、周りの人々に馬鹿にされながらも、核シェルターを購入した。
 このシェルターは、ワンルームマンションの部屋を、地下に埋めたような造りになっており、浄水器を経由した水道も使用でき、さらにはオール電化まで完備している。普通に生活するには、まったく問題はない。
 平和ボケしているこの国で、核シェルターを個人的に所有しているのは、おそらく僕くらいだろう。
 そして今、僕は憧れの柳沢さんと二人っきり。

「どのくらいで出られる?」
「さあ? 二年先か三年先か……」
「そんなに待たなくちゃいけないの!」

 柳沢さんは「冗談じゃねえよ」と言わんばかりの絶望的な表情を浮かべ、僕を責め立てた。

「大丈夫さ、食料もたっぷりあるし」

 この日に備え、僕は乾物類や冷凍食品、米、味噌、などなどを大量に購入していた。柳沢さんと二人なら二、三年くらいは余裕で食べていける。

「そういう問題じゃないわ!」

 だが、柳沢さんは、まだ怒っている。なにか気に入らない事でもあるのだろうか。

「あんたと、このシェルターで、二年も三年も一緒に居られないって言ってるのよ!」

 成る程、そういうことか。

 柳沢さんが僕を嫌っているのは、百も承知だった。
 だが僕は、核ミサイルの発射が日本に向けられているとのニュースが報じられた時に、柳沢さんと二人でこのシェルターに逃げ込むことを決意したのだ。
 声を掛けた時、最初は戸惑っていた柳沢さんだったが、生死に関わる事態に、致し方なく僕の誘いに乗っかったというわけだ。
 どんなに嫌われていても、二年も一緒に居れば“情”というものが湧いてくる。僕は柳沢さんが、僕のことを受け入れてくれるという確信があったのだ。

「柳沢さん……」

 僕は、警戒心むき出しの柳沢さんに、優しく声を掛けた。

「なによ!」

 ファイティングポーズをとりながら、今にもパンチを繰り出してきそうな柳沢さん。
 そんなに怖がらなくてもよいではないか。

 どこにも逃げる場所などない閉鎖された空間が、普段は絶対に言うことが出来ない台詞を、僕に吐かせてくれた。

「僕は、君がずっと前から好きだったんだ」

 僕は柳沢さんに、少しづつ擦り寄った。

「近寄らないで!」

 断固として、僕を拒否する柳沢さん。だが僕は、それに臆することなく話を続けた。

「僕と結婚してくれないか?」
「はあ?」
「二年以上もあるんだ。ここで僕と家庭を持ち、そして子供も産んで、三人で幸せに暮らそう」
「あんた、馬鹿じゃないの!」

 呆れた顔で、僕を罵り続ける柳沢さん。でも、まあいい。そう言われることは分かっていたことだ。
 時間はたっぷりある。やがて僕と柳沢さんは、禁断の果実をかじりエデンの園から追放された、アダムとイヴのように、この世の再生のために一緒になる運命なのだから、焦る必要などどこにもない。

「ちょっとでも触ったら刺すわよ!」

 キッチンの扉から文化包丁を取り出し、僕の眼前に突き付ける柳沢さん。さて、いつまでそう言っていられるものやら。


 そして、二年の月日が流れた──。
 結論から言おう。僕は、柳沢さんを諦めた。
 べつに、柳沢さんから激しい抵抗を受けたとか、性格の不一致とか、そういうのではない。
 僕の思惑通りといってはなんだが、柳沢さんは、徐々に心を開きはじめていた。
 だが、今の柳沢さんを、僕は受け入れることが出来ない。なぜかというと、この二年の間に柳沢さんは、急激に太ってしまったからだ。
 今、僕が一緒に生活しているのは、寝転んでポテチを食いながら、暇つぶし用に備えていたDVDを何度も繰り返し観ている、ゾウアザラシである。あの美しい柳沢さんの面影は、カケラも残されていない。

 僕はふと放射能メーターを見た。放射能濃度は、まだ三十パーセントを指している。
 どうやら僕は、あのゾウアザラシと、あと一年は一緒に暮らさなければならないようだ。

「ねえ、もうポテチないの?」

 寝そべったままの状態で、食べ物を要求するゾウアザラシ。そのうちこのシェルターの食べ物は、あいつに食い尽くされてしまうだろう。
 だが、僕はあと一年、生き永らえなければならない。

 僕はキッチンに向かい、あの日、柳沢さんが突き付けた文化包丁を手に取った。
 するとDVDを観ながら、ゾウアザラシがこう呟いた。

「結婚の話さ、考えてもいいよ」

 その台詞、二年前に聞きたかったよ。

 僕は文化包丁をにぎりしめたまま、ゾウアザラシの元へと向かった。

危険な核シェルター

危険な核シェルター

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-12

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