俺の親友幼馴染み(「はじまりは腕相撲」番外編)

「はじまりは腕相撲」の登場人物たちのお話です。

 桜が散って、青葉が鮮やかに映える季節。
 新入生はまだぎこちないながらも部活動に汗を流している。
「集合――!!」
 野球部キャプテンを任されている空田翔介(そらだしょうすけ)は、グラウンドに散った部員たちに向けて声を張り上げた。
 翔介たち三年にとっては、この夏の大会が中学野球最後の公式試合となる。ただ今はレギュラー争いの真っ最中であり、それは翔介も例外ではない。キャプテンとしての役割を果たしながらも、レギュラー入りのための努力を惜しんではいられない。
 しかし、新入生のメニューやチーム全体の士気を上げる方法について、顧問兼監督と話し合ったり、副キャプテンと共に考えたりするのは思った以上に大変であった。今まで気にしたことはなかったのに、最近急に疲れを感じる。
 その日の練習が終わると、翔介は珍しく早々にスポーツバックを肩にかついだ。いつもなら皆と何か買い食いして帰るのだが、今日はそんな気分ではなかった。
「松谷、悪いけど後頼んでいいか?」
 副キャプテンの松谷に一声かけると、彼は少し意外そうに翔介を見た。
「どうした? 今日何かあるのか」
「まあ、ちょっと……」
 翔介が曖昧に言葉を濁すと、松谷はそれ以上何も追求せず、うなずいて手を振った。
「ん、分かった。さっさと行け、じゃーな」
「サンキュ、じゃ」
 翔介は他の部員たちにもあいさつをし、皆より一足先に学校を出た。
 校門前で、見知った女子二人を見つける。
「あ、渡里に秋野」
「空田君」
 二人の声が重なる。どちらも去年に引き続き同じクラスで、女子ソフトテニス部所属の渡里菜々衣(わたりななき)秋野里美(あきのさとみ)だった。学校指定の体操服姿且つラケットを持っているところを見ると、彼女たちも今から帰るところらしい。
「野球部の練習も終わったんだ」
 里美が特に何の感情も無く言い、
「あれ? 空田君が一人って珍しいね」
 菜々衣が小首を傾げた。
「うん、たまには」
 翔介は笑顔と一緒にあっさり返し、二人に手を振った。と、菜々衣が思い出したように言った。
「あ、そうだ。部活始まる前、槇に会ったよ。空田君を探してるみたいだったんだけど」
「え、そうなの? まあまた明日訊いてみるわ」
 翔介は菜々衣に礼を言い、今度こそ二人に背を向けた。
 槇こと槇梓(まきあずさ)は、翔介と幼稚園の頃からの幼馴染みである。小学校までは、一緒にスポーツ少年団で野球をやっていた。今の彼は科学部で、興味のある地球科学の分野についてあれこれ独自に勉強しているようだ。
 野球部に入って野球部の仲間と絡み、さらにクラスの違う翔介とは当然いつも一緒にいるわけではない。だが、ふとたまに話したくなる。彼はいつでも翔介の話をじっと聞いてくれるのだ。それが心地よく、安心する。

「あれ? 翔介、今帰り?」
 学校近くのコンビニから、袋を下げた少年がこちらに近付いてくる。今の今まで考えていた幼馴染みだった。
「珍しいね、一人なんて」
 梓は軽く首を傾げたが、特に気にした様子もない。翔介は苦笑した。
「俺だってたまには一人になりたいさ」
「そう。まあたまにはいいんじゃない」
 梓は「ふーん」とうなずいて、翔介を置いて歩き始めた。家は途中まで同じ方向だ。
 翔介はがしっと彼の肩を掴んだ。
「ちょっと待て。同じ方向だろ」
 梓は少し迷惑そうに振り返った。
「だって一人になりたいんだろ」
「お前見てたら気が変わった」
「……何だそれ」
 梓は大げさにため息を吐くと、翔介が横に並ぶのを待ってまた歩き出した。
「そういえばお前、俺に何か用あったの?」
 ふと先程菜々衣に言われたことを思い出して尋ねる。
「え? 何の話?」
「部活始まる前、お前に会ったって渡里が言ってた」
「ああ、そうそう」
 梓はようやく思い出したように手をポンと打った。
「兄さん何とかベンチに入れそうだよ、って報告しようと思って」
「え!? マジ!?」
 翔介は目を見開いて幼馴染みを見た。梓の兄は今年高校三年、野球のスポーツ推薦で入った高校球児である。翔介と同じように、今年の夏の大会で終わりだ。
 彼には翔介も小さい頃からキャッチボールやらいろいろと相手をしてもらっている。野球についてのアドバイスもいっぱいもらった。
「じゃあまだ野球続けるのか」
 翔介がうれしそうに笑うと、対する梓は少し眉を寄せ困った表情をした。
「とりあえず大会まではね」
「……前から思ってたけど、梓は兄ちゃんが野球することに反対なの?」
 何気なく口にしていた。そう、前々から、そんな気がしていた。梓はいつからか、兄の野球を心から応援していないように感じられた。
(小学生の頃は、自分のことのように兄ちゃん応援してたくせに)
「……別に反対してるわけじゃないよ」
 梓はどこか遠くを見つめるように前を向いたまま、小さくつぶやいた。
「兄さんがすごいのは知ってるし、できるならこのまま何らかの形で野球を続けてほしいと思う」
「何だよ、それ」
「兄さんはもう自分の実力に気付いてる。それが夏の大会後どう転ぶのか……僕は怖い」
 梓の声が、最後の方消え入りそうになる。
 翔介は黙ったまま、彼の言葉の意味を考えた。考えたが、よく分からなかった。
「えーっと……」
「いいよ、気にしないで。僕もこれ以上説明できそうにないし」
 梓がふっと微笑んで、話をたたむ。
 翔介はまだ何か聞きたかったが、口をつぐんだ。彼がこのように言う時、単に翔介にこれ以上話したくない、言っても無駄だと思っての諦めの言葉ではない。本当に、彼の中で伝える言葉が無いのだ。
「でも、そうだね……兄さんも翔介並みに野球を愛してるからね」
 梓が楽しそうに声をあげて笑った。どうしてここで翔介が出てくるのか分からないが、まあ彼が楽しそうだからそれでいいやと思う。
 
 しばらく何も喋らないままで歩いていたが、赤信号で立ち止まった時、梓はまた何気なく口を開いた。
「で、翔介の方はどうなの。レギュラーとれそう?」
「え?」
「新入生が入って来て、雰囲気もまた変わったでしょ。いつも忙しそうに動き回ってるの、上から見てるよ」
 梓が所属する科学部の活動場所は特別棟最上階の理科講義室だ。そこからグラウンドが見渡せる。
「見てるって……お前が見てるのは女テニの渡里だろ」
 翔介が思わずニヤリとすると、梓は別に照れるでもなくあっさりうなずいた。
「うん。君はついでだよ」
「……お前、そういうとこ素直だよな」
「? ありがとう」
 梓がきょとんとしつつ礼を言う。
 翔介のクラスメイトの菜々衣と彼は、二年の二月頃、ひょんなことから知り合いになっていた。話を聞くと、そもそものきっかけは翔介と菜々衣の腕相撲だったらしいが。
 梓は昔からあまり人にべったりな方ではなかったので、その分他人との関係もあまりこだわらなかったりする。しかしこの前菜々衣に距離を取られた時には、「嫌われた!」と翔介に助けを求めてきた。どうやらそれくらい、彼女は特別らしい。少し微笑ましく感じる。
「さすがにキャプテンが出れねえってのはカッコ悪いからなあ。努力はするよ」
 家に帰ってからも、欠かさず素振りをやっている。毎日の朝練では、ウオーミングアップの時間が短縮されるため、学校に行く前に一人でランニングをしている。
「翔介なら当然だね、って言ったら君は怒るかな」
「別に怒んねえよ。だってお前は俺の努力を知ってるからな」
 翔介の言葉に、梓は一瞬口をポカンと開けた。間抜けな面だ。
 自分の努力をわざわざ他人に見せつけようとは思わないが、かと言ってそれを全く知らずに翔介の才能だと、何でもできるよう言われるのは良い気がしない。
「お前が俺の自主練に付き合ってくれることは滅多にないけどな」
「当たり前でしょ。あんなしんどいの、絶対やろうと思わない」
 梓が遠い目をする。彼は翔介の自主練には付き合わないが、たまにふらりと様子を見に来て見学していく。たまに差し入れもしてくれる。
「大丈夫だよ」
 梓が言う。
「……ああ」
「絶対ね」
「ああ。ていうかその自信はどっから来るんだ」
 つい聞いてみたくなって訊いてみる。
「バカだなあ。さっき君が言ったんでしょ。僕は翔介の努力を知ってる」
 幼馴染みからは、期待した言葉が返ってくる。それを聞いて、翔介は心の底からほっとする自分がいることに気付いた。
「それに君には本当に才能がある」
 梓が消え入りそうな声で何かつぶやいた。翔介には何を言ったか聞き取れなかった。
「? 何か言ったか?」
「いや、何も」
 梓が首を横に振る。丁度、空田家と槇家の岐路に到着していた。
「ああ、これあげる」
 梓は手に持っていた袋を丸ごと翔介に差し出した。思わず受け取って中を見ると、アイスが数個入っている。
「ちょ、お前、いいのか」
「いいよ。どーせ兄さんのパシリだったから、好きなもん買ってやったんだよね。頑張ってる君にあげる。翔介なら兄さんも文句言わないよ」
 梓が何でもない事のように言って、さっさと自分の家の方に足を向ける。と、
「あ、そーだ」
 突然くるりとふり返った。
「自分のことばかりで済まない立場だろうけど、顧問とか副キャプテンとか、他の三年とか、使えるヤツらはみんな使ってやればいいと思うけど」
「え?」
「何でもかんでも一人で気負うなってこと。君はみんなを引っ張って行くタイプだから、きっとみんなついて来るよ。それに、話だけならいつでも聞いてやる。僕も、兄さんも」
 梓は言うだけ言うと、また前を向いて歩きだす。
 翔介はふっと小さく息を吐き出し、その彼の背に向かって言った。
「じゃあ、練習試合の応援くらいちゃんと来いよ!」
「……」
 梓はそろそろと片手を上げ、力弱く振った。

 翔介の身体から、いつの間にかここ最近蓄積されていた、凝り固まった疲労感がなくなっている。心の中は、何とも言えない心地よさで満たされていた。
(大丈夫だ、俺は)
 幼馴染みの言葉が、翔介の中にどっしりと腰を下ろしている。
「うわ、早く冷凍庫入れないと」
 翔介はもらった袋を揺らしながら、帰路に着いた。


End.

俺の親友幼馴染み(「はじまりは腕相撲」番外編)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字脱字等があるかと思いますが、ご勘弁頂けるとうれしいです。

男の子の幼馴染みが実際どのようなものか、私には分かっていないかもしれません。
しかし私の中で、翔介と槇の二人はこんな感じでした。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

俺の親友幼馴染み(「はじまりは腕相撲」番外編)

いつも一緒にいるわけではないけれど、たまにふと会いたくなる、幼馴染み。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-12

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