蛍火

河原に人が集まっていたと思えばもうこんな季節か。
「ほ、ほ、ほーたるこい。」
どこからか聞こえるこの歌も、夏の風物詩になっている。
さて、久しぶりに見てみるか…

「ぽうっ…」
夜空に浮かぶ星々の瞬きにも似た、儚く美しい若草色の光。
空中を舞う、夏の定番の虫[ホタル]の魅せる輝きに目を奪われていた。
個々は小さな輝きだが、それらが集まって一層輝きを増している。
ふと気づけば、一筋の光がこちらへ向かって伸びてきた。
「ほ、ほ、ほーたるこい」
夏の風物詩にもなった歌を口ずさみながら、光へ向かって手を伸ばす。
すると、光は軌道を変え、手の上で静止した。
手の上で動かない蛍を眺め、自分が風景に溶け込んだ…と、錯覚した時だった。
「へぇ…ホタルですか。」
背後から突然かけられた声に驚き、手に少し力をいれてしまった。
幸いホタルは潰れなかったが、身の危険を感じたのか、早々と逃げ去ってしまった。
潰れなかった事に安堵しながら、声の主に向かって返事をした。
「そうだよ」
後ろを向こうとした時だった。
「ガサガサガサッ!!!!」
目の前の草むらから夥しい数のホタルが空へ向かって飛び出した。
絶句するほどの勢い…
小さな光が幾つも集まって、蛍光灯にも負けない輝きを纏っていた。
きっとここにどんな宝石を持ってきても、これには見劣りするだろう。
そんなすごい情景を見て、感傷に浸っていると、後ろの人物が口を開いた。
「蛍の火の粉…それが固まって火種に…火種が集まって火に…火が集まって炎に…炎が集まって………」
ここまできて僕が聞いていない事に気づき、口を噤んだ。
少しだけ続きが気になったが、今この状況でそれ以上は聞きたくなかった。
ただ、目の前の風景だけに五感を使いたかった。

それから数分が過ぎた。
ホタルの光の勢いも衰えた頃だ。
潮時だと思ったので、立ち上がろうとしたその時だった。
「あの時…手の中で死んだホタルは成仏できたかな…?」
自嘲気味に言った後ろの人物。
きっと誰に向けたわけでもないのだろうが、咄嗟に口から言葉がこぼれた。
「ホタルは…寿命が短いから。」
なんのフォローにもなってない言葉だった。
「そうか…」
悲しそうな声でつぶやいた一言。
慌てて弁明しようと振り返った。

そこには誰もいなかった。

蛍火

蛍火

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-11

CC BY-NC-ND
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